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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の720 地頭山古墳を訪ねる・神奈川県厚木市船子

 1月16日(土)、地元ティーさんおすすめの地頭山古墳を訪ねました。地頭山古墳は神奈川県では珍しい前方後円墳です。

R246の地頭山洞門
小田急線愛甲石田駅下車、駅前のR246を厚木市街方面へ20分ほど歩いていくと国道に覆いかぶさる洞門が見えてきます。


R246の地頭山洞門
洞門に埋め込まれた銘板です。「地頭山洞門」と言います。
この洞門は昔からあるのですが車で通行するたびに何故洞門にしたか疑問を抱いていました。山を削れば洞門は要らないのにね・・・。


地頭山古墳・神奈川県厚木市船子
右側擁壁上のスロープ道を上ってみました。正面にこんもりとした小山があります。この小山が案内板にある前方後円墳の前方部墳丘です。


地頭山洞門と地頭山古墳
左へ目を向けると国道と地頭山洞門が・・・。洞門の上に古墳の一部がかかっています。洞門にしたのは、こんな事情があったんですね。納得。


地頭山洞門から厚木市街地方面の眺め
地頭山洞門から厚木市街地方面の眺めです。


地頭山古墳案内板
前方部前に立つ地頭山古墳の案内板です。

地頭山古墳
この古墳は、江戸時代から地頭山と言われ、この地方では最大の前方後円墳で、五世紀前半に築造されたものと推定されています。
前方後円墳は、相模川左岸には海老名市のひょうたん山古墳や寒川町の大神塚古墳などがありますが、市内ではただ一つのものです。
規模は、全長約70メートル、前方部の幅 は約24メートル、高さ約4メートル、後円部の直径は約30メートル、高さ約6メートルで、県内にあるものの中では三~四位の大きさを誇っています。

  平成二年三月   厚木市教育委員会

(地頭山古墳案内板より)


地頭山古墳
R246を背に前方後円墳の前方部を見ました。案内板にある幅約24m、高さ約4mの丸くこんもりとした小山です。方形ではないです。


地頭山古墳・神奈川県厚木市船子
上の写真・前方部を南側から見ました。


地頭山古墳・神奈川県厚木市船子
前方部の南側、後円部です。中央が前方後円墳の後円部で、左端は前方部の一部。案内板にあるように後円部の直径は約30m、高さは約6mです。一段と高いので後円部と実感します。


地頭山古墳・後円部
階段を上り前方部、後円部の間に立つと後円部はこんな風に見えます。


地頭山古墳からの眺め
地頭山古墳から見た景色。帰りに小田急線から眺めたのですが、地頭山古墳は小高い丘に見えます。


地頭山古墳地名標柱
東側階段下に立つ「地頭山古墳」の地名標柱。側面に説明文が刻まれていますが前方部前の案内板と似た内容です。


地頭山古墳・神奈川県厚木市船子
地頭山古墳を南側平地から眺めるとどのような感じでしょう。幸いに表通りから奥に続く小道を見つけました。小道から見た地頭山古墳東側斜面。


地頭山古墳
小道は奥へ続いています。墳丘の南端と思われる崖です。前進するのは危険です。探訪はここで打ち切り踵を返しました。


地頭山古墳の位置です。


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其の719 南光寺と近辺の石像物・相模原市中央区田名陽原

 1月10日(日)、お天気が良かったので散歩がてら南光寺と近くの石造物を見に行きました。

南光寺参道・相模原市中央区田名陽原
南光寺参道です。ここは相模原市中央区田名陽原(みなばら)。


南光寺の徳本念仏塔
参道に入ってすぐ左手の石像物です。独特の書体が特徴の徳本念仏塔なんですが、この像は案内板がなければそうとは気づかないですね。緑区太井の大蔵寺には書体が明瞭な念仏塔がありましたね。

相模原市登録有形民俗文化財
田名南光寺の徳本念仏塔(文政五年)
徳本は江戸時代後期に念仏を広めて歩いた僧で、村の念仏講中は徳本の書を求め、念仏塔を建てました。元は500m東、望地先の県道沿いにありました。   相模原市教育委員会

(案内板より)


南光寺の出羽三山供養塔
徳本念仏塔の隣に立つ出羽三山供養塔です。 月山 湯殿山 羽黒山と読み取れます。造立年は不明ですが、相模原市史によると出羽三山供養塔は安永五年(1776年)を初出として近世末まで造立があったので、その頃の村人が講を組み出羽三山参拝記念として造立したことが窺えます。


