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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の682 上野原用水④・黒田沢サイフォン・山梨県上野原市

 前回に続いて上野原用水施設探訪です。今回は黒田沢を水管橋で渡る黒田沢サイフォンです。

聖武連(しょうむれ)橋・山梨県上野原市
聖武連(しょうむれ)橋を通過しました。上野原用水案内マップによると付近に「聖武連開渠」の記述あり、開かれた普通の用水路を見られるかと期待したのですが発見できず。山や谷を越える用水路なので施設を見られるのは谷を越えるときがチャンスです。


中見山トンネル・山梨県上野原市
中見山トンネル直前です。鶴川は右側崖下を流れています。


棡原橋・山梨県上野原市
中見山トンネルの先、鶴川に合流直前の黒田沢に架かる棡原(ゆずりはら)橋です。


黒田沢・山梨県上野原市
棡原橋たもとから見た黒田沢上流方向の眺めです。黒田沢は左側谷底を流れています。


黒田沢サイフォン・山梨県上野原市
黒田沢左岸沿い道路から谷を覗き込むとありましたよ!お目当ての黒田沢サイフォン(水管橋)です。新旧2本の水管橋が谷を渡っています。水道管の水管橋はちょいちょい見ますが用水路の水管橋は珍しいですね・・・。左側の新水管橋にエアバルブが付いていますよ。


黒田沢サイフォン・山梨県上野原市
これは新しい水管橋です。橋脚が見えないのでパイプビーム形式の鋼管製水管橋と思われます。残念ながら樹木が繁り全体像を撮れません。谷底に下りれば最高なんですが術がないです。


黒田沢サイフォン・山梨県上野原市
こちらは古い水管橋。現在は使われていないと思います。上野原用水の完成は大正8年です。当時は現在のようなパイプビーム形式の鋼管は開発されていないはず。橋桁の上に何らかの導水管を敷設していたと思われます。橋脚は画像のようにレンガ製です。


参考にした上野原用水案内マップに水管橋の記述はなく「黒田沢サイフォン」とあります。
こちらのサイフォンはどのような形状でしょうか?見えない両岸部分が気になりますね。断面が逆U字型の管のことをサイフォンと呼びます。こちらのサイフォンは中空を渡っていますが、逆U字型はありえずU字型の逆サイフォンで渡っていると思います。中空を渡る逆サイフォン管は珍しく他に見たことがないですね。私は初見です。
用水路が河川と立体交差するとき、断面がU字型の伏越(ふせこし・逆サイフォン)で川底を潜るのが一般的なんですが、それらを普通に○○伏越とか○○サイフォンと称していますね・・・。こちら黒田沢サイフォンの名称はそれに倣っているのかも知れません。名称はサイフォンだけど実態は逆サイフォンと覚えておけば良いと思います。(^σ^)


上野原用水案内マップ
参考までに黒田沢サイフォン前に立つ「上野原用水案内マップ」の部分図です。三二山取入口から月見が池まで表示されています。(画像をクリックすると拡大します)


あとがき
用水路が逆サイフォンで河川と立体交差するケースを思い出しました。相模原畑かん用水路が鳩川を水路橋で渡っていました。本文で述べたU字型の逆サイフォンです。
其の80 相模原畑かん用水路6鳩川サイフォンは水路橋!?


黒田沢サイフォンの位置です。(地理院地図より)


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其の681 上野原用水③・小伏沢水路橋・山梨県上野原市

 棡原三二山(ゆずりはらさんにやま)の取入口から始まる上野原用水の施設を見に行きました。幸先よく取入口下流の施設、小伏沢水路橋を見つけました。

8月19日(水)、鶴川右岸沿いの県道33号線を北上し取入口を探訪したときに渡った俣渡橋(またとばし)を渡りました。渡ってすぐに右折、鶴川左岸沿いの道に入り施設を探しながら南下しました。初めて走る道です。
上野原市棡原小和田
こんな風景の中を走りました。上野原用水は山あり谷ありの厳しい条件下に敷設された地下トンネルの中を流れています。鶴川は西側(左側)崖下を流れています。


