横浜水道みちを行く

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其の424 御勅使川の堤防遺跡「石積出し」を訪ねる・南アルプス市

 釜無川に架かる信玄橋から西方向の山に向かって真っ直ぐな道が伸びています。通称、南アルプス街道(県道20号線・甲斐芦安線)です。信玄時代に御勅使川はこの南アルプス街道を流れていました。この流れを前御勅使川と言います。
前回までに述べたように昔の人たちは前御勅使川の流れを北に振り高岩に洪水を当てるようにさまざまな治水工事(石積出し・将棋頭・十六石など)を行いました。今回はその一つ「石積出し」(いしつみだし)探訪記です。9月21日(木)晴れの日に行ってきました。

御勅使川・白根西橋上流
南アルプス市を流れる御勅使川です。白根西橋より御勅使川上流を望む。ここは山梨県南アルプス市有野です。

御勅使川・白根西橋下流
同下流を望む。上流から運ばれた土砂が堆積しています。穏やかな流れです。前日の雨のせいか白濁しています。

石積出し二番堤
御勅使川右岸、白根西橋付近の石積出し二番堤です。前方の建物は西区公民館。白根西橋が見えます。

石積出し二番堤・南アルプス市有野
西側駐車場から見ました。石積出しは北東を向いています。
東向きの前御勅使川の流れを北方向へ向け高岩へ導くために築かれました。大規模な筋替え(流路変更)です。

石積出し二番堤・南アルプス市有野
先端から見ました。土砂が堆積しているので低く見えますが実際にはもっと高いそうです。

「石積出し二番堤」案内板
南アルプス市が立てた「石積出し二番堤」案内板。国指定史跡です。

御勅使川の堤防遺跡案内板
南アルプス市が立てた「御勅使川の堤防遺跡」案内板。

石積出し三番堤・南アルプス市有野
これは二番堤の200mほど下流にある「石積出し三番堤」です。やはり北東を向いています。

石積出し三番堤・南アルプス市有野
三番堤先端から南西方向を見ました。

石積出し三番堤・南アルプス市有野
先端部は地下深く掘り下げてあります。結構高い堤防だったことが分かります。

石積出し三番堤銘板・南アルプス市有野
南アルプス市が立てた石積出し三番堤の銘板。

石積出し一番堤・南アルプス市有野
こちらは二番堤の200mほど上流の「石積出し一番堤」です。
ここも北東を向いています。

石積出し一番堤・南アルプス市有野
三段の石積み。一段目最下部は三番堤のように地下深くにあると思います。

石積出し一番堤と御勅使川
一番堤から見た御勅使川。

石積出し一番堤から見た御勅使川
一番堤から見た御勅使川。白く濁った流れと床固工。

信玄橋からここまで南アルプス街道を走りましたがずうっと上り一辺倒の道でした。地理院地図で標高を調べてみました。
信玄橋西詰め301.0m、 西区公民館前駐車場485.5m、二点間の距離は約8kmで約185mの高低差です。御勅使川は急流河川です。このことから戦国時代以来、暴れ川の前御勅使川に向き合う昔の人たちの苦労が覗えます。
富士川(御勅使川が合流する釜無川下流部)は日本三大急流河川の一つだそうです。

参考までに国交省HPより引用します。
富士川の平均河床勾配は1/250であり、最上川、球磨川と並んで「日本三大急流河川」の一つに挙げられています。
富士川流域の中で、南アルプスを水源にもつ釜無川の平均河床勾配は、1/21であり、本川の河床勾配をはるかに上回る急流河川です。


次回は御勅使川の堤防遺跡「将棋頭」を訪ねます。

石積出し二番堤(西区公民館)の位置です。

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コメント

甲州びとは凄い!

信玄時代の人はこうして暴れ川だった釜無川や御勅使川を聖牛や石積出しなどによって制してきたんですね。凄いですね甲州人は、少し陽気が涼しくなりましたので水辺歩きも少し楽になりましたね。

  • 2017/10/04(水) 16:06:28 |
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Re: 甲州びとは凄い!

いつも応援コメント&拍手ボタンありがとうございます。
まったく同感です。石積出しや信玄堤といった甲州流治水工法は現代とは違って重機がない時代です、全て人力でやり遂げたんですね。凄いと思います。また前御勅使川筋替えの発想も凄いと感じました。
歩きに適した季節になりました。農業用水路や円筒分水工探訪は終え、これからは他の水辺歩きになります。蛇松線は「其の426」で予定しています。


  • 2017/10/04(水) 18:45:51 |
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  • doushigawa #-
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楽しみにしています。

蛇松線、楽しみにしています。子供の頃、対岸まで聞こえる汽笛の音がしてくると大急ぎで狩野川に現在、復活している「我入道の渡し」で魚河岸側に渡り、手が届くところを行ったり来たりするSLを眺めているのが好きでした。蛇松線は当時、一国(R1)が駅前の繁華街を東西に走っておりましたので、このSLが通るときは大渋滞になったようですが、現在跡地の横断歩道は陸橋になっているようです。また海軍工廠方面への引き込み線址の港大橋袂に記念碑があるという事でした。沼津駅前には当時走っていたLSの動輪がありますので、これから沼津に行かれるようでしたら、ぜひ魚河岸のプラットホームと一緒に、これらも一枚記念に持ち帰って下さい。

  • 2017/10/05(木) 17:04:07 |
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Re: 楽しみにしています。

早速のコメントありがとうございます。蛇松線は9月の天気の良い日に歩いてきました。抜けもあると思いますが見たまま感じたままいつも通りの探訪記になると思います。蛇松線は迷うことなく歩くことが出来ました。沼津港は私好みの想像外の施設を見られ良き思い出作りが出来ました。貴殿の紹介のたまものです。詳しくは本編で。

  • 2017/10/05(木) 21:03:50 |
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残念おそかりし。

残念ながら少しアドバイスが遅かったようですね。想像外の施設とは沼津港を高潮や津波から守るために設置された「びゅうお」に上がられたのでしょうか? 天気の良い日だった様で、きっと富士山がバッチリだったのではないかと思います。沼津港は子供の頃は狩野川を少し上った、ちょうど長い方の魚河岸がそのまま真っ直ぐに狩野川側に口を開いておりましたが、狩野川の流れを遡り直角に入港しなければならない、漁師にとって大変利用しづらい漁港でしたが、私がこちら移ってから現在の様に海側からの入港になり、同時に「びゅうお」も設置されたということです。蛇松線は沼津駅横の沼津通運構内には入れませんが、後は目隠しをしていても(と、云うのはオーバーですが)歩けるくらい、はっきりした廃線跡だったと思います。

  • 2017/10/06(金) 14:18:17 |
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Re: 残念おそかりし。

コメントありがとうございます。「びゅうお」に上って来ました。私が今まで見た中で最大級の水門でした。ご賢察の通り蛇松緑道は労せず完歩でしたね。御勅使川の将棋頭投稿を今日終えたので次回に蛇松線、次々回に沼津港を発表したいと考えています。繰り返しになりますが見たまま感じたままいつも通りの探訪記になると思います。

  • 2017/10/06(金) 17:18:12 |
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