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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の507 井路縁川と天井川の立体交差・南アルプス市荊沢

 前々回「其の505」で井路縁川と天井川の堰野川・秋山川の立体交差について投稿しました。今回はその続編です。

井路縁川
これは前々回掲載の井路縁川が天井川を潜る直前の地下水路トンネルの呑口・排水施設です。記事が長くなるので簡略に記しましたが、呑口・排水施設についてもう少し詳しく取り上げたいと思います。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
よく見ると左岸の水路壁に赤色ペンキで何か書いてあります。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
ホース準備―4  ポンプ作動―3
それぞれの位置まで水位が上昇した時の対応ですね。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
右岸にパイプが3本立ち上がっています。水中ポンプと思われます。右側の物置にホースが保管してあると思います。

水の流れを観察すると正面の樋管ゲートに向う流れはまったくなく、樋管ゲートは閉じていることが分ります。その代り左側の狭いゲートの方へ流れています。左側の堤防は坪川右岸堤防です。狭いゲートは坪川へ通じる樋管ゲートかも。念のため堤防上に立ち確認するとそんなことは有り得ず樋管の出口は見当たりません。相手は天井川、勾配が取れないですからね・・・。
ではこの水はどこへ流れて行くのでしょう。正面の樋管ゲートを迂回して堰野川、秋山川を潜る地下トンネルに入り下流へ流れて行くと思います。前々回五明大橋の坪川合流点までたどり、その流れを観察しました。

今日は晴天、井路縁川は穏やかな流れです。正面の樋管ゲートを閉じても迂回水路を経由して流れて行きます。大雨で増水した時は、樋管ゲートを開き流れやすくするのでしょうか? 井路縁川が増水すると狭い地域を流れる坪川や堰野川も当然増水します。増水すると坪川から井路縁川への逆流が考えられます。坪川は天井川ですからね・・・十分有り得ることです。このゲートは照っても降っても年がら年中閉めっぱなしかも知れないですね・・・。開かずのゲート? (^σ^)

ここより下流で坪川、旧利根川、滝沢川等の天井川が低地河川の長沢川、五明川、横川と立体交差しています。交差地点にはいずれも樋管ゲートが設置してあり洪水時の釜無川からの逆流を防いでいます。井路縁川の樋管ゲートも同様の働きをしていると思います。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
右岸から見ました。手前が水中ポンプ3基、奥は迂回水路ゲートです。
なお、立体交差は伏越(ふせこし)・サイフォンで堰野川、秋山川を横断していると思います。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
以上、縷々愚考いたしました。結局大雨になると坪川からの逆流を防ぐため迂回水路ゲートも閉じるので、ここの水位は上がる一方になります。そこでポンプの出番になります。増水した井路縁川は流れるのを止めないのでポンプ排水しないとデルタ内は水浸しになっちゃいますからね・・・。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設
堰野川堤防天端から見た呑口・排水施設。照明付き監視カメラが水面を見ています。井路縁川は南アルプス市の準用河川なので監視情報は多分市役所に流れるのでしょう。

井路縁川地下水路トンネル呑口・排水施設から見た堰野川
上記地点から見た堰野川上流方向です。3本の排水ホース先端は天井川のこの川に降ろすしかないですね。

おしまいに地理院地図で標高を調べてみました。主要地点の標高を記します。
●井路縁川
・あしはら団地南:247.9m(探訪記のスタート地点です)
・呑口・排水施設:248.1m
・五明大橋 坪川・井路縁川合流点:244.9m
●坪川
・あしはら南橋:248.0m(探訪記スタート地点の東に架かる橋)
・井路縁川の呑口・排水施設北側:248.0m
・坪川・堰野川合流点:247.6m
・五明大橋 坪川・井路縁川合流点:244.9m

低地河川と思い込んでいた井路縁川の標高は坪川とほぼ同じです。井路縁川が坪川と堰野川の堤防に挟まれたデルタ地帯に流れ込んでいるのでそのように見えるだけかも知れません。
それにしても、行き場のないデルタに流れ込んだ河川の治水はこれしか方法がないのでしょうね・・・。

