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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の437 鶴見川旧河道を歩く④・東京都町田市上小山田町

 鶴見川旧河道シリーズ4回目です。今回は鶴見川源流に近い旧河道と調整池を取り上げます。11月26日(日)晴れの日に探訪しました。

鶴見川の調整池・町田市上小山田町
町田市小山田小南側の調整池です(位置は下図)。中央に貯留水の排水施設があります。この辺りの鶴見川は東向きの流れです。河川名は正確にはすぐ下流(小山田学童保育クラブ前)の新橋より上流は町田市が管理する小山田川と言い、新橋より下流は東京都管理の一級河川鶴見川です。ここでは鶴見川または(小山田川)と記します。


鶴見川(小山田川)の上流方向が途中で途切れています。暗渠水路のためです。今回の探訪はそれもあわせて探究します。と言うのは3年前に鶴見川源流から下流へたどったのですが、この辺りのことは詳細に観察できず「其の148 鶴見川源流①」では簡略に発表しました。今回は再チャレンジです。

鶴見川の調整池・町田市上小山田町
さて、上の画像の目線を少し左へ移しました。中央に調整池へ流れ込む暗渠出口があります。この流れはどこから来ているのでしょう。あとでたどりますが、意外なところからです。

鶴見川の調整池・町田市上小山田町
鶴見川の調整池・町田市上小山田町
調整池の排水施設です。施設の中がどのような構造かは分りません。表から見えるゲートがないのははっきりしています。どのようにして水を貯留するのでしょうかね。多分手間がかからないフラップゲートだと思うのですが・・・。

鶴見川と調整池排水施設・町田市上小山田町
鶴見川左岸から排水施設の出口を見ました。鶴見川右岸に開口があり鶴見川に合流しています。

鶴見川と調整池排水施設・町田市上小山田町
鶴見川左岸と言ってもこの画像で分かるように右側暗渠水路から出たばかりです。この出口についても上流部の暗渠入口を探しに行きました。左側の開口が調整池排水施設の出口です。

みつやせせらぎ公園内・鶴見川旧河道
まず始めに調整池に流れ込む暗渠の入口側を探しました。西側道路を横断したその先、丘の縁に暗渠入口がありました。流水音が聞こえたのですぐ分りました。その上流は丘の縁に沿って流れる小川です。ここはみつやせせらぎ公園の中です。

みつやせせらぎ公園内・鶴見川旧河道
どんどん進んでいくと、土手に突き当たりました。土手下から水が涌きだしているみたいです。正面の建物はNTT北忠生交換センタです。

みつやせせらぎ公園内・鶴見川旧河道
水は土手下の管から勢いよく吹き出していました。この水はどこから来たのでしょう。

鶴見川(小山田川)支流
土手に上るとNTTの石垣沿いに西の方からこちらに川が流れています。鶴見川(小山田川)の支流です。当然この流れから分水していると思ったのですが、無いんですよね・・・分水する施設がどこにも見当たらない。謎は手前の東側ですぐ解けました。

鶴見川(小山田川)
土手の東側に突然開かれた川が出現しました。ここは暗渠水路の入口でした。暗渠入口から上流の北方向を見ましたが、NTTの南側を流れてきた支流は東側を流れるこの川・鶴見川(小山田川)にここで合流しています。この川の上流に「鶴見川源流の泉」があります。謎はこの写真で分かるのですがズームアップします。

鶴見川(小山田川)の分水施設
ズームアップしました。合流点上流に分水施設がありました。コンクリートの導流堤二本と河道にコンクリートの棒を渡し、右岸の取水口の方へ流れを導いています。取り入れた水は支流の川底を潜り土手の南側で吹き出しています。これは河川同士の立体交差なので一種の伏越ですね。(^σ^)

なぜ分水したのでしょう。
探訪後自宅で今昔マップを開きました。あっと驚く事が判明しました。丘の縁を流れる小川はなんと鶴見川旧河道でした!! 分水した理由は鶴見川(小山田川)旧河道の維持水として流していることと、現鶴見川(小山田川)の流水量が支流に比べ多いので調整池へ導水した。といったことが考えられます。

