横浜水道みちを行く

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其の422 信玄堤の霞堤を見てきました・山梨県甲斐市

 9月13日(水)晴れ、小石和用水路を訪ねたあと信玄堤の霞堤を見に行きました。ここは二年前にも来たことがありますが、その時は霞堤と認識できず素通りしてしまいました。21日(木)にも寄ったので再々訪です。

釜無川の信玄堤
釜無川に架かる信玄橋下流の現在の堤防です。いわゆる現代のスーパー堤防です。堤防上を県道116号線が走っています。「信玄堤」の標識が立っています。左側に橋が見えます。

釜無川の信玄堤
信玄堤の標識。

釜無川・上堰頭首工
橋は上堰頭首工の管理橋です。竜王土地改良区が管理する農業用取水堰です。取水した用水は取水樋管ゲートから堤防内側の水路に取り入れています。

上堰頭首工の碑
管理橋付近の竜王町が昭和52年10月に建てた「上堰頭首工之碑」です。
碑文によると享保年間に築造の西八幡村の上堰用水取水施設、玉川村の下堰頭首工、両施設が昭和49年7月の台風、梅雨前線豪雨で取水不能となり昭和52年3月にこの頭首工を築造したそうです。それにしても享保年間(およそ240年前)からとは暴れ川の釜無川でよく使い続けたものです。

釜無川・第一集水暗渠ゲート
上堰頭首工の200m位上流にもうひとつ取水樋管ゲートがあります。銘板によると「第一集水暗渠ゲート」と言い平成5年に築造されました。管理者は竜王土地改良区です。

釜無川の信玄堤
今日のテーマは信玄堤の霞堤です。少し上流の現在の堤防から内側に入り堤防周り及び用水路を観察しながら下流へ歩きます。

釜無川の信玄堤
堤防内側に入り上流を見ました。左側が現在の堤防、右側にも並行して堤防(信玄の時代に築かれた堤防・信玄堤)が走っています。つまり二重堤防になっています。堤防内は二つの堤防に挟まれた窪地で整備された巨木の林です。案内板によると「信玄堤の水防林」と言い甲府の中心地を釜無川の洪水から守る治水施設の一つだそうです。樹種は主にケヤキです。
現在の堤防も信玄堤を元に築かれたので信玄堤ですがここでは「現在の堤防」として区別します。

玉幡用水
先ほど見た第一集水暗渠ゲートから堤内に取り入れた農業用水路。水の流はなく取水は終わったようです。後ろの堤防が信玄堤です。

玉幡用水
近くで見ると「玉幡用水第一集水暗渠 昭和十三年三月完成」の銘板が嵌めこんであります。この用水路名は玉幡用水です。「上堰頭首工之碑」にあるように旧玉川村と旧西八幡村から取った名前ですね。

玉幡用水
その下流にゲートがあります。上堰頭首工から取り入れた用水が合流しています。

釜無川の信玄堤
信玄堤に上り下流方向を見ました。散歩する人がたえず通ります。信玄堤は下流のかすみ橋が架かる現在の左岸堤防まで途切れることなく一本で繋がっています。右下を玉幡用水が流れています。

玉幡用水
信玄堤沿いを流れる玉幡用水。前方(正面と右岸側)にゲートがあります。

玉幡用水
上記写真のゲートから玉幡用水上流を見ました。樋管ゲートから信玄堤を潜り田んぼへ向かっています。右岸のゲートは河川維持水を送るための分水ゲートです。

信玄堤東側の風景・富士山と田んぼ
信玄堤水防林の間から見た東側の風景。

信玄堤沿いを流れる小川
信玄堤沿いを流れる小川。先ほど玉幡用水右岸ゲートから河川維持水として分水されました。地図によるとこの先で釜無川に合流しています。合流点付近に第二集水暗渠ゲートがあるのでそこに繋ぎ堤防内の用水路に取り入れているかも知れません。これは私の想像です。せっかく頭首工を築いて取り入れた用水を河川維持水とは気前が良すぎですからね・・・。

信玄堤水防林の桜と猫
どきっ!桜の大木に黒豹?がいました。信玄堤から見た水防林の桜の巨木です。

信玄堤
信玄堤から見た水防林と並木沿いには玉幡用水が流れています。その東側は田んぼです。

信玄堤・かすみ橋
信玄堤天端を下流へ歩いてきました。信玄堤から右へ逸れスロープを下っています。左側の土手は信玄堤です。前方の橋は現在の堤防に架かるかすみ橋です。信玄堤は現在の堤防(釜無川左岸堤防)にそのまま続いています。スロープ道右側には小川が流れていてこの先で釜無川に合流します。
つまり釜無川左岸堤防はここで途切れています。堤防の不連続です。

