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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の422 信玄堤の霞堤を見てきました・山梨県甲斐市

 9月13日(水)晴れ、小石和用水路を訪ねたあと信玄堤の霞堤を見に行きました。ここは二年前にも来たことがありますが、その時は霞堤と認識できず素通りしてしまいました。21日(木)にも寄ったので再々訪です。

釜無川の信玄堤
釜無川に架かる信玄橋下流の現在の堤防です。いわゆる現代のスーパー堤防です。堤防上を県道116号線が走っています。「信玄堤」の標識が立っています。左側に橋が見えます。

釜無川の信玄堤
信玄堤の標識。

釜無川・上堰頭首工
橋は上堰頭首工の管理橋です。竜王土地改良区が管理する農業用取水堰です。取水した用水は取水樋管ゲートから堤防内側の水路に取り入れています。

上堰頭首工の碑
管理橋付近の竜王町が昭和52年10月に建てた「上堰頭首工之碑」です。
碑文によると享保年間に築造の西八幡村の上堰用水取水施設、玉川村の下堰頭首工、両施設が昭和49年7月の台風、梅雨前線豪雨で取水不能となり昭和52年3月にこの頭首工を築造したそうです。それにしても享保年間(およそ240年前)からとは暴れ川の釜無川でよく使い続けたものです。

釜無川・第一集水暗渠ゲート
上堰頭首工の200m位上流にもうひとつ取水樋管ゲートがあります。銘板によると「第一集水暗渠ゲート」と言い平成5年に築造されました。管理者は竜王土地改良区です。

釜無川の信玄堤
今日のテーマは信玄堤の霞堤です。少し上流の現在の堤防から内側に入り堤防周り及び用水路を観察しながら下流へ歩きます。

釜無川の信玄堤
堤防内側に入り上流を見ました。左側が現在の堤防、右側にも並行して堤防(信玄の時代に築かれた堤防・信玄堤)が走っています。つまり二重堤防になっています。堤防内は二つの堤防に挟まれた窪地で整備された巨木の林です。案内板によると「信玄堤の水防林」と言い甲府の中心地を釜無川の洪水から守る治水施設の一つだそうです。樹種は主にケヤキです。
現在の堤防も信玄堤を元に築かれたので信玄堤ですがここでは「現在の堤防」として区別します。

玉幡用水
先ほど見た第一集水暗渠ゲートから堤内に取り入れた農業用水路。水の流はなく取水は終わったようです。後ろの堤防が信玄堤です。

玉幡用水
近くで見ると「玉幡用水第一集水暗渠 昭和十三年三月完成」の銘板が嵌めこんであります。この用水路名は玉幡用水です。「上堰頭首工之碑」にあるように旧玉川村と旧西八幡村から取った名前ですね。

玉幡用水
その下流にゲートがあります。上堰頭首工から取り入れた用水が合流しています。

釜無川の信玄堤
信玄堤に上り下流方向を見ました。散歩する人がたえず通ります。信玄堤は下流のかすみ橋が架かる現在の左岸堤防まで途切れることなく一本で繋がっています。右下を玉幡用水が流れています。

玉幡用水
信玄堤沿いを流れる玉幡用水。前方(正面と右岸側)にゲートがあります。

玉幡用水
上記写真のゲートから玉幡用水上流を見ました。樋管ゲートから信玄堤を潜り田んぼへ向かっています。右岸のゲートは河川維持水を送るための分水ゲートです。

信玄堤東側の風景・富士山と田んぼ
信玄堤水防林の間から見た東側の風景。

信玄堤沿いを流れる小川
信玄堤沿いを流れる小川。先ほど玉幡用水右岸ゲートから河川維持水として分水されました。地図によるとこの先で釜無川に合流しています。合流点付近に第二集水暗渠ゲートがあるのでそこに繋ぎ堤防内の用水路に取り入れているかも知れません。これは私の想像です。せっかく頭首工を築いて取り入れた用水を河川維持水とは気前が良すぎですからね・・・。

信玄堤水防林の桜と猫
どきっ!桜の大木に黒豹?がいました。信玄堤から見た水防林の桜の巨木です。

信玄堤
信玄堤から見た水防林と並木沿いには玉幡用水が流れています。その東側は田んぼです。

信玄堤・かすみ橋
信玄堤天端を下流へ歩いてきました。信玄堤から右へ逸れスロープを下っています。左側の土手は信玄堤です。前方の橋は現在の堤防に架かるかすみ橋です。信玄堤は現在の堤防(釜無川左岸堤防)にそのまま続いています。スロープ道右側には小川が流れていてこの先で釜無川に合流します。
つまり釜無川左岸堤防はここで途切れています。堤防の不連続です。