鶴見川(小山田川)暗渠入口・町田市上小山田町
暗渠水路の入口です。暗渠水路の出口は前述の調整池排水施設出口付近です。

鶴見川(小山田川)暗渠水路・町田市みつやせせらぎ公園内
暗渠水路の入口付近から見た下流方向。中央のアスファルト舗装道路下が暗渠水路です。この付近で左手北方から来た別の支流が暗渠内で合流しています(後述)。
この暗渠水路は河川改修により新しく築造された直線的な川です。今昔マップで確認すると昔は右手の丘の縁を鶴見川は流れていました。今日歩いた丘の縁を流れる小川が鶴見川本流だったんですね・・・。
ここはみつやせせらぎ公園の中なので周りはフェンスが張り巡らされています。せせらぎとは旧河道のせせらぎを指しているとようやく理解しました。

鶴見川(小山田川)支流
これは北の方から来た鶴見川(小山田川)のもうひとつの支流です。

鶴見川(小山田川)支流
近くの都道155号線を暗渠で潜り暗渠の鶴見川(小山田川)に合流しています。暗渠の鶴見川は西と北から来た支流を合わせた流れになります。

鶴見川(小山田川)・バス停小山田付近
合流点上流のバス停小山田付近から見た鶴見川(小山田川)下流方向です。右側の建物はNTT北忠生交換センタ。ここより約500m上流に「鶴見川源流の泉」があります。「其の148 鶴見川源流①」で発表しました。


町田市の忠生公園「源流の池」から始めた鶴見川旧河道シリーズはひとまず今回で締め、次回からは別の川を歩く予定です。

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其の436 鶴見川旧河道を歩く③・小田急線鶴川駅付近

 町田市の忠生公園から始まる山崎川探訪をきっかけに鶴見川の旧河道を歩いています。今回はその3回目です。小田急線鶴川駅の西に鶴見川の旧河道が残っています。電車の窓から見えるので昔から知っていますが、まだ歩いたことはありません。11月21日(火)晴れの日に旧河道を一巡りしてきました。

鶴見川・小田急線鶴川駅付近
大正橋より鶴見川下流を望む。小田急線鶴川駅南を流れる河川改修により直線化した鶴見川です。この辺りの鶴見川は下流部と違い堤防のない堀のような川です。前回まで見た新鎧橋付近もそうでしたがこのような川は掘込み河道と呼ばれています。

鶴見川旧河道・鶴川駅西
大正橋から左岸を上流へすこし歩くと忽ち旧河道に遭遇です。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
階段を下り振り返るとこのようになっています。下に水路があり上部には開口があります。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
アップするとこんな感じです。下の水路に水色のフラップゲートが見えます。上の開口周りは厳重にフェンスで囲ってあり、中にグレーチングの点検フタが見えます。
形は違いますが前回新鎧橋下流で見た旧河道の合流とそっくり同じ仕組みですね・・・。(^σ^)
ただ少し違う点はフラップゲートの位置です。左岸の護岸ではなく奥まったこの位置にあります。左岸護岸とフラップゲートの間はたぶん池になっていると思いますが、その狙いはよく分かりません。護岸保護のためワンクッション置くのでしょうかね・・・。
大雨で鶴見川の水位が上がると上部の開口から濁流が流れ込むのでこの位置に立つことはできません。

鶴見川旧河道・大正橋上流
大正橋を渡り上記施設を鶴見川右岸から見ました。下は排水口で上部開口は越流堤ですね。これにより大雨で鶴見川が増水するとここから旧河道へ逆流するので旧河道は調節池として利用されていることが分かります。


上記越流堤の位置です。この辺りは東京都町田市、川崎市麻生区の境界です。旧河道が境界なので境界線は複雑に入り組んでいます。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
舌のような形の旧河道は親水公園として整備されています。
上流へ歩いてみました。

鶴見川旧河道・小田急線と交差
小田急線のレンガ張りトンネルを潜ります。電車内からこの様子は見えないので新鮮な驚き!こんな風になっていたんですね・・・。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
舌の先端部分です。左へ急カーブします。正面に避難階段があります。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
南へ曲がりました。親水公園の景観が続きます。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
水辺沿いを歩けるのはここまで。ここより上流はフェンスです。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
フェンスの中を覗くと水流は二方向から来ています。正面は流れがなく右の方は流れがあります。地図にある右手からの小川の流れです。あとで小川の上流を見に行きました。

