横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の214 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の利根川

 甲府盆地の天井川シリーズの7回目です。
今回の探訪記は天井川の利根川と長沢川の立体交差です。3月23日(月)晴れの日に探訪しました。

長沢川樋管ゲート・五明川ゲート
今回もこの水門のある風景からスタートします。左側の水門は長沢川下流樋管ゲートと言います。R140を潜った樋管の出口です。釜無川が洪水の時はこのゲートを閉じ逆流を防止します。

長沢川下流樋管ゲート銘板
長沢川下流樋管ゲートの銘板です。平成6年9月設置。

長沢川・富士川町
R140から長沢川上流を望む。向かって右側の堤防は並行して流れる天井川の坪川右岸です。長沢川は低地を流れる河川です。

長沢川左岸・坪川右岸の石祠
坪川右岸堤防上の石祀。中に「水」と朱書きのごろ石が入っています。水神様ですね。この辺りは昔から水はけが悪く、度重なる浸水被害を受けてきました。

長沢川下流樋管入口
長沢川左岸(坪川右岸)堤防上を上流へ歩きました。堤防から見た長沢川下流樋管入り口。

利根川、坪川合流
上流へ進み右側を見ると坪川に利根川が合流しています。左が利根川、右が坪川です。天井川同士のY字型の合流です。

長沢川・富士川町長沢
低地を流れる長沢川の上流方向です。樋管の出口が見えます。樋管は右へカーブし利根川の下を潜り、Y字型デルタの中へ入っていきます。
私は今坪川右岸堤防上から長沢川を見下ろしています。同じところを並行して流れる二つの川。片や低地を流れ一方は天井川で高い位置を流れる。どうしてこうなったのでしょうか。不思議です。

長沢川上流樋管ゲート・長沢川排水機場
利根川左岸に設置の水門。利根川を潜る樋管の入り口になります。
銘板の貼り付けがなく名称は不明です。私の推測ですが長沢川下流樋管ゲートに対して長沢川上流樋管ゲートと思います。前述のように釜無川が洪水のとき長沢川下流樋管ゲートを閉じます。同時にこの長沢川上流樋管ゲートも閉じられると思います。行き場を失った長沢川の河川水は増水するので正面の長沢川排水機場が働き天井川の坪川に排水します。前回見た五明川排水機場と坪川の関係と同じですね。
ここは山梨県南巨摩郡富士川町長沢です。

長沢川・富士川町長沢
上記地点より長沢川上流を望む。向かって右側の堤防は坪川右岸の堤防です。低地河川の長沢川は天井川の坪川、利根川の間を流下するので両川のY字型合流点では行き場がなくなり、利根川の下を潜らざるを得ません。

長沢川排水機場排水樋管・坪川
長沢川排水機場排水樋管から坪川上流を望む。正面遠くに冠雪した八ヶ岳が見えます。釜無川が洪水時は前述のようにこの排水樋管から坪川へ排水します。

利根川
長沢川上流樋管ゲート北の橋上より利根川上流を望む。向かって左側、右岸堤防と民家の屋根を較べると利根川が天井川化しているのが分かります。

これで地図上4か所見つけた天井川と低地河川の立体交差の内3カ所すべてを探訪しました。残る1か所は坪川の上流、秋山川が合流する地点に立体交差が認められます。いつか探訪したいと思います。

今回探訪した3か所の河川立体交差の共通点を整理してみました。
① Y字型に合流する天井川に挟まれた(Y字型デルタ内を流れる)低地河川が天井川と立体交差する。
② 立体交差点の低地河川には釜無川からの逆流防止樋管ゲートが設置してある。
③ 低地河川側に排水機場が設置してある。高位置にある天井川に排水する。

天井川と、低地河川を色分けすると次のようになります。
・天井川:釜無川、滝沢川、坪川、利根川
・低地河川:横川、八糸川、五明川、長沢川

初めてこの辺りの地図を眺めた時は複雑に交差した河川の状況を理解し難かったのですが、現地を見学しこうして整理すると頭の中もすっきり整理された気分になります。
それにしても低地河川と天井川に分かれた原因はなんでしょうか?上流からの土砂の供給の有無?土砂供給量の多少?築堤など人為的要因?等々謎が多く、天井川形成の経緯成因については今一すっきりしません。