信玄堤・かすみ橋
かすみ橋を潜り堤防外側から見ました。堤防の不連続・霞堤と明確に分かる現場です。
実際に釜無川が洪水で現在の堤防天端すれすれまで増水したらどうなるでしょう。かすみ橋から逆流し今日歩いた両堤防に挟まれた窪地は洪水で満たされるでしょう。洪水が収まればかすみ橋から自然に排水されるので巧みな治水工法です。両堤防に挟まれた窪地は普段おだやかな水防林の公園ですが今で言う遊水地ですね。越流堤、排水ゲートなどが要らないのは良いですね・・・。
私は二年前この堤防外側に沿って上流へ歩きました。しかしこれが霞堤と気づかず通過してしまいました。アホですね。今回再訪し納得した次第です。

2年前(2015/4投稿)の探訪記です。
「其の216 甲府盆地の天井川を訪ねる・中央市の釜無川」 


話は飛びますが、私がかつて歩いたことがある相模川に合流する目久尻川河口、多摩川に合流する平瀬川や野川河口は河川合流なので堤防は当然不連続になります。
実際、目久尻川河口付近の相模川左岸堤防上を上流へ歩くと自然に目久尻川左岸堤防になります。堤防が一本に繋がっているわけです。合流点上流の相模川左岸堤防から見れば目久尻川左岸堤防は相模川左岸堤防の二重堤防のように見えるはずです。信玄堤の霞堤とよく似ています。目久尻川河口の堤防は霞堤かも知れませんね。平瀬川や野川河口も同じ状況です。

信玄堤の霞堤の図
信玄堤の霞堤(昔は三カ所あった)の図を見つけました。信玄堤は龍王川除けとも言うそうです。画像クリックで拡大。
(南アルプス市教育委員会文化財課 遺跡で散歩 案内看板より)

甲府駅前・武田信玄公之像
おしまいに甲府駅前、戦国武将・武田信玄公之像です。優れた政治家で治水でも偉才を発揮しました。
信玄の時代、御勅使川は信玄堤付近で釜無川に合流していました。暴れ川の御勅使川が洪水のたび釜無川左岸堤防を壊し東方の甲府中心部まで災害を及ぼしたので、信玄堤はそれを防ぐために築かれました。
その後、信玄堤直撃を避けるため御勅使川の川筋を北方向に変更する工事も行われました。「十六石」「石積出」「将棋頭」といった施設です。その一部は現在も史跡として遺されています。それらの見学を終えたので引き続き投稿の予定です。

第一集水暗渠ゲートの位置です。

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其の421 小石和用水路を探訪しました・山梨県笛吹市石和町

 9月13日(水)晴れ、笛吹市の小石和用水路を終点まで探訪しました。そんな遠くの用水路をなぜ知っているの?と言われそうですが、一昨年、笛吹川の天井川化を確認するため笛吹川に沿って歩いた時に見つけました。

小石和用水取水樋管ゲート
笛吹川右岸堤防上から見た小石和用水の取水樋管ゲートです。

小石和用水取水樋管ゲート
樋管ゲート直前のスクリーン。ゴミが引っかかっています。

小石和用水取水樋管取水口
取水堰もなく簡単なスクリーンを通し自然流下で取り入れています。地図を見ると笛吹川河道内に堆積した土砂を開削した水路で上流の本流からここまで導水しています。
自然流下なので流れていく先の田んぼはここよりも標高が低いことが分かります。
小石和用水取水施設のお陰で笛吹川の天井川化を確認できたわけですが、私的には用水路の流末がどこへ行くのかが気になります。用水路の余水排水は取水した川へ戻すのが普通です。ここのように天井川から取水した用水は元の川へ戻せないですね・・・。じゃあどうするか?答えは想像がつきますが、今日はそれを確かめるためにやって来ました。

小石和用水路・笛吹市スコレーセンター前
取水樋管ゲート管理橋付近から堤防内側を見ました。西へ向かう小石和用水路。用水路北側は笛吹市役所スコレーセンターです。
堤防下へ下りると分りますが3方向に分水し、堤防沿いを南、北にも流れています。

