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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の541 柏尾通り大山道を歩く③・いずみ中央駅~長後駅

 戸塚区柏尾の大山不動堂を発ち大山道を歩いています。その二日目は1月26日(土)、いずみ中央駅をスタートし藤沢市の用田辻まで歩きました。2回に分けて発表します。

大山道の庚申塔
いずみ中央駅から東西に走る県道22号線(横浜伊勢原線)に入りました。駅近くの県道沿いに立つ庚申塔です。左側は文字塔で、当日配布資料によると文化12年(1815年)造立とあります。右側は主尊が阿弥陀像です。


持田初治郎君頌徳之碑
県道南側、中和田公園の「持田初治郎君頌徳之碑」です。同氏(持田製糸工場社主)が寄付した土地をのちに中和田公園にしたそうです。


県道22号線
県道22号線から大山が見えましたよ。22号線は大山がそびえる伊勢原市へ向かっています。今日は、ほぼ県道に沿って西へ歩いて行きます。


大山道・泉区上飯田町
広くて直線的な県道から左に逸れ大山道に入りました。このように所どころ旧道が残っています。曲がりくねった昔の道に直線的な県道を通したからですね。蛇行する川を水が流れやすい直線的な広くて深い川にする河川改修と似ています。私はいつものようにFW一行の最後尾をついて行きます。

大山道沿いの庚申塔
大山道沿いの空き地に庚申塔が祀ってありました。

大山道沿いの庚申塔
空き地の奥まったところにあるのでズームインしました。主尊はお地蔵様でしょうかね。お猿さんは主尊と同じくらい大き目です。


大山道・泉区上飯田町
大山道は坂道を下りますが、手前を左折し三柱神社へ寄り道します。


三柱神社
南仲通り沿いの三柱神社です。境内の石仏を見学します。

三柱神社の庚申塔
文字塔の庚申塔です。道標を兼ねており左側面に「此の方大山道」、右側面には「文久元年酉、此の方かしお道」(1861年)などと刻まれています。大山道沿いに立っていたものをこちらに移設したと思われます。

三柱神社の庚申塔
隣り合わせの庚申塔です。「奉納庚申供養 享保七年寅 十一月吉日」(1722年)と刻まれています。
主尊は武器を手にした六臂の青面金剛、日輪月輪、鶏二羽、青面金剛足元の邪鬼。左右のお猿さんは中央のお猿さんの方を向いています。庚申塔の配役がオールスター出演です。あとショケラがあればパーフェクトですね。(^σ^)


大山道より富士山と大山を望む
三柱神社から大山道に戻り坂道を下ると富士山と大山が同一視野に!贅沢な眺望です。晴れていてよかったです~。大山道は目の前の道を右折します。


高鎌橋より境川下流を望む
大山道は県道22号線を越え北へ進み、コの字型に再び22号線へ戻ってくるので、県道へ入りそのまま西進し境川を渡ります。高鎌橋より境川下流を望む。下流に何か見えますよ!

境川のゴム堰・境川高飯堰
ズームインすると緑色の管理橋の下左岸にぺしゃんこに萎んだゴム堰や取水口ゲートが見えました。このゴム堰は農業用取水堰「境川高飯堰」と言います。お休み中のゴム堰を見られて良かったです~。(^σ^)/
稼働中のゴム堰の様子は「其の234」で発表しました。


大山道・藤沢市高倉
境川を渡り藤沢市に入りました。高鎌橋交差点で県道22号線は長後市街地を避けるように南に向きを変え離れて行きます。
FW一行は交差点を直進し長後街道に入りました。この写真は長後街道北側に残る大山道です。それらしい雰囲気が残っていますね。


大山道・藤沢市高倉
藤沢湘南台病院前、長後街道の緩い上り坂を上って行きます。この辺りは相模原台地の南端に近いところになります。


大山道の庚申堂・藤沢市高倉
その先で大山道は長後街道南側に逸れて行きます。大山道沿いの庚申堂です。お堂は享保年間に立てられた庚申塔を保存するために、大正時代に建てられました。

