横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の278 三沢川分水路・多摩川合流点を訪ねる

 「其の276 多摩川水系三沢川を歩く・・・」で見つけた三沢川分水路の入口に対してその出口、多摩川合流点の様子を見に行きました。2月21日(日)晴れの日に探訪しました。

三沢川分水路について概要を再掲します。
●三沢川分水路は、東京都と日本住宅公団(当時)で施工分担し、昭和59年3月に完成した。
●JR武蔵野貨物線と並進して、JR南武線多摩川鉄橋の上流側で多摩川に注ぎ込む延長約2.7km の一級河川である。
●三沢川分水路の分派点と合流点 
東京都稲城市坂浜地内(三沢川分派点)
東京都稲城市大丸地内(多摩川合流点)

「多摩川水系三沢川河川整備計画 東京都・神奈川県」より抜粋。

多摩川を渡るJR武蔵野貨物線・南武線
今日はJR南武線南多摩駅からの歩きです。多摩川右岸堤防から見た左がJR武蔵野貨物線、右がJR南武線です。

多摩川を渡るJR武蔵野貨物線
ちょうど良いタイミングで武蔵野貨物線の長~い列車が通過。白いフェンス下が三沢川分水路多摩川合流点施設です。

三沢川分水路・多摩川合流点施設
堤防下から見た合流点の施設です。

三沢川分水路・多摩川合流点施設
角度を変えて見ました。動物園の檻のような鉄格子が嵌っています。侵入防止と多摩川が増水したときのゴミの流入防止のためと思われます。

三沢川分水路・多摩川合流点施設
横から見ました。水が流れ出ています。平常時の一級河川三沢川分水路の流れです。航空写真で見ると水路出口は隔壁で4本の水路に仕切ってあります。

三沢川分水路・多摩川合流点施設
中の様子です。奥に直径3、4mほどの黒いトンネル出口が見えます。わずかに水の流れがあり水音が反響しています。
ここは布田の多摩川右岸(三沢川水門のある)三沢川河口から約6.3km上流地点です。最短(2.7km)で且つ勾配が取れるこのコースが選ばれたと思いますが、三沢川河口よりはるか上流に合流させ、あれっ?と思わせるところが面白いですね。

多摩川右岸距離標識・海から32km
近くにあった海からの距離標識。「海から32km」。

三沢川分水路の話はここまでですが、すぐ上流に東京都下水道局の排水施設や農業用水取水施設があるので見に行きました。

東京都下水道局南多摩水再生センターの排水樋管
東京都下水道局南多摩水再生センターの排水樋管です。ほんの微かに下水の臭いが漂ってきます。

多摩川の大丸用水堰
その上流、大丸用水堰(おおまるようすいせき)です。右岸は稲城市大丸、対岸は府中市是政。

多摩川の大丸用水堰
右岸の大丸用水土地改良区の取水施設です。ここで取水した用水は南多摩駅の方へ流れて行きます。帰りに大丸用水路をたどりました。

南多摩駅前大丸用水切り替え工事
南多摩駅前で大丸用水路切り替え工事をやっていました。ボックスカルバート(幅3600×奥行1000×高さ1600)を並べて新しい水路を作っています。黒い蛇腹パイプ二本は仮水路。

大丸用水路・JR南多摩川駅前
上記のすぐ下流、南多摩駅前を流れる大丸用水路。田んぼへ用水を送るには時期がまだ早く形ばかりの流れです。本格的な通水期になったらぜひ歩いてみたいと思います。魅力的な用水路です。

振り返ると、芋づる式に探訪先の輪を広げていくのがdoushigawa流のようで、「横浜水道みちを行く」がいつの間にやら用水路や川辺歩きをやっております。(^λ^)
共通点は「水の旅」と言ったところでしょうか・・・。

