横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の286 川崎市宮前区水沢・平瀬川源流を訪ねる

 前回に続き平瀬川源流へ行ってきました。今回は平瀬川本川の源流です。3月29日(火)晴れの日に探訪しました。

平瀬川本支川合流点・川崎市宮前区
川崎市宮前区の平瀬川本支川合流点に再度やってきました。右が支川で前回源流を極めました。左が平瀬川本川(以下、平瀬川)です。

向橋より平瀬川上流を望む
合流点上流の向橋より平瀬川上流を望む。川床はあの岩盤のような岩です。岩を削って流れています。どのようにしてこんな川床が形成されたのか不思議です。

蔵敷橋より平瀬川上流を望む
蔵敷橋上流の丸太の護岸。よく見るとボルトナットで固定しています。コンクリート護岸表面の装飾用の丸太でした。

柳橋より平瀬川上流を望む
その上流、柳橋より上流を望む。夏休みには子供たちが水遊びをするのでしょう。親しめる川づくりやっていますね~。

平瀬川の親水護岸・柳橋上流
親水橋上流の親水護岸から川面へ下りました。上流を望む。

平瀬川の親水護岸・親水橋上流
同下流を望む。ここにも丸太護岸があります。

平瀬川・谷戸山橋付近
谷戸山橋付近下流を望む。川の中の大木。穏やかな風景です。

平瀬川の親水護岸・水沢橋付近より下流望む
水沢橋付近の親水護岸より下流を見る。川の中に杭が打ってあります。

平瀬川の親水護岸・水沢橋付近より上流望む
水沢橋付近の親水護岸より上流を見る。

平瀬川最上流部・宮前区菅生4
その上流、宮前区菅生4丁目と水沢3丁目の境付近、平瀬川最上流部です。本支川合流点から約1km上流です。平瀬川の流れを見たのはこれが最後なので事実上の源流です。これより上流は雨水下水管のようで、道路上に大き目の雨水マンホールフタが点々と連なっていました。

平瀬川健康ウォークロードの案内パネル
最上流部のフェンスに掲げてあった宮前区役所と平瀬川流域まちづくり協議会が作成した案内パネルです。
「ここは平瀬川水源域からの出口。水沢の森と水源域から尻手黒川道路下を通って、ここから顔を出す平瀬川。水沢の森水源へ700m。」などと書いてあります。助け舟の出現です。雨水マンホールをたどらなくて済みます。

菅生緑地水源の森「水沢井」
丘の上の菅生緑地内水源の森へ行きました。これは丘の上の井戸「水沢井」です。水源の森の谷間から自然に湧き出す泉を期待しながらここまで上ってきました。案内板によると井戸から溢れる水は地下50mからポンプでくみ上げた地下水とのことです。期待は残念ながら外れました。

今日は春の平瀬川沿いを歩きその表情を眺めたことで良しとします。前回の平瀬川支川源流に比べると少々物足りないですが、今日の探訪はここで切り上げ、尻手黒川道路へ戻り宮前平駅行きのバスに乗りました。

平瀬川本支川合流点の位置です。



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其の285 平瀬川源流を訪ねる・浄水場通りから源流へ

 前回の続きです。3月21日(月)春分、曇りのち晴れの日に探訪しました。

平瀬川・浄水場通り西
浄水場通り西側の平瀬川支川(以下、平瀬川)です。ブロック護岸から玉石積み護岸に変わりました。

平瀬川栄橋の雨量水位監視カメラ
栄橋の神奈川県雨量水位情報監視カメラ(緑色矢印)と水位目盛りです。護岸はブロックに変わり川底は岩盤です。
水位目盛りは白色が0.9m以上水防団待機水位、黄色1.3m以上氾濫注意水位、赤色1.7m以上避難判断水位。道路面が3.3m。
なお神奈川県雨量水位情報は右欄サイドバーからリンクし見られます。

平瀬川・聖マリアンナ医大信号西
その先で北向きから東向きへ大きく蛇行する平瀬川。

平瀬川の床固工・多摩区長沢2丁目
その上流です。段々付きの床固工。完成直後の真新しい治水施設です。段々は魚道を兼ねているみたいです。

河川改修工事中の平瀬川・多摩区長沢2丁目
すぐ上流ではまだ工事中でした。その奥は川幅が急に狭くなっているので拡幅工事中みたいです。両岸とも蛇籠護岸で川底に床固めブロックがきれいに敷き詰めてあります。