庚申堂の庚申塔
お堂の中に祀られた庚申塔です。

庚申堂案内板
庚申堂案内板です。画像クリックで拡大します。

大山道・藤沢市高倉
その先、柏尾通り大山道を歩くFW御一行様。私はあい変らず最後尾をついて行きます。


八王子道
その先で八王子道に突き当たりました。交差点から見た八王子方面です。

八王子道・大山道
交差点から南を見ました。藤沢に通じる藤沢道です。長後は交通の要所だったんですね。ここから少し進み右折すると小田急江ノ島線長後駅に出ます。駅前で昼食をとります。

午後の部は次回「其の542 柏尾通り大山道を歩く④・長後駅~用田辻」に続きます。

今回のスタート、いずみ中央駅の位置(中央十字線)です。


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其の540 中津飛行場の遺構を訪ねる②・神奈川県愛川町中津

 中津飛行場(旧相模陸軍飛行場)の遺構を昨年9月に初めて訪ね「其の510」で発表しました。今回はそのとき見つけられなかった遺構の再探訪です。1月16日(水)に行ってきました。

中津飛行場・排水路橋
県道63号線を跨ぐ中津飛行場の遺構・排水路橋です。今日はここから探訪スタートです。


中津往還と中津飛行場排水路橋
中津往還
排水路橋を潜り左折するとそこから中津往還が始まります。中津往還から見た排水路橋です。

中津飛行場排水路橋案内板
付近にあった排水路橋の案内板です。控えめで目立たない案内板です。今日初めて気づきました。画像クリックで拡大します。

愛川町の近代遺産位置図
今日も愛川町の近代遺産位置図を参考に歩きます。赤線内が中津飛行場敷地、青色部は施設区域(兵舎、格納庫など)です。今日は番号が振ってある遺構②と③を探訪します。排水路橋は⑤です。
位置図は「愛川町の近代遺産」 2001 愛川町教育委員会より。


辻の神仏・愛川町中津
中津往還を道なりに進んでいくと道端に「辻の神仏」が祀ってあります。


中津飛行場・正門門柱
中津飛行場・正門門柱 中津飛行場・正門門柱案内板
辻の神仏から300mほど先中津往還沿いの駐車場入口左側の門柱が中津飛行場の遺構です。位置図②です。愛川町教育委員会の案内板がかかっています。
右のサムネイルは旧相模陸軍飛行場「正門門柱」案内板です。高さ216cm、71cm角のコンクリート造り。2本あった門柱の1本がこちらに移設保存されています。


大山道の地名標柱
次の遺構③へ向かう途中に大山道地名標柱が立っていました。
「この道は六倉からこの地を過ぎ、下荻野を経て大山に至る古道の一部である」大山道はいろんなルートがあります。相模原市から相模川を渡り六倉からここに通じているみたいです。いつか歩いてみたいですね・・・。


中津飛行場の遺構・通用門門柱
県道63号線交差点角の遺構③です。中津飛行場通用門門柱です。斜面部分は土塁の土留めだそうです。初回探訪の時は草が繁茂し見られなかったのですが冬場の今でもこのような状態です。


中津川
中津川
予定通り遺構②、③を探訪できたので中津川へあるものを探しに行きました。中津川の河川敷に下りて下流方向を眺めました。すぐ下流に農業用水の取水堰・坂本頭首工があるのですが、目的のものは、すぐ近く左岸にあります。左岸の護岸に開口が見えましたよ!


中津飛行場排水路放流口
中津飛行場排水路の終点、中津川左岸へ注ぐ放流口です。排水路橋と同時に施工されたので中津飛行場の紛うことなき遺構です。撮影地点の河川敷は夏場に草木が鬱蒼と茂りジャングル状態となります。細長いヤツが棲息していそうなので河川敷に下りることはまず無理です。今日は冬場探訪が幸いしました。

中津飛行場の排水路は排水路橋を中心に上下流を昨年8月に探訪し「其の506」で発表しました。


今日のスタート排水路橋の位置(中央十字線)です。


其の539 鳩川源流「有鹿の泉」を訪ねる・相模原市南区磯部

 鳩川源流は昨年1月に海老名の河口から源流まで歩き、10回シリーズで発表しました。1月8日(火)、今までまったく知らなかった源流「有鹿の泉」を探訪しました。

有鹿の泉・相模原市南区磯部
崖下から湧き出す鳩川源流の一つ「有鹿の泉」です。目視できるはっきりとした源流です。年ごとに積み重なった木製の鳥居と注連縄に紙垂。水源として大切にされていることが分りますね。その訳は有鹿神社(あるかじんじゃ)の年一回の「水引祭」が執り行われる泉だからです。
先日の干無川源流探訪「其の537」で源流を極められなかったのですが、実はこのように湧き出す泉を見たかったのです。