三沢川分水路多摩川合流点の位置です。


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其の277 多摩川水系三沢川を歩く・若葉台から源流へ

 前回「其の276」の続きです。前回は京王相模原線若葉台駅付近までたどりました。その先の源流を確かめたくなり、2月16日(火)晴れの日に行ってきました。

下村橋より三沢川下流を望む
若葉台駅の南、下村橋より三沢川下流を望む。分りづらいですが床固工(落差工)が二つ続いています。段々標高が高くなっています。

東橋より三沢川上流を望む
その南、鶴川街道黒川駅北信号付近、東橋より三沢川上流を望む。

小田急多摩線黒川駅近くの三沢川
小田急多摩線黒川駅近くの三沢川。高架橋は小田急多摩線。

三沢川上流を望む・鶴川街道黒川信号付近
三沢川上流を望む。鶴川街道黒川信号付近。

鶴川街道を潜った三沢川
前方の鶴川街道を潜った三沢川。鶴川街道の西側からは三沢川の表情が変わります。

汁守神社・川崎市麻生区黒川
北側丘の上に汁守神社が見えます。参拝しました。

三沢川上流を望む・川崎市麻生区黒川
鶴川街道の西側は多摩丘陵の谷戸の田園地帯に入り風景が一変します。南側の丘陵沿いに流れる三沢川。

三沢川上流を望む・川崎市麻生区黒川
石積み護岸から幅の狭いコンクリート護岸に変わります。竹の流木あり。この辺りは川崎市麻生区黒川です。

柿生発電所・川崎第1導水隧道
北側の丘陵に神奈川県企業庁柿生発電所が見えます。川崎市上下水道局川崎第1導水隧道を利用した水力発電所です。川崎第1導水隧道はこちらに向かっています。目の前の水色緑色のフェンス囲いは隧道上の施設です。左右に横切っている白いフェンス囲いが三沢川です。隧道は三沢川の下を潜って東京分水で訪ねた長沢浄水場へ向かっています。
撮影地点の背後にも川崎第1導水隧道の大きな施設があります。隧道なので地上からは見えない部分が多いと思い込んでいましたが、思いのほか地上施設があると分かりました。面白そうですね・・・興味を覚えました。(^σ^)
参考記事
「其の207 柿生発電所と川崎第1導水隧道」 (2015/3投稿)

三沢川上流を望む・川崎市麻生区黒川
丘陵沿いに流れる三沢川。両岸はフェンスで囲われ深い排水路のようです。

三沢川下流を望む・川崎市麻生区黒川
来た道を振り返りました。

三沢川支流・川崎市麻生区黒川
右岸に南の方から来た支流が合流。そのまま西進します。

三沢川・明治大学黒川農場正門前
明治大学黒川農場正門前を流れる三沢川。

三沢川・明治大学黒川農場付近
明治大学黒川農場北側沿いにどこまでも奥に続く谷戸田を見ながら西進します。

三沢川上流を望む・川崎市麻生区黒川
三沢川はこのように浅くなり農業用水路のような流れになりました。南側の丘陵は川崎市の立てた標識によると「黒川七つ谷特別緑地保全地区」とありました。

三沢川上流を望む・川崎市麻生区黒川
谷戸の最深部近くまで来ました。三沢川沿いの道はここまでです。これより先は田んぼのあぜ道のみ。左(南)側の急斜面は明治大学用地で立ち入り禁止です。よく目を凝らすと正面に砂防ダムのような黒っぽい堰堤が見えます。

三沢川源流の調整池
大回りして右(北)側の丘陵から堰堤を見に行きました。堰堤の中はこのようになっていました。雨水調整池(遊水池)みたいですが湧水を溜めていると思われます。方向と谷戸の最深部という地形から三沢川源流はここから始まっていると思います。今は平常時なので、湧水は溜まることなくそのまま三沢川へ流れ出ていると思います。
帰宅し地図を確かめると調整池は東京都町田市側にあります。堰堤の下流側は今たどってきた三沢川で川崎市麻生区黒川です。堰堤は都県境(東京都町田市と神奈川県川崎市)に築かれています。
堰堤に銘板がなく確認できませんが、準用河川三沢川を管理する川崎市が治水のために築造したと思われます。

二ケ領用水探訪をきっかけに新旧三沢川を河口から源流まで探訪しました。三沢川新河道、三沢川放水路、源流の調整池など治水の様子をたっぷり見学し、楽しいウォーキングとなり良かったです。

今日のゴール、調整池の位置です。



其の276 多摩川水系三沢川を歩く・新旧分岐点から若葉台へ

 前回「其の275」の続きです。2月9日(火)晴れの日に探訪しました。

三沢川と城下橋
新旧三沢川分岐点から上流へたどっています。分岐点上流の城下橋(しろしたばし)です。平成6年(1994)3月に神奈川県が架けた人道橋です。橋の下、右岸に水位目盛りが刻んであります。最高水位は5m。

河川管理境界標識
都県境(東京都稲城市・川崎市多摩区)の河川管理境界標識です。下流は神奈川県横浜川崎治水事務所川崎治水センター、上流は東京都南多摩東部建設事務所の管理。標識に書いてありませんが三沢川は一級河川です。

三沢川の床固工・魚道、東京都稲城市
東京都稲城市に入ってすぐの床固工と魚道です。床固めブロックが敷き詰めてあります。落差が付いているのでその分標高が上がっています。当たり前ですが・・・。