鶴川に架かる小和田大橋
上記集落の下流側、前方に立派な橋が架かっています。鶴川に架かる小和田(こわた)大橋です。


小伏沢水路橋
小和田大橋を過ぎ、車窓左手に橋らしきものが垣間見えました。目的の水路橋かもしれません。ここは峡谷に架かる橋の上です。これ以上近づけないかもしれないのでズームインして必死に撮りましたよ。(^σ^♪


能示橋・小伏川 能示橋・小伏川
あらためて確認すると峡谷に架かる橋は「能示橋」、下を流れる川は鶴川左岸に合流する「小伏川」と分かりました。


小伏沢水路橋
幸いにも小伏川右岸沿いに水路橋へ通じる道があったので、見学することができました。この水路橋は上野原用水「小伏沢水路橋」と言います。


上野原用水・小伏沢水路橋制水門
小伏沢水路橋たもとの制水門と余水吐排水施設。


上野原用水・小伏沢水路橋制水門
鶴川右岸三二山取入口からはるばる流れてきた用水。山や川をトンネルで潜り自然流下で流れてきたのが凄いです。右側のゲートが制水用で手前のゲートは余水吐兼排水用ですね。グレーチングフタ付きのこちらへ向かう水路の行き先は小伏川です。

次回は渓谷を渡る水管橋を取り上げる予定です。

関連記事です。
其の675 上野原用水②・三二山取入口・山梨県上野原市
其の674 上野原用水①・月見が池を訪ねました・山梨県・・・

今回の参考資料:上野原用水案内マップ


小伏沢水路橋の位置です。(地理院地図より)


其の680 来宮神社の大樟(楠)・静岡県熱海市

 前回、樹齢千年を超える「阿蘇神社のシイ」を載せました。
今回のテーマはなんと二千年超日本最樹齢の大樟(楠)です。

熱海伊豆山のリゾートホテルで久々に温泉に浸かり、翌朝、来宮神社(阿豆佐和気神社)にお参りしました。これが来宮神社の御神木・大樟(楠)です。
来宮神社の大樟(大楠)

 来宮神社の大樟(大楠)  来宮神社の大樟(大楠)
周りを一周できます。悠久の時空を超えた生命力!傍らに立つだけでパワーをもらえそうな気がします。案内板によると「一周すると1年寿命が延びると伝えられている」そうです。
二千年と言えば大賀ハスも二千年前の種子から花が咲きました。植物の生命力は凄いです。


来宮神社の大樟(大楠)
しめ縄が張ってあります。大樟は来宮神社の御神木です。


来宮神社の大樟(大楠)・案内板
大樟の案内板です。
日本最樹齢の樟 国指定天然記念物
樹齢 二千年以上
周囲 23.9m
高さ 26m以上
御由緒 
当社の御神木、巌石の如き様相を呈し「延命長寿」の象徴


ネットで調べると、鹿児島県蒲生町の「蒲生の大クス」(幹周り24.22m)が日本第1位でそれに次ぐ巨樹です。上には上があります。


来宮神社
来宮神社
来宮神社本殿と本殿脇の弁天巌。御上のGoToキャンペーン2日目ですが、それに乗った人が多く想像以上の人出です。


来宮神社案内板
案内板より来宮神社の祭神です。
大己貴命(おおなもちのみこと)
五十猛命(いたけるのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)