南光寺の石像物群
参道突き当りの石像物群です。

南光寺の不動明王像
そのうちの一体、不動明王立像です。火焔を背に右手に剣、左手に索を持つ代表的な不動明王像です。


南光寺山門
突き当りを左へ曲がると正面に山門です。


南光寺山門
別角度から見た山門。切妻造りの四ツ足門です。


南光寺本堂
南光寺本堂の大額
南光寺本堂と正面に掲げられた大額。


南光寺案内板
参道にあった南光寺の案内板です。
●本尊は釈迦如来
●臨済宗建長寺の末寺
●文和三年(1354年)仏寿(ぶつじゅ)師によって開山

今から656年前、将軍足利尊氏の時代です。いやあ~歴史のあるお寺さんですね。


南光寺鐘楼
鐘楼です。近頃除夜の鐘の音をきかないですね。この辺はどうか知らないですが、鐘の音をうるさいという人がいるそうです。日本の伝統文化に文句をつけるとは・・・変な世の中になったもんです。


道端の庚申塔・相模原市中央区田名陽原
道端の庚申塔・相模原市中央区田名陽原
南光寺の東側、県道48号線の道端に庚申塔が祀ってあります。庚申塔の前には一升瓶が供えてあります。後で分かったのですがこの日は田名陽原地区のどんと焼の日で庚申塔の前に地区役員が集まり南光寺の僧が読経を行っていました。14:00から行われるどんと焼前の儀式と思われます。庚申塔左側の大きな石は地神塔です。


庚申塔・相模原市中央区田名陽原
正面に六臂の青面金剛像と側面には「奉彫刻庚申塔」。お猿さんは正面と両側面に一匹ずつ。


道端の庚申塔・相模原市中央区田名陽原
造立年は正徳元年辛卯歳十月五日と日にちまで刻まれています。西暦1711年、今から310年前です。


南光寺の位置です。(地理院地図より)



其の718 「横浜水道創設水道導水路」&トロッコの歴史看板一覧

 当ブログ右欄リンクに貼り付けた「横浜水道創設水道導水路」は、昨年9月末に横浜市水道局HPの公開が終了し、現在リンク切れとなっています。
横浜水道みち歩きを始めたころ参考にしたA4紙にコピーした当該ページを探し出しました。コピーなので不鮮明ですが代役として務まることを期待して投稿します。


横浜水道創設水道導水路概要図です。(クリック拡大)
横浜水道創設水道導水路概要図
旧三井用水取入所から始まり野毛山旧配水池に至る延長44kmの横浜水道創設時の横浜水道みちです。
概要図左下にトロッコの歴史看板設置26か所の一覧が載っています。読みづらいので下に文字起こししました。

横浜水道みちトロッコの歴史看板一覧
番号当時場所設置住所設置目標場所km
1三井相模原市緑区三井ボート乗り場1
2大島(1)相模原市緑区城山町向原2丁目小倉橋付近6
3大島(2)相模原市緑区大島清流の里付近7
4大島送水井相模原市緑区大島3339渓松園内7.5
5田名相模原市緑区田名2074ジョギング道路11
6上溝相模原市中央区上溝4316
7当麻相模原市南区当麻1102あざみがや交差点17
8堂山橋相模原市南区下溝2096道保川橋際17.5
9下溝相模原市南区麻溝台女子美大付近18
10磯部村相模原市南区二葉2丁目双葉遊園地付近20
11上鶴間相模原市南区東林間5丁目7相模原水道遊園23
12下鶴間大和市下鶴間1453さくら散歩道公園内24
13鶴間(1)町田市鶴間3丁目1鶴間公園内25.5
14鶴間(2)町田市鶴間1776国道246バイパス際26
15瀬谷町田市鶴間1486鶴間三角公園27
16川井横浜市旭区川井本町83バス停福泉寺前31
17下川井横浜市旭区都岡町9都岡町内会館前32
18今宿横浜市旭区今宿南町水道みち今宿橋付近33
19川島横浜市旭区鶴ヶ峰二丁目鎧橋際35
20三反田横浜市旭区西川島町西川島公園内36
21上星川横浜市保土ヶ谷区東川島町東川島水道みち公園38
22坂本横浜市保土ヶ谷区仏向町仏向給水車両ステーション39
23下星川横浜市保土ヶ谷区川辺町水道局保土ヶ谷事務所前41
24帷子横浜市西区南浅間町社宮司公園内42
25芝生横浜市西区藤棚1丁目藤棚交番前43
26戸部横浜市西区老松町野毛山旧配水池入口44
三井用水取入所からの距離(km)を追記しました。