小石和用水取水樋管出口
堤防を貫いた樋管の出口です。角落しで北、西、南方向へ分水しています。

暗渠の小石和用水路
堤防に沿って南へ向かう小石和暗渠用水路。あとで分かりますがこの流れは下流で西へ向かった用水路と合流しています。

小石和用水路・笛吹市スコレーセンター付近
スコレーセンターに沿って西へ向かう小石和用水路。

渋川・笛吹市49号橋付近
水量が多い西へ向かう用水路を追ってみました。そのまま西へ向かうとこの川・渋川左岸にぶつかります。

小石和用水路・渋川49号橋付近
渋川から小石和用水路(右側の用水路)上流を見ました。渋川直前で道路を潜り東向きと南向きに分水しています。

小石和用水路
渋川左岸沿い親水公園内を南に流れる小石和用水路。

小石和用水路
その先渋川に架かる48号橋たもとを左折し東へ向かったところで暗渠の用水路は消えています。右折する細い用水路が見えます。

小石和用水路
細くなった用水路は左側のナス畑、右側の果樹園の間へ入って行きます。用水路はこれらのかんがい用と思われます。田んぼ向けは見なかったですね。

小石和用水路
一方、笛吹川右岸堤防沿いを南に向った小石和用水路は下流で開渠となり西方向へ分水しています。南方向は道がなくたどれません。

小石和用水路
分水し西へ向かう小石和用水路。下流で渋川直前の親水公園前で東へ分水した用水路と合流します。

小石和用水路
合流して南へ向かう小石和用水路。わかば保育園前を流れています。それにしても田んぼが見えないです。

小石和用水路
その先の五差路で暗渠になり西の渋川へ向かっています。

小石和用水路
渋川の54号橋から見た暗渠の小石和用水路。五差路からこちらへ向かって流れています。

渋川に合流する小石和用水路
54号橋で渋川へ合流する小石和用水路の余水排水。今日の探訪で小石和用水路は笛吹川と渋川に挟まれた圃場へ給水していることが分かりましたが、畑や果樹園はあっても田んぼは見かけなかったですね。

渋川
54号橋のひとつ下流の橋から見た渋川上流方向です。笛吹川より低地を流れる小石和用水よりもさらに低地を流れる渋川。どこへ流れて行くのでしょう。私は当初小石和用水がそのまま排水機場に流れ込みポンプで笛吹川に排水されると想像していました。低地河川の渋川へ合流とは予想が外れました。
これでは探訪記として中途半端です。別の日(9月21日)に渋川の流末を見に行きました。

笛吹市渋川
低地河川・渋川の終点です。清流橋から見た渋川の下流方向です。
ここは笛吹川右岸堤防と平等川左岸堤防に挟まれたデルタ地帯です。行き場を失った渋川に流れはありません。


デルタ地帯・渋川終点の排水機場位置です。地図は雄弁です。

渋川の排水施設
堤防上(笛吹川と平等川堤防は曲線状に繋がっています)から渋川上流を見ました。除塵機が稼働中でした。

渋川排水機場
堤防から見た排水施設。左が除塵機稼働中の建屋。手前は排水機場です。手前の調圧水槽の奥の建屋から吐出管が二本出ているのが見えました。施設名は看板や表札がなく不明ですが笛吹市の施設と思われます。

渋川排水機場
笛吹川の堤防から見た排水機場。排水樋管ゲートや管理橋は草が茂り見えません。

峡東浄化センター排水樋管ゲート
これはすぐ近くの笛吹川右岸の峡東浄化センターの排水樋管ゲートです。渋川河川水も排水機場から同様に排水しているはずですが草で覆われ見られなかったです。

予想通り最後はポンプ排水でした。確認できてよかったです。
気分すっきり次の目的地信玄堤・高岩頭首工へ車を向けました。

参考過去記事
「其の209 甲府盆地の天井川を訪ねる・笛吹市の笛吹川」

小石和用水取水樋管ゲートの位置です。

其の420 田んぼの水はどこから②・神奈川県愛川町中津~角田

前回「其の419」の続きです。9月9日(土)に探訪しました。

愛川町・尾山水利組合の用水路
尾山水利組合の田んぼ北端から用水路上流を見ました。八菅橋から角田大橋に至る道路に沿って流れ、眼前の分水工に流れ込んでいます。

愛川町・尾山水利組合の用水路
その先で用水路は道路下を横断し右側に移りました。グレーチングフタの隙間から水流を確認できます。道路右側は中津川右岸です。取水口は近くにあるみたいです。

愛川町・尾山水利組合の用水路
すぐ先、道路から右へ逸れたところでゲートを見つけました。
これが取水ゲートならばめでたく今日の探訪は終わりです。見れば中津川の水面ははるか下の方にあります。これは暗渠用水路側面の排水ゲートみたいです。ゲート位置へ下りて観察すると暗渠用水路とおぼしきコンクリートの角が上流へ続いています。

愛川町・尾山水利組合の用水路
土砂吐ゲートから振り返るともうひとつゲートがあります。左側石段上から上記排水ゲートを撮影しました。足元だから気づかなかったのですが制水ゲート?でしょうかね。今は使われていないようです。

オニグルミの実と小枝
これは何でしょう。道路からゲートへ行く途中の道にオニグルミの実が3個と枯れた葉っぱ付きの小枝が落ちていました。果肉の中に堅いクルミの実が入っています。


暗渠用水路の上流を探しに行きました。中津川右岸沿いのこの道は前述のようにこの3月に歩いているので上流にもう一つ田んぼがあることを知っています。その余水排水を利用しているのでは・・・と閃きました。

愛川町・丸山耕地水利組合の用水路
1kmほど上流の田んぼ南端の用水路です。余水排水をゲートから中津川へ放流しています。「危険立ち入り禁止」の看板に丸山耕地水利組合とあります。下流に用水路暗渠入口が見えます。