大己貴命は大國主命とも呼ばれています。大きな袋を肩にかけ大黒様が来かかるとそこに因幡の白うさぎ♪・・・と唱歌にあるように大黒様として名前を知られた神様ですね。


来宮神社糸川
大樟背後の渓流。相模湾に注ぐ糸川です。


来宮神社(阿豆佐和気神社)の位置です。


其の679 根がらみ前水田の羽用水路を歩く②・東京都羽村市

 根がらみ前水田の用水はどこから来るのか?羽用水路の水源探訪に行ってきました。

羽用水路・阿蘇神社参道付近
阿蘇神社参道東側を流れる羽用水路です。


阿蘇神社参道の石造物
参道脇に集められた江戸時代の石像物。五輪塔2基は江戸初期の三田雅楽之助平将定の墓。中央の宝篋印塔は江戸中期の作。左端は八幡祠、右端の石塔は龍蛟社と刻まれた水神です。
(案内板より抜粋)


羽用水に架かる橋・阿蘇神社参道脇
石造物付近、羽用水路に架かる橋。羽村市羽用水組合の注意看板がかかっています。


多摩川左岸堤防(阿蘇神社参道)
森の中の参道を抜けると自然に多摩川左岸の堤防上へ出てきます。海から55km。左側は多摩川河川敷です。


羽用水路・阿蘇神社参道東側
多摩川左岸堤防(阿蘇神社参道)東側を流れる羽用水路の下流方向です。橋のたもとにホタルの養殖地があり、敷地内に細い水路を張り巡らせています。細い水路に流す水を羽用水路から取水しコンクリート製タンクに貯めています。ここは羽村市羽加美(はねかみ)4丁目16


ここで根がらみ前水田へ戻り、支線用水路を簡単に上流へたどってみます。
羽村市根がらみ前水田
根がらみ前水田中央を南北に走る農道です。足元の支線用水路は北の方からこちらに向かって流れています。


根がらみ前水田北側の池
上流へたどっていくと東西に走る外周道に突き当たります。支線用水路は西から来ているので左折し追っかけます。T字路角の鯉が放たれた池の前に出てきました。


羽用水支線用水路
右折し水路沿いに北方向に歩いていくと突き当りです。なぜか上から水が落ちています。


青梅・羽村地区工業用水企業団
青梅・羽村地区工業用水企業団
その向こう側はレンガ造りの煙突?付きの建物や池がある施設の正門でした。表札を見ると「青梅・羽村地区工業用水企業団」。羽村市水道のように地下水を汲み上げているのでしょうかね。


羽用水路
青梅・羽村地区工業用水企業団を通り過ぎ、羽用水路支線用水路に再会で~す。鯉が泳いでいた池とどのように繋がっているかは不明です。


羽用水路
南方向を振り返るとこんな感じです。道路左側が青梅・羽村地区工業用水企業団です。


羽用水路
右岸沿いに上流へ進むと分岐点へ出ました。分岐点から見た上流方向です。ここは阿蘇神社参道の森の東側です。上流へは道がなく進めませんが、先ほど見たホタルの養殖地の下流地点に当たります。


羽用水路・支流との分岐点
目線を下げ足元を見ると支流との分岐はこのようになっています。右上上流はホタルの養殖地方向、左が阿蘇神社参道入口方向。手前右は支線用水路で今たどってきた根がらみ前水田方向です。


さて、支線用水路を見たのでホタルの養殖地前の橋に戻ります。
羽用水路の石橋
ホタルの養殖地前の橋から上流を見ると石橋が架かっています。多摩川左岸堤防(阿蘇神社参道)は石橋手前で右カーブし用水路を渡ったところで左カーブし阿蘇神社へ向かっています。つまり堤防の途切れた部分に石橋が架かりその下を羽用水路が潜り抜けていることになります。


羽用水路の石橋
拡大しました。アーチ型の石橋です。羽用水路が堤防の不連続部を通過しているので、玉石を高く積み上げ堤防の役割を持たせています。結果的に羽用水路は樋管で堤防を貫通しています。羽用水路の終点・那賀樋管には樋管ゲートがありました。見たところここにはゲート巻上機のような施設がないですね。石橋アーチの上流側に柱のようなものが見えますが正体不明です。多摩川が洪水になったら樋管ゲートで閉じるべきと思うのですが・・・堤防に穴が開いたままで大丈夫なんでしょうかね。