自然な河川同士の立体交差は有り得ず、人為的な治水工事により出来た河川の立体交差。近くにあと三か所あります。この辺り一帯は、私のような物好きには大変面白いところです。

関連記事です。

其の211 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の坪川と滝沢川
其の213 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の坪川
其の214 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の利根川

井路縁川呑口・排水施設の位置です。

情報ボタン→起伏を示した地図→陰影起伏図の順にクリックすると陰影起伏図に切替えできます。

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其の506 中津飛行場排水路橋を訪ねる・神奈川県愛川町

 大陸の高気圧が南へ張り出し、猛暑がだいぶ和らいできました。8月20日(月)曇り、相模原市のお隣、愛川町の中津飛行場排水路橋を訪ねました。

中津飛行場排水路橋
県道63号線坂本坂の途中に架かる中津飛行場排水路橋(以下、水路橋)です。

中津飛行場排水路橋
水路橋を見上げる。なぜか2水路になっています。

中津飛行場排水路橋
県道南側から見た水路橋です。水路橋があることは昔から知っていましたが、その詳しい内容を知ったのは最近のことです。

タイトルにあるようにこの水路橋は中津飛行場(正式名は「相模陸軍飛行場」)の排水路途中の施設です。昭和16年6月、熊谷陸軍飛行学校相模文教所が開校し中津飛行場はスタートしました。その頃には排水路も完成していたはずです。戦後中津飛行場は農地から内陸工業団地に変遷したのですが、排水路は現在も内陸工業団地の排水に使用されています。旧陸軍の遺構が今でも現役で使われているんですね・・・。驚きです。

「水路橋 どこからどこへ 行くのだろう」 doushigawa

排水路は今でも現役です。排水路の延長は短いので目に見える範囲をたどってみました。

中津飛行場排水路
始めに水路橋より下流、中津川への放流口はどのようなところか見に行きました。
これは水路橋から100mほど西の橋から見た上流方向です。水路幅は約2m、降雨がなく水路は乾いています。
今は雑排水(汚水)と雨水が明確に分けて処理されているので内陸工業団地雨水下水管として使われていると思います。飛行場が完成した当時も同様であっただろうと想像します。南北1800m、東西1400mの飛行場が降雨のたびに水浸しでは飛行機は飛べないですからね・・・。(^σ^)

中津飛行場排水路
同下流方向です。真っ直ぐ中津川へ向っています。

中津飛行場排水路南側の道
排水路の南側に並行してこんな道が通じています。中津原台地の縁沿いの道で左側は崖です。木々の間から崖下を流れる中津川の水面が見えます。

中津飛行場排水路
台地の先端部に来ました。右手排水路にゴミを引っかけるスクリーンがあります。

中津飛行場排水路
排水路に架かる橋の上からスクリーン越しに排水路上流を見ました。下流側は崖に沿ってコンクリート水路が急降下しています。木々にかくれて写真は撮れません。

神奈川県県道63号線・坂本坂
水路橋へ戻り坂本坂を下りました。坂の途中から見た県道63号線。今見たように左側の台地の上を排水路は通っています。

中津飛行場排水路
中津川に向って突き出した台地の先端です。黄色のドラム缶のようなものとガードレールの間に排水路は降下しています。

中津飛行場排水路
中津川左岸沿いの道路から見た排水路。道路下を潜り中津川に流れ込んでいます。

中津川・愛川町中津坂本
排水路放流口付近の中津川です。

続いて水路橋上流を見に行きました。
中津飛行場排水路
100mほど東側から見た排水路下流方向です。水路橋直前で2水路に分岐しています。強度的なことからでしょうか。

中津飛行場排水路
同上流を望む。排水路に水溜りがあります。湧水でしょうかね。

中津飛行場排水路
さらに100mほど上流の橋から見た排水路上流方向です。前方にトンネル水路の出口が見えます。

中津飛行場排水路
その上流、県道65号線沿いに出てきました。トンネル水路は雨水下水管の吐口と思われます。

中津飛行場排水路
県道沿いを流れる排水路。水量が増えた感じがします。

中津飛行場排水路
その先で暗渠になります。暗渠の上をたどります。

中津飛行場排水路
暗渠は県道を渡り北へ向かう道路沿いを流れています。黄色の車止めがあるのでそれと分かります。なおこの道は中津飛行場外周道と一致しています。道路西側は飛行場施設(陸軍士官学校飛行班格納庫)があったところです。

中津飛行場排水路
暗渠上のグレーチング点検フタ。中津飛行場の外周道なので陸軍敷地境界杭が見られるかと両側に目を配ったのですが一本もなかったですね。残念!

