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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の651 川尻石器時代遺跡を訪ねました・相模原市緑区

 谷津川沿いを散歩し近くの川尻石器時代遺跡を訪ねました。

「国指定史跡 川尻石器時代遺跡」の標柱
「国指定史跡 川尻石器時代遺跡」の標柱。標柱は谷ケ原浄水場東側の原っぱの中に立っています。


国指定史跡 川尻石器時代遺跡案内板
R413沿いに立つ案内板です。昭和四十六年三月十五日に神奈川県教育委員会が立てました。およそ半世紀前の案内板ですよ!どのようなことが書いてあるかおしまいの方に載せました。


川尻石器時代遺跡の位置(十字線)です。(地理院地図より)

相模川に臨む台地の上にあり、東側崖下に谷津川が流れています。


国指定史跡 川尻石器時代遺跡
原っぱの東側、崖沿いの森。崖下に谷津川が流れています。


国指定史跡 川尻石器時代遺跡
原っぱの中の舗装道路を東に進みます。群生するすかんぽ(スイバ)の奥に看板が立っています。


国指定史跡 川尻石器時代遺跡
川尻石器時代遺跡です。案内板にある敷石住居跡です。

国指定史跡 川尻石器時代遺跡
北側から見ました。

国指定史跡 川尻石器時代遺跡案内板
国指定史跡 川尻石器時代遺跡案内看板です。

初めに載せた木製案内板にはもっと詳しく書かれているので以下参考までに。(読みにくいところは推測して書きました)
史跡  川尻石器時代遺跡
昭和六年七月二十一日文部省指定
この遺跡は相模川がつくった扇状地の頂点に位置する。大正年間に発見され、昭和五年に発掘調査がおこなわれた。その結果、三十余ヶ所に敷石住居跡が確認され、多数の石器、土器が出土した。遺跡は縄文時代中、後期(約四千年前)に形成された集落の跡である。発見された敷石住居は山岳地域に多く見られるもので、一つの集落の中での特殊な遺構と考えられており、この遺跡で一般に用いられたと考えられる竪穴住居との関係を知るうえでたいへん重要な遺跡である。出土遺物は打製石斧、石匙、石鏃、石剣、敲石、石皿、砥石、石棒などのほか数点の甕形土器と多数の土器破片、土偶、土製円盤などがある。
昭和四十六年三月十五日  神奈川県教育委員会



国指定史跡 川尻石器時代遺跡・すかんぽの群生
スイバか否か判定のためもう一枚撮りました。諏訪森下橋に生えていたすかんぽ(スイバ)と同じように見えます。

国指定史跡 川尻石器時代遺跡・すかんぽの群生
上の写真の一部を拡大しました。


次回は谷津川源流探訪記の予定です。

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其の650 諏訪森下橋から小倉橋まで歩きました・相模原市緑区

 前回に続いて、電車やバスを使わない近場の散策記です。
以前歩いたところなので過去記事と重なります。

相模川散策路・諏訪森下橋上流
諏訪森下橋上流、相模原市が相模川左岸沿いに整備した緑道「相模川散策路」です。4月14日(火)、今日はこの道を上流へ歩きます。


諏訪森下中州
前回歩いた諏訪森下の中州です。去年の城山ダム緊急放流でこのようになりました。水の威力は恐ろしいです。


小倉橋と新小倉橋
石ころ河原へ降りました。手前の白い橋が小倉橋、奥が新小倉橋です。


相模川・諏訪森下橋上流、小倉橋下流
下流の諏訪森下橋方向です。いつもより水量が増しています。城山ダムがゲート放流をしているようです。


相模川散策路・小倉橋下流
相模川散策路へ戻りました。時々散歩する人とすれ違います。数年前はまったく人とすれ違うこともなかったのですが・・・。


相模川散策路・小倉橋下流
川舟がもやってあります。風情たっぷりですね・・・。


相模川散策路の奇妙な塔
コンクリート製の塔も相変わらずそのままです。以前にはなかったごちゃごちゃとした電気配線があります。


相模川小倉橋の奇妙な塔
川面近くから見るとなにやら機器が取り付けてあります。私は、この塔は何かの遺構と思っています。以前調べたことがあり「其の133 小倉橋の奇妙な塔」で発表しました。


