横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の217 鶴見川の河川改修工事・宮川橋から鶴見橋

 ちょうど一年前に蛇行する鶴見川を真っ直ぐな流れに変える河川改修工事の様子を見学しました。4月22日(水)晴れ、一年振りに再度訪ねその変貌ぶりを確かめてきました。

鶴見川・宮川橋
河川改修で川幅が広がるため架設工事中だった宮川橋は完成し、東側の仮設橋が撤去されました。
河川改修工事の工期は平成25年3月から平成27年3月まででした。出来たてほやほやの橋です。
ここは東京都町田市図師町です。

宮川橋から鶴見川下流を望む
宮川橋から鶴見川下流(東方向)を望む。西から東へ流れる鶴見川はここでは北へ蛇行しています。150m位先で戻ってきます。
奥の橋はむかいだ橋でこちらに向かって捷水路(しょうすいろ・新しい河道)が既に掘られています。目の前の護岸上部が白ペンキで塗られていますが、この部分が捷水路の川幅と思われます。

鶴見川・宮川橋
宮川橋の上流です。宮川橋の上流で南に大きく蛇行しています。

宮川橋上流の鶴見川
そのすぐ上流です。ギリシャ文字のΩの形に大きく蛇行する鶴見川。今回の工事の範囲外のようで一年前と同じ状態でした。下流から直線化工事を進めているのでいずれ改修されると思います。

宮川橋下流の鶴見川
宮川橋下流から見た鶴見川上流方向。左が捷水路で右が北へ蛇行して戻ってきた鶴見川です。一年前と変わっていません。

むかいだ橋より鶴見川上流を望む
上記のすこし下流、むかいだ橋から見た鶴見川上流。この辺りでは捷水路を流れています。左岸側(向かって右側)に旧鶴見川河道跡が残っています。

旧鶴見川河道跡・むかいだ橋付近
旧鶴見川河道跡です。左側フェンスと右側住宅の間で東京都南多摩東部建設事務所の河川工事資材置き場として利用されています。

むかいだ橋より鶴見川下流を望む
これは一年前に撮った写真です。むかいだ橋から下流を望む。左から支流が合流し南へ大きく蛇行し山並橋を潜ります。正面の護岸の向こう側で施工中の捷水路は真っ直ぐ奥の並木橋の方へ続いています。

むかいだ橋より鶴見川下流を望む
これはむかいだ橋から見た今日の様子です。捷水路が開通し景色は一変しています。正面の並木橋手前左岸の開口は支流の合流点。

鶴見川・並木橋上流
これも一年前の写真です。南側の山並橋から見た鶴見川と左岸に合流する支流です。

鶴見川・並木橋上流
これは今日の様子です。捷水路右岸から見た左岸に合流する支流。一年前の面影は皆無です。

鶴見川並木橋上流
これは一年前に撮った並木橋から上流のむかいだ橋を見た写真です。

鶴見川・並木橋上流
上記に対して今日の様子です。並木橋から鶴見川上流を望む。工事が完成し完璧に捷水路に切り替わっています。

山並橋から鶴見川下流を望む
一年前の山並橋から見た鶴見川下流。捷水路を外れ大きく南へ蛇行していました。

山並橋から鶴見川下流を望む
今日見たらこんな風になっていました。工事が早い! 旧鶴見川河道跡です。

旧鶴見川・新高木橋付近
その下流、新高木橋付近で支流が合流しこちら側の捷水路へ向かう旧鶴見川。

鶴見川と旧鶴見川・鶴見橋付近
鶴見橋付近で鶴見川・捷水路に戻る(合流する)旧鶴見川。

並木橋より鶴見川下流を望む
一年前、並木橋から見た鶴見川下流はこのように捷水路工事中でした。

並木橋下流の鶴見川
鶴見川・捷水路下流から見た今日の並木橋です。

鶴見橋より鶴見川下流を望む
鶴見橋より鶴見川下流を望む。とうの昔に捷水路工事が行われたようで護岸の色が今日見た上流部とは異なります。

いつものように末尾にグーグルマップを載せました。今日見た鶴見川・捷水路(新しい河道)は未だ地図に反映されていません。旧河道のままです。地理院地図も同様です。地図上で比較し変化を感じ取るのも面白いと思います。