穴沢天神社の御神水
穴沢天神社前を通りました。神社の森から湧き出る御神水。ポリタンクに汲んでいる人がいました。御神水は神社が無病息災、長寿を祈願してくれているそうです。

三沢川を渡る京王相模原線
三沢川を渡る京王相模原線。右が新宿方面。

三沢川の親水護岸・富士通フロンテック前
あちこちに親水護岸が設けてあります。これは富士通フロンテック前の親水護岸です。

矢野口橋より三沢川上流を望む
矢野口橋より三沢川上流を望む。左岸は親水護岸です。

矢野口橋の梨のレリーフ親柱
稲城市特産の梨をレリーフした矢野口橋の親柱です。

幸方橋より三沢川上流を望む
幸方橋(こうかたばし)より三沢川上流を望む。両岸の桜並木が素晴らしいですね。花の時期が楽しみです。

三沢川・水車橋付近の床固工と魚道
水車橋付近の床固工と魚道。橋の上下流にありました。

三沢川・東橋上流の床固工と魚道
鶴川街道東橋の上流にも床固工と魚道がありました。水叩工になにか工作してありますがなんでしょうかね。床固工の連続で徐々に標高が高くなっています。

三沢川分水路入口
東橋の一つ上流の扇橋際の施設「三沢川分水路」の入り口です。三沢川左岸の護岸が低く切り欠いてあります。遊水地の越流堤と同じですね。

三沢川分水路
拡大するとこんな風になっています。中にごみ除けの柵があり水が貯まっています。
境川遊水地を探訪した時に
「越流堤とは、洪水時に川の水を遊水地へ流入させるため、堤防の高さを一定区間低くした堤防。」と学びました。

境川遊水地の越流堤に比べ三沢川分水路入口は高さを低く抑え、わずかな増水でも流入可能になっています。
分水路入口の水色、黒色の太いパイプ10本は枝葉付きの大型流木流入阻止のためと単純に想像しましたが本当はどうなんでしょう?
下の写真は2月16日に上流の三沢川を歩いた時、麻生区黒川で見た流木(倒木)です。右端に竹も倒れています。
三沢川の流木・川崎市麻生区黒川
三沢川の流木(倒木)。川崎市麻生区黒川。こんな奴が分水路に詰まったら面倒なことになります。

三沢川分水路入口
左岸から見た三沢川分水路の入口です。水路トンネルの入り口に「三沢川分水路」と大書してあります。

探訪後に三沢川分水路について調べました。
「多摩川水系三沢川河川整備計画 東京都・神奈川県」に詳しく紹介されているので要点を抜粋します。
●三沢川分水路は、東京都と日本住宅公団(当時)で施工分担し、昭和59年3月に完成した。
●JR武蔵野貨物線と並進して、JR南武線多摩川鉄橋の上流側で多摩川に注ぎ込む延長約2.7km の一級河川である。
●三沢川分水路 
東京都稲城市坂浜地内(三沢川分派点)
東京都稲城市大丸地内(多摩川合流点)


凄いことをやりましたね。この治水施設の完成により分派点より下流域は安心安全で枕を高くして寝られます。三沢川分水路は地下トンネルなので地図に載っていません。人工的な地下トンネル水路ですが一級河川です。

中橋より三沢川上流を望む
新きさらぎ橋より上流は川沿いの道が未整備で、鶴川街道を歩きました。鶴川街道からの出入りとなります。中橋より三沢川上流を望む。

於部屋橋より三沢川上流を望む
於部屋橋より三沢川上流を望む。手前はブロック護岸で上流は蛇籠護岸です。意識して見ると蛇籠護岸は意外に使われています。

三沢川上流を望む・於部屋バス停付近
三沢川上流を望む。於部屋バス停付近。

三沢川下流を望む・若葉台高校入口信号付近
若葉台高校入口信号付近の蛇行する三沢川下流を望む。左岸は蛇籠護岸です。

三沢川を望む・京王線若葉台駅付近
京王相模原線若葉台駅近くの鶴川街道より三沢川を望む。

河川管理境界標識
若葉台駅近くの河川管理境界標識。
下流は一級河川三沢川で東京都管理、上流は準用河川三沢川で川崎市の管理。バックに京王線の高架橋が見えます。

三沢川・京王線若葉台駅付近
京王線下を流れる三沢川。ちなみにこの辺りの標高は71m、新旧三沢川分岐点の辺りが29mです。知らず知らずのうちに結構上ってきました。

今日の探訪はここで切り上げ、近くの京王線若葉台駅へ向かいました。これより先源流までは別途探訪しましたので次回発表いたします。

新旧三沢川分岐点の位置です。


其の275 多摩川水系三沢川を歩く・旧三沢川編

 「其の271」で、多摩川の上河原頭首工と二ケ領用水を探訪しました。その時に出合った三沢川のことがどうも頭から離れません。気になることは現地を歩けば分かるだろうと、2月9日(火)晴れの日に探訪しました。