中津飛行場排水路
一丁目通りに突き当たりました。歩ける暗渠はここまでです。これより先は中津飛行場(現内陸工業団地)です。

中津飛行場排水路橋の探訪はここまでです。長年気になっていた水路橋の謎を究明しすっきりしました。この辺りには中津飛行場の遺構がまだほかにもあるのでいつかまた訪ねたいと思います。

参考文献「愛川町の近代遺産」 2001 愛川町教育委員会

中津飛行場排水路橋の位置です。

情報ボタン→起伏を示した地図→陰影起伏図の順にクリックすると陰影起伏図に切替えできます。

其の505 井路縁川と堰野川、秋山川の立体交差・南アルプス市

 韮崎市の徳島頭首工から始めた水辺を巡る探訪の四か所目は、河川と河川の立体交差です。7月31日(火)晴れ、体温より高い猛暑日が続いていたので相模原から車で行きました。

井路縁川・南アルプス市落合
桝形堤防の次にやって来たのは南アルプス市のあしはら団地です。団地の中を南流する井路縁川(いろべりがわ・南アルプス市準用河川)です。この川が今日の主役です。見たところ普通の川ですが、すぐ近く下流の荊沢で堰野川、秋山川と立体交差し、天井川の坪川に合流しています。今日は立体交差の入口出口及び坪川合流点まで探訪しました。

3年前に坪川河口付近の天井川と低地河川の立体交差を3か所探訪し、「甲府盆地の天井川シリーズ」(アーカイブ2015/03)で発表しました。今回の探訪はその時に探訪できなかった残りの1か所です。地図で見つけた河川同士の立体交差を実際に見てみたいと3年前から注目していました。どのようなところか楽しみです。

地図がないとうまく説明できないので最初に地図を載せます。
中央十字線は私が今立っているところです。

東側を流れるのは天井川の坪川、西側を流れるのが堰野川、西の方から来て堰野川と並んで流れる川が秋山川です。二つの川はすぐ下流の荊沢で坪川に合流しています。井路縁川が堰野川、秋山川と立体交差し、坪川へ合流しているのがこの地図から読み取れます。

井路縁川・南アルプス市落合
同地点から見た井路縁川下流方向です。

井路縁川・南アルプス市落合
立体交差の入口側を見るため井路縁川を下流へたどります。東へ方向を変えました。周りは果樹園です。

井路縁川
そのまま進むと行き止まりです。正面にゴミ除けスクリーンがありその奥に樋管ゲートがあります。ゲートの奥で井路縁川の水は地下の水路トンネルへ入り堰野川、秋山川の川底を潜ったあと、甲西橋付近で開渠となり、その下流、五明大橋付近で坪川に合流しています。
この施設は地下水路トンネルの呑口(入口)施設であり、水中ポンプがあったので排水機能も備えているようです。
ここは地図にあるように写真左側は坪川の右岸堤防、右側は堰野川左岸堤防です。ここは両川に挟まれたデルタ地帯です。

井路縁川
ゲートから今たどってきた井路縁川上流を見ました。坪川の右岸堤防、堰野川左岸堤防が見えます。ここから見ると両川の堤防に挟まれた低地河川に見えます。脇に送電線鉄塔があります。