相模川・小倉橋の水天宮
奇妙な塔の隣の水天宮です。川尻地区漁業関係水難事故者の鎮魂と今後の安全祈願のために建立されました。


小倉橋と新小倉橋
水天宮より小倉橋と新小倉橋の眺めです。


横浜水道みちトロッコの歴史看板:向原2丁目
横浜水道みちトロッコの歴史看板:向原2丁目
横浜水道みちのトロッコの歴史看板です。せっかく近くまで来たのに素通りはありません。しっかり表敬しました。(^σ^)
「三井用水取入所からここまで6km 現在地:向原2丁目」
この看板は三井用水取入所から二つ目の看板です。
詳しくは横浜水道創設水道導水路をご覧ください。


小倉橋  小倉橋の案内板
小倉橋を渡ります。幅員が4.5mなので車両は交互通行です。
昭和13(1938)年完成の鉄筋コンクリート製アーチ橋。橋長176.6m、幅員4.5m、川面からの高さ16m。相模川に架かる橋では最も古い道路橋。平成20(2008)年土木学会選奨土木遺産に認定された。
(神奈川県津久井土木事務所案内板より要旨)


谷津川河口
小倉橋から見た谷津川河口です。昔、横浜水道の水管橋がこの川に架かっていました。レンガ製の橋台が残っていますが危険なところなので遠くから眺めるだけにして撤収。

谷津川河口にいたカワウさん
谷津川河口にカワウさんが休憩中でした。


小倉橋より相模川上流の眺め
小倉橋から相模川上流の眺め。津久井発電所の白い建屋と放流口が見えます。新小倉橋は平成16(2004)年完成。


諏訪森下の中州
同下流の眺めです。諏訪森下の中州を見るため画像を少し拡大しました。想像以上に幅が広い中州ですね~。


相模川・小倉橋上流
右岸河原から対岸の眺め。流れが速そう。


津久井発電所余水路放流口
「近よるな」の看板。津久井発電所の余水路の放流口です。
発電所が運転を急停止すると上池の津久井分水池の余水吐から溢れた水がここから放流されます。放流の様子が見られるのは稀ですが一度だけ見たことがあります。

津久井発電所放流水
余水路から放流の様子。「其の114 津久井発電所・津久井分水池」より。2基ある発電機の内1基の運転を止めたと思われます。


津久井発電所放流口
上記の上流、津久井発電所の放流口です。只今発電中です。


相模川・津久井発電所前
放流口の上流です。津久井発電所が見えます。放流口より上流、城山ダム直下まで普段は流れがなく水無川状態になるのですが、城山ダムは現在ゲート放流を行っているようです。


新小倉橋
帰り道で何気なく撮った新小倉橋です。一体と思った橋に隙間があり、隙間から空が見えま~す。


小倉橋右岸のヤマブキ
小倉橋右岸土手に咲くヤマブキ。


相模川左岸・相模川散策路
帰りは城山ダム緊急放流の痕跡や草花などを眺めながら相模川散策路を諏訪森下橋へ向かいました。

Amiさんが東京から遠征して新旧小倉橋の美しい写真をアップしているのでご覧ください。

今日のスタート諏訪森下橋の位置(中央十字線)です。


其の649 諏訪森下橋を中洲へ渡りました・相模原市緑区大島

 前回の相模川自然の村散策の続きです。4月10日(金)、近くまで行きながら渡らなかった諏訪森下橋を再訪。中洲の中を歩いてきました。

相模原市立老人福祉センター渓松園
途中、相模原市立老人福祉センター渓松園へ立寄りました。いつもはバスが駐車しているのですが、がらんとしています。新型コロナの余波で休館中です。

相模原市立老人福祉センター渓松園・トロッコの歴史看板
横浜水道みちのトロッコの歴史看板に会うために寄ったのですが中に入れないので道路から表敬です。
「三井用水取入所からここまで7.5km 旧大島送水井」
この看板は三井用水取入所から4つ目の看板です。円筒状の建物、渓松園はかつての横浜水道ポンプ場(大島送水井)を利用しています。
トロッコの歴史看板について詳しくは横浜水道創設水道導水路(右サイドバーにリンク)をご覧ください。


