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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を探訪します。横須賀水道みち、県営水道、企業団、東京水道みちなども。

其の413 相模川旧堤防の陸閘を見つけました・神奈川県寒川町

 今年三月、水道記念館や西寒川駅跡地を訪ねたときに意外なところで陸閘(りっこう)の遺構を見つけました。
8月17日(木)曇り、改めて訪れ合わせて三つの陸閘遺構を見つけたので発表します。

はじめに
陸閘とは、河川等の堤防を通常時は生活のため通行出来るよう途切れさせてあり、増水時にはそれをゲート等により塞いで暫定的に堤防の役割を果たす目的で設置された施設。 (wikipediaより)

相模川旧堤防・寒川取水事務所付近
この写真は県道47号線神山橋東詰め200mほど東側から北へ伸びる道路です。寒川浄水場の東側外周道に至ります。ご覧のように土手道です。後述しますがこの土手は相模川の旧堤防です。土手の下の施設は横浜水道・横須賀水道共同施設の寒川取水事務所です。取水した原水を小雀浄水場へ送っています。

相模川旧堤防・寒川浄水場付近
道路は少し先で左カーブし浄水場の東側沿いに北へ向かっています。土手はそのまままっすぐ進みこんもりとした緑の土手になります。
あいにくの曇天で見映えがよくありません。東京地方は八月に入り40年ぶり20日連続の降雨です。水辺を歩く者にはありがたくないですね・・・。

相模川旧堤防・寒川浄水場東側
寒川浄水場東側外周道から北方向を見ました。西側が寒川浄水場で外周道沿いに土手が続いています。この土手は何だろうと昔から気になっていました。
今年三月に近くの水道記念館や西寒川駅跡地を訪ねたときにここを通り今日のテーマ陸閘(りっこう)を見つけました。陸閘の発見で土手が相模川旧堤防であることが分かりました。旧堤防は今昔マップで確認できます。明治39年測図の地図に現在と全く変わらぬ形で表示されます。驚くべきことにほんとうに変わっていません。

現在のJR相模線宮山駅を中心にした「今昔マップ」です。
1896~1909年(明治29~42年)にセットしました。

「今昔マップ on the web」より

(1) 旧堤防の外側(河川水の流れがあるところ)高水敷は桑畑として利用されていました。
(2) 旧堤防の内側(人家があるところ)と外側を結ぶ連絡道路が3カ所あり。その道は現在もそのまま残っています。
(3) 相模線や寒川浄水場、寒川取水事務所はまだありません。
今昔マップで以上のことが分かります。大きな地図は右欄サイドバーからリンク可。検索窓に宮山駅と入力すると開きます。

今年三月に私が初めて見た陸閘は北から二番目の連絡道路ですが今日は南側から北へ順に追ってみます。

相模川旧堤防の陸閘
一つ目の陸閘です。寒川浄水場南の端にあり、明治時代にはなかった道路です。縦溝が切ってあり角落しゲート三枚を嵌め込むようになっています。細長い建物は寒川浄水場の活性炭注入設備です。

相模川旧堤防の陸閘
同じ陸閘を西側から見ました。道路をこのまま進むと目久尻川に架かるいこい橋に至ります。

相模川旧堤防の陸閘
相模川旧堤防の陸閘
二つ目の陸閘です。上記今昔マップ明治時代の南側の連絡道路に該当。目久尻川の端午橋に通じる道です。

相模川旧堤防
相模川旧堤防
あらたに造られた旧堤防内側の耕作地(果樹園と思われます)への連絡道路が数か所ありました。増水の恐れはなく陸閘の設置はありません。

相模川旧堤防の陸閘
相模川旧堤防の陸閘
三つ目の陸閘です。冒頭で述べた「意外なところで見つけた陸閘」です。明治時代の真ん中の連絡道路です。JR相模線宮山駅から寒川浄水場へ向かう人は必ずこの道を通ります。私も昔から通っていたのですが今年三月まで陸閘と気づかなかったです。「おやまぁ!こんなところに陸閘が・・・」といった感じの発見でした。去年四月に多摩川旧堤防の陸閘を見学したので気づきましたが、それがなければ知ることもなかったと思います。