鶴見川旧河道・小田急線鶴川駅西
フェンス沿いに真っ直ぐ進むと現在の鶴見川左岸護岸上に出る上り階段です。階段の途中から見た旧河道。
手前の深そうな水溜まりの水位は現在の鶴見川と同じです。左側に樋管があり鶴見川に通じています。水溜まりより1.5mくらい高い位置にあるのが今たどってきた旧河道の川底です。

鶴見川旧河道樋管入口・鶴川駅西
鶴見川右岸から見た樋管入口。旧河道より深く掘り下げているので大雨で水位が上昇しないと旧河道には流れて行かないですね。

鶴見川旧河道に流入する小川
前述の右手からの小川の流れも突き止めました。地図の富医院の東、暗渠の出口から始まる小川です。下流で旧河道に流入しています。小川の水源は?です。多分湧水または雨水下水と思います。旧河道の水源はこの小川でした。

今日の探訪で旧河道は調節池として、普段は親水公園として利用されていることが分かりました。


1896~1909年にセットした今昔マップです。(今昔マップ on the webより)
年代を変えることで河川改修の変遷が分ります。大きな地図は右欄サイドバーからリンク可。検索窓に「鶴川駅」と入力すると開きます。

其の435 鶴見川旧河道を歩く②・東京都町田市山崎町 野津田町

 前回「其の434」に続いて鶴見川の旧河道を探訪しました。地図を見ると新鎧橋の上下流にも旧河道が描かれています。その様子を確かめるため11月16日(木)晴れの日に歩いてきました。思わぬ新しい発見もありました。

鶴見川・新鎧橋上流
前回の鶴見橋・新鎧橋間の旧河道合流点より下流方向を見ました。河道内に小山のような島があり気になっていました。流れを妨げる中洲のような島を河川改修の際なぜ除かなかったのでしょう。島を挟んで流れは二分されています。島の北側、左岸に階段があり親水護岸になっています。


新鎧橋を中心にした地図です。東流する直線的な川が河川改修後の鶴見川です。新鎧橋上流から北方に蛇行する旧河道が描かれています。旧河道は新鎧橋の200mほど下流で新河道へ合流しています。

鶴見川の新鎧橋
島の下流、直線化した新しい鶴見川に架かる新鎧橋です。

新鎧橋より鶴見川下流を望む
新鎧橋より鶴見川下流を望む。旧河道は新鎧橋の200mほど下流で新河道へ合流しています。旧河道左岸をたどったのであとで詳しく触れます。

鶴見川親水護岸・新鎧橋上流
新鎧橋を渡り左岸の親水護岸下に下りました。島の北側の流れです。この流れの途中から旧河道に分岐します。たどってみました。

鶴見川旧河道入口の越流堤
親水護岸下流です。上流を見ましたが右側の開口部が旧河道に繋がるトンネル入り口です。コノ字型のコンクリートの堰を越えて流入します。現在は越流することなくすべて新鎧橋下へ流れて行きます。コノ字型のコンクリートにはH型の鉄骨が7本立っています。角落しで堰高調節をするみたいですね。

鶴見川の鎧堰跡・町田市野津田町
親水護岸上の広場に東京都南多摩東部建設事務所の「鎧堰跡」の案内板が立っています。それによると北へ大きく蛇行するこの位置に鎧堰と言う農業用取水堰があったそうです。永禄8年(1565)に築造され以来400年以上にわたって野津田地区の田んぼ八町八反歩(8.7ha)へ用水を送り続けたが河川整備により堰は撤去されたそうです。
これは案内板の中の鎧堰の新旧図です。河道内の島は昔と変わらず残してあります。変わった点は堰が撤去され北向きの流れが東向きになったことです。

鶴見川旧河道・新鎧橋付近
トンネル出口から見た旧河道下流方向です。水の流れはありません。前方の橋は鎧橋。

鶴見川旧河道沿いの用水路・新鎧橋付近
鶴見川旧河道沿いの用水路。河川改修により堰が撤去された鎧堰用水路かも知れません。幅は1mほどで流れはありません。

鶴見川の旧河道・鎧橋付近
鎧橋下から旧河道上流を見ました。前方の森は河道内の島です。大雨が降るとトンネル入り口の堰を越えた濁流で満たされると思います。旧河道は調節池として利用されていることが分かります。

