横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の331 大丸用水を歩く② 東京都稲城市~神奈川県川崎市

 前回「其の330」の続きです。前回は大丸用水(おおまるようすい)の菅堀、新堀分岐点まで進みました。今回は大丸用水・菅堀の終点までを発表します。

大丸用水・菅堀
菅堀下流でまた分岐しています。菅堀が幹線用水路とすれば支線用水路へ分水ですね。大丸用水は終点まで取水門(取水堰)や分水門といった施設はなく、このような自然な形の分水ばかりでした。

雁追橋跡の碑
雁追橋(がんおいばし)跡の碑です。
江戸幕府の御殿女中がこの地に移り住みとても美人で村人に人気があったそうです。貞淑な人で近づく村の男どもはすぐに帰されたそうです。その頃の稲城には多摩川のほとりにたくさんの雁が来ていて、村人たちはこの雁に例えて「雁と同じように男たちが集まってくるが、すぐに追い返されてしまう」と噂を立てました。美人は長くこの地に住みましたがそのうちに「雁追婆さん」と呼ばれるようになり橋の名前にもなりました。(碑文より要約)

大丸用水のアブラゼミ
今日は9月17日、明後日は彼岸の入りです。8月初めからうるさいほど鳴いていたアブラゼミがまだ頑張っていました。今日はツクツクボウシの鳴き声を一度聞いたきりです。

大丸用水・菅堀
イチョウ並木通りをトンネルで潜る大丸用水・菅堀。

大丸用水・菅堀
その先で再びイチョウ並木通りを潜り南流する大丸用水・菅堀。これまであった水路沿いの散策路がなくなりました。ここは稲城市東長沼。

大丸用水・菅堀
コノ字型に迂回して追いかけました。流下する大丸用水・菅堀。下流を見る。この先で水路トンネルに入り地図から消えます。

大丸用水・菅堀
150mほどの水路トンネルを抜け開渠水路になった大丸用水・菅堀。ここはJR南武線稲城長沼駅付近です。

大丸用水・菅堀
水路沿いの散策路がないので迂回しながら追いかけます。用水路と言うより普通の河川のように見えます。押立郵便局付近、上流を見る。

大丸用水・菅堀の石橋
古い石橋が架かっていました。橋桁に「大正三」と刻まれていたので1914年築造ですね。100年ほど前です。
この下流で大丸用水は稲城大橋通りと立体交差します。

大丸用水・菅堀と稲城大橋通りの立体交差
押立西交差点から稲城大橋通りの西方向を見ました。
稲城大橋通りは二階構造になっていて中央分離帯を何本かの水路がコンクリート製水路橋で横断しているのが見えます。大丸用水・菅堀は手前から三つ目の水路橋です。

大丸用水・菅堀
左側稲城大橋通りを横断し東側へ出てきた大丸用水・菅堀。

大丸用水・菅堀沿いの庚申塔
菅堀近くで庚申塔を見つけました。三猿(見ざる言わざる聞かざる)、邪鬼の上に立つ青面金剛がショケラをぶら下げています。稲城市矢野口。

大丸用水・菅堀
右岸の梨畑脇を流れる大丸用水・菅堀。稲城市矢野口。

大丸用水・菅堀
JR南武線を潜り旧川崎街道沿いに流れる大丸用水・菅堀。

大丸用水・菅堀
川崎街道矢野口駅入り口付近の暗渠水路入り口。

大丸用水・菅堀
川崎街道沿い暗渠水路の上を歩きます。レンガ敷き歩道の下が暗渠です。

大丸用水・菅堀
鶴川街道を渡り矢野口交番前で開渠になるもすぐ下流で暗渠水路に。大丸用水・菅堀の開渠を見たのはこれが最後です。

大丸用水・菅堀
セブンイレブン前で分水していました。幹線水路上を真っ直ぐ追いかけます。ここは川崎市に入り多摩区菅6丁目です。

大丸用水・菅堀
その先、城下信号付近でまた分水していました。暗渠水路はコンクリートのフタ、グレーチングの点検フタ付きです。フタから中を覗くとほとんど流れを感じませんが、このまま暗渠の幹線水路をたどります。ここは多摩区菅4丁目。