羽用水路・多摩川河川敷内
石橋から見た羽用水路の上流方向。用水路は多摩川の河川敷(高水敷)に敷設されています。


羽村市羽用水組合・水利使用標識
石橋のたもとに立つ水利使用標識です。
水利使用者:羽村市羽用水組合
水利使用目的:かんがい用水
取水量:0.432㎥/秒  かんがい面積:8ha

この標識の裏側がちょうどアーチ石橋の上流側になります。うっかり上流側からのアーチ石橋撮影を忘れてしまいました。


羽用水路・土砂吐け角落しゲート
その上流です。高水敷に敷設されているので多摩川本流は下の方を流れています。開渠がカーブしています。右岸側に何か仕掛けがありますよ!土砂吐角落しゲートみたいですね。


羽用水路・土砂吐け角落しゲート
右岸側下方から見上げるとこんな感じです。土砂吐は2門。羽用水路は高い位置を流れています。


羽用水路・土砂吐け角落しゲート
上流側から見て左カーブ地点に土砂吐があるので、普段は余水吐機能も兼ねていると思います。大雨で多摩川の洪水が予想されるときは、予め角落しゲートを外しておけば用水はそのまま多摩川へ戻っていきますね。石橋に樋門ゲートがなかった理由が何となく解るような気がします。


羽用水路・多摩川河川敷内
その上流です。阿蘇神社参道は用水路の右側を通っています。


羽用水路・多摩川河川敷内
阿蘇神社参道下で曲尺のように2回曲がる羽用水路。どうして真っすぐ通さないのだろう。ピコッ!(ブラタモリ風に)
タモリさんのようにその場で理解できなかったんですが、これは通水量を調節する余水吐ではないか?そんな気がしてきました。多摩川が大雨で増水すると上流の取水口で取水量が増えます。用水路上流から見ると初めの曲がりで直角に右折させ、直後に左折させ、意図的に水路から水を溢れさせることで下流の通水量低減を図っているのでは・・・。と考えたのですが、皆さまはどう思われますか?そうであれば今私が立っているところはヤバいことになりますね。


羽用水路・多摩川河川敷内
阿蘇神社崖下の羽用水路。流れがないですね~。


羽用水路取水口付近
その上流で何やら工事をやっています。重機が入り土嚢を積んで用水路を堰き止めています。用水路の補修工事かなんかやっているんでしょうか。青色のホースが土嚢を跨いでいます。サイフォン通水ですね。多摩川本流が左下の方に写っています。羽用水路が高位置を流れていることが分かりますね。取水口の状況を見たかったのですが、これ以上近づけないのでここで撤収です。



取水口の様子はグーグルマップ写真が鮮明に捉えています。多摩川の広い河道内の左岸寄りの細い川筋から取水していることが分かります。取水ゲートはないですね。その細い川筋を上流へたどるとなんと小作取水堰の土砂吐ゲート直下に至ります。地図を動かして試してみてください。私は以前、小作取水堰を一人見学したことがあるのでよく承知しています。いやあ驚きましたね~。


帰りに阿蘇神社に参拝しました。
阿蘇神社
阿蘇神社本殿

阿蘇神社案内板
参道と阿蘇神社本殿です。東京都指定有形文化財。
推古天皇九年(601年)創建と伝えられる。おみくじを引き、お参りしたところ大吉でしたよ!帰りに羽村取水堰の珍しい投渡堰を見ることができ早速御利益がありました~。(^σ^)


阿蘇神社のシイ
おしまいに東京都指定天然記念物「阿蘇神社のシイ」です。
案内板によると藤原秀郷が天慶3年(940年)に社殿を造営したときに手植えしたとの言い伝えがあるそうです。樹齢は千年以上? 樹高18.0m 幹周り6.2m