利根川と長沢川立体交差点の位置です。


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其の213 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の坪川

 甲府盆地の天井川シリーズの6回目です。
今回の探訪記は天井川の坪川と五明川の立体交差です。3月23日(月)晴れの日に探訪しました。

長沢川樋管ゲート・五明川ゲート
前々回「其の211」に載せた写真です。横川吐口ゲートの上流にある水門で中央が五明川下流側ゲート、左側が長沢川下流樋管ゲートです。

五明川下流側ゲート
五明川下流側ゲート銘板です。平成20年2月完成。
五明川下流側ゲート(以下五明川下流ゲート)は坪川右岸に設置された伏越(ふせこし)・サイフォンの吐口ゲートです。五明川が天井川の坪川の下を伏越で潜り抜けています。坪川左岸側に五明川上流ゲートがあります。

五明川伏越工平面図
山梨県が設置した現地案内パネルの伏越工平面図です。
河川横断部(函渠)の延長は約90m、函渠上面は坪川の河床下2mの位置。函渠は5m×3.6mが2連のボックスカルバート。
下流側ゲートの役割は洪水時釜無川からの逆流防止、上流側ゲートは河川横断部(函渠)が万が一破損した際に坪川から五明川への流入防止。 
(案内パネルより抜粋)
素人には想像もつかないことを想定して造られています。上流側ゲートの働きは初めて知りました。

立体交差の全体像を理解するため現地の山梨県が設置した説明パネルから以下抜粋して記します。
五明川の概要と事業実施背景
五明川は流路延長2,200mの山梨県が管理する一級河川。
国道140号線、坪川を横過して長沢川と合流し、横川に流入する。
この流域は天井川である滝沢川、坪川に挟まれた凹地となっているため、昔から水はけが悪く、度重なる浸水被害を受けてきた。特に下流部は「南湖」の地名が示す通り「水がたまりやすい土地」であった。そのため天井河川と低地河川の流れを分離し、天井河川の下を伏越で低地河川を立体交差させ、合流をスムーズにする等の合流調節工事(昭和28年着工、昭和42年完成)が行われた。
今後さらなる都市化が予想される地域であったため、河道の拡幅を施すと共に、最下流部にあった旧の五明樋門等の狭窄部の流下能力の向上を目的とした改修工事(平成2年度着工、平成20年度完成)を行った。


坪川と五明川立体交差
坪川下流から見た五明川下流ゲート(左側)、上流ゲート(黄色の矢印)。

五明川上流ゲート
五明川上流ゲートです。ここは山梨県南アルプス市東南湖。
坪川より南側は山梨県富士川町大椚(おおくぬぎ)です。

五明川上流ゲートと除塵機
左側の五明川上流ゲートと奥は除塵機。

旧五明樋門と除塵機
手前が今は使われていない旧五明樋門入り口と奥は現役の除塵機。

「永亨豊潤」の碑と五明樋門の由来碑
五明川上流ゲート付近に建てられた「永亨豊潤」の碑と右側は記念碑文「五明樋門の由来」。昭和43年5月1日建立。
「永亨豊潤」は明治22年完成の五明樋門入り口に設置してあったもの。五明樋門は70余年排水と逆水に耐えてきた。新規樋門施工により破毀されたが、工事に尽力した人々の名前が刻まれた「永亨豊潤」を記念碑として保存する。 (碑文要旨)
初代の五明樋門は明治22年に完成していました。現在の樋門は3代目になります。それにしても126年も前に樋門が完成していたとは驚きです。当時から坪川は天井川であったことが分かります。

五明川排水機場
R140五明川橋上流の排水機場。五明川右岸に設置してあります。
釜無川が洪水になると逆流を防ぐため五明川下流ゲートが閉じられます。そうすると五明川の水位が上がるのでポンプで排水します。どこへ排水するのでしょう。

坪川左岸の五明川排水樋管
排水機場裏に天井川の坪川が流れていて、そこへ排水するようになっています。これは坪川左岸に設置の排水樋管です。天井川の坪川には釜無川の逆流はありません。低位置の河川から高位置の天井川へ排水するとは巧い方法です。