一年前の探訪記です。
「其の146 鶴見川の河川改修工事」 (2014/04投稿)

宮川橋の位置です。


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其の216 甲府盆地の天井川を訪ねる・中央市の釜無川

 4月9日(木)晴れ、釜無川の天井川化の様子を見に行ってきました。国土交通省のHPで甲府盆地内を流れる釜無川、荒川、笛吹川が天井川であることを知り、2月から3月にかけ荒川、笛吹川を探訪しました。残る釜無川を探訪し甲府盆地の天井川シリーズを終えたいと思います。

釜無川・鏡中条橋
身延線小井川駅下車。釜無川に架かる鏡中条橋東詰までやって来ました。

釜無川・鏡中条橋付近
同地点堤防上から見た上流方向の町並み。同一視野に釜無川水面が入らなかったのですが、天井川化しているかな?といった感じです。

釜無川・鏡中条橋東詰付近
同地点堤防上から見た東方向です。
国土交通省のHPに「富士川中流部の天井川化の状況」図が掲載されています。甲府盆地の東西断面図ですが、図のようにマクロ的視点に立つと天井川です。
ここは山梨県中央市山之神です。

釜無川の菱牛・鏡中条橋付近
ここからは信玄堤を見るため釜無川左岸堤防に沿って上流へ歩きました。
歩き始めてすぐ目についたのがこれです。菱牛(ひしうし)と言い、笛吹川を歩いた時に河川敷に並べてありました。九割方土砂に埋まり機能していないように見えます。釜無川の土砂運搬能力は旺盛なようです。一つ上流の開国橋まで菱牛が続いています。

笛吹川の菱牛
これは笛吹川の菱牛です。三角錐や四角錐タイプがあります。

釜無川の標識
開国橋際の釜無川の標識。河口から74.5km。

釜無川・農業用水取水施設
かすみ橋付近の農業用水取水施設。「第2集水暗渠」と言います。下流にもあったので今日見る二つ目の取水施設です。河川敷内に水路が引きこんでありました。

釜無川・聖牛
甲州流伝統治水工法 聖牛(せいぎゅう)。コンクリート製で棟木の太さは20cmほどあります。信玄橋付近の案内パネルによると棟木の長さ9mを大聖牛、7mを中聖牛、未満が聖牛と言うそうです。読みは三省堂大辞林に聖牛(ひじりうし)とありますがここでは説明パネルのように聖牛(せいぎゅう)と読みます。

釜無川・上堰頭首工
農業用水取水施設・頭首工です。「上堰頭首工」と言います。
水利使用標識によると灌漑面積:250ha。取水量:最大3.05㎥/秒。年間を通じて取水しています。需要期に合わせ最低0.66㎥/秒まで4通りに細分化されています。水利使用者:竜王土地改良区。本取水口:山梨県甲斐市竜王字下河原。

上堰頭首工之碑
堤防上の「上堰頭首工之碑」。

信玄堤と水害防備保安林
堤防内に取り入れた用水。周りは水害防備保安林(水防林)でケヤキやエノキが植えられています。右(東)側の堤防は昔に作られた信玄堤の霞堤でしょうか。下記水害防備保安林の看板参照。

水害防備保安林看板
水害防備保安林の看板。

信玄堤・霞堤
信玄堤の霞堤(かすみてい)の説明パネル。
(現地fujikawa museum説明パネルより)