其の678 根がらみ前水田の羽用水路を歩く①・東京都羽村市

 羽村取水堰(投渡堰)の近く、北西方向に大賀ハスやチューリップで有名な根がらみ前水田があります。水田の水はどこから来るのか探ってみました。

那賀樋管
奥多摩街道に面する東京都水道局羽村取水管理事務所前の信号を左折し、水上公園通り(旧奥多摩街道)へ入りました。多摩川左岸堤防に水門が見えます。


那賀樋管
堤防上から見た水門です。


那賀樋管
堤防外側、川表から見た水門です。


那賀樋管・那賀樋管ゲート銘板
この水門は那賀樋管といい、国交省が造った施設です。管理者は羽村市。堤防を貫通する排水管や取水管は、樋管とか樋門と呼ばれています。多摩川洪水時に用水路へ逆流防止のため樋管ゲートが設置されています。


羽用水路
那賀樋管の堤防内側はこのようになっています。コンクリート製の渠にグレーチングのフタがしてあります。右手石垣は旧奥多摩街道です。


羽用水路・羽村市上水道第3水源地
北方へ続く暗渠水路上流方向。この水路が今日水源までたどる予定の羽用水路(はねようすいろ)です。左側円筒状の施設は羽村市営上水道の第3水源地です。地下の浅井戸から水道原水を汲み上げています。


多摩川左岸堤防桜堤
暗渠水路上を歩けないので堤防上の桜並木道を上流へ歩きました。右側に「桜づつみ植樹記念碑」が立っています。


羽村市浄水場
多摩川堤防下にレンガ色の建物があります。羽村市浄水場です。羽村市は東京都水道局の「東京水」ではなく市独自の水道を持っているんですね。初めて知りました。


羽村市浄水場
羽村市HPに紹介記事がありました。それによると、
左側が管理棟で右側は浄水池。3か所の水源地(深さが7~10mの浅井戸)から汲み上げた原水を膜ろ過処理し、浄水池で塩素消毒後、出来上がった水道水を市内の配水場へ送っています。場内には第2水源地もあります。浄水池壁面のアーチ型石積みがひときわ目立ちますね。


羽村浄水場壁面
浄水池レンガ壁面を拡大しましたよ。イギリス積みレンガ風の仕上げと角の納まり。私には鉄筋コンクリートの建物にレンガ風のタイルを張ったように見えるのですが・・・。


羽村市の雨乞街道
羽村市の雨乞街道
多摩川左岸堤防を下り東へ向かう通りに出ました。真っすぐ行くと根がらみ前水田へ出ます。この通りは雨乞街道と言いグーグルマップにも通り名の記載があります。


羽用水路
ここで旧奥多摩街道に戻り、羽用水路を上流へ追いかけます。グレーチングフタの暗渠水路です。右が上流で左は那賀樋管に至ります。


羽用水路
北側から見た暗渠水路の北端です。右側は羽村市水上公園。


暗渠の羽用水路
暗渠水路上を歩きます。右側の石垣は旧奥多摩街道です。


羽用水路
その先で開渠になった羽用水路。


羽用水路・暗渠入口
上記を上流側から見ました。水路が乾いています。どうしたんでしょうかね。


羽用水路沿いの田んぼ
水路沿いの田んぼも乾いています。


羽用水路
田んぼへの分水施設。右岸側の田んぼへ水を送るようになっています。上流に架かる橋は雨乞街道です。


羽用水路・雨乞街道上流
雨乞街道から見た羽用水路上流。なぜか流れはありません。


羽村市羽用水組合の注意看板
羽村市羽用水組合の注意看板。用水路名「羽用水路」は地図上どこにも表示がないので、水利使用者名「羽村市羽用水組合」からとりました。


羽村市の根がらみ前水田
看板付近から見た根がらみ前水田。右端に大賀ハスの蓮田が見えます。


羽用水路
水車付きのカフェがありましたよ。羽用水路に通水がなく回っていないです。


羽村市の羽用水路
その上流の羽用水路。ここは阿蘇神社参道直前です。


羽村市第1水源地
付近にあった羽村市第1水源地です。この施設は根がらみ前水田西側の通りに面しています。


途中ですが今回はここまでです。思いがけず羽村市水道施設に出合い勉強になりました。羽村市は小作取水堰、羽村取水堰、羽村浄水場など東京都水道局の水源や浄水施設が有るのに一切そこから給水を受けず、自前の水道施設で賄っていることが分かりました。