横浜水道みちトロッコの歴史看板
横浜水道みち・トロッコの歴史看板
横浜市水道局が近代水道創設120周年を記念し設置したトロッコの歴史看板です。写真は創設水道導水路26か所に設置された1番目の看板です。
現在地:三井 三井用水取入所からここまで1km 

看板にはこんなことが書いてあります。(26か所共通)
この水道みちは、津久井郡三井村(現:相模原市津久井町)から横浜村の野毛山浄水場(横浜市西区)まで約44kmを、1887年(明治20年)我が国最初の近代水道として創設されました。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを使用し水道管を敷設しました。横浜市民への給水の一歩と近代消防の一歩を共に歩んだ道です。
(トロッコの歴史看板より)


fc217-46
これは23番下星川の看板です。当時の地図に描かれた路線上に水道局キャラクターはまピョンが立ち案内しています。
下星川 三井用水取入所から41km
現在地:川辺町 (水道局中部第二給水維持課前)



●2番目の大島(1)、3番目の大島(2)は設置場所が分かりにくいところです。
「其の5 大島から小倉橋へ」が参考になります。
●1番目の三井は三井植物浄化施設案内板の隣に立っています。
参考記事「其の613 三井植物浄化施設」
●4番~26番は水道みち沿いに設置されているので見つけやすいと思います。


其の717 かにが沢源流を訪ねる・神奈川県座間市緑ヶ丘

 栗原遊水地付近で目久尻川に合流している「かにが沢」源流を探訪しました。

栗原遊水地B池(上)栗原遊水地北西隅の小河川
今日の主役はこの小河川・かにが沢です。栗原遊水地B池(上)北西側隅に流れ込んでいるかのように見える川です。


かにが沢・栗原遊水地付近
上流側から見るとこのように栗原遊水地北西側にありB池(上)に向かっています。前方の橋は谷を横断する小池大橋です。


目久尻川に合流するかにが沢
確かめたところB池(上)沿い道路地下のトンネル水路を流れ目久尻川右岸に合流しています。第三水源橋上流で目久尻川に合流するかにが沢です。小池大橋の白い橋脚が見えます。


かにが沢・栗原遊水地付近
かにが沢の河口を確認したので源流を目指します。川沿いに道がないのでコの字型迂回しながら追いかけます。護岸はコンクリート板で、つっかい棒で支える排水路のような川です。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
その上流、人道橋から見た上流方向です。地図にあるように相模原台地を削った谷を流れ下る小河川です。西側は崖、東側は住宅で川沿いに道はありません。


かにが沢・右岸の公園
渡りに船。人道橋を渡り階段を利用して右岸に出ました。右岸は公園になっています。かにが沢は右下フェンス沿いを流れています。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
かにが沢・座間市緑ヶ丘
その上流、緩く蛇行しながら流れるかにが沢。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
右岸に流れのない水路が合流。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
その上流です。西側だけでなく正面にも崖が出現。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
崖に突き当たりました。谷の最深部・谷頭でしょうか。手元の地図によると正面崖上の白色ガードレールや柵は谷を横断する道路で「どんぶり坂」と書いてあります。


今昔マップで確認します。(今昔マップon the webより)

この地図は昭和41年改測版(1965~1968)です。まだ「どんぶり坂」はなく、昭和51年二改版(1975~1978)から地図に示されるので谷を埋め立てて造った道路と分かります。クリックで年代切替可能です。


かにが沢・座間市緑ヶ丘
どんぶり坂から見たかにが沢。これが地下の湧水出口・かにが沢源流です。末尾に載せた地理院地図ではここから栗原遊水地B池北西隅まで水色の河川表示があります。


かにが沢公園
どんぶり坂の北側です。北側は谷全体が「かにが沢公園」として整備されています。今たどった小河川は地図に河川名が載っていません。ブログ表題の「かにが沢」はここから採りました。


かにが沢公園
かにが沢公園内西側、相模原台地沿いの道です。ちょうどかにが沢の延長線上を歩いています。流れはどこにもないですね。ここまで来たので谷の最深部・谷頭を目指します。


かにが沢公園
谷全体が公園です。すべり台などの遊具があります。


かにが沢公園
進むにつれ公園が狭まってきました。谷は西方向にカーブしています。


かにが沢公園
いよいよ狭まり上りの坂道になりましたよ。


かにが沢公園付近の小田急線
道なりに進むと谷の北側、相模原台地中腹を走る狭い道路に出てきました。道はやがて台地上を走る小田急線に突き当たり行き止まりです。ここが谷頭ですね。来た道を少し戻り右手の坂道を上ると小田急線相武台前駅に出ます。1月7日(木)に探訪しました。