平瀬川・多摩区長沢2丁目
先端まで行くと奥はこんな狭い川です。深さは2m位でしょうか。平瀬川の表情が一変しました。これからは川沿いの道がなくバスの通る表通り(野川柿生線)からの出入りとなります。

平瀬川・多摩区長沢2丁目東長沢信号南
東長沢交差点信号南の平瀬川。上流を見る。

平瀬川・多摩区長沢、生田高校入口信号南
生田高校入口交差点南、平瀬川上流方向です。

平瀬川・百合丘高校バス停南
百合丘高校バス停南の平瀬川下流を望む。うす紫色の諸葛菜がちょうど花盛りでした。

多摩区南生田・野川柿生線
バス通り野川柿生線の東方向の風景です。こんな緩い登り坂の道を西へ歩きました。ここは電柱表示によると南生田4-13。

企業団西長沢浄水場
西長沢の交差点を過ぎ企業団西長沢浄水場の北側までやってきました。

平瀬川・企業団西長沢浄水場北側
西長沢浄水場北側を流れる平瀬川。下流を望む。徐々に狭くて浅い川に変わっています。

平瀬川・餅井坂バス停南付近
餅井坂バス停南付近の平瀬川上流を望む。網が被せてあります。

平瀬川・多摩区東百合丘3丁目
その上流です。ここにも諸葛菜が花盛りです。この先は民有地なのでUターンしバス通りへ戻ります。

平瀬川・長沢中学校下バス停前
その上流、バス停長沢中学校下前でバス通りに出てきた平瀬川。バス通り南側に沿ってこちらの方向東へ流れています。前方の突き当りで暗渠水路になり道路下を北側へ渡ります。

平瀬川・長沢中学校下バス停前
突き当りの様子です。開渠水路の平瀬川の流れを見たのはこれが最後です。

平瀬川暗渠水路・長沢中学校下バス停前
バス通り北側から北方向を見ました。暗渠水路になり地上からは見えません。
地理院地図やグーグルマップを最大にズームアップすると暗渠水路が水色表示されるので、東側の道から暗渠水路先端まで行くことができます。

平瀬川・長沢中学南付近
これは水色水路先端から南の方(平瀬川下流)を見たところです。この狭い道の下に暗渠水路が通っています。

平瀬川・長沢中学南付近
これは水色水路先端から北方の平瀬川上流を見たところです。

長沢中学南平瀬川源流付近
その先にグレーチング点検フタがあり、中を覗くと平瀬川の流れを確認できます。コンクリート製のふたが右へカーブしながら奥の方へ続いているので追いかけます。

長沢中学南平瀬川源流付近
塀と電柱の間が水路です。いよいよ源流が見られます。どんなところかな~胸がドキドキしますね~。道なりにどんどん入って行きます。

平瀬川源流・長沢中学南
奥へ続く暗渠水路。

平瀬川源流・長沢中学南
百メートルくらい奥の袋小路が平瀬川源流でした。右側の石垣の上は長沢中学グランドです。親切に看板が立ててあります。「平瀬川一級河川源流 平瀬川長沢流域協議会」とあり、平瀬川源流を間違いなく究めることができホッと一安心です。

平瀬川源流・長沢中学南
おしまいに看板下のグレーチングフタです。そこには微かに湧水と思われる流れ、一級河川平瀬川源流がありました。
この一年間たどった鈴川、引地川、境川、三沢川源流とは一味違った源流です。なぜか今までにない格別な達成感があります。

平瀬川源流付近(本文中の水色水路先端)の地図です。
地理院地図より。

其の284 平瀬川源流を訪ねる・上之橋から浄水場通りまで

  「其の282」で平瀬川河口から平瀬川隧道まで歩きました。その先の源流がどのようなところか知りたくなり行ってきました。3月21日(月)春分、曇りのち晴れの日に探訪しました。2回に分けて発表します。

