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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の693 平林桜池を訪ねる・山梨県富士川町

 平林の棚田の帰りに近くのため池・平林桜池を訪ねました。

平林桜池・山梨県富士川町
池の南端から見た平林桜池です。曇り空が残念です。画像右端にフェンスに囲われた排水施設(池の水の出口)があります。


平林桜池・山梨県富士川町
平林桜池・山梨県富士川町
対岸から見た排水施設入口です。遊水池や調節池でよく見かける越流提のように護岸が一段低くなっています。越流した水は排水施設に流れ込みます。背景は山なので南側の護岸は人工的な堰堤ではありません。


平林桜池の排水施設・コンクリ桝
橋の上から見た排水施設。大きく深いコンクリート製桝でフェンスで囲っています。奥に水路トンネル入口があります。ゲートもなく流入した水がそのまま流出する構造です。ゲリラ豪雨で流入量が一気に増えた時は、たぶんオリフィスの働きにより水量を制御するものと思われます。流れていく先は先ほど見学した平林棚田の方向で、最終的に利根川に合流すると思います。
驚いたことに、桝の中にオタマジャクシが泳いでいました。成長してカエルになったら井の中の蛙になっちゃいます。心配ですね。でも安心、越流提からコンクリ桝まで緩い下りのスロープです。ぴょんぴょん跳ねてスロープを上れば桜池なので平穏に暮らせます。


平林桜池の散策路
池の畔の散策路を北の端まで歩いてみました。池の流出口を見たので反対側に流入口があるはずです。


平林桜池の沈砂池
池の北側にコンクリ製の池がありました。西から来た水路が一旦北側のコンクリ製の池に入り南側の池に流れ込むようになっています。現在はなぜか流れがありません。四方が山なので湧き水があるはずですが、今の時期湧水はないのでしょうか?


平林桜池の沈砂池
コンクリ池の中央に水の出口があります。中央の塩ビパイプを越流した水が桜池へ入ります。水路から直接桜池に入れないでワンクッション小さな池を置く意味は?それに池の底に排水口を設けないで水面近くに排水口を立ち上げています。ふむふむなるほど、この池は沈砂池ですね。水路上流から運ばれてくる砂が桜池に入らないようにするため沈砂池としての働きを持たせていると思います。


平林桜池流入渠
塩ビパイプの先の水路。桜池北側に注いでいます。


平林桜池のアキアカネ
アキアカネが一休みしていました。秋を感じさせますね・・・。


平林桜池の案内板
桜池の案内板を見つけました。
この池の周囲は山ばかり。桜池は窪地にできた水溜まりの池です。一方が開けていれば自然な川となって流れ出るはずです。ここは人工的なトンネル水路から流れが始まっています。南へ向かう水路トンネルは放水路と書いてあります。
富士川町HPため池マップによると平林桜池は「農業用ため池」に区分されています。
所在地:富士川町平林3337  池の貯水量:20,360㎥

このあと南アルプス市の「中野の棚田」に向かいました。


平林桜池の位置です。(地理院地図より)


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其の692 平林の棚田を訪ねる・山梨県富士川町

 舂米(つきよね)の棚田に続いて利根川上流、山間の集落、平林の棚田を訪ねました。

利根川の舂米堰堤
前回登場した舂米堰堤です。右岸沿い舂米の棚田へ向かう用水路の土砂吐ゲートから放水しています。


利根川の砂防ダム(堰堤)
さらに遡っていくと立派な砂防ダムがありました。利根川は土石流危険渓流に指定されているので、上流へ行くほど砂防ダムが増えていくと思います。


平林の棚田・山梨県富士川町
利根川左岸平林の棚田が見えるところまで上ってきました。


平林の棚田・山梨県富士川町
隆運寺境内から平林棚田の眺望。富士山がちらっと見えます。
稲刈りが終わった田んぼもありますが、黄金色の田んぼ観賞にどうやら間に合ったみたいです。


