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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の466 八ツ沢発電所施設・大野調整池を訪ねる・山梨県上野原市

 前回「其の465」の続きです。今回は八ツ沢発電所関連施設の大野調整池(大野ダム)探訪記です。

大野調整池堰堤(大野ダム)
中央本線四方津駅西方で甲州街道と別れ大野ダムへ通じる一本道に入りました。道路左手に大野調整池堰堤(大野ダム)が見えてきました。

大野調整池堰堤(大野ダム)
大野調整池堰堤右岸寄り天端からの眺め。
案内板があったのでその概要を記しておきます。
ダムの形式:アースダム(ゾーン型)
ダムの高さ:37.27m  ダムの長さ:309.10m
ダムの標高:296.97m  
(現地案内板:大野ダムの概要より)

大野調整池
大野調整池
堰堤右岸寄り天端から見た大野調整池。下の写真の正面に大野調整池制水門(八ツ沢発電所取水口)が見えます。探訪したのは2月11日(日)建国記念日です。1月22日の大雪がまだ残っています。

大野調整池の概要です。
池の容量:169.2万㎥  発電に利用できる容量:46.7万㎥
発電時に変化する水深:3.03m 
(現地案内板より)

案内板に大野調整池の役割について書いてありました。
電気の使用量が少ない夜12:00頃~朝6:00頃までは発電所を止め、調整池に水を貯める。電気使用量の多い昼間に調整池に貯めためた水を使って発電する。これを調整池式発電所と言う。 (案内板より要旨)

大野ダムの看板・施設案内板
池のほとりの大野ダム看板・水利使用標識・重要文化財八ツ沢発電所施設の案内板です。近くに別の案内板があり知りたいことがすべて書いてあります。
水利使用標識の内容は上流の取水口制水門前の標識と全く同じです。
河川名:一級河川相模川水系相模川(桂川)
水利使用目的:発電  取水量:27.83㎥/秒


大野調整池堰堤、大野調整池制水門、大野調整池余水路が国の重要文化財に指定されています。


八ツ沢発電所導水路を駒橋発電所下流の取水口から巡ってきたので、上流から順に施設を見て行きます。
八ツ沢発電所導水隧道出口付近
池沿いの道を走ると赤色の橋が架かったT字路に出ます。写真右側が隧道出口へ下りる管理用階段入口ですが関係者以外は通行止めです。添付地理院地図の南西から来る青色破線が導水路隧道です。

八ツ沢発電所導水隧道出口・大野調整池
柵の間から見た大野調整池。左側から流入したばかりの発電用水。前回見た第6号隧道で地下に潜った用水が再び地上に現れました。木々が繁茂し残念ながら隧道出口を見ることはできません。

大野調整池に浮かぶ神社さん
大野調整池左岸近くに浮かぶ小島。鳥居と祠があるので神社さんですね。この近くに八ツ沢発電所へ送水する施設があります。

東京電力八ツ沢発電所 大野調整池
ここがその施設です。門柱に「東京電力八ツ沢発電所 大野調整池」の表札がかかっています。ここからは施設が見通せないですね。

大野調整池制水門
対岸からズームアップで撮りました。3連の除塵機が見えます。先ほどの案内板にあった「大野調整池制水門」です。
石造り、レンガ造り、コンクリート造りの7連制水門。延長36.8m、開渠付属。 
(八ツ沢発電所施設案内板より)
3連除塵機を通過した水は7連制水門→開渠→隧道→上水槽→水圧鉄管→八ツ沢発電所へ流れて行きます。

大野調整池制水門・開渠
7連制水門(水門巻上機が林立しています)通過後の開渠。ここから導水隧道に入ります。隧道に吸い込まれる用水が渦を巻いていました。隧道はなぜが一旦北へ向かいその後東へ転じ発電所上水槽へ向かっています。地理院地図の青色破線がそれです。

大野調整池余水路
大野調整池に入った発電用水の出口はもう一か所あります。
「大野調整池余水路」です。これは左岸から見た大野調整池余水路です。この池はカモ類の天国です。カモの群れが浮かんでいます。

大野調整池・余水路に通じる道
せっかくなので対岸まで余水路を見に行きました。池沿いのこんな道(施設管理用の道)を歩きました。遠くに堰堤が見えます。驚いたマガモの群れが飛び立ちました。

大野調整池余水路施設
余水路施設直前の進入禁止柵前に到着。柵の間から見た「大野調整池余水路」施設です。
右側越流堤を越えた水が余水路に入り手前の隧道に入ります。ここから隧道入口は見えないです。石造り、レンガ造り、コンクリート造り、延長425.4m。国指定重要文化財です。

余水路は隧道で桂川まで伸びていると思ったのですが延長425.4mと意外に短いです。地理院地図を見ると大野調整池堰堤東側法面に突然川筋が出現しすぐ下流で沢に合流し桂川に注いでいます。突然出現する川筋までが余水路隧道と思われます。

大野調整池の重要文化財施設をすべて見学しました。ここは桜の名所として知られています。もう一度来たいですね。(^σ^)

次回は八ツ沢発電所施設探訪記の最終回です。発電所周りを歩いてきました。

大野調整池堰堤の位置です。


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其の465 猿橋の水路橋下流の導水路を歩く・山梨県大月市富浜町