相模川旧堤防・宮山駅付近
更に北側の相模川旧堤防です。前方を横切る緑の土手がそれです。

相模川旧堤防・宮山駅付近
JR相模線宮山駅西側の相模川旧堤防。プラットホームが見えます。

相模川旧堤防・宮山駅付近
今昔マップで最も北に位置する連絡道路。陸閘はありません。

相模川旧堤防・宮山駅付近
相模川旧堤防の北の端です。これより先は行き止まりです。前方の高架橋は圏央道寒川北ICです。

陸閘は日常の往来で堤防の上り下りが大変なので堤防を削り通行できるようにした施設です。増水時にはゲートで締め切り堤防内側を守りました。
今日見た陸閘はいつ頃まで機能していたのでしょうか。
関連施設の完成年を調べると以下のようになっています。
寒川浄水場:昭和11年4月完成(旧堤防外側の施設)
寒川取水事務所:昭和39年頃完成(旧堤防外側の施設)
相模ダム:昭和22年完成
城山ダム:昭和40年完成
多目的ダムの相模ダム、城山ダム完成の頃まで使われていたのでは・・・と想像します。

陸閘の過去記事
「其の294 多摩川旧堤の陸閘・世田谷区二子玉川」
「其の295 多摩川の陸閘・調布市」
「其の303 多摩川旧堤の陸閘・大田区羽田」

今回のスタート寒川取水事務所前旧堤防の位置です。

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コメント

霞堤は如何でしょうか?

お久しぶりです。しばらくブログの更新がされていなかったので西天竜の円筒分水工巡りの疲れが出たのかと心配しておりましたが今回は陸閘だったんですね。ところで堤防系では「霞堤(かすみてい)」というのが有名 (HP参照) ですが、昭和用水頭首工の上流部に、この「霞堤」に近いものが金田陸橋に繋がる中津橋を挟んで牛久保用水の反対側川岸の上・下流部にあります。今は夏草が繁茂し、まるで土手の形が確認できませんが、もし気が向いたら冬にでも足を向けて下さい。

  • 2017/08/22(火) 09:28:40 |
  • URL |
  • 地元ティー #-
  • [ 編集 ]

Re: 霞堤は如何でしょうか?

いつも応援コメントありがとうございます。
西天竜円筒分工水巡りをしたのが7月31日で、
翌日から降雨の日が続いております。水辺歩きは青空の下が
写真の見映えもよく理想です。この3週間は身動きが取れず、
かえって8月の炎天下を避け良き休養になりました。
霞堤のご紹介ありがとうございます。
霞堤に興味を持っています。信玄堤の霞堤が有名なので
訪ねようと計画中でした。ご紹介の霞堤はノートしました。
いつか冬場に探訪したいと思います。

  • 2017/08/22(火) 12:33:07 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

霞堤かも

グーグルの地図で見ますと三田の水田を潤した水が睦合東中学校前で暗渠となり中津川橋際の乗馬クラブ前を流れ中津川橋を過ぎたところで小川となって中津川沿いに流れ出ていますが、この影響で堤防が繋がらなかったのかも知れませんが、一応形的には「霞堤」になってます。

  • 2017/08/23(水) 17:01:36 |
  • URL |
  • 地元ティー #-
  • [ 編集 ]

Re: 霞堤かも

面白そうですね~。睦合東中前の排水路の上流部を昔歩いたことがあります。才戸橋上流の頭首工から始まる三田用水から分岐しています。三田用水の支線用水路もこの小川に合流しているかもしれません。霞堤の探訪が楽しみです。三田用水は「其の176」「其の177」で投稿しました。ページ右上に常設のブログ内検索参照。

  • 2017/08/24(木) 06:24:53 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

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