二ケ領用水・旧三沢川合流点
今日はJR南武線中野島駅からの歩きです。中野島中学校前の二ケ領用水までやってきました。二ケ領用水の下流方向です。右手から河川が合流しています。この川が今日のテーマ旧三沢川です。

三沢川橋より旧三沢川上流を望む
旧三沢川はこんな川です。二ケ領用水合流点に架かる三沢川橋より上流を望む。石積み護岸で、川幅は3、4m位の小河川です。

三沢川橋の親柱「三澤川橋」
三沢川橋の親柱です。「三澤川橋」。

水道橋の「旧三沢川」表示
新旧三沢川分岐点の様子を見たいので上流へたどります。
水道橋の旧三沢川の表示です。

旧三沢川・府中街道付近
府中街道付近の旧三沢川。下流を見る。

旧三沢川の水門・東菅小付近
東菅小学校北側の水門です。ゲートは開いています。

旧三沢川の分水路・東菅小付近
水門の南側に水路が二本通っています。水門は旧三沢川を堰き止めて二本の水路に分岐(分水)する働きをしています。

旧三沢川の分水路・東菅小付近
分岐して東へ向かう水路。水門のゲートが開いているので流れはありません。この水路も旧三沢川と言っていいのでしょうか。地図で下流へたどると、二本の水路はどちらも台和橋で二ケ領用水に合流しています。台和橋は親柱に小泉次太夫のレリーフがあった橋です。

旧三沢川に支流が合流・指月橋
上流へどんどん歩いていくと指月橋上流右岸に小河川が合流しています。旧三沢川の支流ですね。

旧三沢川・指月橋上流
同じ地点から旧三沢川上流に目を転じると、あれっ?水無川です。今たどってきた旧三沢川の流れは支流によって維持されていました。

旧三沢川・新旧三沢川分岐点付近
支流合流点から2、3分歩いたところで旧三沢川は終わっています。黒いゴムシートが暖簾のように垂れています。樋管の出口みたいです。ここは新旧三沢川の分岐点直前です。

新旧三沢川分岐点
そのまま進むと突然視界が開け水門のある、かわっぷち(川縁)へ出てきました。想像以上に広くて深い三沢川の新河道です。河口より広い感じです。

三沢川・新旧三沢川分岐点付近
水門脇から三沢川上流を望む。三沢川は上流から見るとこの地点で左へ急カーブしています。真っ直ぐ進めば旧三沢川です。大水の時旧三沢川ではひとたまりもないことが分かります。川のサイズが大人と赤ん坊ほど違います。

三沢川・新旧三沢川分岐点付近
水門脇から三沢川下流を望む。およそ700m下流、二ケ領上河原堰下流で多摩川に合流しています。
倒伏したゴム堰が見えます。ゴム堰(ゴム引布製起伏堰)はいつも思わぬところで出くわすので、びっくりします。

以下2枚は「其の271 多摩川の上河原頭首工・・・」で発表した画像です。管理人が何やら気になることをつぶやいていますので再掲します。
三沢川水門
三沢川から見た三沢川水門。ゲートは開の状態で多摩川の水面が見えます。多摩川が増水した時はゲートを閉め、ゲートが堤防の働きをして三沢川への逆流を防止するのでしょうが、三沢川流域が大雨で増水したらどうなるのでしょう?

一級河川三沢川
三沢川水門から三沢川上流を望む。このように流水量の割に深い川なので、多分三沢川が遊水池(調整池)となって大水を貯水するということでしょうか?
三沢川を地図上で上流へたどると旧三沢川と分岐しています。と言うことはこの川は新河道?面白そうです。いつか探訪したいと思います。

新旧三沢川分岐点
左岸から見た新旧三沢川分岐点です。農業用水の取水口のように見えます。分岐点の様子を確かめたかったので探訪目的の一つは達成です。

今昔マップを(1965~1968年)にセットすると現在の三沢川と同じ河道が表示されます。(1944~1954年)では一部地域のみ新河道が表示されています。それ以前は全く影も形もありません。今昔マップは右欄サイドバーにリンクが貼ってあります。今昔マップは河川改修の推移が分かる重宝な地図です。

ところでゴム堰はいつ起立させるのでしょう。護岸に水を貯めた跡がはっきり残っているので、遠くない過去(昨年辺り?)に取水し旧三沢川に送水したと思われます。用途は農業用水と思われますが、折を見て確かめたいと思います。
左端の白い建物は表札がありませんがゴム堰の操作室兼ポンプ室と思われます。

新旧三沢川分岐点
新旧三沢川分岐点(取入れ口)はこんな風になっています。クレーンかウインチのような設備があり、ただの農業用水の取水口とは思えないです。
取水方法は旧三沢川より川底が低いのでポンプ揚水と思います。

ゴム堰(ゴム引き布製起伏堰)・新旧三沢川分岐点
ゴム堰のアップです。丸い開口が見えます。水位検知用の水を取り入れる穴でしょうか?