平林の棚田・山梨県富士川町
最上段の外周道から見た平林棚田です。


平林の棚田・山梨県富士川町
外周道から下を覗くとコンクリの水槽があります。田んぼへ送る用水を溜めておく水槽のようです。


平林の棚田水源の森・山梨県富士川町
背後の山を見ると細い水路が水槽へ向かっています。自然に湧き出る沢の水を利用しています。


平林の棚田水源の森・山梨県富士川町
近所でもう一本別の用水路を見つけました。


平林の棚田水源の森・山梨県富士川町
水路の水源はやはり湧き水ですね。森の奥から細い水路がこちら側、道路の方へ流れています。


平林の棚田内の用水路
平林の棚田内の用水路
道路際へ出てきた用水路と棚田沿いを流れる用水路。


平林の棚田と富士山
棚田の向こうに富士山が頭を出していましたよ。(^σ^♪


旧利根川・富士川町大久保
これは下流の富士川町大久保を流れる旧利根川です。彼岸花が咲いていたのでパチリ。新利根川の開削により新旧利根川分岐点で流れの元を絶たれ、通常時は越流提を越える洪水がないので水無川です。事実上放水路になっていますね。農業用水の排水や湧水の流入があるのでもう少し下流へ行くと流れを見られます。


平林棚田の位置です。(地理院地図より)

寺院記号は本文で述べた隆運寺です。


其の691 舂米の棚田を訪ねる・山梨県富士川町

 9月17日(木)、黄金色の実りの秋を求めて山梨県富士川町の棚田を見に行きました。今回は舂米(つきよね)の棚田です。

利根川・山梨県富士川町大久保
旧利根川沿いに遡っていきます。ここは山梨県富士川町大久保です。この川は下流の平野部で天井川となり、同じく天井川の坪川に合流し釜無川(富士川)に合流する一級河川です。


新旧利根分岐点・山梨県富士川町舂米
富士川町舂米まで遡りました。私が今立っているところは利根川左岸で、画像左側が旧利根川、右側は新利根川です。目の前の左岸堤防が一段低くなっています。利根川が洪水になったときに旧利根川へ増水分を逃すための越流提です。新利根川は新たに開削された河道で、下流で戸川に合流しています。右岸側に田んぼが見えますね。舂米(つきよね)の棚田です。


利根川・山梨県富士川町舂米
上記地点から利根川上流を見ました。周囲を山で囲まれた甲府盆地西側の山間から発する急流河川です。


利根川・土石流危険渓流警告看板
土石流危険渓流の警告看板です。ここは利根川が新旧利根川に分岐する地点です。以前、地図で分岐点を見つけ自然の川が分岐とは何故だろう?と不思議に思い確かめに来たことがあります。詳しくは、「其の215」で発表しました。
「其の215 甲府盆地の天井川を訪ねる・利根川と戸川」


新旧利根川分岐点の位置です。(地理院地図より)



以下、利根川・新利根川右岸に開かれた舂米の棚田です。
舂米の棚田・山梨県富士川町
傾斜地に石垣を積んだ棚田。先人が築いた遺産ですね。


舂米の棚田・山梨県富士川町舂米の棚田
上の方の棚田。彼岸花が彩りを添えてくれました。


舂米の棚田・山梨県富士川町
舂米の棚田と甲府盆地遠望。新利根川左岸側にも田んぼが広がっています。用水はどこから引いているのでしょう。舂米の棚田を潤した用水の一部が新利根川を水路橋で越え左岸側の田んぼに流れていきます。


舂米の棚田用水路・山梨県富士川町
最上段の棚田外周道です。用水路が走り濁った水が勢いよく流れています。利根川から来ていると思われます。


舂米の棚田の用水路・山梨県富士川町
上流へたどると害獣除けの電気柵の奥からこちらへ流れています。右側崖下に利根川が流れているので勾配が取れる上流で取水していると思われます。