信玄堤公園
信玄橋上流、信玄堤公園の信玄堤と水防林。

釜無川・聖牛
信玄橋上流の聖牛。

釜無川・聖牛
上記上流の1基、丸太製の聖牛。これは大聖牛?かなり大きいです。

聖牛説明パネル
聖牛(せいぎゅう)とは。 (現地fujikawa museum説明パネルより)

釜無川・高岩頭首工
信玄堤公園の上流に頭首工が見えます。高岩頭首工といい昭和59年(1984年)全面改修して完成。それまでは聖牛等を並べて堰を造り取水していたそうです。(現地fujikawa museum説明パネルより)

竜王用水
高岩頭首工から取り入れた竜王用水。三社神社付近から下流を見る。

今日は釜無川の伝統的治水工法の一端を垣間見ました。この辺りは釜無川・御勅使川(みだいがわ)合流地点で大昔から洪水被害が多いところです。信玄堤はじめ昔から様々な治水工事が行われてきました。
現地案内パネルによると御勅使川のコントロール(石積み出し、将棋頭、堀切、十六石、御勅使川の筋替え)と信玄堤で洪水被害を抑えてきたようです。水道みち・水路好事家の管理人、興味を覚えました。現地を歩き先人の工夫をこの目で確認したくなりました。いつか再訪したいと思います。

鏡中条橋東詰の位置です。


其の215 甲府盆地の天井川を訪ねる・利根川と戸川

 甲府盆地の天井川シリーズの8回目です。
今回は前回投稿の利根川と長沢川の立体交差点から利根川を上流まで遡り、新利根川から戸川へ入り河口の鰍沢まで歩きました。4月2日(木)晴れの日に探訪しました。

三郡東橋、三郡西橋
身延線市川大門駅下車。今日は三郡橋を渡りました。笛吹川左岸から見た三郡東橋、奥が釜無川を渡る三郡西橋。

利根川、坪川合流点
3月23日に探訪した利根川と坪川合流点に10日振りにやって来ました。左が利根川、右が坪川です。どちらの河川も天井川です。天井川同士の合流は珍しいと思います。10日間で季節は移り桜がちょうど満開でした。今日は結果的に花見を兼ねたウォーキングになりました。

旧利根川・長沢排水機場付近
長沢川排水機場付近より利根川上流を望む。この下を長沢川が樋管で横断しています。

旧利根川・長沢排水機場付近
右岸堤防下から上流を見るとこんな景色です。

福祉橋より旧利根川上流を望む
福祉橋から旧利根川上流を望む。天井川化しているのは平地の坪川合流点から上流800m位までで、この辺りでは普通の河川です。護岸はブロックで、川底もコンクリートで固め浸食を抑えています。

一級河川旧利根川の標識
山梨県の一級河川旧利根川の標識。坪川合流点から上流約3.2km、新旧利根川分岐点までは「旧利根川」と言います。

山梨交通の電車
旧利根川沿い公園内に展示中の電車。案内パネルによると昭和5年から昭和37年6月まで甲府・甲斐青柳間20.3kmを運行した山梨交通の電車。昭和46年には江ノ電鎌倉・藤沢間を運行し昭和61年老朽化により引退。地元のここに里帰りしたそうです。

旧利根川の流路工
流路工です。両岸の護岸、床固工、水叩工など流路工の見本のような風景です。平地の天井川から急流河川の象徴流路工へと景観が変わりました。段々の床固工は新利根川分岐点まで何か所もありました。