大丸用水土地改良区注意看板
分水路フェンスに掲示の大丸用水土地改良区の注意看板。

大丸用水・菅堀
その先、京王相模原線高架橋近くまで来ました。あれっ!?
右手の街路樹下で暗渠フタが終わっています。大丸用水・菅堀が消滅しました・・・。点検フタから中を覗くと用水がわずかに滞留、全く流れがありません。

大丸用水・菅堀余水排水路
とはいえ、用水路には余水排水路が必ずあるはず。街路樹の先の横断歩道を左折しました。この歩道下、なんとなく水路のような感じです。前方は京王稲田堤駅です。

大丸用水・菅堀余水排水路
どんどん進んでいくとやはり水路でした。暗渠フタに変わり先へ続いています。

大丸用水・菅堀余水排水路
JR南武線稲田堤駅前踏切脇を開渠で潜った排水路が駅舎の横を通っています。右側が稲田堤駅です。

大丸用水・菅堀余水排水路
その先、住宅街を進む暗渠水路。前方が南武線です。

大丸用水・菅堀余水排水路
右側の南武線線路脇で開渠になった排水路。流れはありません。

大丸用水・菅堀余水排水路、押立堀排水路に合流
追っかけてきた菅堀の排水路(右側フェンスと線路の間)は北の方から来た広い排水路にここで合流していました。広い排水路は地図でたどると大丸用水・押立堀の余水排水と思われます。至る所で分水した大丸用水支線用水路の余水排水もこの広い排水路に集まっていると思います。

大丸用水・菅堀、押立堀排水路が三沢川に合流
三沢川左岸に合流する大丸用水・菅堀、押立堀の流末です。
三沢川は500mほど下流で多摩川に合流しています。結局、多摩川で取水された用水は三沢川を経由して多摩川へ戻って行くことになります。長いようで短い水の旅でした。この辺りの三沢川は昭和20年代に新たに人工的に開削された川です。それ以前の大丸用水はこの先に伸びていたと思われます。
今回歩けなかった大丸用水・幹線用水路押立堀、新堀もいつか歩いてみたいと思います。

大丸用水・菅堀、新堀分岐点の位置です。

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其の330 大丸用水を歩く① 東京都稲城市

 9月17日(土)晴れ、「其の278 三沢川分水路・多摩川合流点探訪」で見つけた大丸用水を歩いてきました。秋雨前線のせいでぱっとしない日が続く中、お日様が久しぶりに顔をのぞかせたのでいつものようにぶらっと一人で行ってきました。

大丸用水堰
今日はJR南武線南多摩駅からの歩きです。多摩川右岸、大丸用水の起点、大丸用水堰(おおまるようすいせき)へやって来ました。右岸から小型転倒堰、固定堰、大型転倒堰が2門、魚道、固定堰が見えます。転倒堰2門の内1門は油圧シリンダーで起立し、もう1門は転倒しています。

大丸用水堰
右岸の操作室と取水口(水色フェンス下)。その下の小型転倒堰は土砂吐用と思われます。取水口周りは土砂が溜まりやすいので転倒堰を開けることにより土砂は一気に押し流されます。相模川の小沢頭首工と配置がよく似ています。

大丸用水堰の転倒堰
堰中央の転倒堰5門。ズームアップで撮りました。

大丸用水堰
操作室付近から見た大丸用水堰。地図で測ると対岸までの延長は400mほどあります。これらの施設の操作管理は大丸用水土地改良区が行っています。

大丸用水堰注意書き
大丸用水土地改良区の注意書き。
多摩川が増水すると堰は自動的に転倒します。

大丸用水余水吐沈砂池
大丸用水堰を後にして大丸用水の探訪開始です。取り入れた用水は地下水路で流下します。これは歩き始めてすぐ右岸堤防上に現れた開渠です。長さは40mほどで、周りはフェンスで囲ってあります。左岸に開口があります。

大丸用水余水吐沈砂池
開口は隙間から覗くとこのようになっています。水門があり多摩川へ排水するようになっています。この開渠は取水口で用水を取り過ぎた時の余水吐兼沈砂池と思われます。