有鹿の泉・相模原市南区磯部
泉の遠景です。泉はここだけでなく数か所から湧出しています。


有鹿神社奥宮・相模原市南区磯部
有鹿神社奥宮・相模原市南区磯部
泉の南側に鎮座する有鹿神社奥宮です。本宮は鳩川が相模川に合流する河口近く海老名市上郷にあります。
有鹿神社本宮の有鹿神社御由緒書きによると農耕の安全と豊穣を祈り水引祭を起こし有鹿神社を創建したとあります。奥宮は海老名耕地の農業用水水源として祀ったということですね。

相模原市史文化遺産編に「有鹿神社のお水もらい(水引祭)」についての記述があります。要約して紹介いたします。
① 4月8日 海老名の本宮からご神体を入れた神輿をかついで来る。石祠奥の湧水口で水を汲み海老名へ持ち帰る。
② 4月8日~6月14日までご神体(男神)は奥宮(女神)に留まる。
③ 6月14日 あらためてご神体を迎えに来る。

6月半ばは田植えの頃なので農業用水の安定的確保を願う祭事と言うことが分かります。二か月余、男神女神は何をされていたんでしょうかね。きっと五穀豊穣・子孫繁栄のお祈りをしてくださったのでしょう。(^σ^)


有鹿谷・相模原市南区磯部
有鹿神社奥宮前の風景です。この谷は有鹿谷と言います。
有鹿神社奥宮、有鹿の泉は右側(東側)段丘崖照葉樹林の縁に位置しています。ここは西側も崖で谷戸地形の湿地帯です。東側崖の泉から湧き出す幾筋もの細流を渡るため散策路に木道が設置してあります。

有鹿神社御由緒書きには、この谷戸は「有鹿谷」、湧き出す泉は「有鹿の泉」、鳩川は「有鹿河」と書かれています。


有鹿の泉北側から湧き出す泉
有鹿の泉北側崖下から湧き出す泉。相模原河岸段丘の縁なのでなん筋も湧き出ます。以前、道保川を歩いた時にも同じような光景を目にしました。道保川も相模原段丘崖の縁に沿って流れる川です。


鳩川へ向かう湧水の流れ
木道を潜り西側崖沿いの鳩川に向う細流。細流にはホトケドジョウ(相模原市登録天然記念物)が棲んでいるそうです。

勝坂のホトケドジョウ案内板
勝坂のホトケドジョウ案内板です。


鳩川・相模原市南区磯部
西側崖下を流れる鳩川。座間から海老名へ流れて行きます。


勝坂遺跡公園散策路
段丘崖斜面照葉樹林内の散策路。斜面上に通じています。


勝坂遺跡公園竪穴住居
勝坂遺跡公園・縄文時代の竪穴住居
段丘崖斜面照葉樹林の上、勝坂遺跡公園の縄文時代中期の竪穴住居(復元住居)です。


有鹿神社本宮・海老名市上郷
おしまいにこれが海老名市上郷に鎮座する有鹿神社本宮です。


今回は拙ブログ読者桜 並木さんのコメントにより探訪しました。有益な情報ありがとうございました。勉強になりました。


勝坂遺跡公園駐車場の位置です。有鹿神社奥宮は約300m南になります。ズームインすると表示されます。


其の538 冬の相模川右岸幹線用水路・厚木市三田

 干無川源流を探訪したその足で相模川右岸幹線用水路(西部用水)をちょっとだけ歩いてきました。嬉しい発見がありました。

西部用水・相模川右岸幹線用水路
これは西部用水の暗渠入口です。今は非通水期ですがスクリーンに前年のゴミが引っかかり、水路底に残り水がわずかに滞留しています。ここは厚木市三田、中津川右岸近くです。位置は末尾に地図を載せました。


西部用水・相模川右岸幹線用水路
暗渠入口に立ち上流側を見ました。中津川右岸堤防沿いに下り西向きに方向転換したところです。すぐ上流には中津川を伏越(ふせこし・サイフォン)で潜ったサイフォン吐口桝施設があります。

ここより上流の相模川右岸幹線用水路(西部用水)の記事です。「其の24 中津川サイフォン探索」 (2012.6投稿)


