横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の358 荒川の赤水門、青水門を訪ねる・東京都北区

 1月17日(火)晴れ、今日はJR赤羽駅から歩きました。
本題に入る前に隅田川浄化用水について触れておきます。行田市の利根大堰から流れを追っかけてきたので気になります。

新宮戸橋より新河岸川下流を望む
これは朝霞市の新宮戸橋から新河岸川下流を見たところです。左側から水路が合流しています。利根大堰で取り入れた隅田川浄化用水は水資源機構・朝霞浄化用水機場からここで新河岸川に放流(注水)されます。「其の356」で投稿。

新志茂橋より新河岸川下流を望む
今日見た新河岸川です。ここは東京都北区志茂、新志茂橋から見た新河岸川下流方向で隅田川に合流直前です。正面突き当りが隅田川左岸堤防です。
隅田川浄化用水は導水量8.146㎥/秒でした。緊急かつ暫定的に流すそうですが、効果のほどは? 下記のように改善されています。
武蔵水路供用開始当時の隅田川のBODは約40mg/Lであったものが、浄化用水の導水と隅田川流域の下水道整備と相まって、近年は基準値の5mg/L程度まで水質が改善されている。
月刊ダム日本 No.854 別冊「生まれ変わる武蔵水路(武蔵水路改築事業)」より。

旧岩淵水門(赤水門)
本日のテーマ、旧岩淵水門(赤水門)です。大正13年完成。

赤水門、青水門の位置
赤水門、青水門の位置です。荒川の左側を並行して流れるのが新河岸川です。
(国土交通省・荒川下流河川事務所設置の現地案内板より)

築造の経緯概要など詳細は現地案内板から引用します。
●旧岩淵水門のあらまし
昔、荒川下流部分は現在の隅田川の部分を流れていましたが、川幅が狭く、堤防も低かったので大雨や台風の洪水被害をたびたび受けていました。そのため、明治44年から昭和5年にかけて新しく河口まで約22kmの区間に人工的に掘られた川(放水路)を造り、洪水をこの幅の広い放水路(現在の荒川)から流すことにしました。
現在の荒川と隅田川の分れる地点に、大正5年から13年にかけて造られたのがこの旧岩淵水門(赤水門)です。その後旧岩淵水門の老朽化などにともない、昭和50年から新しい水門(旧岩淵水門の下流に作られた青い水門)の工事が進められ、昭和57年に完成し、旧岩淵水門の役割は新しい岩淵水門(青水門)に引き継がれました。
長年、地域の人々を洪水から守り、地元の人たちに親しまれた旧岩淵水門は現在子供たちの学習の場や、人々の憩いの場として保存されています。

(国土交通省荒川下流河川事務所設置の現地案内板より抜粋)

こちらは東京都設置現地案内板からの引用です。
●旧岩淵水門は明治43年、内務省が荒川放水路事業の一部として隅田川の分派点に設けた。
●大正5年(1916)着工、同13年(1924)竣工。
水門はローラーゲート構造、門扉は幅約9m×5。袖壁部も含む長さは約103m。当時としては珍しい鉄筋コンクリート造り。
●昭和22年(1947)のカスリーン台風、昭和33年(1958)の狩野川台風の大出水の際にも機能を十分に果たした。
●昭和20年代、東京東部地域一帯の地盤沈下により本水門も沈下。昭和35年(1960)に門扉の継ぎ足し、開閉装置の改修工事施工。現在の旧岩淵水門(赤水門)となった。
●昭和57年(1982)約300m下流に新たな岩淵水門(青水門)が整備されその役目を終えることになった。

(東京都設置の現地案内板「東京都選定歴史的建造物」より要旨)

旧岩淵水門(赤水門)
上流側から見た赤水門。

旧岩淵水門(赤水門)
下流側、中の島から見た赤水門。

旧岩淵水門(赤水門)
東側、青水門から見た赤水門遠景。

荒川の洪水記録表示ポール
荒川の洪水記録(1位~6位)を示したポールです。
荒川の洪水記録表示ポール←クリックで拡大します。

観測期間:昭和2年~平成12年まで74年間。
1位はAP8.60m 昭和22年のカスリーン台風
2位はAP8.27m 昭和16年の台風
3位はAP7.48m 昭和33年狩野川台風


6位はAP6.30m 平成11年熱帯低気圧豪雨
ポールのてっぺんはAP10.0m、荒川右岸堤防高さはAP12.5m。
 (国土交通省現地案内板「荒川の洪水記録」より)

こうして水位を見ると恐ろしいですね・・・。赤水門はこれらの大洪水にも耐え機能を発揮しました。当時の土木技術は大したもんです。

APとは
Arakawa Peilの略で、荒川水系における水準を表す単位です。中央区新川にある「霊岸島水位観測所」でAP±0が定められ、現在全国の高さの基準であるTP(東京湾中等潮位=海抜)はAP+1.1344mと定められました。

(国土交通省現地案内板「荒川の洪水記録」より)

岩淵リバーステーション
赤水門上流の岩淵リバーステーション。国交省の浮桟橋型施設で平常時は河川巡視、水上バスの着岸に、非常時は食糧や薬の受け入れに使われます。

国土交通省・岩淵水位観測所
その上流の国交省荒川下流河川事務所・岩淵水位観測所です。

岩淵水門(青水門)
300mほど下流の岩淵水門(青水門)です。この画像はクリックすると拡大します。

岩淵水門(青水門)
西側から見た岩淵水門(青水門)。先日朝霞水門を見て驚いたのですがそれ以上あります。

岩淵水門(青水門)
今は平常時なのでゲートは開の状態です。船が通航していました。それにしても巨大です。手前から3号、2号、1号ゲート。

岩淵水門(青水門)ゲート銘板
2号ゲートの銘板です。1号、3号も同仕様です。
岩淵水門門扉 1979年9月 関東地方建設局
純径間×扉高: 20.0m×16.17m
扉体重量:214ton

ゲート面積を比較すると朝霞水門の1.4倍あります。

岩淵水門(青水門)
隅田川左岸から見ら岩淵水門(青水門)。青水門にも案内板があったので要点を記します。
●平常時は水門を開放し船の通航を確保するとともに、隅田川の水質浄化のために荒川の水を流下させています。
●増水時には水門を閉めて隅田川への流入を食い止め、首都東京を水害から守る大切な役割を担っています。
●操作水位:荒川水位AP+4.00mで隅田川に流入した時。

(国土交通省荒川下流河川事務所案内板より抜粋)

「隅田川の水質浄化のために荒川の水を流下させる」とあります。うーん・・・まあこれが自然ですよね。利根大堰で取り入れた隅田川浄化用水は新河岸川に注水し隅田川に流入させていました。まず新河岸川を浄化することで結果的に隅田川をきれいにすると解釈すれば良いのでしょうか?

岩淵水門(青水門)付近のヘリポート
付近にヘリポートが設置してあります。ドクターヘリ、消防ヘリ、防災ヘリなど緊急時用です。

岩淵水門(青水門)より隅田川を望む
岩淵水門(青水門)から隅田川下流を望む。右岸に新河岸川河口が見えます。この画像はクリックすると拡大します。


行田市の利根大堰探訪がきっかけで武蔵水路や秋ヶ瀬取水堰、朝霞水路、朝霞浄化用水機場、朝霞水門まで探訪しました。いわば利根大堰で取り入れた都市用水や隅田川浄化用水の流れを追っかける形になりました。今日は荒川放水路についても学び、暮れに利根大堰をひとり見学して良かったと思っています。今回で利根大堰シリーズに一区切りをつけます。

旧岩淵水門(赤水門)の位置です。

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