那賀樋管の位置(中央十字線)です。(地理院地図より)


其の677 堰の一部を投げ渡した羽村取水堰・東京都羽村市

 8月3日(月)、取水堰の一部を投げ渡した状態で稼働中の羽村取水堰を見てきました。初めて見る珍しい光景です。

東京都水道局羽村取水堰
東京都水道局羽村取水堰です。ここからその様子は見えません。


羽村取水堰・第2水門と玉川上水
管理橋から見た第2水門とそこから始まる玉川上水。水の色が先日の上野原用水・月見が池と同じですね。


東京都水道局羽村取水堰(投渡堰)
管理橋を渡りました。左岸寄りの一門が堰として機能していませんよ~。丸太を押さえていた桁が上に引き揚げてあります。堰を構成する丸太、そだ、砂利は無く流水音が凄まじいです。


羽村取水堰(羽村投渡堰)
羽村取水堰(羽村投渡堰)
平常時の羽村取水堰です。(過去記事「其の619」より)
羽村取水堰は、非常に珍しい投渡堰(なげわたしせき)と言う型式で、江戸時代の貴重な技術が現在まで継承されています。 
鉄の桁に杉丸太を立て横に差込丸太を通し、そだ(木の枝を束ねたもの)や砂利で堰を作りました。大水になり一定水位になると桁を外し、堰自体を下流に流し、大水が治まると堰を再構築しました。
 (東京都水道局・東京水道名所より要旨)


羽村投渡堰
これは洪水時の羽村取水堰です。「其の39」(2012.10投稿)より。

今日の珍しい投渡堰遭遇で①すべてを投げ渡した堰②一部を投げ渡した堰③平常時の堰と、羽村取水堰の三つの顔を見たことになりますね。(^σ^)


東京都水道局羽村取水堰(投渡堰)
上流側から見た第1水門と羽村取水堰(投渡堰)。


東京都水道局羽村取水堰(投渡堰)
水上公園通り(昔の奥多摩街道)から見た羽村取水堰です。

前回の羽村取水堰探訪記です。
其の619 羽村取水堰を訪ねる・東京都羽村市 
(2019/12投稿)

羽村取水堰の位置です。(地理院地図より)


其の676 根がらみ前水田の大賀ハス・東京都羽村市

 8月3日(月)、ようやく梅雨が明けたので羽村市根がらみ前水田の大賀ハスを観に行きました。

羽村市の根がらみ水田
JR青梅線羽村駅から根がらみ前水田にやってきました。蓮田の広さは田んぼ一枚分くらいです。


羽村市の根がらみ水田
ちらほらとピンク色の大賀ハスが見えます。


羽村市根がらみ水田の大賀ハス
羽村市根がらみ水田の大賀ハス

羽村市根がらみ水田の大賀ハス  羽村市根がらみ水田の大賀ハス

羽村市根がらみ水田の大賀ハス  羽村市根がらみ水田の大賀ハス
つぼみばっかりです。ただ今時刻は13:00頃。訪れたのが一時遅かったかも。案内板によると開花時期は7月下旬から8月上旬の早朝6時頃とあり、まことに残念!でした。

現地案内板によると
大賀ハスは、昭和26(1951)年、故大賀一郎博士の指導のもと、千葉県の検見川遺跡から発掘された2000年前の植物であります。発掘された三個のハスの実の内大賀博士の努力によりその中の一個が大きく成長し、見事なピンクの花が咲きました・・・。この花は東京都町田市の大賀藕絲(ぐうし)館より譲り受け植え付けた。開花時期は7月下旬から8月上旬の早朝6時頃。 (案内板より抜粋)