西部用水・蟹渕川余水吐・排水施設
暗渠上を下流(西方)へ進みます。左側に水色の柵で囲った水門があります。写真は南側から見た水門です。7年前に初めて水門を見たときは理解できなかったのですが、これは余水吐・排水施設です。実りの秋の頃通水を止め、用水路内の残り水は交差する河川に排水します。ここでは交差する蟹渕川に排水しています。直近の例では昨年秋に探訪した西部用水山際川伏越呑口側にも余水吐・排水施設がありましたね。


西部用水・暗渠上の道
正面に大山を見ながら暗渠の上を歩いていきます。この道は厚木バスセンター・宿原入口間のバス通りです。足元にマンホールフタがあります。

西部用水マンホールフタ
珍しい神奈川県のマーク入り西部用水マンホールフタです。西部用水は神奈川県が造り、神奈川県相模川西部土地改良区が管理しています。


西部用水白根隧道入口
その下流、これが件の嬉しい発見です。水路トンネル(隧道)の入口です。築造当初は水門にゲート(門扉)が付いていたようですが今はなく、ゲート巻上機(開閉器)が残るのみで制水機能は停止しています。左岸にも水門があります。
前回、干無川源流を探訪した時、西側に丘陵を見ながら遡りました。西部用水はその丘陵に阻まれたので隧道を掘り向こう側へ通したということです。丘陵の向こう側、荻野川に架かる白根橋付近に隧道出口があります。


西部用水白根隧道入口
左岸の水門です。巻上機だけ残りゲートは取り外してあります。この水門の設置目的はなんでしょう。メインゲートを閉じると水位が上がり、下手をするとこの施設から溢れるかもしれません。従って溢流する用水を流すための水路と思うのですが、私の関心事はどこへ流れて行くかです。干無川は丘陵の東側を流れていました。この辺りで溢流水を流せる河川は干無川しかないです。今は使われていないゲートと水路ですが、多分干無川に接続していたと思います。

干無川源流探訪で思いもよらない発見をしました。7年前に初めて西部用水を歩いた時に見つけたら最高だったのですが、犬も歩けば棒に当たるで良しとします。
長すぎた春は往々にして望ましい結果を生まないようですが・・・水辺歩きですからね。(^σ^)


ここより下流の西部用水探訪記はこちらです。
「其の25 小鮎川サイフォンを見つけました」 (2012.7投稿)


今回のスタート暗渠入口の位置(中央十字線)です。


其の537 干無川源流を訪ねる・神奈川県厚木市妻田

 拙ブログにちょいちょい登場する干無川(ひなしがわ)。幻の川「でーの川」の水源でもありました。干無川河口に立つ地名標柱に刻まれているようにその名の由来は「干たことが無い川」からきています。水源はどのようなところでしょう。見たくなりました。

小鮎川・大山
1月4日(金)、小鮎川にやってまいりました。小鮎川右岸「あつぎふるさと散歩道」から見た上流方向です。大山がどーんと迫っています。神奈川県内どこからも目立つ山です。


干無川樋管ゲート
今日歩く干無川は小鮎川左岸に合流しています。あつぎふるさと散歩道から見た干無川河口の樋管ゲートです。今日は干無川河口から源流に向って歩きます。反対に源流から河口へ歩くのは逆打ちと言って作法に反するそうです。(^σ^)


干無川地名標柱
河口付近に立つ干無川の地名標柱。
干無川の由来は、水源が湧水のため、「干たことが無い川」という意味である。昔は水車などもあり冷たい澄んだ水の流れは生活の場であった。以後昭和三十年代頃まで農業用水として利用され農家にとっては重要な水資源であった。
昭和三十年代頃まで農業用水として利用されていたことが分ります。


河口付近より干無川上流を望む
青松禅寺東側河口付近より干無川上流を望む。作法にのっとり川沿いに遡りますよ。


干無川
干無川
妻田東と妻田南を分ける干無川。土手がない掘り込式の川です。大雨で小鮎川が増水すると干無川への逆流を防ぐため干無川樋管ゲートを閉じます。するとこの辺りの干無川は細長いダム湖のようになるんでしょうね。言わば大形の調節池です。


干無川と三田用水流末
妻田東2丁目に架かる橋です。左岸にフラップゲートがあります。三田用水の流末(余水排水の吐口)です。以前、中津川の三田頭首工から始まる三田用水「其の177」を終点のここまで歩いたことがあるので懐かしいですね・・・。


