横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の271 多摩川の上河原頭首工と二ケ領用水を訪ねる①

 京王相模原線の電車が多摩川鉄橋を渡るとき、車窓から頭首工が見えます。手元の地図によると、その頭首工は二ケ領上河原堰堤と言い、周辺には二ケ領用水路や用水路と河川の立体交差(伏越・サイフォン)、水道の取水施設などもあり面白そうなところです。
以前から電車に乗るたびに気になっていたので1月25日(月)快晴の日に見に行きました。2回に分けて投稿します。

多摩川・上河原頭首工
京王相模原線稲田堤駅からの歩きです。頭首工近景です。電車の窓から見えたのはゲート操作室でした。

多摩川・上河原頭首工
手前の二ケ領用水導水路入口から見た頭首工。

多摩川・上河原頭首工
下流側から見た頭首工。右岸寄り洪水吐ゲート3門は閉じています。頭首工に付き物の魚道はここからは確認できません。
「この水門は水量の増加により自動的に放流が行われ、川の水が急に増えることがありますから注意してください。」 と注意看板にあり、自動的にゲートの開閉を行っています。

多摩川・上河原頭首工
ズームで左岸寄りの堰堤を眺望しました。固定堰と思ったのですが転倒堰でした。航空写真を見ると左岸、右岸寄りに魚道がはっきり認められます。

稲毛川崎二ケ領用水上河原頭首工銘板
頭首工堤体に貼付けの銘板です。
稲毛川崎二ケ領用水 上河原頭首工
構造型式:重力式浮ダム 延長415m
竣工:昭和46年6月
設計監理:神奈川県農政部
施工:大成建設株式会社  
(銘板より)
正式名称と延長が415mと分かります。銘板に記載がありませんが所有者は川崎市(建設緑政局)です。川崎市HPに上河原堰堤(かみかわらえんてい)として紹介記事が載っています。

三沢川水門
これは上河原頭首工の下流側三沢川河口に設けた大きな水門で、三沢川水門と言います。堤体の銘板によると昭和49年に関東地方建設局が造りました。ゲートは純径間×高さ:13m×9m、扉体重量:48.4tもあります。

三沢川水門
三沢川から見た三沢川水門。ゲートは開の状態で多摩川の水面が見えます。多摩川が増水した時はゲートを閉め、ゲートが堤防の働きをして三沢川への逆流を防止するのでしょうが、三沢川流域が大雨で増水したらどうなるのでしょう?

一級河川三沢川
三沢川水門から三沢川上流を望む。このように流水量の割に深い川なので、多分三沢川が遊水池(調整池)となって大水を貯水するということでしょうか?
三沢川を地図上で上流へたどると旧三沢川と分岐しています。と言うことはこの川は新河道?面白そうです。いつか探訪したいと思います。

川崎市上下水道局稲田水源地
上河原頭首工右岸堤防上の道沿いにこんな施設がありました。表札に「川崎市上下水道局稲田水源地」とあり、川崎市HPによると多摩川の伏流水を汲み上げる施設です。今は使われていないそうです。

稲田水源地伏流水集水埋管施設
稲田水源地の北側、多摩川堤防下の違和感ある施設です。こんなところになんでしょうかね?ぐるりとひと回りすると国土交通省の河川占用許可標識が貼り付けてあり、占用目的は「接合井及び集水埋管の存在」、占用者は「川崎市上下水道事業管理者」とあります。稲田水源地と一体の施設で伏流水を集める施設と思われます。

二ケ領用水路
こちらは二ケ領用水導水路から上河原頭首工右岸の取入れ口を見たところです。

二ケ領用水取水口
上記撮影地点から下流を見ると6連の水門があります。これが二ケ領用水の取水口です。水門に掲げた国土交通省の河川占用許可標識によると「占有目的:農業用水、工業用水取水」と書かれています。

二ケ領用水取水口・河川占用許可標識
上記の河川占用許可標識です。占用者は川崎市です。
この水門は農業用水と工業用水の取水口と分かります。

川崎市上下水道局稲田取水場・取水口
取水門下流の右岸の施設です。川崎市上下水道局稲田取水場の取水口。背の高い黒っぽい施設は除塵機です。下流にも水門が見えます。

川崎市上下水道局稲田取水場
取水口から見た稲田取水場です。目の前の池は沈砂池でしょうか。稲田取水場は工業用水原水を生田浄水場へ送っています。

二ケ領用水水門
稲田取水場取水口下流の水門です。この水門の働きは稲田取水場取水口の水位確保のためと思います。取水堰ですね。

途中ですが長くなるので今回はここまでです。次回は二ケ領用水と三沢川の立体交差(伏越・サイフォン)の話から始めます。

上河原頭首工の位置です。


スポンサーサイト

其の270 相模川の水が東京へ・長沢浄水場系水道みちを歩く

 前回「其の269 相模川の水が東京へ・東京分水の話」の続きです。相模川の原水は川崎市多摩区の東京都長沢浄水場で「東京水」に生まれ変わり、多摩川を渡り世田谷区の砧浄水場・砧下浄水所に向っています。多摩川水道橋のたもとから砧下浄水所・砧浄水場まで歩きました。1月22日(金)晴れの日に探訪しました。