去年の四月(2015/4)に山梨県の富士川町へ利根川の分岐の様子を見に行きました。「其の215」(2015/4投稿)。
利根川が開削された新河道(新利根川)と旧利根川に分岐するのですが、三沢川の治水とよく似ています。
三沢川上流が大雨で増水したときは旧三沢川を放水路として生かしているのでは?と想像しましたが、今日見たように川のサイズに大きな差があり荷が重すぎる感じがします。
三沢川河口に排水機場の施設がないのは現状の広くて深い三沢川で事足りているということかも知れませんね。
実は、関連する重要な治水施設をこれより上流で発見しました。続きは次回発表いたします。長くなるので今回はここまでです。

旧三沢川と二ケ領用水の合流点です。


其の274 二ケ領用水久地円筒分水を訪ねる

 前回「其の273」の続きです。二ケ領宿河原堰から二ケ領用水を下流へたどっています。

二ケ領用水久地円筒分水・伏越施設
前回見た「二ケ領用水・久地分量樋跡の碑」を過ぎると水路幅いっぱいの大きな水門が目に入り、ごうごうと落下する水音が聞こえてきます。大きな水門脇右岸に小さな水門二門があります。伏越の呑口へ導く取水口です。

二ケ領用水久地円筒分水・伏越施設
水路幅いっぱいの大きな水門です。二ケ領用水を堰き止めています。対岸の護岸は平瀬川右岸です。二ケ領用水は平瀬川を伏越で潜り抜け対岸へ渡ります。二ケ領用水と平瀬川の立体交差ですが、この水門は対岸の久地円筒分水と一体の施設です。

二ケ領用水久地円筒分水・伏越施設
大きな水門を平瀬川右岸から見ました。平瀬川を渡り対岸で吹き上がるには一定以上の水位が必要と思います。案内パネルの久地円筒分水断面図によると最高水位▽17.55(円筒分水の水位は▽16.10)とあります。不要な水は写真のように余水として平瀬川に放流しています。

二ケ領用水・平瀬川交差点付近の平瀬川上流
伏越交差点付近から見た平瀬川上流の様子。左側の隧道が昭和16年二ケ領用水円筒分水と同時に完成した平瀬川新河道の隧道。右側は新たに掘られた平瀬川隧道。

二ケ領用水・平瀬川交差点付近の平瀬川下流
伏越交差点付近から見た平瀬川下流の様子。昭和16年完成の平瀬川新河道です。二ケ領用水はこんな深い川を伏越で潜ります。

二ケ領用水・伏越の呑口
二ケ領用水久地円筒分水を背に平瀬川右岸から見た伏越呑口(黄色矢印)。大きな水門脇の二門の取水口から取り込んだ用水は黄色矢印の位置で落下し平瀬川の川底下を(内径1500mmの2本のコンクリート管で)横断します。

二ケ領用水久地円筒分水 二ケ領用水久地円筒分水
これが有名な二ケ領用水久地円筒分水です。名にし負う二ケ領用水久地円筒分水前にとうとう私も立ちました!(^σ^)/

ここまで前置きが長くなりましたが、円筒分水の中央の小さい円筒(直径8m)の真下が平瀬川を横断した伏越の吐口で、用水が吹き上がっています。円筒分水のしくみは以下の通りですが、本当に上手く巧みに設計してあります。

この円筒分水工と呼ばれる分水装置は、送水されてくる流量が変わっても分水比が変わらない定比分水装置の一種。内側の円筒は整水壁とも呼ばれ、吹き上げる水を放射状に均等に溢れさせる。
その外にある直径16mの円筒の外周を、それぞれの灌漑面積に合わせた比率(川崎堀38.471m、六カ村堀2.702m、久地堀1.675m、根方堀7.415m)で水量を分ける農業用水の施設です。
円筒分水は、平成10年(1998)に川崎市で初めて国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。

(川崎市の現地案内パネルより抜粋)

別の二ケ領用水久地分量樋現地説明パネルには
昭和16年(1941)、多摩川右岸農業水利改良事務所長であった平賀栄治の設計建設により、水害防止のための新しい平瀬川の開削と二ケ領用水の伏越そして久地円筒分水が完成しました。
とあります。治水と利水を上手に絡ませこの施設を完成させました。素晴らしいアイデアですね~。一石二鳥の大事業です。

