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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を探訪します。横須賀水道みち、県営水道、企業団、東京水道みちなども。

其の389 昭和用水田村支線(田村用水)を歩く・厚木市、平塚市

 5月18日(木)曇り、昭和用水田村支線がこの日に通水と聞き早速行ってきました。この用水路は下流で歌川分流排水路となり最後は相模川に合流しています。昨年11月、歌川分流排水路を歩いたので上流部の田村支線(田村用水)がどこを流れるか気になっていました。

新八木間橋の昭和用水余水吐
恩曽川左岸へ放流中の昭和用水(幹線用水路)の余水吐。ここは厚木市船子 新八木間橋下流です。

昭和用水・新八木間橋下流
余水吐の先、恩曽川左岸沿いに流下する昭和用水(幹線用水路)。

玉川・恩曽川合流
玉川(右側)に合流する恩曽川(左側)です。昭和用水は合流直後の玉川の川底を伏越(ふせこし・サイフォンとも言う)で右岸に渡ります。右側の大きな建物(神奈川食肉センター)の北側に伏越の吐口があります。

昭和用水玉川伏越吐口
玉川右岸の伏越吐口です。5年ぶりにやってきました。懐かしいですね・・・。手前のコンクリート板の下で吹き上がっています。奥(西方向)へ向かうのが昭和用水(幹線用水路)で5年前に終点まで探訪しました。
昭和用水は中津川の昭和用水頭首工が起点です。5年前に投稿した参考記事です。
其の32 昭和用水探索② (2012/08投稿)
其の31 昭和用水探索① (2012/08投稿)

左側の水門は平塚市の大神、田村へ向かう支線の分水ゲートです。支線はまだ歩いたことがありません。

昭和用水田村支川分水ゲート
分水ゲートから下流を見ました。流れがあります。支線用水路は予定通り今日18日に通水したばかりです。農作業に合わせて順次通水しているようです。神奈川食肉センター、小田厚道路の地下をトンネルで抜けます。今日はこの昭和用水の支線(以下田村支線)を終点まで歩きます。
田村用水の碑や案内板などによると昭和用水は元々田村用水(田村堀とも)呼ばれ、室町時代にすでに開削された歴史ある用水路です。厚木消防署付近に立つ碑から引用します。
田村用水の碑  
室町時代に灌漑用に造られた用水路で小鮎川より水を取り入れて厚木-岡田-酒井-戸田-大神-田村に流れていたため「田村用水」と呼んだが、通称「田村堀」として知られている。その後昭和初年に改修され「昭和用水」となる。   (碑文より)

昭和用水・田村支線
小田厚道路を抜け開渠となり玉川右岸沿いを南へ向かう田村支線。

昭和用水・田村支線
南下する田村支線。左前方の橋は玉川に架かる新宿橋です。

玉川新宿橋の双体道祖神
新宿橋たもとの双体道祖神。仲睦まじく可愛らしい神様です。銘板に「道祖神移転記念 平成18年1月14日」。画像をクリックすると拡大します。

屯原橋西を流れる田村支線
玉川の屯原橋西を流れる田村支線。上流を望む。

昭和用水・田村支線の取水施設
その先の今日初めて見る用水の取水施設です。左側が転倒堰ゲートの巻上機(開閉機)、右側が機器操作盤。

昭和用水・田村支線の取水施設銘板
機器銘板によると「1号堰ゲート巻上機」とあります。下流にも多数あり全部で10か所くらいあったと思います。

昭和用水・田村支線暗渠
その先で暗渠になりました。前方はR129を潜るトンネル。

昭和用水・田村支線
R129を潜り開渠になった田村支線。雲行きがおかしくなりました。R129東側に沿って歌川分流排水路が南へ流れています。その始まりはこの辺りと想像したのですが見当たらなかったですね。田村支線と歌川分流排水路との接点はありません。もう少し南の方から始まっているかもしれません。

