横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の295 多摩川の陸閘を訪ねる・調布市多摩川5丁目

 前回「其の294」で二子玉川駅付近の陸閘(りっこう)を訪ねました。上流の調布市にも陸閘があると聞き行ってきました。4月22日(金)晴れの日に探訪しました。場所は京王相模原線京王多摩川駅の近くです。

多摩川・調布市第一陸閘
駅から線路沿いに多摩川堤防へ向かいます。堤防に突き当たったところが陸閘でした。あっさり発見です。二子玉川の煉瓦張りの陸閘と同様の陸閘を想像していたのですが、全く違っています。陸閘から中へ入ると手すり付きの階段があり河川敷へ下りられます。自転車用のスロープもあります。

多摩川・調布市第一陸閘
堤防の外側(川側)から見ました。堤防は厚さが20cm位のコンクリート壁です。車止めがあり車両は入れません。通れるのは人と自転車だけです。

多摩川・調布市第一陸閘
陸閘から下流を見る。ゲートを嵌め込む縦溝が切ってあります。この部分だけコンクリートの厚さは50cm以上あります。

多摩川・調布市第一陸閘
陸閘から上流を見る。前方の橋は京王相模原線の鉄橋。この陸閘の名前は「調布市第一陸閘」と言い、場所は調布市多摩川5丁目です。

多摩川・調布市第一陸閘より下流を見る
河川敷に下りるスロープと堤防。コンクリート壁は過去の嵩上げ工事によるものと思います。地図を見ると河川敷は広域避難場所に指定されています。これでなぜここに陸閘が設置されたか分ります。陸閘がないと緊急避難時に速やかに安全に河川敷へ避難することができません。

前回載せた「陸閘とは」を再掲します。
陸閘とは、やむを得ない理由で、堤防が連続していない場合、あくまでも暫定的な措置として、洪水や高潮時に堤防の機能を確保するために締め切ることのできる施設をいい、容易に閉塞できる構造となっています。 
(国土交通省江戸川河川事務所 河川用語集より)

上記の「容易に閉塞できる」とはゲートを陸閘の縦溝に簡単に嵌め込むことだと思います。平常時、ゲートはどこか近くに保管してあると思われます。

多摩川の陸閘跡・調布市多摩川4丁目
もう一か所多摩川3丁目にも陸閘があるので上流へ歩きます。
これは途中の京王閣競輪場前多摩川4丁目で見た陸閘跡です。陸閘から河川敷へ下りる階段があります。陸閘開口部はコンクリートでふさぎ工事がしてあります。

多摩川・調布市第四陸閘
多摩川3丁目の陸閘です。こちらは階段がなくスロープのみです。

多摩川・調布市第四陸閘
陸閘より下流を見る。この陸閘は「調布市第四陸閘」と言います。

多摩川・調布市第四陸閘
調布市第四陸閘のゲート用縦溝。溝幅は110mmありました。

陸閘の話はここまでです。せっかくここまで来たので上河原頭首工(二ヶ領上河原堰)を見に行きました。「其の271」で右岸から探訪しましたが、左岸からはまだ見たことがありません。

二ヶ領上河原堰・起伏堰
左岸から見た起伏堰(転倒堰)です。右岸からは遠くにあった堰ですが、間近から見られました。多摩川が大雨で増水すると堰は自動的に転倒します。堰上部に草が生えているのでここしばらく転倒していないようです。せっかくの雄姿、青空がほしかったですね。

稲毛川崎二ケ領用水上河原頭首工銘板
これは上河原頭首工(二ヶ領上河原堰)の銘板です。
上河原頭首工は延長415mの重力式浮ダム構造の堰です。
重力式浮ダムとは浮き堰堤(透過堰堤・とうかえんてい)と呼ばれる堰堤の基礎を不透過性地盤まで打ち込まない構造の堰。
下流で多摩川の表流水や伏流水を取水していた東京都の六郷用水、砧浄水場、砧下浄水所などに配慮したものです。
設計者は久地円筒分水、新平瀬川、新三沢川を設計建設したあの平賀栄治氏です。


二ヶ領上河原堰・魚道
左岸から見た魚道です。遡上、降下する魚にやさしいハーフコーン型魚道。土砂が堆積しにくいという特徴もあります。右岸にもありますがフェンスがあり見ることができません。NHKテレビが取材に来ていました。魚道を遡上するアユを撮りに来たらしいです。遡上は見られなかったですね。

二ヶ領上河原堰下流の床固工
堰下流の床固ブロック。大きな床固ブロックが無残な姿を晒しています。多摩川の怖い一面を見てしまいました。

今回の参考資料です。
京浜河川事務所HP「二ヶ領上河原堰」

最初に訪ねた調布市第一陸閘の位置です。

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其の294 多摩川旧堤の陸閘を訪ねる・世田谷区二子玉川

 二子玉川の多摩川旧堤に陸閘(りっこう)と言う治水施設があると聞き、見に行きました。陸閘と言う耳慣れない用語を初めて知ったのですが、文字や語感が日常では馴染みがうすく、なんとなく謎めいていて、どのようなところか興味が湧いてきました。平瀬川浄化施設、野川浄化施設を見た同じ日、4月15日(金)晴れの日に探訪しました。