今回は天井川の坪川と五明川の立体交差を探訪しました。
実地見学と山梨県が設置した説明パネルのお陰で河川同士の立体交差の背景、仕組みなどが理解できました。次回は残る三つ目の立体交差(天井川の利根川と長沢川)を投稿いたします。

天井川の記事が増えてきたのでこの度カテゴリに「天井川・河川立体交差」を追加しました。河川と河川、河川と鉄道などの立体交差記事も含めました。

五明川伏越の位置です。


其の212 さがみ湖カタクリの郷を訪ねる

 甲府盆地の天井川を訪ねるシリーズ連載中ですが、カタクリの花が見頃と聞き行ってきました。さがみ湖カタクリの郷はR412寸沢嵐バス停前から歩いて3分のところにあります。案内看板があり迷うことはありません。3月26日(木)晴れの日に訪ねました。

さがみ湖カタクリの郷遠景
さがみ湖カタクリの郷遠景。

さがみ湖カタクリの郷入口
さがみ湖カタクリの郷入り口です。

さがみ湖カタクリの郷
さがみ湖カタクリの郷は相模川支流の阿津川右岸沿い、北斜面の手入れされた林の中にあります。広さは2800平方メートル。

群生するカタクリの花・さがみ湖カタクリの郷
群生するカタクリの花。案内パンフによると80~100年前からの自生のカタクリ10万株が群生しています。

カタクリの花・さがみ湖カタクリの郷
6弁の花弁が反り返ったカタクリの花。これが満開の状態です。

カタクリの花・さがみ湖カタクリの郷
満開のカタクリの花。花径は4~5cm。花色は皆このような紅紫色でしたが、案内パネルによると白、黄色もあるそうです。

カタクリの花・さがみ湖カタクリの郷
つぼみと開花直前のカタクリの花。開花すると7~10日間咲き続けます。

さがみ湖カタクリの郷の所在地:
相模原市緑区寸沢嵐(すわらし)763
入園料:300円 駐車料金:200円
開園期間:3月下旬~4月上旬
問い合わせ:相模湖観光協会 042-684-2633

R412寸沢嵐バス停の位置です。



其の211 甲府盆地の天井川を訪ねる・富士川町の坪川と滝沢川

 甲府盆地の天井川シリーズの5回目です。
釜無川と笛吹川合流点付近に架かる富士川大橋の上流、釜無川右岸の狭いところに中小の河川が9本ほど集まり釜無川に合流しています。その流れは狭いところに集まっているので複雑な様相を呈しています。地図をじっくり眺めると分りますが驚いたことに河川同士の立体交差が4か所もあり、高い位置を流れる川は天井川だろうと想像がつきます。天井川・立体交差に興味津々の管理人、その内の3か所を早速見に行ってきました。その様子を順次発表いたします。3月23日(月)晴れの日に探訪しました。

富士川大橋より上流を望む
富士川大橋より上流を望む。右から釜無川、中央の細い川が天井川の坪川、左が横川です。

横川・坪川・釜無川
富士川大橋西詰めを右折し堤防上を北進。堤防から見た手前が横川、黒い石積み護岸が坪川、奥が釜無川。坪川の方が横川より高い位置を流れています。

横川吐口ゲート
最初に見えてくるのがこの坪川右岸の水門です。水門から流れ出ているのは坪川・滝沢川の川底を伏越で潜った横川の河川水です。この水門は伏越(ふせこし・サイフォン)の吐口ゲートです。

長沢川樋管ゲート・五明川ゲート
横川吐口ゲートの上流(長沢川)にも水門が連続してあります。中央が五明川下流ゲート、左側が長沢川下流樋管ゲートと言います。探訪記は次回以降に発表します。

横川吐口ゲートより対岸を望む
横川吐口ゲートから対岸を見るとこんな風になっています。手前は坪川、対岸手前は坪川に合流する滝沢川。黄色の矢印地点に横川樋管呑口ゲートがあります。つまり横川は滝沢川、坪川の下を潜っています。珍しい河川同士の立体交差です。
ここは山梨県南巨摩郡富士川町大椚(おおくぬぎ)です。