相模川・諏訪森下橋
大嶋坂を下り、すかんぽが生える諏訪森下橋まで来ました。電車・バスを避け今日も車移動です。この近くに駐車スペースがあります。


相模川・諏訪森下橋
銘板によると諏訪森下橋は1984(昭和59)年に相模原市が築造した3径間連続ラーメン構造の橋です。


諏訪森下橋の位置(中央十字線)です。地理院地図より。

橋を渡るとそこは中洲です。中洲への出入りはこの橋のみです。


相模川の中州・相模原市緑区大島
地図にあるようにサツマイモ形の中洲の中は一面田んぼです。シーズン前なので用水路は底を見せています。


相模川の中州・相模原市緑区大島
西へぶらぶらと進み中州を横断すると西端にポンプ小屋(揚水機場)があります。ポンプは未稼働で用水路に流れはありません。


相模川の中州・相模原市緑区大島
ポンプ小屋付近から南の方を見ると中洲の土手が見えます。東西南北を相模川に囲まれた輪中のようなもんですね。輪中の中を堤内、外を堤外と言います。


相模川・諏訪森下頭首工
土手の西端から見た相模川。六脚ブロックを敷き詰め、その上に土砂を被せ相模川を堰き止めています。中洲内の田んぼに水を送るための固定堰・諏訪森下頭首工です。


相模川・諏訪森下頭首工
堤外から見た諏訪森下頭首工取水口兼排水口です。


諏訪森下頭首工・開田記念碑
ポン小屋脇の開田記念碑です。諏訪森下頭首工の管理者、諏訪森下用水組合が建立しました。


諏訪森下頭首工・ポンプ場、用水路
諏訪森下頭首工・ポンプ場から始まる用水路
ポンプ小屋北側とそこから始まる用水路です。


相模川の中州・相模原市緑区大島
相模川の中州・相模原市緑区大島
中洲の中の二重堤防(農道)を北の方へ歩いていきます。遠くに新旧小倉橋が見えます。農道の左右は田んぼです。右側が元からある田んぼで、左側は後から開いた田んぼと思われます。今昔マップを開くと中洲の複雑な変遷(中州であったり、相模川左岸の河原であったり)が見られます。

今昔マップです。(今昔マップon the webより)




相模川の中州内の用水路・相模原市緑区大島
農道から北へ伸びる用水路。農道は右へ曲がり東向きとなります。


相模川の中州・相模原市緑区大島
玉石を積んだ二重堤防。右へ曲がり南向きです。堤防東側は畑ですが荒地になっていました。


つくし
荒地のつくしんぼ。


相模川の中州・相模原市緑区大島
中洲の東側外周道です。ここには昨年の台風19号の城山ダム緊急放流直後に様子を見に来ました。めくれ上がった床固めブロックはそのままで当時から大きな変化はないですね。


小倉橋と新小倉橋
諏訪森下橋から約1km上流の小倉橋と新小倉橋です。


相模川・諏訪森下橋上流
相模川・諏訪森下橋上流
城山ダム緊急放流の凄まじさを実感しながら諏訪森下橋へ向かいました。なお、ついでながら横浜水道みちは、画像右手、相模川左岸崖の中腹、森の中を大島送水井(現在の渓松園)へ向かっていました。


今日の散歩はここまでです。次回も新型コロナ・武漢ウイルスを避けこの辺りを散策する予定です。運動することで免疫を高めたいです。それと食事にビタミン、睡眠も大事ですね。(^σ^)


今回の中州内探訪は6年振り2回目となります。初回は、
「其の152 諏訪森下頭首工を訪ねる」で投稿しました。

其の648 相模川自然の村公園散策②・相模原市緑区

 其の647 相模川自然の村公園散策①の続きです。

神奈川県水産技術センター内水面試験場
神奈川県水産技術センター内水面試験場
相模川自然の村公園散策の帰り道、隣接の神奈川県水産技術センター内水面試験場を見学しました。

神奈川県水産技術センター 内水面試験場の案内板
神奈川県水産技術センター 内水面試験場の案内板。
1. アユやワカサギの増養殖研究
2. 絶滅危惧種や希少魚の保護増殖研究
3. 魚の住みやすい水域環境の復元保全のための研究
4. 漁業者、養殖業者、一般向け魚類飼育、魚病防疫、生態系保全などについて普及、指導、相談などを行っているそうです。

こんな施設があるとは、知らなかったな~。
新型コロナ騒動で見学はダメかと思ったら、可能だったので見学しましたよ。ラッキー。(見学した翌日4月7日の緊急事態宣言発令により、以降当面中止となりました)


