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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の446 中津川の霞堤を訪ねる・神奈川県厚木市

 読者の地元ティー!さんの情報により中津川の霞堤を見に行ってきました。季節風が強く吹いた12月17日(日)に探訪しました。

鮎津橋より大山を望む
鮎津橋より大山を望む。中津川に架かる鮎津橋を渡りました。北風が強くくっきりとした今日の大山です。大山信仰で有名な大山は鳥取県の「伯耆大山」に対して「相州大山」とも呼ばれるそうです。
前回までの愛川町角田の中津川探訪では車を利用しましたが、今日は金田下宿バス停からの歩きです。

中津川
中津川右岸堤防上の道を上流に向かって歩きます。自動車は通行止めなので散策にはうってつけの道です。

中津川・神奈川県厚木市
上流にR246・129中津川橋が見えます。堤防下に川の流れが現れました。中津川本流ではなく中津川橋付近で合流した小河川です。

中津川
堤防は中津川橋手前から大きく左カーブし中津川から西へ逸れて行きます。右側河川敷内は草木が生い茂りジャングルのようです。

中津川橋西詰
中津川橋西詰めまで来ました。堤防はまだ先まで続いています。この堤防はいつのまにか小河川の堤防になっています。
上流の中津川右岸堤防から見れば二重堤防に見えますね。

中津川橋と中津川右岸堤防
中津川橋を潜り北側堤防上から東の方向を見ました。中津川橋より上流は河川敷を埋立て畑や乗馬クラブとして利用しています。乗馬クラブの東側に南北に延びる中津川右岸堤防が見えます。距離はここから100mほどでしょうか。歩いているうちにいつの間にか100mも離れてしまいました。霞んで見えます。正に霞堤ですね。(^σ^)

中津川橋北の蟹渕川堤防
上記地点から北方向を見ました。地図によると小河川の堤防はこのまま反田信号東付近まで続いています。

中津川右岸堤防
乗馬クラブ東側、中津川橋北側の中津川右岸堤防です。
「一級河川中津川 神奈川県」の河川標識が立っています。

中津川右岸堤防
中津川橋南から見た中津川右岸堤防。写真右側が堤防です。

中津川右岸堤防
更にその南、右側の小山が中津川右岸堤防の南端です。小河川が中津川に合流するため中津川右岸堤防はいわゆる「堤防の不連続・霞堤」になっています。

中津川に合流する蟹渕川
これは途中見た中津川へ合流する小河川です。中津川橋の南側暗渠出口から河川敷内に合流したところです。

中津川に合流する蟹渕川
暗渠出口の上に立ち小河川下流を見ました。中津川が大雨で洪水になればこれより下流の河川敷は本川からの逆流により水に浸かると思いますが、実際には上流の多目的ダム・宮ヶ瀬ダムが機能するのでその心配は無用と思われます。
宮ヶ瀬ダムがなかった時代(開渠で埋立てもされていなかった時代)は霞堤から逆流した流れを溜める調節池になっていたかもしれませんね・・・。

厚木市のお知らせ看板・蟹渕川河口
暗渠出口の厚木市河川課のお知らせ看板です。河川名を知りたかったのですが普通河川としか書いてないです。この川を上流へたどったのでのちほど河川名は蟹渕川と判明します。


1975~1978年にセットした今昔マップです。(今昔マップon the webより)

二重堤防の様子がよく分かります。年代を切替えれば河川や道路の変遷が分かります。大きなサイズのマップは右欄サイドバーからリンク可。検索窓に「厚木市中津川橋」で開きます。

蟹渕川暗渠
暗渠出口から見た上流方向。上流へたどってみることにしました。

蟹渕川暗渠
畑の中を進みます。右の方にリバーサイド乗馬クラブがあります。

蟹渕川暗渠
反田交差点東側の暗渠。前方は袋小路で行き止まりです。

蟹渕川暗渠
妻田北2丁目の暗渠水路と思われる道。目の前に厚木市の都市下水マンホールがあります。

蟹渕川暗渠
睦合東中前です。厚木市の都市下水マンホールがあります。

蟹渕川暗渠のマンホールフタ
上記の厚木市都市下水マンホールフタです。

蟹渕川
睦合東中グランド付近で開渠になりました。

蟹渕川
150mくらい進むとまた暗渠になります。暗渠出口より小河川下流を望む。おやぁ~どこかで見た風景ですね・・・。それもそのはず3年前に才戸橋の三田頭首工から三田用水をたどった時にここまで来たことがあります。「其の177」