坪川・南アルプス市荊沢
同所から見た坪川上流の風景です。河道と左岸の建物を比較すると天井川化しています。地理院地図で標高を確認できます。

坪川と堰野川合流点
デルタの先端から下流方向の眺め。左が坪川、右は堰野川。両川の合流点なので堰野川も天井川ですね・・・。前方の橋は甲西橋です。

秋山川・堰野川・坪川合流点
下流の甲西橋から見た合流点の様子です。左から秋山川、堰野川、坪川です。送電線鉄塔の下に井路縁川地下水路トンネル呑口施設があります。

井路縁川・南アルプス市荊沢
堰野川、秋山川を水路トンネルで潜り甲西橋西側で開渠になった井路縁川。写真左側は坪川右岸堤防、右側は井路縁川と坪川を仕切る背割堤です。送電線鉄塔の下に呑口施設があります。

井路縁川・南アルプス市
県道42号線・富士川街道から見た井路縁川下流方向。坪川右岸堤防と背割堤の間を流れる井路縁川。

井路縁川・南アルプス市
その少し下流です。背割堤護岸が新しく改修してあります。前方の橋は五明大橋です。

五明大橋より坪川上流を望む
五明大橋より坪川上流を望む。背割堤はこの橋の上流で終わっています。この辺りまで背割堤を延ばさないと井路縁川の坪川合流はスムースに行かないのでしょう。流れる途中で地下に浸透したのでしょうか、井路縁川の流れは消えています。背割堤は大雨で両川の水位が上昇するとその威力を発揮すると思います。

初めて地図で井路縁川の立体交差を見つけた時は低地河川(井路縁川)が天井川を潜っていると思ったのですが、そうでもないみたいです。最後は天井川に合流するわけですからね。
井路縁川の坪川合流は、なぜこのような複雑な形を取ったのでしょう。専門家が測量・設計し最適な選択をした結果と思うのですが、一言でいえば「それがベストだったから」ですね。(^σ^)

五明大橋たもとに駐車した車に戻り外気温を見ると37℃を示しました。ひゃあ~体温より高いじゃん! 時刻は14:30過ぎ、あと一件探訪する予定を切り上げ釜無川・笛吹川に架かる三郡橋を渡り中央高速道甲府南ICへ向かいました。

其の504 御勅使川の桝形堤防を訪ねる・山梨県南アルプス市

 徳島頭首工、円井逆断層に続いて、桝形堤防を訪ねました。
7月31日(火)晴れの日に探訪しました。

桝形堤防は2年前に徳島堰を歩いた時に知り、探訪記で簡単に触れました。探訪記からそっくり引用します。
桝形堤防
御勅使上橋を渡り南アルプス市に入りました。これは御勅使川暗渠上の「桝形堤防」の遺構です。上から見ると将棋の駒形(Ⅴ字形)で後田堰の取入れ口後田水門を守っていました。下流には御勅使川旧堤防(将棋頭)遺構がありこの辺りは改めて探訪したいところですね。 「其の325徳島堰を歩く⑤」より。

写真は南側道路から見た石積みの桝形堤防です。西側上空から見るとV字形でVの字の中にある後田水門(徳島堰からの分水施設)を守っていました。


桝形堤防案内板
南アルプス市が立てた桝形堤防の案内板です。

桝形堤防
上空から見た桝形堤防です。(案内板写真より)

南流する徳島堰(用水路)は御勅使川を暗渠で潜り抜けていました。現在は写真のように住宅が立ち並んでいますが、江戸期(徳島堰の完成は寛文10年・1670)は御勅使川が流れる河原でした。ここより東の六科村、野牛島村は地形的にかんがい用水が得られなかったので、徳島堰暗渠水路の途中に後田水門を設けて分水し、後田堰(用水路)を通して水を引きました。
桝形堤防は後田水門、後田堰を御勅使川の洪水から守る施設でした。江戸の昔、人々は凄いことをやりましたね・・・(驚)

桝形堤防北側に桝目の区画があります。これは発掘調査で見つかった木工沈床が置かれていたところだそうです。木工沈床は桝形堤防の足元を固めるために設置されました。木工沈床の北側には蛇籠跡も見つかり桝形堤防は分水施設を守るだけでなく御勅使川の治水施設としても大きな役割を果たしていたことが窺えます。