かにが沢河口の位置です。(地理院地図より)


其の716 栗原遊水地を訪ねる②・神奈川県座間市栗原

 栗原遊水地探訪の続き、今回はA池の模様をお伝えします。

栗原遊水地管理棟・目久尻川
B池(下)南端に立つ神奈川県厚木土木事務所 東部センターの管理棟です。目久尻川右岸に排水ゲートが見えます。


栗原遊水地B池(下)・排水ゲート
ただいまポンプ排水中です。この水の水源は前回見たようにB池(上)からB池(下)に流れて来た湧水ですね。


上谷橋より目久尻川下流の眺め
そこから100mほど下流の上谷橋から見た目久尻川下流方向です。下流の寒川町で相模川に合流しています。栗原遊水地は目久尻川の氾濫を防ぐために造られました。平成3年度完成。


栗原遊水地A池・排水ゲート
上谷橋上流左岸にも排水ゲートがあります。このゲートは栗原遊水地A池の排水ゲートです。


栗原遊水地A池・排水ゲート
A池の排水ゲートです。ゲートは閉じています。


栗原遊水地A池
上谷橋付近から見たA池です。他の池と同じ掘込式の池です。平常時はテニスコート他運動公園として利用されています。


栗原遊水地A池・排水ゲート
A池排水ゲートは囲繞堤斜面の中腹にあります。管理棟、右岸の排水ゲートなども見えます。


栗原遊水地A池・排水ゲート
グランドに下りましたよ。A池の底は目久尻川の川底よりもかなり低い位置にありますね。おそらくB池と同じ深さ4m位と推測します。
目久尻川の洪水が収まると貯留した水を排水するわけですが、排水ゲートより上に溜まった水はゲートから自然流下で排水するとしてもそれより下の貯留水はどうやって排水するか?悩みますね。(^σ^)


栗原遊水地A池・排水路
A池周囲堤から見るとこのように囲繞堤下に沿って水路が走っています。草がぼうぼうと生えていますが水路です。


栗原遊水地A池排水路・スクリーン付きの桝
水路を北の方へたどって行くとスクリーン付きの桝にぶつかりましたよ。どこかで見たことがありますね。この桝の左側に連通管(水路トンネル)があり囲繞堤を潜りB池(下)のスクリーン付き桝に繋がっています。


栗原遊水地B池(下)
前回取り上げたB池(下)のスクリーン付きの桝です。これより下流は大型桝を経由してポンプ排水ですね。排水ゲートは先ほど見ました。今はちょろちょろですが貯留水の排水時はフル稼働するんでしょうね。大急ぎで排水しないと次の大雨が来たらヤバいですからね・・・。


栗原遊水地A池・越流堤
スクリーン付き桝の上流側に越流堤がありました。


栗原遊水地A池・越流堤
周囲堤から見た目久尻川左岸の越流堤。越流堤に架かる橋は山崎橋と言います。


目久尻川の第三水源橋
第三水源橋より目久尻川上流の眺め
山崎橋上流の第三水源橋と橋から目久尻川上流の眺めです。奥の方にB池(上)周囲堤の白色ガードレールが見えます。


座間市水道部・第三水源ポンプ所
これはB池(上)、B池(下)の間にある座間市水道部 第三水源ポンプ所です。座間市では上水道の85%が地下水源で、15%を県営水道から供給を受けています。神奈川県内では珍しいケースです。

栗原遊水地は以前、目久尻川河口から源流まで歩いたときに通りました。今回具に見学しその仕組みをおおよそですが理解することが出来ました。再探訪は成果あり!でしたね。


栗原遊水地A池の位置です。(地理院地図より)



其の715 栗原遊水地を訪ねる①・神奈川県座間市栗原

 目久尻川の洪水調節施設・栗原遊水地を訪ねました。

栗原遊水地記念碑
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

栗原遊水地A池前の記念碑です。平成三年十一月吉日建立。


栗原遊水地案内板
栗原遊水地はこんな遊水地です。

栗原遊水地
目久尻川流域は、開発と人口の集中が進んだため水田が減少し地域の自然調節能力が低下して、降雨のたびに中小河川の増水や氾濫が生じています。1級河川 目久尻川は、その源を相模原市相武台付近に発し、座間市、海老名市、綾瀬市、藤沢市、寒川町を南下して相模川に注いでいます。
この遊水地は、目久尻川の氾濫を防ぐため昭和56年に着手し以来、10年の歳月をかけて完成しました。3つの池で構成され その面積5.5ヘクタール、洪水貯留量約10万立方メートルの能力があります。
降雨状況によりポンプで排水する仕組になっており、モニターテレビによる遠方からの監視や遠隔操作などができます。
神奈川県厚木土木事務所 東部センター