蟹渕川
近くの暗渠入口より小河川上流を望む。この川は「三田せせらぎの小道」の流末で、蟹渕川と三田用水から引いたせせらぎが合わさった川です。これより上流「三田せせらぎの小道」の起点からここまでは歩いたことがあるので本日の探訪はここで打ち切りました。

三田せせらぎの小道
「三田せせらぎの小道」の案内板です。下部はボックスカルバート製で蟹渕川が流れ、上部は三田用水から引いたせせらぎになっています。今日たどった小河川は蟹渕川でした。

関連記事
「其の176 三田頭首工を訪ねる①」 (2014/09投稿)
「其の177 三田頭首工を訪ねる②」 (2014/09投稿)

今年最後の投稿です。皆さま良いお年をお迎えください。
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其の445 中津川の廃橋/ほんとうの海底橋を訪ねる・神奈川県愛川町角田海底

 「其の443」で中津川の廃橋を取り上げました。現地の車両通行禁止看板に海底橋(おぞこばし)とあり、廃橋の名前は海底橋と思い込んだのですが記事を書きながらどうもおかしいと気付きました。あれこれ考え行動した結果ほんとうの海底橋が分かったので発表します。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
廃橋の写真を再掲します。(クリックで拡大します。)車両通行禁止看板の右肩に「海底橋」とあり青色ペンキで塗りつぶしてあります。左側に看板設置者の名前が「愛川町・角田区 厚木警察署」とかろうじて読み取れます。
この写真情報を元に「愛川町廃橋海底橋」でググると当然のようにこの廃橋の記事・画像共多数ヒットします。廃橋の名称が「海底橋」と定着してしまった感があります。嘘からでた誠と言うか誤解からでた誠になっていますね・・・。

私がおかしいなと感じた点は
(1) ここは愛川町角田幣山と言うところです。幣山に在る廃橋なのに海底橋とはこれ如何に?
(2) 海底地区はここより西方、角田大橋上流右岸にある集落です。
(3) 看板の青ペンキは誰が塗ったか?
世の中には公共施設にペンキで落書きをする不心得者がいます。初めは不心得者の仕業と思いました。しかし看板設置者が塗ったとすればどうでしょう? 私はほんとうの海底橋に掛かっていた注意看板をこの廃橋(当時は現役の橋)に流用したのではと推測しました。素直に読めばこの橋は海底橋ではありませんよと言っているわけです。

こんな時頼りになるのが今昔マップです。海底集落の橋の所在を確認しました。想像通り架橋されていましたよ。(^σ^)

今昔マップ(今昔マップon the webより)


(1)1965~1968年にセットした今昔マップです。
橋名表示はありませんが海底・戸倉間の橋が海底橋です。右側下流にある橋が幣山の廃橋(当時は現役の橋)です。
(2)次に年代を1983~1987年に切り替えると海底橋がなくなり下流に橋が出現します。現在の角田大橋です。幣山の橋はまだ健在です。この頃に海底橋の車両禁止看板を幣山の橋へ流用したものと思われます。
(3)1992~1995年に切り替えると幣山の橋も消えています。角田大橋の完成により二つの橋は役目を終えたことが分かります。
大きいサイズの今昔マップは右欄サイドバーからリンクできます。(検索窓に「愛川町海底」と入力)

海底・戸倉間に架橋されていた海底橋の写真は愛川町HP「写真で振り返る愛川町・60年の歩み」に角田・海底橋(昭和8年)として掲載されています。
車両通行禁止の看板は元々この橋のたもとに掛かっていました。写真にあるように吊橋でした。

中津川海底より対岸の戸倉を望む
これは中津川右岸の海底から対岸の戸倉を見たところです。大きな建物は介護老人保健施設せせらぎ。海底橋はここに架かっていました。海底橋の基礎部分の遺構があるそうですがこのように草が生い茂り確認できなかったですね。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
残る疑問です。この幣山の廃橋は現役の頃なんと呼ばれていたのでしょう? ちゃんとした名前があったはずです。
愛川町役場に照会して教えてもらいました。
地区の古老の話では特に正式名称はなかった。橋の鉄材が赤く塗装されていたことから「赤っぱし」と呼ぶ人もいた。「通行禁止」看板は、かつての「海底橋」の「通行禁止」看板を再利用した。