多摩川水道橋・長沢浄水場系1600送水管
多摩川水道橋に敷設された口径1600mmの送水管。正面のレンガブロックは多摩川左岸堤防です。長沢浄水場系送水管(以下長沢系、または長沢系送水管)を見たのはこれが最後です。多摩川を渡りきった送水管は堤防内をすとんと真っ直ぐに降下しているようで、堤防内側沿いの道路からは何も見えません。

世田谷通り
多摩水道橋から北東へ向かう世田谷通り(都道3号線)です。地下に潜った長沢系送水管は左側車線下に敷設されています。

東京都水道局制水弁マンホールフタ 東京都水道局排水室マンホールフタ 東京都水道局空気弁マンホールフタ
世田谷通りで見つけた左から制水弁、排水室、空気弁のマンホールフタです。東京都のマークと水道の文字入りです。町中で見かけるマンホールフタに比べかなり大型です。

都道11号線・水道道路
小田急和泉多摩川駅の北方で世田谷通りを右折し都道11号線に入ります。都道11号線入り口です。車止めがあります。

東京都水道局・通行制限看板
東京都水道局の通行制限看板「水道管保護のため積載重量4トン車以上通行を禁じます」。

都道11号線・水道道路
真っ直ぐに伸びる都道11号線。狛江市猪方1、2丁目。
都道11号線は手元の地図に「水道道路」と書いてあります。横浜水道みちや横須賀水道みちを連想させます。東京にも水道みちがあったんですね~。(^σ^)(以下水道みちと呼びます)

都道11号線・水道道路
喜多見2丁目交差点です。ここで長沢系から分岐して右奥突き当りの砧浄水場へ向かっていますがあとで訪ねることにし、水道みちを直進してまずはその先の砧下(きぬたしも)浄水所を目指します。
この交差点を左折すると荒玉水道道路です。ひょっとして長沢系はここで分岐し荒玉水道道路に入っているかも知れません。新しい水道みちに出くわしました。この辺は面白そうなところです。

都道11号線・水道道路
東名高速を潜り宇奈根2丁目付近の水道みち。世田谷通りで見た3種類のマンホールフタの他に消火栓マンホールも見かけました。

都道11号線・水道道路沿いの野川
水道みちが野川右岸に出てきました。すぐ下流の天神森橋のたもとを右折し、道なりに南下したところが砧下浄水所です。

東京都水道局通信線マンホールフタ
途中、見慣れた空気弁マンホールフタがありましたがこんなマンホールフタもありました。「通信線」と東京都マークに水道文字が入っています。

砧下浄水所
風格ある砧下浄水所正門です。
表札に「東京都水道局砧下浄水所」。

砧下浄水所
砧下浄水所外周道です。高い生垣で中は見えません。

野川水道橋
地図に天神森橋の下流に野川水道橋があったので見に行きました。水道橋にしては想像以上に細い配水管が添架してあります。砧下浄水所から近辺の家庭に送り出す口径150mm位の配水小管と思います。以前はもっと大口径の水道管が渡っていたのでしょう。

砧下浄水所付近より多摩川下流を望む
帰り道は多摩川左岸堤防上を上流へ歩きました。堤防より下流の二子玉川方面を望む。

多摩川左岸より砧下浄水所を望む
堤防上から見た砧下浄水所の裏門。裏門から多摩川堤防に道が通じています。道の下に多摩川から取水した原水を通す管が通っていると思われます。

砧下浄水所取水施設
多摩川左岸堤防上にあったとんがり帽子。これは何でしょう?初めて見ました。調べたら砧下浄水所・砧浄水場は多摩川の伏流水を水道原水として取水しています。とんがり帽子は取水施設の一部と思います。堤防下を取水樋管が通っているんですね。

砧浄水場取水施設
上流へ歩いていくと多摩川左岸堤防上にまた奇妙な施設があります。向こう側は砧浄水場の一角資材置き場です。こちらの奇妙な施設には国土交通省の占有許可標識が掲げてありました。占有目的「上水道用水のための取水」とあり、多摩川の伏流水取水施設でした。