玉川西陸閘
これが陸閘です。名称は玉川西陸閘と言います。堤防が削り取られ両側は煉瓦張りの道路になっています。多摩川堤通りから南を見たところですが、まっすぐ進むと現在の多摩川堤防へ出ます。

玉川西陸閘標識
玉川西陸閘の標識。この陸閘は世田谷区が管理しています。

玉川西陸閘より上流(西方)を見る
堤防上から西を見ると東急線二子玉川駅がすぐそばです。

玉川西陸閘より下流(東方)を見る
堤防上から東を望む。堤防の両側に建物があります。右側に注目。右側は堤防の外側で多摩川の流れがある方です。普通、水害の恐れがあるので堤防の外側は人が住まないところです。

この堤防は国の直轄で「多摩川改修工事」が行われ、大正7年(1918)着工、昭和8年(1933)完成。工事対象区間は河口から二子の渡しの少し上流まで約22km。現在残る世田谷区玉川1丁目から野毛2丁目付近の堤防もこの時築かれた。
(国土交通省京浜河川事務所HPより引用)

玉川西陸閘
洪水の際にゲートを差し込む縦溝が切ってあります。一枚もののゲートなら重機が必要です。角落しでやるにしても人の力では大変そうです。

玉川東陸閘
これは100mほど東の玉川東陸閘です。

玉川東陸閘
多摩堤通りから見た玉川東陸閘。下り坂の先に現在の多摩川の堤防が見えます。

玉川東陸閘より西方を望む
堤防下より西方の二子玉川駅方面を望む。右側の道路は多摩堤通り(都道11号線)。

多摩川旧堤河川標識
もう一つの陸閘を見るため多摩堤通りを西へ歩きました。多摩堤通りと玉川通り交差点の「多摩川」河川標識。国土交通省が建設省時代に立てたと思われる古びた標識です。場にそぐわない感じがします。

多摩川旧堤
堤防が低くなり、陸閘ではなく階段で堤防を越えるようにしてあります。ここは野川左岸に出る手前。

多摩川左岸の久地陸閘
野川に架かる吉澤橋を渡った先、現在の多摩川左岸堤防の陸閘です。名前は久地陸閘と言い、場所は世田谷区鎌田1丁目、二子玉川緑地運動公園の入口です。

久地陸閘より下流を望む
堤防上より下流を望む。やはりゲートを差し込む縦溝が切ってあります。この先の堤防は左手から野川が合流するので、途切れています。いわゆるかすみ堤です。

陸閘は今見てきた通りですが、解説を見つけたので引用します。
陸閘とは、やむを得ない理由で、堤防が連続していない場合、あくまでも暫定的な措置として、洪水や高潮時に堤防の機能を確保するために締め切ることのできる施設をいい、容易に閉塞できる構造となっています。 
(国土交通省江戸川河川事務所 河川用語集より)

玉川西陸閘、東陸閘を設けた理由は京浜河川事務所HPに詳しい解説記事があります。要約すると大正初めの堤防計画時、多摩川の川辺に立ち並ぶ料亭などから「眺めが悪くなる」として合意が得られず、堤防と川の間に料亭や田畑を残す形に変更したため、陸閘を設置したということです。陸閘がないと多摩川へ遊びに来る行楽客が堤防越えをせねばならず大変不便なことになります。本来ならば料亭と川の間に堤防を築き洪水から料亭を護るのが筋なんですけどね・・・。眺めを優先して立ち並ぶ料亭の裏側に堤防を通すことになりました。

芋づる式の拙ブログ。思いつきでいつどこへ飛ぶか自身も分かりません。昨日、調布市の陸閘を見てきたので次回は確定しています。

今回の参考資料です。
国土交通省京浜河川事務所HP「多摩川旧堤と陸閘」

今回初めに訪ねた玉川西陸閘の位置です。



其の293 野川河口の野川浄化施設を訪ねる

 前回「其の292」で平瀬川浄化施設について取り上げました。今回も河口の浄化施設の話です。平瀬川河口から平瀬川浄化施設操作塔と瓜二つの操作塔が対岸に見えます。対岸の二子玉川駅付近で多摩川に野川が合流しています。気になるので二子橋を渡り見に行きました。4月15日(金)晴れの日に探訪しました。

野川取水堰操作塔
多摩堤通り(都道11号線)であっさり見つけました。多摩堤通りから見た操作塔です。多摩川合流前の野川左岸に立っています。多摩堤通りから管理橋で連絡しています。
左端が放流口、管理橋下に見える白い開口は取水口みたいです。これらを見て野川河口の浄化施設と直感しました。