 前回は猿橋の第1号水路橋より上流の八ツ沢発電所諸施設を探訪しました。今回は水路橋下流の隧道や水路橋、導水路についてお伝えします。

八ツ沢発電所第1号水路橋
桂川の峡谷を渡る八ツ沢発電所第1号水路橋。渡ったところで導水路は第3号隧道に入ります。(第1号水路橋同様第3号隧道も国の重要文化財です。以下の隧道、水路橋も国の重要文化財です。)

前回取り上げた沈砂池~大月郷土資料館前開渠~第1号水路橋までの諸施設はそれぞれ名前(第1号隧道・第1号開渠・第2号隧道)があり、国の重要文化財に指定されています。

甲州街道
桂川に架かるアーチ型の橋から見たR20・甲州街道の北東方向。隧道導水路はおよそ400m先、甲州街道の南側で開渠導水路として地上に姿を現します。末尾に載せた地理院地図の青色破線が隧道です。

八ツ沢発電所第3号隧道出口
第3号隧道の出口を見つけました。導水路の上は金網で覆ってあります。

八ツ沢発電所第3号隧道出口と第2号水路橋
隧道出口付近に接近しました。水路橋が見えます。地図にあるように隧道を出た直後に第2号水路橋で沢を渡っています。

八ツ沢発電所導水路
隧道下流の人道橋から見た導水路下流方向の眺め。

八ツ沢発電所第4号隧道入口
眼前の山を第4号隧道で潜ります。正面のガードレールは甲州街道です。

八ツ沢発電所第4号隧道出口と第3号水路橋
山を抜けた第4号隧道の出口です。ここでも隧道を出た直後に第3号水路橋で沢を渡っています。渡り終えたら第5号隧道に入ります。前述のようにこれらの水路橋や隧道は国の重要文化財に指定されています。

八ツ沢発電所第4号隧道出口と第3号水路橋
第5号隧道上から見た第3号水路橋と第4号隧道出口です。

八ツ沢発電所第5号隧道出口
上記から100mほど下流、甲州街道南側の第5号隧道出口です。

八ツ沢発電所第5号隧道下流の人道橋
第5号隧道出口下流、導水路を渡る人道橋。

八ツ沢発電所第5号隧道下流の導水路
人道橋より導水路下流を望む。素晴らしい眺めです。今日はお天気に恵まれ本当に良かったです・・・。(^σ^)/

八ツ沢発電所導水路を跨ぐ水路橋
これは人道橋を兼ねた水路橋です。小さな水路が導水路を跨いでいます。

八ツ沢発電所導水路を跨ぐ水路橋
導水路を越え土手を下る小水路。導水路が農業用幹線水路であれば合流させるのでしょうが発電所の水車を回す用水ですからね。きちんと区別しています。

八ツ沢発電所導水路
開渠導水路の終点です。導水路は第6号隧道となり大野調整池(大野ダム)へ向かいます。

八ツ沢発電所第6号隧道入口より上流を望む
第6号隧道上に立ち今歩いた上流方向を眺めました。ここは山梨県大月市富沢町鳥沢です。

地理院地図を眺めても第6号隧道入口から先、大野調整池までの地上施設は見当たらず。(東電の資料によると大野調整池までに第6号~11号隧道があります。)
次回は大野調整池(大野ダム)について発表する予定です。

今回のスタート(第3号隧道出口・第2号水路橋)の位置です。


其の464 猿橋の八ツ沢発電所水路橋~取水口を訪ねる・山梨県大月市

 三年前、観光で訪れて知った猿橋の八ツ沢発電所水路橋。思わぬところで思わぬ発見をし、以来気になっていました。2月11日(日)建国記念日に取水口・放流口間にある導水路、調整池や発電所などの地上施設を一通り見てきました。

猿橋・山梨県大月市
有名な猿橋です。長さ31m、幅3.3mの木造の橋。

猿橋・山梨県大月市
猿橋・山梨県大月市
日本三奇橋・甲斐の猿橋。四層のはね木によって支えています。1月22日の大雪がまだ残っています。

八ツ沢発電所第一号水路橋
猿橋の下流に架かる橋、八ツ沢発電所水路橋です。下流の赤いアーチ型の橋はR20・甲州街道。

八ツ沢発電所第一号水路橋・大月市猿橋
猿橋駐車場からは真下に見えます。桂川の深い峡谷を渡る水路橋。水は手前から奥に向って流れています。
傍らの大月市教育委員会と東京電力連名の案内板によると
「八ツ沢発電所施設 第一号水路橋」といい、鉄筋コンクリート造り単アーチ橋、橋長42.7m、欄干柱付き、石造り擁壁及び階段付属。国の重要文化財に指定。

電気を得るためとは言え「ここまでやるか!」 水路橋を初めて見た時の印象です。八ツ沢発電所は明治45年(1912)完成だそうです。重機がない時代このような険しい峡谷でどのように施工したのでしょう。