利根川の舂米堰堤
利根川を少し上流へ遡ると、想像した通り砂防ダム(堰)があり右岸で取水していました。


舂米堰堤銘板
この堰は舂米堰堤と言い昭和35年に山梨県が築造しました。


舂米の棚田探訪はここまでです。段々の棚田の水はどこから引いているのか?特に最上段の田んぼの水はどこから来るのか興味を持っていました。ちゃんと水利があるんですね・・・。用水路延長の長短の違いはありますが先日探訪した上野原用水と理屈は同じです。

これより上流の山間にも棚田があるので見に行きました。次回発表します。

其の690 第六天神社の庚申塔・神奈川県茅ケ崎市

 茅ヶ崎市の庚申塔巡り3回目です。前回訪ねた神明宮の近く第六天神社を訪ねました。珍しいショケラさんの庚申塔を見つけました。

第六天神社
国道1号線に面した第六天神社です。
ここは神奈川県茅ケ崎市十間坂3丁目17−18です。


第六天神社・茅ヶ崎市
第六天神社・由緒書き
第六天神社本殿と御由緒書きです。

御祭神
唹母陀琉命(おもだるのみこと)
妹阿夜訶志古泥命(いもあやかしこねのみこと)
御祭神は、神仏混淆時代の仏教で信奉する欲界天の第六、欲界天の最高所に宮殿を構える天魔、他外自在天に由来し、明治維新後政府の神仏分離の布告により、御神徳に因み、国生み神話天神七代の神々の内の、第六代の男女二柱天津神様であります。

古事記によると、神世七代(かみよななよ)の第六代が御祭神となります。その次に登場する第七代、伊邪那岐命(いざなきのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)男女二柱の方が名前を知られているような気がしますね。


第六天神社の庚申塔
早速境内の石造物を観て回ります。
中央は笠付きの庚申塔で正面と両側面にお猿さんが浮彫りしてあります。正面に「元禄二己巳年」と刻まれています。1689年なので今から331年前の造立です。

右側は三猿(見ざる言わざる聞かざる)と上部に日月の陰刻が見えます。傍らの案内板によると造立年は、
三猿庚申塔 延宝五丁巳季十二月吉祥日 1677年(343年前)です。


第六天神社の庚申塔
奥の方にあった主尊が青面金剛の庚申塔です。台座に三猿、六臂の青面金剛で剣や弓を持っています。上部に日月が認められます。左腕に何か掴んでぶら下げていますね~。珍しいショケラですよ。

第六天神社の庚申塔
側面から見ると立体感があります。上町講中と刻まれています。

第六天神社の庚申塔
右側面に造立年が刻んであります。「弘化二乙巳年」1845年です。今から175年前の幕末の頃、比較的新しい庚申塔です。


第六天神社の庚申塔
文字塔の庚申塔もありました。造立年は読み取れず。


第六天神社のお地蔵様
これは舟形の石像、錫杖がうっすらと見えるのでお地蔵さんでしょうか。


第六天神社・国土地理院の水準点
第六天神社・国土地理院の水準点
意外なところで意外なものを見つけました。境内の一角にあった国土地理院の水準点です。建設省国土地理院 一等水準点と表示されています。
基準となる日本水準原点は国会議事堂近く千代田区永田町1丁目1番にあります。以前見学したことがあります。
「其の543 日本水準原点を訪ねる」(2019/2投稿)


茅ヶ崎市第六天神社・パワースポットの案内
鳥居脇にパワースポットの案内板が立っています。境内奥、御神木の黒松がそれです。御神木に触れ、思いを念じれば、力強い運気、気力、体力、精気を養い明日への活力が戴けるそうですよ!