干無川に合流する中堀
橋の上流左岸に中堀が合流しています。あとで登場する妻田北4丁目の取水堰で取り入れた用水路の流末です。


干無川(r129・r246を潜る)
R129・246を潜ります。


干無川の節田堰
干無川の節田堰
国道西側の節田堰です。その昔、でーの川(農業用水路)はここで取水していました。今は使われていないです。


干無川
その上流中村橋付近より干無川上流を望む。


干無川と地名標柱
妻田西2丁目、干無川が南流から東向きに流路を変える地点にも地名標柱が立っていました。


妻田西2丁目の田んぼ
地名標柱付近町中に残る田んぼ。この田んぼは白根橋上流の頭首工から始まる妻田用水から水を引いています。


干無川・厚木市妻田西2丁目
地名標柱付近より干無川上流を望む。清澄な湧水の流れです。


干無川・R412清水橋付近
R412清水橋手前まで遡ってきました。


干無川に架かる清水橋
清水橋です。親柱には当然ですが干無川と刻んであります。


干無川・R412清水橋付近
清水橋上流は暗渠で、上が駐輪場となっております。


干無川
駐輪場を抜けました。変わらずきれいな湧水の流れ。


干無川の取水堰
その上流妻田北4丁目で水門に遭遇! 見覚えのある水門です。この水門は以前相模川右岸幹線用水路(西部用水)を探訪した時に出合いました。懐かしい再会です~。


干無川の取水堰・妻田北4丁目
左岸に取水口があります。この水門は農業用水の取水堰ですね。下流に田んぼがあれば5~6月頃に通水すると思います。今昔マップ(1944~1954年)を開くと妻田地区一帯は見事に水田記号で埋め尽くされています。マップをよく見ると、来る途中左岸に合流していた中堀はこの取水堰から始まっていることが分ります。干無川地名標柱に書いてある通り、干無川は昭和三十年代頃まで農業用水として利用されていました。


今昔マップを開きました。(今昔マップon the webより)

中央が上記取水堰の位置です。2画面に切替えると現在の地図と対照できます。


干無川暗渠
取水堰より上流、干無川は暗渠になります。


干無川の取水堰・妻田北3丁目
暗渠上を歩いていくとまた取水堰がありました。左岸側に取水口があり用水路は東の方へ伸び反田から最後は中堀に合流しています。用水路は上記今昔マップにも載っています。


暗渠用水路・妻田北3丁目
取水口から道路を横断し東へ向かう暗渠化された用水路。反田の方へ向かっています。ここは妻田北3丁目。ここより北は三田南1丁目になります。


暗渠の干無川
暗渠の干無川を北へ向かいます。進行方向左(西側)は丘陵になりました。足元は厚木市の雨水マンホールフタです。

厚木市雨水マンホールフタ
厚木市マーク入り雨水マンホールフタ。道路側溝を干無川に接続し雨水を流しているんですね。


暗渠の干無川・厚木市三田南1丁目
住宅街の暗渠はその先の雇用促進住宅西側の暗渠に続いています。前方、駐車場と丘陵の間に暗渠が見えます。


暗渠の干無川
丘陵の縁に沿って流れる干無川。点検フタを覗くと流れが見えましたよ。(^σ^) 丘陵からの湧水を集めて流れを作っていると思います。


干無川・厚木市三田南1丁目
その先で住宅の西側を開渠になって流れる干無川。住宅の擁壁と干無川の間に雑草が繁茂した道らしきものがあります。体中に雑草の種子が付着しそうなので、踏み込むのはあきらめコの字型迂回を試みました。屋際の信号に至る表通りへ出て、そこから川沿いに出る道を探すも道はなく、表通り沿いは民間企業のフェンスで囲われており源流探訪はここで諦めました。

地理院地図、グーグルマップで確認するとこれより上流は屋際の信号の方へ150mほど進んだ表通り手前で干無川は消えています。丘陵の縁からちょろちょろ湧き出す源流を期待したのですが、実現できず残念な結果に終わりました。

