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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の409 西天竜幹線水路円筒分水工巡り③・長野県箕輪町

前回からの続きです。7月19日(水)晴れの日に探訪しました。

西天竜幹線水路円筒分水・大出7号
七つ目の円筒分水工です。これまでで一番大きなサイズです。
取水ゲートは「大出7号」。ここは長野県上伊那郡箕輪町です。
位置は35.930565,137.971623です。

深沢サイフォン・スクリーン
その先で見た水路幅一杯のゴミを引っかけるスクリーンです。
ワイヤーで水面より上に引き揚げてあるので機能していません。スクリーン設置は下流に何かの施設があるということです。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン呑口
その下流左岸にゲートが見えます。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン
西天竜幹線水路はここで行き止まりです。ここは深沢川を伏越(ふせこし・サイフォン)で渡る「深沢サイフォン」呑口施設です。付近の案内板によると西天竜幹線水路の中で最も深い高低差20mの谷を渡ります。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン呑口
呑口から上流を見ました。用水が渦を巻いて地下に吸い込まれています。水路左岸の護岸が一段低くなっています。溢れた余水は越流堰から深沢川へ放流されます。ゲートは操作盤に「土砂吐ゲート機側操作盤」とあり、深沢川への排水用と思います。地図を見ると広い河川敷内に排水路が描かれています。

西天竜幹線水路・深沢川水路橋
西天竜幹線水路・深沢川水路橋案内板
深沢川が作った谷を渡る水路橋と案内板です。深沢サイフォン呑口から300m位上流へ遡ったところにあります。標高を保つため上流へ迂回したんですね。
昭和3年11月完成。延長145m、幅3.03mの水路橋。
現在は昭和16年完成の深沢サイフォンに取って代わられ道路として利用されています。

旧水路橋より深沢川下流を望む
水路橋より深沢川下流を望む。一面棚田です。深沢川は右側森沿いを流れています。前方低位置を中央道が横切っています。深沢サイフォンは中央道手前、田んぼの下を潜り抜けています。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン吐口
水路橋を渡り深沢川右岸のサイフォン吐口にやってきました。何もないところに忽然と大量の水が出現・・・。なんとも不思議な光景です。渦を巻いていますが吹き上がる水音はありません。
地理院地図で呑口と吐口の標高を調べると746.0m・745.8mでした。わずか20cmの落差です。
地図で計測すると呑口からの延長は309mでした。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン吐口下流
吐口から下流を見ました。水路右岸側に取水ゲートがあり右側の田んぼへ用水を送っています。これまで見たのは全て左岸側でした。これは珍しい例外ですね。

西天竜幹線水路・深沢サイフォン注意看板
フェンスの注意看板。上伊那郡西天竜土地改良区と南信発電管理事務所の連名です。西天竜幹線水路末端の西天竜発電所は長野県南信発電管理事務所が管理しています。

西天竜幹線水路・西天竜水路橋入口
サイフォン吐口下流で左カーブしトンネルへ入って行きます。

西天竜幹線水路・西天竜水路橋
水路橋の入口でした。中央道を渡る「西天竜水路橋」です。

西天竜水路橋
西天竜水路橋の銘板
中央道を渡る西天竜水路橋と銘板です。

中央度を渡る西天竜水路橋
南側の橋から見た西天竜水路橋遠景。中央道は何回も走っていますが水路橋が横断しているとは知らなかったです・・・。
中央道(伊北IC~駒ヶ根IC間)の開通は昭和51年。それ以前から西天竜幹線水路は用水を送り続けていました。あるとき突然水路下に堀のような高速道路が通じることになりました。どのように付替え工事をしたのでしょうか。工事期間や施工手順など気になりますね。

水辺歩きをすると似たような(堀のような深い道又は水路や川が後から作られた)話はいっぱいあります。思いつくまま記します。

●横須賀水道半原系統は新設の東名高速を渡る水管橋に。
●相模原畑かん用水路は新設の東名高速を渡る水路橋に。
水路橋に付け替えるも畑かん事業終了に伴い水路橋は撤去されました。
●神奈川県営水道北相送水管中津支管が新設のR129を渡る伏越に付け替え。
●新設の武蔵水路を伏越で横断する農業用水路(多数あり)。
●大丸用水路と新設の鶴川街道(県道19号線)は水路橋に。
●二ヶ領用水路と新平瀬川の伏越立体交差。こちらは平瀬川の治水と久地円筒分水の組み合わせで伏越になりました。

西天竜幹線水路・西天竜水路橋出口
中央道を渡った西天竜幹線水路。左岸に取水ゲートがあります。

西天竜幹線水路・取水ゲート「8号甲」
近づくとこのようになっています。ゲート名は「8号甲」。

西天竜幹線水路・8号甲分水工
桝の中を覗くと・・・。なんと2方向へ分水しています。西天竜幹線水路は円筒分水工ばかりと思い込んでいたのがこんな分水工もあるんですね。思わぬ儲けものの発見でした。サイフォン管で下から吹き上がっているか否かは判断がつきません。

西天竜水路橋付近から見た田んぼの風景
同所付近から見た東側の田園風景。

今回は見どころが多く余り進めなかったのですがここまでです。次回に続きます。

今回のスタート「大出7号」の位置です。


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其の408 西天竜幹線水路円筒分水工巡り②・長野県辰野町~箕輪町