三沢川分水路多摩川合流点
これはその先にある三沢川分水路の多摩川合流点です。今年2月「其の278」で訪ねて以来です。繁茂していた樹木が伐採され見やすくなりました。

大丸用水・JR武蔵野貨物線下
JR武蔵野貨物線下、多摩川右岸堤防上の地下水路出口です。

南武線を潜る大丸用水
その下流でJR南武線を潜り抜けた大丸用水路。

大丸用水
その下流で大丸用水路は右折し南武線の方に向っています。既設水路トンネル入り口に土嚢が積んであります。5連のボックスカルバート製の地下トンネルに入った大丸用水は南部線沿いに東へ向かいます。

大丸用水・JR南武線南多摩駅付近
南武線南多摩駅前を地下水路で流れています。この砂利道下が大丸用水路です。

大丸用水・JR南武線南多摩駅前
南武線南多摩駅前で開渠になった大丸用水路。

大丸用水・JR南武線南多摩駅前
これは今年2月に撮影した大丸用水の地下水路化工事の様子です。ボックスカルバート(幅3600×奥行1000×高さ1600)を敷設しています。黒い蛇腹パイプ2本は仮設水路。

大丸用水・JR南武線南多摩駅前
流下する大丸用水。左岸が散策路になっています。ここは稲城市大丸、分量橋下流です。

駅前の分量橋より下流1120mの区間は稲城市により大丸親水公園として整備されています。案内板に大丸用水の歴史について書かれていたので記します。
大丸用水は江戸時代元禄年間(1690年)に築造され、以来約300年に渡り稲城市の農耕地を豊かに潤してきました。(稲城市設置大丸親水公園案内板より)

大丸用水路
上流で分水した支線用水路と立体交差。田んぼにはもう送水を止めています。空堀です。左岸に彼岸花が咲き始めました。

大丸用水・押立堀、菅堀に分岐
大丸用水が二股に分岐しています。左が押立堀、右が菅堀です。今日は菅堀に沿って歩きます。

大丸用水・親水公園ケヤキの池広場
親水公園ケヤキの池広場です。上流を見る。

大丸用水・菅堀
右岸の田んぼと百日紅の散策路と大丸用水・菅堀。

大丸用水・親水公園ヤナギの池広場
大丸用水・菅堀左岸の親水公園ヤナギの池広場です。

土地改良完成記念碑
昭和45年5月建立の土地改良完成記念碑です。稲城市大丸。

大丸用水・菅堀
眼鏡橋です。二つ続いていました。

大丸用水・新堀、菅堀分岐
二つ目の幹線用水路の分岐です。右が新堀、左が菅堀。今日は菅堀を終点までたどります。

途中ですが長くなるので今回はここまでです。次回「其の331」に続きます。

大丸用水の始まり大丸用水堰の位置です。

其の329 長野堰を歩く② 群馬県高崎市

 前回「其の328」の続きです。前回は高崎環状線南、左岸の分水施設まで進みました。今回は長野堰(幹線用水路)終点の円筒分水堰までを発表します。

長野堰・高崎市上並榎町
ケヤキ並木を真っ直ぐ流下する長野堰。高崎市上並榎町。

長野堰・ポケットパーク
高崎市が長野堰上に設置したポケットパーク(藤棚、あずまや、ベンチなどがある小公園)。全11か所あります。

長野堰取水堰・高崎市上並榎町
高崎市上並榎町県道27号線手前の取水堰。左右両岸から分水しています。

長野堰改修紀功碑
長野堰右岸県道27号線手前の「長野堰改修紀功碑」。昭和九年一月建立。傍らに碑文の文字起しパネルが立っていました。

長野堰の歴史案内パネルクリック拡大
その隣に立てられた「長野堰の歴史」案内パネルです。
高崎の街は、一級河川烏川と井野川に挟まれていながら、台地状の地形のために「水」には恵まれていませんでした。この、不毛に近い高崎台地を「水」で潤し、農業生産や市民生活の基盤を築いてくれたのが、一級河川烏川を水源とする長野堰用水です。
開削の歴史は古く今から一千年以上前と伝えられ、戦国時代の箕輪城主長野業政(ながのなりまさ)公が現在の形を作ったと言われています。
このことは、長野堰用水沿いで数多く発掘された平安時代の水田遺構からも裏付けられています。(長野堰を語りつぐ会) 長野堰土地改良区 群馬県西部農業事務所
 (案内パネルより)