愛川町・尾山水利組合の用水路
暗渠用水路入口です。近づけないのでズームアップしました。
これで私の推測は当りましたね。丸山耕地水利組合の用水路は尾山水利組合の田んぼまで一本で繋がっていました。取水源(取水口)は共通と言うことが分かりました。

愛川町・丸山耕地水利組合の田んぼ
余水排水ゲート上流、丸山耕地水利組合の田んぼです。害獣除けのネットでぐるりと囲っています。上流へたどります。

愛川町・丸山耕地水利組合の田んぼ
角田大橋に通じる道路沿いを流れる用水路。

丸山耕地復元完成記念碑・整理竣工記念碑
田んぼの端、角田大橋の手前150m位のところに「丸山耕地整理竣工記念碑」と「丸山耕地復元工事完成記念碑」が立っています。大きい方の碑に「衆議院議員河野一郎書」の文字が見えます。安倍内閣河野外相のお祖父さんですね。

愛川町・丸山耕地水利組合の用水路
記念碑の脇にレンガ巻の隧道があり、こちらに用水が流れています。丸山耕地水利組合の用水路の始まりです。右側に土砂吐ゲートがありました。
取水口はまだ上流にあるようです。探しに行きました。

愛川町・丸山耕地水利組合取水施設
角田大橋のたもと、フェンスの中に階段下り口を見つけました。先ほど見た「危険立ち入り禁止 丸山耕地水利組合」と全く同じ看板がかかっています。取水施設はこの崖下にあるようです。

中津川角田大橋
角田大橋から見おろすも樹木に遮られ施設は見えず。角田大橋を渡り左岸から見ました。橋の上流側にあるのですがやはり同様に見られません。

今日の探訪はここで切り上げました。冬場なら木々の間から見えるかもしれません。今回のテーマ「田んぼの水はどこから」は、ゲート等の取水施設を見られなかったのですが目的は達したと思います。意外なところから取水していてびっくりです。

中津川沿いの農業用取水施設と用水路は今回ですべて探訪し尽くした感があります。左岸が上流から田代、仙台下、坂本、牛久保、右岸は上流から今回の丸山、三田、昭和です。残りがあるとすれば半原です。

今回のスタート尾山水利組合の田んぼ北端の位置です。

続きを読む

其の419 田んぼの水はどこから①・神奈川県愛川町八菅山~中津

 今年3月28日、八菅神社例大祭で有名な火渡りを見学したあと中津川右岸に沿って上流の角田大橋まで歩きました。横須賀水道みちの管路隧道前で思わぬ発見をした日です。
9月9日(土)晴れ、その時通りがかった田んぼの実りの秋の風景と用水がどこから来ているのか見たくなり行ってきました。

中津川に架かる八菅橋
相模川の支流中津川に架かる八菅橋(はすげばし)です。前方の山が八菅山で中腹に八菅神社があります。中津川の河原に駐車しそこから歩きました。

八菅橋より中津川上流を望む
八菅橋から上流を見ました。釣り人が残り少ないアユ釣りシーズンを楽しんでいます。目的地の田んぼで遠く練馬からトンボの調査に来た愛好家に出会いました。人それぞれ休日を楽しんでいます。私は相変わらず用水路と田んぼ歩きです。

神奈川県愛甲郡愛川町八菅山の田んぼ
八菅橋の400mほど上流、八菅山(はすげさん)と中津川の間に開かれた田んぼです。左側の八菅山に沿って湧水を集めた沢が流れています。
今日は中央の農道を中心に田んぼの北の端(約800m先)までと、どこにあるのかわからない水源(取水口は多分中津川右岸)を目指して歩きます。

愛川町八菅山の田んぼ
幹線用水路から八菅山方向を見ました。ここは田んぼの南の端なので用水路は沢に向っています。農家の人の話ではこの辺りに青大将や毒蛇のヤマカガシが出るそうです。私は一度だけですが中津川左岸、仙台下用水路内の菖蒲田でヤマカガシを見たことがあります。するするっと動きが早く茶色と黒のまだら模様は気持ち悪かったですね・・・。今日は出てこないでほしいです。

尾山水利組合の用水路終点
用水路の終点近くです。余水排水は前方の沢に合流します。沢の近くにマムシが出るそうです。要注意。沢は八菅橋上流で中津川に合流しています。
フェンスに尾山水利組合(用水路管理者)の注意看板がかかっています。

愛川町八菅山の田んぼ・電気柵
この田んぼは周囲を害獣除けの電気柵で囲ってあります。外部電源はなく太陽光パネルで発電しているようです。この辺りの害獣は山から下りてくるイノシシだそうです。農家にとっては収穫直前の稲が荒らされたらたまったもんじゃないですからね。