野川取水堰銘板
操作塔に掲示の銘板です。
野川取水堰
型式:ゴム引布製起伏堰
堰高×河床巾:2.45m×16.50m
完成年月:昭和57年3月

平瀬川浄化施設の完成が昭和60年でした。3年先行しています。

野川浄化施設
操作塔下から見た左から放流口、倒伏したゴム堰(ゴム引布製起伏堰)、狭い開口(魚道と思われます)と右端は取水口。

野川浄化施設・ゴム引布製起伏堰
別角度から見た放流口とゴム堰。右端の開口は左岸に魚道と思われる開口がないので魚道と思います。背景の橋はR246・新二子橋です。

野川浄化施設
魚道の上流側の取水口です。平瀬川浄化施設の取水口には曝気運転用の送気管がありましたがここにはありません。
資料がなく取り入れた表流水の導水管や、浄化礫槽に送る流入枝管、浄化後の集水枝管がどの範囲に敷設されているか不明です。平瀬川に比べ狭い範囲(この画像の視野内)と思われます。

野川取水堰操作塔・ゴム引布製起伏堰
これは野川右岸から見た操作塔とゴム堰(ゴム引布製起伏堰)です。平瀬川浄化施設と同様、現在は使われていません。倒伏したゴム堰の上に土砂が溜まり菜の花が咲いています。

探訪後に野川浄化施設について調べてみました。
国交省のHPに資料として水質浄化対策事例が公開されています。それによると野川浄化施設は二つの浄化方式をとっていることが分かります。
以下参考までに要約して引用します。
(1) 野川浄化施設のゴム堰による浄化効果
ゴム堰を起立させると上流部が湛水され幅平均15m 、長さ500m 、最大水深2mの池ができる。池の中の沈殿による物理的浄化で流入BOD18.2mg/L→12.2mg/L
(2) 礫間接触酸化法による浄化効果
流入BOD12.2mg/L→4.8mg/L
(昭和58年~平成4年まで10か年の水質調査結果)


吉澤橋より野川上流を望む
操作塔から約500m上流の吉澤橋より野川上流を望む。野川浄化施設が稼働中はこの辺りまで湛水していたことになります。

兵庫島公園の牧水歌碑
帰りは兵庫島公園を通り二子玉川駅へ向かいました。園内の牧水の歌碑です。
多摩川の砂にたんぽぽ咲くころはわれにもおもふ人のあれかし 
牧水詠 旅人書


野川取水堰の位置です。


其の292 再び平瀬川河口へ・平瀬川浄化施設を訪ねる

 今年3月、「其の282」で平瀬川河口を訪ねた時に「平瀬川浄化施設」なるものに出合い、河口に河川の表流水を丸ごと浄化する施設があることを初めて知りました。何でも知りたがり屋の私的にはその仕組みや働きについて興味があり非常に気になるところです。
平瀬川浄化施設が稼働時に再探訪するつもりでしたが、調べたところこの施設は役目を終え、現在は稼働していないことが分かりました。とはいえ興味は尽きないので入手した資料「平瀬川浄化施設」パンフを参考にしながら再度歩いてみました。

平瀬川浄化施設操作塔
4月15日(金)晴れ。今日は東急田園都市線二子新地駅からの歩きです。平瀬川浄化施設操作塔前にやってきました。平瀬川浄化施設のシンボル的タワーです。

平瀬川河口より上流を望む
平瀬川河口人道橋より上流を望む。目の前にゴム堰や取水口が見えます。
今頃になって気付いたのですが、多摩川右岸のこの場所は堤防が途切れています。平瀬川が多摩川に合流するので当たり前ですが、こんな堤防をかすみ堤と言うのですね~。平瀬川を開削した平賀栄治氏はきちんと多摩川の治水も考慮していました。平瀬川が上流から見ると河口直前で右に大きくカーブしている意味が分かりました。

平瀬川河口のゴム堰(ゴム引布製起伏堰)
ゴム堰(ゴム引布製起伏堰)です。現在は使われていないので倒伏状態です。空気式のゴム堰で起立すると堰高は1.95mになります。堰の起伏は操作塔内の操作盤で行います。平瀬川が大雨で増水し、設定水位に達すると自動的に倒伏。
対岸にゴム堰を挟むように開口があります。使われていないので草が生えていますが魚道です。

平瀬川浄化施設取水口
取水口のアップです。大量のゴミが付着しています。取り入れた水はスクリーンを介して浄化施設へ流れて行くわけですが、川へ向かって下降している4本のパイプは何でしょうかね?
ゴム堰を起立させる(膨らませる)と平瀬川が堰き止められ池ができます。資料に「曝気運転中」の写真があり池の表面全体が泡立っています。これは池の中に空気(酸素)を送り込むパイプですね。浄化施設内へ水を送り込む前段階の処理と思われます。

平瀬川浄化施設銘板
これは取水口付近、平瀬川浄化施設の銘板です。
1985年(昭和60年)3月関東地方建設局が造りました。
国土交通省京浜河川事務所に照会したところ、
昭和62年頃から稼働していたが、現在は下水道が普及し川の水もきれいになったため役割を終えたとの事です。

平瀬川浄化施設
ゴミが取り除かれ、酸素を大量に含んだ水は地下に敷設された太い導水管の中を浄化施設へ向け自然流下で流れて行きます。目の前の点検口フタの中を覗くと配管や用途も知れない設備が見えました。