上之橋より平瀬川上流を望む
今日はJR南武線津田山駅からの歩きです。「其の279 平瀬川と平瀬川旧河道跡を歩く」で載せた上之橋から見た平瀬川の上流です。平瀬川隧道上口・上之橋間は「其の279」で歩きました。今日はこの橋から源流を目指して約9km、てくてくといつものように気楽な一人旅です。

不動橋より平瀬川上流を望む
どこまでも変化のない垂直なコンクリート護岸が続きます。不動橋上流で川の中心線にシートパイルが打ってあるのに気づきました。

平瀬川・不動橋上流
拡大しました。昔の護岸拡幅や改修工事の名残でしょうか?河川を横断しているシートパイルもありました。

釈迦堂橋より平瀬川上流を望む
釈迦堂橋より平瀬川上流を望む。ブロック護岸に変わり傾斜がつきました。右岸川底に蛇籠の床固工が見えます。

釈迦堂橋付近のスミレ←クリック拡大
川沿いの道と護岸の隙間に健気に咲くすみれ。今日は春分の日です。釈迦堂橋付近にて。

別所橋下流の平瀬川
別所橋下流の川底に注目。自然石の一枚岩のように見えます。初めて見たので凄いな~と驚いていたら、ここから上流では珍しくもなく普通に見られました。

自然な床固工(落差工)・平瀬川別所橋上流
別所橋上流の自然な床固工(落差工)。二つ連続してありました。岩盤の両側を固めている団子状のものは蛇籠で、中に石ころが詰まっています。

平瀬川の床固工と魚道・堰下橋上流
堰下橋上流の床固工と魚道。ここは宮前区平5丁目です。

平瀬川の親水護岸・宮前区平4丁目
今日初めての親水護岸より平瀬川上流を望む。宮前区平4丁目。

初瀬橋より平瀬川上流を望む
宮前区初山の初瀬橋より平瀬川上流を望む。両岸は桜並木。
残念ながら花はまだです。

平瀬川河道・初瀬橋上流
上記河道を左岸から見る。岩盤が侵食されています。

平瀬川本支川合流点
初瀬橋から約500m上流の平瀬川と支川の合流点です。左側が本川で、右が支川です。どちらも神奈川県が管理する一級河川ですが、これより上流は支川の方が長いので支川をたどることにしました。

原台橋より平瀬川上流を望む
合流点付近の原台橋より平瀬川支川(以下平瀬川)上流を望む。

白羽毛橋より平瀬川上流を望む
白羽毛橋より平瀬川上流を望む。岩盤のような川底が続きます。

平瀬川・住二所堰揚水施設
浄水場通り(県道13号線)手前で嬉しいもの発見です。今日初めて見る利水施設です。それもめったに見られない川底取水施設にこんなところで遭遇するとは・・・。私が今までの川辺歩きで見たのは(引地川の若宮堰、和泉川取水施設、二ケ領用水一本圦堰など)これで5ヶ所目です。

平瀬川・住二所堰揚水施設、河川表流水取水弁
河川表流水取水弁のアップです。若宮堰のそれはパンチングメタルのように小さな穴が無数にありましたが、こちらは縦長の穴です。角落板が外されているので水位は下がり現在取水していません。

平瀬川・住二所堰揚水施設
真上から見る。地下の集水井から流入管が立ち上がっています。

平瀬川・住二所堰揚水施設
右岸の操作室(ポンプ室)です。流入管、吐出管(背の高い方)が見えます。操作室周りを観察するも開渠の用水路は見当たらず。

平瀬川・住二所堰揚水施設の銘板←クリック拡大。
操作室に掲示の銘板です。この施設の名称は「住二所堰揚水施設」と言い、取水工法は「河川表流水取水工法」と書いてあります。ネットでこの施設名称で検索してもヒットしません。ひょっとして取り上げるのは私が初めてかもしれませんね~。(^λ^)
銘板に見覚えがあるので調べたら、和泉川の和泉第二揚水施設と同じメーカーでSansui Kikai製でした。

平瀬川はまだ西の方へ続いています。長くなるので浄水場通りから上流と源流の模様は次回発表いたします。

上之橋の位置です。地理院地図より。



其の283 二ケ領用水の川底取水施設・一本圦堰を訪ねる

  これまでの流れから今回は平瀬川源流を訪ねるところですが、ここのところの天候不順で気勢がそがれました。それよりもっと気になるテーマ川底取水施設が出現です。3月17日(木)晴れの日に行ってきました。

