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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の710 真米川源流を訪ねる・東京都町田市相原町

 前回「其の709」の続きです。丸山開田の水源、真米川ってどんな川だろう。知らない川なので見に行きました。

境川に合流直前の真米川
真米川は東京都・神奈川県境を流れる境川の支流です。町田街道白田橋から見た境川に合流直前の真米川。


真米川河口の位置です。(地理院地図より)

約1km東方に丸山開田記念碑が立っています。


境川支流真米川
地図によると延長600mほどの小河川です。河口から150mほど上流白旗橋付近から見た真米川下流方向です。


真米川に架かる白旗橋
真米川に架かる白旗橋です。


真米川に架かる白旗橋案内板
白旗橋たもとに案内板が立っていました。その昔、旧甲州街道へと通じる鎌倉古道として利用されていたそうです。

『白旗橋』
☆旧東海道から津久井を経て、旧甲州街道へと通じる鎌倉古道として利用されていたこの橋 「白旗橋」と言われています。その由来は昔沼のあったこの地に旅人が通りかかったところ、白い鳥が群れをなして戯れており、それが白い旗のように見えた。白旗は時に負け戦を意味することがあり、嫁入りする女性は、この橋を渡ってはいけないと言われた。
(真米の伝統を守る会)



真米川・東京都町田市相原町
白旗橋上流、丘陵の谷あいを流れる真米川。


真米川・東京都町田市相原町
その上流。丸山開田向け用水の取水堰遺構を発見出来れば良いのですが・・・。資料がなく取水堰の位置、用水路の経路などは皆目見当が付きません。


真米川・東京都町田市相原町
住宅街を流れる真米川。丸山開田の用水は取水堰から自然流下で送水したはず。地理院地図に描かれている等高線を相原小付近の水路から西方にたどると、ちょうどこの辺りより上流が該当します。


真米川右岸の雨水調整池
右岸側に小規模な雨水調整池がありました。こうして真米川・境川への急激な雨水の流入を抑えているんですね。


真米川・東京都町田市相原町
東京家政学院大手前で右へ曲がります。


真米川・東京都町田市相原町
右折地点から見た上流方向。


真米川・東京都町田市相原町
川沿いの道がないので迂回して追いかけます。都道506号線直前で左へ曲がっていました。流れが良く見えます。この流れは谷頭部に近いので自然に湧き出した清水を集めた流れと思われます。標高から推し測るとこの辺りに丸山開田用水路の取水堰があったとしてもおかしくないですね。


東京都町田市相原町・真米川源流
その上流です。広い駐車場奥から撮影。画像中央フェンスの先で真米川はトンネルに入ります。開渠の真米川を確認できたのはここまでです。下のグーグルマップ赤マーク位置です。左側の擁壁は雨水調整池です。


東京都町田市相原町・真米川源流雨水調整池
隣接の雨水調整池です。真米川は擁壁右側地下を流れています。雨水調整池に溜めた雨水は真米川へ放流されると思います。これより上流にもう一つ大きな雨水調整池があります。おそらくトンネルの真米川はそこまで繋がっていると思われます。
今年歩いた川崎市の片平川、相模原市の谷津川源流は同じように雨水調整池でした。良く似ていますね・・・。

残念ながら丸山開田の取水堰遺構は見つけられなかったです。昭和30年5月4日に通水した丸山開田の用水路、今から65年前です。その後の急速な都市化の波により開田した田んぼは住宅地に変遷したと思われます。神奈川県央相模横山台地に畑かん用水路の遺構が今でも数多く残っています。都市化により畑かん事業は短命に終わりました。良く似た話ですね・・・。



雨水調整池沿い、真米川トンネル出口の位置です。


御嶽社・東京都町田市相原町2188
帰り道に立ち寄った中相原会館に隣接する御嶽社です。
祭神は日本武尊と言われている。創建は正保4年(1647)。
ここは町田市相原町2188  (町田観光ガイドブックより)

御嶽社下のお地蔵様
御嶽社下、石塔の中のお地蔵様。


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