桝形堤防内後田水門
これは本日、東側道路から見た後田水門です。桝形堤防の石積みはこちらから見ると直線に見えますがΛ形をしています。

桝形堤防内後田水門
上の写真中央部を拡大しました。中央部は分水門がある分水施設と思われます。両側のコンクリートは徳島堰暗渠水路(御勅使川暗渠)です。ここより200mほど下流で暗渠水路は開渠になります。
現在はコンクリート製ですが江戸時代はどのような材料を使ったのでしょうか。また施工方法も気になりますね。

桝形堤防内後田水門と後田堰
後田水門で取り入れた用水は後田堰(用水路)で六科村、野牛島村へ送られました。東側道路から観察すると草が繁り見づらいですが、こちらへ向かって音を立てて流れる用水を確認できます。後田堰は今でも現役の用水路なんですね・・・。(再驚)

六科将棋頭
案内板に後田堰を通して六科将棋頭の中へ送ったとあるので見に行きました。500mほど東にある六科の将棋頭(むじなのしょうぎがしら)です。ここは昨年9月に来たことがあります。

六科将棋頭付近の後田堰
六科将棋頭に隣接の砂防公園南側を流れる後田堰下流方向です。用水が勢いよく流れています。

六科将棋頭付近の後田堰
上記から50mほど下流の後田堰。水路がここだけ広くなっています。左側は六科将棋頭の石積みです。

灌漑水路改修記念碑・六科将棋頭付近
水路際に「灌漑水路改修記念碑」が立っていました。御影村六科区が昭和28年3月に建立しました。背景は六科将棋頭の石積みです。

六科将棋頭より東方向を望む
これは六科将棋頭天端から見た東方向、六科地区の秋の実りの風景です。(2017.9撮影)
六科村や野牛島村は徳島堰(用水路)から水を得て開かれた村です。後田水門を守る桝形堤防は米作りのため人々の執念のようなものを感じますね・・・。

この辺り一帯は御勅使川が作った扇状地地形なので釜無川まで東へ傾斜しています。信玄の時代に20年の歳月をかけ釜無川の東にある甲府中心地を水害から守るために石積出し、将棋頭や信玄堤など一連の治水事業が行われました。

将棋頭探訪記はこちらです。
「其の425 御勅使川の堤防遺跡「将棋頭」」 (2017.10投稿)

桝形堤防の位置です。


其の503 円井逆断層を見学しました・山梨県韮崎市

 7月31日(火)晴れ、徳島頭首工を訪ねたあと、釜無川右岸沿い県道12号線を南下しました。途中、県道西側の山の中にある円井(つぶらい)逆断層を見てきました。

円井逆断層
県道の「円井逆断層」案内標識です。逆断層ってどんな断層なんでしょうかね・・・。興味が湧いてきました。

円井逆断層・県道12号線からの進入路
案内標識から西側の山を見ました。戸沢川左岸の逆断層へ通じる道です。道路に沿って用水路が流れています。前回訪ねた徳島頭首工から始まる徳島堰(用水路)です。2年前に頭首工から徳島堰に沿って歩き、ここを通ったので良く憶えています。今は体温を上回る猛暑列島なのでとてもじゃないが歩けません。2年前に探訪しておいて良かったです~。(^σ^)

円井逆断層
県道から500mほど坂道を上ったところに案内看板が立っていたのですぐ分りました。案内看板から見た戸沢川左岸の崖です。この崖が円井逆断層で断層面が見られます。
白く見える写真左半分(西側)が円井石英閃緑岩地層でその東側が河岸段丘砂礫層らしいのですが、草木のせいで断層面ははっきり分らないですね。冬場に観察すれば分ると思います。
下方の白い石垣は戸沢川左岸の護岸です。石垣は↓の円井逆断層の生成過程図にも載っています。