昭和用水・田村支線
八王子街道、愛坪バス停付近で暗渠になった田村支線。しばらく暗渠が続くので地図から消えます。

昭和用水・田村支線
愛川中学前を流れる田村支線暗渠。

昭和用水・田村支線
交差する県道22号線を渡りました。突然の雷雨で路面が濡れています。

昭和用水・田村支線取水施設
取水施設です。機器工事銘板によると「5号堰ゲート巻上機」。

昭和用水・田村支線取水施設
開渠に戻った田村支線。取水堰は倒伏したままです。

昭和用水・田村支線・厚木市戸田
左右両岸が田んぼ地帯です。ここは厚木市戸田中戸田。

昭和用水・田村支線
平塚市大神に入りました。水路沿いの道路は車両通行止めです。

昭和用水・田村支線
田村支線右岸沿いの道路を進みます。

昭和用水・田村支線
右岸で分水し二本の用水路が並行して流れています。

昭和用水・田村支線
暗渠上の道路を進む。

昭和用水・田村支線取水施設
暗渠に設けた取水施設。グレーチング・鉄板点検フタの下に転倒堰と堰巻上機が納まっています。

昭和用水・田村支線
R129交差点まで来ました。交差点からたどって来た暗渠を振り返りました。この地点でR129東側沿いに流れてきた歌川分流排水路に合流しています。

歌川分流排水路
交差点より歌川分流排水路上流を望む。上流は昨秋歩きました。田村支線右岸一帯の田んぼは田村支線から用水を引き田んぼを潤した後、西側を流れる歌川分流排水路へ排水しているものと思われます。

昭和用水・田村支線取水施設
R129を横断し南下する田村支線。眼前に取水施設があります。先ほど見たのと同じ形状です。前方は新幹線です。
新幹線を潜ると右手に神田幼稚園があります。神田幼稚園北側に同様の取水施設があり右岸側の田んぼに用水を送っています。これが田村支線最後の取水施設です。「其の340」で触れました。

神田暗渠排水完成記念碑
神田幼稚園前の「神田暗渠排水完成記念碑」。昭和32年に建てられました。
これより下流に取水施設はなく深い開渠排水路(歌川分流排水路)になります。事実上の昭和用水田村支線の終点です。ここから相模川合流点まではその「其の340 歌川分流排水路を歩く・・」で発表しました。今日の探訪で神田幼稚園付近の歌川分流排水路には昭和用水田村支線の余水排水も流入していることが分かりました。

田村用水の案内板
神田幼稚園南の田村けやき公園に田村用水と六兵衛土手の案内板が立っているので紹介します。画像をクリックすると拡大します。
田村けやき公園の東側を流れている暗渠排水はかつて田村用水(田村堀)と呼ばれていました。小鮎川から水を引き、江戸時代には岡田村・戸田村(厚木市)と大神村・田村(横内も含む)の四か村で使用されていました。江戸時代前期にはすでに開削されており、江戸時代を通じて様々な水争いが起きています。

今日のスタート昭和用水玉川伏越吐口の位置です。

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コメント

お久しぶりです

昭和用水の頭首工は春の彼岸明けに湛水を開始しました。今年は頭首工設備の改修を行ったようで、それの調子を見る具合だったのでしょうか?ご貴殿より貯水開始が八十八夜あたりと以前ご連絡を頂いておりましたのでのんびりとしており、ゲートが閉じるのを見ることが出来ず、先を越されてしまいました。ところがそれから通水をしている様子もなく、例の「マムちゃん」の看板がある干無川の点検口?でも通水を確認できず、アレー何のための湛水かなと思っておりましたが、18日の通水だったのですね。

  • 2017/05/22(月) 17:57:14 |
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  • 地元ティー #-
  • [ 編集 ]

Re: お久しぶりです

いつも応援ありがとうございます。
実は前日の17日に玉川伏越吐口へ様子を見に行きました。落合、石田方面の幹線は通水していましたが、大神、田村方面の分水門は閉じていたので、予定通り18日の探訪となりました。
いよいよ夏本番、これから9月の半ばまで用水路歩きを楽しめます。昨季は長めの徳島堰、長野堰などを頑張って歩きましたが今季は長く続けるために少し控えめにしようと思っています。歳ですからね。

  • 2017/05/22(月) 20:27:01 |
  • URL |
  • doushigawa #-
  • [ 編集 ]

路傍の石?

毎回の探訪お疲れ様です。路傍の石ではないのですが、雪にも夏の暑さにも負けずで、特にこれから暑くなり今日も1時間ほど金田集落の中を散歩してきましたが、暑いのは嫌ですね。ところで徳島堰とか長野堰って、まさか徳島県や長野県じゃあ、ありませんよね。

  • 2017/05/23(火) 12:56:51 |
  • URL |
  • 地元ティー #-
  • [ 編集 ]

Re: 路傍の石?

ご来訪ありがとうございます。徳島堰は山梨県、長野堰は群馬県です。伏越あり、長野堰は円筒分水もあり面白かったです。昨年の8、9月に探訪しました。

  • 2017/05/23(火) 14:36:53 |
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  • doushigawa #-
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