 西天竜幹線水路には円筒分水工群と言われるくらい多くの円筒分水工があります。土木学会の解説シートによると35基、大小分水を加えると83基もあるそうです。(西天竜幹線水路円筒分水工群は平成18年度土木学会選奨土木遺産です。)
前回に続き円筒分水工に限定せず伏越や水路橋などの施設もあわせ、西天竜幹線水路を眺めながら下流へたどります。
7月19日(水)晴れの日に車で探訪しました。

西天竜幹線水路・辰野高校南
天竜川を伏越で右岸側に渡った西天竜幹線水路は辰野高校南で地上にその姿を現します。天竜川左岸の伏越呑口以来の西天竜幹線水路の流れです。あらかじめ地理院地図で青色破線をたどりここに来ることは分っていたのですが、今こうして感激の対面です。(^σ^)/

西天竜幹線水路・辰野高校南
同地点より下流を望む。ここ辰野町から箕輪町、南箕輪村、伊那市へと流れて行きます。西天竜頭首工から全長25kmの水路です。

西天竜幹線水路と受益地、路線図
西天竜幹線水路と受益地、天竜川との位置関係を示す路線図を見つけたので掲載します。(水路トンネル出口前の長野県上伊那地方事務所・県営ため池等整備事業案内板より)地図の上方向が西、右は北を指しています。
ピンク色が受益地(幹線水路から給水を受ける水田)、受益地の西側を西天竜幹線水路は南流しています。幹線水路西側は山の東斜面になります。
つまり進行方向右手西側は常に山側で左手東側に田んぼが開けています。さらに東側低地を天竜川が流れている構図です。
ちなみに現在の受益地面積はかんがい面積986haとなっています。(西天竜頭首工に掲示の水利使用標識より)

地形的に眺めると昨年探訪した山梨県の徳島堰と非常によく似ています。徳島堰は釜無川右岸に開かれた延長17kmの用水路です。
徳島堰探訪記は「其の321」から「其の326」まで6回に分けて発表しました。右欄サイドバー・アーカイブ2016/08

西天竜幹線水路
流下する西天竜幹線水路。右岸側は山です。

西天竜幹線水路・長野県辰野町
水路の左岸側は田んぼ。民家の屋根瓦が見えます。水路は終点の伊那市まで用水を送るので標高を維持するため高台に沿って流下しています。

西天竜幹線水路・辰野町諏訪神社付近
標高を維持するためこのように眼前の小山をトンネルで抜けます。辰野町伊那富 諏訪神社付近でトンネルに入る幹線水路。

西天竜幹線水路・水路橋 長野県辰野町
長さ370mほどのトンネルを出たところで水路橋により沢を渡っています。なかなか変化に富んでいて面白いですね・・・。

西天竜幹線水路・長野県辰野町
緩やかに左カーブし流下する西天竜幹線水路。
今は緑豊かな田んぼが広がっていますが、その昔は扇状形台地のため灌漑用の水が得られず森や桑畑でした。大正8年から昭和14年にかけて岡谷市川岸~伊那市小沢まで延長約25kmの用水路工事と開田工事が行われ今の形になりました。

西天竜幹線水路・北の沢川伏越呑口
その先でまたトンネルに入ります。西側の山から東方の天竜川へ流れ込む北の沢川との伏越立体交差です。トンネル入り口は伏越の呑口です。

北の沢川向袋橋付近の馬頭観音像群
北の沢川に架かる向袋橋付近道端の馬頭観音像群です。天保年間の像がありました。

西天竜幹線水路・北の沢川伏越吐口
北の沢川を渡った伏越の吐口です。地図で計測すると呑口からの延長は654mです。

北の沢川伏越吐口より西天竜幹線水路下流を望む
伏越吐口から西天竜幹線水路下流を望む。真夏の空です。あとでこの日が関東甲信地方の梅雨明けと知りました。左岸沿いに走りましたが道幅は狭く普通車より軽の方が探訪に適しています。

西天竜幹線水路と水路の立体交差
山の方から来た水路と立体交差です。取水源は湧水でしょうか。どこへ流れて行くのでしょう。

西天竜幹線水路円筒分水工・羽北1号乙
西天竜幹線水路円筒分水工群で初めて見る円筒分水工です。
直径は3m位の小型です。土木学会HPの解説シートによると西天竜幹線水路円筒分水工群の個々の直径は3~6mだそうです。
円筒周りの穴から3方向の用水路に分水しています。穴の数は田んぼの面積に応じて決められているので誰も文句のつけようがなく公平な分水方法です。
この円筒分水工は取水ゲート「羽北1号乙」で取り入れた用水を分水する施設です。

西天竜幹線水路取水ゲート「羽北1号乙」
西天竜幹線水路左岸の取水ゲート「羽北1号乙」。
ここは辰野南小の東側付近です。位置は35.949847,137.976379
(グーグルマップの検索窓に貼り付けると表示されます。航空写真も試してください。)

西天竜幹線水路取水ゲート「羽北1号乙」
右岸から見た「羽北1号乙」。水路左岸道路下に円筒分水工は設置されています。用水は水路取水ゲートからパイプで円筒分水工中央直下に導かれます。円筒分水工が水路より低位置にあるので用水は中央下部から吹き上がります。パイプ配管の断面はちょうどサイフォン管の形になります。

これから見る円筒分水工も全てこのパターンです。
●水路左岸に取水ゲートあり。取水ゲート名看板あり。
●水路左岸道路下の低位置に円筒分水工あり。
円筒分水工を探すより道路右側の取水ゲートの所在に気をつけて進めば円筒分水工は簡単に見つかります。