町田市は相模原市の隣町です。大賀藕絲館の大賀ハスは以前観賞したことがあります。町田市では薬師池公園の大賀ハスが有名です。

藕絲(ぐうし)って何でしょう?
町田市大賀藕絲館では大賀ハスを原材料にした、織物やお手玉、人形、お菓子などを障害がある人達が手作りしています。中でも、ハスの糸から抜き出したクモの糸のような細い糸を「藕絲(ぐうし)」と呼び紡いで織ったものが「藕絲織(ぐうしおり)」です。天平時代から伝えられたハスの文化を象徴する織物です。 (小山田神社参道大賀ハス案内看板より) 


残念なので過去記事より町田市の大賀ハスをご覧ください。
小山田神社大賀ハス 2014
小山田神社大賀ハス 2014
町田市大賀藕絲館(おおがぐうしかん)蓮田に咲く大賀ハス。
其の168 桜ヶ谷堰用水路と大賀ハス(2014/7投稿)より。


薬師池公園の大賀ハス
「其の165 薬師池公園の大賀ハス」 (2014/07投稿)より。


こちらは白蓮(しろはす)です。
羽村市根がらみ前水田の白蓮
羽村市根がらみ水田前の白蓮
同じ根がらみ前水田の少し離れたところに白蓮の植栽地がありました。


根がらみ前水田の位置です。


其の675 上野原用水②・三二山取入口・山梨県上野原市

 上野原用水・月見が池を訪ねた後、鶴川上流の棡原三二山(ゆずりはらさんにやま)の取入口を見に行きました。

桂川支流・鶴川
県道33号線またと橋(俣渡橋)より鶴川上流の眺めです。
取入口はすぐ上流の右岸側にあります。左岸に三二川が合流しています。


鶴川支流・三二川
新山王橋より三二川の眺め。落差工(床固工)が続く急流河川です。


上野原用水取入口・棡原三二山鶴川右岸
またと橋と三二川に架かる新山王橋を渡り鶴川左岸から見た取水堰です。床固工のように見えるコンクリート製の固定堰で、右岸側は土砂吐と思われます。崖上から通じる管理用階段の手すりが見えます。


上野原用水取入口・棡原三二山鶴川右岸
やや上流から見ると土砂吐ゲートと巻上げ機が見えます。その3mほど上流(画像中央)に取入口があります。白波が立つ位置にスクリーンが、その奥には水色のゲート巻上げ機が見えます。ここが延長8.7kmの上野原用水の始まりです。凄いところに設けましたね~。驚きました。
上野原用水は大正5年に着工し大正8年に完成したのですが、当時、土木機械はなくノミやハンマーで岩を砕いてトンネルを掘り進め、すべて人力による作業だったそうです。


またと橋より鶴川下流の眺め
またと橋から鶴川下流の眺めです。右岸の取入口から始まる水路トンネルはこの下流で鶴川をトンネルで潜り、左岸側へ渡っています。そして山や谷をトンネルや水路橋で越え上野原台地へ向かいました。上野原用水の完成により台地は水田地帯に変わり、およそ100年経った現在も現役としてコメ作りを支え続けています。

きょうは、初めての探訪で取入口まで見ることができ幸運でした。というのも土地改良区さんで行き方を教わり資料までいただいたおかげです。ありがとうございました。今回でひとまず締めますが、これより下流の施設・水路橋やサイフォンも私的には大変魅力的です。探訪次第随時発表したいと思います。

参考資料です。
上野原用水案内マップ(上野原土地改良区)
耕輝第6号(山梨県農政部耕地課)

県道33号線またと橋の位置です。(地理院地図より)