多摩川の占有許可標識
上記の占有許可標識です。占有期間は平成28年3月31日。

砧浄水場
砧浄水場外周道を歩きましたが生垣で隠され中の様子は分りません。これはただ一つ見られた場内です。正門近くにあった見学者用と思われる施設部品の展示。昔の伏流水取水設備でしょうか?手前のコンクリート管には細かな穴が開いています。「集水埋管」と書いてあります。

砧浄水場正門
砧浄水場正門です。前述の水道みち喜多見2丁目交差点を右折するとここに至ります。長沢系送水管はこの水道みち地下に敷設されています。制水弁や空気弁のマンホールフタがあるのでそれと分かります。
日没前に二つの浄水場を訪ねることができました。このあと、砧浄水場前バス停から和泉多摩川駅行のバスに乗りました。

今日訪れた二つの浄水場は東京都水道局HPによると多摩川の河床の低下により計画通り取水ができないそうです。堤防上を歩きましたが河床の低下はその通りと実感しました。帰りのバスの中から砧浄水場のプールのようなろ過池が数面見えましたが池が底を見せていました。緩速ろ過式浄水機能は休止中で、長沢系を補完的に受け入れ、給水所としての役割を果たしているのではないかと想像します。
今日の探訪で長沢系送水管は確かに二つの浄水場に来ていることが分かりました。

東京都水道局HPに「東京の水道水源と浄水場別給水区域」図が載っています。前回「其の269」で長沢系の給水区域が世田谷区、目黒区、大田区それぞれの一部地域と述べましたがこの図が根拠です。その一部地域は砧浄水場、砧下浄水所から離れた南東にあります。以下は私の想像ですが、今日の探訪で行けなかった一部地域の中に給水拠点(給水所)がありそこまで長沢系送水管が伸びているのではないかと思います。
つまり天神森橋付近で長沢系送水管は野川を渡り、多摩堤通りを給水拠点(給水所)へ向かっているものと思われます。


相模川の水を相模湖水源から砧下浄水所・砧浄水場まで追っかけました。この辺で相模川の水の旅を終えたいと思います。

今回のスタート多摩川水道橋の位置です。



其の269 相模川の水が東京へ・東京分水の話

 相模川の水が水道水となり日々東京へ届けられていることを知っている人はそれほど多くないと思います。私が東京分水を知ったのは横浜水道みちを歩き始めたころで4年位前のことです。水道みちを歩かなければ知ることもなかったと思います。

東京分水ってなんだろう?相模川の水が東京分水に至った経緯、水の流れなどを調べ、現地を歩き確かめたので発表いたします。1月15日(金)晴れの日に探訪しました。

まず東京分水について。
神奈川県が相模川河水統制事業により昭和23年に相模ダムを完成させました。相模ダムは多目的ダム(上水、工水、発電、灌漑用水)で上水・工水の水利権は神奈川県営水道、横浜水道、川崎水道が取得しました。水利権使用水量は出資額によると思いますが、その中で「東京分水」が出てきます。
相模川河水統制事業による水道事業者別水利権使用水量は以下の通りです。単位は㎥/秒、(上水)は上水道水、(工水)は工業用水。
神奈川県営水道1.39
横浜水道(上水)4.55(工水)1.00
川崎水道(上水)4.40(東京分水2.66㎥/秒を含む)
(工水)1.15
(神奈川県企業庁「城山ダム」パンフより)

これだけでは分水地点、東京都の浄水場、どの地区へ配水しているかなど詳細が分かりません。以下、調べたことを発表いたします。

川崎市上下水道局長沢浄水場
川崎市多摩区にある川崎市上下水道局長沢浄水場です。川崎市の中核浄水場です。名前はよく承知しているのですが初めての対面です。相模ダム(相模湖)で開発された上記の原水はこの浄水場着水井に到着します。原水は水源地から津久井導水路・相模隧道・川崎第1導水隧道により自然流下で送られています。

原水の送水経路について参考記事
「其の207柿生発電所と川崎第1導水隧道」 (2015/3投稿)

東京都水道局長沢浄水場
こちらは東側に隣接の東京都水道局長沢浄水場です。調べてわかったのですがまさか川崎市内に東京都の浄水場があるとはびっくりです。東京分水2.66㎥/秒は川崎市の長沢浄水場から道一本隔てた隣の東京都長沢浄水場へ分水しています。

川崎市の浄水場の隣に浄水場を新設してまで必要とした水道水。東京都水道局のお家の事情がありました。日本中どこの都市でもいえることでしたが、特に首都東京では切実だったようです。

東京都は戦後復興による水道需要の急増に対処するため、国を仲介して神奈川県の河水統制事業による川崎市への割り当て水量の一部を分譲するよう要望し、昭和30年に締結した協定(神奈川県・川崎市・東京都の三者による協定)に基づき、昭和34年に分水が開始されました。同年長沢浄水場は完成しています。