平賀栄治顕彰碑・国登録有形文化財証
平賀栄治顕彰碑(左側)と国登録有形文化財証(右側)。
多摩川の上河原堰、宿河原堰の改修、平瀬川と三沢川の排水改修、そして久地円筒分水の建設などに携わった。川崎の町を支える水の確保に全力を捧げた「水恩の人」は昭和57年、89歳の生涯を閉じた。 (平賀栄治顕彰碑・川崎西ライオンズクラブ寄贈より抜粋)

以下、個別に円筒分水の様子を見ます。
二ケ領用水久地円筒分水
手前左が六カ村堀(2.702m)、右が久地堀(1.675m)です。

二ケ領用水久地円筒分水・久地堀、六カ村堀
分水後の左が久地堀、右が六カ村堀。

二ケ領用水久地円筒分水・根方堀
手前が根方堀(7.415m)です。隣が久地堀、六カ村堀で残りが最大の川崎堀(38.471m)になります。

二ケ領用水久地円筒分水・川崎堀
越流の様子と奥は川崎堀の始まりです。

二ケ領用水久地円筒分水
川崎堀から見た二ケ領久地円筒分水と越流の様子。

二ケ領用水・川崎堀
このあとは二ケ領用水川崎堀に沿って下流へ歩きました。
円筒分水から川崎堀下流を見る。

二ケ領用水・川崎堀、R246下流
R246を潜った二ケ領用水川崎堀。

二ケ領用水・川崎堀、大山街道大石橋
大山街道大石橋です。灯篭型の親柱に「にかりょうようすい」。

二ケ領用水・川崎堀、曙橋
曙橋まで下ってきました。前方の高架橋は東急田園都市線です。このあとは近くの溝の口駅へ向かいました。

今回の探訪で円筒分水は伏越の吐口であることを初めて知りました。また平瀬川の治水は二ケ領上河原堰を探訪した時に見た三沢川とそっくり同じと分りました。どちらも新河道で、新河道と二ケ領用水が伏越交差など共通しています。いつか新旧河道の分岐点など現地を探訪したいと思います。
おしまいになりましたが、探訪の初めに二ケ領宿河原堰に隣接の二ケ領せせらぎ館を訪ねました。川崎市発行のパンフ「二ケ領用水久地円筒分水」はじめ二ケ領用水についての資料提供をいただき参考にさせていただきました。ありがとうございました。

二ケ領用水久地円筒分水の位置です。



其の273 多摩川の二ケ領宿河原堰と二ケ領用水を訪ねる

 「其の271」で多摩川の上河原頭首工(二ケ領上河原堰)とそこから始まる二ケ領用水を小泉橋まで探訪しました。
小田急線多摩川鉄橋下流にもうひとつ頭首工があります。二ケ領宿河原堰と言い、その歴史を遡ると二ケ領用水の増量を図るため二ケ領上河原堰(慶長16年・1611年完成)の18年後(寛永6年・1629年)に完成した堰です。現在はコンクリート製の可動堰となり、そこから始まる二ケ領用水は都市に潤いを与える環境用水として今も用水を送り続けています。
2月2日(火)晴れの日に探訪しました。

多摩川・二ケ領宿河原堰
今日は小田急線登戸駅からの歩きです。多摩川右岸から見た二ケ領宿河原堰です。

多摩川・二ケ領宿河原堰
左岸(狛江市)寄りの起立堰。5門あります。昭和49年の狛江水害では、二ケ領宿河原堰の左岸側が固定堰のため、洪水の速やかな流下を妨げ堤防の決壊を招いた原因とされ、可動堰(起立堰)に変更されました。

多摩川・二ケ領宿河原堰魚道
魚道です。2条に分けて流れています。奥の方が急流なのでアユなどの遡上用。手前は流れが緩やかなので遊泳力のない小魚用と思います。

二ケ領宿河原堰諸元
堰長:219.6m(可動部178.5m)
ゲート:引き上げ式2.5m×29.75m×1門
起伏式2.0m×29.75m×5門
魚道:右岸川崎市側=アイスハーバー式×1基、緩勾配水路式×1基  左岸狛江市側=緩勾配水路式×1基
平成11年(1999年)3月完成

(国土交通省現地案内パネルより抜粋)