鶴見川旧河道・鎧橋下流
左岸沿いに下流へたどりました。今の時期の探訪で良かったです。草刈りが終わった直後なので心配なく歩けます。湧水の流れが出現。

鶴見川旧河道・鎧橋下流
前方に直線化した新しい鶴見川左岸の護岸が見えてきました。

鶴見川旧河道合流点・新鎧橋下流
ここが合流点です。地図では合流の様子が分りませんが、実際はこのような形の合流です。
細い湧水の流れは下部のスクリーンを通過して鶴見川へ合流。上部は大きなボックスカルバートの開口です。この開口は調節池としての旧河道が満水になった後、沿川の大雨が収まり鶴見川の水位が下がった際の排水用と思われますが越流堤も兼ねていると思います。大雨で増水した際ここからも旧河道内に流入させ一時的に貯留する調節池機能を持たせていると思います。上流のトンネル入り口からも越流するので越流堤は2か所になります。

鶴見川旧河道合流点・新鎧橋下流
排水兼越流堤のアップです。スクリーンにゴミが引っかかっています。

鶴見川旧河道合流点・新鎧橋下流
鶴見川右岸から見た合流点。こちらから眺めるとまさしく越流堤ですね。鶴見川側にもスクリーンがあります。細い湧水の流れの出口はフラップゲートなので一方通行です。逆流はありません。調節池として貯留した大量の水も鶴見川の水位が下がれば徐々にフラップゲートから排水されます。自然排水なので手間がかからず良いですね。

鶴見川左岸に開口(越流堤)があって増水時にはそこから逆流させ旧河道を調節池として生かす。大水が収まれば本川へ自然排水をする。左岸護岸は本川と旧河道の二重(堤防)です。形は違えど霞堤と共通点がありますね・・・。(^σ^)

鶴見川旧河道
その下流にも旧河道があるので歩きました。下流の鶴見川の分岐。左側が現在の本流、右側が旧河道です。旧河道はカワセミの撮影スポットです。超望遠レンズカメラの放列を見ました。

鶴見橋旧河道・郷見橋付近
蛇行する旧河道。郷見橋南付近。この先で新河道に合流しています。新旧2水路にすることで河道断面を確保し調節池機能も持たせているのでしょうかね。

鶴見川左岸の護岸・丸山橋上流
合流点から左岸護岸を見ると石積みが台形状に色違いです。旧河道の塞ぎ工事跡のように見えます。

鎧堰用水路?町田市野津田町
これは郷見橋丸山橋間で見た用水路です。鎧橋で見た鎧堰用水路の下流かも知れません。ここは町田市野津田町です。

鶴見川旧河道・丸山橋下流
丸山橋下流で分岐しています。左が本流、右が旧河道です。

鶴見川旧河道・丸山橋下流
その先の旧河道です。右岸の護岸は石積みがなく自然のままです。今日は11月16日、右側の田んぼでゆっくり目の稲刈り作業をやっていました。

鶴見川旧河道・本村橋付近
本村橋下流で鶴見川に合流します。右岸の護岸は自然のままで川幅が狭いです。

参道橋より鶴見川下流を望む
その下流、参道橋まで下ってきました。参道橋より鶴見川下流を望む。広々とした河川改修後の鶴見川です。

今日は鶴見川の旧河道3カ所を探訪しました。思いがけず鎧堰跡を発見し良かったです。鶴見川の利水施設は珍しいです。以前上流の桜ヶ谷堰(現役の農業用取水施設)を訪ねたことがあります。 「其の168」。

今回の探訪記念は大小の野鳥と花です。

アオサギ カワセミ・鶴見川鶴見橋下流にて
アオサギとカワセミです。アオサギは新鎧橋上流魚道沿いにて。カワセミはあちこちで結構見ました。これは鶴見橋下流にて。

皇帝ダリア
皇帝ダリアの花。郷見橋付近にて。

次回も鶴見川の旧河道を訪ねる予定です。

其の434 鶴見川旧河道を歩く・東京都町田市山崎町 野津田町

 前回「其の433」で忠生公園の源流から山崎川の河口まで歩きました。河口は鶴見川旧河道右岸で、その先は直線化した新しい鶴見川に合流していました。
その下流、鶴見橋と新鎧橋間に旧河道が残っています。延長はわずか200mほどですが水の流れがあります。河道内に遊歩道が設置してあり川辺を歩けるようになっています。前回と同じく調節池として利用しているので同じ話になりますが、私的には興味があるので、あらためて11月11日(土)晴れの日に歩いてきました。