このあと屋際交差点付近を探索し思わぬものを発見しました。今日の干無川源流探訪行のお土産です。近々発表したいと思います。

其の536 城山湖を一周してきました②・相模原市緑区川尻

 前回「其の535」の続きです。12月18日(金)に行ってきました。

城山湖外周道
尾根道を進みます。左側に神奈川県敷地境界杭が立っています。左側は湖を含めてすべて神奈川県所有地と言うことになりますね。


「神企電」と刻まれた敷地境界杭  神奈川県水源涵養林標柱
左の写真は少し先にあった「神企電」と刻まれた敷地境界杭。
右の写真、神奈川県水源涵養保安林の標柱も立っていました。


神奈川県企業庁利水局発電総合制御所の立入禁止看板
進行方向左側に立つ神奈川県企業庁利水局発電総合制御所の立入禁止看板。


空っぽの城山湖
水を抜いた城山湖と取水口
左手下に空っぽの城山湖や八角形の取水口が見えます。


城山湖外周道・尾根道
尾根道に何かあります。これは何でしょう? 

神奈川県企業庁電気局の2級基準点
神奈川県企業庁電気局の2級基準点でした。


城山湖外周道
急な上り階段です。城山湖を反時計回りに歩いていますが、時計回りにすると下り階段が多くなります。膝に不安がある人は今日のコースが適していると思います。


城山湖外周道・ふれあい休憩所
ふれあい休憩所に到着です。


城山湖外周道から空っぽの城山湖を望む
ふれあい休憩所から眼下の眺め。正面は本沢ダム堰堤です。


城山湖外周道
分岐点に来ました。右は峯の薬師方面、左が城山発電所方面です。


城山湖外周道
左の道へ入りました。ここからはスロープ状の下り道になります。


空っぽの城山湖
空っぽの城山湖。本沢ダム堰堤と取水口が見えます。


加藤武雄文学碑
城山湖外周道から少しそれたところにある加藤武雄文学碑です。
「わが日は暗し わが夢は はるか也」


城山発電所
前方に城山発電所が見えてきました。


城山湖外周道
城山発電所変電施設前まで下り、来た道を振り返りかえりました。城山湖を時計回りに一周するときはここからスタートになります。


城山発電所から津久井湖を望む
城山発電所前から津久井湖・城山ダムの眺め。左側は城山発電所を発した送電線と鉄塔です。


城山発電所
城山発電所地上施設(発電総合制御所、変電施設)です。3階建部がエレベーター棟です。城山発電所見学会「其の101」では2階の発電総合制御所を見学したあとエレベーターで地下230mの地下発電所に降りました。


城山発電所
城山発電所正門から記念に1枚撮影しました。ポンプ水車入口弁や水車ランナがモニュメント展示してあります。


城山湖駐車場
城山発電所東側の無料駐車場へ戻ってきました。時刻は13時頃、閉門は16時です。

10~15年に一度しか見られない空っぽの城山湖見納めの旅を無事終えました。膝に来なくて良かったです~。(^σ^)
今年もあちこち歩けそうです。


城山湖
城山湖
おしまいにその後の城山湖です。(12月30日撮影)
水を抜いた城山湖は12月25日まで展望可能でした。予定通り城山発電所の点検作業が終わりいつもの城山湖に変わっていました。

城山湖の位置です。(地理院地図より)


其の535 城山湖を一周してきました①・相模原市緑区川尻

 地元にいながら私はまだ城山湖を一周したことがありません。空っぽの城山湖を見られるのは12月25日まででした。名残惜しいので直前の18日に「水を抜いた城山湖」へ再度行ってきました。今回は水を抜いた城山湖を眺めながらの城山湖一周の旅です。

城山湖・本沢ダム入口ゲート
龍籠山金刀比羅宮の先、城山湖・本沢ダムへ通じる道のゲートです。城山発電所手前の無料駐車場からここまでやってきました。時刻は11時過ぎ、歩行者用のゲートは開いています。

城山湖・本沢ダム出入口ゲート開場時間
開場時間に要注意です。
4~9月 午前9時~午後5時  10~3月 午前9時~午後4時 

城山湖・本沢ダム
道なりに進むとロックフィル式ダムの本沢ダムが見えてきます。

本沢ダム抜水工事看板
本沢ダム右岸の本沢ダム抜水工事看板。工事期間は平成31年2月28日まで。

空っぽの城山湖
本沢ダム天端から城山湖の眺め。左右正面が山、谷頭近くに造られた人造湖です。流れ込む川はありません。揚水式城山発電所上池なので発電用水は下池の津久井湖からポンプで汲み上げています。