三沢川右岸・上布田搬入路
今日は京王稲田堤駅からの歩きです。南武線沿いに二ケ領用水へ行くことにしましたが、それが幸いしてこんな珍しい光景に出合いました。三沢川右岸にぽっかり穴が開いています。かすみ堤かな?
500mほど下流は三沢川河口で三沢川水門があります。多摩川が大雨で増水すると三沢川水門は閉じ、行き場を失った三沢川の表流水でこの辺は水位が上がるはずです。その逃げ場所かなと思ったのですがどうでしょうか。

三沢川上布田搬入路
対岸に渡り白い橋の上から見るとこんな風になっています。緩いスロープで川のようであり、道路のようにも見えます。右側は南武線です。

三沢川上布田搬入路
先端まで行くとこのようになっています。河川管理者神奈川県の用地でした。看板には「この用地は三沢川上布田搬入路で工事用の車両が出入りします」とありました。
河道の工事維持管理のためひょっとして重機が搬入路伝いに河道内に入るかも知れませんね。

二ケ領用水・布田堰
三沢川上布田搬入路入口前に二ケ領用水が流れています。これは南武線上流側の取水堰で布田堰です。杭を多数打ち込んだ珍しい堰です。対岸に渡り確かめると只今取水中です。水路に水が流れています。

二ケ領用水・中野島堰
こちらは南武線下流側の中野島堰です。こちらも取水中です。この時期水路に水が流れているのはありがたい。いつか終点までたどってみたいですね。

橋本橋より二ケ領用水下流を望む
橋本橋より二ケ領用水下流を望む。ここからは石積み護岸になり川の中の散策路を歩けます。

二ケ領用水・雨水下水管フラップゲート
右岸のフラップゲート。雨水下水管と思います。

二ケ領用水・一本圦堰河川表流水取水弁
見つけましたよ。(^λ^) 川底取水施設(河川表流水取水工法)です。今までに引地川の若宮堰や和泉川で見たのと同じタイプです。今年1月にここを歩いた時は全く気づくことなく素通りしました。円形の施設二つは河川表流水取水弁と言い金属製で側壁周りに無数の穴が開いています。無数の穴から表流水を取り込み直下の集水井に貯めポンプ揚水し用水路に送られます。

引地川・若宮堰の河川表流水取水弁←クリック拡大
参考までに引地川・若宮堰の河川表流水取水弁です。非灌漑期で水中から姿を現しています。

二ケ領用水・一本圦堰河川表流水取水工法
一本圦堰(いっぽんいりせき)全景です。

二ケ領用水・一本圦堰ポンプ室
左岸のポンプ室。ポンプは運転していません。

二ケ領用水・一本圦橋
一本圦堰下流の一本圦橋(いっぽんいりはし)。梨の花や実が欄干にレリーフしてあります。

一本圦堰から東へ向かう用水路
一本圦橋から東へ向かう用水路。幅は60cm位、水の流れはありません。
この後、空の水路を登戸駅近くの終点までたどりましたが、水流のない用水路では面白みがないので、通水後改めて探訪し発表したいと思います。

津久井路高架橋下の二ケ領用水支線用水路
ただ一つだけ東京水道の送水管を見つけたので発表します。
右側フェンス下は津久井道高架橋下を流れる、たどってきた用水路の下流部です。別の水路と合流し広い用水路になっています。

東京水道長沢浄水場系1600mm送水管
津久井道高架橋下で東京都水道局長沢浄水場から砧浄水場、砧下浄水所へ向かう1600mmの送水管に出合いました。「其の269 東京分水の話」の時に追っかけた送水管です。こんなところで出合うとは意外や意外。用水路を水管橋で渡り、南武線の下を潜り、多摩水道橋へ向かっています。

河川表流水取水工法の過去記事
「其の236 引地川の若宮堰を訪ねる」(2015/9投稿)
「其の241 和泉川の農業用水取水施設を・・・」(2015/9投稿)