鶴見川・新鎧橋上流
新鎧橋上流から見た鶴見川です。河川改修により直線化された新しい鶴見川です。前方の河道内に小山のような島があり、島を挟むように川筋が2方向に分かれています。今日のテーマ鶴見川旧河道は撮影地点(私の足下)で鶴見川に合流しています。

鶴見川に合流する旧鶴見川・新鎧橋上流
前方の直線化した鶴見川右岸に合流する旧鶴見川です。水門はありません。

鶴見川に合流する旧鶴見川・新鎧橋上流
鶴見川右岸開口部から見た旧鶴見川。左岸石垣に増水時の跡が残っています。

旧鶴見川・新鎧橋上流
スロープ状の道から旧鶴見川河道へ下りることができます。

旧鶴見川・新鎧橋上流
河道内から下流を眺めました。左岸は作業車も通れるようになっています。踏み石伝いに右岸にも渡れます。小川のせせらぎがあり親水公園として利用されています。先日来たときは若いお母さんが女児とジュズダマを採っていました。

旧鶴見川・鶴見橋、新鎧橋間
上流側の階段から見た旧鶴見川の眺めです。河川改修前の昔はこれが鶴見川本川でした。左岸側が町田市野津田町、右岸側が町田市山崎町。旧河道が町の境界になっています。

旧鶴見川・鶴見橋下流
延長200mほどなのであっという間に上流側の水源に到達です。直線化した鶴見川右岸から水を取り入れています。角落しゲートで水量調節をしているようです。ゲートは固定してあるように見えました。

旧鶴見川・鶴見橋下流
鶴見川右岸天端から見た旧鶴見川下流方向。

旧鶴見川・鶴見橋下流取入れ口
鶴見川左岸から見た取入れ口。右岸護岸下に樋管が通してあります。こちら側にも角落しゲートがありました。

鶴見橋より鶴見川下流を望む
鶴見橋より鶴見川下流を望む。河川改修により直線化された新しい鶴見川です。旧鶴見川河道を流れる水の取入れ口はすぐ下流向かって右側です。

今日歩いた旧河道は新河道完成により不要なはずです。なぜ埋立しないで残してあるのでしょう。
ひとつは親水公園として。二つ目は調節池としての役割を持たせていると思います。本川が大雨で護岸天端すれすれまで水位が上昇したときを想像すると、右岸開口部から洪水が旧河道へ逆流し長さ200mほどの池になると思います。洪水が収まれば自然に排水されるので開口部に水門がないのはこれで頷けます。一言でいうとこれは霞堤の調節池ですね。(^σ^)

参考までに蛇行した旧河道の活用例として、ここより下流の都県境に蛇行した鶴見川旧河道の地下を調節池とし、地上を公園化した治水施設があります。恩廻公園調節池と言います。神奈川県が造った施設で延長は600mもあります。今年5月の治水施設見学会に参加し巨大地下空間に入ってきました。 「其の391」 (2017/05投稿)。

鶴見川は長年の河川改修工事により蛇行部が直線化され水が流れやすくなりました。これより上流の宮川橋付近では今でも直線化工事が行われていてその変貌ぶりを目の当たりにできます。今昔マップ(右欄サイドバーにリンクあり)を開くと河川改修(直線化工事)の推移を確認できます。検索窓に「町田忠生村」と入力すると開きます。

新鎧橋・鶴見橋間の鶴見川旧河道です。


其の433 鶴見川水系山崎川源流から河口へ②・東京都町田市

 前回「其の432」の続きです。忠生公園を発した山崎川を鶴見川合流地点までたどります。

忠生公園大橋
忠生公園の東側、谷戸を渡る忠生公園大橋です。橋のたもとに急階段があり谷戸へ下りることができます。

町田市・山崎川
下り坂の道沿いでそれらしい雰囲気の草むらを見つけました。前回最後に載せたコンクリート製マンホールと同じものが草むらの中に見えました。この草むらの地下に雨水下水管が敷設されています。