水路橋の中を流れる水の行く先は八ツ沢発電所と分りました。
どこから来てどのような経路で発電所へ向かうのでしょう。今日は一日かけて猿橋の水路橋上下流の地上施設をすべて見るつもりです。徒歩での探訪は二日がかりになるので相模原愛川ICから車で探訪しました。

八ツ沢発電所第一号水路橋・大月市猿橋
これはR20・甲州街道から見た第一号水路橋です。上流に猿橋が見えます。

広重の「甲陽猿橋之図」
広重が見た猿橋です。猿橋を渡る旅人も描かれています。
広重の「甲陽猿橋之図」(大月市郷土資料館入館券より)

中央本線の隧道跡・大月市猿橋
甲州街道からは中央本線の廃止隧道跡も見えました。左下が第一号水路橋。写真中央がレンガ造りの隧道跡です。この辺は鉄道ファンにとっても面白そうなところです。

中央本線の隧道跡・大月市猿橋
対岸の道路沿いに隧道の入口がそっくり残っています。

八ツ沢発電所導水路・大月郷土資料館前
これは第一号水路橋から300mほど上流、大月市郷土資料館前の導水路です。取水口から始まる導水路は隧道でここまで来て開渠となり、前方でまた隧道に入ります。隧道入口前に余水吐があり桂川へ戻すようになっています。

八ツ沢発電所導水路・大月郷土資料館前
導水路は金網で覆われています。安全対策と落葉などのゴミ除けのためと思います。

八ツ沢発電所・取水口制水門
大月市郷土資料館前の開渠からおよそ1.2km上流の桂川右岸の取水口です。
大月市教育委員会・東京電力連名の案内板によると
八ツ沢発電所施設「取水口制水門」と言います。石造、レンガ造、及びコンクリート造の4連制水門。延長53.9m。右端は取水堰堤の一部土砂吐門。ここからは見えませんが魚道付きの延長101.7mの「取水堰堤」と共に取水口制水門は国の重要文化財に指定されています。

付近に掲示の水利利用標識によると
河川名:一級河川相模川水系相模川(桂川)
水利使用目的:発電  取水量:27.83㎥/秒

とあり、取水口からの取水量は27.83㎥/秒です。

八ツ沢発電所施設現地案内板
大月市教育委員会・東京電力連名の八ツ沢発電所施設案内板です。

八ツ沢発電所・取水口沈砂池
取水口制水門付近から下流方向を見ました。延長283.7mの「取水口沈砂池」です。スクリーンを通過した後、分水しています。取水口沈砂池も国の重要文化財です。

八ツ沢発電所・取水施設
少し下流から見た取水施設と沈砂池。取水口制水門の下流に土砂吐門が見えます。取水口制水門前の流れは駒橋発電所の放流水です。八ツ沢発電所は両方の水を合せて利用していることになります。

八ツ沢発電所・沈砂池
取水口沈砂池下流の様子です。分けた水が合流し右手の方へ流れて行きます。

八ツ沢発電所・沈砂池末端の隧道入口
右手コーナーに隧道入口がありました。ここから大月郷土資料館前、猿橋下流の第一水路橋を流下し八ツ沢発電所へ向かいます。

八ツ沢発電所沈砂池の付属施設
隧道入口付近のこれは越流堤?でしょうか。ゲートがあるので排水施設と思われます。沈砂池付属施設に溺堤があるそうですがどれを指すかよく分かりません。

八ツ沢発電所・沈砂池末端の隧道入口
隧道入口上の管理橋から取水口沈砂池上流を見ました。ちょっと怖い光景ですが、ここが八ツ沢発電所導水路の始まりです。取水口制水門からおよそ14kmを流れ下り上野原市の八ツ沢発電所の水車を回すんですね・・・。ちょっとだけ感動!(^σ^)

駒橋発電所
取水口沈砂池から見た駒橋発電所の水圧鉄管です。

駒橋発電所水圧鉄管
道沿い直下から見た迫力ある駒橋発電所水圧鉄管です。

桂川右岸の駒橋発電所
おしまいに駒橋発電所上流の橋から見た桂川の流れです。
右岸に駒橋発電所の建屋、水圧鉄管、変電所、送電線鉄塔などが見えます。
八ツ沢発電所の施設、延長101.7mの「取水堰堤」を見られるかと期待したのですが残念ながらもう少し下流に在るようです。

猿橋の水路橋より上流の八ツ沢発電所施設を見学しました。
次回は猿橋水路橋より下流の地上施設、導水路について発表する予定です。

猿橋の第一号水路橋の位置です。導水路は青色破線表示。


其の463 お台場へ行ってきました・東京都港区台場

 世間ではよく知られた「お台場」。以前から興味があり一度は訪ねたいと思っていました。タイミングよく相模原市立博物館の民俗探訪会でお台場他を巡る企画があり参加しました。今回は水辺歩きの番外編です。

都立台場公園(第三台場)
2月14日(水)晴れ、最寄の東京テレポート駅からお台場海浜公園にやって来ました。対岸は高層ビル群。右側石垣が「お台場」です。目の前の砂浜は人工的な砂浜で伊豆諸島の神津島の砂を使用しているそうです。

