横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の70 下九沢分水池を訪ねる

1月30日(水)晴れ、下九沢分水池を訪ねました。
ここは自宅から近からず遠からずの適当な位置に在るにもかかわらず一度も訪ねたことがありませんでした。道志川系の横浜水道みち探索探訪に偏っていたせいかも知れません。
前回まで神奈川県営水道の水道みちを歩きました。その起点は谷ケ原浄水場で隣の津久井分水池から原水を取水していました。津久井分水池と大型隧道で繋がっているのが下九沢分水池です。県道508号線六地蔵の信号近くに在ります。

県道54号線の鳩川に架かる鳩川新橋から鳩川沿いの道へ入り上流の下九沢分水池へ向かいました。いつものようにウォーキングを兼ねた気楽な一人旅です。

鳩川・四ッ谷さくら橋上流
途中、四ッ谷さくら橋から見た鳩川上流。広い両岸の土手の間を細い水路が通っています。これが平時の鳩川の流れのようです。橋より下流は普通の川で、カワセミが川面を下流へ飛び去って行きました。カワセミが棲めるような環境のようです。
普段、ここは車で何回も通っていますが川の中の水路は気づきませんでした。冬場で草が枯れていたのも幸いしウォーキングならではの発見でした。カワセミの発見もそうです。右上の土手沿いの道は県道508号線・八王子街道です。県営水道みちで歩いた昭和橋や上依知の旧街道堂坂などに通じています。

鳩川・県道508号線下九沢宮下バス停付近
200m上流の下九沢宮下バス停付近の橋から見た鳩川。左が上流です。水路の右側に溢流堰が見えます。洪水になった時溢れた水は右側の広い空地に貯めるようになっています。川幅が広いのは洪水調節池としての役割を果たすためでした。ウォーキングでいろいろと勉強になります。
それから四ッ谷さくら橋からこの辺りを相模原畑地灌漑用水路の鳩川サイフォン(伏越)が鳩川を潜っているはずですが、それらしき遺構は見つかりませんでした。

相模原市緑区下九沢
久沢橋で鳩川と別れ、塚場の信号で八王子街道とも分かれます。塚場の信号を左折しすぐに斜め右に入ってこんな住宅街を歩きました。緩い上り坂です。

下九沢分水池
突然前が開けごうごうたる水音が聞こえてきます。進行方向左(南)側、下九沢分水池に到着です。分水池の北側が道路でそこから丸見えです。右が流入側で左へ流れています。住宅街に突然大河が出現した感じです。この写真は2日後の2月1日に撮りました。実は分水池の周りは高いフェンスで囲われていて写真が上手く撮れません。別の日に車で出直し車を脚立代わりにしてフェンス越しに撮りました。ここからの写真は1月30日、2月1日の両日に撮った写真です。

下九沢分水池
下九沢分水池は円筒分水と言われています。津久井分水池で取り入れた水を横浜水道と川崎水道に等分に分水する重要な施設です。これは入口側のアップ写真です。正面奥が津久井分水池から来た相模隧道の出口で下九沢分水池の入口でもあります。
水の流れは
①入口からまず写真左の内槽と言われる内径16m
 深さ3.15mの円形水槽に入ります。内槽周壁に設
 けられた多数の円孔を通過して
②その外側の内径29m深さ3.15mの円形外槽に
 流出します。写真中央の水槽です。更に外槽周壁
 に設けた量水堰堤を溢流して
③外周水路(幅2m、深さ4.15m)に入ります。
 右端の水路です。
④そこから横浜・川崎市の専用隧道へ分流する構造
 になっています。

下九沢分水池の長径は52m、短径は35mの長円形です。長径は相模隧道の出口から両市の専用隧道入口までの距離になります。

相模隧道出口・下九沢分水池入口クリックで拡大します。
相模隧道出口・下九沢分水池の入口です。
右書きで「相模隧道」と刻まれています。

下九沢分水池・内槽
内径16mの内槽です。中央に差し渡してあるコンクリートの柱か壁?はどんな役割なのでしょうか?昭和29年撮影の写真を見るとこれはなく内槽だけです。