かつて東京は「東京砂漠」と言われるくらい水不足に陥っていました。そのピークは昭和39年の東京オリンピックの頃と言われています。振り返れば相模川の水が東京オリンピック開催に役立っていたんですね~~。
それにしても神奈川県と川崎市は大英断をしたものです。せっかく獲得した水利権使用水量の6割(2.66/4.40)を分譲したわけですから。なお、三者協定は毎年協議が行われ1年ごとに更新しています。

上記のように、東京都は水利権を取得しておらず、あくまで分譲扱いです。それも有償です。相模川から原水を引くのにコスト(イニシャル・ランニング)がかかっているので当然と言えば当然ですね。ポンプを使わない自然流下導水なので比較的廉価と想像します。私は神奈川県の5大水道事業者(横浜市・横須賀市・川崎市・神奈川県営・企業団)の中で川崎水道が一番低コストの水道原水を得ていると思っています。

参考までに東京都水道局の施設能力です。 (平成26年4月現在)
給水区域は特別区23区と多摩地区24市町、給水人口約1100万人、施設能力日量696万㎥と、世界でも有数の大規模水道。
長沢浄水場の処理能力は日量20万㎥で東京都全体に占める割合は2.9%。 
(東京都水道局HPより抜粋)

川崎市長沢浄水場付近
川崎市長沢浄水場正門前から見た東南方向の景色です。小田急線向ヶ丘遊園駅から歩きましたが津久井道から浄水場通りに入り坂道を上りきった丘の上に位置しています。浄水場は給水圧を得るためでしょうか、どこも高台に立地しています。川崎市長沢浄水場の標高は地理院地図で測ると着水井付近で標高83.4mです。


東京都水道局長沢浄水場外周道をひと回りしました。以下は表から見た長沢浄水場の様子です。

東京都水道局長沢浄水場
東側の浄水場通りから見た長沢浄水場。
「ここから届ける東京水」と書いてあります。

東京都水道局長沢浄水場
東南の隅に塔が立っています。水道水を作る最終工程、急速ろ過池のろ過砂が目詰まりした時に使用する逆洗用水を貯めておく高架水槽です。

東京都水道局長沢浄水場
南側から見た長沢浄水場。急速ろ過池が東西に並んでいます。芝生広場地下は配水池と思います。

東京都水道局長沢浄水場
出来上がった水道水を給水所へ送る送水管のカットモデルが展示してあります。後で分かりますが口径1600mmの鋼管です。

東京都水道局長沢浄水場
西側外周道から見た中の様子です。正面水色のゲート操作台があるのが着水井・急速混和池で左側がフロック形成池です。この付近の標高は78mです。

東京都水道局長沢浄水場
北側の裏門です。イメージキャラ水滴君と「くらしを支える東京水」と書かれています。相模川の原水が東京水に生まれ変わりました。

東京都水道局新川橋水管橋
出来上がった水は長沢浄水場から多摩川を越え東京都へ送水されます。送水管路上の地上施設を探訪しました。
これは浄水場通りから津久井道(県道3号線)に出て多摩警察付近で見た二ケ領用水(新川)を渡る大口径の水管橋です。銘板によると東京都水道局・新川橋水管橋と言い、口径は1600mm、竣工は平成23年6月です。
この辺りの標高は23mです。浄水場との差は55mもあり余裕をもって自然流下で送水していると思います。

多摩水道橋
津久井道を東進して多摩川に架かる多摩水道橋のたもとに着きました。小田急線の車窓から見えるこの橋の名前が多摩水道橋と初めて知りました。

多摩水道橋
右岸上流から見た多摩水道橋。水道管が見えません。

多摩水道橋に敷設の長沢浄水場系送水管
橋の下から見上げると橋桁に水道管が敷設してありました。
先ほど見た新川橋水管橋と同じ水道管です。

多摩水道橋に敷設の長沢浄水場系送水管
別角度からもう一枚。

多摩水道橋より多摩川上流を望む
多摩水道橋より多摩川上流を望む。真っ青な空を映した雄大な流れです。

多摩水道橋・都県境案内板
橋中央の都県境案内板。左は神奈川県川崎市多摩区、右は東京都狛江市。

これより先、多摩川を渡った長沢浄水場系送水管は多摩川左岸を世田谷区の砧浄水場、砧下浄水所へ向かっています。二つの浄水場から世田谷区、目黒区、大田区それぞれの一部地域へ給水されています。
結局、相模ダム(相模湖)の水が相模原市、町田市、川崎市を経て多摩川を渡り多摩川左岸の東京都へ水道水として給水されていることになります。