坪川・滝沢川合流点
対岸から見ました。坪川、滝沢川の合流点です。左が坪川、右が滝沢川。

横川樋管呑口ゲート
滝沢川左岸堤防から横川樋管呑口ゲートを望む。奥は釜無川の堤防です。横川河川水の行き止まりで出口はここしかありません。

横川樋管呑口ゲート
上流から見た横川樋管呑口ゲート。除塵機が見えます。
ここは南アルプス市高田新田です。

横川樋管呑口ゲートより上流を望む
横川樋管呑口ゲートより横川上流を望む。上流の白い建物は国土交通省の横川排水機場です。

横川樋管呑口ゲート銘板
横川樋管呑口ゲートの銘板です。昭和53年3月製作。

横川排水機場
国土交通省の横川排水機場。横川の下流側に除塵機が設置してあります。増水した横川の河川水を釜無川へポンプ排水する施設です。

横川排水樋管
釜無川右岸堤防に設置の横川排水樋管。釜無川が洪水時には逆流防止のため横川吐口ゲートが閉めきられると思います。増水した横川の河川水はここから排水されます。

横川排水樋管銘板
堤体に貼り付けの横川排水樋管の銘板。1987年5月に建設省が設置。

新大橋より滝沢川上流を望む
R140新大橋から見た滝沢川上流。河川改修をしたのでしょうか、それほど極端な天井川ではありません。右側の川は八糸川。横川排水機場辺りで横川に合流し滝沢川を潜ります。

身延線市川大門駅
この後残り2か所の河川立体交差を見て、身延線市川大門駅へ向かいました。ホームから見た市川大門駅出入り口です。ユニークで風変わりなこの建物は駅舎ではなく市川大門下地区公民館です。

横川樋管呑口ゲートの位置です。


其の210 甲府盆地の天井川を訪ねる・市川三郷町の道場川

 甲府盆地の天井川を訪ねるシリーズの第4弾です。
国土地理院の地図を眺めていて天井川を見つけました。県道4号線の上を河川が横断しています。早くそれを確かめたくなり3月18日(水)晴れの日にその様子を見に行きました。

市川三郷町・道場川
これが国土地理院の地図です。国土地理院の地図は比較的正確に河川の立体交差表示があり参考になります。この地点から数百m北に「其の208」で訪ねた天井川・印川の高田隧道や身延線のトンネルもきっちりと表示してあります。
ここは山梨県西八代郡市川三郷町下大鳥居です。位置は甲府盆地の南端に近いところです。

市川三郷町の天井川・道場川
身延線市川大門駅下車。県道4号線を一路南下します。20分くらいで天井川に到着です。自然な河川が水路橋のように県道を渡っています。珍しい光景です。車で通過する人にはただの人道橋にしか見えないと思います。

市川三郷町の天井川・道場川
水路橋の真下から見上げる。橋に貼り付けの銘板によるとこの橋は中村橋(2010年3月完成)と言います。銘板に河川名の表示はありませんが、道場川(どうばがわ)と言います。

市川三郷町の天井川・道場川
中村橋西詰めより道場川上流を望む。川にはフタがしてあり人道橋になっています。

中村橋より県道4号線市川大門方面を望む
中村橋から県道4号線、市川大門方面を望む。

中村橋より道場川上流を望む
中村橋東側道場川上流の様子です。

道場川・市川三郷町下大鳥居
上流へたどりましたが200mも進まないうちに道がなくなり引き返しました。

中村橋より道場川下流を望む
中村橋より道場川下流を望む。

「道場川 ここからどこへ 行くのだろう」  doushigawa

いつものようにここから道場川沿いに河口までたどりました。

道場川・市川三郷町下大鳥居
右岸堤防下に下りました。石垣の堤防。天井川の形成は人為的なことが分かります。

道場川・市川三郷町下大鳥居
その下流、身延線近くから上流を望む。こうして眺めるとほんの数百メートルの区間だけが天井川化していることが分かります。

道場川・市川三郷町下大鳥居
身延線に沿って流れる道場川。この辺りまで下ると普通の河川の流れになっています。

梅沢川に合流する道場川・市川三郷町下大鳥居
工事中の「中部横断自動車道富士川橋架橋工事現場」を潜り北から来た梅沢川に合流する道場川(右側の川)。

下大鳥居排水機場
その下流です。池尻川が富士川左岸に合流する地点に設置された下大鳥居排水機場まで来ました。右側がたどってきた流れ(梅沢川)です。その流れの先、富士川堤防手前に排水ゲートが見えます。左側は沈砂池で巨大な除塵機2基が設置してあります。

