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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の137 相模原幹線用水路を訪ねる①

3月9日(日)晴れ、11日(火)晴れ、2日間かけて相模原幹線用水路(大堀)(以下大堀)を探訪しました。水路の名称は違いますが前回(烏山用水路)の続きです。2回に分けて投稿します。

相模原幹線用水路(大堀)滝隧道出口
相模川ふれあい科学館北で顔を出した大堀、滝隧道の出口です。隧道出口に貼られた銘板には次のように書かれています。
滝隧道 1988年3月 神奈川県 
延長352.92m(コンクリート及び?プレート覆工) 
幅=1.20m 高さ=1.60m 厚さ=0.20m


相模原幹線用水路(大堀)
相模原ふれあい科学館(左側白い建物)東を流下する大堀。

相模原幹線用水路(大堀)説明パネル
近くで見つけた大堀の説明パネル。クリックで拡大します。
参考のため内容を以下に記します。
相模原幹線用水路(大堀)
相模原市の米作りは、相模川沿いの大島、田名、当麻、磯部、新戸の水田が中心です。昔の人々は、「一粒でも多くのお米を作りたい」との願いから江戸時代より相模川沿いの土地を大規模に開墾し、堤防を築き、開田して水を引き、お米を作っていました。
しかし、大雨のたびに川は増水し堤防が決壊したり、川の流れが変わってしまうため「お米作りのための水」を確保するのは大変難しいことでした。
この用水路は、相模川の河床の低下などにより水田への取水が困難になったため、堰の統合と合わせて昭和22年から昭和31年にかけて作られ、清水下頭首工を取水口とし、久所、望地、当麻までの水田を潤しています。この用水路の完成によって農家の皆さんが安心してお米作りができるようになりました。 
(説明パネルより)

江成久兵衛翁像
水路東側に設置の烏山用水開拓の祖 江成久兵衛翁像です。大堀の方を向いています。

江成久兵衛翁顕彰碑文江成久兵衛翁顕彰碑文です。クリックで拡大。

相模原幹線用水路(大堀)
水郷田名団地住宅街を抜け県道54号線を潜る大堀。水郷田名ひがし公園付近。

ひの坂・陽原河岸段丘崖
大堀は陽原河岸段丘崖に沿って流下します。段丘崖の火の坂(狸坂ともいいます)。

火の坂・狸菩薩
火の坂下の狸菩薩。ご利益はなんでしょう。火の坂の由来とともに「ズームイン田名-12-平成10年5月」に詳しく紹介されています。

相模原幹線用水路(大堀)
段丘崖沿いに流下する大堀。手前のマンホールフタは前回登場した烏山用水の流末(雨水下水)です。

相模原幹線用水路(大堀)・望地隧道入口
その下流で見つけた望地隧道の入口(左側の水門)です。右側は大堀の制水門。水門は開いていますが水の需要期には当然締め切られます。両水門の間に間口の狭い水門が見えます。今は使われていないようです。

相模原幹線用水路(大堀)望地隧道出口
望地弁天付近の望地隧道出口です。滝隧道と同じように銘板が貼ってあります。

望地隧道銘板
望地隧道 1989年3月 神奈川県 
延長333.4m(コンクリート覆工) 
幅=1.20m 高さ=1.60m 厚さ=0.20m

コンクリート覆工とはなんでしょう?「清水滝・望地・向原上当麻隧道 農業用施設防災対策事業 完成記念碑」の碑文にこんなことが書かれています。
しかし、当初の幹線用水路の隧道は素掘りであったため、落盤の危険や維持管理の困難性があり、神奈川県施工の農業用施設防災対策事業として、昭和54年度より、隧道内面に対しコンクリートで補強する工事を実施することとなった。とありコンクリート補強のようです。元々は素掘りの隧道であったことが分かります。

相模原幹線用水路(大堀)望地隧道下流分水
隧道のすぐ下流で分水しています。左が大堀、右が支線用水路で下流でまた合流します。ここでは水の流れはほとんどありません。奥の建物は望地弁天キャンプ場の事務所です。

清水下頭首工完成記念碑
望地弁天の前に「清水下頭首工完成記念碑」が立っていました。まさかこんなところに・・・。他にも「望地河原開田記念碑」「清水滝・望地・向原上当麻隧道 農業用施設防災対策事業 完成記念碑」が立っていました。

清水下頭首工完成記念碑は相模原用水組合連合会が昭和44年6月21日に建立しました。今回探訪中の烏山用水と大堀の取水口は今まで見てきたように清水下頭首工です。参考までに碑文の内容を記します。
清水下頭首工完成記念碑 沿革
清水下頭首工は、もと明治44年烏山用水路延長工事の際、取水口として設置された。旧烏山用水は藩侯の命により農民粒粒辛苦の結果、久所耕地を潤すにいたった歴史的なものであった。星移り昭和22年「相模川沿岸当麻望地農地開発事業」の実施に伴い両耕地を加えて受益面積83ha余に達した。当初、望地は宗祐寺下、当麻は弁天下と別れ取水していたが、相模川の河床低下、耕地保水力の減少、相つぐ水害に農民の心労その極に達し相寄り相集い、昭和35年3月「相模原用水組合連合会」を結成し、地域内用排水路の整備、取水堰の統合を図り、現地点に水門を設けた。昭和40年9月、台風24号の被害は激甚をきわめ永年の労苦は徒労に帰するかに思われたが関係機関の配慮により、5600万円あまりの巨費をもって昭和42年3月完成したものである。
ここに沿革を記し幾多先人の功を称え関係者一同永くその喜びを共にせんとするものである。
(記念碑より)

早咲き桜・望地弁天キャンプ場
望地弁天キャンプ場駐車場で見た早咲き桜。(11日撮影)
今年のキャンプ場開場は3月15日だそうです。

相模原幹線用水路(大堀)・望地河原
望地キャンプ場付近の河岸段丘崖の森と望地河原の田んぼ。

相模原幹線用水路(大堀)・望地河原
段丘崖沿いに流れる大堀。段丘崖から湧き出る清水が流れを作っています。キャンプ場から下流約1.5kmの区間は夏(6月初め)になるとゲンジボタルが見られます。水路沿いはこのように遊歩道化されています。自転車バイクは通行不可。

相模原幹線用水路(大堀)望地河原
上流を望む。ゲンジボタルにはこのような環境が必要なようです。リバーサイド田名ホーム下付近。

相模原幹線用水路(大堀)・上当麻隧道入口
その先望地河原田んぼ南端の上当麻隧道入口です。右側は制水門で今は開の状態です。湧水の流れは100mほど下流で相模川本流へ注いでいます。

相模原幹線用水路(大堀)・相模川へ放流
相模川本流です。左手前の茶色の草やごみが浮いているのが大堀です。

次回は上当麻隧道の出口から探訪します。

滝隧道出口の地図です。


追記
今季(2014)の相模原幹線用水路(大堀)は5月3日に通水しました。その様子は其の151で投稿しましたのでご覧ください。
其の151 相模原幹線用水路が通水しました  (2014/5投稿)

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