(栗原遊水地B池前の案内板より)


今昔マップです。(今昔マップon the webより)

栗原遊水地は三つの池から構成されています。池の配置はこのようになっています。目久尻川は、北から南へ流れています。


以下、各池を順に見て回ります。
栗原遊水地B池(上)
初めに目久尻川北側右岸のB池(上)です。掘込式の池で平常時はスポーツ広場になっています。


栗原遊水地B池(上)
栗原遊水地を東西に跨ぐ小池大橋の影に入り分かりづらいですが、画像右奥の白いガードレールが目久尻川右岸です。この池の不思議な点は目久尻川に越流堤がないことです。洪水はどこからこの池に入って来るのでしょう。


栗原遊水地B池(上)
B池(上)の北西隅です。池斜面に湧水用の溝が設置してあり、グランド周りに敷設した溝に流れ込んでいます。斜面の溝はここだけでなく池の周り各所に設置してあります。目久尻川の洪水とは関係のない排水施設です。


栗原遊水地B池(上)栗原遊水地連通管
B池(上)の南側に柵で囲った施設を見つけました。「危ないから入っていけません!」の警告看板がかかっています。



栗原遊水地B池(上)栗原遊水地・連通管
接近するとこのようになっています。右手からグランド周りに敷かれた溝から湧水が流れ込んでいます。湧水は直径1m位の水路トンネルへ入っていきます。ふむふむ、これで読めましたね。これは連通管って言うやつですね。隣接のB池(下)に繋がっていると思います。洪水でB池(下)が満たされるとこの連通管を通してB池(上)に貯留する仕組みですね。


栗原遊水地B池(上)栗原遊水地北西隅の小河川
これはB池(上)北西側隅に流れ込んでいるように見える小河川です。私の足元からトンネルに入っています。B池(上)に流れ込まず目久尻川右岸に合流していると思われます。


栗原遊水地B池(下)
続いて隣接のB池(下)を探訪します。これはB池(下)の北端です。こちらは水辺のある散策広場として利用されています。


栗原遊水地B池(下)
ヘラブナ狙いの釣り人がいました。前方の橋は目久尻川や遊水地を渡る小池大橋です。


栗原遊水地B池(下)連通管
北側の隅で先ほど見た連通管(水路トンネル)の出口を発見しました。水位目盛りがあり深さ4mまで刻んであります。


栗原遊水地B池(下)連通管
B池(下)に流れ込む湧水。湧水なのできれいですね。右側コンクリート法面は目久尻川右岸の越流堤下部です。前述のように越流堤から入った洪水はここからB池(上)へ流れていきます。


目久尻川右岸越流堤
目久尻川右岸越流堤です。


目久尻川右岸越流堤・栗原遊水地B池(下)
地上から見た目久尻川右岸越流堤。左側はB池(下)。


目久尻川右岸越流堤・栗原遊水地B池(下)
同、地上から見た目久尻川越流堤。右側はB池(下)。


栗原遊水地B池(下)
B池(下)の畔、南端から見ました。越流堤のコンクリートが見えます。


栗原遊水地B池(下)栗原遊水地のカワセミ
ここでカワセミちゃん(♂)が飛来。ポーズを取ってくれたので慌ててシャッターを切りました。


栗原遊水地B池(下)
B池(下)南端、囲繞堤下より北方向を見たところです。池の水は左手前の大きなコンクリート桝に流入しています。前方のスクリーン付き桝のような施設の中で東側に隣接するA池から来た連通管が接続されていると思います。三つの池は連通管で繋がっていることが分かりました。


栗原遊水地B池(下)
上の画像を逆方向から見ました。左手の排水ゲートは自然流下で、それより低水位の貯留水は大型桝を経由してポンプ排水すると思われます。排水ゲート奥の建物は施設管理者の神奈川県厚木土木事務所 東部センターです。


栗原遊水地B池(下)
地上から見たB池(下)南端と神奈川県厚木土木事務所 東部センター。


途中ですが残る栗原遊水地A池は次回に投稿します。


栗原遊水地の位置です。