横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の367 目久尻川源流を訪ねる②・海老名市本郷から吉野橋へ

 前回「其の366」の続きです。前回は東海道新幹線南側まで進みました。

目久尻堰
新幹線を潜ったところで農業用取水堰に遭遇です。嬉しいですね・・・。前回見つけたゴム堰に続いて二つ目の取水堰です。こちらは鋼製転倒堰です。今は取水していないので倒伏状態です。堤体にゲート起立倒伏時の扇型の跡が付いています。

目久尻堰
取水口やその後ろには操作室(ポンプ室)が見えます。
管理橋の立入禁止看板に「藤沢市目久尻川用排水組合」とあり。ここは右岸が海老名市本郷、左岸が藤沢市用田ですが、藤沢市の田んぼへ用水を送る施設と分かりました。
神奈川県の資料によると施設名は「目久尻堰」と言います。

目久尻堰
左岸から見ると右岸にも取水口があり、左右両岸取水です。その背後にやはり操作室(ポンプ室)が見えます。堰を起立させる油圧配管も見えます。夏の探訪が楽しみです。

企業団目久尻川水管橋
目久尻堰のすぐ上流は県道22号線用田橋です。
これは用田橋の上流側を渡る企業団の目久尻川水管橋です。

目久尻川水管橋銘板
幸いにも銘板が貼ってあります。
内径1100ミリメートル 目久尻川水管橋 
竣工:昭和53年9月
設計監理:神奈川県内広域水道企業団
施工上部:三菱重工業株式会社 横浜造船所
   下部:三井建設株式会社

企業団HPの施設概要図によるとこの水管橋は伊勢原浄水場を発し海老名市の有馬、本郷の給水地点、ここ用田を経由し藤沢市の稲荷給水地点へ向かう酒匂川系統の送水管路線です。

このように水管橋で川を渡ってくれると、水辺を歩く者にとっては喜ばしいことで目を楽しませてくれます。これが伏越(ふせこし・サイフォン)で渡ってしまうと全く気付かないで素通りです。
前回書き忘れましたが端午橋に並行して渡る横浜・横須賀水道の目久尻川水管橋のほかにもう一本、同サイズの導水管が伏越で目久尻川を渡っています。分っていたのですが観察することなく素通りしてしまいました。
伏越よりも水管橋が多いと感じるのは目立つからだけでなく実際にその通りだと思います。その訳は単純で、伏越にすると両岸に立坑、川底に横引き推進坑を掘るので工事が難しく費用が高くついてしまうからと考えます。水道施設はどちらかと言えば地味で目立たない存在です。水辺や水道みちを歩く者には目に見える派手な施設・水管橋は大歓迎です。

耐震補強や老朽化により水管橋から伏越に変更するケースもあります。以下は珍しいその具体例です。横浜水道道志川系鳩川水管橋撤去工事の様子です。工事をじっくり見学したので興味がある方はご覧ください。
「其の83 横浜水道みち鳩川水管橋撤去」 (工事全般)
「其の94 横浜水道みち鳩川水管橋撤去」 (撤去一部始終)

目久尻川河川管理標識
用田橋たもとの河川管理標識。
一級河川 目久尻川
これより上流は神奈川県厚木土木事務所東部センター管理

これより下流は神奈川県藤沢土木事務所管理です。

目久尻川・神崎橋より下流を望む
用田橋より一つ上流の神崎橋より目久尻川下流を望む。

目久尻川神崎橋上流の水管橋?
これは神崎橋上流の水管橋?と思われる施設です。銘板、表札、注意看板等何の手掛かりもない謎の施設です。
この付近上流はカワセミの撮影スポットのようで愛好家4、5人が超望遠レンズカメラをセットしカワセミの飛来を待っていました。

目久尻川
カワセミ撮影スポットより上流を望む。護岸からカワセミの止まり木用に手ごろな長さの棒が流れに向って突き出ています。

横須賀水道有馬系統目久尻川水管橋
また水管橋です。これは横須賀水道の有馬系統の送水管です。海老名市の有馬浄水場から田浦配水場へ向かっています。過去記事「其の51」。

目久尻川護岸改修工事・道庵橋下流
その上流では護岸改修工事をやっていました。河川水を流しながらの工事で大掛かりです。

横須賀水道半原系統目久尻川水管橋
またまた水管橋です。横須賀水道半原系統の径500mmの導水管です。有馬系統と半原系統はすべて歩いたので再会でき嬉しいですね。5年振りです。過去記事「其の50」。半原系統は平成26年度末(平成27年3月末)をもって廃止路線となり現在は通水していません。

横須賀水道半原系統目久尻川水管橋
横須賀水道みち導水管は目久尻川を渡ると坂道を駆け上がり台地上の藤沢市葛原へ向かっています。橋の名前は堀之内橋。

不動明王坐像・綾瀬市吉岡
堀之内橋の西、横須賀水道みちと市道が交わる四つ辻の不動明王坐像です。大山道標と思われます。

目久尻川・吉野橋下流の水位目盛
吉野橋下流の水位目盛り。上から順に氾濫危険水位(3.7m)、避難判断水位、氾濫注意水位、水防団待機水位。
吉野橋には神奈川県の雨量水位情報(右欄サイドバーからリンクできます)監視カメラ設置が設置してあり、ほぼリアルタイムに目久尻川の水位画像が見られます。