今日の探訪はここで終え、近くの小田急線和泉多摩川駅へ向かいました。多摩水道橋から先の砧浄水場、砧下浄水所はいつかまた探訪したいと思います。 
(追記)「其の270」で探訪しました。


東京都水道局長沢浄水場の位置です。

其の268 新河岸川放水路・びん沼川を歩く

 今年二回目の水辺歩きは埼玉県ふじみ野市・富士見市です。
埼玉県さいたま市の西方に一級河川荒川が北から南に流れています。荒川の西方にくねくねと蛇行するびん沼川と言う変わった名前の川があります。びん沼川は荒川の旧河道でさいたま市と富士見市の境界線になっています。
さらに西方には新河岸川(しんがしがわ)が南へ流れていて、新河岸川放水路でびん沼川と結ばれています。
地図を見れば分かりやすいのですが、蛇行するびん沼川と新河岸川放水路に興味を持ちました。
1月11日(月)成人の日、晴れの日にその様子を見に行きました。

ふじみ野市役所
東武東上線上福岡駅からの歩きです。見るもの聞くものはじめての土地です。ふじみ野市役所前を通りました。立派な庁舎です。

養老橋より新河岸川上流を望む
駅から20分位で養老橋に到着しました。養老橋より新河岸川上流を望む。新河岸川は隅田川の上流です。この下流約2kmのところに今日の目的地、新河岸川放水路入口の水門があります。

養老橋下流・新河岸川右岸遊歩道
養老橋近くの福岡河岸記念館見学の予定が休館でした。
新河岸川右岸のこんな遊歩道を歩きました。

新河岸川放水路入口・渋井水門
新河岸川放水路入口の水門前に到着しました。
新河岸川左岸に設けたこの水門は渋井水門と言います。新河岸川が増水した時に新河岸川放水路に逃がすようにしています。これは水門付きの越流堤ですね。ゲートは平常時ですが開の状態です。新河岸川が増水した時ももちろんこの状態と思いますが、どんな時に閉じるのでしょう?
後述しますが新河岸川放水路とびん沼川は遊水池(びん沼調節池)として機能しているため、新河岸川からの流入が貯水能力・排水機場の排水能力を超えた時に締め切るのでしょう。めったにないことでしょうが、受け入れ終了となると新河岸川流域は川から溢れた水で災害が発生します。

新河岸川放水路入口・渋井水門
左岸に渡り間近から見た渋井水門。

新河岸川放水路入口・渋井水門銘板
渋井水門の銘板です。
純径間×扉高:19.9m×4.66m 門数:1門
開閉速度:0.3m/min 扉体重量:54ton
製作年月:昭和63年3月 製作:西田鉄工株式会社


銘板に記載がありませんが新河岸川放水路は埼玉県が施工しました。

新河岸川放水路
渋井水門より新河岸放水路下流を望む。

新河岸川放水路
少し下流の右岸から新河岸川放水路を望む。両岸ともヘラブナの釣り人で一杯です。

一級河川新河岸川放水路下流端標柱
渋井水門から約1.1km下流の三本木橋に着きました。
橋のたもとの「一級河川新河岸川放水路下流端」の標識。
これより下流は一級河川びん沼川(びん沼調節池)です。

三本木橋よりびん沼川を望む
三本木橋から見たびん沼川。正面に水門があります。

びん沼川の水門・三本木橋付近
上記水門のアップ。びん沼川上流を繋ぐ水門です。
びん沼川は河川改修前の荒川旧河道です。地図を見るとよく分かりますが荒川が直線化されたのでくねくね蛇行する旧河道が本川から取り残され沼となりました。細長い沼を遊水池として活用したのが今のびん沼川(びん沼調節池)です。旧河道を見るのも今日の探訪目的の一つです。

びん沼川
上記水門から見たびん沼川上流。荒川と縁が切れているので沼になっています。水門から下を覗くとわずかに流れがありました。湧水があるのでしょう。

びん沼自然公園
下流の展望デッキから見たびん沼自然公園。びん沼調節池内の公園です。新河岸川が洪水の時は新河岸川放水路経由で流入するので水に浸かると思いますが、去年探訪した境川遊水地より大規模なのでここが調節池とは気づきにくいです。

びん沼自然公園・埼玉県企業局水管橋
公園のはずれに大口径の水管橋が架かっています。埼玉県企業局の水道管です。浄水場からどこかの配水池へ向かう送水管と思われます。

新砂原樋管ゲート
これは新砂原樋管ゲートと言います。農業用水の取水施設です。砂塚橋下流にて。

新砂原樋管ゲート取水口
用水取入口にゴミ除けスクリーンが設置してあります。

新砂原樋管ゲート・揚水施設
樋管ゲートの背後にはこのようにポンプ揚水施設があり、農業用水の取水施設と分かります。

おもに右岸を歩きましたが、このような施設を数か所見ました。全てが取水樋管ではなく農業用水や雨水調整池の排水樋管もあります。左岸にも同様の施設があり全部で10か所以上あると思います。