と言うことで特に正式名称はなかったそうです。看板再利用については私の推測通りでした。


今回は「海底橋は海底にあった」と言う話をしました。おしまいに海底集落の様子をちょっとだけご覧ください。

愛川町海底 日月神社
愛川町海底 日月神社の庚申塔
海底公民館の南、高台にある日月神社と庚申塔です。青面金剛は腕二本で合掌しています。六本腕(六臂)をよく見かけますがこの像は二本です。邪鬼や三猿も彫られています。造立年は不明。

愛川町海底・海底沢
海底沢橋・愛川町海底
海底沢と海底沢橋。相模湾から離れた内陸なのに「海底」とは面白い地名です。愛川町郷土資料館に地名の由来を書いた本があります。閲覧しましたが詳しすぎて(事細かく載っています)紹介しきれません。要点をいずれまた。

次回も中津川を取り上げる予定です。


其の444 中津川の仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田

 前回「其の443」の帰り道で仙台下頭首工の前を通りました。
3年前にこの頭首工から始まる用水路を歩いたことがあるのでとても懐かしいです・・・。その時は左岸を探訪しましたが右岸から頭首工を見るのは今日が初めてです。あんまり懐かしいので記録として短く投稿します。

仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田

仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田
仙台下頭首工全景です。全長77mの固定堰です。
左岸の取水門が見えます。(画像クリックで拡大します)


仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田

仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田
左岸からは見えなかった魚道も目の前にあります。

仙台下頭首工・神奈川県愛川町角田
左岸の取水門です。


仙台下頭首工の概要を「其の164」より引用します。
仙台下頭首工の概要
頭首工の名前:仙台下頭首工
施設の概要:固定堰 L=77m
      幅1.16m 高さ1.5m 2門
      導流堤 L=95m
築造者:不明
築造年月:昭和24年度(供用開始昭和25年度)
取水量:慣行水利権0.97㎥/秒
沿革:200年前に開削され漸次これを拡張し現在に至る。

(愛川町提供資料より抜粋)


「其の164 仙台下頭首工を訪ねる」 (2014/7投稿)


仙台下頭首工の位置です。

其の443 中津川の廃橋を訪ねる・神奈川県愛川町角田幣山

 前回「其の442」の続きです。今回は丸山耕地水利組合の用水路終点、余水吐兼排水ゲートのすぐそばにある廃橋を取り上げます。少し詳しく記述するつもりでしたが調査に時間がかかりそうなので今回は見たまんまをお伝えします。
12月12日(火)、18日(月)に探訪しました。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
これが廃橋です。丸山耕地水利組合の余水吐兼排水ゲートは仮設トイレの右側にあります。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
柵があり車両通行禁止の看板が掛かっています。右肩に「海底橋」とあり青ペンキで塗りつぶしてあります。(クリック拡大)

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
手前の方はコンクリート舗装がしてあり、橋脚もコンクリートです。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
石垣の橋台。正面奥に丸山耕地水利組合排水施設の黄色い注意看板が見えます。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
その先でコンクリート舗装から鉄板敷き、橋脚は鉄骨に変わります。欄干も無くなっています。橋が中途で落ちています。
対岸(左岸)の堤防が途切れています。栗沢の河口です。横切る白いガードレールは横須賀水道みちです。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
橋から逆方向、右岸の集落を見ました。ここは愛川町角田幣山です。海底は愛川町角田の字名で「おぞこ」と読みますが角田大橋より上流の右岸沿いにその集落はあります。海底公民館とか海底沢橋にその名が見られます。

以下は河道内から見た廃橋です。
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
河道内を歩きました。今の季節だからこそ可能です。夏は葦や萱が繁りとてもじゃないがまず無理でしょう。

中津川の廃橋・愛川町角田幣山
中津川の廃橋・愛川町角田幣山
おしまいに対岸の栗沢河口付近から見た廃橋です。河口付近に廃橋の残骸らしきものは残っていなかったですね。