目久尻川・吉野橋の水管橋
吉野橋に並んで渡る今日8つ目の水管橋です。ここは綾瀬市吉岡です。綾瀬市は神奈川県営水道の給水エリアです。どこかの給水池へ向かう送水管と思われます。

吉野橋より目久尻川上流を望む
吉野橋より目久尻川上流を望む。左岸側森は、北は相模原市から南は藤沢市に至る相模原横山台地の一部です。目久尻川は台地の縁を流れています。ちょっと信じられないのですが台地上をかつて相模川から引いた灌漑用水(相模原畑かん用水路)が自然流下で流れていました。改めて一万分の一の地図を眺め、以前畑かん用水路をたどったことを思い出しました。

探訪初日の2月19日は河口から約9.3km歩きました。源流まで残り11kmほどです。延べ3日みれば源流を極めることができると思います。どんなところか楽しみです。吉野橋前の宮際バス停から海老名駅行きのバスに乗り初日の探訪を終えました。

今回のスタート東海道新幹線との交差地点です。


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其の366 目久尻川源流を訪ねる①・河口から海老名市本郷まで

 相模川水系の一級河川で目久尻川(めくじりがわ)と言う変わった名前の川があります。水道みちや用水路歩きで交差する目久尻川を何回か渡っているので、断片的に承知していますが肝心の河口と源流の様子については全く知りません。
晴れの日が多い2月は水辺歩きに最適の季節です。目久尻川河口から源流を目指して歩くことにしました。

相模川・目久尻川合流地点
2月19日(日)晴れ、JR相模線寒川駅から相模川左岸堤防にやってきました。ここは神奈川県高座郡寒川町一之宮です。源流はここから約20.6km上流です。
相模川左岸堤防から見た相模川本流に合流直前の目久尻川。相模川河川敷内を流れているので相模川と言った方がいいかもしれません。
左側の樋管は国交省管理の「寒川第一排水樋管」です。
延長約20.6kmはここでは便宜上「寒川第一排水樋管」を起点とし一万分の一の地図で水色の河川表示がある座間市広野台1丁目(小田急線東側)までで、実際にはその先があると想像します。そこまで極めたいと思っています。

相模川・目久尻川合流地点
同地点から上流を見ました。相模川左岸堤防がそのまま目久尻川左岸堤防になっています。対岸は目久尻川右岸堤防になりますがどこから相模川左岸堤防なのかここからははっきり見えません。

相模川・目久尻川合流地点
対岸に目を向けると憧れの富士山が大きく迫ります。眼前の川は目久尻川。相模原市からは間に丹沢の山々があるので日頃は富士山を見られません。埼玉県鴻巣市の武蔵水路や荒川堤防からも見ましたが、ここからは近いのでとても大きく見えます。近くの大山と同程度に見えます。

目久尻川
圏央道下を流れる目久尻川。魚道のような床固工。

河原橋より目久尻川上流を望む
県道47号線河原橋より目久尻川上流を望む。高水敷に菜の花が花盛りです。

横浜・横須賀水道寒川取水事務所
鷹匠橋より上流は川沿いの道がなく迂回しました。これは横浜水道、横須賀水道共同施設の寒川取水事務所(第1ポンプ場)です。左側に寒川取水堰から取り入れた沈砂池が見えます。

目久尻川を渡る水管橋
目久尻川沿いに戻りました。いこい橋に並んで渡る大口径の水管橋です。近くの神奈川県営寒川浄水場から藤沢方面の配水池へ向かう「湘南東送水管2号」と思われます。

目久尻川を渡る水管橋
「湘南東送水管2号」を近くから見ました。
一昨年、ここより東の引地川を歩いた時、天神橋に並んで渡る大口径の水管橋を見ました。神奈川県企業庁に照会し、寒川浄水場から藤沢方面へ送水する直径120cmの「湘南東送水管2号」と教えてもらいました。この水管橋はその上流部と思われます。

目久尻川・いこい橋
いこい橋の蛇口か水道管をイメージした親柱。いこい橋の上流側にもう一本大口径の水管橋が渡っています。

目久尻川水管橋
こちらはその上流の端午橋に並んで渡る水管橋です。先ほど見た横浜水道、横須賀水道共同施設寒川取水事務所で取り入れた水道原水を小雀浄水場へ送る導水管です。支間長38.5m、口径200cm。過去記事「其の162」。

横浜・横須賀水道目久尻川水管橋
横浜・横須賀水道局連名の標語。
「限りある水を大切に! 横浜市水道局 横須賀市上下水道局」

目久尻川水管橋銘板
銘板が貼ってありました。「目久尻川水管橋 横浜市水道局 昭和39年1月竣工 三菱日本重工業 横浜造船所製作」。
共同施設ですが設計施工は横浜市水道局が担当しました。昭和39年と言えば東京オリンピックの年です。