下大鳥居排水機場排水ゲート
上記の排水ゲートです。今は平常時なのでゲートは開の状態です。この先は富士川の堤防を樋管で潜り放流されます。梅沢川経由の道場川の終点です。
私の推測ですが下大鳥居排水機場の働きは以下のようになっていると思います。
① 富士川が洪水になるとこのゲートが閉ざされ富士川からの逆流を阻止する。
② ゲートが閉じ行き場を失った梅沢川の水は左岸を越流し沈砂池へ入る。
③ 除塵機でごみを除きポンプで排水する。
④ 堤防手前排水ゲート先の樋管→池尻川→富士川に放流。
下大鳥居排水機場がないと堤防内に梅沢川の水が溜まり田や畑の冠水被害が発生します。それを回避するための設備と思われます。

下大鳥居排水樋管
たどってきた梅沢川の延長線上にある下大鳥居排水樋管。ここから池尻川経由富士川へ放流されます。

下大鳥居排水樋管・ゲートの銘板
下大鳥居排水樋管、同ゲート銘板です。1996年(平成8年)完成。

禹之瀬河道整正事業 竣功の碑
この後富士川左岸堤防上を富士橋までたどりました。富士橋東詰め「禹之瀬河道整正事業 竣功の碑」。平成7年6月に1期工事竣功。

富士橋より富士川上流を望む
富士橋より富士川上流を望む。左岸の護岸が凄いです。上記の禹之瀬(うのせ)河道整正事業竣功とはこれのことでしょうね。

富士橋より富士川下流を望む
富士橋より富士川下流を望む。甲府盆地内を流れ下ったすべての川は南端のここ禹之瀬に集まり富士川中流域となり山間を蛇行しながら下って行きます。それはここから始まります。管理人、甲府盆地の南端に立つ!

新川山王橋より下流を望む
帰りは甲府行きの電車に乗るため身延線鰍沢口駅へ向かいました。これは途中通った山王橋から見た新川下流の様子です。住宅と堤防の高さを較べると新川が天井川化しているのが分かります。

今日の探訪記念です。
流通寺のビャクシン
高田隧道付近流通寺のビャクシン。枝が広がりすぎて鉄骨で支えています。樹齢数百年の天然記念物です。

道場川と県道4号線の交差点中村橋の位置です。



其の209 甲府盆地の天井川を訪ねる・笛吹市の笛吹川

 甲府盆地の天井川シリーズの3回目です。
今回は笛吹市石和町へ笛吹川の天井川化の様子を見に行きました。探訪したのは3月12日(木)晴れの日です。

笛吹橋・国土交通省の標識
中央本線石和温泉駅下車。温泉街のきれいに整備された清流沿い桜並木の道・温泉通りを経て笛吹橋までやって来ました。笛吹橋の西詰めの国土交通省の標識「笛吹川 国土交通省 河口から83.5km」。笛吹川は一級河川です。

笛吹橋より笛吹川下流を望む
笛吹橋より笛吹川下流を望む。右岸(河口に向って右側)河川敷内の遊歩道を一路南下し四つ下流の蛍見橋まで天井川の様子を観察しました。

笛吹川の中聖牛
歩き始めてすぐ、見慣れないものが設置してあります。これは丸太製ですが同じ作り方でコンクリート製もありました。説明パネルによると甲州流伝統治水工法 中聖牛と言います。
聖牛(ひじりうし)
河川の水勢を緩和させるための装置。雑木を棟木のように結び,その間に柵を設け,蛇籠(じゃかご)を数本並べたもの。 
三省堂大辞林より

中聖牛説明パネル
建設省甲府工事事務所監修の中聖牛説明パネル。

笛吹川の菱牛
コンクリート製のこんなタイプもありました。これは三角錐ですが4本脚の四角錐もあり。ネットで調べると菱牛(ひしうし)と言うそうです。

笛吹川・石和橋付近
石和橋付近より笛吹川上流を望む。甲府盆地の東から北に続く雄大な山々。甲府盆地とはよく名づけたもので四方八方どちらを見ても山また山です。遠くに扇状地と塩山と思われる扇頂がはっきり見えます。