この廃橋については私なりに思うところあり。もう少し究明します。明らかになり次第もう一度取り上げる予定です。

廃橋の位置です。

其の442 田んぼの水はどこから③・神奈川県愛川町角田

 今年9月に愛川町八菅山から角田地区の田んぼの水はどこから来るかを探訪し「其の419、420」で発表しました。取水施設は木々が繁り見られなかったのですが、落葉が舞う季節になったので再訪しました。成果はありましたよ。(^σ^)/
今回は「其の420」の続編です。12月12日(火)晴れの日に探訪しました。

中津川の角田大橋
中津川に架かる角田大橋です。取水施設は右岸の橋のたもとで、施設へ下りる階段が左側フェンスの中にあります。

丸山耕地水利組合取水施設
階段周りの今日の風景。「危険 立入禁止 丸山耕地水利組合」の看板がかかっています。

丸山耕地水利組合取水施設
フェンスの中に入れないので身を乗り出すようにして撮りました。9月に探訪した時には見えなかった水面が見えます。急階段の手すりやゲート巻上機の上部も見えます。再探訪してよかったです・・・。

丸山耕地水利組合取水施設
ズームアップしました。六脚ブロックを並べた固定堰で堰上げをしています。

丸山耕地水利組合取水施設
上部だけですがゲート巻上機も捉えました。

中津川・角田大橋右岸
角田大橋を渡り左岸から見た取水施設。肉眼では中央にゲート巻上機が見えます。

丸山耕地水利組合取水施設
ズームアップしました。急階段を下りたところにあるゲート巻上機をバッチリ捉えました。今は冬なので取水はしていません。

丸山耕地水利組合の用水路施設
角田大橋からおよそ150m下流にある丸山耕地整理竣工記念碑脇にある施設。取水施設から隧道でここへ送られます。ちょっとした池のようになっているので沈砂池と思われます。隧道出口右側に土砂吐ゲートあり。用水は私が立っている足下のゲートを通過し用水路から田んぼへ向かいます。

丸山耕地水利組合の用水路
沈砂池の先です。中津川右岸堤防沿いの丸山耕地水利組合の用水路と田んぼ。

丸山耕地水利組合の用水路排水施設
田んぼ南端の余水吐兼排水ゲート。先ほど角田大橋で見た看板と同じ看板がかかっています。その先は尾山水利組合の田んぼへ向かう暗渠用水路の入口です。「其の420」で発表しました。

ここで興味深いものを発見しました。次回発表します。

角田大橋の位置です。

其の441 横須賀水道みちの通気塔を訪ねる・神奈川県愛川町

 愛川町角田を通る横須賀水道みち(半原系統導水管路)に通気塔が二か所設置されています。内一か所は5年前に探訪済
「其の42」ですが、残る一か所がまだなので常々気になっていました。
今回はその続編です。12月12日(火)晴れ、紅葉が終わり、枯葉が舞うこの時期を待って行ってきました。

横須賀水道みち・愛川町角田の管路隧道
今年3月、八菅神社例大祭見学のあと訪ねた管路隧道の入口です。場所は県道54号線角田大橋バス停前です。この奥120mくらいのところに通気塔があり地上から見ることができます。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
畑の中の通気塔です。直径は3.5mほどの鉄筋コンクリート製です。半原系統は廃止路線になり今となっては遺構ですが、5年前と変わらず畑の中に在りました。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
通路から通気塔の周りにかけて横須賀水道局の境界杭が打たれています。通気塔のフタの上に茶色の円盤状のもがあります。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
茶色の円盤状の上部に穴があり、カメラで中を覗いてみました。鉄筋が組んであります。他のものはゴミと思われます。5年前と同じように穴に耳を当てるとわずかに流水音が聞こえました。
湧水が隧道内を流れる音と思います。


通気塔の位置です。表通りから通路があります。畑に入らないように要注意です。

ここから300mほど東にもうひとつ通気塔があります。5年前は見ることが出来なかったのですが、場所は覚えています。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
この道沿い左側森の中に通気塔があります。5年前、森の中は竹藪で枯葉が積もり状況は最悪。道路から足を踏み入れることなく断念しました。今日は5年ぶりの再挑戦です。足元が悪いので長靴も用意しました。今の時期マムちゃんの心配はないのですが念のため。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
道路際の不法投棄禁止警告看板です。5年前にもかかっていました。この場所は横須賀市上下水道局有馬浄水場が管理しています。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
道路から20mくらい入ったところで発見しました。先ほど畑の中で見たのと同じ形をしています。周りは石垣でコの字型に囲ってあります。通気塔のフタの上に落ち葉が積もり植物も生えています。周りは倒木だらけで凄いことになっていますね・・・。
低木をかき分けて入りました。数年前に全国各地で毒ダニ被害が発生しニュースになったことがありました。夏場の探訪は避けた方が良いです。

