横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の279 平瀬川と旧平瀬川河道跡を歩く

 前回で新旧三沢川の河口から源流まで一通り探訪を終えたので今回は平瀬川です。
2月26日(金)晴れ、平瀬川隧道の南側入口を見に行き、その足で旧平瀬川河道跡、旧二ケ領用水路跡を二ケ領用水・境橋までたどりました。2回に分けて投稿いたします。

二ケ領用水・平瀬川交差点付近の平瀬川上流
これは二ケ領用水久地円筒分水を訪ねた時に見た平瀬川隧道の北側出口です。昭和16年に久地円筒分水と同時に完成した平瀬川の新河道です。
昭和16年(1941年)多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治の設計建設により、水害防止のための新しい平瀬川の開削と二ケ領用水の伏越、そして久地円筒分水が完成しました。(二ケ領用水久地円筒分水案内パネルより抜粋)

隧道(トンネル)の向こうはどんな景色か楽しみです。もちろん新旧平瀬川分岐点、旧平瀬川の様子を見るのが目的で楽しみなんですが・・・。

中之橋より平瀬川下流を望む
今日はJR南武線津田山駅からの歩きです。駅近くの中之橋から見た平瀬川下流方向です。トンネルの向こう側はこんな景色でした。上記のように治水のため人工的に開削された川幅15m位の深い川です。隧道の入り口が見えます。

中之橋の河川名表示・一級河川平瀬川
中之橋の河川名表示です。「一級河川平瀬川」。平瀬川は神奈川県が管理する一級河川です。

平瀬川・平瀬川隧道入口
右岸沿いに隧道入り口まで最接近しました。眼前の丘を潜ったところに二ケ領用水久地円筒分水があります。

平瀬川隧道入口の銘板
隧道入り口の銘板です。「平瀬川隧道」。

上之橋より平瀬川上流を望む
これは中之橋の一つ上流の橋、上之橋から見た平瀬川上流方向です。河川改修により広くて深い川になりました。
地図で上流へたどると多摩区の長沢浄水場付近を流れ、源流は宮前区の西長沢浄水場の西方から始まっています。

上之橋より平瀬川下流を望む
上之橋より平瀬川下流を望む。新旧平瀬川分岐点は右岸にあります。

旧平瀬川河道跡・上之橋下流
上之橋の約50m下流右岸に斜めに北東へ入る道があります。
この道が旧平瀬川の河道跡です。昔の平瀬川は狭い川でした。

「平瀬川 ここからどこへ 行くのだろう」 doushigawa

と言うわけで旧平瀬川を下流へたどってみることにしました。
「今昔マップ」を1927~1939年(昭和2~14年)にセットし、「昔マップ」の旧河道に合わせて動かすと「今マップ」が連動するのでここが分岐点と分ります。今日の探訪資料は今昔マップと一万分の一の地図です。あとは現地を歩けば何とかなるだろう?です。

南武沿線道路下作延交差点
南武線踏切を越え下作延交差点の一方通行入り口です。左側に青色のフェンスで囲われた狭い水路跡があります。今昔マップでたどるとこの狭い水路よりも一方通行のこの道が旧河道跡に該当すると思います。

下作延交差点一方通行の道
一方通行の入り口から進行方向を見る。

下作延交差点一方通行の道・R246付近
R246下を潜ります。

下作延1丁目の水路跡
一方通行道路に並行して走る水路跡。R246付近。

大山街道栄橋交差点南の水路跡
一方通行は南武沿線道路交差点信号まで続きその先の旧河道跡は見失いました。
大山街道栄橋交差点南で狭い水路跡を発見。中には入れません。狭い水路跡ですがなんか怪しいですね。フェンスの住居表示は高津区溝口二丁目10とありました。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
先回りして東急田園都市線沿いの道路で見つけたのがこれです。旧平瀬川上流を望む。ゴミ溜めのように汚れていますが川の跡に見えます。手元の一万分の一の地図で確認すると水色の河川表示があります。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
上記撮影地点から真後ろを見たのがこの景色です。車止めがあり、旧河道っぽいです。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
東急田園都市線の下です。やや蛇行しながら東へ向かっています。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先です。マンション前の旧平瀬川河道跡。ここにも車止めがあります。左側の電柱の住居表示は溝口一丁目13。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
道路を渡り車止めを通過しました。左へ蛇行しています。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先でT字路に突き当たりました。家庭ゴミの集積所になっていますが、昔の橋跡みたいです。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
ゴミ集積所から中を覗くとこんな風になっています。埋め立ててありますが川の面影があります。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先から上流を見たところです。ブルーシートが敷いてあり何やら工事をやっています。旧平瀬川河道跡整備工事でしょうか。南の方にイトーヨーカ堂が見えました。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先、工事中の旧河道東端より旧平瀬川上流を望む。

旧二ケ領用水橋跡・高津区溝口1丁目
その先で見つけた旧二ケ領用水の橋跡。上流を見たところですがブルーシートが見えます。
この橋の北側100mほどのところに二ケ領用水・川崎堀(以下二ケ領用水)の平成橋が架かっています。

探訪後にあらためて今昔マップを見て、この橋跡地点上流は昔の二ケ領用水と旧平瀬川の合流点であったことが分かりました。昔の二ケ領用水に合流したのでこれより下流は旧二ケ領用水になります。
逆に旧二ケ領用水が旧平瀬川に合流したと考えると(400年前、二ケ領用水開削時に遡ると新たに用水路を開削するよりも元々流れている平瀬川を用水路化した方が工事は楽です。)実態は旧平瀬川ですね。
北側を流れる現在の二ケ領用水は後年開削された用水路と言うことになります。


これは1896~1909年(明治29~42年)にセットした合流地点の今昔マップです。
時系列地図閲覧サイト「今昔マップon the web」より。

くねくねと大きく蛇行しているのが旧二ケ領用水で、下が今たどってきた旧平瀬川。ここは電柱の住居表示によると高津区坂戸一丁目2です。
大きな画面で今昔マップを見たい方は右欄サイドバーからリンクし、検索窓に「高津区坂戸一丁目2」と貼り付けると当該画面が開きます。年代を変え試してください。

長くなるのでこの続きは次回発表いたします。

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