都立台場公園(第三台場)
お台場海浜公園の砂浜はお台場につながっています。右手へ進みます。

お台場海浜公園の河津桜
途中見たお台場海浜公園の河津桜。1週間ほど前に姥川沿いで膨らみ出したつぼみを見たばかりです。

都立台場公園(第三台場)
お台場海浜公園から階段を上ってお台場に上陸しました。

都立台場公園(第三台場)
上陸地点から見たお台場の中の様子。お台場海浜公園からは全体がフラットな台地に見えたのですが中は平らな窪地になっています。お台場は正式名「都立台場公園(第三台場)」と言います。

都立台場公園(第三台場)平面図
都立台場公園案内板の「台場平面図」です。
案内板によると周りは海面から高さ5~7mの石垣積みの土手。土手には黒松が植えられ、平坦な窪地には陣屋、弾薬庫跡がある。
「お台場」の名で知られる品川台場は、江戸幕府が黒船来襲にそなえて、品川沖に築いた砲台跡。ペリーが浦賀に来航した翌月の嘉永6年(1853)8月着工、1年3か月で6基が完成。その内第三台場と第六台場が現存する。
 (案内板より抜粋)

第六台場
第三台場西の第六台場。第三台場も周りは海でした。昔のお台場を知るには今昔マップという重宝な資料があります。

今昔マップです。(今昔マップon the webより)

1896~1909年にセットした今昔マップです。中央が第三台場。年代を変えることにより周辺の埋め立てを含め変遷が解ります。大きな地図は右欄サイドバーからリンクできます。

以下は台場公園(第三台場)内の施設跡です。
都立台場公園(第三台場)砲台跡
土手上、南向きのコンクリート製砲台が2基。位置表示のための復元?と思われます。

都立台場公園(第三台場)かまど場跡
かまど場跡。江戸時代のものではないそうです。

都立台場公園(第三台場)陣屋跡
陣屋跡です。グループから離れ勝手に歩き回っています。

都立台場公園(第三台場)階段と弾薬庫跡
東側角地の階段とその右側は弾薬庫跡。土手の南面と西面に弾薬庫があります。敵艦は南、西方向から撃ってくると想定したのでしょう。

都立台場公園(第三台場)北側角の通路
北側角地の通路。石垣が途切れています。物資搬入用でしょうね。石垣左側に東京市の史蹟記念碑が立っていました。

都立台場公園(第三台場)北側角の船着き場
通路の先には船着き場があります。

ゆりかもめからの眺め
お台場見学後ゆりかもめで新橋に向いました。最後尾車両からの眺め。

旧新橋停車場プラットホーム
旧新橋停車場・鉄道歴史展示室を見学しました。
レストランライオンから見た旧新橋停車場のプラットホーム。

旧新橋停車場のゼロ哩標識
プラットホーム東側の「ゼロ哩(マイル)標識」と復元された双頭レールの線路。

愛宕神社の出世の石段
次に大神輿が有名な烏森神社を訪ねたあと愛宕神社へ。曲垣平九郎が馬で駆け上がった出世の石段です。

愛宕神社の出世の石段 愛宕神社の出世の石段
おしまいに石段真下からと参拝後に真上から見た出世の石段。帰りは女階段で下りました。

このあと増上寺、泉岳寺へ向かいましたが今回はこの辺で・・・。

其の462 姥川源流を訪ねる③・相模原市中央区 日金沢橋~源流

 前回の続き、姥川源流探訪の最終回です。2月7日(水)晴れの日に探訪しました。

日金沢橋より姥川上流を望む
日金沢橋より姥川上流を望む。左岸は蛇籠護岸、右岸はブロック積護岸です。

横山丘陵緑地
日金沢橋上流左岸一帯は「横山丘陵緑地」として公園化されているので園内を歩きます。段丘崖の森の散策路。丹沢山地が望める展望台もあります。

横山丘陵緑地を流れる姥川
姥川沿いの散策路へ下りました。相変わらず左岸は蛇籠護岸、右岸はブロック積護岸です。

横山丘陵緑地の泉
崖から湧き出た小さな泉。姥川の源流の一つです。

姥川右岸雨水管
右岸には雨水下水管の放流口があります。四角のフラップゲートは道路側溝から直接放流でしょうか。中央の黒いパイプは何でしょう。

姥川・せどむら橋
せどむら橋の手前までやってきました。川沿いの散策路はここまでです。

せどむら橋たもとの石造物群
せどむら橋たもとの石像物群です。庚申塔、地神塔、道祖神など。

せどむら坂の防空壕
せどむら坂で昔懐かしい防空壕を発見しました。戦後、名古屋市内の切通し道に残っている防空壕を見たことがあります。

せどむら橋上流の姥川
せどむら橋上流の姥川です。最近改修工事が終わったばかりのようです。左岸は蛇籠護岸ですが、右岸が玉石護岸に変わりました。玉石をよく見るとセメントで固めていないので隙間があります。湧水を通しやすくしています。