宮山大橋より目久尻川上流を望む
その上流、県道46号線宮山大橋より目久尻川上流を望む。

目久尻川のカワセミ
目久尻川のカワセミ
その上流で運良くカワセミを立て続けに撮影。別々の個体です。嬉しいので二羽とも載せます。クリックで拡大します。

目久尻川
こんな農道のような道を歩きました。今の季節は細長いヤツの心配がないので安心して歩けます。パイプが打ち込まれ堤防が嵩上げしてあります。応急的な処置みたいです。

目久尻川を渡る相模川左岸用水路・寒川掛樋
旭橋を過ぎたところで水路橋が渡っています。懐かしいですね。相模川の磯部頭首工で取り入れ茅ヶ崎へ向かう相模川左岸幹線用水路の寒川掛樋(水路橋)です。過去記事「其の36」。

相模川左岸幹線用水路・寒川掛樋
茅ヶ崎市へ向かう寒川掛樋(水路橋)。オフシーズンなので通水はなく滞留しています。

目久尻川親水護岸
寒川広域リサイクルセンター前の親水護岸。付近に神奈川県の「目久尻川河岸の皆さまへ」という注意看板あり。この川は神奈川県藤沢土木事務所が管理する一級河川です。

目久尻川の亀
ヘンな亀を見つけました。甲羅の色が茶色です。右側の亀は普通に見かける亀です。立春を過ぎたとはいえ日本海側では雪が降っています。こちらは温暖なんですね・・・。

藤沢市宮原の取水施設?
寒川町から藤沢市に入り宮原で見た左岸堤防下の施設。目久尻川の伏流水を汲み上げる農業用水の取水施設でしょうか?奥と手前に水路が走っています。あらためて見に来たいですね。

戸中橋より目久尻川上流を望む
その上流、藤沢市宮原の戸中橋より目久尻川上流を望む。傾斜が緩やかな蛇籠護岸です。

目久尻川のゴム堰
その上流で見つけました! 新たなゴム堰の発見です。今は田んぼへ用水を送る時期ではないので倒伏しています。取水口や操作室もあります。夏に是非探訪したいです。

目久尻川・新幹線と交差
海老名市温泉プール前で新幹線と交差。ここは海老名市本郷、対岸は藤沢市用田です。

途中ですが今回はここまでです。寒川第一排水樋管から約6.1km歩きました。続きは次回発表します。

今回のスタート寒川第一排水樋管の位置です。

其の365 荒玉水道道路を歩く③・東京都中野区板橋区

 前回の続きです。1月28日(土)晴れ、中野区の野方配水塔、板橋区の大谷口配水塔を見に行きました。

野方配水塔・東京都中野区
中野通り沿い、みずのとう幼稚園側から見た野方配水塔です。昭和4年に完成した高さが33.6m鉄筋コンクリート製です。こちら側から見ると空襲時の弾丸の跡が見えるそうですが、よく分かりません。

野方配水塔・中野区水の塔公園内
中野区立水の塔公園内北側から見た野方配水塔。

野方配水塔・中野区水の塔公園内
南側から見た野方配水塔。

野方配水塔・中野区水の塔公園内
配水塔周りの柵が遺されています。

野方配水塔について現地案内板から引用します。
旧野方配水塔(国登録文化財)
野方配水塔は、荒玉水道の給水場につくられた塔でした。荒玉水道は大正12年(1923)の関東大震災後、東京市に隣接した町村の急激な都市化による水の需要に応じるため、当時の豊多摩・北豊島両郡にある13の町々が連合して設立しました。
配水塔は、ドイツで衛生工学を学び、淀橋浄水場をつくった「近代上水道の父」中島鋭治博士(1858~1925)の設計です。
着工は昭和2年(1927)で竣工は同4年です。高さは33.6m、基部の直径約18mの鉄筋コンクリート造りです。
世田谷区の喜多見で多摩川から引水し、60万人の2時間分が貯水可能と言われ昭和41年(1966)まで使われていました。その後、解体計画もありましたが、平成22年(2010)に国登録文化財となり大切に保存されています。
ドーム型の屋根が、地域の特徴ある景観を形づくり、江古田の水道タンク・水の塔・給水塔などと親しまれてきた、東京近郊都市化のシンボルです。平成26年2月 中野区教育委員会

(案内板より)
給水エリアは中野区HPによると、
世田谷区砧から多摩川の水を引いて中野・杉並・豊島・板橋・練馬・北区に水道供給をするためのものでした。とあり結構広範囲です。

なお、世田谷区弦巻に現存する渋谷町水道の双子の給水塔・駒沢給水塔も中島鋭治博士によるものです。野方配水塔に先行すること5年、大正13年に完成しました。


野方配水塔の北東に大谷口配水塔があります。中野通り(都道420号線)を道なりに歩くと自然に到達します。

中野通り・豊島区南長崎
豊島区南長崎の中野通りです。面白い標識がかかっています。

「踏切あり」の標識
拡大しました。「踏切あり」の標識です。電車が描かれた標識は見かけますが東京のど真ん中で汽車は珍しいですね・・・。前方に西武池袋線踏切があります。