第六天神社・パワースポットの黒松
樹齢二百有余年の御神木黒松。かつて漁師が茅ヶ崎沖から位置確認の目印にした高木。昭和二十年代に落雷にあい途中から折損したそうです。

茅ヶ崎の庚申塔巡りは今回でおしまいです。ショケラさんを求めてまた歩きたいと思います。

次回は甲府盆地周り、実りの秋の田んぼ(棚田)と用水路について発表の予定です。


第六天神社の位置です。


其の689 神明宮の庚申塔・神奈川県茅ケ崎市

 本社宮の庚申塔に次いで神明宮の庚申塔を訪ねました。
探訪したのは9月14日(月)、あい変らず残暑がきびしかったです。

神明宮・茅ヶ崎市十間坂3-9-47
神明宮にやってきました。ここはJR茅ヶ崎駅近く、茅ヶ崎市十間坂3-9-47 です。


神明宮・茅ヶ崎市十間坂3-9-47
神明宮本殿です。左手にお堂があります。


神明宮の庚申塔
お堂の中に庚申塔が二体祀ってあります。お堂は庚申塔覆殿と言い個人が奉献したものです。


神明宮の庚申塔
向かって左側の庚申塔です。青面金剛像が彫られた庚申塔としては初期(明暦四年造立・今から約360年前)のもので貴重なものだそうです。


神明宮の庚申塔案内板
茅ヶ崎市教育委員会が立てた案内板です。

神明宮の庚申塔 
平成18年2月14日 神奈川県指定有形民俗文化財
庚申塔は、庚申信仰に基づいて江戸時代に盛んに造られるようになったもので、人の延命招福をねらったものである。この塔は青面金剛像を彫った庚申塔の出現期のもので、明暦四年(1658)の年号が見える。四臂(腕)で二猿を従えるこの形式の塔はこれまで七基見つかっており、いずれも相模川下流域(茅ヶ崎3、平塚2、寒川1、藤沢1)に分布している。初期の青面金剛像の庚申塔として貴重なものである。 茅ヶ崎市教育委員会



神明宮の庚申塔
右側の庚申塔の主尊は六臂の青面金剛です。宝輪や弓を持ち合掌する青面金剛像。三猿はそれぞれが気ままな格好をしております。造立年は不詳。


神明宮の位置です。


其の688 本社宮の庚申塔・神奈川県茅ケ崎市

 彼岸の入り間近なのに残暑が厳しいです。炎天下の水辺歩きは控え、駅近の庚申塔巡りに行ってきました。

本社宮・茅ヶ崎市矢畑142
最初に訪れたのが茅ケ崎市矢畑の本社宮です。石造りの鳥居に本社宮の額がかかっています。


本社宮の道祖神
鳥居脇に石造物が二体。双体道祖神と道祖神です。
右側道祖神は裏面に天保九戊戌年正月吉日とあり、1838年の建立です。およそ180年前ですね。矢畑邑の人たちが寄附したと刻まれています。


本社宮・茅ヶ崎市矢畑142
本社宮本殿です。ここは茅ケ崎市矢畑142


本社宮由緒由来書き
本社宮の由緒由来書きです。


本社宮の石造物
本殿奥に石造物が並んでいます。中央は双体道祖神、その左は合掌像ですが馬頭観音でしょうか。右端は大磯の左義長(サイトヤキ)の祭りで使われるごろ石に似ています。


本社宮の石造物
石造物群の並び覆堂内に二体の石造物が祀ってあります。右側は座像ですが頭が欠けています。左側は何でしょう。


本社宮の宇賀神像
左側はとぐろを巻いたヘビさんです。いわゆる宇賀神と呼ばれる福の神ですね。


本社宮の庚申塔
覆堂庇下に祀られた笠付きの庚申塔です。珍しい石祠形状で三猿の浮彫がなければ見逃すところでしたよ。三猿の上には日月も刻まれています。今日のお目当て、それも古いタイプの庚申塔に出合い幸先が良いです。今日の大きな収穫の一つです。