横須賀水道みちの通気塔・愛川町角田
これは大正10年完成当時の上記管路隧道通気塔の写真です。(横須賀市水道局「豊かな水へのあゆみ 横須賀市水道施設写真集」より)
同じところとは思えないです。現在に比べ樹木が少なく見晴らしが全く違います。完成後100年近く経っていますからね。

横須賀水道みち・愛川町角田
通気塔前の道路から県道54号線へ戻る横須賀水道みち。この辺りで大迂回をした横須賀水道みちはこの後ほぼ直線的に横須賀の逸見浄水場へ向かっています。

角田大橋バス停前から始まったコノ字型の迂回路。隧道を掘り、通気塔を作ってまでなぜ迂回したのでしょう。硬い岩盤のせいで直進できずやむを得ず迂回したとしか思えないですね。

県道54号線馬渡橋架け替え工事
横須賀水道半原系統絡みで馬渡橋の架け替え状況も見てきました。右側が工事中の新しい馬渡橋、左側は仮設橋。工事期間は平成30年2月28日までだそうです。

旧馬渡橋に横須賀水道半原系統導水管が添架されていました。今となっては昔を偲ぶものは何もありません。
在りし日の馬渡橋水管橋はこちらです。
「其の186 半原系統・馬渡橋水管橋を訪ねる」

次回も今の季節しか見られないところを発表します。

其の440 荒川第一調節池・彩湖の治水利水施設巡り③

 前回の続きです。囲繞堤(いぎょうてい・荒川と調節池を仕切る堤防)を南へ下っています。12月3日(日)晴れの日に探訪しました。彩湖のダムカードをもらってきました。(^σ^)

さくらそう水門
四つ目の施設はさくらそう水門です。武蔵野線のすぐ脇にあるので車窓から見えます。正面から見ましたがなかなか斬新なデザインですね。いつ頃完成したのでしょう。銘板によると関東地方建設局が2003年(平成15年)3月に造りました。

さくらそう水門
川縁まで下りました。今は平常時でゲートは開の状態です。ここは荒川に合流する鴨川の河口になります。荒川が洪水になると鴨川への逆流を防ぐためにゲートを閉じ堤防の役割を果たします。

さくらそう水門
さくらそう水門の裏側です。骨組みが凄いです。荒川・隅田川分岐点の青水門を彷彿とさせます。

さくらそう水門より鴨川上流を望む
さくらそう水門管理橋より鴨川上流を望む。遠くに上流の調節池入り口に設置された昭和水門が見えます。鴨川は荒川第一調節池を横断しています。河川が調節池を横断するとは面白いですね・・・。昭和水門もさくらそう水門と同じ機能を持っています。

昭和水門とさくらそう水門の間はサクラソウの自生地です。国交省HPによると両水門の操作によりサクラソウ自生地の冠水頻度を調節池完成以前と同じ割合にするそうです。二つの水門は治水と自然環境保持にも配慮した水門です。

囲繞堤より鴨川、武蔵野線を望む
囲繞堤(いぎょうてい)から見た鴨川と武蔵野線。越流堤から調節池へ洪水が流入すると目の前の土手を乗り越えて武蔵野線の下を潜って流れて行くんですね・・・怖そうです。

荒川第一調節池
「其の438」で載せた荒川第一調節池の施設配置図を再掲します。(彩湖自然学習センターパンフ「彩湖へいこう!」より)

荒川第一調節池・流入堤
囲繞堤をそのまま進むと流入堤が見えてきました。荒川第一調節池を横断する堤防の一部区間が低くなっています。

荒川第一調節池・流入堤
堤防の上から見た流入堤。右側が荒川貯水池(彩湖)です。水辺にカワウの群れが休んでいました。

荒川第一調節池
囲繞堤から見た武蔵野線南側の荒川第一調節池。洪水はこの池を満たし流入堤から荒川貯水池(彩湖)に流れ込みます。

洪水時の流入堤
洪水時の流入の様子です。(管理橋付近の案内板より)