平瀬川浄化施設
平瀬川左岸から見た平瀬川浄化施設。太い導水管は人道橋と操作塔の間を抜け多摩川河川敷を下流へ向かっています。

平瀬川浄化施設操作塔付近より多摩川河川敷を見る
操作塔付近より多摩川河川敷を見る。太い導水管は河川敷内川縁寄りを新二子橋(R246)、二子橋(R246)、東急線鉄橋の先まで伸びています。地図上で測ると800m位あります。初めて平瀬川河口の施設を見た時は広さがせいぜい取水口から操作塔の辺りまでと見たのですが、スケールの大きさにビックリしました。

その先の水の流れは導水管の途中から流入枝管(有孔管φ1100×18本、n1~n6まで6槽・1槽当り3本)に分水され河川敷内浄化礫槽(多摩川にある砂利の槽)に送り込まれます。この礫槽を水が通過することできれいな水になります。この浄化方式を礫間接触酸化方式と言うそうです。流入枝管は導水管に対して直角方向(堤防に向って)に敷設されています。河川敷内の広場やグランドの下に浄化施設が埋まっていることになります。

去年8月に茅ヶ崎の下水道終末処理場・柳島管理センターを見学しました。顕微鏡をのぞいて汚水の中で微生物が動き回る様子を観察しましたが、好気性の微生物の働きで水を浄化するのは平瀬川浄化施設でも同じことだと思います。砂利に付着生息する微生物の働き(平瀬川の汚れを微生物のエサとすることで浄化)を利用するのは面白いですね~。(^σ^)
なお、所要滞留時間は1.25hrだそうです。

さて、浄化が終わったきれいな水は流入枝管を挟むように敷設された集水枝管(有孔管φ1100×24本、n1~n6まで6槽・1槽当り4本)に集められ3か所の放流口から多摩川へ放流されます。
その水質は
BOD(生物化学的酸素要求量)流入水20mg/L→放流水5.0mg/Lとなり、汚れ除去率は75%です。
参考までに茅ヶ崎の柳島管理センターの放流水質です。
BOD流入下水180mg/L→放流水3.0mg/Lとなり、汚れ除去率はなんと98%です。

以下は河川敷内を歩いて見つけた表から見える浄化施設の地上施設です。地下に敷設された施設なので見つけたのはわずかです。

平瀬川浄化施設放流口
新二子橋下の処理水放流口です。点検口があります。水色の設備はゲート開閉器です。

平瀬川浄化施設放流口
多摩川の水辺から見ました。中を覗くと左側に角型水色のフラップゲートが見えました。逆流防止のためでしょうが、地上のゲート開閉器は何のため?別のゲートがあるんでしょうね。

川崎市上下水道局・二子排水樋管
これは川崎市上下水道局の二子排水樋管です。雨水用の下水管です。

川崎市上下水道局・二子排水樋管放流口
二子排水樋管放流口です。平瀬川浄化施設導水管と地下で立体交差しています。

平瀬川浄化施設放流口
二子橋上流の放流口です。ここにもゲート開閉器があります。
背景の橋は新二子橋。

平瀬川浄化施設点検口
上記放流口付近広場で列をなす点検口。つつじの生け垣に囲まれています。私の推測ですが、浄化施設の点検用と思います。

平瀬川浄化施設放流口
東急田園都市線下流の放流口です。二子玉川駅が見えます。

平瀬川浄化施設放流口付近の赤耳亀
今回の探訪記念は上記付近の赤耳ガメの甲羅干しです。なぜか脚を突っ張っています。

多摩川河川敷の平瀬川浄化施設
放流口付近の河川敷、上流を見る。この地下に流入枝管、集水枝管が左右に敷設されています。

おしまいに平瀬川浄化施設の目的、働きが簡潔に説明されているので「平瀬川浄化施設」パンフより引用いたします。
平瀬川浄化施設は多摩川の水質浄化を目的として新二子橋上下流の河川敷内に建設された河川内浄化施設です。浄化方法は多摩川の特性を生かした方式で多摩川の高水敷と現地にある砂利を利用し、礫間接触酸化法によるものとしました。これは支川平瀬川の流水を多摩川河川敷に敷き詰めた礫槽の中を通過させることによって、水中の有機物を除去しようとするものです。
それにしても河川敷の砂利を利用して浄化するとは!どなたが考えたか知りませんが、グッドアイデアを施工し実現してしまうところが凄いと思います。それと自然流下で水を通しているので維持費が安上がりな点も良いと思います。かかるのは曝気運転用のブロワ―(送風機)の電気代くらいですね。

「昔の多摩川は洗剤が泡立つ汚れた川だったのが、最近はアユが遡上するほどきれいな川になった」と二、三年前にテレビで放映していました。下水道の普及促進もさることながらこういった多方面にわたる地道な努力が実を結んだのでしょうね。戦後、公害を垂れ流した一時期があり、あまり大きな顔はできませんが日本が先進国と言われる所以と思います。