南畑排水機場(なんばたはいすいきじょう)
国土交通省の施設、南畑排水機場(なんばたはいすいきじょう)です。正面に4台の除塵機が見えます。右端の白い施設は南畑排水樋管(第2門扉)。三本木橋から排水機場までの延長は約3.0km。

昭和61年に完成した南畑排水機場は、増水時の新河岸川の水を、新河岸川放水路・びん沼調節池を経て、機場のポンプで荒川に強制的に排水します。ポンプの排水能力は30㎥/秒×2台。 (国交省荒川上流河川事務所HPより抜粋)

先日探訪した三郷排水機場が200㎥/秒なのでちょうどその3割の能力ですね。

南畑排水機場・排水樋管
排水機場に隣接の南畑排水樋管(第2門扉)。いまは平常時なので自然流下で荒川へ排水しています。前方は荒川右岸堤防です。

南畑排水機場・排水樋管
こちらは荒川堤防外側の南畑排水樋管(第1門扉)です。荒川の広い河川敷は両岸ともゴルフ場になっています。

南畑排水機場・排水樋管下流の水路
南畑排水樋管(第1門扉)を背にびん沼川下流(びん沼調節池の排水路)を望む。

荒川
荒川の本流です。左は荒川に合流するびん沼川(びん沼調節池の排水)。

今回の探訪はここまでです。上福岡駅からここまでの往路延長は約9km、帰路は近道でも約7kmあります。少々疲れましたが、ウォーキングをかねて施設を見て楽しむのがdoushigawa流なので大満足です。お天気にも恵まれました。

渋井水門の位置です。


其の267 冬みず田んぼを訪ねる・海老名市下今泉

 前回「其の266」で海老名消防署西の冬みず田んぼを訪ねました。相模川左岸幹線用水路(以下左岸用水路)ではもう一か所冬期湛水(とうきたんすい)「冬みず田んぼ」を実施中です。
12月29日(火)晴れ、1月5日(火)晴れの両日に探訪しました。いつもと違ってごく短編です。

JR相模線入谷駅からの歩きです。駅を降りたところに左岸用水路が相模線に並行して流れています。用水路沿いに南下すると榎戸制水門に至ります。

相模川左岸幹線用水路・榎戸制水門
榎戸制水門です。榎戸制水門の施設はJR相模線の両側にまたがって設置されています。機能は前回訪ねた貫抜制水門と同じです。詳しくは過去記事「其の33」で投稿しまたした。

相模川左岸幹線用水路・榎戸制水門付近
榎戸制水門より左岸用水路下流を望む。東(左)側はJR相模線、西側の田んぼに水は張ってないです。

相模川左岸幹線用水の支線用水路・榎戸制水門
榎戸制水門から分水を受け西へ伸びる支線用水路です。海老名市上今泉、下今泉の田んぼへ向かっています。

相模川左岸幹線用水の支線用水路・海老名市上今泉
下流の上今泉から見た支線用水路の上流方向です。この田んぼも水が張ってありません。

冬みず田んぼ・海老名市下今泉
こちらは西側の下今泉、鏡のような冬みず田んぼです。

冬みず田んぼ・海老名市下今泉
これも西側の下今泉の冬みず田んぼです。

冬みず田んぼ・海老名市下今泉
左側の造り酒屋泉橋酒造に隣接する冬みず田んぼ。案内板によると醸造米をこの田んぼで作っているそうです。

カワセミ・海老名市下今泉 海老名市下今泉 左岸用水支線用水路沿いにて。
おしまいに今日の探訪記念です。カワセミが私の目の前に飛んできて撮ってくださいと言わんばかりにじっとしています。2m位の至近距離からズームでパチリ。大きく撮れました。

海老名市下今泉、冬みず田んぼの位置です。


其の266 冬の左岸用水路と冬みず田んぼ

 JR相模線海老名・入谷駅間は車窓から線路沿いを流れる相模川左岸幹線用水路(以下左岸用水路)が見られます。
5月から9月は田んぼに用水を送るため水路から溢れんばかりに流れています。10月からは送水を止めるので水路が底を見せます。
12月のある日、左岸用水路に用水が流れていることに気づきました。あれっ?冬場なのになぜ流れているのだろう。確か一年前の冬も流れていたような気がします。
冬場の通水は何か訳があってのことだと思います。神奈川県相模川左岸土地改良区HPを開くと、
新たな取り組みとして、「冬みず田んぼ」(冬期湛水)といって非かんがい期(稲作期以外)に取水通水し、水田に水を入れていること。それは冬場の除草作業の軽減や稲わらの分解促進のために行っている。ということが分かりました。