笛吹川の土筆・万年橋付近
万年橋上流の遊歩道沿いのツクシ。今年初めて見ました。

小石和用水樋管
万年橋下流の農業用水取水施設。一見排水樋門と思ったのが近くで見てびっくり。笛吹川からの取水施設でした。天井川の証になるので詳しく取り上げます。

小石和用水取水施設
笛吹川からこちら向きに流れがあります。

笛吹川・小石和用水取水施設付近
取水堰もなく自然流下で取り入れています。地図を開くと分りますが、笛吹川河道内に堆積した土砂を開削した水路で上流の本流からここまで導水しています。

小石和用水樋管取水口
取水口です。ゴミ除けの網目のスクリーンに付着したごみが見えます。付着位置が高いので農繁期に付着したゴミと思います。

小石和用水樋管銘板
この施設の名称は「小石和用水樋管」と言います。堤体に貼り付けの銘板です。平成4(1992)年2月完成。

小石和用水路
堤防上から見た小石和用水路。これらの施設を見ただけで天井川と分かりますが、自然流下なので流れていく先の田んぼはここよりも更に標高が低いことが分かります。小石和用水取水施設のお陰で笛吹川の天井川化を確認できました。用水路右側の建物はスコレーセンター石和町。

笛吹川・蛍見橋
今日の目的地、蛍見橋です。

蛍見橋より笛吹川下流を望む
蛍見橋付近、笛吹川右岸堤防上から下流を望む。堤防内側(民家が立ち並ぶところ)の住宅の屋根と堤防高さを較べてください。目視でも天井川と確認できます。

笛吹川・蛍見橋付近
堤防下に下りるとこんな風に見えます。

蛍見橋左岸の様子
右岸堤防から対岸を望む。望遠で撮りましたが右岸同様民家の屋根しか見えません。遠くに白いドーム状のものが横切っています。リニア実験線と思われます。

其の206で甲府盆地の荒川を探訪し天井川の一端に触れました。荒川は一見天井川らしくない天井川という印象でしたが、笛吹川も注意深く観察しないとそれとは分かりにくい天井川と思います。国土交通省のHPに「富士川中流部の天井川化の状況」図が掲載されています。甲府盆地の東西断面図ですがそれを見ると釜無川、荒川、笛吹川がはっきりと天井川化していることが理解できます。
今日も好天に恵まれ、気持ちよく歩くことが出来ました。次回も甲府盆地の天井川を訪ねる予定です。

蛍見橋の位置です。



其の208 甲府盆地の天井川を訪ねる・市川大門の印川

 3月2日(月)晴れ、甲府盆地の天井川を見に行きました。
中央本線甲府駅で身延線に乗り換え市川大門駅下車。そこから3時間ほどかけて印川河口から源流まで探訪しました。

身延線市川大門駅
JR東海身延線市川大門駅ホームに停車中の鰍沢口行のワンマンカー。後ろ乗り前降りタイプで運転手がドアの開閉、切符の回収も行います。出口が運転席の後ろのドアだけなので、2両編成の後ろの車両に乗っていると降車の際は焦ります。

天井川・印川の高田隧道
駅前の県道4号線を南下し10分ほどで天井川に到着です。県道の上を水路橋のように渡る一級河川印川です。一見して天井川と分かります。東側には人道用のトンネルも設けてあります。

天井川・印川高田隧道の銘板
銘板がはめ込んであります。右書きで「高田隧道 昭和八年一月竣功」。南側にも銘板があり「たか田とんねる 昭和八年一月竣功」とあります。今は水路橋のようになっていますが当初は隧道だったようです。ここは山梨県西八代郡市川三郷町高田です。

印川をトンネルで潜る身延線
県道に並行して走る身延線も印川の下をトンネルで潜っています。

印川・市川三郷町高田
堤防上から見た一級河川印川の上流はこんな景色です。上流から流されてきた土砂が溜まっています。

印川・市川三郷町
下流はこんな景色です。笛吹川に合流直前です。

印川と鳴沢川樋門
印川右岸堤防(河口に向って右側の堤防)に沿って河口までたどりました。
河口直前の鳴沢川樋門(水色の管理橋の先端)です。印川右岸堤防の下をトンネルで横断した鳴沢川が手前の印川の下を潜って下流で笛吹川と合流します。思いがけず珍しい河川と河川の立体交差を見ることが出来ました。