円井逆断層の生成過程図
韮崎市観光協会作成の「円井逆断層の生成過程」図です。

円井逆断層の生成過程図
上図の現在図を拡大しました。浸食により右岸にも断層が露出しているそうです。

円井逆断層案内板
円井逆断層の案内板です。一部を抜粋します。
断層面の下盤(東側)の河岸段丘砂礫層(2から5万年前)の新しい地層の上に上盤(西側)の円井石英閃緑岩(1500万年前)の古い地層がのし上げたもので、横圧力によってできた逆断層です。
上記のように横圧力により地層が地層にのし上げて出来た断層を逆断層と言います。寄り道してちょっとだけ学びました。(^σ^)


円井逆断層の位置です。


円井逆断層の下流で徳島堰が戸沢川と立体交差しています。
その様子は、「其の322 徳島堰を歩く②」で投稿しました。

其の502 徳島頭首工を訪ねる・山梨県韮崎市円野町

 7月31日(火)晴れ、2年ぶりに徳島堰(用水路)の取水施設・徳島頭首工を訪ねました。異常気象の真っ只中、日本全国猛暑列島です。相模原から車で行きました。危険な暑さ対策です。

徳島頭首工・山梨県韮崎市
正午近く堰操作室付近から見た徳島頭首工です。お天気良すぎです~。

徳島堰・韮崎市円野町
これは2年前に目視可能だった徳島堰(用水路)の最上流部です。これより上流は徳島頭首工構内になるので2年前の探訪記に載せることが出来なかったのですが、今日はどうでしょう。右手小高い丘の上に頭首工管理施設があります。

徳島頭首工・徳島堰
幸いにも今日は開門してありフェンスで囲われた堰操作室や記念碑、駐車場、頭首工案内パネルなどがある管理施設内に入ることが出来ました。構内から見た始まったばかりの徳島堰。ゲートの向こう側に開渠(釜無川右岸から取り入れた水と東京電力釜無川第3発電所放流水が合流しています)、沈砂池、釜無川右岸取水ゲートがあります。

徳島頭首工・徳島堰
ゲートは2重になっています。左側が下流方向で延長17kmの徳島堰の始まりです。右手前は管理橋で釜無川右岸の取水ゲートまで伸びています。出入口が施錠されているので残念ながらこれより先には行けません。

徳島頭首工
管理橋です。管理橋の先端オレンジ色の施設が取水堰です。その左側は取水ゲート。
目の前のゲートは余水吐ゲートと思います。ゲート下流の余水吐水路に流れがあります。余水吐水路に並行する乾いた水路は上流側を見ると沈砂池なので多分土砂吐水路でしょうね・・。
沈砂池も白く乾いているので只今現在釜無川からの取水は休止中です。

徳島頭首工・余水吐、土砂吐水路
土砂吐、余水吐水路です。下流で釜無川に合流しています。

徳島頭首工
管理橋下に水が貯まっています。この水は東京電力釜無川第3発電所放流水をトンネル水路で導いた水です。管理橋北側にトンネル出口があります。今日は釜無川から取水していないので2枚目の写真の流れは釜無川第3発電所放流水と言うことになります。

地図を見た方が分かりやすいので参照ださい。

徳島頭首工取水堰(可動堰)の位置です。


取水堰、取水ゲートに近づけないので以下、徳島頭首工案内パネルの写真から引用します。
徳島頭首工

徳島頭首工
案内パネルによると国営釜無川右岸土地改良事業(昭和40年度~昭和49年度)により、これらの施設は造られました。
可動堰はL=10.8mの電動式ローラーゲート。堰高は1.0m。
固定堰はL=139.0mもあります。
左側の水路は魚道です。

徳島頭首工・取水口
取水ゲートは4門。釜無川右岸堤防を樋管で潜り沈砂池へ流れて行きます。取水量:6.7㎥/秒。

徳島頭首工・土地改良事業竣工記念碑
徳島頭首工管理施設構内の「土地改良事業竣工記念碑」。
巨大で立派な記念碑です。右下に衆議院議員金丸信の名前が刻まれています。確か金の延べ棒で有名な人でしたね。

2年前に延長17kmの徳島堰を終点まで歩きました。
「其の321 徳島堰を歩く①」から6回に分けて発表しました。


この日は車で探訪しました。他にもあちこち寄ったので次回から順に発表します。