下九沢分水池・内槽と外槽
内槽周壁円孔から外槽へ流れ出る様子です。

下九沢分水池・溢流と横浜隧道へ
外槽から外周水路へ溢流の様子です。画面左隅の横浜水道専用隧道(横浜隧道)へ流れていきます。

下九沢分水池・川崎隧道入口
これはその北側の川崎隧道入口です。ゴミ除けの鉄格子も写っています。左側垂直面には静止画をズームアップすると右書きで「川崎隧道」と刻まれているのが分かります。横浜水道の方は確認できませんが「横浜隧道」と右書きされていると思います。

下九沢分水池は横浜水道相模湖系統の水道施設の一部です。
水源が相模湖→相模発電所で放流→沼本ダムで貯水(沼本調整池)→津久井導水路(隧道)→津久井分水池→相模隧道→下九沢分水池→横浜隧道→虹吹分水池→相模原沈澱池→川井浄水場の流れです。元を辿ると相模湖の水なので相模湖系統と呼ばれているようです。

下九沢分水池は
 昭和16年12月に着工 昭和24年8月に完成。
 横浜川崎両市の等分負担による共有施設です。

相模隧道(大型)は
 長さ4219m、内径3.5m 馬蹄型の隧道。
 横浜川崎両市の等分負担による共有施設です。
横浜隧道(小型)は
 長さ5695m、内径2.6m 馬蹄型の隧道。
 横浜市の専用施設です。
両隧道は昭和17年1月着工 昭和24年7月完成。

通水量は其の64 神奈川県営水道みちを歩く1で
触れました。横浜水道(上水)4.55(工水)1.00
川崎水道(上水)4.40(東京分水2.66含む)
(工水)1.15 計11.1㎥/秒です。日量95万9千トン。

下九沢分水池正門
下九沢分水池正門です。看板は昭和24年完成時そのままのような古さで風格があります。

相模隧道竣功碑(下九沢分水池構内)
正門脇に相模隧道竣功碑が見えました。但し背面です。
「横浜水道百年の歩み」には正面に相模隧道竣功碑と右書きで彫られ中央には隧道のシンボル馬蹄型が陽刻された碑の写真が載っています。
また百年の歩みには隧道工事の様子も詳しく書かれています。先の大戦中の工事着工で湧水、地盤の悪さ、セメントや坑木、ガソリンなど資材物資不足、人手不足で工事は難航し中断。戦後になって米軍のセメント特別放出を得、工事再開。7年有余に渡る長期工事を完成通水させたとあります。昭和20年5月の横浜大空襲で市内中枢は焦土と化しました。戦災復興中の市民にとっても米駐留軍にとっても水道は必須でした。
昭和24年7月18日、関係者やアメリカ軍関係者ら多数を下九沢分水池に招いて盛大な落成式をあげ、通水を祝った。
との記述があります。文面からその時の完成の喜びが伝わってきます。

今回の探訪記は下記を参考にしました。
横浜市水道局「横浜水道百年の歩み」
横浜市水道局HP水道施設フローシート図

下九沢分水池の地図です。

大きな地図で見る

[追記]
相模隧道の入り口・津久井分水池は平成25年11月に見学し 「其の114 津久井発電所・津久井分水池を訪ねる」 (2013/11投稿)で発表しました。(2014/9/16追記)

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コメント

下九沢分水池、こんな近くにこんなものがあったとは
凄い迫力ですね~

  • 2013/02/24(日) 19:49:48 |
  • URL |
  • 宏一 #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

> Re:宏一様 応援コメントありがとうございます。下九沢分水池はいつでも行けるという頭があったのでついつい探訪が遅くなりました。いつも思うのですが上水道施設は地味な存在です。その中でも珍しくこの施設は超ド派手な存在だと思います。一見する価値がありますのでウォッチングをお勧めします。

  • 2013/02/24(日) 21:54:29 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

doushigawa さん
4年間下九沢の近くに住んで、興味深く通り過ぎていましたが、重要施設との認識はありました。
大変興味あるお話ありがとうございました。情報のまとめ方が親切で分かりやすかったです。
いまは多摩市に住んでいるので、この辺にも分水池がないか探してみたいですね。
ありがとうございました。
66歳 男性

Re: doushigawa さん

ご来訪ありがとうございます。その上コメントまで頂戴し身に余る光栄です。大変ありがとうございます。つたないブログですがこれからもお役にたてる記事を心がけたいと思っています。多摩市で同様な施設が見つかれば良いですね。

  • 2017/08/04(金) 09:17:58 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

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