「冬みず田んぼ」を見たくなり、12月23日(水)晴れ、ウォーキングを兼ねて行ってきました。

海老名駅付近・相模川左岸幹線用水路
相模線の車窓から海老名・相武台下駅間は「冬みず田んぼ」が見えないので海老名駅から下流へたどることにしました。
これは海老名駅南口近く、海老名市役所方面へ行く道路です。こんな街中を左岸用水は流れています。歩道わきにパンジーの花壇があります。パンジーとパンジーの間にグレーチング点検フタが見えます。そこから覗くと左岸用水路の流れが見えます。

国分関免信号前・相模川左岸幹線用水路
国分関免(こくぶせきめん)交差点角にある左岸用水路の水門です。田んぼへ行く支線用水路の分水門は閉じています。

海老名市役所付近・相模川左岸幹線用水路
国分関免の信号から左岸用水路の上に整備された「水と花と緑の小道」を歩きます。海老名市役所南の分水門です。転倒堰で堰上げしています。

相模川左岸幹線用水路のマンホールフタ
「水と花と緑の小道」で見た左岸用水路のマンホールフタ。

海老名市・相模川左岸幹線用水路
その南、海老名消防署を過ぎ、貫抜制水門(かんぬきせいすいもん)北側から見た左岸用水路の上流方向。国分関免信号南の田んぼに続いて二つ目の田んぼですが、こちらも水は張られていません。時期が早かったかな?それとも別の田んぼへ送っているのかな?

海老名消防署西・冬水田んぼ
新年に入り再訪しました。これが「冬みず田んぼ」です。場所は海老名消防署の西、横須賀水道みち沿いです。左岸用水路から少し奥まったところにある田んぼです。「冬みず田んぼ」を初めて見ました!


以下、「冬みず田んぼ」の南(大谷水門交差点角)にある左岸用水路の貫抜制水門に久しぶりにやってきました。通水期に比べ制水の仕方が正反対に変わっていたので紹介します。貫抜川放水路へ全量放流していました。

相模川左岸幹線用水路・貫抜制水門
南側から見た冬場の貫抜制水門。右側は寒川町、茅ヶ崎市へ向かう左岸用水路。通水は止まっています。

相模川左岸幹線用水路・貫抜制水門
上流から見た貫抜制水門。左側2門は寒川町、茅ヶ崎市へ向かう左岸用水路。ゲートは閉じています。右側は田んぼへ向かう支線用水路の分水門でやはり閉じています。

貫抜川放水路
貫抜川放水路から見た貫抜制水門。冬場の通水量の余水を放流中です。4月~9月の通水期は幹支線へ送るので放流されません。

相模川左岸幹線用水路・貫抜制水門
上流から見た貫抜制水門。南西へ向かう貫抜川放水路の始まりの水門です。ゲートは開いています。

相模川左岸幹線用水路について説明パネル
貫抜制水門脇の相模川左岸幹線用水路について説明パネル。
参考になるので記します。
[相模川左岸幹線用水路について]
この水路は、相模原市磯部から茅ヶ崎市室田までの20kmに 及ぶ農業用水路で、昭和の初期に先人たちが築き上げた歴史のある水路です。この水は田植えの時期の4月から9月まで相模川の磯部頭首工から取水して、田んぼを潤すため水を送っています。また、灌漑用水としての目的以外にも、地下水への涵養や地域用水として、私たちの生活環境を守ってくれる重要な働きをしています。 
(説明パネルより)

高座郡海老名町耕地事業竣工記念碑
貫抜制水門の一角に建てられた「高座郡海老名町耕地事業竣工記念碑」です。
昭和二十八年十月十二日に高座郡海老名町耕地整理組合が建立。
神奈川県営の暗渠排水、区画整理事業等を施工し乾田化を計り昭和二十年三月竣工。組合営の整地、架橋、井堰、掛樋、伏越などの工事が同二十七年八月完成。関係者 県営事業所長 船戸廣次氏、組合長 望月珪治氏。四百八十七町二反歩の海老名耕地は大沃田となった。 
(記念碑より抜粋)

貫抜川放水路の先はまだ見たことがないので河口まで歩くことにしました。
貫抜川放水路
南西へ向かう貫抜川放水路。すぐ下流で北から来た中央排水路が合流します。

河骨の案内パネル・貫抜川放水路
橋に掲示の河骨(こうほね)保護の看板。この辺りで河骨という植物の保護育成をしているそうです。人工的に開削された貫抜川放水路に珍しい水生植物が自生するとは興味深いですね。