本社宮の庚申塔
左側面です。案内板によると「相州矢畑村施主 敬白」と刻まれています。右側面には「明暦二申年十月吉祥日」
傍らに立つ案内板には以下のことが書かれています。
茅ヶ崎市重要文化財「本社宮の庚申塔(明暦2年:1656年)」
市内の年号銘のある庚申塔中で古い方から四番目に当たり、三猿(見ざる、聞かざる、言わざる)が刻まれる型の初期のものです。また庚申塔としては例の少ない石祠の形をしています。
碑高51cm、塔身幅34cm。塔正面に日月、梵字、三猿の彫刻。



長善寺・茅ヶ崎市矢畑150
こちらは本社宮の南隣、長善寺です。境内の石造物を拝観しました。ここは神奈川県茅ヶ崎市矢畑150


長善寺・戦没各英霊追悼地蔵尊
境内の戦没各英霊追悼地蔵尊です。最近のものと思われる卒塔婆に大東亜戦争の文字が見えます。


長善寺の馬頭観音像
地蔵尊前の馬頭観世音像です。戦地で倒れた軍馬を慰霊するためと思います。戦後75年、比較的新しい石造物で精巧なお馬さんの浮彫が印象に残りました。

ほかに拝観できる石造物はなく今回はここで切り上げます。
水分補給しながら次の目的地へ向かいました。


本社宮の位置です。


其の687 上野原用水⑨・牛倉神社から終点へ・山梨県上野原市

 上野原用水施設巡りの最終回です。終点の桂川に到達しました。

上野原用水
牛倉神社の先はこれまでと同じように幹線用水路と歩道下の暗渠水路が並行して流れています。


上野原用水に月見が池系統が合流
道なりにまっすぐ進んでいくと、左手山側から暗渠水路が合流しています。上野原用水案内マップによると月見が池経由の用水がこの辺りで合流しています。これより東の田んぼへ配るためと思われます。


上野原用水・矢竹、塚場下の田んぼに分水
その先です。矢竹、塚場下の田んぼへ分水しています。


上野原用水・中央道付近
やがて水路はススキが繁るフェンスに突き当たり左折します。フェンスの向こう側は中央道です。今日は9月8日(火)、今年初めてススキの穂を見ました。武漢ウイルス禍に加え残暑が厳しいですが季節は確実に移り変わっているんですね・・・。


上野原用水・中央道水路橋
その先で中央道を渡ります。やっぱりね・・・。想像通り水路橋で高速道路を渡っていました。


上野原用水・中央道水路橋
中央道に架かる旧甲州街道の橋と並行する上野原用水水路橋。


上野原用水・中央道水路橋
南側から見た中央道を渡る上野原用水水路橋。


上野原用水・中央道水路橋
中央道を渡り終えた上野原用水。


上野原用水
その下流は暗渠となり旧甲州街道を東側へ潜り抜けます。


上野原用水
その先で開渠になった上野原用水。


上野原用水
流下する上野原用水。前方に田んぼが見えます。


上野原用水・左岸へ分水
東側の田んぼへ分水しています。


旧甲州街道
旧甲州街道に戻り南下しました。地図を見るとこの辺り東側で上野原用水はJR中央本線と交差しています。しかし惜しいことに中央線はこの真下をトンネルで通過しています。沢のようにレンガさんのアーチトンネルを潜り抜ける上野原用水を想像していたのですが残念です。


上野原用水
旧甲州街道東側、上野原台地を流れる上野原用水。東側は深い谷で甲斐国と相模国を分ける境川が流れています。遠くに先ほど跨いだ中央道が走っています。こんな風景を眺めるとなぜ台地の上を用水路が流れているか不思議な気分になりますね。明治時代に計画し大正初めに完成させた明治の人たちはとんでもない偉業をやり遂げたんですね・・・凄いことをやりました。あらためて感嘆します。


上野原用水
同下流方向です。


上野原用水
上野原用水
上野原台地を下段の台地めがけて急降下する上野原用水。


旧甲州街道沿いの上野原用水
旧甲州街道の坂道を下り追いかけました。坂下で街道沿いに姿を現した上野原用水です。この道の正式名は県道520号線(吉野上野原線)と言います。


