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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を探訪します。横須賀水道みち、県営水道、企業団、東京水道みちなども。

其の405 諏訪湖の釜口水門を訪ねる・長野県岡谷市

 梅雨明け宣言はまだのようですがこれから夏本番です。
実りの秋まで、今季は西天竜幹線水路円筒分水工群を始めなるべく多くの円筒分水を訪ねたいと思っています。
7月10日(月)晴れ、手始めに諏訪湖の釜口水門を訪ねました。釜口水門から始まる天竜川の流れを中央本線川岸駅近くで堰き止め(西天竜頭首工)、西天竜幹線水路に取り入れています。釜口水門は西天竜幹線水路の大元にあたり是非見ておきたい施設です。

釜口水門
天竜川の始まり、諏訪湖唯一の出口、釜口水門です。
右岸から順に魚道、幅20mのゲートが3門、左岸の船通し水門です。釜口水門の全幅は80mあります。
左岸手前の施設は初代釜口水門の船通し水門の遺構です。

釜口水門の魚道
右岸の魚道です。長さが61m、諏訪湖と天竜川の水位差は3.5m、階段式の魚道です。

釜口水門の魚道
管理橋から見た魚道。

釜口水門第2ゲートの放流
中央の第2ゲートから放流しています。ゲートは上段がフラップ式、下段がローラー式の2段構造になっています。
諏訪湖には31の河川が流れ込み、流れ出るのは天竜川のみです。このため大雨が降ると水位が上がり諏訪湖は昔から氾濫を繰り返してきたそうです。釜口水門は洪水調節と天竜川下流の用水補給など流水の正常な機能維持のために築造(昭和63年7月完成)されました。最大放流量600㎥/秒。
昭和11年完成の初代釜口水門の最大放流量は200㎥/秒でした。

釜口水門から天竜川を望む
管理橋から始まったばかりの天竜川を望む。約80m下流左岸に初代釜口水門船通しの遺構が見えます。

釜口水門・第3ゲート
管理橋から見た第3ゲート。幅は20mあります。

釜口水門・船通し水門
左岸の狭い水門が船通し水門です。

釜口水門・船通し水門
管理橋から見た舟通し水門です。ここから見ると仕組みがよく分かります。パナマ運河と同じ方式です。

釜口水門・船通し水門案内板
船通し水門の案内板です。

話は飛びますが、江戸時代に実用化したこれと同じ方式の見沼通船堀がさいたま市の東浦和駅近くにあります。現在整備工事中ですが、工事が完成すれば江戸時代の通船実演が見られます。

旧釜口水門・船通し水門
旧釜口水門(昭和11年に完成した初代釜口水門)の船通し遺構です。管理橋と共に遺されています。構造はパナマ運河方式です。旧釜口水門の最大放流量は200㎥/秒で現在の1/3規模でした。

釜口水門と管理橋
左岸から見た釜口水門と管理橋。

釜口水門と管理橋
右岸から見た釜口水門と管理橋。四本の堰柱水面下にはケーソン(潜函)と呼ばれる基礎構造物四基が沈められています。

釜口水門管理橋の親柱
管理橋親柱「釜口水門」。ハクチョウが飛来するみたいです。

釜口水門から諏訪湖を望む
管理橋からの諏訪湖の眺め。遠くに八ヶ岳が見えます。

釜口水門右岸公園の与謝野晶子歌碑
右岸公園内に与謝野晶子の歌碑がありました。
諏訪の湖 天竜となり 釜口の 水しづかなり 絹のごとくに 晶子のうた と刻まれています。

釜口水門左岸公園の米国製機関車
左岸公園内に展示のかわいい機関車です。PLYMOUTHの文字が目立ちます。案内板によると旧釜口水門築造時約20台のトロッコをけん引して工事用の土砂を運んだそうです。
米国製 ガソリン4気筒水冷エンジン、大正13年購入。

釜口水門ダムカード
おしまいに釜口水門のダムカードです。左岸の釜口水門管理事務所で忘れずにもらいました。釜口水門案内資料も頂き探訪記の参考資料としました。

諏訪湖は今まで車でも電車でも通過するだけでした。西天竜幹線水路円筒分水工群に関連して今回初めて釜口水門を見学し勉強になりました。今回は車で行きました。左岸の岡谷湖畔公園内に駐車場があります。

このあと下流の中央本線川岸駅近くの西天竜頭首工(西天竜幹線水路取水口)を見に行きました。次回発表します。

釜口水門の位置です。

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