信玄堤・かすみ橋
かすみ橋を潜り堤防外側から見ました。堤防の不連続・霞堤と明確に分かる現場です。
実際に釜無川が洪水で現在の堤防天端すれすれまで増水したらどうなるでしょう。かすみ橋から逆流し今日歩いた両堤防に挟まれた窪地は洪水で満たされるでしょう。洪水が収まればかすみ橋から自然に排水されるので巧みな治水工法です。両堤防に挟まれた窪地は普段おだやかな水防林の公園ですが今で言う遊水地ですね。越流堤、排水ゲートなどが要らないのは良いですね・・・。
私は二年前この堤防外側に沿って上流へ歩きました。しかしこれが霞堤と気づかず通過してしまいました。アホですね。今回再訪し納得した次第です。

2年前(2015/4投稿)の探訪記です。
「其の216 甲府盆地の天井川を訪ねる・中央市の釜無川」 


話は飛びますが、私がかつて歩いたことがある相模川に合流する目久尻川河口、多摩川に合流する平瀬川や野川河口は河川合流なので堤防は当然不連続になります。
実際、目久尻川河口付近の相模川左岸堤防上を上流へ歩くと自然に目久尻川左岸堤防になります。堤防が一本に繋がっているわけです。合流点上流の相模川左岸堤防から見れば目久尻川左岸堤防は相模川左岸堤防の二重堤防のように見えるはずです。信玄堤の霞堤とよく似ています。目久尻川河口の堤防は霞堤かも知れませんね。平瀬川や野川河口も同じ状況です。

信玄堤の霞堤の図
信玄堤の霞堤(昔は三カ所あった)の図を見つけました。信玄堤は龍王川除けとも言うそうです。画像クリックで拡大。
(南アルプス市教育委員会文化財課 遺跡で散歩 案内看板より)

甲府駅前・武田信玄公之像
おしまいに甲府駅前、戦国武将・武田信玄公之像です。優れた政治家で治水でも偉才を発揮しました。
信玄の時代、御勅使川は信玄堤付近で釜無川に合流していました。暴れ川の御勅使川が洪水のたび釜無川左岸堤防を壊し東方の甲府中心部まで災害を及ぼしたので、信玄堤はそれを防ぐために築かれました。
その後、信玄堤直撃を避けるため御勅使川の川筋を北方向に変更する工事も行われました。「十六石」「石積出」「将棋頭」といった施設です。その一部は現在も史跡として遺されています。それらの見学を終えたので引き続き投稿の予定です。

第一集水暗渠ゲートの位置です。

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コメント

ドローンが欲しいです。

いよいよ来ましたね。「霞堤」、洪水時に一般にはこの不連続なところから洪水が逆流して滞留することから、下流の洪水調節に効果があると考えられていたそうですが、石川県の手取川のHPを見ると、河床勾配が100分の1以上と急勾配で、洪水が逆流するも限度があり、ほとんど洪水調節効果は無いのだそうです。鬼怒川の堤防が決壊した常総市では何日も市中に流れ込んだ水が引かなかったそうですが、場所は忘れてしまいましたが、この霞堤があった地域では氾濫水が、堤防の不連続になっているところから河道に還元され、氾濫域が限定され、川の水が引くと同時にその日のうちに水が引いた原因としてこの「霞堤」の事をTVで紹介していて、初めてその存在を知りました。このように上流で堤防が切れたり氾濫した場合、水害が軽減されるようですね。しかし上空からの映像が無いので今一つ霞堤の実感が出てきませんねえ。

  • 2017/09/28(木) 17:38:30 |
  • URL |
  • 地元ティー #-
  • [ 編集 ]

Re: ドローンが欲しいです。

いつも応援のコメントありがとうございます。信玄堤の霞堤を初めてですがようやく探訪できとりあえず理解しました。やはり釜無川のような適度な急流河川に適しているのでしょうね。水辺歩きで知った霞堤を何でも知りたがり屋の新分野に加えたいと思っています。

  • 2017/09/28(木) 21:09:16 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

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