貫抜川放水路・西部排水路合流
上一ツ橋信号付近で西部排水路(左側)が合流。今昔マップ(1927~1939年)を見ると貫抜制水門からこの合流点までの貫抜川放水路は影も形もありません。(1944~1954年)版に現在と同じ形で地図上に登場します。
前述の高座郡海老名町耕地事業がその頃施工されたので貫抜川放水路は人工的に開削された川ですね。

貫抜川
海老名運動公園付近の貫抜川(かんぬきがわ)。上流を見る。
地図を見ると西部排水路合流点より下流は貫抜川と表示してあります。ブロック護岸のお堀のような川です。

貫抜川・海老名運動公園付近
貫抜川上流を望む。海老名運動公園南、河口近くです。

貫抜川河口・海老名運動公園付近
貫抜川左岸より河口を望む。相模川左岸に合流しています。結局、相模川の磯部頭首工で左岸用水路に入り「冬みず田んぼ」を潤した後相模川へ戻って行きます。途中で地下水の涵養もしました。高架橋は圏央道・海老名Jctです。

この後は近くのJR相模線社家駅へ向かいました。

水路が底を見せる秋の左岸用水路は「其の45 秋の左岸用水路・座間サイフォン付近」で投稿しました。

海老名消防署西の「冬みず田んぼ」の位置です。

其の265 二郷半用水路と三郷放水路の立体交差

 皆さま新年明けましておめでとうございます。 

2016横浜水道みちの初日の出
横浜水道みちの初日の出です。相模原市中央区田名塩田 横浜水道みちにて。
横浜水道みちは相模原市を縦断して真っ直ぐ横浜の川井浄水場へ向かっています。川井浄水場の方向から日が昇るとは初めて気がつきました。

さて、前回「其の264」で三郷放水路を探訪しました。今回は前回書ききれなかった二郷半用水路(にごうはんようすいろ)と三郷放水路の立体交差について投稿いたします。

二郷半用水水路橋
三郷放水路に架かる二合半橋(にごうはんばし・親柱表記)に並行して口径1m位の水管橋が架かっています。位置は前回発表した三郷放水路の入り口、三郷水門の東200m位のところ。
第一印象は水道管と思ったのですが、なんとなく気になるので念入りに観察した結果、農業用水を通す水管橋と分かりました。

二郷半用水路
二合半橋を北側へ渡ったところにあった農業用水施設です。いまは田んぼへ用水を送る時期ではないので流れはありません。一見すると三郷放水路を潜る伏越の呑口施設のような感じです。正面には除塵機が2台あり、右側に排水門もあります。正面に排水機場のような建物があります。

二郷半用水路
少し上流にもう一台除塵機があります。除塵機で阻止されたゴミが散らかっています。このゴミ、恥ずかしいですね。

二郷半用水路
その上流です。普通の用水路です。周りは住宅地で田んぼはありません。

二郷半用水路・谷口橋
その上流です。三郷浄水場から中川へ向かう途中に渡った県道376号線谷口橋から見た二郷半用水路の上流方向です。
谷口橋の親柱に「二郷半用水」と刻んであります。

二郷半用水路・ポンプ場
排水機場と思った建物の裏へ回ると建物からパイプが2本出ていて右の方で一本化しています。パイプはポンプで送られた吐出管のようです。三郷放水路へ排水しているのかな?と三郷放水路の左岸を見ても排水口など何もなし。あるのは排水門からの小さな排水樋門のみ。
これで伏越ではなく、三郷放水路へ排水していないことも分かりました。

二郷半用水路・三郷放水路南側
二合半橋を南へ渡り見つけたのがこの伏越の吐口桝のような桝です。3m角位の桝で円形のフラップゲートが覗いています。桝の先は用水路が南へ伸びています。
念のため三郷放水路右岸を観察するも取水口らしきものはなし。

二郷半用水路
用水路を南へたどり上流の桝や三郷放水路を見たところです。

以上により二合半橋の水管橋は水道管ではなく、二郷半用水を渡す水管橋と分かりました。排水機場と思ったのはポンプ室ですね。

私の記憶では農業用水を通す水管橋は引地川の若宮堰用水路の水管橋に次いで二例目です。開水路の水路橋・掛樋はよく見かけますが、水管橋は珍しいと思います。
三郷放水路開削によりやむを得ずこのような形になったと思います。

二郷半用水路を地図上で下流へたどると第二大場川に合流し最後は中川に合流しています。上流も研究していつか取水口から通しで歩いてみたいですね。色々な施設が見られそうです。

三郷市まで遠征し、三郷浄水場や関連施設、三郷放水路、大場川伏越、三郷排水機場など水回り施設を楽しみました。「一粒で二度おいしい」以上の成果で、収穫が多い旅となりました。

二合半橋の位置です。


FC2Ad