今回の参考資料です。
国土交通省京浜河川事務所 パンフ「平瀬川浄化施設」

茅ヶ崎の終末処理場・柳島管理センター見学記は
「其の233 相模川流域下水道・柳島管理センターを訪ねる」で発表しました。

平瀬川河口の位置です。



其の291 伊勢原市上谷・渋田川河畔の芝桜

 前回「其の290 葉山島の芝桜」に続いて芝桜の話題です。伊勢原市上谷・渋田川河畔の芝桜です。4月12日(火)晴れの日に行ってきました。

渋田川の芝桜
いきなりですが渋田川右岸の芝桜です。見頃です。ちょうど良い時期に訪れました。

渋田川の芝桜
西川橋下流の芝桜です。きれいです。白、ピンク系が入り交じり見事ですね~。場所は伊勢原市上谷、渋田川に架かる西川橋の上下流600mに渡って植栽されています。

渋田川の芝桜
西川橋上流の芝桜。素晴らしいです。私はまだ天国を知りませんが、多分こんなところなんでしょうね。

渋田川の芝桜
もう一枚。紫系も咲いています。評論家や政治家でお花畑な人がいます。こんなところに立てばお似合いですね~。(^σ^)

渋田川河畔の芝桜案内パネル←クリック拡大
「渋田川河畔の芝桜」案内看板です。
上谷地区の鈴木健三氏が奥多摩より一株の芝桜を持ち帰り、昭和45年頃、この土手に植えたのが始まりだそうです。

比々多神社
渋田川の帰りに比々多神社に参拝しました。
相模国三之宮で御祭神は豊国主尊はじめ六神。大酒解神(おおさかとけかみ)は五穀豊穣、酒類業商売繁盛の神様として信仰を集めているそうです。

伊勢原総合運動公園より大山を望む
おしまいに大山の展望スポット伊勢原総合運動公園より大山を望む。間近から仰ぐ大山は相模原から朝な夕な眺める大山とは違って雄大で神々しい大山でした。

渋田川の西川橋の位置です。



其の290 相模原市緑区葉山島の芝桜と藤木沢の姥石

 4月9日(土)晴れ、葉山島の芝桜を見に行きました。今年はどうにか花見時に間に合いました。帰りに藤木沢を歩き、姥石(うばいし)を見てきました。

葉山島の芝桜
相模川右岸堤防斜面の芝桜です。場所は相模原市緑区葉山島、藤木沢の河口付近です。ピンク色が目立つので県道511号線からよく見えます。

葉山島の芝桜
葉山島の田んぼから見た遠景です。背景の森は相模川左岸の河岸段丘崖です。案内板によると、平成19年から葉山島地域の各団体の協力で伊勢原市の渋田川、市内新戸から苗を譲り受けて植栽を始めたそうです。

相模川・相模原市緑区葉山島
芝桜付近の相模川です。六脚ブロックの固定堰。この上流に葉山島の田んぼへ用水を送るための取水施設・葉山島頭首工があります。

藤木沢河口
六脚ブロックの固定堰下流で相模川へ合流する藤木沢です。

藤木沢ホタルの里案内看板←クリック拡大
県道511号線、清水橋のたもとのホタルの里の案内看板です。毎年6月ころゲンジボタルが飛び交うそうです。藤木沢は知らない川なので上流へちょっとだけ歩いてみることにしました。

藤木沢・緑区葉山島
玉石護岸のこんな川です。玉石は相模川の河原にいくらでもあります。

藤木沢・緑区葉山島
藤木橋から上流を望む。河床は平らで川幅が広がり左岸はブロック護岸に変わりました。

藤木沢・緑区葉山島
川沿いの道を進みます。途中左岸に支流が合流。川の中に陸地があります。ゲンジボタルの幼虫が生育するにはこんな環境が必要なんでしょうね。

姥石案内看板・緑区葉山島
姥石(うばいし)の案内看板。途中にも同じ看板がありました。姥石とはどんな石でしょうかね。

藤木沢・緑区葉山島
山間に入った証、最初の床固工(落差工)です。

さがみ縦貫藤木沢第一橋
高架橋を潜ります。銘板が貼ってありました。「さがみ縦貫藤木沢第一橋、平成25年3月完成」。

藤木沢・緑区葉山島
連続する床固工。芝桜から20分位しか歩いていないのに山間の渓谷の雰囲気です。

藤木沢の姥石・緑区葉山島
その奥上流に大きな石が川の真ん中に転がっています。案内パネルが立っているのでこの石が姥石のようです。川沿いの道はここまでです。

藤木沢の姥石・緑区葉山島
しめ縄が巻かれています。

案内パネルに書かれた姥石伝説です。
姥石伝説
直径1m70cm、高さ2mの石。胸の高さに子供の握りこぶしほどの穴あり。渓谷のほぼ中央に鎮座。
昔、沢の上に浅間神社が奉られていた。そこには堅い大きな石があり、山姥(やまうば・やまんば)がこの石を親指で押し沢底に落とした。このこぶし大の穴は、その親指の跡といい、日照りが続いた時はこの石に水を掛けて雨乞いをしたという。 
(案内パネルより)