其の674 上野原用水①・月見が池を訪ねました・山梨県上野原市

 農林水産省の「ため池百選」に山梨県で唯一選定されている月見が池を探訪しました。

ため池百選・月見が池
南側堰堤付近から見た月見が池です。水面に青空を映した真っ青な池を撮りたかったのですが、今日は7月30日(木)、生憎の梅雨空のせいでぼんやりとした池になりました。梅雨時の桂川支流鶴川から取り入れた水なので白濁しています。


ため池百選・山梨県上野原市の月見が池
こちらは北側親水デッキから見た月見が池です。正面はアースダム形式の堰堤。


ため池百選・月見が池南側堰堤
堤長75mの南側堰堤です。中央の階段下に溜めた水の出口があり、上野原用水に流れていきます。池に流入した分が溢れ出るので水位は常に一定ですね。

月見が池
築造年:昭和6年9月  かんがい面積:37ha
形式:アースダム  堤高:5.0m  堤長:75.0m
貯水量:24,500t  満水面積:0.97ha

(案内板より)

上野原用水
上野原地区は桂川河岸段丘の上にあって、古来から水の少ない地域で米作りができなかった。桂川支流の鶴川(棡原三二山・ゆずりはらさんにやま)から水を引くことになり、明治36年上野原水利会が結成され調査が始まり、大正4年に上野原耕地整理組合が結成され、同5年着工。3年後の大正8年4月に総延長8.7kmの上野原用水が完成。月見が池はこの用水路の途中にあるため池である。

(案内板・案内マップより要約)


ため池百選・山梨県上野原市の月見が池
月見が池はこんな形をしています。中央の楕円形は浮島。北西角は東部地域水道企業団の上水道施設です。東側池沿いの道は散策用親水デッキです。 (案内板より)


月見が池の用水流入口
月見が池の北西隅にある流入口です。棡原三二山で取水した用水はここから月見が池に入ります。


月見が池堰堤上の耕地整理記念碑・施設名標石
南側堰堤上に立つ「耕地整理記念碑」と「ため池百選月見が池」石造り施設名看板。


キマダラルリツバメの案内板
これは記念碑の隣に立つ山梨県指定天然記念物キマダラルリツバメの案内板です。幼虫は桜の古木に営巣するムネジワハリブトシリアゲアリの巣の中で生育しサナギになるそうです。


月見が池の江の島神社(弁財天)
東部地域水道企業団の上水道施設の南側に鎮座する江の島神社(弁財天)です。江の島神社は月見が池が作られた昭和6年9月7日に町の安泰を祈願して建てられたものです。


ため池百選・山梨県上野原市の月見が池
江の島神社(弁財天)前から月見が池の眺め。浮島になんか花が咲いています。手前の木製デッキは毎年7月に行われる弁財天祭りの灯篭流しに利用されるそうです。


東部地域水道企業団の上水道施設
東部地域水道企業団(大月市・上野原市へ水道供給)の上水道施設です。施設は稼働中でした。上野原用水は水道原水としても使われていることが分かりました。


以下、帰りに保福寺(ほうふくじ)にお参りしたので簡単に紹介します。
保福寺・別名月見寺山門
保福寺山門案内板
月見が池の北側に所在の保福寺・別名月見寺山門です。
上野原市指定文化財。慶応元年(1865)再建。構造は四脚門で、屋根は切妻造・銅瓦葺、正面に軒唐破風を付けた唐門形式。


保福寺本堂・山梨県上野原市上野原3400番地
保福寺本堂です。安寧山と号し、曹洞宗の名刹。室町戦国期に上野原を支配した加藤景忠の創建と伝えられる。
所在地は上野原市上野原3400番地 


保福寺の鐘楼
保福寺の鐘楼案内板
保福寺の鐘楼です。山門とともに上野原市指定文化財です。
慶応元年(1865)、信州佐久郡小諸出身の大工棟梁小山正作が山門とともに再建。


今回の参考資料です。
現地案内板・上野原用水案内マップ(上野原土地改良区)


月見が池の位置です。(地理院地図より)