千川親水公園
豊島区千川親水公園に寄りました。案内板によると保谷村で玉川上水から分水した千川上水(江戸六上水の一つ)の跡地を平成元年に公園化したそうです。

ロード大谷口と大谷口配水塔(大谷口給水所)
東京メトロ有楽町線千川駅付近を通過、都道420号線にロード大谷口の看板がかかっています。電柱がないすっきりした街並みです。前方の塔が大谷口配水塔(現大谷口給水所)です。

大谷口給水所(大谷口配水塔)

東京都水道局 大谷口給水所
ロード大谷口から見た大谷口配水塔(現大谷口給水所)と東京都水道局の表札。
昭和6年完成の旧大谷口配水塔は取り壊され、跡地に平成23年3月、旧配水塔の意匠(円筒形にドーム屋根の形)を継承した大谷口給水所が完成しました。地域のランドマークとして親しまれた旧大谷口配水塔を後世に残す東京都水道局の粋な計らいです。
新しい塔はポンプ棟(中は倉庫、監視室、電気室、地階がポンプ室)で配水池は両側地下にあり、その上は駐車場や公園になっています。 「東京都水道局のプレス発表」並びに記事内PDFを参照ください。

大谷口給水所(大谷口配水塔)
大谷口公園から見た大谷口配水塔。

大谷口給水所(大谷口配水塔)
駐車場から見た大谷口配水塔。上部は野方配水塔と全く同じデザインです。

予定通り野方配水塔・大谷口配水塔を見たので荒玉水道みち歩きはこれで終わりです。去年の暮れから埼玉県・東京都の水辺歩きが続いたので、次回は神奈川県の水辺を歩きます。

野方配水塔の位置です。

其の364 荒玉水道道路を歩く②・東京都杉並区

 荒玉水道道路(以下、荒玉水道みちまたは水道みち)歩きの2回目です。2月13日(月)晴れの日に探訪しました。前回は京王線桜上水駅まで進みました。

荒玉水道道路
京王線桜上水駅の踏切南側から水道みちを見ました。砧浄水場から一貫して水道みち上を歩いてきましたが、ここで少しだけ逸れます。矢印方向が水道みちです。

荒玉水道道路
京王線踏切を渡り昭和信用金庫とラーメン店の間の路地を右折すると水道みちに戻ります。京王線を渡った水道みちは草むらです。

荒玉水道道路
同地点より水道みちの進行方向を見ました。北東へまっすぐ進む荒玉水道みち。

荒玉水道道路
R20(甲州街道)直前の水道みち。高架橋は首都高。ここは世田谷区から杉並区に入り下高井戸1丁目です。

荒玉水道道路(都道428号線)標識
甲州街道と都道428号線(荒玉水道道路)の標識。

荒玉水道道路()
甲州街道を渡った荒玉水道みちと東京都水道局の通行制限看板。水道施設保護のため4トンを超える車両は通行不可。

杉並区立玉川上水公園
その先で玉川上水公園と交差していました。昔の玉川上水の跡地と思われます。

荒玉水道道路
玉川上水公園を過ぎると下り坂です。江戸時代に開通した玉川上水は標高を維持するため台地上を選りすぐって開削されたことが窺えます。目の前の大形マンホールフタは水道みちを歩けばいやでも目に入ります。これは空気弁のマンホールフタです。空気弁は空気が溜まりやすい高所に設置されます。

荒玉水道道路・神田橋
坂を下ったところには川が流れています。神田川に架かる神田橋です。

神田橋より神田川上流を望む
神田橋より神田川上流を望む。今は穏やかな流れです。大雨の増水に備えて深い川になっています。ここから少し下流、環七沿いに神田川の洪水を取り入れる神田川取水施設があります。

荒玉水道道路・神田橋
径20cm位の水管橋が渡っています。これは浄水場から給水所へ送る送水管ではなく、給水所から家庭へ送る配水管と思われます。送水管はおそらく伏越(ふせこし・サイフォン)で渡っていると思います。

荒玉水道道路・永福2丁目
真っ直ぐ北東へ向かう荒玉水道みち。杉並区永福2丁目。

荒玉水道道路・京王井の頭線と交差
京王井の頭線を渡ります。

荒玉水道道路・井の頭通りと交差
その先で井の頭通りを渡った荒玉水道みち。

荒玉水道道路・井の頭通りと交差
井の頭通り交差点の名前は「荒玉水道」。

善福寺川・杉並区郷土博物館付近
これは杉並区郷土博物館の西側を流れる善福寺川です。

荒玉水道道路・善福寺川済美橋
その下流で荒玉水道みちが善福寺川を渡ります。橋の名前は済美橋(せいびばし)。

荒玉水道道路・善福寺川済美橋
済美橋より上流は河川改修工事中でした。下流側から済美橋下を覗いても大口径の水管橋は見当たりません。神田川と同じく配水小管が渡るのみです。橋を渡ったところに例の大形空気弁マンホールフタがあったので神田川同様伏越・サイフォンで渡っていると思われます。野川や仙川は水管橋で渡っていました。私の想像ですが神田川や善福寺川はちょっとした雨で大増水するので速やかな流下を妨げる水管橋方式を避けたのではないか・・・そんな気がします。