上野原用水
上記地点から上流方向の眺めです。


上野原用水
旧甲州街道を潜り抜け南へ向かう上野原用水。


上野原用水
コの字型迂回して追いかけました。さらにその下流です。前方の森は桂川左岸段丘崖に繁る原生林です。いよいよ終点間近です。


上野原用水・桂川左岸崖上の道
桂川左岸崖上に面した道路です。左側フェンスは上野原用水上流方向、右側が段丘崖の縁で下流方向です。


桂川左岸崖上からの眺め
右側は深い原生林で谷を流れる桂川の眺望はちょっと叶わなかったですね・・・。


桂川左岸・上野原用水終点
右側フェンス越しに下流側を見るとこのようになっています。左右のコンクリート護岸は4、5m先でなくなり空中に放流しているように見えました。対岸から観察すると滝のように落下していると思います。ここが棡原三二山の取入口から始まる水の旅の終点です。地理院地図ではこの先50m位まで水色の水路が描かれ桂川に合流しています。


桂川に架かる境橋
段丘崖の曲がりくねった旧甲州街道を下り桂川を見に行きました。桂川右岸神奈川県相模原市側から見た境橋です。桂川は神奈川県に入ると呼称が相模川に変わります。


境川橋より桂川上流の眺め
境橋より桂川上流の眺めです。左岸崖上にある上野原用水終点の滝はこんな状況で見られなかったですね。

このあと旧甲州街道河岸段丘崖の坂道を上り上野原ICへ向かいました。


上野原用水案内マップ
上野原用水案内マップ
おしまいに上野原用水シリーズ全編で参考にした「上野原用水案内マップ」です。クリックすると拡大します。


上野原用水終点の位置です。(地理院地図より)

水色の水路を上流へたどると中央道の水路橋、さらにたどると牛倉神社に至ります。

其の686 上野原用水⑧・大堀水路橋~牛倉神社・山梨県上野原市

 今回は大堀水路橋から牛倉神社までです。

上野原用水・支川用水路に分水
進行方向右側(西側)へ分水しています。寺畑地区の田んぼへ向かう支線用水路。


上野原用水
県道33号線沿いを南下する暗渠の上野原用水。ここは上野原はさま幼稚園付近です。


上野原用水西側の田んぼ
用水路西側の田んぼ。寺畑または桐ノ木地区と思われます。


上野原用水
エネオス前で県道と別れ上野原市役所方面へ向かいます。暗渠フタとグレーチングフタが目印で見失うことはありません。


上野原用水・上野原市役所前
上野原市役所庁舎前を流れる上野原用水。目の前のグレーチングフタを覗き込むと勢いよく流れています。


上野原用水・上野原市役所前
市役所前の暗渠水路。グレーチングが目印です。緩い下り勾配なので用水は音を立てて流れています。


上野原用水・甲州街道と交差
その先でR20(甲州街道)と交差します。


上野原用水
甲州街道を横断後左カーブして東向きに方向転換します。ここからは道路下が幹線用水路で歩道下の用水路と並行して流下しています。


上野原用水・支線用水路
歩道下の暗渠水路から分水して田んぼへ向かう支線用水路。


上野原用水
東へ向かう上野原用水。道路下の幹線はやや深い位置を流れています。並行する歩道下暗渠水路は浅い位置を流れています。


上野原用水と交差する小河川
珍しく進行方向左側(山側)から小河川がこちらへ向かって流れています。


上野原用水と交差する小河川
下流側は上野原用水路との交差点に水門が設置してあります。


上野原用水と交差する小河川
水門越しに下流側を見ると、あら不思議!小河川に流れがありませんよ。小河川の流水を上野原用水に丸ごと取り込んだみたいです。上野原用水案内マップに載っていない施設ですが、取水兼小河川への排水施設と思われます。小河川はこの先で鶴川に合流しています。