本沢ダムより東方向の眺め
本沢ダム天端から東方向の眺め。城山湖は谷戸を堰き止めた人造湖です。

本沢ダム天端から左岸の眺め
ダム天端から左岸の眺め。本沢ダム堰堤の材料は周辺の良質な土砂が多く使われています。昭和40年に神奈川県が築造しました。今日は堰堤を渡り反時計回りに城山湖を一周します。

本沢ダム堰堤
左岸から見た本沢ダム。筋のような雨水排水路が走っています。ここに降った雨はダム下から始まる本沢から境川に合流し江の島まで流れて行きます。

城山湖の余水吐施設
堰堤から見た余水吐と放流管設備。一般的なダムの非常用洪水吐と常用洪水吐に相当する施設ですね。

城山湖の余水吐施設
管理橋から見た余水吐越流堤。余水吐は集中豪雨時、周りの山から流れ込む大量の雨水で水位が上昇するのでそれを排水するための施設です。ダムの安全を確保するためです。

城山湖の余水吐施設
余水吐越流堤から下方の宝沢へ向かう流路。宝沢は下流で境川源流の一つ大地沢に合流しています。

城山湖外周道
余水吐施設を見たあとはいよいよ城山湖一周です。管理橋を渡ると早速上り階段です。進行方向左側は常に城山湖なので柵でガードしています。

城山湖外周道
城山湖を囲う山の尾根道を歩きます。

水を抜いた城山湖
左手に空っぽの城山湖が見えます。対岸は展望台です。

城山湖外周道
また上り階段です。先が思いやられます。

花咲休憩所・城山湖外周道
はなさき休憩所道標
一つ目の休憩所、はなさき休憩所です。親切な内容の道標が立っているので道に迷うことは有りません。

城山湖外周道・100段の階段
長い100段の上り階段です。下ってくる人とすれ違いましたが横歩きをしていましたよ。一段下りたら両脚で立ち、その動作の繰り返しです。長い下りは膝に来ますからね・・・。

城山湖外周道・松見平休憩所
松見平休憩所展望台です。「京王線高尾山口駅から3.8km 徒歩50分」の道標が立っています。

城山湖外周道・草戸山頂上364m
展望台前、町田市最高峰、草戸山364mの標識。草戸山は相模原市、町田市、八王子市の境界です。

行程の半分くらい進んだでしょうか。途中ですが次回に続きます。

関連記事です。
其の101 城山発電所を訪ねる (地下発電所見学記)
其の102 城山湖へ行ってきました
其の257 境川水系本沢を探訪しました(城山発電所インクライン地上部出入口)
其の258 境川水系宝沢と城山湖を探訪しました
其の519 水を抜いた城山湖を見てきました・相模原市緑区

城山湖の位置です。(地理院地図より)


其の534 龍籠山金刀比羅宮で初日の出・相模原市緑区川尻

 明けましておめでとうございます。
平成31年元旦、城山湖近くの龍籠山金刀比羅宮で初日の出を拝んできました。

龍籠山金刀比羅宮で初日の出
あいにくの雲でしたが、幸い地平線と雲の隙間から初日の出を拝むことが出来ました。


龍籠山金刀比羅宮で初日の出
ズームアップしました。4条の光線が放射しています。旭日旗を連想します。16条の旧海軍軍艦旗や海上自衛隊艦旗は旭日をデザインしたものです。日出国日本にふさわしい旗ですね・・・。


龍籠山金刀比羅宮より新宿副都心を望む
初日の出10分前の新宿副都心の方向です。スカイツリーが写っています。その左側には東京都庁ツインタワーも見えます。


龍籠山金刀比羅宮参道
龍籠山金刀比羅宮参道です。急階段の下です。今日も上りました。


龍籠山金刀比羅宮・相模原市緑区川尻
初日の出の人気スポット龍籠山金刀比羅宮です。初詣を兼ねた人たちで賑わっています。


城山湖・相模原市緑区川尻
近くなので城山湖に寄りました。城山湖と本沢ダム堰堤です。


城山湖
空っぽの城山湖は予定通り点検作業が終了したようで、いつもの城山湖に戻っていました。今度空っぽの城山湖が見られるのは10~15年後です。もう一、二度見たいですね・・・。(^σ^)

龍籠山金刀比羅宮の位置です。