善福寺川親水護岸
済美橋下流の済美公園内親水護岸。護岸の水位目盛りを見ると5mまで刻んでありました。このすぐ下流左岸に環七・地下調節池善福寺川取水施設があります。 「其の339」。

済美公園のオナガガモ
済美公園内親水護岸前でくつろぐオナガガモの群れ。

荒玉水道道路・杉並区堀之内
善福寺川を渡った後はゆるい上り坂です。10分ほど歩くと水道みちが妙法寺の塀に突き当たります。左側一方通行の出口から車が出てきました。砧浄水場から長らく続いた真っ直ぐな水道みちはここまでです。

荒玉水道道路・妙法寺付近
一方通行の道に入りました。両側が寺院の塀です。この道は地図には都道428号線とあります。例の大形マンホールフタは全くありません。現在でもこの地下に送水管が通っているか疑問符が付きます。

今昔マップです。 (今昔マップon the web)より

荒玉水道みちが地図上に現れた昭和2年~14年(1927~1939)にセットすると、この道は当時から今と全く変わらぬ形で存在していたことが分かります。両側が寺院なのでこの道の地下に野方配水塔、大谷口配水塔へ向かう水道管が敷設されていたと思います。
大きな今昔マップは右側サイドバーから開けます。検索窓に「堀之内 妙法寺」と入力してください。

修行寺の河津桜
一方通行の西側、修行寺境内の河津桜です。咲き始めたとの手書き案内ポスターあり、見せてもらいました。

荒玉水道道路・青梅街道終(起)点
そのまま道なりに進んで青梅街道に突き当たりました。都道428号線はここまでです。
ここから北東方向、哲学堂の北に野方配水塔があります。今昔マップを見ても直線的な水道みちは描かれてなく、ここから先の経路は不明です。どのような経路で行ったのでしょうかね・・・?謎です。

青梅街道
おしまいに歩道橋から青梅街道の西方向を見ました。華屋与兵衛の西側が都道428号線の終点(起点)。青梅街道も古くからある道です。

次回は荒玉水道道路③(最終回)野方配水塔と大谷口配水塔について発表します。

今日のスタート京王線桜上水駅の位置です。


其の363 荒玉水道道路を歩く①・東京都世田谷区

 ちょうど一年前、相模川の水を追いかけて東京水道・長沢浄水場から砧浄水場、砧下浄水所まで歩きました。たまたまその道(都道11号線)が水道みちで、東京に水道みちがあることを初めて知りました。「其の270 相模川の水が東京へ・長沢浄水場系水道みちを歩く」で投稿。
その時にもう一つ別の水道みちを見つけました。今回のテーマ荒玉水道道路です。砧浄水場から真っ直ぐ北東の野方配水塔(中野区)や大谷口配水塔(板橋区)へ延びる送水管路・荒玉水道道路(以下、荒玉水道みちまたは水道みち)です。
荒玉水道みちを砧浄水場から板橋区の大谷口配水塔(現大谷口給水所)まで歩くことにしました。

荒玉水道とは?旧野方配水塔案内板から引用します。
荒玉水道は大正12年(1923)の関東大震災後、東京市に隣接した町村の急激な都市化による水の需要に応じるため、当時の豊多摩・北豊島両郡にある13の町々が連合して設立しました。
野方配水塔の着工は昭和2年(1927)で竣工は同4年です。60万人の2時間分が貯水可能と言われ昭和41年(1966)まで使われていました。
(平成26年2月 中野区教育委員会が立てた旧野方配水塔案内板より抜粋)

砧下浄水所から駒沢給水塔そして渋谷町まで送水した渋谷町水道と時代背景がそっくり同じです。こちらは砧下浄水所の少し上流の多摩川の伏流水を砧浄水場に取入れ、緩速ろ過で作った水道水をポンプで野方配水塔(中野区)や大谷口配水塔(板橋区)へ送水していました。

東京水道・砧浄水場
2月8日(水)晴れ、小田急線和泉多摩川駅からバスで世田谷区喜多見の砧浄水場へ。ここが東京都水道局砧浄水場正門前です。

荒玉水道道路(荒玉水道みち)
砧浄水場正門前から真っ直ぐ北東に延びる荒玉水道みち。ここから今に残る真っ直ぐな水道みち(都道11号線、428号線)の終点は杉並区梅里の青梅街道までで、延長は約10.0kmです。真っ直ぐな道なので地図なしで歩きました。(^σ^)

荒玉水道道路(荒玉水道みち)
喜多見5丁目、喜多見まちづくりセンター付近の水道みち。
水道管を守るため車両の通行制限が行われています。大正から昭和の初めに完成した水道みちは今でも現役です。