幸来橋より姥川下流を見る
川沿いに道がなく大きく迂回しました。せどむら橋から500mほど上流の幸来橋から見た姥川です。

幸来橋より姥川上流を見る
幸来橋から姥川上流を見ました。低水路の河道に溝が切ってあります。細い川になりました。いよいよ源流近しです。

姥川第一雨水幹線吐口
幸来橋のひとつ上流の橋から見た姥川です。制水門があります。この橋は30年ほど前に車で渡った記憶があります。その時は暗渠の開口がぽっかりと口を開けているのみでゲートはなかったですね。制水門のあるここが相模原市管理の準用河川姥川上流端です。

姥川第一雨水幹線
制水門の上流は暗渠です。相模原市のHPを読むと姥川上流端は「姥川第1雨水幹線の吐口」とも書いてあるので、姥川源流は雨水下水幹線と言うことになります。前方の高架橋はR129。

姥川第一雨水幹線吐口より下流を見る
これは制水門から下流方向を見たところです。
今日はお天気なのに雨水下水路に流れがあります。湧水を集めた流れと思われます。

幸来橋上流より姥川下流を望む
下流の橋からさらに下流を見ました。前方の橋が幸来橋です。

鳩川同様あっけない幕切れとなりましたが、最後まで流れを見られたのは良かったですね。実際に姥川の流れを作っているのは途中見た泉や目に見えない蛇籠・玉石護岸からの湧水です。これら相模原段丘崖から湧き出す湧水がほんとうの姥川源流と言えると思います。
先日探訪を終えた鳩川上流部は鋼矢板護岸の排水路のような川でした。どちらも田名原段丘面を流れる兄弟のような川ですが姥川はこの点が大きく異なりますね・・・。

姥川第1雨水幹線の吐口の位置です。

其の461 姥川源流を訪ねる②・相模原市中央区 かじこ橋~日金沢橋

 姥川河口から源流目指して歩いています。2月7日(水)晴れの日に探訪しました。

瑞穂橋より姥川上流を望む
前回はかじこ橋まで進みました。その上流、瑞穂橋人道橋より姥川上流を望む。上流にまた水管橋が見えます。

廃止河川・姥川瑞穂橋付近 廃止河川・姥川瑞穂橋付近
川沿いの道がないので迂回しましたが、途中で廃川を見つけました。
左の写真は道の左側、廃川の上流側です。右側の写真は下流側で奥の高台は姥川左岸です。手前のガードレールは橋跡ですね。何かの事情で廃川になったみたいです。

虹吹橋水管橋
瑞穂橋から見えた水管橋です。神奈川県営水道の虹吹橋水管橋です。銘板によると
支間長23m、径1000mmの鋼管製、昭和63年完成。

虹吹橋の庚申塔
虹吹橋たもとの庚申塔二体。どちらも文字塔です。

田島橋より姥川下流を望む
その上流、田島橋から見た姥川下流方向です。田島橋のすぐ東側は道保川公園で道保川の源流域です。

姥川の丸崎橋
丸崎橋です。姥川は田名原段丘面を流れています。この道の前方の坂を上ると上段の相模原段丘面に至ります。後述しますが、姥川は相模原段丘崖からの湧水を集めながら流れを作っています。

丸崎橋より姥川上流を望む
丸崎橋より姥川上流を望む。正面は段丘崖の森です。

藤橋の神奈川県営水道水管橋
川沿いの道がないので迂回し藤橋まで来ました。姥川を渡る神奈川県営水道北相送水管、口径1000mmの水管橋です。

姥川を渡るJR相模線
その上流でJR相模線が渡っています。相模線は相模原段丘崖を上るので右方向に上り勾配です。地元にいながら初めて見る景色です。電車の窓からはしょっちゅう見ていますけどね。フェンス沿いの並木は河津桜です。

姥川沿いの河津桜
開花間近の河津桜。

相模線の土手から姥川上流を望む
JR相模線の向こう側土手下から見た姥川上流方向です。これも今回の探訪がなければ見ることはなかった景色です。

田中橋より姥川上流を望む
その上流田中橋より姥川上流を望む。また水管橋が架かっています。径1000mmの北相送水管です。姥川が蛇行しているのでたびたび同じ川を水管橋で渡ります。これが最後の水管橋です。

姥川田中橋上流の越流堤?&排水口?
田中橋上流左岸護岸の上下にスクリーンのようなものが設置してあります。上は横長なので越流堤、下は小型なので排水口のように見えます。地下に調節池のような施設があるか、または放水路の入口でしょうか? 初めて見る謎の施設です。今日の探訪行で最大の収穫になるかも知れないですね。(^σ^)

堰の神橋より姥川下流を望む
上流の堰の神橋からも謎の施設は見えます。ちょうど右カーブ地点にあり水を取入れやすいところです。

堰の神橋より姥川上流を望む
堰の神橋から上流を見ました。JR相模線上溝駅近くです。上流の橋は県道57号線姥川橋。

姥川橋より姥川上流を望む
姥川橋より姥川上流を望む。深い谷を流れています。

姥川・ダイエー上溝店付近
ダイエー上溝店駐車場から見た姥川上流。左岸の森は相模原段丘崖(相模横山丘陵)です。

姥川左岸の蛇籠護岸
その上流です。左岸はそれまでのブロック積み護岸から蛇籠護岸に変わりました。段丘崖からの湧水を受け入れやすい工夫をしています。

県道503号線日金沢橋
県道503号線日金沢橋です。前方の段丘崖の坂を上るとJR横浜線相模原駅に至ります。

日金沢橋欄干の照手姫のレリーフ
日金沢橋欄干の照手姫のレリーフ。
「戦国の世、この地に住んだと伝わる横山将監の娘照手姫は、この沢のほとりから湧く清水をつかい、日に日に紅かねをつけ粧いをこらしたという」 (レリーフより)
各地に伝承があるみたいですね。小栗判官と照手姫の墓が藤沢の遊行寺にあり、お参りしたことがあります。