町田市・山崎川
そのまま下ると目の前に突然川が出現。雨水下水管出口から普通の川になった山崎川です。忠生公園内の湧水を集めた流れです。

武蔵国山崎 身代地蔵尊・東京都町田市
左岸沿い道なりに進むと身代地蔵尊脇に出てきました。
御堂に「武蔵国山崎 身代地蔵尊」の表札板がかかっています。
案内板によると天明(1783年)の大飢饉のさい長老たちが僅かに残った食料を若者たちに譲り自ら餓死していったことを後世の人たちが慰霊するために建立したそうです。

町田市・山崎川
身代地蔵尊脇を東流する山崎川。このあと図師町へ抜ける市道を潜り、南から来た流れを合せたあと北向きの流れになります。

町田市・山崎川
市道東側を北流する山崎川。合流先の鶴見川はここより北方を西から東に向けて流れています。川沿いの道がないのでコの字型に出入りして追いかけます。

町田市・山崎川の支流
これは図師町に抜ける市道から見た山崎川の支流です。正面丘の裾沿いを右から左へ流れる山崎川に合流します。

町田市・山崎川
梁田寺南交差点付近、ひやり橋より山崎川上流を見る。

町田市・山崎川ひやり橋
ひやり橋です。橋名表示はあるものの川名表示がないです。

町田市・山崎川
ひやり橋下流の山崎川。途中から水路が細くなっています。

町田市・山崎川
梁田寺南交差点東の忠生公園通り沿いを流れる山崎川。

町田市・山崎川
梁田寺南交差点から250mほど東の交差点(久田材木店の下)から暗渠水路になります。これより先山崎川は地図から消えます。

町田市・山崎川
交差点から北東へ伸びる道があります。暗渠水路の入り口から推測するとこの道の地下を鶴見川へ向かっていると思われます。念のため「今昔マップ」で確認するとズバリその通りでした。


1896~1909年にセットした今昔マップです。(今昔マップon the webより)
山崎川は地図中央の八幡平と右書きしてあるところ(鶴見川が大きく南へ蛇行したところ)で合流しています。

町田市・山崎川
交差点から北東へ伸びる道へ入りました。左から車道、歩道、草地がずうっと続いています。暗渠水路はいずれかの地下に埋設されているはずです。草地には湧き出した水で流れができています。

東京都の雨水下水管マンホールフタ
歩道上の雨水下水管のマンホールフタです。耳を近づけても流水音が聞こえません。今日はお天気ですからね。しかし不思議なことに等間隔にある道路側溝のグレーチングふたを覗くと勢いよく水が流れています。多分これが暗渠の山崎川の流れだろうと思います。

町田市・山崎川付近を流れる水路
草地の溝はこのように水路に成長しました。この水路は山崎川とは無関係の水路です。下流へたどると新鎧橋で鶴見川へ合流しています。
ここはT字路で左側に団地の調整池があります。山崎川の河口はT字路を左折した方向です。

町田市・山崎川河口
旧鶴見川に架かる新高木橋下流右岸に山崎川は合流していました。画像中央の開口部です。山崎川合流点より上流はコンクリートで固めてあります。

新高木橋より鶴見川旧河道上流を望む
新高木橋から見た旧鶴見川の上流方向です。今昔マップにあるように旧鶴見川は南方向へ大きく蛇行していました。直線化工事により蛇行部は今のような形になりました。フェンスで囲ってあり進入禁止です。なにか理由があるはずです。私の感想を後で述べます。

鶴見川旧河道・並木橋下流
この辺りの鶴見川の直線化工事が完成する3年前、ここは鶴見川の本流でこんな表情の川でした。新高木橋の一つ上流の並木山並橋から見た鶴見川の下流方向です。 「其の217」より(2014/4撮影)。

鶴見川旧河道・町田市山崎町
山崎川合流点下流より上流を見る。鶴見川の旧河道です。流れている水は山崎川。

鶴見川旧河道・町田市山崎町
同下流を見る。直線化した鶴見川右岸開口部が見えます。

旧鶴見川が新鶴見川に合流
河川改修(直線化工事)により新しく作られた鶴見川右岸に合流しています。
河川合流なので右岸の護岸が途切れています。鶴見川が洪水で水位が上昇すると旧河道へ逆流するはずです。逆流を止める水門はなくフリーの状態です。これを見て信玄堤の霞堤を連想しました。本川の洪水を適度な勾配がある旧河道へ逆流させ調節池として生かしているのではないか?と感じました。洪水が収まれば自然に排水されますからね・・・水門は不要です。
新高木橋上流のフェンスはあの辺りまで逆流する怖れがあるからだと思います。