稲荷橋より長野堰下流を望む
県道27号線稲荷橋より長野堰下流を望む。

信越本線を潜る長野堰
信越本線直前の長野堰。伏越ではなく普通に潜り抜けています。

長野堰・大橋3号橋下流
大橋3号橋下流左岸の分水門。町中で支線用水路に分水しています。

長野堰・新井堰水門
そのすぐ下流に取水堰と右岸に分水門がありました。分水門の名前は「新井堰水門」と言います。

長野堰・請地堰
5分も歩かないうちにまた町中の取水堰です。銘板に「請地堰」とあり、右岸に分水しています。

長野堰暗渠水路・長野堰土地改良区前
その先、長野堰を管理する長野堰土地改良区事務所沿いでは暗渠水路となっています。

長野堰功徳碑
暗渠水路出口の「長野堰功徳碑」。傍らに碑文文字起しパネルが立っています。読めば長野堰の全てが分かります。

長野堰・末広町郵便局付近
末広町郵便局付近の長野堰。

長野堰に架かる高京橋
長野堰に架かる高京橋。末広町郵便局付近。

高砂橋より長野堰下流を望む
高砂橋より長野堰下流を望む。前方に上越新幹線の高架橋が見えます。

信越本線を潜る長野堰
信越本線手前まで下ってきました。線路下を潜る長野堰。

信越本線を潜り抜けた長野堰
信越本線を潜り抜けた長野堰。上流を見る。ここは高崎駅の北側になります。

長野堰の取水堰・諏訪神社付近 長野堰の取水堰・佐野堰 長野堰の取水堰・高根堰
連続する取水堰です。クリックで拡大します。
左:諏訪神社付近の取水堰。左岸で取り入れています。
中:そのすぐ下流、右岸で取り入れています。銘板があり「佐野堰」と言います。
右:これは城東小前の取水堰で「高根堰」です。

長野堰・円筒分水堰の施設
前方に水路幅からはみ出した施設が見えてきました。除塵機ですね。

長野堰・円筒分水堰
凄まじい水の落下音で分かりました。長野堰の円筒分水堰です。幹線用水路を流れた用水は除塵機を経てここで四つの支線用水路に分水されます。
案内パネルによると内側円筒の直径は4.5m、用水が越流している外側円筒の直径は8.0mあります。
長野堰土地改良区設置の案内パネルに概要説明が記されています。
長野堰・円筒分水堰の概要
長野堰は群馬県榛名町大字本郷地内の利根川水系烏川より取水する頭首工を起点とし、受益面積約1,000ha、最大取水量6.797㎥/秒、幹線水路は円筒分水堰まで約8km、灌漑用水として利用される他市街地域の防火用水、環境美化用水等に寄与しています。
この円筒分水堰は1962年に県営幹線水路改修事業の一環として設置された配水施設で、自然落差を利用して、地獄堰、上中居堰、谷中堰、倉賀野堰の4堰に正確に受益配分されるように設計された、全国でも珍しい分水施設です。かつて水利の乏しい地区では干ばつのたびに激しい水争いが起きましたが、円筒分水堰が設置されてからは、争いは落着しました。地獄堰の名は激しい水争いの名残でしょうか。 
(長野堰土地改良区設置の案内パネルより抜粋)

長野堰・円筒分水堰
右奥が谷中堰、左の細い用水路が上中居堰、左手前が地獄堰です。

長野堰・円筒分水堰
奥が倉賀野堰、手前が地獄堰です。地獄堰は単独で東へ流れて行きます。

長野堰・円筒分水堰下流の支線用水路
円筒分水堰から130mほど下流の橋から見た分水後の支線用水路の上流方向です。
右から上中居堰、谷中堰、倉賀野堰。向かって左側右岸フェンス左側に沿ってもう一本流れています。これは円筒分水堰より上流で分水した支線用水路です。