受付を済ませ一人見学です。受付近くに絶滅危惧種のメダカ、ホトケドジョウ、天然記念物ミヤコタナゴが展示してありました。
神奈川県水産技術センター 内水面試験場・メダカ
案内板によるとメダカは、現在、相模川・境川・酒匂川などの支流域に生息しているが、ペットとして飼われていたものが人の手によって放流されたものが多く、県内に古くから棲んでいた野生のメダカの生息地はわずかに2か所で、メダカの生息地の復元活動を行っているそうです。

ホトケドジョウ
相模原市内では鳩川や道保川に生息していると言われるホトケドジョウの実物を初めて見ました。

ミヤコタナゴ
このミヤコタナゴは県内最後の生息地・横浜の権田池産だそうです。権田池は開発により埋立てられミヤコタナゴは絶滅。


魚類生態試験池
これは魚類生態試験池です。魚の行動や習性を観察し魚に優しい環境作りのための研究をしています。


神奈川県水産技術センター 内水面試験場・研究棟
難しい名前の研究棟がいくつかあります。


神奈川県水産技術センター 内水面試験場・研究棟
部外者入室禁止です。ガラス窓越しに見た室内の様子。


神奈川県水産技術センター 内水面試験場・メダカの水槽
神奈川県水産技術センター 内水面試験場・メダカの水槽
屋外に水槽が多数並べてあります。横浜めだか、多摩川めだかの看板が立ててあります。そのほかに藤沢、厚木、逗子、三浦、酒匂川めだかなどの看板あり。希少魚の保護増殖の研究施設のようです。


神奈川県水産技術センター 内水面試験場・魚道模型
これは魚道の模型です。左からカスケード式、千鳥X型、ハーフコーン型。研究の間口が広いです。魚のために魚道まで研究しているんですね・・・。

ざっと見学しましたが、いつかゆっくり見学したいです。


相模原市大島の段丘崖と大嶋坂
内水面試験場前から見た段丘崖の森と大嶋坂。帰りはこの坂を上ります。


上大島キャンプ場
次に上大島キャンプ場の桜並木を通り相模川沿いへ。


相模川・諏訪森下橋付近
相模川です。テトラポッドの根固工がずらり。上流の橋は諏訪森下橋です。昨年の台風19号後の城山ダム緊急放流では今立っているところまで水位が上がりました。


相模川・諏訪森下橋付近
その時流れてきたゴミや枯れ枝がいまだに残っています。


相模川・すかんぽ ハナダイコンの花
すかんぽが生えていました。「土手のすかんぽジャワさらさ♪」のすかんぽだと思うのですが・・・。
山側の藪には諸葛菜・ハナダイコンの花が咲いていました。


大嶋坂
大嶋坂を上り崖上の相模川自然の村公園駐車場へ向かいます。


横浜水道みち・トロッコの歴史看板
段丘崖の森の中の横浜水道みちに寄りました。トロッコの歴史看板が迎えてくれましたよ。数年ぶりですがちっとも変っていない。懐かしい~!

横浜水道みち・トロッコの歴史看板
三井用水取入所からここまで7km、現在地:大島
この水道みちは、津久井郡三井村(現:相模原市津久井町)から横浜村の野毛山浄水場(横浜市西区)まで約44kmを、1887年(明治20年)我が国最初の近代水道として創設されました。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを使用し水道管を敷設しました。横浜市民への給水の一歩と近代消防の一歩を共に歩んだ道です。

この看板は横浜市水道局が近代水道創設120周年を記念し設置しました。設置場所は創設当時の路線上の26か所です。
この看板は三井用水取入所から3番目の看板です。
詳しくは「横浜水道創設水道導水路」を参照ください。

上記「横浜水道創設水道導水路」はリンク切れとなりました。右サイドバーリンクにコピー版を貼り付けました。(2021/02追記)


大嶋坂
大嶋坂を上り、良い運動になりました。太陽光の下を散策し、すこしは免疫を強化できたかな。


大嶋坂上の庚申塔と双体道祖神
おしまいに大嶋坂上の庚申塔と双体道祖神です。
双体道祖神は造立年が享和三癸亥年十二月吉日と読み取れました。今から217年前です。大沼神社の双体道祖神に比べ正統的なデザインで上品ですね。男女神のお色気で武漢ウイルスを吹っ飛ばしてほしいです。(^σ^)


今回のスタート地点(中央十字線)です。(地理院地図より)

   