あと少しで源流ですが長くなるので今回はここまでです。次回は最終回です。

かじこ橋の位置です。


其の460 姥川源流を訪ねる①・相模原市南区下溝~かじこ橋

 2月7日(水)晴れ、鳩川の東側を並んで流れる姥川(うばがわ)を歩いてきました。姥川は横浜水道みちや神奈川県営水道みちを歩いた時に交差したので断片的に知っています。河口から通しで歩くのは初めてです。どのような川か楽しみですね・・・。

相模原市下溝、鳩川・姥川合流点
鳩川源流探訪で通った鳩川・姥川合流点に再びやってきました。右側から合流する川が姥川です。

姥川はこんな川です。散策するには手ごろな長さです。
姥川は、相模原市中央区上溝1丁目を上流端とし、横山丘陵の山際を流れ、下溝地内の天応院付近で鳩川と合流する延長約6.5 ㎞の準用河川である。(相模原市HPより)

姥川・天竜橋下流
合流点上流の姥川。上流の橋は天応院前の天竜橋です。

天竜橋より姥川上流を望む
天竜橋より姥川上流を望む。自由気ままに蛇行しています。

県道52号線舛田橋と水管橋
県道52号線舛田橋まで来ました。水管橋が架かっています。
この水管橋は神奈川県営水道の北相送水管・中津支管と言い谷ケ原浄水場から愛川町の中津配水池へ向かっています。
管径はΦ800mm。

舛田橋より姥川上流を望む
舛田橋から姥川上流を見ると左岸側に調整池があります。護岸にその排水フラップゲートが見えます。

下原西雨水調整池
調整池の中の様子です。相模原市の施設で「下原西雨水調整池」と言います。容量は2,993㎥。

土地区画整理事業完成記念碑・新中丸橋付近
新中丸橋付近の土地区画整理事業完成記念碑。碑文によると、事業に先立つ埋蔵物発掘調査で「下原遺跡」と呼ばれる縄文時代中期(4、5千年前)の竪穴住居跡が見つかり石器土器が多数出土したそうです。

新中丸橋より姥川上流を望む
新中丸橋から見た姥川上流の景色。右岸に調整池が見えます。

横浜水道みち・中の沢水管橋
その上流、横浜水道みち下原橋と道志川系の水管橋です。
鳩川源流探訪記で取り上げた鳩川水管橋跡の下流、東側の施設です。

横浜市水道局 中の沢水管橋
橋長:25.68m 支間長:22.0m
型式:パイプビーム形式  管径:1500A
竣工:昭和61年3月  請負者:三菱重工業株式会社

(銘板より)

中の沢とは姥川のことです。姥川の西側を流れる川が鳩川(一の沢)、東側を流れる川が道保川(三の沢・東沢)、間を流れる川が姥川(中の沢)です。

中丸第1雨水調整池
下原橋より姥川上流を望む。右岸に調整池があります。調整池が多いですね・・・。「中丸第1雨水調整池」と言います。
容量は903㎥。

下原橋付近の姥川
その上流、右岸から見た姥川。くねくねと蛇行しています。今昔マップで一番古い地図(明治39年測図)を開くと当時の河道と現在の河道が比較できますが、全く変わりがないですね。

上中丸第2雨水調整池
中の沢橋から見た姥川上流方向です。右岸側の調整池は「上中丸第2雨水調整池」と言い相模原市が造った施設です。容量は1,605㎥。

下古山橋より姥川上流を見る
下古山橋から見た姥川上流方向です。ここでカワセミの飛翔を見ました。珍しいセグロセキレイも見かけました。

古山橋より姥川上流を望む
その上流の古山橋より姥川上流を望む。鳩川と違い川沿いの散策路がないのでコノ字型迂回を繰り返します。

古山橋たもとの追分
古山橋西詰めの追分。左の道が当麻山無量光寺へ通じる「当麻山道」です。

古山橋たもとの当麻山道
こちらは古山橋東詰めから淵野辺方面へ通じる「当麻山道」。

当麻山道の案内碑
その先の道沿いに相模原市が立てた「当麻山道」の案内碑。
当麻山道
北東 淵野辺方面、 南西 当麻方面 おもに当麻山無量光寺へお参りに行く人々が行き来した道なのでこの名があります。またこの道が村の境だったので「境道」または単に「おおみち」とも呼ばれていました。 
(案内碑より)