西天竜幹線水路円筒分水工・「羽北2号」
次は扇形の円筒分水工です。3方向に分水しています。取水ゲートは「羽北2号」。

西天竜幹線水路円筒分水工・「羽北2号」
分水工内部の様子。藻が繁り水面には菱の葉が浮いています。菱の葉は先日釜口水門を見学した時に諏訪湖でも見かけました。小学生の頃に遊んだ名古屋椙山女学園近くの二つ池にも浮いていました。間近で見るのはそれ以来なので懐かしいですね・・・。それととげのある黒い実も思い出しました。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢3号」
すぐ近くでもう一つ発見。2方向分水。取水ゲート名「沢3号」。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢4号」
その先の「沢4号」です。扇形で2方向分水。右側は穴に詰め物をして流量調整しています。ここは辰野町から箕輪町に入りました。

西天竜幹線水路・桑沢川と立体交差
これはその先の桑沢川と西天竜幹線水路の立体交差です。水路は北(左)から南(右)へ水路橋で桑沢川を渡っています。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢5号」
半円の分水工「沢5号」。4方向へ分水しています。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢5号」
穴塞ぎ用のパーツが置いてあります。右側では実際に塞いでいます。分水量を減らす調整は構わないのでしょう。逆は当然御法度ですね。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢6号甲」「大出6号乙」
続いて「沢6号甲」「大出6号乙」看板が二つ並んでいます。
2方向?へ分水しています。円筒の上に穴塞ぎようの玉石が置いてあります。ここは長野県上伊那郡箕輪町中箕輪です。位置は35.936044,137.972513です。

西天竜幹線水路円筒分水工・「沢6号甲」「大出6号乙」付近の小形分水工?
上記円筒分水工の5m位先に小型の扇形の分水工?がありました。分水工と同様に四角い穴から落としています。一方向なのでただの桝かもしれません。

まだまだ続きますが今回はここまでです。

今回のスタート辰野高校付近トンネル出口です。

其の407 西天竜幹線水路円筒分水工巡り①・長野県岡谷市

  西天竜頭首工を見学したあとそこから始まる西天竜幹線水路を下流へたどりました。タイトルは円筒分水工巡りとしましたが、幹線水路そのものに興味があるので伏越や水路橋などの施設、沿線の風景などもあわせて取り上げていきます。

西天竜幹線水路・排水ゲート
西天竜幹線水路は天竜川左岸沿いを暗渠水路で流れています。排水用でしょうか水路側壁に水色のゲートがあります。運行本数が少ない飯田線の電車がちょうど通過しました。ここは天白橋上流です。

西天竜幹線水路・天白橋上流
天白橋から見た暗渠の西天竜幹線水路。上流に頭首工が見えます。

旧天白橋と西天竜幹線水路
これは廃橋になった旧天白橋の親柱です。左側の親柱に「天白橋」、右側の親柱に「天竜川」。左岸にも親柱や橋台が残っています。暗渠の西天竜幹線水路が見えます。

西天竜幹線水路
天竜川右岸から西天竜幹線水路を眺めました。右側半分、フェンスで囲ってあるところから開渠です。地図で計測すると頭首工から660m地点です。

西天竜幹線水路・岡谷市川岸東
左岸に渡り西天竜幹線水路上流を見ました。5.54㎥/秒の用水がとうとうと流れています。

西天竜幹線水路・岡谷市川岸東
右岸に取水ゲートがあります。このゲートの有無を確認したかったんですよね・・・。

西天竜幹線水路
西天竜幹線水路と西側を流れる天竜川の間に広がる田んぼ。上記取水ゲートからこの田んぼに用水を送っています。
西天竜幹線水路は天竜川右岸の田んぼに用水を送る用水路です。ならば初めから西天竜頭首工右岸取水にすれば良いものを何故左岸取水にしたのか?探訪前から気になっていました。これで理由のひとつが分かりました。

西天竜幹線水路伏越呑口・岡谷市川岸東
およそ400m続いた開渠はここで地下に潜ります。天竜川右岸へ渡る伏越(ふせこし・サイフォン)の呑口です。
天竜川右岸へ渡った西天竜幹線水路は前方の山裾沿い地下を辰野町へ向かっています。

西天竜幹線水路伏越呑口・岡谷市川岸東
伏越フェンスに掲示の上伊那郡西天竜土地改良区の注意看板。

天竜川・岡谷市川岸
天竜川を右岸に渡り伏越の吐口探索です。右岸から上流を見ました。前方の波しぶきが立っている辺りは床固めブロックが敷き詰めてあります。その辺りの川底を伏越管が横断していると思われます。道路左側のコンクリート壁に注目。

西天竜幹線水路遺構
コンクリート壁の先にこのような構造物があります。伏越の吐口と直感したのですが吹き上がる凄まじい水音が全く聞こえません。

西天竜幹線水路遺構
中の様子は?と覗くとコンクリート造りのトンネルです。今は使われていないようです。左側に黒いパイプが敷設してあります。驚いたことに入り口付近に水溜りがありメダカくらいの稚魚の群れが泳いでいます。微かに流れがあります。どこから来たんでしょうかね。
状況からここはかつて伏越の吐口で、トンネルは西天竜幹線水路であったと推測します。

西天竜幹線水路遺構・岡谷市川岸
コンクリートトンネル側壁は下流へ続いています。

西天竜幹線水路遺構・岡谷市川岸
側壁(トンネル上部)に上り下流へ少したどると開渠になりました。草が茫々で全く使われていない廃水路です。地理院地図、グーグルマップにもこの開渠は表示されています。300mほど先で再びトンネルとなり地図上から消えます。地理院地図には青色破線の水路表示が続いています。青色破線をたどるとトンネル出口は辰野町の辰野高校付近です。