一本圦堰の位置です。


其の282 平瀬川を歩く・河口から平瀬川隧道まで

 「其の279」で旧平瀬川河道跡を歩いたので、今回は新平瀬川(昭和16年に開削された現在の平瀬川)の河口から平瀬川隧道下口まで歩きました。

平瀬川浄化施設
3月4日(金)晴れ、諏訪排水樋門を見た後、多摩川右岸堤防下の遊歩道を上流へ向かいました。R246新二子橋を過ぎたところで、上流に排水樋門のような施設が見えてきました。堤防上から管理橋で渡れるようになっています。塔のような施設の銘板を見ると「平瀬川浄化施設」とあります。このような河口の浄化施設を見るのは初めてです。

平瀬川河口
その先が平瀬川河口でした。右側の橋は河口に架かる人道橋です。

平瀬川河口より平瀬川上流を望む
人道橋より平瀬川上流を望む。昭和16年以前にはなかった川です。

二ケ領用水久地円筒分水案内パネルの説明文を再掲します。
昭和16年(1941年)、多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治の設計建設により水害防止のため平瀬川の開削と二ケ領用水の伏越、そして久地円筒分水が完成しました。

「其の279」で旧平瀬川河道跡を歩きました。案内パネルには「水害防止のため」と簡単に書いてありますが、地図を眺めると溝口の蛇行した旧二ケ領用水・旧平瀬川合流点付近が、昔は毎年のように水害で悩まされただろうと想像がつきます。この新平瀬川の開削でそれが一挙に解消したことになります。治水と利水を絡めた一石二鳥の大事業でした。凄いことをやったなあとあらためて感嘆します。

さて向かって左側、右岸に取水口が見えます。そのすぐ下流にゴム堰(ゴム引布製起伏堰)が見えます。ゴム堰は思わぬところで遭遇するのでいつもびっくりです。

平瀬川河口より多摩川下流を望む
合流点下流はこんな景色です。人道橋より多摩川下流を望む。

平瀬川河口のゴム堰(ゴム引布製起伏堰)
ゴム堰のアップです。平瀬川浄化施設を構成する施設の一つと思います。堰き止めた水を取り入れて浄化し多摩川へ放流するのでしょうが各施設の働きや仕組みなどは一見しただけでは分りません。
いつかゴム堰が起立した状態の時(平瀬川浄化施設が稼働時)に改めて見学したいですね。

平瀬川浄化施設銘板
付近で見つけた平瀬川浄化施設の銘板です。
1985年3月関東地方建設局 
管理者:京浜工事事務所  浄化施設一式 施工:(株)竹下組

建設省時代の1985年(昭和60年)3月完成です。

河川管理境界多摩川の標識
多摩沿線道路南、平瀬川左岸の河川管理境界多摩川の標識。
上流は神奈川県管理とありますが多摩川を平瀬川に置き換えると理解できます。平瀬川は神奈川県が管理する一級河川ですからね。

平瀬橋人道橋より平瀬河口を望む
平瀬橋人道橋より平瀬川河口を望む。前方の橋は多摩沿線道路東久地橋。平瀬橋人道橋からは右岸を上流へ歩きました。

平瀬川の水位目盛・高津区久地2
左岸の水位目盛りです。目盛りにあるように深い川です。
下から水防団待機水位(白色)3.5m以上、氾濫注意水位(黄色)4m以上、避難判断水位(赤色)5.5m以上。

平瀬川の雨水排水放流口
左岸のフラップゲート付き雨水排水の放流口。フラップゲート付きはこれ以外にも多数見かけました。平瀬川からの逆流防止のためと思いますが、しばしばここまで水位が上がるということでしょうかね。今日はお天気なのに水が流れています。湧水と思います。前回訪ねた諏訪排水樋管下流でもきれいな水が流れていました。

平瀬川へ放流の排水樋管
久地2丁目の橋のたもとの排水樋管。雨水下水管でしょうか。

平瀬川下流を望む・久地2丁目
久地2丁目の橋より平瀬川下流を望む。

新久地橋より平瀬川上流を望む
新久地橋まで上ってきました。新久地橋より平瀬川上流を望む。前方の丘の下が平瀬川隧道下口です。

新平瀬橋より平瀬川上流を望む
新平瀬橋より平瀬川上流を望む。魚道が見えます。左岸に二ケ領用水本川の放流水が合流しています。

二ケ領用水制水門・高津区久地
二ケ領用水本川の制水門。余水を放流中です。

平瀬川隧道下口・高津区久地
平瀬川隧道下口に到着しました。右側の隧道に「平瀬川隧道」の銘板が埋め込んであります。

二ケ領用水久地円筒分水
平瀬川右岸にある二ケ領用水久地円筒分水です。詳しくは「其の274 二ケ領用水久地円筒分水を訪ねる」で発表しました。

二ケ領用水久地円筒分水平面図・縦断図
「其の274」で掲載できなかった二ケ領用水久地円筒分水の平面図と断面図です。参考までに。 (現地案内パネルより)