身代地蔵尊隣の庚申塔・町田市山崎町
おしまいに今回の探訪記念、身代地蔵尊隣の庚申塔です。
左が文字塔で右は主尊が青面金剛。どちらも三猿が刻んであります。造立年月は判読できず。

山崎川河口(新高木橋)の位置です。

其の432 鶴見川水系山崎川源流から河口へ①・東京都町田市

 先月末に相模原市のお隣、東京都町田市の忠生公園を訪ねました。園内を散策すると「源流の池」があり、その池は鶴見川支流の山崎川源流であることが分りました。
鶴見川については以前に本川の源流(町田市小山田町)を訪ねたことがあり、宮川橋付近の治水工事の進捗状況や上下流の調節池・遊水地などの治水施設を見学しており、私にとってはなじみ深い川です。
11月1日(水)晴れの日にあらためて訪れ源流から河口まで歩いてきました。

東京都町田市・忠生公園
忠生公園です。多摩丘陵の森を生かした公園です。秋の装いが始まっています。桜の紅葉が始まればもっと見栄えがいいでしょうね。

忠生公園・東京都町田市
忠生公園は見た目以上に奥深い公園(面積約8ha)で、谷戸と両側の丘陵の森を利用した自然豊かな公園です。西側の谷戸へ下りる途中三段の滝が目に入りました。

忠生公園・東京都町田市
滝の最上部はコンクリート製の池です。池の水はどこから来たのでしょう。気になります。

忠生公園の調節池
後ろ(北側)を見ると調節池があり湧水が眼前のコンクリート桝へ流れ込んでいます。てっきりこの水をポンプ揚水し滝の水として利用していると思ったのですが・・・。推測は外れました。
あとで、園内の「がにやら自然館」の職員さんにたずねるとコンクリート桝から直径2mの雨水下水管に入っているそうです。町田市の雨水下水管網だから滝とは無関係です。
公園周りの市街化にともない大雨が降ると道路側溝が溢れるので谷戸を利用し調節池を築造したと思われます。
ここは現在の谷戸の始まり地点(谷頭)にあたり湧水が多いところです。現にお天気なのに水の流れがあります。今昔マップで確認すると昔の谷頭はもっと北側にありました。

忠生公園・水の広場
滝の下に下りました。職員さんにたずねるとこの水は地下に溜めた井戸水を水中ポンプで揚水し落下させ、池との間は循環式で15分間隔の間歇運転を行っているそうです。

忠生公園・水の広場
滝の下の「水の広場」です。循環式ですが下流に向って小川がありわずかな流れがあります。

忠生公園の小川
これがほんのわずかな小川の流れです。

忠生公園・源流の池
小川の先にあるのが「源流の池」です。清水をたたえています。
池の周りを観察するとあちこちに泉があり池に流れ込んでいます。湧出量は1200t/日 だそうです。

忠生公園の泉 忠生公園の泉
地中から湧き出る泉。池の周りで4か所見つけました。

忠生公園・湿生池
「源流の池」から始まる山崎川のすぐ下流は「湿生池」です。

忠生公園の田んぼ
「湿生池」下流の田んぼです。「米づくり親子農業体験事業」の看板が立っていました。左上の橋は谷戸の上に架かる忠生公園大橋です。

忠生公園・がにやら池
田んぼの下流「がにやら池」です。「がにやら」とは「カニのすむ谷戸」と言う地元での呼び名に由来しているそうです。

忠生公園・がにやら池
「がにやら池」の端っこで湧水は地下へ吸い込まれていきます。どこへ行くのでしょうか。

忠生公園・雨水下水マンホール 

忠生公園・雨水下水マンホールフタ
忠生公園大橋の下でコンクリート製のマンホールを見つけました。「がにやら池」の水は地下に敷設したパイプからこのマンホールへ流れ込んでいると思います。あちこちの泉から湧出しているので複数の水路があり、すべてこのマンホールに流入しているみたいです。谷戸の湧水が集まるここが山崎川の始まりと言っていいと思います。
マンホールフタには「あめ」の表示あり。東京都の雨水下水管マンホールです。