荒川貯水池機場
流入堤南側の荒川貯水池機場です。洪水時は水に浸かるので高床式の構造になっています。除去したゴミ搬出用のベルトコンベアが見えます。

荒川貯水池機場は「其の439」で発表した取配水樋管と連絡水路で結ばれています。国交省HPによると荒川貯水池に貯めた水を秋ヶ瀬取水堰上流へ送る時はポンプ3台(配水能力10㎥/秒)を稼働させるそうです。取り入れる時は記載がありませんが多分自然流下だと思います。

囲繞堤より荒川上流を望む
囲繞堤から荒川上流を望む。武蔵野線の鉄橋。さくらそう水門、荒川貯水池機場などが見えます。

荒川第一調節池の囲繞堤
彩湖に架かる管理橋を左岸へ渡るため囲繞堤から下りました。ちゃんとした階段があります。左側の堤防が荒川と調節池を仕切る囲繞堤です。

彩湖の管理橋
11月初めに来た時に彩湖左岸から撮影した管理橋です。右岸から左岸へ渡りました。

彩湖の滝護岸
荒川貯水池(彩湖)は埼玉県・東京都の都市用水(水道水・工業用水)を安定的に供給するために貯めておく施設です。貯留水の水質を確保するためにいろいろな工夫がされています。

この写真は滝護岸と言って池の底からポンプで水を汲みあげ滝の上(人が立っている下の横長の開口)から流し水の中に酸素を溶け込ませ水質を改善させる施設です。
他にも噴水や、湖底に設置したパイプから気泡を発生させる装置などがありますが地上からは見えません。

彩湖命名の碑
管理橋近くの「彩湖命名の碑」です。平成7年2月8日一般公募により命名されました。荒川貯水池の愛称です。

荒川第一調節池・水位調節堰、排水門
荒川第一調節池の南端にある水位調節堰と第一調節池排水門です。時間がなく遠景です。巡回しきれなかった施設はいずれ日を改めて訪れる予定です。

彩湖・道満グリーンパークの公衆トイレ
治水利水施設とは全く関係のない話ですが、これは管理橋付近の彩湖・道満グリーンパーク内の公衆トイレです。水洗式のトイレです。汚水は左側にあるマンホールが多数ある浄化槽で処理すると思いますが処理水はどこへ流すのでしょう。前回見た放流樋管に接続するのでしょうかね。ちょっと気になります・・・。

彩湖自然学習センター
最後にダムカード入手のため彩湖自然学習センターへ寄りました。

荒川貯水池(彩湖)ダムカード
荒川貯水池のダムカード 目的記号はFW(洪水調節と水道用水)。プラスI(工業用水)があってもいいような気がします。

荒川貯水池完成20周年アニバーサリーカード
荒川貯水池完成20周年アニバーサリーカードです。

荒川第一調節池・左岸周囲堤
彩湖自然学習センターからバス停修行目へ向かう途中で見た左岸周囲堤です。山のような堤防が延々と北方へ伸びています。武蔵浦和行きのバスの車窓からは左手に巨大な壁のように見えました。

掲載画像はサムネイル版です。クリックすると大きくなります。

さくらそう水門の位置です。

其の439 荒川第一調節池・彩湖の治水利水施設巡り②

 前回の続きです。12月3日(日)晴れの日に探訪しました。

荒川第一調節池・越流堤
前回発表した荒川第一調節池・越流堤の写真が逆光のため、越流堤南端から撮影した写真を載せます。(画像クリックで拡大します。以下の画像も同じです。)

荒川第一調節池・秋ヶ瀬公園
越流堤を縦断し囲繞堤を南下しました。東側の調節池の風景です。重機があり何やら工事中ですが今日は日曜日で休工です。その東側は秋ヶ瀬公園の森です。秋ヶ瀬公園も調節地の一部なので越流堤から流入した洪水に浸かることもあります。

荒川貯水池・取配水樋管
右手に今日二つ目の見学施設、取配水樋管です。秋ヶ瀬取水堰の上流にある施設です。対岸に水資源機構宗岡取水口(都市用水の取水口)が見えます。

荒川貯水池・取配水樋管
囲繞堤から取配水樋管ゲートに架かる管理橋入口。「関係者以外立入禁止 荒川上流河川事務所」の看板あり。まあ当然ですね。取配水樋管は国土交通省が造った施設です。