これより奥は道がなく芝桜前の駐車スペースへ戻りました。
犬も歩けば棒に当たる。思いがけず姥石に出合い収穫ありの花見でした。それにしても山姥は怪力ですね・・・。

葉山島頭首工と葉山島の田んぼの様子は
「其の155 葉山島頭首工を訪ねる」で投稿しました。


藤木沢河口の位置です。


其の289 二ヶ領用水・川原堀を歩く②

 前回の続きです。4月6日(水)晴れの日に探訪しました。

二ヶ領用水・川原堀
一本圦堰付近で二ヶ領用水から離れ北東へ向かう川原堀。
左側にこの辺りでは珍しい田んぼがあります。ここからは一本道で水路沿いに歩けます。

二ヶ領用水・川原堀
こんな道に沿って歩きます。ここは電柱の住居表示では多摩区登戸541付近。
水路幅が広くなっています。今までに分岐分水した水路が合流したためと思われます。

二ヶ領用水・川原堀
一本圦堰から10分ほど歩いたところで右折します。水門があります。左側の細い水路に分水するための堰ですね。ブルーネットの中は梨畑です。梨の花も花盛りです。ここまで来る途中住宅地の中に点在する梨畑を何か所も見かけました。川原堀の用水はこれから適宜梨畑に引かれると思います。

二ヶ領用水・新三沢川
上記水門下流の橋より川原堀下流を望む。約1km先の津久井道まで道路沿いのこんな流れが続きます。一本圦堰付近の水路幅に比べ3倍くらいの広い水路になっています。各所で分水した川原堀の合流や、布田堰で取り入れた新田堀が合流したためと思います。このまま川原堀と呼ぶのは適切でないと思います。どの地図を見てもこの水路の名前は載っていないのでNPO法人多摩川エコミュージアムさんに照会して教えてもらいました。多摩川へ合流するこの川は新三沢川と言うそうです。
三沢川縁の良い名前です。以下新三沢川と呼びます。

二ヶ領用水・新三沢川
津久井道高架橋手前で道路からそれる新三沢川。

二ヶ領用水・新三沢川、長沢系水管橋
「其の283」でも載せましたが津久井道高架橋下の東京水道長沢浄水場系1600mm送水管です。新三沢川を水管橋で渡り、JR南武線の下を潜り、多摩水道橋へ向かっています。

二ヶ領用水・新三沢川
JR南武線沿いを流下する新三沢川。下流を見る。

二ヶ領用水・新三沢川
JR南武線を潜る新三沢川。右が登戸駅方面です。

二ヶ領用水・新三沢川
JR南武線を潜った新三沢川。川がゴミで汚れています。

二ヶ領用水・新三沢川
上記の下流は暗渠になるので地図からいったん消えますが、登戸駅北側で再び現れます。上部を駐輪場として利用しています。新三沢川上流を見る。

二ヶ領用水・新三沢川
上記地点より下流を見る。高架橋は小田急線です。

二ヶ領用水・新三沢川
小田急線高架橋下です。多摩川右岸堤防沿いを流れる新三沢川。終点間近です。

二ヶ領用水・新三沢川
その先です。ゴミ除けの鉄格子付きの水門から先はトンネルです。川としての新三沢川はここまでです。
トンネルの先は前方の白い建物、川崎市上下水道局登戸ポンプ場へ流れ込んでいます。

川崎市上下水道局登戸ポンプ場
多摩川右岸堤防から見たポンプ場の様子です。除塵機やポンプ建屋が見えます。

登戸排水樋管
登戸ポンプ場前、多摩川右岸の「登戸排水樋管」です。登戸ポンプ場と一体の施設で、大雨で多摩川や新三沢川が増水すると登戸ポンプ場が稼働しここから多摩川へ排水されます。

登戸排水樋管
多摩川から見た登戸排水樋管。ゲートは開いています。今日はお天気なのでポンプは未稼働、自然流下で排水しているようです。樋管の中から桜の花びらがゆっくりゆっくり多摩川本流へ向けて漂っていたのでそれと分かります。
多摩川の上河原頭首工(二ヶ領上河原堰)で二ヶ領用水に取り入れられた多摩川の水が川原堀、新三沢川を経て、ここ登戸で多摩川に戻って行きます。短い水の旅でした。


登戸ポンプ場の仕組みや働きについて興味があります。登戸ポンプ場は表札にあるように川崎市上下水道局の施設です。新三沢川は行政上の管理区分では川崎市上下水道局下水道部扱いの川と思われます。先日探訪した「鶴巻舞台雨水幹線」は全線が雨水幹線で秦野市下水道部扱いの川でした。新三沢川がどの地点から下水道になるか今は不明ですが、調べたうえ別の機会に合わせて取り上げたいと思います。

今回のスタート地点、一本圦堰付近の川原堀の位置です。水色水路表示があるので終点までたどることができます。
(地理院地図より)
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其の288 二ヶ領用水・川原堀を歩く①