長野堰・円筒分水堰下流の支線用水路
上記の右岸フェンス沿いの用水路は橋の上流でこのように谷中堰、倉賀野堰の上に樋で侵入してきます。奇妙な光景です。

長野堰・円筒分水堰下流の支線用水路
橋から下流を見るとこのように4本の流れになりました。こんな光景は望んでも見られないです。面白いですね・・・。
もうひとつ面白いことに左端の上中居堰は左カーブした先で隣の谷中堰に合流しています。円筒分水堰で分水したばかりなのに・・・。

このあとは近くの高崎駅まで歩きましたが、汗ぐっしょりぐったりふらふら状態でほんと辛かったです。来年の夏は齢相応にもう少しセーブするか、時期を選ばないといけません。今回のコースも読者の方の情報で探訪しました。ご紹介ありがとうございました。

今回のスタート高崎環状線の南、分水施設地点です。

其の328 長野堰を歩く① 群馬県高崎市

 ウォーキング1日コースで頭首工、伏越・サイフォンに加えて円筒分水も合せて見られるおいしい話を読者の方からいただきました。その名は群馬県高崎市の長野堰(用水路)です。一般的に用水路歩きは通水のある9月半ばまでが適期なので何はともあれ行ってきました。

長野堰頭首工
9月2日(金)晴れ。JR高崎駅西口から榛名湖行の路線バスに乗り本郷町下車。長野堰の始まり長野堰頭首工にやってきました。前方緑色の管理橋下が烏川を堰き止める取水堰です。
意外なことにこの先は関係者以外通行止めです。探訪の初っ端から頭首工が見られません。

目の前の流れが左岸取水樋管ゲートから取り入れた長野堰(幹線用水路)の始まりです。最大取水量6.797㎥/秒。幹線用水路延長は下流の円筒分水堰まで約8kmです。 (長野堰土地改良区 円筒分水堰案内パネルより)

長野堰頭首工
これが長野堰頭首工です。探訪ガイドに用いた農林水産省 疏水百選・長野堰用水(群馬県)「長野堰用水ウォーキングコースマップ」より。上記事情により頭首工を見られなかったのですが写真使用許可を得たので掲載します。

長野堰
「長野堰用水ウォーキングコースマップ」をガイドに円筒分水堰目指して約8kmのウォーキングの開始です。
歩き始めてすぐ蛇が獲物を呑み込んだように水路幅が急に広がっています。沈砂池と思われます。下流に水門が見えます。

長野堰・小堀川サイフォン呑口
水門の先はゴミ除けスクリーンです。これは伏越の呑口ですね。前方右側の小堀川と伏越(ふせこし)・サイフォンで立体交差します。

長野堰・小堀川サイフォン吐口
小堀川を渡ったところに伏越の吐口桝がありました。グレーチングフタから中を覗くと地下水路が小堀川に沿うように北へ向かっています。

長野堰・小堀川サイフォン出口
およそ200mの地下水路出口です。次の伏越まで開渠になります。

長野堰
流下する長野堰。本郷町へ来る途中に前方の橋をバスで通過しました。

長野堰・榛名白川サイフォン呑口
今日二つ目の伏越です。榛名白川右岸の伏越呑口です。案内パネルが立っていました。「榛名白川サイホン」と言います。

榛名白川サイホンの仕組み
サイホンの仕組みです。(榛名白川サイホン案内パネルより)