平瀬川河口の位置です。「地理院地図」より。

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其の281 二ケ領用水・川崎堀の越流堤

 先月2月26日、旧平瀬川河道跡や旧二ケ領用水路跡を歩いた時に珍しいもの「越流堤」を発見しました。見つけた時はおやおやこんなところに?とびっくりしました。3月4日(金)晴れの日に改めて探訪しました。

曙橋より二ケ領用水川崎堀下流を望む
今日は東急田園都市線溝の口駅からの歩きです。駅近くの曙橋より二ケ領用水・川崎堀下流を望む。上流の二ケ領用水久地円筒分水を訪ねた時の帰り道でここまで歩きました。水路にはコイが泳ぎカルガモが遊んでいます。

二子塚橋より二ケ領用水川崎堀上流を望む
5、6百メートルほど下った二子塚橋より川崎堀上流を望む。右手前に注目してください。護岸が一段低くなっています。

二ケ領用水・川崎堀二子塚橋の越流堤
越流堤全景です。長さは6m位ありそうです。下流側二枚の鉄板は引き上げられて鎖で固定してあります。中にコンクリート水路が見えます。入り口にはゴミ除けの格子がはめ込んであります。大雨で二ケ領用水・川崎堀が増水したとき増水分を雨水下水管へ流す役割を果たしていると思われます。

これを見て越流堤と確信しましたが、同時に先日「其の276 多摩川水系三沢川を歩く・・・」で探訪した三沢川分水路の入り口を連想しました。規模の大小はありますが、全く同じことですね。出口も同じく多摩川へ放流しています。

気になるので川崎堀の管理者川崎市へ確認したところその通りで、雨水下水管経由北東方向の諏訪排水樋管から多摩川へ放流していることが分かりました。

二子塚橋より北方向を見る
二子塚橋より北方を望む。雨水下水管は二子塚橋から北東方向へ進みR409(府中街道)を越え、東高津小の北側を多摩川へ向っています。

川崎市高津区・東高津小前
諏訪排水樋管を見るため雨水下水管路上をたどって多摩川へ向かいました。右手の東高津小前を通過。

雨水下水管マンホールフタ・川崎市高津区
これは途中で何か所も見た雨水下水管のマンホールフタです。

多摩川右岸・諏訪排水樋管
二子塚橋から約1km先の多摩川右岸堤防に到着しました。これが川崎市上下水道局管理の「諏訪排水樋管」です。

諏訪排水樋管と河川敷内の水路
河川敷内を流れる諏訪排水樋管下流の水路。中を覗くときれいな水が少量流れていました。こんな天気です。雨水ではなく湧水の流れと思います。

諏訪排水樋管水路・多摩川合流点
多摩川合流点です。人工河川の二ケ領用水・川崎堀に越流堤とは・・・。越流堤を見つけたことで河川管理者は万が一(大雨や洪水)を想定して手を打っていることが分かりました。

諏訪排水樋管多摩川合流点より二子玉川を望む
合流点から見た東急線二子玉川駅方面。二子玉川駅周辺は面白そうなところと聞いています。まだ歩いたことがないのでいつか探訪したいですね。

この後は今日の二つ目の探訪先、平瀬川河口を目指して上流へ歩きました。次回投稿いたします。新たな発見があり面白かったです。(^σ^)

二子塚橋の位置です。「地理院地図」より。

其の280 川崎市高津区・旧二ケ領用水路跡を歩く

 前回「其の279」の続きです。2月26日(金)晴れの日に探訪しました。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
二ケ領用水・平成橋南の橋跡より旧二ケ領用水下流を望む。