上野原用水
その先です。何事もなかったかのように流下する上野原用水の幹線と歩道下暗渠水路。


上野原用水・支線用水路へ分水
ここでも暗渠水路から支線用水路へ分水しています。上野原用水の南側と中央道の間の台地には本町、仲外戸、鳥居の前などの田んぼがあります。


上野原用水・牛倉神社前
左手の牛倉神社前までたどってきました。


上野原用水・牛倉神社付近
その先の交差点です。左折すると甲州街道、右折すると中央道上野原ICに出ます。上野原用水はこのまま直進します。目の前のグレーチングフタは上野原用水です。今回の水路歩きはここで切り上げ上野原IC先、河岸段丘崖の急階段を下りJR中央本線上野原駅から高尾行に乗車しました。

次回は上野原用水の最終回です。見所は中央道を渡る水路橋と感動的?な桂川合流点です。


今回のスタート大堀水路橋の位置です。(地理院地図より)


其の685 上野原用水⑦・大堀水路橋・山梨県上野原市

 9月3日(木)、前回に続いて上野原用水の施設見学に行ってきました。

上野原用水・上野原市中ノ原
前回訪ねた中ノ原地区を流れる上野原用水の畔にまたやってきました。上流の棡原三二山方向の眺めです。


上野原用水・上野原市中ノ原
同下流方向です。棡原三二山の鶴川から取り入れた用水です。


上野原用水・上野原市中ノ原
田んぼへ分水の様子。上水道原水にも使われる清澄な水です。


上野原用水・上野原市中ノ原
400m位の開渠区間が終わり、やがて水路トンネルに入ります。


上野原用水
その延長線上のトンネルの上と思しき道をたどります。


上野原用水
道なりに進み、その先石井オート前で県道33号線を横断しました。県道東側で開渠となった上野原用水を発見しましたよ。


上野原用水
下流側を見ると清流が滔々と流れています。左岸沿いの道をたどるも行き止まりとなり県道へ戻ります。


県道33号線沿いの庚申塔
県道沿いの巨大な庚申塔。高さが4~5尺ほどありますね。


上野原用水
手前のガードレールは上野原用水に架かる橋です。


上野原用水
橋から東側を見るとこちらに向かって流れる上野原用水を発見。


上野原用水暗渠
県道を渡ると西側にグレーチングフタがありコンクリートフタが南へ続いています。上野原用水案内マップによると「有蓋水路」となっています。いわゆる暗渠水路ですね。


上野原用水暗渠
その先県道33号線沿いの上野原用水。水路側面が見えるので用水路らしく見えます。


上野原用水支線用水路
その先で右岸側に分水していました。ごみ集積所の下が支線用水路です。


上野原用水  上野原市新井地区の田んぼ
田んぼへ向かう支線用水路と新井地区の田んぼ。


上野原用水・大堀水路橋
その先フェンスで囲われた開渠の上野原用水。開渠の用水路を見たのはこれが最後になりました。スクリーンでゴミを引っ掛けています。鉄橋の上に管理用通路が見えます。


上野原用水・大堀水路橋
鉄橋で谷を渡る上野原用水です。施設の名称は「大堀水路橋」と言います。ここは県道33号線上野原中入口交差点前です。


上野原用水・大堀水路橋下を流れる小河川
交差点から東を見ると県道へ向かって小河川が流れています。大堀水路橋はこの小河川を渡るために架けられました。上野原用水案内マップによるとこのあたりで月見が池方面へ分水しているのですが該当する施設は見つからなかったですね。


上野原用水・大堀水路橋南詰
大堀水路橋南詰から再び暗渠水路となります。グレーチングフタとコンクリートフタの上をたどって行きます。

以上で上野原用水案内マップに紹介されている施設をすべて見学しました。帰路、用水路沿いを歩き途中からJR中央本線上野原駅へ向かいました。次回発表します。


大堀水路橋の位置です。(地理院地図より)