新波橋より榛名白川下流を望む
新波橋より榛名白川下流を望む。長野堰は川底を管水路で右から左へ横断しています。

長野堰・榛名白川サイホン吐口
榛名白川左岸堤防下の榛名白川サイホン吐口桝です。この先はまた暗渠(地下トンネル)になります。

長野堰・榛名白川サイホン下流暗渠出口
道路下の暗渠出口です。これより下流は開渠水路なので迷うことはありません。

長野堰・榛名白川サイホン下流暗渠出口の水神様
暗渠出口上に水神様が祀られていました。

長野堰右岸の分水門
今日初めて見る右岸の分水門です。田んぼへ行く用水の取入れ口です。

長野堰・角落の堰上げ
そのすぐ下流で角落しで堰上げをしていました。

長野堰
とうとうと流れる長野堰。ここは高崎市我峰町。

長野堰・取水堰と分水門
本格的な取水堰と右岸の分水門(田んぼ向け用水の取入れ口)。

長野堰右岸の田んぼ
今日初めて見る田んぼの風景です。左側の水路は上記で取り入れた支線用水路です。

長野堰遊歩道
長野堰沿いの道が歩行者専用の遊歩道になりました。安心して歩けます。自転車は通行可。

長野堰左岸の田んぼ
蛇行して流下する長野堰。左岸にも田んぼが開けています。

長野堰分水施設・高崎環状線南
高崎環状線の南、高崎市上小塙町まで下ってきました。左岸の分水施設です。

途中ですが今回はここまでです。次回「其の329」に続きます。

長野堰頭首工の位置です。

其の327 蓼科湖円筒分水工を訪ねる・長野県茅野市

 残暑がまだまだ厳しい中、蓼科高原へ行ってきました。2、3泊の避暑旅行なら良いのですが円筒分水を眺めるだけの日帰りです。8月31日(水)晴れの日に行ってきました。

蓼科湖円筒分水工
JR中央本線茅野駅から路線バスで蓼科湖下車。バス停から湖畔に設置の木製の遊歩道に入り進んでいくと簡単に見つかりました。
蓼科湖西側堰堤下の「蓼科湖円筒分水工」です。右斜面が蓼科湖の堰堤で、右上は木製遊歩道です。

蓼科湖
木製遊歩道から見た蓼科湖。この湖は昭和27年に完成した温水ため池です。

蓼科湖円筒分水工
堰堤斜面を下りました。小振りな円筒分水です。ウィキペディアによると直径は7m、滝之湯堰に9割、久保田堰に1割の比率で分水しています。

蓼科湖円筒分水工
南方向を見たところです。
中央奥が滝之湯堰でトンネルに入ります。トンネル入り口の銘板によると「蓼科湖トンネル 平成6年2月 延長???m」とありました。延長は草が茂り読み取れず。南方の田んぼに向っていると思われます。
左側の円筒形コンクリート桝は中を覗くと水が吹き上がっていました。湖からの取入れ口で地下へ降下したあと横引きで円筒分水中央真下に接続されていると思います。

蓼科湖円筒分水工
円筒形コンクリート桝の上に立つとこんな風に見えます。

蓼科湖円筒分水工
北側の久保田堰分水の様子。分水比1割の仕切りが見えます。

蓼科湖円筒分水工見学のあと蓼科湖を一周しました。
蓼科湖東側の清流
これは蓼科湖の東を流れる小河川です。山あいから来た冷たそうな清流です。

蓼科湖東側清流からの取入れ口
上記清流右岸から蓼科湖へ取り入れていました。標高1200mを流れる冷水は田んぼの用水として適さないので、蓼科湖は温水ため池として築造されました。

蓼科湖へ向かう水路
分水門(取入れ口)から蓼科湖へ向かう水路。緑色の水草は低水温の清流にしか育たない梅花藻ですね。三島の源兵衛川を歩いた時に見たことがあります。

蓼科湖余水吐
これは蓼科湖東南の角にある余水吐です。分水門の下流にあり越流した水を元の小河川へ戻しています。

蓼科湖彫刻公園
蓼科湖レジャーランド
湖岸沿いの彫刻公園や蓼科湖レジャーランドを眺めながら一周しました。蓼科湖バス停はすぐ近くです。

ツリフネソウの花  ツリフネソウの花クリック拡大
おしまいに珍しいツリフネソウの花を見つけたので記念に貼り付けます。10年ほど前に相模川の弁天どぶの湿地帯に群生するツリフネソウの花を見て以来です。正面と側面から撮りました。

今回の円筒分水も読者情報により探訪しました。ご紹介ありがとうございました。お蔭さまで近頃は自ら企画することなく楽をしております。

参考資料:農林水産省ため池百選「蓼科湖」

蓼科湖円筒分水工の位置です。


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