尾山水利組合の用水路・愛川町八菅山、中津
田んぼを南北に縦断する幹線用排水路。左側が用水路で右側が排水路。

尾山水利組合の用排水路・愛川町八菅山、中津
上流から見た幹線用排水路。左側が排水路で右側は用水路。

愛川町尾山水利組合の田んぼ・開田記念碑
農道沿いに立つ開田記念碑です。昭和18年4月建立。

農道や畦道を歩いているとイナゴが次から次へと舞い上がり田んぼの中に逃げて行きます。ここは農薬を使っていないようでイナゴの天国です。イナゴの写真をいっぱい撮りました。

愛川町尾山水利組合の田んぼのイナゴ
害獣除けネットの上のおんぶイナゴ。

愛川町尾山水利組合の田んぼのイナゴ 愛川町尾山水利組合の田んぼのイナゴ

愛川町尾山水利組合の田んぼのおんぶイナゴ 愛川町尾山水利組合の田んぼのおんぶイナゴ
下2枚もおんぶイナゴです。画像クリックで拡大。

八菅山の砂防ダム
八菅山登尾入口前の農道から50mほど山へ入ると砂防ダムがあります。万が一の土石流から田んぼを守るためでしょうね。

八菅山沢沿いの彼岸花
近くの沢沿いの彼岸花のつぼみ。もうすぐ秋分ですね・・・。

愛川町尾山水利組合の田んぼ
中津川右岸道路沿いから見た田んぼの風景。黄金色に染まるのはもう少し先みたいです。ゆっくりした色づきが幸いして今日の探訪が実現しました。乾いた用水路は見たくないですからね。

用水取入れ風景・愛川町尾山水利組合の田んぼ
用水取入れの様子。角落しで堰上げし塩ビパイプで取り入れています。稲はまだ緑色、パイプの角度で水量を調節しています。右側の田んぼは色づいたので給水を止め乾いています。
出会った農家の方の話では稲の色づき具合を見てきめ細かく水量調節をしているそうです。

愛川町尾山水利組合の田んぼ
尾山水利組合の田んぼの北端に来て振り返りました。右手に八菅山、山裾に沢が流れ田んぼが広がっています。この辺りには山と田んぼと水辺の環境に適したイトトンボが生息しているそうです。それも珍しい絶滅危惧種のモートンイトトンボです。練馬から調査に来た愛好家の方に教えてもらいました。

あれこれ興味があり道草をするので時間がかかります。次回に続きます。「田んぼの水はどこから」?を究められるでしょうか。

八菅神社例大祭火渡りの模様と横須賀水道管路隧道の記事は
「其の377」で投稿しました。


尾山水利組合の田んぼ南端の位置です。

其の418 荻野川の小山谷戸堰用水路を歩く・神奈川県厚木市

 9月3日(日)晴れ、今年6月荻野川の農業用取水堰巡りをした時に見つけたゴム堰から始まる小山谷戸堰用水路を終点まで歩いてきました。

荻野川の小山谷戸堰
今日は神奈中バス荻野新宿バス停からの歩きです。
荻野川左岸から見たゴム堰(ゴム引布製起伏堰)です。ゴム堰はラバーダム、ファブリダムとも呼ばれています。用水路の通水が気がかりだったのですがゴム堰は只今稼働中です。右岸に取水ゲート、ゴム堰操作室が見えます。

荻野川の小山谷戸堰
右岸から見たゴム堰。左岸に魚道が設けてあります。

荻野川の小山谷戸堰・ゴム堰操作室
取水ゲートとゴム堰操作室。操作室に表札やゴム堰の銘板もなく施設の名称が分りません。ここは厚木市及川です。資料によると及川地区には及川金谷堰と小山谷戸堰の二堰があるのでこの施設は小山谷戸堰と思われます。

小山谷戸堰用水路
取水ゲート下流、町中を流れる用水路。

「用水路 ここからどこへ 行くのだろう」 doushigawa
小山谷戸堰から始まる幹線用水路を初秋の田んぼを眺めながら終点までたどります。

小山谷戸堰用水路
東へ向かう小山谷戸堰用水路。左側の田んぼ向け用水は少し上流で分水しています。

小山谷戸堰用水路
前方は県道63号線、荻野橋の南です。県道をトンネルで潜ります。

小山谷戸堰用水路
県道東側、小山谷戸堰用水路から給水を受ける田んぼです。暗渠になった用水路は田んぼ沿いを流れています。グレーチングの点検口が目印です。田んぼの東側を荻野川が流れています。もう一つのゴム堰・及川金谷堰はこの付近にあります。

小山谷戸堰用水路
県道63号線沿いの暗渠用水路。小山バス停付近です。

小山谷戸堰用水路
県道から逸れ丘の裾に沿って進む暗渠用水路。県道と荻野川に挟まれた田んぼは小山谷戸堰用水路の給水エリアです。

小山谷戸堰用水路
県道から暗渠用水路に下りました。田んぼへ給水の様子です。

小山谷戸堰用水路
暗渠用水路上は歩けそうもないので迂回をしました。その下流です。丘の裾沿いに流下する開渠になった小山谷戸堰の幹線用水路。

小山谷戸堰用水路のイナゴ
田んぼ脇の支線用水路で珍しい生き物を見つけました。バッタではありません。昔懐かしいイナゴです。農薬に負けず生き残ったんですね。他には見かけずこの一匹だけです。単独で繁殖はあり得ず他に仲間がいるはずです。