前回まで旧平瀬川河道跡をたどりました。同じ川ですがこの橋跡上流で旧平瀬川と旧二ケ領用水が合流していたので橋跡より下流は旧二ケ領用水になります。ここからは水路跡がはっきり残っているので地図なしで歩けます。ここは電柱の住居表示によると高津区坂戸一丁目2です。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
蛇行する水路跡。犬の散歩をしている人がいました。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
住宅街の旧二ケ領用水路跡。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
その先、舗装されています。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
その先です。はっきり旧二ケ領用水路跡と分かります。この辺りは現在の二ケ領用水がすぐ近くを並行して流れています。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
護岸を支えるつっかいぼうがそのまま残っていました。ここは高津区二子五丁目、二ケ領用水二子塚橋付近です。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区
二ケ領用水二子塚橋付近で二子坂戸緑道に入ります。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区二子坂戸緑道
蛇行する旧二ケ領用水路跡がそのまま緑道になっています。

旧二ケ領用水路跡・川崎市高津区二子坂戸緑道
二子坂戸緑道の終点近くです。緑道は現在の二ケ領用水・境橋の南で終わっています。

二ケ領用水・境橋
二子坂戸緑道終点北側の二ケ領用水・境橋です。今日の探訪はここまでです。

境橋より二ケ領用水・川崎堀下流を望む
境橋より二ケ領用水(川崎堀)下流を望む。

探訪前、二子坂戸緑道終点のこの付近で現在の二ケ領用水に合流すると思い込んでいました。しかし、そうではありませんでした。
探訪後に最も古い1896~1909年の今昔マップを見ると当時この用水路はなく、二子坂戸緑道の終点から南東へ向かう現在の広い道路が二ケ領用水でした。広い道路は約1.4km下った竹橋付近まで旧二ケ領用水の流路とぴったり一致しています。
今昔マップを新平瀬川完成後の1965~1968年にセットすると、北側に二ケ領用水、南側に旧二ケ領用水が水色で表示されます。
このことは現在の地理院地図↓でも確認できます。南側を流れる破線表示が旧二ケ領用水です。


二ケ領用水・境橋(二子坂戸緑地終点)の位置です。
(緯度経度35.598675,139.623793) 「地理院地図」より。

其の279 平瀬川と旧平瀬川河道跡を歩く

 前回で新旧三沢川の河口から源流まで一通り探訪を終えたので今回は平瀬川です。
2月26日(金)晴れ、平瀬川隧道の南側入口を見に行き、その足で旧平瀬川河道跡、旧二ケ領用水路跡を二ケ領用水・境橋までたどりました。2回に分けて投稿いたします。

二ケ領用水・平瀬川交差点付近の平瀬川上流
これは二ケ領用水久地円筒分水を訪ねた時に見た平瀬川隧道の北側出口です。昭和16年に久地円筒分水と同時に完成した平瀬川の新河道です。
昭和16年(1941年)多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治の設計建設により、水害防止のための新しい平瀬川の開削と二ケ領用水の伏越、そして久地円筒分水が完成しました。(二ケ領用水久地円筒分水案内パネルより抜粋)

隧道(トンネル)の向こうはどんな景色か楽しみです。もちろん新旧平瀬川分岐点、旧平瀬川の様子を見るのが目的で楽しみなんですが・・・。

中之橋より平瀬川下流を望む
今日はJR南武線津田山駅からの歩きです。駅近くの中之橋から見た平瀬川下流方向です。トンネルの向こう側はこんな景色でした。上記のように治水のため人工的に開削された川幅15m位の深い川です。隧道の入り口が見えます。

中之橋の河川名表示・一級河川平瀬川
中之橋の河川名表示です。「一級河川平瀬川」。平瀬川は神奈川県が管理する一級河川です。

平瀬川・平瀬川隧道入口
右岸沿いに隧道入り口まで最接近しました。眼前の丘を潜ったところに二ケ領用水久地円筒分水があります。

平瀬川隧道入口の銘板
隧道入り口の銘板です。「平瀬川隧道」。

上之橋より平瀬川上流を望む
これは中之橋の一つ上流の橋、上之橋から見た平瀬川上流方向です。河川改修により広くて深い川になりました。
地図で上流へたどると多摩区の長沢浄水場付近を流れ、源流は宮前区の西長沢浄水場の西方から始まっています。