其の647 相模川自然の村公園散策①・相模原市緑区

 毎日、家に閉じこもってばかりでは運動不足。相模川自然の村公園へ散歩に行ってきました。

相模川自然の村公園
4月6日(月)、ここは相模川左岸の段丘崖の上、相模川自然の村公園入口です。


相模川自然の村公園案内板
公園の案内板です。電車やバスを避け公園駐車場まで車でやって来ました。


相模川自然の村公園パノラマ散策路
相模川自然の村公園パノラマ散策路
公園施設は崖下にあるのでパノラマ散策路を降りて行きます。


相模川自然の村公園パノラマ散策路
途中から見上げるとかなり急な階段です。帰りが辛そう。


相模川自然の村公園パノラマ散策路
木製の階段に変わりました。


相模川自然の村公園付近フラップゲート
崖下の園内を通り抜けまず相模川の流れを見に行きました。突然、河川敷内にフラップゲートが出現。上流側に開渠はなく地下で取り入れた伏流水の出口みたいです。


相模川自然の村付近の小川
フラップゲート下流、河川敷を流れる小川です。


相模川自然の村付近の小川
小川縁に咲く諸葛菜・ハナダイコン。


相模川自然の村付近のヘラブナ釣り堀
小川はヘラブナの釣り堀へ流れ込んでいました。世間の武漢ウイルス騒動とは別世界、穏やかな風景です。誰一人マスクを着けていません。


相模川・相模原市緑区大島
釣り堀の南側、神奈川県の母なる川相模川の流れです。


相模川自然の村・四季の小川
公園内に戻りました。四季の小川です。夏になれば子供たちが水遊びをするのでしょうが只今ポンプを止めています。


相模川自然の村・古民家園
四季の小川の上流、相模原市古民家園(神奈川県指定重要文化財 旧青柳寺庫裡)です。新型コロナウイルスのため臨時休園中で、今日は表から眺めるだけです。


相模川自然の村・湿地帯の沼
相模川自然の村・湿地帯の沼
古民家園の隣、湿地帯の沼です。カエルがケロケロ鳴きかわしていました。今の季節は心配無用ですが、ヘビ、ハチが出るそうです。


相模川自然の村・さくらの広場
沼の隣、さくらの広場です。染井吉野はもう終わっていました。


相模川自然の村・さくらの広場
見事な八重桜。残念ながら名前が分かりません。


相模川自然の村さくらの広場・ウコン桜
これはウコン桜です。花弁は淡黄緑色、中輪八重10~18枚。


相模川自然の村・さくらの広場・紅豊
相模川自然の村・さくらの広場・紅豊
紅豊(べにゆたか)です。花弁は紅紫色、大輪八重15~20枚。


相模川自然の村・さくらの広場・白妙
白妙(しろたえ)。花弁は白色、大輪八重6~12枚。


相模川の段丘崖・相模原市緑区大島
花見を終え公園の外へ。先ほど階段で降りた河岸段丘崖の北側です。段丘崖上下を結ぶ大嶋坂が見えます。帰りは大嶋坂を上りました。その昔、崖の中腹に横浜水道の導水管が敷設されていました。その道を「横浜水道みち」と言います。(^σ^)

途中ですが次回に続きます。

今回のスタート地点(中央十字線)です。(地理院地図より)

   

其の646 新堀用水を歩いてきました②・東京都小平市

 玉川上水小平監視所を起点に新堀用水を下流へ歩いています。今回は西武国分寺線の東側から終点までです。

鷹の橋より玉川上水下流を望む
鷹の橋下流の玉川上水。江戸時代の玉川上水開削時を思わせる素掘りの護岸です。


玉川上水の案内板
清流の復活・玉川上水の案内板です。
上水小橋・浅間橋間18kmが甦った清流区間です。


新堀用水
西武国分寺線東側の新堀用水です。
「木もれ日の小径・新堀用水」。


玉川上水緑道
東へ向かう玉川上水緑道。
左側が新堀用水で右側は玉川上水です。


小平市ふれあい下水道館案内板
久右衛門橋近くの小平市ふれあい下水道館案内板です。
「地下25m、日本で唯一!」魅力的なところです。玄関へ廻るとウイルス騒動で休館中でした。仕方ないですね・・・。


新堀用水の分水施設
久右衛門橋に戻り玉川上水緑道を下流へ。新堀用水で分水施設発見です。コンクリート護岸、径30cm位のパイプ、角落し堰があります。ゴミをひっかけるスクリーン付きなので、取水施設だと思います。どこへ送るのでしょう。