小山谷戸堰用水路
田んぼの外周道に沿って流下する小山谷戸堰の幹線用水路。

小山谷戸堰用水路・田んぼへ堰上げ給水
小山谷戸堰用水路・田んぼへ堰上げ給水
角落しで田んぼへ給水中です。稲はまだ緑色、黄金色になるまで給水は続くのでしょうね。

小山谷戸堰用水路
その先では田んぼから排水を受け入れていました。下流では排水路を兼ねています。

小山谷戸堰用水路
その先、十二天神社東を南流する小山谷戸堰用水路。

小山谷戸堰用水路
荻野川に架かる十二天橋西側、最後の田んぼを過ぎ大きく左へカーブする用水路。

小山谷戸堰用水路終点・荻野川に合流
カーブした先で荻野川に合流していました。急勾配で合流しているので荻野川増水時逆流の恐れはないのでしょう。樋管ゲートはありません。ここは十二天橋の100mほど下流です。
ゴム堰の頭首工から延長およそ1.5km、小山谷戸堰幹線用水路の終点です。荻野川から取水し田んぼを潤したあと余水排水は元の川・荻野川へ戻って行きます。用水路の標準的パターンでした。このあとは白根橋を渡り神奈中バス妻田薬師バス停へ向かいました。

次回は愛川町の中津川右岸の田んぼの様子をお伝えします。

小山谷戸堰頭首工の位置です。


其の417 千葉県鴨川市の円筒分水工群巡り②

 「其の416」の続きです。東幹線を下流へたどっています。
8月30日(水)晴れの日に探訪しました。北朝鮮が日本を飛び越える弾道ミサイルを発射しJアラートが鳴り響いたのが29日、その翌日です。

鴨川市・八色分水工
鴨川市の円筒分水工群巡り二つ目は八色分水工です。分水量が少なく迫力がありません。桝の数から2方向分水?みたいです。
場所は大日分水工のおよそ200m南、県道181号線沿いにあります。グーグルマップ検索窓に八色分水工と入力すると開きます(他の四つの円筒分水工も同様です)。地理院地図で標高を調べると27.3mでした。

八色分水工銘板
八色分水工の銘板です。

鴨川市・高溝分水工
三つ目の分水工です。東幹線の末端に近い分水工で高溝分水工と言います。場所は県道24号線高溝交差点前です。八色分水工の約1km南にあります。円筒周りに水道の蛇口のようなものが付いています。こんなタイプは初めて見ました。桝の数から2方向分水です。地理院地図で測ると標高は16.5m。

東西分水工から高溝分水工まで地理院地図で調べた標高を記します。
東西分水工 50.6m→大日分水工 39.5m→
八色分水工 27.3m→高溝分水工 16.5m

高溝分水工・銘板
高溝分水工の銘板です。

高溝分水工からの支線用水路
分水を受けた支線用水路が水路橋で溜池を渡っています。水路橋を流れている用水は金山ダムから来ています。面白い風景ですね。

水路橋と高溝揚水機
少し南から見ました。左側に池から配管が立ち上がっています。土地改良区のパンフによると高溝揚水機と言います。水路橋とは別系統の用水路です。

鴨川市・坂東分水工
東幹線上の円筒分水工3基を見学したので西幹線上の円筒分水工を見に行きました。東西分水工からおよそ2.3km下流、県道34号線沿いにある坂東分水工です。本日四つ目の円筒分水工です。
内側円筒中央に黒いパイプが立ち上がっています。パイプ先端から水が落下しているのが見えます。内槽に穴が開いています。

坂東分水工銘板
坂東分水工の銘板です。ここは刻まれた文字が読み取れます。
県営加茂川左岸用水改良事業 
坂東分水工 昭和41年3月竣工 
(銘板より)

千葉県鴨川市・加茂川
鴨川市総合運動場付近の太尾橋を渡りました。太尾橋から見た加茂川です。この上流で西幹線は加茂川を水管橋で右岸に渡っているのですがうっかり見過ごしました。農業用水の水管橋は記憶では今まで二つしか出合っていません。非常に珍しい施設です。惜しいことをしました。

千葉県鴨川市川代地区の田んぼ
太尾橋から加茂川右岸を上流へ、一つ目の道を左折しました。そこから見た鴨川市川代地区の田んぼの風景です。この田んぼは西幹線から給水を受けています。すでに稲刈りは終わっています。鴨川市は早場米の産地だそうです。今日五つ目の滝山分水工は前方左手山の中腹にあります。