西天竜幹線水路遺構・岡谷市川岸
開渠からトンネル出口を振り返りました。ここまで見たところで伏越吐口探索に見切りをつけ天白橋へ引き返しました。

それにしても5.54㎥/秒もの用水はどこへ消えたのでしょう。
伏越の吐口、吐口以下のトンネル(暗渠)、開渠を廃止し、その下に新トンネルを築造して下流の既設トンネルに直結したとしか考えられないですね。
廃止トンネル内に敷設された黒いパイプはトンネル化により開渠から取水不能になった一部の田んぼ向け送水管と思います。

このあとは西天竜幹線水路の辰野高校付近のトンネル出口を見に行きました。西天竜幹線水路円筒分水工は次回から登場します。

西天竜頭首工取水ゲートの位置です。


其の406 西天竜頭首工を訪ねる・長野県岡谷市

 7月10日(月)晴れ、釜口水門を見学したあと中央本線川岸駅近くの西天竜頭首工を見に行きました。昨日(7月19日)西天竜幹線水路円筒分水工群巡りに行ったのですが10日に見落とした事柄を思い出し確認のため再訪しました。短期間に二度訪れたので詳しくお伝えできると思います。(^σ^)

釜口水門下流の天竜川
これは釜口水門から1kmほど下流の天竜川の流れです。上流に岡谷JCTが見えます。このあと県道14号線・岡谷街道に入り一路南下しました。

西天竜頭首工
西天竜頭首工
中央本線川岸駅近くの西天竜頭首工です。釜口水門のおよそ4.2km下流にあります。

西天竜頭首工銘板
西天竜頭首工の概要です。
1976年3月に長野県が建造。管理者は西天竜土地改良区。
径間:20.0m 2門  堰幅:43.0m
堰高:13.8m  堰長:62.9m
 (西天竜頭首工の銘板より)

西天竜頭首工
上流側から見た西天竜頭首工。銘板によるとゲートは調節門扉と言います。

西天竜頭首工・調節門扉銘板
左岸側調節門扉の銘板です。
製作年月:1976(昭和51)年3月
建造:長野県諏訪湖工事事務所
管理者:上伊那西天竜土地改良区
純径間×扉高:20.00m×4.10m
(上段扉)19.30m×1.10m(下段扉)20.00m×3.00m

右岸側調節門扉は同寸法で上段下段はなく一枚ものです。

西天竜頭首工・管理橋
左岸から見た西天竜頭首工管理橋。

西天竜頭首工より上流を望む
西天竜頭首工管理橋より上流を望む。まるで湖のようです。

西天竜頭首工
左岸で取水しています。取水ゲートへ向かう導水路です。

西天竜頭首工
上流側から見ました。左から導水路、魚道です。

西天竜頭首工
管理橋から下流側を見ました。左側が西天竜幹線水路の取水ゲートです。
銘板によると「取水門扉」と言い
純径間×有効高さは5.00m×2.00m。製作年月、建造者、管理者等は調節門扉と同じです。
右隣りのゲートは土砂吐です。銘板に「土砂吐門扉」とあり、そのほかは「取水門扉」と同じです。

西天竜頭首工・魚道
導水路の隣には魚道が設置してあります。その左側には黒色のゲートが・・・。

西天竜頭首工
上記の下流側です。水位差が4.10mあり急勾配です。左側は土砂吐水路、魚道の右側の水路は何でしょう。ゲートがあります。上の写真の魚道の左側にもゲートがあります。上下流2門の水門。これは船通し水門(閘門)ですね。それにしても下流の水位を見ると船は船通し水門に入れそうもないですね。

西天竜頭首工・船通し水門
船通し水門の諸設備。手前の背の高い設備は「船通し門扉機側操作盤」です。高さがありそうな門扉をどのようにして開閉するのでしょうか?

西天竜頭首工・船通し水門銘板
船通し門扉(下流側)の銘板です。
純径間×扉高:1.80m×5.90m

西天竜頭首工・取水門扉下流のゲート
取水門扉下流のゲート。用水の流れが見えません。西天竜幹線水路は天竜川左岸沿いを暗渠で流下しています。

水利使用標識・西天竜頭首工 水利使用標識・西天竜頭首工
おしまいに西天竜頭首工に掲示の水利使用標識二枚です。
河川名 一級河川天竜川と大書してあります。
●左は水利使用者が上伊那郡西天竜土地改良区
水利使用目的はかんがい用水で最大5.54㎥/秒
かんがい面積986ha
●右は水利使用者が長野県
水利使用目的は発電事業用で最大5.56㎥/秒

これらから西天竜幹線水路は通年通水していること。かんがい期は田んぼ向け用水として。非かんがい期は長野県営発電所の発電用水として通水していることが分かります。

一通り頭首工見学を終えたのでこのあと西天竜幹線水路を下流へたどりました。西天竜幹線水路は名前の通り天竜川の西側(右岸)を流れているからだと思うのですが、今見た通り天竜川左岸で取水しています。どこかで右岸に渡っているはずです。
どのように渡るか?それを見るのが今回の探訪の楽しみの一つでもありました。次回発表いたします。

西天竜頭首工の位置です。


其の405 諏訪湖の釜口水門を訪ねる・長野県岡谷市

 梅雨明け宣言はまだのようですがこれから夏本番です。
実りの秋まで、今季は西天竜幹線水路円筒分水工群を始めなるべく多くの円筒分水を訪ねたいと思っています。
7月10日(月)晴れ、手始めに諏訪湖の釜口水門を訪ねました。釜口水門から始まる天竜川の流れを中央本線川岸駅近くで堰き止め(西天竜頭首工)、西天竜幹線水路に取り入れています。釜口水門は西天竜幹線水路の大元にあたり是非見ておきたい施設です。