荒玉水道道路(荒玉水道みち)通行制限案内板
通行制限の看板。総重量4トン以上の車両は通行止め。

次太夫堀公園の次太夫堀
その先で次太夫堀公園の次太夫堀と立体交差です。荒玉水道の送水管は次太夫堀の下を潜っていると思われます。世田谷区HPによると次太夫堀は江戸時代初期に小泉次太夫が開削した六郷用水の別名で、世田谷区が復元した用水路です。野川からポンプで取水し野川へ戻しているそうです。拙ブログで取り上げたことがある多摩川右岸の二ヶ領用水も小泉次太夫の開削でした。

野川を渡る水管橋
その先、野川に架かる水道橋です。送水管は水道橋の上流側を水管橋で渡っています。管径は1m位でしょうか。

水道橋より野川上流を望む
水道橋より野川上流を望む。ここから近い野川下流には渋谷町水道みちの野川水道橋、その下流には野川浄化施設があります。

荒玉水道みち・野田橋水管橋
その先、国分寺崖線の上り坂途中でまた水管橋です。水管橋に銘板が貼り付けてありました。「1982.6 野田橋水管橋」、伸縮可とう管締めつけバンドに1000とあり。管径は1mです。

荒玉水道みち・野田橋水管橋
野田橋の下は川ではなく道路です。

荒玉水道みち・世田谷通りと交差
坂を上りきったところが世田谷通り砧小学校交差点です。世田谷通りより北東へ向かう荒玉水道みちを望む。下り坂になります。

仙川に架かる大蔵水道橋
坂を下ったところには、たいがい川が流れています。仙川を渡る大蔵水道橋です。

仙川を渡る水管橋
大蔵水道橋の上流側を水管橋で渡る送水管。

大蔵水道橋より仙川下流を望む
大蔵水道橋より仙川下流を望む。この下流1km位に仙川浄化施設があるので野川同様私にはお馴染みの川です。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
仙川を過ぎるとまた上り坂です。国分寺崖線の一部でしょうか、長い坂です。

東京水道排水弁マンホールフタ 東京水道・制水弁マンホールフタ 東京水道・空気弁マンホールフタ
砧浄水場を出発以来水道みちのいたるところにあったマンホールフタです。町中のマンホールとは違い大形サイズです。
左から排水弁、制水弁、空気弁のマンホールフタ。画像クリックで拡大します。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
その先、日大商学部前の荒玉水道みち。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
どこまでも真っ直ぐな荒玉水道みち。世田谷区砧5丁目。

荒玉水道道路の境界杭
荒玉水道みち境界杭です。左右に目を配り荒玉水道時代の境界杭を見つけたかったのですが・・・、荒玉の荒も刻まれていません。渋谷町水道みちを歩いた時は見つけたんですけどね・・。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
小田急線高架橋直前まで来ました。

環八通り
その先で環八を横断します。環八横断歩道橋より南方向を望む。水道みちは前方を斜めに横断しています。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
世田谷区船橋3丁目の水道みち。長い下り坂とその先に上り坂が見えます。

烏山川緑道
坂を下ったところにやはり川がありました。ただし烏山川緑道と言い川の流れはなく公園になっていました。たぶん暗渠化されたのでしょう。

荒玉水道みち(荒玉水道道路)
坂を上り平坦な道を行くと急に水道みちが賑やかになりました。ここは世田谷区桜上水に入っています。

荒玉水道みち・桜上水駅付近
京王線の踏切まで来ました。送水管は鉄道の下を潜るので、しっかりガードされていると思います。左側は京王線桜上水駅プラットホームです。切りが良いので初日の探訪はここで終え、京王線で帰路につきました。
今日はここまで約6.0kmを歩きました。続きは次回投稿いたします。この先で神田川や善福寺川を渡ります。環七の地下調節池取水施設上流部になるので楽しみです。

今日のスタート地点、砧浄水場正門の位置です。

其の362 環七の梅里換気塔を訪ねる・東京都杉並区

 前回の続きです。妙正寺川取水施設を訪ねたあと環七通りを南下、梅里換気塔を見に行きました。梅里換気塔では現地ならではの情報を得、収穫ありの探訪となりました。

梅里換気塔
中央の建物が梅里換気塔です。ビルのように見えますがこれが換気塔です。環七通り沿い、杉並区立梅里公園の一角にあります。

梅里換気塔
真下から見上げると塔らしく見えます。上部の黒色部はルーバー状の換気ガラリですね。

梅里換気塔表札
環七通り側にちゃんと表札がかかっています。
「神田川・環状七号線地下調節池 梅里換気塔 東京都建設局」

梅里換気施設案内板
傍らに案内板がありました。要点を記します。

神田川・環状七号線地下調節池
公園の地下には、調節池の立坑があります。
この地下調節池は、神田川の洪水を貯留し、水害を防止するためのトンネルで、環状七号線道路下(地下、約40m)にあります。地上にある梅里換気塔は、トンネル内の空気を換気するための施設です。
概要
1. 梅里換気施設:排気設備 脱臭設備
2. 地下調節池トンネル:内径12.5m 土被り平均40m
3. 一期事業:2.0km 24万㎥貯留 梅里換気施設から神田川取水施設まで
4. 二期事業:2.5km 30万㎥貯留 妙正寺川換気施設から梅里換気施設まで
5. 梅里立坑:内径25m 深さ55.4m