鴨川市・滝山分水工への道
個人宅の庭先を通り抜け崖を上ります。幸いご主人が在宅で行き方を詳しく教えてもらい助かりました。途中グレーチングでふたをした桝があり中を覗くと水が勢いよく流れています。多分滝山分水工で分水した用水の流れと思います。

鴨川市・滝山分水工への道
山道を進みます。害獣除けの電気柵が2か所横切っていました。低いので跨いで通過。

鴨川市・滝山分水工
その奥にひっそりとありました。滝山分水工です。

鴨川市・滝山分水工
周囲が山なので落ち葉が入らないようにネットで覆っています。

鴨川市・滝山分水工
ネットの継ぎ目から中を見ると水音を立てて分水中です。5基の円筒分水工の中で一番水量が多いと感じました。

滝山分水工・銘板
滝山分水工の銘板です。

東西分水工から滝山分水工まで地理院地図で調べた標高を記します。
東西分水工 50.6m→坂東分水工 24.9m→滝山分水工 41.9m
滝山分水工の方が上流の坂東分水工より高位置にあります。しかし東西分水工よりは低位置にあるのできっちりと流れるんですよね・・・。パイプライン化した管水路だからこそです。開水路(普通の用水路)ではこうは行きません。

以前ブラタモリの番組でペットボトルを使って管水路を上手に説明していました。チラッと見ただけですが以下のような内容でした。
人が水の入ったペットボトルAをさかさまに胸の高さに持ちます。2~3mくらい離れた低位置に空のペットボトルBを置きます。AB間は透明なビニルパイプで繋がっています。ただしビニルパイプ端末はBの口に差し込んであるだけと思います。ビニルパイプには故意に2か所くらいアップダウン(山や谷)が作ってあります。この状態で通水するとビニルパイプのアップダウンに関係なく水はAからBへ流下する実験でした。

東京湾フェリー金谷港
帰りは東京湾フェリー金谷港14時20分発かなや丸にぎりぎり間に合いました。出航3分前、私が最終乗客です。

東京湾フェリー久里浜港
40分後に久里浜港に到着。
横横道路から相模原まで一本道です。16時50分無事帰宅。

参考資料:鴨川市加茂川沿岸土地改良区パンフレット
「鴨川市加茂川沿岸土地改良区概要書」及び「金山ダム関連現況施設図」 この日は探訪前に土地改良区へ伺いました。資料提供ありがとうございました。

今回最初に訪ねた八色分水工の位置です。


其の416 千葉県鴨川市の円筒分水工群巡り①

 8月30日(水)晴れ、拙ブログ読者情報により鴨川市の円筒分水工群を探訪しました。探訪後改めて地図を眺めると半径1kmの範囲に5基の円筒分水工が散在しています。
読者は今年7月、東京駅から特急わかしお3号に乗り安房鴨川駅からタクシーで効率的に円筒分水工巡りをしたそうです。私は他にも見たいところ(金山ダム、東西分水工)があり相模原から車で出かけました。

東京湾フェリー久里浜港
東京湾フェリー久里浜港を後にしました。
空いていたので9時25分発にぎりぎり乗船できました。

東京湾フェリー
40分間の船旅で金谷港に到着。下船待機中です。船首から乗船したので船尾を前に接岸。一発で決めました。操船技術は大したもんです。車列は6車線のうち2車線だけです。

金山ダムへの道・金山隧道
鴨川円筒分水工群の水源は金山ダムです。水源から順に施設を追っていきます。始めに県道24号線から逸れ金山ダムを目指します。一つ目のトンネル(金山隧道)手前で道が分岐します。左が金山城址方面。右の金山隧道へ。

金山城址道標・鴨川市
金山城址の道標です。

金山ダムへの道・船石隧道
二つ目のトンネル(船石隧道)手前でまた分岐です。左は金山ダム管理室方面ですが管理者の鴨川市加茂川沿岸土地改良区の看板がかけてあり係員以外進入禁止です。残念ですね・・・。

金山ダム船代橋
船石隧道を抜けたところに赤い吊橋が架かっています。金山ダムに到着です。

金山ダム・金山城址案内板
吊橋たもとの金山ダムと金山城跡の案内板です。
金山川を堰き止めて造ったアースダム。昭和41年完成。
堤高:28.281m 堤長:110m 総貯水量:180万t

(案内板より抜粋)

金山ダム
吊橋(金山ダム船代橋)より左手方向を望む。

金山ダム管理室
金山ダム管理室が見えます。金山川を堰き止めているダム堤体は山の向こう側にありここからは見えません。
金山ダム管理室と吊橋の間は水位が下がり草地になっています。草地の左側に洪水吐施設があります。