玉川上水立坑
その近くで緑道にふさわしくない建物に遭遇。これは何でしょう。「玉川上水立坑 列車通過中 扉開閉注意」と書いてあります。その場では分からなかったのですが、後で地図を見ると久右衛門橋下流にJR武蔵野線が南北に走っていることが分かりました。立坑は地下を走る武蔵野線との連絡通路と思います。


諸葛菜・ハナダイコン
今が盛りの諸葛菜・ハナダイコン。いつも和ませてくれます。


こだいら銘木百選・玉川上水緑道のケヤキ
緑道をふさぐ巨木!
こだいら銘木百選第21番「玉川上水緑道のケヤキ」です。


小川水番所跡
玉川上水にゴミをひっかけるスクリーンが設置してあります。

小川水番所(小川水衛所)
小川水番所(小川水衛所)跡
裏側から覗くと堰があり上流側に無数のペットボトルが浮かんでいました。江戸時代はここに小川水番所(小川水衛所)があったそうです。玉川上水の終点、四谷大木戸にも水番所が置かれ水量調節やゴミの除去などを行っていました。


玉川上水緑道上の名勝境界標石
小川水番所(小川水衛所)近くの玉川上水緑道上の名勝境界標石です。


玉川上水緑道のヤマブキ  玉川上水緑道のハナニラ
ヤマブキ、ハナニラなど春景色の中を進んでいきます。


玉川上水緑道
西武多摩湖線近くです。胎内堀出口から玉川上水と並行して流れてきた新堀用水は間もなく地上から消えます。


新堀用水
水路トンネルに入ります。


玉川上水緑道
歩いてきた玉川上水緑道の東端。突き当りの車道の向こう側は西武多摩湖線です。線路の向こう側オレンジ色の看板が目印です。新堀用水は西武線の東側、警察学校の南側付近で鈴木用水と田無用水に分かれるのでその地点まで追いかけます。


新堀用水
多摩湖線の東側です。オレンジ色の看板はエネオスGSです。


新堀用水マンホールフタ
エネオスGS付近で見つけた用水のマンホールフタ。手掛かり発見です!新堀用水のマンホールフタだと思います。


新堀用水
GSの北側で姿を現した新堀用水です。ほっとしました。追っかけるにしても水路沿いに道がないですね~。


新堀用水

新堀用水  新堀用水  新堀用水
コの字型迂回を繰り返して追いかけました。新堀用水の下流方向です。真っすぐ東へ向かっています。


新堀用水・警察学校南
警察学校南側付近、新堀用水の上流(西)方向です。この下流で東へ直進する田無用水と、北へ向かう鈴木用水に分岐しています。


国交大通り
新堀用水の北側を東西に走る国交大通りです。赤いコーンと電柱の間にフェンスが見えます。分岐した鈴木用水のフェンスです。  


鈴木用水
国交大通りから見た鈴木用水の上流方向。グーグルマップの航空写真を見ると奥の方で田無用水と鈴木用水に分かれています。


鈴木用水・警察学校南
上記を上流側から見ました。国交大通り手前でトンネルに入る鈴木用水。この水は羽村取水堰で取水した多摩川の水です。もっと遡ると小河内ダム(奥多摩湖)から来た水ですね!小河内ダム見学をきっかけに始めた多摩川の水を巡る旅、面白いです。

新堀用水散策はブロ友のぬか屋さんのお勧めで実現しました。ご紹介ありがとうございました。

西武多摩湖線より東側の玉川上水はまだ歩いていないので武漢ウイルス騒動が収まったら散策したいと思います。

今回のスタート地点(中央十字線)です。(地理院地図より)


其の645 新堀用水を歩いてきました①・東京都小平市

 玉川上水小平監視所から始まる新堀用水を終点まで歩いてきました。2回に分けて投稿します。

玉川上水・小平監視所
水道原水導水路として使用されている玉川上水の終点、小平監視所です。ここには今年1月「其の623」以来2回目の訪問になります。
左側は除塵機です。その下流側、水色のゲートは接合井に付属の流量調整ゲートです。接合井の中で東村山浄水場へ向かう砂川線導水路と小平分水に分水しています。小平分水が今日歩く新堀用水の源流となります。元をたどると羽村取水堰で取水した多摩川の水です。