上之橋より平瀬川下流を望む
上之橋より平瀬川下流を望む。新旧平瀬川分岐点は右岸にあります。

旧平瀬川河道跡・上之橋下流
上之橋の約50m下流右岸に斜めに北東へ入る道があります。
この道が旧平瀬川の河道跡です。昔の平瀬川は狭い川でした。

「平瀬川 ここからどこへ 行くのだろう」 doushigawa

と言うわけで旧平瀬川を下流へたどってみることにしました。
「今昔マップ」を1927~1939年(昭和2~14年)にセットし、「昔マップ」の旧河道に合わせて動かすと「今マップ」が連動するのでここが分岐点と分ります。今日の探訪資料は今昔マップと一万分の一の地図です。あとは現地を歩けば何とかなるだろう?です。

南武沿線道路下作延交差点
南武線踏切を越え下作延交差点の一方通行入り口です。左側に青色のフェンスで囲われた狭い水路跡があります。今昔マップでたどるとこの狭い水路よりも一方通行のこの道が旧河道跡に該当すると思います。

下作延交差点一方通行の道
一方通行の入り口から進行方向を見る。

下作延交差点一方通行の道・R246付近
R246下を潜ります。

下作延1丁目の水路跡
一方通行道路に並行して走る水路跡。R246付近。

大山街道栄橋交差点南の水路跡
一方通行は南武沿線道路交差点信号まで続きその先の旧河道跡は見失いました。
大山街道栄橋交差点南で狭い水路跡を発見。中には入れません。狭い水路跡ですがなんか怪しいですね。フェンスの住居表示は高津区溝口二丁目10とありました。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
先回りして東急田園都市線沿いの道路で見つけたのがこれです。旧平瀬川上流を望む。ゴミ溜めのように汚れていますが川の跡に見えます。手元の一万分の一の地図で確認すると水色の河川表示があります。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
上記撮影地点から真後ろを見たのがこの景色です。車止めがあり、旧河道っぽいです。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口2丁目
東急田園都市線の下です。やや蛇行しながら東へ向かっています。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先です。マンション前の旧平瀬川河道跡。ここにも車止めがあります。左側の電柱の住居表示は溝口一丁目13。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
道路を渡り車止めを通過しました。左へ蛇行しています。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先でT字路に突き当たりました。家庭ゴミの集積所になっていますが、昔の橋跡みたいです。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
ゴミ集積所から中を覗くとこんな風になっています。埋め立ててありますが川の面影があります。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先から上流を見たところです。ブルーシートが敷いてあり何やら工事をやっています。旧平瀬川河道跡整備工事でしょうか。南の方にイトーヨーカ堂が見えました。

旧平瀬川河道跡・高津区溝口1丁目
その先、工事中の旧河道東端より旧平瀬川上流を望む。

旧二ケ領用水橋跡・高津区溝口1丁目
その先で見つけた旧二ケ領用水の橋跡。上流を見たところですがブルーシートが見えます。
この橋の北側100mほどのところに二ケ領用水・川崎堀(以下二ケ領用水)の平成橋が架かっています。

探訪後にあらためて今昔マップを見て、この橋跡地点上流は昔の二ケ領用水と旧平瀬川の合流点であったことが分かりました。昔の二ケ領用水に合流したのでこれより下流は旧二ケ領用水になります。
逆に旧二ケ領用水が旧平瀬川に合流したと考えると(400年前、二ケ領用水開削時に遡ると新たに用水路を開削するよりも元々流れている平瀬川を用水路化した方が工事は楽です。)実態は旧平瀬川ですね。
北側を流れる現在の二ケ領用水は後年開削された用水路と言うことになります。


これは1896~1909年(明治29~42年)にセットした合流地点の今昔マップです。
時系列地図閲覧サイト「今昔マップon the web」より。

くねくねと大きく蛇行しているのが旧二ケ領用水で、下が今たどってきた旧平瀬川。ここは電柱の住居表示によると高津区坂戸一丁目2です。
大きな画面で今昔マップを見たい方は右欄サイドバーからリンクし、検索窓に「高津区坂戸一丁目2」と貼り付けると当該画面が開きます。年代を変え試してください。

長くなるのでこの続きは次回発表いたします。

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