荒川貯水池・取配水樋管管理橋銘板
管理橋に銘板が貼ってありました。丁寧ですね・・・。樋管本体と共に1994年(平成6年)9月に関東地方建設局が造りました。

荒川貯水池・取配水樋管
川縁から見た取配水樋管。この施設は名前の通り取水と配水の二役を兼ねた珍しい施設です。一般的な樋管は取水または排水のいずれかで水の流れは一方向です。配水とは水を配る、補給する意味合いと思います。排水では役割上変ですからね・・・。

囲繞堤から調節池側へ階段で下りることができます。囲繞堤下に取配水樋管の案内板あり。それによると取配水樋管ゲートは普段は開、荒川が増水したら連絡水路を水圧から守るため閉にするそうです。

荒川第一調節池の利水機能
荒川第一調節池の利水機能図です。(彩湖自然学習センターのパンフ「彩湖へいこう!」より)

取配水樋管の働きは図の通りですが、荒川の流量が多いときはここから取水し連絡水路を通じ荒川貯水池(彩湖)に貯めておき、逆に流量が減った時は荒川貯水池機場から連絡水路を通して補給し、宗岡取水口の都市用水取水に影響を与えないようにしています。連絡水路は地下に埋設されているため地上からは見えません。

秋ヶ瀬取水堰
秋ヶ瀬取水堰です。仮設ゲートがあり改修?工事中でした。
その下流では左岸沿いにシートパイルの壁ができていました。
秋ヶ瀬取水堰は対岸から探訪済みで「其の356」で発表しました。

荒川第一調節池・放流樋管
囲繞堤をそのまま下流へ歩くとまた樋管がありました。取配水樋管とそっくりで双子のような樋管です。銘板によると1990年(平成2年)6月に関東地方建設局が作った施設で放流樋管と言います。

荒川第一調節池の利水機能図にあるように下水処理水(荒川水循環センターの下水処理水)の一部を調節池内の浄化施設で高度処理をし、荒川に放流するものです。高度処理水とは言え元が下水なので秋ヶ瀬取水堰の下流で放流しています。

荒川第一調節池囲繞堤の通行止め柵
今日三つ目の施設を見たあと囲繞堤を下流へ歩きました。前方に通行止め柵があり通せん坊をしています。おいおいここまで来て羽根倉橋へ戻るのかと一瞬頭をよぎりましたが、歩行者は通行止め柵の脇を通り抜けられるようになっていました。

写真は通行止め柵を通過後、歩いてきた北方を見たところです。見学したばかりの放流樋管が見えます。そういえば途中犬の散歩をしている人とすれ違いました。放流樋管先には釣り人もいたので地元の人は自由に出入りしているみたいですね。平日は看板にあるように緊急用船着き場工事のダンプカーが囲繞堤を跨ぐように通行するので一般歩行者の通行は規制されると思います。休工中の日曜日探訪が幸いし無事通過することができました。やれやれ・・・。

下流にはまだまだ治水利水施設があります。次回に続きます。

秋ヶ瀬取水堰上流の取配水樋管の位置です。

其の438 荒川第一調節池・彩湖の治水利水施設巡り①

 利根川の利根大堰見学をきっかけに武蔵水路、秋ヶ瀬取水堰、朝霞水門、赤水門青水門など荒川の治水利水施設を探訪するようになりました。
12月3日(日)晴れ、まだ歩いていない荒川第一調節池・彩湖の施設を見に行きました。手始めに今回は越流堤の巻です。

荒川第一調節池越流堤
荒川第一調節池は荒川が台風などで増水したときに一時的に水を溜め下流部の洪水を防ぐために造られました。まず始めに洪水の流入口である越流堤を探訪しました。
これは羽根倉橋下流の荒川右岸堤防上からズームアップで撮った対岸の様子です。越流堤の全体像は対岸から眺めるのが一番と思ったので北朝霞駅からまずここへやってきました。残念ながら木々に遮られ全体像は見られません。左側のアスファルトのような黒っぽい斜面が越流堤と思われます。
(画像をクリックすると拡大します。)