 4月6日(水)晴れ、菜種梅雨の貴重な晴れ間、花見を兼ねたウォーキングに行ってきました。2回に分けて投稿します。

二ヶ領用水・三沢川伏越
今日は京王相模原線京王稲田堤駅からの歩きです。
三沢川伏越(ふせこし・サイフォン)から二ヶ領用水に入りました。花は菜種梅雨に痛めつけられることなく持ちこたえてくれました。ここは二ヶ領用水と三沢川の立体交差・三沢川伏越の呑口で青色の設備は除塵機です。

二ヶ領用水・布田堰
下流の多摩区布田の布田堰です。ここから始まる用水路・新田堀の取水口になります。二ヶ領用水の流れの中に多数の杭が打ってある珍しい取水堰です。
このような堰を草堰と言います。(NPO法人多摩川エコミュージアムより)

二ヶ領用水・中野島堰
こちらは中野島橋上流の草堰・中野島堰です。ここから始まる用水路・川原堀の取水堰です。今日は花を見ながら川原堀を終点まで歩きます。

二ヶ領用水・川原堀
取水後すぐに分水しています。水量の多い右の水路をたどります。

生田浄水場8号さくせん
これは取水口付近の川崎市生田浄水場8号さくせん(地下水の取水施設)です。いつも思うのですが水道施設はひっそり目立たないところに存在します。下流の一本圦堰付近にも6号さくせん施設がありました。

二ヶ領用水・川原堀
暗渠水路になりました。中野島橋東付近。下流を見る。以下全て下流を見た写真です。

二ヶ領用水・川原堀
その下流でまた分水(分岐)しています。水の流れが見える右側の水路をたどります。

二ヶ領用水・川原堀
中野島中学と稲荷神社の間を流れる川原堀。水路沿いの道がなく、地図に水色表示がないので出たり入ったりの探索が続きます。

二ヶ領用水・川原堀
中野島中学沿いの暗渠水路。

二ヶ領用水・川原堀
中野島中学南で開渠になりました。前方で左へ分水しています。

二ヶ領用水・川原堀
民家脇の暗渠水路。中野島2丁目。この先でまた分水しています。

二ヶ領用水・川原堀
中野島郵便局脇を流れる川原堀。これは上流を見たところです。何か所も分水しているので川原堀かどうか不安になりますが、このまま下流へたどります。

二ヶ領用水・川原堀
住宅の間を流れる川原堀。前方は二ヶ領用水橋本橋付近です。

二ヶ領用水・川原堀
二ヶ領用水左岸沿いに流れる川原堀。橋本橋下流です。

二ヶ領用水・一本圦堰
川底取水施設の一本圦堰と花筏。流れが速く筏になっていませんね。

一本圦橋より二ヶ領用水上流を望む
一本圦橋より二ヶ領用水上流を望む。
この先終点は登戸駅近くです。途中ですが長くなるので続きは次回投稿いたします。

今日のスタート三沢川伏越の位置です。


其の287 鶴巻排水機場と大根川ポンプ場を訪ねる

 今回は目先を変えて神奈川県秦野市の治水施設の話です。
手元の一万分の一の地図を眺めていて偶然に鶴巻排水機場を見つけました。近くにポンプ場もあります。神奈川県の排水機場は藤沢市の西俣野排水機場しか知りません。珍しい存在なので早速見に行きました。3月25日(金)晴れの日に探訪しました。

小田急鶴巻温泉駅付近の新川
今日は小田急線鶴巻温泉駅からの歩きです。これは駅の東に突然姿を現した小河川です。小田急線を潜り南東方向へ流れ大根川に合流しています。今日の目的地は合流点にあるので川沿いに歩きます。

新川の拡幅工事・鶴巻温泉駅付近
小田急線の南側で小河川の拡幅工事(幅2mの川を幅4mのボックスカルバート製に広げる工事)をやっていました。工事案内看板によると「大根第10雨水幹線(新川)」とあり、この川は雨水下水幹線と分かりました。秦野市HPによると正式名称は「鶴巻舞台雨水幹線」ですが名前が長いので以下、新川と呼びます。

新川・鶴巻温泉駅付近
拡幅工事現場の下流です。落差工の上が既設のボックスカルバート水路です。

新川・ガーデンシティひかりの街
その下流ガーデンシティひかりの街を流れる新川。

新川の鯉
雨水下水幹線ですが鯉が放たれています。

秦野市鶴巻、身洗戸橋より新川下流を望む
ガーデンシティひかりの街を抜け開けた田園地帯に出てきました。身洗戸橋より新川下流を望む。鯉が十数匹悠々と泳いでいます。

身洗戸橋の標高15.1m
身洗戸橋際の標高表示15.1m。河口付近の標高も15mです。

土地改良記念碑「天地万栄」・秦野市鶴巻
新川沿いに建てられた土地改良記念碑「天地万栄」。
秦野市鶴巻土地改良区が平成6年2月吉日に建立。ここは大根川、善波川に挟まれた扇状形低地帯で排水効果が悪く降雨のたびに湛水被害あり、昭和53年に土地改良区を設立し土地改良事業を行った。(碑文より要旨)