印川河口・笛吹川に合流
左側の細い流れが笛吹川に合流する印川です。

印川と鳴沢川樋門
富士川大橋(笛吹川と釜無川に架かる橋)から見た印川(左側)と鳴沢川樋門。こちらから見た方が河川同士の立体交差がよく分かります。

釜無川と笛吹川
富士川大橋から釜無川(左側)と笛吹川(右側)を望む。笛吹川の方が水量豊かです。遠くに八ヶ岳が見えます。

印川・市川三郷町高田
ここで折り返し印川の源流を探訪しました。これは高田隧道より東の地点から見た印川です。両岸は石垣やコンクリートで、川底もコンクリートで固めてあります。いわゆる流路工です。

印川・新印川橋
その上流の新印川橋下の流路工です。床固工、護岸工などコンクリートで固めています。

印川・新印川橋より下流を望む
新印川橋下流の景色。地図上で測ると河口からここまで延長約1650mです。天井川化はこの辺りまででこれより上流は徐々に山間に入り渓谷になります。

印川の流路工
県道409号線沿いに上流へたどっていくと眼下にこんな流路工がいくつも見られます。上流の砂防ダムまで10か所以上見ました。

印川の砂防堰堤
高さ3m位の砂防堰堤。三郷町市川公園前付近。

印川・三郷町市川公園前付近。
砂防堰堤上から上流を見ました。左岸は護岸工で守られていますが、右岸は砂防堰堤の効果なのか自然のままで穏やかな渓流です。三郷町市川公園前付近。

印川荒廃砂防ダム
新印川橋から30分位上流へたどった中将橋で砂防ダムに出くわしました。正面奥。

印川荒廃砂防ダム下の流路工
中将橋から見た砂防ダム下の流路工。

印川荒廃砂防ダム
右岸崖上から接近して見ると砂防ダムはこんな風になっています。ダムの中は土砂が堆積して木が生え草地になっています。ダムの名前は手前に侵入防止柵があり読みにくいのですが銘板が貼ってあり「印川堰」と読めます。山梨県が造った施設です。
手前の注意看板には「印川荒廃砂防ダム」
堤長:77m、堤高:10か16か18m(推定)、完成:昭和62年11月とありました。風雨にさらされ文字がはっきり読み取れません。

中将橋より北方を望む
中将橋から見た北方の景色です。砂防ダム見たさに結構上ってきました。砂防ダムより上流に道はなくこの道を下って市川大門駅へ向かいました。地図上で延長を測ると河口から印川荒廃砂防ダムまで約3580m、マピオンで測ると標高は390m。河口の標高は239mなのでその差は151mもある急勾配です。

一般的に天井川は上流から運ばれた土砂が堆積し川底が高くなる→洪水が起きやすい→対策として堤防を高くする→川は土砂の運搬を止めない→土砂堆積→堤防を高くする、の繰り返しで天井川になると言われていますが、どれくらいの時間を要したのでしょうか。調べてみたいですね。

高田隧道の位置です。



其の207 柿生発電所と川崎第1導水隧道

 2月28日(土)晴れ、相模原市立博物館民俗調査会のフィールドワークに参加しました。小田急多摩線はるひ野駅から小野路宿まで幕末時の面影を色濃く残していると言われる多摩丘陵を散策しました。途中、柿生発電所前を通ったので今回はそれを取り上げ、あわせて関連する拙ブログの過去記事を紹介したいと思います。

柿生発電所
柿生発電所の正門です。右側に「神奈川県企業庁 柿生発電所」左側に「川崎市上下水道局 黒川急下水路」の表札がかかっています。

柿生発電所
道路から見た柿生発電所。コンクリート製円柱は水槽で発電機は手前の地下にあります。津久井分水池から川崎市上下水道局の長沢浄水場までの導水路(川崎第1導水隧道といい、上水道・工業用原水を送る施設)中の落差を有効利用した発電所です。
発電所形式:水路式
最大出力:680kw
最大使用水量:6.94㎥/秒
有効落差:12.24m
台数:1台 横軸プロペラ三相誘導
運転開始:昭和37年8月11日
平成16年度から平成17年度に、発電所建物の建替えと発電設備の改修を行い設備一新。
所在地:川崎市麻生区黒川字西谷