(東京都第三建設事務所案内板より抜粋)

梅里換気施設配置図
案内板に描かれた施設の配置図の部分拡大図です。画像をクリックすると拡大します。
中央の二重点線円形が内径25m、深さ55.4mの梅里立坑。
左へ伸びている点線が環状七号線地下調節池一期事業のトンネル。
梅里換気塔は一期事業2.0kmの最北端(最上流)にあります。
右へ伸びているのが二期事業のトンネル。北端は妙正寺川取水施設です。

一期事業と二期事業の境界である内径25mの梅里立坑。私の想像ですが、トンネル掘削工事の際、シールドマシンを梅里立坑から地下へ降ろし、掘削した土砂はここから場外へ搬出したトンネル工事の基地だったのではないかと思います。工事中はひっきりなしにダンプカーが出入りしていたと想像します。

梅里換気施設
梅里換気塔北側の施設。奥の建物は東京消防庁梅里取水施設(配置図の発電機室)です。案内板によると地下調節池(一期事業)内の水を消防隊が消防用水として使用するための施設。自家発電機により地下の揚水ポンプを運転します。
かまぼこ型の施設は(配置図の作業口)。ここに地下調節池へ下りる階段があると思います。善福寺川取水施設を見学した時長い階段を下りました。

妙正寺川取水施設
前回載せた妙正寺川取水施設の写真です。

上記案内板の概要に
4. 二期事業:2.5km 30万㎥貯留 妙正寺川換気施設から梅里換気施設まで
とありました。考えてみると延長4.5kmの地下調節池は北から南に1500分の一の勾配が付いていました。流入した洪水は(3か所いずれの取水施設から入っても)南端から順に貯留するので、梅里換気塔が一期事業2.0km用の換気施設とすれば二期事業2.5km用の換気施設があるはず。ないと空気の逃げ道がなく洪水貯留に支障が出ると思います。

写真をよく見ると中央に(換気ガラリと思われる)黒い窓付き建物があります。これが換気塔と思います。やはり妙正寺川取水施設内に換気塔がありました。

環状七号線地下調節池の参考記事です。
「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」
(2016/11投稿)

今日の探訪で「神田川・環状七号線地下調節池」の主だった施設をすべて見たことになります。次回は水道みちを歩く予定です。

梅里換気塔の位置です。



其の361 環七の妙正寺川取水施設を訪ねる・東京都中野区

 前回「其の360」で投稿した妙正寺川第一、第二調節池を見たあと環七の妙正寺川取水施設と梅里換気塔を探訪しました。両施設とも「神田川・環状七号線地下調節池」施設の一部です。
1月31日(火)晴れの日に探訪しました。梅里換気塔は次回「其の362」で発表します。

下田橋より妙正寺川上流を望む
前回探訪した妙正寺川第二調節池上流、下田橋から見た妙正寺川の上流方向です。護岸は垂直に近く高さは5m位ありそうです。護岸は色違いで線が入っています。増水時に出来た水際跡か護岸を嵩上げした跡でしょうか?。

妙正寺川・江古田川合流点
下田橋の少し上流、左岸に江古田川が合流しています。川幅、深さの割にほとんど流れがありません。ちょっとした雨で一気に増水するのでしょう。

史蹟 江古田原・沼袋古戦場の碑
付近でこんな碑を見つけました。「史蹟 江古田原・沼袋 古戦場」とあります。中野区に古戦場!?・・・。案内板によるとこの辺り一帯は享徳の乱(1454~1482・室町時代)で太田道灌と豊島泰経らが激戦をしたところだそうです。

新昭栄橋より妙正寺川上流を望む
下田橋から2.6kmほど上流の妙正寺川取水施設に到着です。環七の新昭栄橋より妙正寺川上流を望む。左岸に洪水取入れ口の越流堰が見えます。

神田川・環七地下調整池位置図
参考に「其の339」で載せた神田川・環状七号線地下調節池位置図を再掲します。 クリックで拡大します。
(「神田川・環状七号線地下調節池」より)

南北に4.5km、北から南に1500分の1の勾配をつけている。
地下調整池天端から地上までの距離(土被り)は34~43m。
青色が第一期事業で神田川取水施設は平成9年4月取水開始。赤色が第二期事業で善福寺川取水施設が平成17年9月、妙法寺川取水施設は平成19年3月から取水開始。

妙正寺川取水施設は図のように環状七号線地下調節池の北端にある施設です。

妙正寺川取水施設
上流側から見ました。越流堰の長さは善福寺川取水施設や神田川取水施設に比べ小振りです。入り口にゴミ除けのスクリーンがあります。善福寺川取水施設同様、その奥に防音カーテンや管理ゲートがあるはずです。取水立坑から内径12.5mの巨大地下調節池へ流れ込みます。
護岸に黄色の目盛り、黄色のライン、越流堰の白色ポールにも黄色の表示があります。よく見ると黄色ラインにAP+35.3mと書いてあります。管理ゲートを開く(洪水を取り入れる)設定水位線と思われます。右端に監視カメラが見えます。