釜口水門
天竜川の始まり、諏訪湖唯一の出口、釜口水門です。
右岸から順に魚道、幅20mのゲートが3門、左岸の船通し水門です。釜口水門の全幅は80mあります。
左岸手前の施設は初代釜口水門の船通し水門の遺構です。

釜口水門の魚道
右岸の魚道です。長さが61m、諏訪湖と天竜川の水位差は3.5m、階段式の魚道です。

釜口水門の魚道
管理橋から見た魚道。

釜口水門第2ゲートの放流
中央の第2ゲートから放流しています。ゲートは上段がフラップ式、下段がローラー式の2段構造になっています。
諏訪湖には31の河川が流れ込み、流れ出るのは天竜川のみです。このため大雨が降ると水位が上がり諏訪湖は昔から氾濫を繰り返してきたそうです。釜口水門は洪水調節と天竜川下流の用水補給など流水の正常な機能維持のために築造(昭和63年7月完成)されました。最大放流量600㎥/秒。
昭和11年完成の初代釜口水門の最大放流量は200㎥/秒でした。

釜口水門から天竜川を望む
管理橋から始まったばかりの天竜川を望む。約80m下流左岸に初代釜口水門船通しの遺構が見えます。

釜口水門・第3ゲート
管理橋から見た第3ゲート。幅は20mあります。

釜口水門・船通し水門
左岸の狭い水門が船通し水門です。

釜口水門・船通し水門
管理橋から見た舟通し水門です。ここから見ると仕組みがよく分かります。パナマ運河と同じ方式です。

釜口水門・船通し水門案内板
船通し水門の案内板です。

話は飛びますが、江戸時代に実用化したこれと同じ方式の見沼通船堀がさいたま市の東浦和駅近くにあります。現在整備工事中ですが、工事が完成すれば江戸時代の通船実演が見られます。

旧釜口水門・船通し水門
旧釜口水門(昭和11年に完成した初代釜口水門)の船通し遺構です。管理橋と共に遺されています。構造はパナマ運河方式です。旧釜口水門の最大放流量は200㎥/秒で現在の1/3規模でした。

釜口水門と管理橋
左岸から見た釜口水門と管理橋。

釜口水門と管理橋
右岸から見た釜口水門と管理橋。四本の堰柱水面下にはケーソン(潜函)と呼ばれる基礎構造物四基が沈められています。

釜口水門管理橋の親柱
管理橋親柱「釜口水門」。ハクチョウが飛来するみたいです。

釜口水門から諏訪湖を望む
管理橋からの諏訪湖の眺め。遠くに八ヶ岳が見えます。

釜口水門右岸公園の与謝野晶子歌碑
右岸公園内に与謝野晶子の歌碑がありました。
諏訪の湖 天竜となり 釜口の 水しづかなり 絹のごとくに 晶子のうた と刻まれています。

釜口水門左岸公園の米国製機関車
左岸公園内に展示のかわいい機関車です。PLYMOUTHの文字が目立ちます。案内板によると旧釜口水門築造時約20台のトロッコをけん引して工事用の土砂を運んだそうです。
米国製 ガソリン4気筒水冷エンジン、大正13年購入。

釜口水門ダムカード
おしまいに釜口水門のダムカードです。左岸の釜口水門管理事務所で忘れずにもらいました。釜口水門案内資料も頂き探訪記の参考資料としました。

諏訪湖は今まで車でも電車でも通過するだけでした。西天竜幹線水路円筒分水工群に関連して今回初めて釜口水門を見学し勉強になりました。今回は車で行きました。左岸の岡谷湖畔公園内に駐車場があります。

このあと下流の中央本線川岸駅近くの西天竜頭首工(西天竜幹線水路取水口)を見に行きました。次回発表します。

釜口水門の位置です。

其の404 目久尻川の農業用取水施設巡り・神奈川県藤沢市

 今年2月、目久尻川を河口から源流まで歩きました。その時に見つけた農業用取水施設の働きぶりをあらためて見に行きました。7月3日(月)晴れの日に探訪しました。

藤沢市宮原の取水施設?
冬景色の田んぼ。これは2月19日、目久尻川左岸堤防から見た取水施設です。冬なので施設はお休み中です。目久尻川から直接取水しないで地下水をポンプ揚水しているようなので興味を持ちました。目久尻川際なので伏流水かも知れません。

藤沢市宮原・田んぼの中の取水施設
今日の取水施設です。稼働中です。写真奥と右方向へ用水を送っています。ここは藤沢市宮原六本松、大昭橋下流です。

藤沢市宮原・田んぼの中の取水施設
ポンプ揚水した地下水を池に溜めています。

藤沢市宮原・田んぼの中の取水施設
ポンプ揚水施設。井戸ポンプで汲み上げているようです。

藤沢市宮原・田んぼの中の取水施設、用水路
目久尻川沿いを田んぼへ向かう用水路。手のひらで用水に触りましたが井戸水のように冷たくなかったですね。一旦池に溜めるのは温めるためかも知れません。