新川・秦野市鶴巻
これは何でしょうか。橋の上流側両岸に直径60cm位の樹脂製の蛇腹パイプが2本ずつ埋め込んであります。どこかに引き込んでいるのかなと思って橋の下流側を見ると同じように蛇腹パイプが2本ずつ口を開けています。パイプの上流側、下流側は繋がっていると思います。何のためでしょうかね???後ろの建物は秦野市鶴巻中継ポンプ場です。

大根第10-1雨水幹線と新川が合流
西から流れてきた「大根第10-1雨水幹線」とここで合流します。右側がたどってきた新川。正面は秦野市鶴巻中継ポンプ場。遠くに大山が見えます。

大根川ポンプ場
その下流、新川右岸の大根川ポンプ場です。秦野市が平成24年度に造った施設です。取入れ口(流入渠)の奥に除塵機が見えます。

大根川ポンプ場下流の新川
同地点から新川下流を望む。大根川ポンプ場より下流は川床が1mほど高くなっています。雨水幹線表流水は全量大根川ポンプ場経由大根川へ排水していることになります。大雨で水位が上がると1mほど高い川床を大根川へ流れて行くのでしょうか。

大根川ポンプ場の放流ゲート
大根川ポンプ場から大根川へ放流の様子です。大根川左岸の放流ゲートから放流しています。今日はお天気で新川は増水していませんが、大根川の方が新川より高位にあるためポンプで排水しています。秦野市HP大根川ポンプ場によると新川(鶴巻舞台雨水幹線)のH.W.Lは13.64m、大根川のH.W.Lは 16.83mです。

ここから近い東方に鈴川が流れています。柳橋や東橋付近は天井川化していてその様子を見に行ったことがあります。この数値を見ると大根川も天井川化していますね。

新川河口の排水樋門
新川河口の排水樋門です。左側のゲートは下にプロペラが二つ付いています。ポンプゲートと言います。こんなゲートは初めて見ました。大根川が増水したときは逆流を避けるためゲートを閉めきると思います。一方新川も増水するので排水しなければなりません。その際にポンプゲートの出番が来ると思いますが、大根川ポンプ場が稼働している現在は補助的な働きをしていると思います。

新川河口の排水樋門・ポンプゲート
上から見たポンプゲート。2台並んでいます。

新川河口の排水樋門
大根川から見た新川河口排水樋門。

秦野市鶴巻排水機場
新川排水樋門の東側の施設が秦野市鶴巻排水機場です。排水機場では毎度お馴染みの除塵機が見えます。

鶴巻排水機場取入れ口
新川左岸、鶴巻排水機場の取入れ口です。大根川ポンプ場の取入れ口より下流は川床が高くなっているのでそれを越える大雨の時に排水機場が稼働すると思います。

鶴巻排水機場の流入渠
鶴巻排水機場流入渠です。草が伸び放題であまり運転していないように見えます。(現在、鶴巻排水機場は運転休止中です。後述します。)

秦野市鶴巻排水機場
南側から見た鶴巻排水機場。黒色の吐出管が二本見えます。

鶴巻排水機場排水樋管
大根川左岸の鶴巻排水機場排水樋管。大根川中心線にシートパイルが打たれています。流れを二分し放流しやすくしているのでしょうか。

善波川、大根川合流点
おしまいに近くの善波川(左)と大根川(右)の合流点の様子です。ここにもシートパイルが打たれています。合流を滑らかにする背割堤の役を果たしていると思います。少し下流の大畑橋付近で鈴川に合流します。

以上見たまま感じたままを記しました。一点、大根川ポンプ場と鶴巻排水機場の役割分担が不明なので秦野市に照会したところ以下のことが分かりましたのでその要旨を書き加えます。
(1) 鶴巻排水機場は昭和58年に供用開始、その後、排水機場のサポートとしてポンプゲートを追加設置。
(2) しかし近年の集中豪雨時には排水能力が不足し大根、鶴巻地区で浸水被害が度々発生したことから鶴巻排水機場の代替施設として平成24年に大根川ポンプ場を建設。大根川ポンプ場の排水能力は一時間降雨50mmに対応し、15㎥/秒の排水能力あり。現在は大根川ポンプ場のみの運転で同地区雨水幹線の排水を行っている。
(3) 現在、鶴巻排水機場は運転を休止し、ポンプゲートは大根川から新川への逆流を防ぐため閉止の状態に固定している。
(4) 鶴巻中継ポンプ場について
大根、鶴巻地区の汚水を隣接の伊勢原市の汚水終末処理場へ送水するための汚水専用施設。平成13年に建設。

鶴巻中継ポンプ場は雨水幹線に挟まれた施設ですが全く関係のない施設でした。

今日は私にとって神奈川県下で二つ目の排水機場を表から眺めただけですが、ゆっくり見学しいろいろと勉強になりました。
(^λ^)/

鶴巻排水機場の位置です。



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