旧利根川
天神釣橋付近で右岸に放流される用水。農業用水と思われますが貴重な河川維持用水に使っています。これより上流は水無川で流れはほとんどありません。

旧利根川・ふれあい橋付近
上流のふれあい橋より上流を望む。流路工でしっかり固めてありますが、流れはありません。一級河川旧利根川です。

旧利根川・河原町橋上流
大分上ってきました。河原町橋より上流を望む。段々に続く床固工。

新旧利根川分岐点
そのすぐ上流、旧利根川に架かる御幸橋より上流を望む。あっと驚く光景です。突然石垣に突き当たり旧利根川が消滅しました。

新旧利根川分岐点
石垣の向こう側から見るとこんな風になっています。左側の白い橋が御幸橋です。石垣は利根川左岸の堤防でした。探訪前、地図によると利根川はこの地点で直進と右へ二手に分かれるようになっていました。どのように分かれるかその景観を楽しみにしていたのですが、まさか完全に遮断しているとは・・・。右側の広い川が新利根川です。
ここは山梨県南巨摩郡富士川町舂米(みなみこまぐんふじかわちょうつきよね)です。

利根川
同地点から利根川上流を望む。一見してたどってきた旧利根川より広く河道断面が大きい川と分ります。

土石流危険渓流の看板
近くにあった「土石流危険渓流」の看板。
「土石流危険渓流 富士川水系利根川 土石流が発生する恐れがありますので大雨の時は十分注意してください。山梨県」

ここより上流、山間の利根川は土砂の運搬能力が十分にありそうです。新利根川完成前の旧利根川では大雨の時、河道断面が小さく氾濫が予想されます。また下流の平地部では土砂の堆積により天井川化が進行する恐れがあります。
もっと大事なことは途中氾濫なく流下したとしても低地部で天井川の坪川に合流することです。其の213、214で見たように坪川は富士川が洪水になると低地河川の五明川や長沢川が排水機場を経由して合流することになり流下能力を超える恐れがあります。能力を超えると堤防から氾濫し最悪は破堤し地域一帯が浸水する恐れがあります。
現地を歩いて見学した私の想像ですが、それを防ぐために新しい河道、新利根川が造られたと思います。先人のグッドアイデアですね。いつ頃のことでしょうか。詳しく調べてみたいですね。

ここからは新利根川(延長約1km)沿いに戸川に入り、戸川河口まで歩きました。

新利根川に架かる水路橋
新利根川を渡るコンクリート製の水路橋。農業用水路と思われますが農閑期なので水は流れていません。戸川合流点までに5か所の水路橋を見ました。

新利根橋より新利根川を望む
新利根橋より上流を望む。のどかな風景です。

新利根橋より甲府盆地を望む
新利根橋より北方に広がる甲府盆地を望む。この先の戸川は甲府盆地最南端に位置する富士川水系の支流です。

新利根川に架かる大久保橋
戸川合流点近くの大久保橋。水路橋も架かっています。こちらは水流あり。短い区間に五つもの水路橋。珍しいです。

新利根川・戸川合流点
戸川合流点より下流を望む。左が新利根川、右が戸川。

新利根川・戸川合流点
戸川に合流直後の床固工。左が戸川、右が新利根川の流れ。

戸川・第九号床固工
鰍沢警察署付近の2段式床固工。銘板を見つけました。参考になるので記します。
昭和28年度 戸川改修工事
第九号床固工 長67.9米、高3.0米
水通標高252.1米 山梨県 
 (銘板より)

鰍沢町
写りが悪いですが右岸堤防から見た鰍沢町の町並み。戸川が天井川化しているのが窺えます。河口近く旭橋付近。

戸川右岸・鰍沢町
富士川合流点近く、戸川右岸堤防から上流を望む。

富士橋西詰の石造物
おしまいに富士橋西詰の石造物です。左から地神塔、水神宮、道祖神です。右端の石祠内に双体道祖神が祀られています。

今日は予定通り天井川化した旧利根川と戸川、新旧利根川分岐点の様子を探訪し、おまけに新利根川を渡る水路橋を5か所も見られました。それに満開の桜も。この後富士橋を渡り身延線鰍沢口駅へ向かいました。
次回は甲府盆地天井川シリーズの締めとして、天井川化した釜無川本流の様子を見に行く予定です。何か新たな発見があれば良いですね。

今日のスタート旧利根川・坪川合流点です。
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