羽根倉橋より荒川下流を望む
R463羽根倉橋より荒川下流を望む。荒川は下流の秋ヶ瀬取水堰で流れを堰き止めているので湖のようになっています。

荒川第一調節池越流堤
対岸近くでようやく越流堤が見えました。ズームアップしましたが堤防の一部区間が一段低くなっているのが分ります。堤防上をサイクリングする人がいます。

荒川第一調節池越流堤
羽根倉橋から見た越流堤。羽根倉橋をまだ渡りきっていません。堤防の東側は荒川第一調節池なので眼下の工事現場やその東側の秋ヶ瀬公園は調節池の中になります。

荒川第一調節池・囲繞堤
先ほど羽根倉橋から見た堤防上の道に出ました。堤防より上流を見ました。羽根倉橋が見えます。右側が荒川第一調節池です。
R463羽根倉橋の東500mくらいのところに秋ヶ瀬公園入り口の信号があります。信号から土手道に入り荒川の方へ戻ると荒川堤防へ出ます。この土手道は意識しないで歩いたのですが、後になり荒川第一調節池の上流端の堤防(仕切堤)と分かりました。

荒川第一調節池
荒川第一調節池の施設位置図です。(彩湖自然学習センター発行のパンフ「彩湖へいこう!」より)

図の中で右端が仕切堤、その下流側に越流堤があります。洪水時は仕切堤より下流、第一調節池排水門までの調節池内が水で満たされることになります。貯留量はなんと3,900万㎥です。
私が見学したことのある主な遊水地、調節池の貯留量を比較のため記します。桁違いの巨大な調節池と分かります。
●鶴見川多目的遊水地(横浜市港北区) 390万㎥
●境川遊水地(横浜市・藤沢市)90万㎥
●環状七号線地下調節池(東京都杉並区)54万㎥
●恩廻公園調節池(川崎市麻生区)11万㎥

図にあるように今歩いている堤防は荒川と調節池を仕切る堤防で囲繞堤(いぎょうてい)と言います。巨大調節池内の貯水池は彩湖(さいこ)と呼ばれています。貯水量は1,060万㎥。

荒川第一調節池越流堤付近の警報装置
囲繞堤を進んでいくと越流堤近くにこんなポールが立っていました。照明やスピーカーに監視カメラらしきものも見えます。越流開始の警報発令装置だと思います。もし警報発令時にここにいたら生きた心地がしないでしょうね。囲繞堤天端を羽根倉橋目指して走って逃げるしかないですね。警報装置は主に秋ヶ瀬公園内で遊ぶ人たち向けと思います。東側の左岸堤防(周囲堤)へ避難することになります。

荒川第一調節池・避難案内板
彩湖の管理橋付近にこんな案内板が立っていました。
サイレン50秒→休止10秒→サイレン50秒→休止10秒の繰り返し。

荒川第一調節池越流堤
警報装置近くにはこんな逆J字形パイプが。何でしょうかね・・・。
気になります。前方が越流堤です。

荒川第一調節池越流堤
越流堤の北の端に立ちました。堤防が一段低くなっています。延長は500mくらいありそうです。今回の探訪で一番見たかった施設ですが、いやいや凄いですね・・・初めて間近で見ました。調節池側の細長い池はたぶん減勢池と思われます。「減勢池とは越流堤から流入した水の流れの勢いを減少させるエリア」と鶴見川多目的遊水地を見学した時に学びました。(^σ^)
越流堤の表面はアスファルトのように見えました。全体的に緩やかなスロープ状に見えますが下から見るとそうでもありません。

荒川第一調節池越流堤
荒川側に少しだけ下って見上げると結構勾配があります。

荒川の洪水・鴻巣市糠田樋管付近
この写真は上流の鴻巣市にある武蔵水路の終点・糠田樋管から見た洪水時の荒川です。荒川が洪水になるとこんな風になります。糠田樋管の管理橋すれすれまで水位が上がっています。恐怖の光景です。(水資源機構現地案内板写真より)

今日はお天気で平安な眺めですが、こんな濁流が越流堤を越え調節池内へ流れ込むわけです。恐ろしいですね・・・。君子危うきに近寄らず。荒天の時は川には近寄らない方が無難です。とは言え怖いもの見たさで、昼間なら羽根倉橋からその様子を眺めてみたいですね・・・。

このあと他の治水利水施設を見学しました。次回に続きます。

荒川第一調節池・越流堤の位置です。