古山橋たもとの石像
これは古山橋たもとの石像です。左から庚申塔、聖徳太子塔、馬頭観世音。

古山橋たもとの庚申塔
左側の庚申塔です。宝暦六年と刻まれていました。1756年造立です。

かじこ橋の神奈川県営水道水管橋
その上流、かじこ橋の神奈川県営水道の水管橋です。銘板がなく名前は不明です。谷ケ原浄水場を出た北相送水管が東側道路地下を北から南に下っているのでその支管と思われます。道路上のバタフライ弁マンホールフタによると管径は900mm。
ここは相模原市南区下溝から中央区上溝に入っています。

姥川・かじこ橋上流
かじこ橋上流右岸から姥川を見ました。蛇行する姥川。

途中ですが今回はここまでです。次回に続きます。

姥川、鳩川合流点の位置です。

其の459 鳩川源流を訪ねる⑩・上三谷橋~上九沢の源流

 鳩川源流シリーズ最終回です。1月29日(月)晴れの日に探訪しました。

四ツ谷さくら橋より鳩川を望む
前回は上三谷橋まで進みました。一つ上流の橋、四ッ谷さくら橋より鳩川上流を望む。向かって左側(右岸側)は谷間を利用した調節池になっています。

鳩川・四ッ谷さくら橋
上流側から見た四ッ谷さくら橋と鳩川。調節池堰堤手前、鳩川右岸に調節池の排水ゲートが見えます。

余談ですが相模原畑かん用水路・鳩川サイフォンはかつてここを水路橋で渡っていました。水路橋で渡るサイフォンは珍しいと思いますよ。 「其の80 鳩川サイフォンは水路橋!?」

鳩川右岸の越流堤・四ッ谷さくら橋上流
調節池上流、鳩川右岸の越流堤です。

鳩川・四ッ谷さくら橋上流
調節池上流端より鳩川上流を望む。平瀬川、三沢川、目久尻川もそうでしたが上流部はこのような排水路のような川に変わります。

鳩川・久沢橋
その上流、県道63号線九沢橋です。

大山道の案内碑
九沢橋付近の大山道の道標。九沢橋を南に進むと相模川沿い水郷田名に至ります。北へ進むと八王子街道で昔大山参りの人々が通った道です。

葛輪第二ふれあい橋より鳩川を望む
その上流、葛輪第二ふれあい橋より鳩川上流を望む。流れがありません。

西内出橋より鳩川を望む
そこから500mほど上流の西内出橋より鳩川下流を望む。右側は河川用地です。河川管理者である相模原市河川整備課の立入禁止看板が立っていました。

西内出橋上流の鳩川と調節池
西内出橋上流の鳩川。川が並行して流れているように見えますが、左岸側は調節池です。西内出橋の上流側に排水ゲートがありました。

鳩川の越流堤・大沢団地付近
大沢団地のはずれで見つけた左岸の越流堤です。

鳩川の無名橋・六地蔵付近
六地蔵付近の無名橋。橋のこちらは下九沢、向こう側が上九沢。

六地蔵付近の鳩川
無名橋より鳩川上流を望む。鳩川は下九沢と上九沢を分ける境界になっています。源流までこの位置関係は続きます。

上九沢バス停付近の鳩川
バス停上九沢付近より鳩川上流を望む。右側は河川用地です。これからは似たような風景が続きます。

上九沢、下九沢境界を流れる鳩川
その上流の無名橋より鳩川上流を望む。

県道508号線内出交差点付近
県道508号線案内標識
道がないので県道508号線を歩き内出交差点近くまで来ました。県道508号線を直進すると津久井、城山方面です。

鳩川に架かる内出橋
内出交差点南側の内出橋に着きました。中央が親柱と欄干で、右手がたどってきた鳩川下流方向です。

内出橋より鳩川下流を望む
内出橋より鳩川下流を見ました。普通の開かれた鳩川を見たのはこれが最後です。前述のように内出橋下流端までが相模原市管理の準用河川鳩川です。

内出橋より暗渠の鳩川上流を見る
内出橋の上流側に欄干や親柱はありません。このように暗渠に変わります。管理はたぶん相模原市下水道部と思われます。

暗渠の鳩川
暗渠水路の上を追っかけます。県道508号線沿いに出てきました。グレーチング点検フタ越しに鳩川の流れが見えました。

暗渠の鳩川
住宅の間を暗渠水路のフタが続きます。

暗渠の鳩川
橋の跡が残っていました。右が下流方向です。

暗渠の鳩川
この写真は暗渠水路下流、東方向を見たところです。これより上流、私の背後に暗渠フタはありません。ここは県道508号線上九沢団地北側交差点を南に入ったところです。

暗渠の鳩川起点(源流)
上の写真の遠景です。道路西側から見た暗渠水路の起点です。建物と樹木の間、中央の白いフェンスから暗渠水路が始まっています。

「旗川(鳩川)」の案内碑
白いフェンス脇、相模原市が立てた「旗川(鳩川)」の案内碑。
この鳩川は、江戸から明治時代ころにかけては旗川(はたがわ)とも呼ばれていました。さらに下流では「ながとろ」「一の沢」「谷つ川」などの呼び名もありました。

確かに探訪途中に旗川橋、一の沢橋、長瀞橋などの橋がありました。橋名にその呼び名が残っています。

鳩川源流の流れを見ることもなくあっけない幕切れでしたが、今日はここが源流と言うことで探訪を終えました。これより西は相模原市緑区川尻地区に入ります。暗渠水路化以前は川尻地区に鳩川源流があったと思われます。