上水小橋の甦った清流放流口
せっかくなので小平監視所東側、上水小橋の甦った清流の放流口に寄りました。昭島市の多摩川上流水再生センターで高度処理された再生水をここまで送り、岩清水風の放流口から放流しています。


上水小橋下流の玉川上水
上水小橋から見た玉川上水下流方向です。


上水小橋下流の玉川上水
水面近くから見た素掘りの護岸。護岸を水面から観察できる場所は稀なので貴重ですね。承応3(1654)年の開削時そのままに遺されていると思います。新宿区内の玉川上水を歩いたとき、案内板に「玉川上水開削時、掘削した土砂は掘割の両側に積み上げ、桜並木などを作り、当時の江戸の人々の行楽の場所となった」などの記述がありました。桜はありませんが往時をしのぶことが出来ます。


玉川上水清流復活の碑
上水小橋を渡った左岸に在る「玉川上水清流の復活」の碑。


玉川上水緑道・上水小橋付近
清流の復活の碑を背に東方向を見ました。玉川上水の北側、左岸沿いの玉川上水緑道はここから始まります。小平監視所の接合井から始まる小平分水はこの地下を流れています。


玉川上水緑道
ぶらぶらと歩いて行きます。右側の深いところを復活した玉川上水が流れています。時々散歩する人とすれ違います。今日は3月25日(水)。小池知事が要請した外出自粛日は、週末の28、29日でした。


玉川上水・上水小橋下流
見通しの良いところでも玉川上水はこの程度しか見えません。深いところを流れているので、水面は身を乗り出さないと見えないですね。


こもれびの足湯
左手にこもれびの足湯がありました。

こもれびの足湯
足湯はゴミ焼却炉の余熱を利用しているそうです。


新堀用水の胎内堀(たいないぼり)別名(ほっこぬき)の抗口
その先、玉川上水緑道に変な囲いが二つ続けてあります。中を覗くと古井戸のような穴です。少し先に案内板があり正体が分かりました。新堀用水の胎内堀(たいないぼり・ほっこぬき)の抗口でした。胎内堀とは関東ローム層に掘られた素掘りの水路トンネルです。


新堀用水・胎内堀下流
胎内堀抗口下流で地上に顔を出した新堀用水です。

新堀用水・胎内堀下流
下流側から見ました。

新堀用水胎内堀出口
胎内堀出口に接近しました。小平監視所接合井で分水した水が地上に姿を現しました。案内板によると新堀用水が掘られたのは明治3(1870)年、それ以前からあった小川用水の分水口(文化10年築造)が上記胎内堀抗口(旧位置)付近にあったそうです。昔はこの付近で玉川上水から分水していたことが分かりました。


玉川上水緑道
その先、小川橋下流の玉川上水緑道。左側が新堀用水、右側は玉川上水です。平行して流れる位置関係は西武多摩湖線まで続きます。この風景は世間を騒がせる武漢ウイルス・新型コロナとは別世界の感がします。


新堀用水
新堀用水
素掘り、玉石護岸の新堀用水。玉川上水に比べ浅いところを流れています。


玉川上水東小川橋
玉川上水、東小川橋です。


新堀用水
新堀用水とカタクリの花
その下流、玉石護岸の新堀用水とカタクリの花を見つけました。


新堀用水
トンネルに入ります。トンネル出口は百石橋でした。


新堀用水・大けやき公園付近  新堀用水・大けやき公園付近
大けやき公園付近を流下する素掘りの新堀用水。


玉川上水・寺橋より上流を望む
これは寺橋から玉川上水上流の眺めです。前述のように昭島市の多摩川上流水再生センターで高度処理された再生水利用の清流です。


新堀用水・寺橋下流
寺橋下流でようやく花見が出来ました。


新堀用水・玉川上水に架かる栄光橋
新堀用水と玉川上水をまたぐ栄光橋。


新堀用水新小川橋を通過
新小川橋を通過。散歩する人が増えてきました。


新堀用水・タチツボスミレ  新堀用水・タチツボスミレ
大木の根元や護岸でタチツボスミレが頑張っています。


新堀用水・西武国分寺線
やがて鷹の橋に到着。新堀用水を渡る鉄道は西武国分寺線です。よく見るとその橋台は珍しいレンガ造りです。


途中ですが今回はここまでです。次回に続きます。

小平監視所の位置(中央十字線)です。(地理院地図より)