この写真には写っていないのですが新昭栄橋の上流側に施設からの排水口がありました。妙正寺川取水施設は専ら取水のみで排水は行っていないはずなのでちょっと意外な感じでした。多分、事業所内の排水なのでしょう。

妙正寺川取水施設・設定水位線
設定水位線AP+35.3mのアップです。
旧岩淵水門(赤水門)で見たAP水位がここでも使われています。妙正寺川は神田川から隅田川に注ぐ荒川水系の一級河川です。この場所からは想像もつかないのですが荒川水系の河川でした。だから水準にAPを用いているんですね・・・。

APとは
Arakawa Peilの略で、荒川水系における水準を表す単位です。中央区新川にある「霊岸島水位観測所」AP±0が定められ、現在全国の高さの基準であるTP(東京湾中等潮位=海抜)はAP+1.1344mと定められました。 (国交省旧岩淵水門付近案内板「荒川の洪水記録」より)

妙正寺川取水施設監視カメラ
右岸の監視カメラ。24時間体制で監視しているので照明付きです。情報は善福寺川取水施設の中央監視室に送られ、職員が目視で水位を確認し管理ゲートを開く操作を行います。昨年10月に見学した際モニター画面を見ました。

このあと環七を南下し梅里換気塔へ向かいました。次回投稿します。

環状七号線地下調節池の参考記事
「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」
(2016/11投稿)

妙正寺川取水施設の位置です。


其の360 妙正寺川の治水施設を訪ねる・東京都新宿区・中野区

 哲学堂公園近くの野方配水塔を探訪した帰りに妙正寺川の治水施設・妙正寺川第一、第二調節池に出くわしました。
「おや、こんなところに越流堤が・・・」といった感じで嬉しくなりましたね・・・。
妙正寺川と言えば環状七号線地下調節池「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」で登場した神田川水系一級河川です。
1月31日(火)晴れ、改めて探訪しました。JR中野駅からバスで哲学堂公園入り口へ。

哲学堂・哲理門(妖怪門)
哲学堂公園内、哲理門(妖怪門)を潜り、広場を横切り階段を下ります。

妙正寺川第一調節池越流堤
園内南端を西から東へ流れる妙正寺川右岸の越流堤です。

妙正寺川第一調節池越流堤
「妙正寺川第一調節池」と大書してあります。ここは新宿区西落合。

妙正寺川第一調節池
越流堤の内側、妙正寺川第一調節池です。左側白い円柱より下流が越流堤です。越流堤を越えた洪水は左側の中間調節池に入り、満杯になると右側隔壁を越流し多目的運動広場に流れて行きます。

妙正寺川第一調節池
上記を下流側から見たところです。左側の多目的運動広場の方がいくらか高い位置にあるように見えます。

妙正寺川第一調節池
中間調節池と多目的運動広場境界に設置のスライドゲート。
上下スライドではなく横スライドです。なんか陸閘みたいですね・・・。これは洪水が終わった後、中間調節池に残った水を排水するためのゲートと思われます。

妙正寺川第一調節池案内板
排水口付近の案内板によると多目的運動広場の奥は平常時の休憩コーナーで池や水路が設けてあります。

妙正寺川第一調節池
排水口付近から見た休憩コーナーや池。右手前の配管はポンプ排水施設と思われます。中間調整池の残り水はこの地下へ送られているかも知れません。正面の水路は排水口に繋がっています。

妙正寺川第一調節池
マンションの地階部分にも洪水を貯留するのでこのように鉄格子が嵌めこんであります。多分流入した大形ごみ除けを兼ねていると思います。

妙正寺川第一調節池排水口
これは越流堤下流の排水口です。妙正寺川の洪水が治まると調節池に溜めた洪水はここから排水されます。内側から観察したところフラップゲート×2枚で妙正寺川と調節池の水圧差により自動的に排水されると思われます。右端の狭い排水口は何のためにあるのでしょうか。ポンプ排水口かも知れないですね。

妙正寺川第二調節池
こちらは妙正寺川第一調節池上流側に隣接の妙正寺川第二調節池越流堤です。第二調節池は平成7年6月完成。最大貯留量は10万㎥。名前から第一調節池(貯留量3万㎥)より後年に完成した施設と思われます。ここは中野区松が丘です。

妙正寺川第二調節池
第二調節池は地下調節池で地上からは見えません。図のように3層構造で、溜めた洪水は川の水位が下がってからポンプで排水されます。画像をクリックすると拡大します。
(東京都建設局第三建設事務所現地案内板より)

妙正寺川第二調節池排水口
越流堤下流、赤い水位目盛り脇の開口が排水口と思われます。

下田橋より妙正寺川下流を望む
中野通り下田橋より妙正寺川下流を望む。調節池はこの下流右岸側に第二調節池、第一調節池と並んで設置されています。

以上、詳細な案内板がなく見たまま感じたまま推定を交えて記しました。私の思い込みで間違いがあると思います。ご批判ご意見いただければ幸いです。

この後、まだ行ったことがない環状七号線地下調節池・妙正寺川取水施設、梅里換気施設まで足を延ばしたので次回はそれについて投稿します。

哲学堂公園の位置です。


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