鳩川河口からここまでの延長を地図で計測しました。河口はさくら橋とし延長20.2kmを延べ4日かけて歩きました。多様な治水施設、少ないながら利水施設も見られて勉強になりました。

鳩川暗渠起点(源流)の位置です。

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其の458 鳩川源流を訪ねる⑨・番田駅付近今橋~上三谷橋

 前回の続きです。1月29日(月)晴れの日に探訪しました。

鳩川を渡るJR相模線・相模原市上溝
前回はJR相模線番田駅付近今橋まで進みました。
その上流で相模線が鳩川を渡っています。左が茅ヶ崎方面で、右は上溝駅から河岸段丘崖を上り横浜線橋本駅に至ります。

鳩川の田尻橋
相模線の上流の橋、田尻橋です。水道管が渡っています。初めて見る水管橋ですがこの辺りは神奈川県営水道の給水エリアなので谷ケ原浄水場を発した北相送水管の支管と思われます。我が家の蛇口から出る水道は多分この水道管の枝管と思います。

県道46号線千年橋
すぐ上流の県道46号線、千年橋です。ここで鳩川の管理者が変わります。海老名市の相模川合流点から千年橋上流端までは一級河川として神奈川県が管理。千年橋上流端から内出橋下流端までは準用河川(昭和53 年10 月指定)として相模原市が管理しています。

鳩川の千年橋と人道橋
千年橋まで来たところで川面すれすれに飛ぶ二羽のカワセミを見ました。河口からたどって来て初めて見るカワセミです。鳩川分水路新三段の滝により相模川から魚の遡上が絶たれていますが、この辺りに昔から棲息しているアブラハヤのような小魚がしぶとく繁殖している証明になります。この写真は千年橋と人道橋の間の雨水下水管放流口です。放流口の下は水深がありよく見ると小魚が群れています。カワセミにとっては絶好の餌場ですね。

千年橋より鳩川上流を望む
千年橋人道橋より鳩川上流を望む。22日の大雪から一週間、雪がまだ残っています。

与次右エ門橋より鳩川上流を望む
その上流、与次右エ門橋より鳩川上流を望む。

鳩川新橋
県道54号線鳩川新橋です。橋のたもとに相模原市の水質観測所がありましたが今は使われていないようです。私の生活圏なのでこの橋を毎日のように渡ります。

妙見橋より鳩川上流を望む
妙見橋上流の鳩川。両岸とも住宅がびっしりです。昔は生活排水が流れ込んでいたと思うのですが下水道普及により清流が戻ってきました。相模原市の公共下水道汚水人口普及率は96.2%です。

久保橋付近の馬頭観音像
久保橋付近、路傍の馬頭観音像。元の場所を尊重し塀を動かしています。

長瀞橋より鳩川上流を望む
長瀞橋より鳩川上流を望む。鳩川は江戸から明治にかけ「ながとろ」とも呼ばれていました。

かんたで橋より鳩川上流を望む
かんたで橋より鳩川上流を望む。水中の黄緑色の水草が目立ちます。春近しですね。

川辺公園から見た鳩川
川辺公園から見た鳩川。上流の橋は山谷橋です。

R129四ツ谷橋下流の鳩川
R129四ツ谷橋下流の鳩川。前方の橋が四ツ谷橋です。

四ツ谷橋より鳩川上流を望む
四ツ谷橋より鳩川上流を望む。

上溝四ツ谷第2雨水調整池
四ツ谷橋上流右岸の雨水調整池です。公園の地下が調整池になっています。「上溝四ツ谷第2雨水調整池」と言い、容量は596㎥。

上三谷橋下流の鳩川
上三谷橋下流の鳩川。護岸の高さが凄いです。5m位ありそうです。

上溝雨水調整池
上三谷橋たもと下り坂に設置の雨水調整池。「上溝雨水調整池」と言います。容量は156㎥と小規模。道路側溝から直接流入します。

上三谷橋より鳩川上流を望む
上三谷橋より鳩川上流を望む。ここは神奈川県営水道みちを歩いた時に通りました。この橋の川底を県営水道北相送水管が横断しています。

上三谷橋上流の湧水
上三谷橋上流左岸から湧水が流れ込んでいます。

湧水と言えば、その昔(昭和36年~62年3月まで)上溝四ツ谷地内の鳩川沿い湧水を利用した相模原市営工業用水道があったそうです。鳩川の利水施設は珍しいので取水地点に遺構があれば訪ねてみたいですね。

上三谷橋上流の施設
すぐ上流右岸に調整池のような池があり中央に施設があります。何でしょうかね気になります。

今回は特に注目すべき治水利水施設がなく淡々とした流れになりました。次回は最終回で源流に到達します。治水施設も発表する予定です。

今回の記念は一昨日の皆既月食の模様です。1月31日はちょうど満月でした。満月が見る見る欠けちゃいますω・・・。
2018.01.31皆既月食 2018.01.31皆既月食 2018.01.31皆既月食
撮影時刻は左から21:07、21:31、21:57

今回のスタート今橋の位置です。