これより先は忠生公園の外の探訪になります。フェンスがあり外に出られないので一旦丘の上に戻ります。探訪の結果、山崎川は鶴見川右岸に合流していました。次回に投稿いたします。

忠生公園の位置です。


其の431 須賀港の陸閘を見てきました・神奈川県平塚市

 10月26日(木)晴れ、前回「其の430」で発表した相模川河口の陸閘を見たあと須賀港を訪ねました。

須賀港出入口
相模川右岸堤防上をそのまま北へ進むとここへ出てきます。
堤防が途切れています。相模川西側の入江を利用した須賀港の出入口です。上流の城山ダムがゲート放流中なので水が濁っています。

須賀周囲堤防
相模川堤防下道路から須賀港を見ました。須賀港は相模川右岸堤防から連続する堤防で囲われています。河川堤防の一部ですが「須賀周囲堤防」と呼ばれています。
右側堤防上は港稲荷神社、須賀港バス停前です。

須賀港
須賀周囲堤防天端から見た須賀港内です。漁船が多数係留中です。須賀港は漁港ですね。当然のことながら港内の水位は相模川と同じです。

須賀港周囲堤防開口部
堤防内(市街地)と港内を結ぶ連絡通路の開口部です。今は平常時なので自由に通行可能です。

須賀港1号ゲート(陸閘)
港内から開口部を見ました。開口部右側に須賀1号と書いたパネルが納まっています。これが陸閘のゲートです。相模川の洪水が堤防内に流れ出るのを防ぐためのゲートです。いざという時に電動式で左側へ引き出し堤防の役目を果たします。

須賀周囲堤防ゲート設備(陸閘)銘板
陸閘ゲートの銘板です。
須賀周囲堤防ゲート設備
竣工年月:1989年8月 主材質:アルミニウム合金製
型式:横引き式ゲート(1号) 純径間×高さ:5.00×3.00
製作:日本軽金属株式会社  
(銘板より)

須賀周囲堤防
須賀1号ゲートから西方向を見ました。背の高い周囲堤防と非常階段。階段を上りましたが手すりがあっても怖いです。

須賀周囲堤防西側の須賀2号ゲート
須賀周囲堤防西側の須賀2号ゲートです。

須賀周囲堤防西側の須賀3号ゲート
同須賀3号ゲートです。

須賀港の陸閘・須賀3号ゲート
須賀3号ゲートを堤防内(市街地)から見ました。堤防内は漁業関連施設です。

須賀港
須賀周囲堤防須賀3号ゲート付近から見た須賀港の出入口。

須賀港の陸閘・須賀4号ゲート
須賀港の陸閘・須賀4号ゲート
須賀周囲堤防北側の須賀4号ゲートです。

須賀港の陸閘・須賀5号ゲート
相模川右岸堤防から見た周囲堤防須賀5号ゲートの開口部。

須賀港の陸閘・須賀5号ゲート
上記を南側から見ました。周囲堤防須賀5号ゲートです。

以上で須賀港のすべての陸閘を見ました。以下は5号ゲートの南側相模川右岸堤防上の各種記念碑などです。

湘南潮来の碑
「平塚八景 湘南潮来」の碑と「相模川八景 湘南潮来と河口」の碑。この辺りの相模川は川幅が700mもあり景観が水郷潮来に似ていることから名付けられたそうです。

須賀港・相州須賀湊の碑
昭和41年に建てられた「相州須賀湊の碑」。歴史は古く平安、鎌倉時代から港として利用されていたそうです。

須賀港・舟繋石(ふなつなぎいし)の碑
「舟繋石」。左側の石が舟繋石(ふなつなぎいし)です。

「平塚漁港周囲堤防 平成2年10月竣工」完成記念碑
「平塚漁港周囲堤防 平成2年10月竣工」の碑。
完成記念碑みたいです。

須賀港入口石造りの神社
おしまいに堤防南端の石造りの神社です。

陸閘の記事が続きました。陸閘はこの辺でひとまず終わりにしたいと思います。思いつくまま気の向くまま、次回もまた水辺の旅に出かけます。

須賀港の位置です。