目久尻川のゴム堰
二つ目の取水施設は戸中橋上流のゴム堰です。2月19日はゴム堰が萎みこんな状態でした。左岸に取水口や操作室(ポンプ室)があります。

目久尻川のゴム堰・藤沢市宮原
左岸から見た今日の様子です。稼働を期待していたのですがゴム堰は倒伏したままです。

目久尻川のゴム堰操作室・藤沢市宮原
操作室(ポンプ室)を見ると荒れています。廃棄した施設みたいです。

目久尻川用田橋の取水施設
三つ目の施設は用田橋下流の取水堰です。油圧シリンダー4本で支える転倒堰です。左岸に取水ゲートが見えます。古いタイプの堰で魚道はありません。

目久尻川用田橋の取水施設・転倒堰
右岸にも取水ゲートがあります(中央のゲート)。右側は排水樋管ゲートです。管理橋に「藤沢市目久尻川用排水組合」の通行不可の看板がかかっていました。

目久尻川用田橋の油圧式転倒堰
右岸の油圧式転倒堰アップ。配管と扇形の跡が見えます。

目久尻川用田橋の取水施設・操作室ポンプ室
右岸の転倒堰操作室兼ポンプ室です。

目久尻川用田橋の取水施設・操作室ポンプ室
ポンプ室南側の池に吐出しています。

目久尻川用排水路組合の用水路
池から田んぼへ向かう用水路。ここは海老名市本郷ですが下流に藤沢市の田んぼがあります。

目久尻川用田橋の取水施設・左岸のポンプ室
こちらは左岸堤防から見たポンプ室です。

目久尻川用排水路組合の左岸用水路
ポンプ室から出た用水路を下流から見ました。正面の細い水路がそれなんですが、眼前の排水路直前の桝で水路が消えています。この桝は伏越の呑口桝です。

目久尻川用排水路組合の左岸用水路と排水路の伏越交差
排水路下流方向を見ました。右が伏越呑口桝。左が吐口桝です。用水路と排水路の伏越立体交差です。

目久尻川用排水路組合の左岸用水路
吐口桝から用水路下流を見ました。排水路を潜った用水は南の田んぼへ向かっています。

伏越はいつも思わぬところで出合うので楽しいですね・・・。
私の用水路歩きは伏越見たさに始めたようなものです。相模川左岸用水路の座間サイフォンが初めて見た伏越ですが、その迫力に感動しそれ以来はまりっぱなしです。地図で鳩川と用水路がX字に交差しているのを見つけ、伏越と見当をつけました。そして現地を訪ね発見したのです。伏越見るなら座間サイフォン!今まで見た中で最高の伏越です。

大昭橋下流、田んぼの中の取水施設の位置です。


其の403 吉際堰と六兵衛土手の赤水門を訪ねる・神奈川県平塚市

 昨年10月、玉川旧河道を探訪した時にその終点近くで農業用取水堰・吉際堰に出合いました。田んぼへ用水を送る時期が終わっていたので堰は倒伏していました。7月3日(月)晴れ、あらためて稼働中の吉際堰及びそこから始まる用水路下流の取水施設・赤水門周りの様子を見に行きました。

笠張川の吉際堰
R129正安寺信号を西に入ると笠張川に架かる大神橋に出ます。猛暑日の予報が出ていたこの日、車で出かけました。
大神橋の下流100mほどのところにこの堰、吉際堰があります。転倒堰で堰き止め左右両岸に取水ゲートがあります。ブロック造りの建屋は堰の操作室で、壁に「吉際堰」の銘板が二枚貼ってあります。

笠張川
管理橋より笠張川下流を望む。暗渠排水路化した旧玉川(玉川緑道)はすぐ下流で笠張川右岸に合流しています。

笠張川の吉際堰
下流側から見た吉際堰。

笠張川の吉際堰・油圧式転倒堰
油圧式転倒堰です。堰を起立させている油圧シリンダーが水しぶきのなかで見え隠れしています。

吉際堰の銘板によると
純径間×堰高:6.00m×1.12m
型式:直油圧式転倒堰 (鋼製自動転倒堰)
施工年度:平成9年3月 (昭和49年3月)
施工:豊国工業株式会社 

もう一枚の銘板に神奈川県渋田川沿岸農業排水事務所とあり。この施設は神奈川県が造った施設です。カッコ書きはもう一枚の銘板(年代が古いので改修前)です。

吉際堰から始まる用水路
左岸取水ゲートから始まる用水路。笠張川沿いに南下しています。用水路沿いはこのようにきちんとした道がなく怖くて歩けそうもありません。何が出てくるかわかりませんからね・・・。

約800m下流に江戸時代に築かれた六兵衛土手が東西に走っています。用水路は六兵衛土手と交差し田村、横内地区へ向かっています。
用水路左側(東側)の田んぼは用水路から給水を受け、その東側を流れる厚木市方面から来た排水路に排水していると思われます。

赤水門から吉際堰用水路を望む
800mほど下流の六兵衛土手にやってきました。通称赤水門と呼ばれる取水施設から北方向を見ました。中央の細い水路が吉際堰から来た用水路です。用水路は手前の厚木市から来た排水路を伏越で南側へ潜り抜けています。
赤水門周りの状況は「其の341 六兵衛土手を訪ねる」 (2016/11投稿)で詳述しました。今回はそれ以来の探訪で続編になります。今季に入り通水した用水路と赤水門周りの状況が気になっていました。

吉際堰用水路
排水路を対岸に渡りました。吉際堰用水路上流方向です。

吉際堰用水路
同所から見た用水路下流方向です。排水路直前に伏越の呑口があります。ここは新幹線の北側になります。

吉際堰用水路・伏越呑口
ゴミを引っかけるスクリーンの先のグレーチングが呑口桝です。

吉際堰用水路
赤水門を背に下流方向を見ました。排水路、六兵衛土手を潜り抜け田村、横内地区へ向かう用水路。伏越の吐口が見えないです。どこにあるのでしょう? 私が今立っている地下の樋管内(赤水門取水ゲートから出口の間)で吹き上がっています。
赤水門紹介者のてんちょさんが幼少のころ確認したそうです。