神奈川県企業庁パンフ「神奈川県営電気事業」及びHPより

鶴見川源流の泉
柿生発電所より上流の導水路を私が知るかぎりですが、たどってみます。
これは町田市上小山田町の鶴見川源流の泉です。柿生発電所の約6km西の地点です。川崎市の導水路はここを通っています。
この導水路は川崎市上下水道局の第1導水隧道といい高さ・幅共2.6mの水路トンネルで延長(下九沢分水池・長沢浄水場間)は21,636m あります。 「川崎市上下水道局HP」より。

鶴見川源流の泉説明パネル
これは昨年、鶴見川源流を探訪した時に撮った鶴見川源流の泉の現地案内看板の一部です。川崎水道(第1導水隧道)が源流の泉を横断しています。
これより上流は相模原市に入り宮下、清新、JR相模線南橋本駅南を通り六地蔵信号付近の下九沢分水池に至ります。

下九沢分水池
下九沢分水池です。津久井分水池から送られた上水道・工業用原水を横浜水道と川崎水道に等分に分ける施設です。
参考過去記事 「其の70 下九沢分水池を訪ねる」

川崎隧道(第1導水隧道)入口
下九沢分水池の川崎隧道(第1導水隧道)入り口。入り口上の銘板に「川崎隧道」と刻まれています。隣は横浜隧道入り口で虹吹分水池へ向かいます。

津久井分水池
津久井分水池です。相模隧道で下九沢分水池とつながっています。
津久井分水池の上流は沼本ダムで貯水した沼本調整池です。城山ダム(津久井湖)が出来る前に相模川河水統制事業によって津久井分水池とともに完成した施設です。津久井導水路(隧道)で津久井分水池とつながっています。
参考過去記事
「其の64 神奈川県営水道みちを歩く1」
「其の114 津久井発電所・津久井分水池を訪ねる」
その上流は同様に相模川河水統制事業により完成した相模発電所、相模ダム(相模湖)になります。
参考過去記事 「其の62 相模ダムから名手橋へ」
結局、元をたどれば柿生発電所の発電用水は相模湖の水ということになります。

さて今日のフィールドワークでこんなところを歩きました。そのごく一部ですがご覧ください。

谷戸田の風景・麻生区黒川
谷戸田の風景。川崎市麻生区黒川。

オオイヌノフグリ・麻生区黒川
オオイヌノフグリ。日当たりの良い道端にて。

多摩丘陵の雑木林・麻生区黒川
多摩丘陵の雑木林を行く。麻生区黒川。

多摩丘陵の雑木林
谷戸田の最深部。ここから南に谷戸田が広がっています。

関屋の切通し・町田市小野路町
関屋の切り通し。ここは町田市小野路町です。
「此道は布田道にて、幕末に近藤勇らが通いし道に御座候 是より関屋を経て二町程にて小野路宿に着き申し候」 案内板より。
小島資料館の案内パンフに「幕末に近藤周助、近藤勇、土方歳三、沖田総司らは小島家の庭で剣術の指南をした。」とあり、布田道を頻繁に行き交っていたことが窺えます。

萬松寺の神社仏閣供養塔
萬松寺入り口の石像物。町田市小野路町。
諸国神社仏閣供養塔の側面に刻まれた道標。「左大山 星谷道」。建立は文化四丁卯歳とあり、1807年です。県立座間谷戸山公園内の星の谷街道とつながっているのでしょうか?

萬松寺の道祖神・町田市小野路町
これも萬松寺入り口の石像です。
上部にしめ縄が彫られているので道祖神のようです。寛政元己酉天正月十四とあり、1789年の建立です。

今回の参考文献は本文に記しました。ほかには「町田観光ガイドブック」町田市観光コンベンション協会発行を参考にしました。

次回は甲府盆地の天井川を訪ねます。

柿生発電所の位置です。


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