多摩川・二ケ領宿河原堰
上流から見た二ケ領宿河原堰。手前が二ケ領用水取水口へ向かう導水路です。

二ケ領宿河原堰樋管ゲート
上記導水路を下流から見たところです。これは多摩川右岸堤防に設けた二ケ領用水宿河原堰樋管ゲートです。二ケ領用水取水口になります。

二ケ領用水宿河原堰樋管銘板
二ケ領用水宿河原堰樋管ゲートの銘板です。
樋管ゲートは3門で、二ケ領用水取水口になります。

二ケ領用水宿河原堰樋管の出口
二ケ領用水宿河原堰樋管の出口です。ここから下流約2kmは両岸が染井吉野の並木が続きます。

二ケ領用水
JR南武線付近の二ケ領用水、上流を望む。このように水路の中に遊歩道が整備されています。下流へ歩きました。

二ケ領用水に小河川が合流?
10分ほど歩いたところで右岸に小河川が合流?それも川底に白色のぬめりがあるドブ川みたいです。

二ケ領用水
しかし決して合流させません。二ケ領用水路の中にもう一本水路を設けフタをし、遊歩道としています。合流すると清らかな流れが台無しですからね。私は今ドブ川の上に立っています。

手づくり故郷賞記念碑
平成11年に宿河原桜保存会が立てた「手づくり故郷賞 ふるさとに恵みを与える30選 昭和63年受賞」記念碑。
両岸沿いの桜は昭和33年、地元有志の手で植えられた。今では、宿河原の取入れ口から、およそ2キロ、両岸に続く四百本あまりの桜並木が保存会に人々により守られている。 (川崎歴史ガイド案内パネルより)

「八幡下圦樋」(はちまんしたいりひ)の碑
八幡下橋の「八幡下圦樋」(はちまんしたいりひ)の碑。
洪水を防ぐため八幡下圦樋を築き、二ケ領用水を堰き止め、八幡堀から多摩川へ放流した。と碑文にあります。現物?が飾ってありますがどのように使われたか今一呑み込めません。

このコーナーの一角に「二ケ領用水竣工400年記念」パネルが立っています。その中に享保(1716~1735)から宝暦(1751~1763)頃の「玉川絵図」が描かれています。
中聖牛(ちゅうせいぎゅう・ちゅうひじりうし)、牛出(うしだし)、籠出(かごだし)などの治水工法が随所に描かれています。中聖牛は甲府の笛吹川、釜無川で初めて知ったのですが、多摩川でも昔から活用されていたんですね~。

二ケ領用水を渡る五ケ村堀の掛け樋
大正13年に架けられた川崎市緑化センター内の五ケ村堀の掛け樋。二ケ領用水の支線用水路・五ケ村堀が二ケ領用水路を水路橋で渡っています。

二ケ領用水・東名高速付近
東名高速付近まで下ってきました。上流を望む。例のドブ川のふた付き水路はまだ続いています。左岸は遊歩道、右岸はドブ川遊歩道です。2km続いた桜並木はここまでです。

二ケ領用水・東名高速付近
上記地点から下流を望む。二ケ領用水の表情が一変します。上は東名高速です。

二ケ領用水・東名高速付近
長らく並んで流れたドブ川は東名高速下で二ケ領用水に合流しています。

二ケ領用水・東名高速下流
東名高速の下流はこのようにお堀のような深い川になります。用水路には見えないですね。

二ケ領用水(上河原系・宿河原系)合流
出合い橋から合流点を望む。ここで上河原堰から来た二ケ領用水路と合流します。今までのさらさらとした清流ではなく汚れています。生活排水が流れ込んでいるのでしょうか?・・・。

二ケ領用水(上河原系・宿河原系)合流
下流の新明橋から見た合流点。正面が上河原堰から、右が宿河原堰からの二ケ領用水です。
ここで合流した用水は久地の円筒分水を経て稲毛・川崎領の田畑を潤した。昭和9年から昭和57年までの許可取水量は一日当たり中野島(上河原堰)から約45万トン、宿河原から約35万トン、合計80万トンである。 (川崎市文化財団 川崎歴史ガイドより抜粋)

二ケ領用水・久地駅付近
JR南武線久地駅付近の二ケ領用水。水深がありそうです。ほとんど流れがありません。理由はあとで分かります。

二ケ領用水・久地3丁目
久地3丁目、岡の裾を流れる二ケ領用水。人工の川とは思えないですね。水路のフェンスに「二ケ領本川」と表示があります。

二ケ領用水「久地分量樋」跡の碑
久地3丁目、用水路沿いの二ケ領用水「久地分量樋」跡の碑。
久地分量樋は、多摩川から二か所で取り入れられ、久地で合流した二ケ領用水の水を四つの幅に分け、各堀の水量比率を保つための施設で、江戸時代中期の田中休愚(丘隅)によって造られました。そして、昭和16年(1941年)、久地円筒分水の完成により役目を終えました。 
(二ケ領用水「久地分量樋」跡の碑 碑文より)