吉際堰用水路
上記を東側から見ました。右側中央の桝の中は落下する水音からかなり深いところを流れています。昨年初めて見た時は流れがなく伏越の吐口と思ったのですが余水吐兼排水桝です。ひとつ謎を解明できました。流れの行く先は? 六兵衛土手北側の排水路だと思います。

赤水門より排水路上流を望む
上記の通り田村、横内へ向かう用水路は吉際堰で取り入れた用水だけでなく赤水門で取り入れた用水も合わせた流れです。

これは赤水門から排水路上流を見たところです。堰上げしているので水位が上がっています。前述のように上流部の吉際堰で取り入れた用水は東側の田んぼに給水しその排水はこの排水路に流していると思われます。この位置で堰き止めるということは排水(一度捨てた水)の再利用と言うことになります。

排水路右岸に径30cm位のパイプが出ています。伏越呑口桝から来た余水吐でしょうか。手前の蒲鉾型は油圧式転倒堰の開閉器です。

赤水門の取水施設
排水路上流から見た赤水門取水施設。赤水門は取水ゲートです。

赤水門取水施設の油圧式転倒ゲート
下流から見た油圧式転倒堰。昨年倒伏状態の堰を探したのですが全く分からなかったですね。管理橋の下にあります。

さて、以下は今日の稼働中の吉際堰から始まる用水路、赤水門周りを見て判明したこと、私なりに想像を交えて感じたことです。
(1) 赤水門以下の用水路は吉際堰、赤水門で取水した用水が合わさった流れである。上で述べたようにこれはこの通り合っていると思います。他に流れて行くところがないですからね。

(2) なぜそうしたか? 吉際堰からの水量では赤水門より下流の田んぼに十分に給水できない。排水路に新たに取水施設を設け上流で排水した水を赤水門から回収し増量を図った。

(3) 赤水門紹介者の平塚市在住のてんちょさんが幼少のころから赤水門は存在していたそうです。吉際堰・用水路、赤水門どちらが早く築造されたのでしょう。かなり昔の事なので推測するしかありませんが、私は用水路の方が早かったと思います。初めは単純に伏越で排水路を渡っていたのが(2)の理由で今のような複雑な形になったと思います。

赤水門周りの施設はこの他細かな点を含めるとまだ謎が残ります。用水路に二つの取水施設がある理由、エピソードなどこの記事をたたき台にてんちょさんのお話を伺いたいですね・・・。

赤水門から先の用水路は涼しい時期を選び終点まで歩きたいと思っています。地図でたどると相模川に合流しています。金目川水系の笠張川から取水し流末が相模川です。用水路の流域越えは珍しいです。

このあと目久尻川の農業用取水施設を見に行きました。

今回のスタート吉際堰の位置です。

其の402 荻野川の農業用取水堰巡り③・神奈川県厚木市

 前回「其の401」の続きで、荻野川の農業用取水堰巡りの最終回です。6月20日(火)に探訪しました。

荻野川・松葉橋付近
床固工(落差工)で徐々に標高を下げ流下する荻野川。前方の橋は松葉橋です。

荻野川・松葉橋下流左岸の田んぼ
松葉橋下流左岸の田んぼの風景。

荻野川・荻野橋上流のゴム堰
その下流で右岸取水の堰がありました。県道63号線荻野橋より上流、下荻野地区にある取水堰です。

荻野川・荻野橋上流のゴム堰
ゴム堰です。ゴム堰はゴム引布製起伏堰またはラバーダムとも呼ばれ空気式と水式があります。水式はまれで空気式がほとんどです。こちらは空気式と思われます。

参考までに水式の堰上げ(ゴム堰の中に水を入れて膨らませ堰として使えるようにする)は酒匂堰の川久保堰「其の224」を、空気式の堰上げは境川の俣野堰「其の231」を見学し投稿しました。自分で言うのもあれなんですが堰上げの様子は中々見られないので得難い記録と思っています。

荻野川・荻野橋上流のゴム堰魚道
左岸に魚道が設置されています。

荻野川・及川金谷堰(ゴム堰)
県道63号線荻野橋下流で比較的新しそうな堰に出合いました。左岸取水で魚道もあります。ここは厚木市下荻野です。

荻野川・及川金谷堰(ゴム堰)
こちらもゴム堰でした。右岸からゴム堰、魚道、土砂吐ゲート、取水ゲートの順に並んでいます。

荻野川・及川金谷堰(ゴム堰)
施設の全体です。右端に操作室、送風機からの配管も見えます。この堰は読者の地元ティーさんが左岸を散歩中に見つけた堰です。名称は「及川金谷堰」、「空気式ゴム引布製起伏堰」、1995.3月のプレートあり、などの情報をいただきました。

荻野川・及川金谷堰(ゴム堰)注意看板
豊国工業のゴム堰注意看板です。これでは遊び方を教えているようなもんですがフェンスでガードされているので中には入れません。

荻野川・及川金谷堰付近
及川金谷堰付近より荻野川下流を望む。

荻野川左岸及川地区の田んぼ
下流の及川地区に入り上使橋付近から見た及川地区の田んぼ。用水路には及川金谷堰で取り入れた用水が流れています。左側の水路は低い位置にあり流れがないです。排水路かも知れません。

荻野川・及川球技場付近
及川球技場付近を流れる荻野川。排水フラップゲートから排水しています。及川地区の田んぼの余水排水かもしれません。

荻野川・及川団地前
県営及川団地前を流れる荻野川。手前に固定堰か落差工のような段差があり水しぶきが立っています。なんでしょうかね?

