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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の721 望地弁財天を訪ねました・相模原市中央区田名陽原

 1月25日(月)、お天気が良かったので望地弁財天を訪ねました。望地弁財天は前々回取り上げた南光寺にゆかりのある神社です。

石像物群・相模原市中央区田名陽原
南光寺参道前の里道を相模川の方へ下っていくとここへ出ます。道端に石像物が集めてあります。


石像物群・相模原市中央区田名陽原
その中の庚申塔です。正面に庚申の文字がかすかに認められ、台座にお猿さんが三匹刻まれています。造立年は文政(1818~1829)まではっきり読み取れました。今からちょうど200年前です。


望地弁天キャンプ場入口
望地弁天キャンプ場入口
ここは相模川が作った陽原(みなばら)段丘面の縁に当たります。段丘崖下、望地弁天キャンプ場に通じる道を下ります。


望地弁財天
急な坂を下ると望地弁財天の脇に出てきました。覆い屋に「望島殿」と書かれた扁額がかかっています。


望地弁財天
あらためて正面から。神明鳥居が立つ神社さんです。


望地弁天案内板
望地弁天の案内板が立っています。

望地弁天(もうちべんてん)
この弁財天は、もともとは、江島神社に安置してありましたが、明治11年(1878年)に南光寺の森恵力(もりえりき)師が養蚕鎮守のため、望地河原の一画に「望島殿(ぼうとうでん)」を設けて迎えました。しかし、明治40年(1907年)の大洪水によって社殿は流失してしまい、運び出された座像は一時、南光寺に保管されていました。その後、昭和29年の望地水田の整理に伴って現在の位置に社殿が再建され、再びここに遷座することになりました。この弁財天座像は江戸時代の制作と思われ、市の重要文化財に指定されています。 相模原市 相模原市観光協会 
 
(案内板より)


望地弁天堂・弁財天像
これが弁財天像です。(相模原市史文化遺産編p100より)
下の相模原市教育委員会の案内板もご覧ください。


木造弁財天座像案内板
こちらは相模原市教育委員会の案内板です。

木造弁財天座像
相模原市指定重要文化財
●像高さ45.5cm 台座高さ28.5cm
●寄木造りで彩色を施し、玉眼を入れてある。
●額上には金銅透彫の火焔型宝冠をつけ、頭頂には鳥居と宇賀神を戴いています。
●八本ある腕はそれぞれ持ち物を持ち、荷葉型台座に座しています。
本像はもともと江の島の江島神社で厚い信仰を集めていましたが、明治時代の神仏分離の後、藤沢の常光寺・綾瀬の済運寺に移されました。その後、田名南光寺の住職森恵力のあっせんにより、明治11年10月田名の望地・陽原・塩田の三集落が養蚕守護のため当地に移し、安置したものです。 

(案内板より抜粋)


今昔マップです。(今昔マップon the webより)

今昔マップで当時の田名村の様子を眺めてみます。
明治39年測図の周辺の地図です。集落以外は見事に桑畑が広がっています。養蚕が盛んであったことがよく分かりますね。東西に真っすぐ伸びる横浜水道みちも描かれています。


望地河原開田記念碑
これは境内の一角に建つ「望地河原開田記念碑」です。昭和29年に望地河原開田事業組合が建立しました。


望地河原の田んぼ・相模原市中央区
相模川左岸堤防から見た現在の望地河原の田んぼです。田んぼ北側に連なる森は陽原段丘崖の森です。南光寺は段丘崖上の台地(陽原段丘面)にあります。


清水下頭首工完成記念碑
弁天堂前にもう一つ立派な記念碑が立っています。「清水下頭首工完成記念碑」で相模原用水組合連合会が昭和44年6月21日に建立しました。


望地弁天キャンプ場
望地弁天前の望地弁天キャンプ場です。今は冬季休業中(2月末まで)で閑散としています。


相模原幹線用水路(大堀)望地隧道出口
望地弁財天の東側、望地隧道出口で姿を見せた相模原幹線用水路(大堀)。ここより約4km上流相模川左岸の清水下頭首工で取り入れた農業用水路です。望地河原、塩田、当麻の田んぼを潤しています。今は冬場の非灌漑期ですがなぜか水を送っています。


せっかくなので近辺を散策しました。望地隧道入口まで簡単に紹介したいと思います。
弁天どぶ地名標柱
これは望地弁天近くの「弁天どぶ」地名標柱です。相模川本流から離れた淵や淀みは「どぶ」と呼ばれています。望地弁天近くにあるので弁天どぶ。


相模川の弁天どぶ
弁天どぶです。へらぶなの釣り堀になっています。


万平穴
弁天どぶ前、陽原段丘崖下に隧道跡があります。相模原市登録史跡「万平穴」と言い安政年間(1854~1859)に田んぼへ水を引くため陽原の中島万平が先頭に立ち掘ったと伝えられています。
今でこそ大堀が通じていますが、掘削機械がない昔、岩盤を掘るのは大変な難工事だったと思います。


弁天どぶへ流入する河川
弁天どぶへ流れ込む川です。相模原幹線用水路(大堀)の余水吐き水路になっています。向かって左側(右岸)に水が流れ込んでいます。水郷田名の町中を流れる烏山用水の流末です。大堀向けと共に清水下頭首工で取り入れた烏山用水はここから相模川へ戻っていきます。


相模原市雨水下水道吐口
この川は相模原幹線用水路(大堀)の余水吐き水路ですが相模原市の雨水下水道の放流先にもなっています。これは雨水下水の吐口施設です。


相模原市雨水下水道
台地上から陽原段丘崖に沿って降下する雨水下水道。


大堀の望地隧道入口・余水吐施設
その上流望地隧道の入口(左側の水門に銘板が貼ってあります)に到着しました。右側は大堀の余水吐き兼排水門で弁天どぶを経由して相模川へ戻っていきます。


相模原幹線用水路(大堀)
その上流です。右側の陽原段丘崖沿いに流下する大堀。


相模原幹線用水路(大堀)の関連過去記事です。
其の137 相模原幹線用水路を訪ねる①


 望地弁財天の位置です。



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