金山ダム洪水吐
洪水吐です。ダムの水位が上がると越流し金山川へ放流します。

金山ダムと取水施設
吊橋から右手方向を望む。黄色の八角形の筒が取水施設です。だいぶ水位が下がっています。地理院地図で標高を測ると63.0mでした。

金山ダムの取水施設
金山ダム操作室前から見た取水施設。貯水した水の出口はこの施設と洪水吐の2か所のみと思われます。
取水した用水は農業用水と金山川維持水に分水されるはずです。維持水を流さないと金山川が死んでしまいますからね・・・。土地改良区で頂いたパンフに打墨用水路分水工の写真が載っています。この分水工がその役割を担っているようです。分水の様子を見たかったのですが船石隧道手前の管理室方面への道が進入禁止のため実現せず。進入路の下の方にあると思われます。

東西分水工
分水された農業用水は本幹線用水路で約1.2km下流の東西分水工へ送られます。これが道路際の東西分水工です。県道24号線美の口バス停から右斜めの細い道に入り道なりに北方向へ進むと分水工前に着きます。

鴨川市加茂川沿岸土地改良区・東西分水工
フェンスの隙間から見ました。斜流式分水工です。ここで東幹線と西幹線に分水しています。私が今立っている足元は道路です。分水工より下流はそれぞれパイプライン化されているので地上から用水路は見られません。ポンプ等の施設はなく自然流下で送水しています。

鴨川市加茂川沿岸土地改良区・東西分水工
本幹線用水路の末端=東西分水工入口のアップです。打墨用水路分水工からここまでパイプラインで送水されました。


さて、ここから円筒分水工群巡り本題に入ります。東幹線路上に3カ所、西幹線路上に2か所、計5基の円筒分水工があります。

一つ目の円筒分水工は東西分水工から分岐した東幹線路上の分水施設・大日分水工です。東西分水工から約2.2km南にあります。場所は県道の大日交差点そばの金乗院本堂裏墓地の奥です。

鴨川市・金乗院
金乗院本堂です。真言宗智山派の寺院です。

鴨川市加茂川沿岸土地改良区東幹線・大日分水工
墓地を通り抜けるとフェンスで囲われた大日分水工が目の前に現れます。山の中の寂しいところです。

鴨川市加茂川沿岸土地改良区東幹線・大日分水工
3方向に分水しています。円筒周りからの越流式です。
左手前に「大日分水工」の銘板が見えます。

鴨川市加茂川沿岸土地改良区東幹線・大日分水工
鴨川市加茂川沿岸土地改良区東幹線・大日分水工
別角度から見ました。水量はそれほどでもなく静かです。
地理院地図で大日分水工の標高を調べると39.5mです。東西分水工はEL50.6mなので自然流下で送水していることが分かります。

長くなるので今回はここまでです。残る4基は次回発表します。

参考資料:鴨川市加茂川沿岸土地改良区パンフレット
「鴨川市加茂川沿岸土地改良区概要書」及び「金山ダム関連現況施設図」

金山ダムの位置です。

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其の415 三分一湧水を訪ねる・山梨県北杜市長坂町

 8月24日(木)晴れ、長野県佐久穂町の鷽ノ口円形分水を訪ねたあと三分一湧水へ向かいました。

八ヶ岳
R141を南下し、途中の長沢交差点を右折、八ヶ岳広域農道に入り西へ向かいました。八ヶ岳広域農道から見た八ヶ岳です。三分一湧水は八ヶ岳南麓から湧き出しています。

三分一湧水
三分一湧水です。三分一湧水館駐車場の西側にあります。
上流から来た湧水はここで三方向(左右と手前)に分水されます。池の中に置いてある三角形の石が大きな役割を果たしています。石の大きさ、形状、向き、置場所などが分水量に大きな影響を与えると思います。円筒分水がまだ開発されない頃に考案されたと思います。昔の人は凄いことを考えましたね・・・。

三分一湧水・女取湧水案内板
現地案内板です。
名称 八ヶ岳南麓高原湧水群(三分一湧水・女取湧水)
三分一湧水
●名前の由来は、その昔、湧水の利用をめぐり長年続いた水争いを収めるために、三方の村々に平等に分配できるように工夫したことから。
●水利権を持つ農業用水として重要な役割を果たす。
●湧水量は8,500トン/日。水温は年間を通して10℃。
●環境庁選定 「日本名水百選」
(案内板より要旨)

三分一湧水・湧水口
分水施設から少し上流で湧き出しています。源流は中々見られないので、これを是非見たかったんですよね・・・。大きな石の下、数か所から湧き出しています。湧出量は毎秒約0.1トンです。

三分一湧水
湧出口から下流を見ました。四角い池・分水施設が見えます。

三分一湧水
上流から見た分水施設。三角形の石の配置が絶妙。

三分一湧水
中央の用水路下流方向です。田んぼへ向かっています。

三分一湧水
上流から見て左方向へ分水した流れです。小川の流れのような用水路です。

三分一湧水付近の大荒れの碑
おしまいに三分一湧水近くの「大荒れの碑」です。
昭和18年9月9日の山津波で押し上げられた石。三分一も埋められたが旧六カ村の人々が掘り起し元通りにした。
(碑文より要旨)

三分一湧水の位置です。