及川団地前の取水口?排水口?
上流にすこし戻ると左岸にスクリーン付きの取水口らしき施設がありました。使われているようには見えないです。取水口のスクリーンでなければ侵入防止用の柵かも知れません。そうであれば排水口になります。

荻野川・白根堰
妻田用水の取入れ口、御存じ白根堰まで下ってきました。

神奈川県厚木土木事務所の看板
白根橋の神奈川県厚木土木事務所の河川法に関する案内看板。
意識しないで歩きましたが、荻野川は神奈川県が管理する相模川水系の一級河川です。

下小鮎橋より小鮎川上流を望む
下小鮎橋より小鮎川上流を望む。ここで荻野川(右側の川)は小鮎川(左側の川)に合流し小鮎川となって流下し厚木市妻田で相模川に合流しています。

今日の探訪はここまでです。狙い通り多数且つ多様な取水堰を見られて大満足です。いつになるかは分かりませんが今回見つけた取水堰のうち1、2か所の取水堰から始まる用水路を終点まで歩いてみたいですね。
橋のたもとの双体道祖神やとうとうと流れる西部用水の流れを眺めながら帰路につきました。

余談です。今昔マップを眺めていてわかったのですが、かつて二つの川の合流点は現在より300mほど北に位置していました。戦前に小鮎川の筋替えが行われ現在の形になりました。探訪すれば旧河道の痕跡が残っているかも知れないですね。

今回のスタート松葉橋の位置です。


其の401 荻野川の農業用取水堰巡り②・神奈川県厚木市

 前回「其の400」の続きです。6月20日(火)に探訪しました。

荻野川・権現堂橋上流の取水堰
5分ほど下流へ下るとまた取水堰です。今度は右岸取水です。上流の取水堰同様、土砂吐ゲートや操作室も見えます。

荻野川・権現堂橋上流の取水堰
転倒堰のピストン(シリンダー)が踏ん張っています。上流の二つの堰と全く同じ形式です。ここは権現堂橋上流の取水堰です。

荻野川・権現堂橋上流の取水堰土砂吐
右岸側土砂吐ゲートの様子を撮ることができました。取水口脇のゲートなので土砂吐用と思います。相模川の小沢頭首工や中津川の昭和用水頭首工で学びました。

荻野川・鷺坂橋上流の取水堰
5分ほど歩くとまたまた取水堰です。似たような施設の連続で頭がこんがらかります。ここは鷺坂橋上流の取水堰です。

荻野川・鷺坂橋上流の取水堰
上流の三つの転倒堰と同じ作りで左岸取水です。

荻野川・鷺坂橋上流の取水堰土砂吐け
ここでも土砂吐の中を覗くことができました。堤体に1インチくらいの配管が沿わせてあります。よく分かりませんが油圧系統の配管でしょうか。

荻野川に河川が合流・厚木市中荻野
右岸に荻野運動公園方面からの河川が合流していました。

荻野川左岸の田んぼ・厚木市中荻野
荻野川左岸の田んぼ。ここより上流の取水堰で取水した用水を引いています。どこの取水堰から来たか? それぞれの堰から始まる用水路を歩かないと分りませんが、多分先ほど見た鷺坂橋上流の取水堰からと思います。

荻野川・荻野川運動公園下流の取水堰
5分おきに取水堰があります。記憶力はもう限界です・・・。
メモを頼りにこれは荻野運動公園下流の取水堰です。

荻野川・荻野川運動公園下流の取水堰
右岸取水です。仕様は上流の堰と全く同じです。

荻野川・本郷橋の角落し固定堰
同じような取水堰ばかりで食傷気味です。そんな中、本郷橋で古―いタイプの角落し式固定堰を発見! 角落し用の縦溝が切ってありますが堰上げはなく現役を引退した取水堰のようです。

荻野川・本郷橋たもとの石像
本郷橋たもとの石像群。風化が激しくボロボロです。ひとつだけ馬頭観音の文字が読み取れました。

本郷橋より荻野川上流を望む
本郷橋より荻野川上流を望む。ここは厚木市中荻野です。

荻野川支流公所川
荻野川左岸より公所川上流を望む。

荻野川に合流する公所川
荻野川左岸樋管ゲートから荻野川に合流する公所川。こうした支川からの補給水があるのでいくつもの取水堰設置が可能なんでしょうね。

荻野川・万年橋の取水堰
公所川合流点下流、万年橋下に取水堰がありました。
両岸に赤い取水ゲートが見えます。左岸、橋のたもとには操作室が見えます。貯留水位が低いのでポンプ室かも知れません。

荻野川・万年橋の取水堰
この堰は転倒堰ですが上流の堰とは違いワイヤ巻上げ式です。

荻野川・万年橋下流のオニグルミの実
今回の探訪記念です。
万年橋下流、堤防の川側に木の実がブドウの房のように実っていました。オニグルミの実です。秋になると熟して黒ずみ川に落下し、下流で芽吹き繁殖します。オニグルミの木は境川上流や渋田川分水路などの川べりでも見かけました。

途中ですが長くなるのでこの続きは次回投稿します。次回はゴム堰(ゴム引布製起伏堰)が登場します。

今回のスタート権現堂橋上流の取水堰の位置です。