今回はここまでです。次回はこの続き二ケ領用水の花、久地円筒分水を訪ねます。

二ケ領宿河原堰の位置です。

其の272 多摩川の上河原頭首工と二ケ領用水を訪ねる②

 前回「其の271」の続きです。1月25日(月)快晴の日に探訪しました。

二ケ領用水・三沢川伏越(ふせこし・サイフォン)
これは三沢川直前の除塵機です。4連のゴミ除けスクリーンに引っかかったゴミを左右にスライドしながら除塵する機械です。こんな除塵機もあるんですね。初めて見ました。
除塵機を通過した用水は地下深く落下します。ここは三沢川との立体交差・伏越(ふせこし・サイフォン)の呑口になります。

三沢川伏越より三沢川下流を見る
二ケ領用水路と三沢川の立体交差地点に架かる橋から三沢川下流を望む。前回見た河口の三沢川水門が見えます。二ケ領用水はこんな深い川を伏越で潜ります。

三沢川を渡る川崎水道水管橋
上記の橋に並んで口径1500mm位の水管橋が三沢川を渡っています。稲田取水場から生田浄水場へ向かう工業用水の原水と思われますが、片や伏越、片や水管橋で三沢川を渡っています。どちらも先ほどまで多摩川の表流水でした。農業用水と工業用水の原水、それぞれの水の旅が面白いですね~。(^ω^)

二ケ領用水・三沢川伏越吐口
さて、こちらは三沢川を潜って何事も無かったかのように南側に吹き上がる伏越の吐口です。

三沢川伏越より二ケ領用水下流を望む
三沢川右岸(伏越吐口の上)より二ケ領用水路下流を望む。

二ケ領用水について案内看板を見つけました。参考になるので記します。
二ケ領用水とは今から400年ほど前、徳川家康の命を受けて江戸近在の治水と新田の開発を目的として、小泉次太夫が農民の協力のもとに慶長2年(1597年)から14年の歳月をかけて、多摩川を水源とする全長32kを難工事の末に完成した人口用水堀です。当時の中野島の取入れ口は、竹で編んだ蛇籠に玉石を入れていくつも並べ、水の流れを堰き止めるというものでしたが、現在はコンクリートの堰になっております。 (川崎市建設局案内看板より抜粋)

二ケ領用水分水門
このまま帰るのはもったいないので、二ケ領用水路沿いに下流へ歩きました。左岸に分水門があります。丸太の杭を打ち込んだ固定堰です。杭の間に板を差し込めば堰上げです。こんな堰もあるんですね~勉強になります。(^σ^)

二ケ領用水路
川の中に大きな石を置いています。石や樹木で整備された親水公園ゾーンが続きます。

二ケ領用水路・竹柵護岸工
中野島中付近の左岸の護岸に「竹柵護岸工」と案内看板が立っています。ほかに「玉石護岸工」「石積み護岸工」「蛇籠護岸工」などがあり勉強になりました。

二ケ領用水路・橋本橋下流
橋本橋からはお城の石垣のような石積み護岸に変わり、川の中に設置された遊歩道を歩けます。

二ケ領用水路
こんな遊歩道を歩きました。桜が植えてあり花の時期が楽しみです。

二ケ領用水路・紺屋橋
風情ある木造橋もありました。紺屋橋(こうやはし)と言います。

二ケ領用水路・台和橋のレリーフ
台和橋の親柱レリーフ。「川崎の育ての親二ケ領用水 二ケ領用水は次太夫堀とも呼ばれ慶長16年(1611年)に完成しました。」

二ケ領用水路に河川が合流・台和橋
台和橋で河川が合流しています。用水路に一般河川が合流して水質に影響しないのでしょうか?ここまで下る途中右岸に雨水排水放流口と思われる丸型フラップゲートが何か所もありました。雨水なら心配無用ですが・・・。

東京都水道局・新川橋水管橋
津久井道(県道3号線)新川橋まで下ってきました。先日、東京分水探訪で通った東京都水道局・新川橋水管橋です。口径1600mmの送水管です。

新川橋より二ケ領用水路下流を望む
新川橋より二ケ領用水路下流を望む。石積み護岸が何の変哲もないコンクリート護岸に変わりました。新川橋の上流100m位のところで川の中の遊歩道は終わっています。

このあとは一つ下流の小泉橋までたどり、近くの小田急線向ヶ丘遊園駅へ向かいました。今日は快晴の下、いろいろな利水治水施設を見学しながらの楽しいウォーキングになりました。

二ケ領用水・三沢川伏越の位置です。

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