其の684 上野原用水⑥・中ノ原開渠・山梨県上野原市

 上野原用水の諸施設を訪ねて棡原三二山(ゆずりはらさんにやま)取入口を起点に下流へたどっています。

上野原用水・山風呂サイフォン
これは前回訪ねた山風呂サイフォンです。山風呂沢を渡ったサイフォンは崖を駆け上がり、水路トンネルが台地上を南に向かっていると思います。崖上の道を左(南)の方へ追いかけます。


上野原市山風呂・石造物群
南へ進むと開けた台地に出てきました。道端にお地蔵様、庚申塔、二十三夜塔など石造物が並んでいます。


上野原市中ノ原
その脇の道を奥へ入ってみました。山間部から平坦な台地へ入ったので田んぼがあるかと期待したのですが残念ながらないですね。先刻通った山風呂サイフォンの方を振り返るとこんな景色のところです。お地蔵様の辻へ戻ります。


上野原用水・上野原市中ノ原
その先の小道を右へ入ったところで発見しましたよ。トンネルで山や谷を潜ってきた上野原用水が地上に忽然と姿を現しました!ここは光電製作所上野原工場脇の小道を西へ入ったところ、上野原市中ノ原の田んぼです。


上野原用水・上野原市中ノ原
田んぼへ向かう上野原用水。案内マップを見ると開渠区間は短く、開かれた普通の用水路はまれにしか見られません。


上野原用水・上野原市中ノ原
田んぼへ分水の様子。上野原台地を潤すために引かれた上野原用水。地元民の願いは見事に成就しましたね・・・。

そしてあらためて間近で見ると驚くほど清澄な水です。月見が池で初めて見た鶴川から来た水は梅雨時で白く濁っていましたが、目の前を流れる水はすくってそのまま飲めるほどきれいな水です。


上野原用水・上野原市中ノ原
上野原台地の田んぼへ向かう上野原用水。この先の林ノ上、新井、寺畑、桐ノ木などの田んぼへ用水を運びます。


地上に顔を出した上野原用水開渠です。(地理院地図より)


其の683 上野原用水⑤・山風呂サイフォン・山梨県上野原市

 上野原用水施設巡り5回目、今回は山風呂サイフォンです。

西沢に架かる鉄橋
鶴川左岸沿いの道を施設探索しながら南下しています。前方に鉄橋が架かっています。鶴川支流の西沢に架かる橋です。


西沢
橋から見た西沢下流方向です。上野原用水案内マップによると橋の下流側に西沢暗渠の表記があります。上野原用水は暗渠で西沢を横断していると思われます。道がなく踏み込めず、橋から眺めるだけです。


山風呂サイフォン前の道
次に訪ねたのは山風呂サイフォンです。山風呂サイフォンは走ってきた道の東側(写真右側)谷底にありましたよ。


山風呂サイフォン
東側はこんな景色です。谷底に水管橋が横断しています。


山風呂サイフォン
拡大しました。管理用通路付きの水管橋です。上野原用水案内マップによるとこの施設は「山風呂サイフォン」と言います。前回見学した黒田沢サイフォンと同じように山風呂沢の谷を逆サイフォンで渡っています。


相模川水系山風呂沢
これは道路端に立つ土石流危険渓流の警告看板です。「相模川水系山風呂沢」とあり、谷を流れる川が山風呂沢と分かりました。


山風呂サイフォン
谷底へ降りる道があったので探検しました。これは先ほど上の道路から見た管理用通路付きの水管橋です。


山風呂サイフォン
驚いたことにもう一本鋼管製の黒いパイプが敷かれていました。道路方向から来ていますが向きは管理用通路付きの水管橋と同じなので左側コンクリートの中で合流していると思われます。


山風呂サイフォン
上の道路を見上げるとこんな景色です。道路からは死角で黒いパイプを見られなかったんですね。


上野原用水案内マップ
上野原用水案内マップを見ると二本管の理由が分かります。
L=850mの新トンネルがここで合流しています。

次回は、いよいよ上野原台地を流れる開渠水路が登場します。


山風呂サイフォンの位置です。(地理院地図より)