横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の190 飯泉取水堰を訪ねる・続編

 ちょうど一年前の12月に飯泉取水堰から曽我接合井を探訪しました。その時、飯泉取水堰は左右両岸から眺め、隣接の沈砂池や吸水井などの施設はただ外周道を回るのみで、それらを見ることなく探訪を終えました。
11月29日(土)に企業団飯泉取水管理事務所主催の「野鳥観察会」が開かれると知り行ってきました。会場は飯泉取水堰管理橋です。沈砂池や吸水井などの施設も見られます。今回は続編として取水施設構内から見た探訪記です。
参考までに一年前に発表した「其の121 飯泉取水堰を訪ねる」 (2013/12投稿)です。

神奈川県内広域水道企業団飯泉取水管理事務所正門
今日の会場、神奈川県内広域水道企業団飯泉取水管理事務所正門です。お天気は残念ながら雨降りでした。

神奈川県広域水道企業団・飯泉取水施設
これは飯泉取水施設の全景写真です。(神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水管理事務所パンフレット表紙写真より)

飯泉取水施設・除塵機
受付を済ませ吸水井、沈砂池脇を通り飯泉取水堰管理橋へ向かいます。ちょうど良いタイミングで稼働中の除塵機の様子を見ることが出来ました。赤色の設備2台が取水口の格子(スクリーン)に溜まった落ち葉などのごみを掻き揚げベルトコンベアに載せています。
水位を検知し自動的に運転するそうです。オイルフェンスや流木などの大物ごみ除けが見えます。

飯泉取水堰・土砂吐フラップゲート
これは管理橋から見た土砂吐フラップゲートです。

飯泉取水堰・魚道

管理橋から見た魚道です。頂いたパンフによると三門連動式フラップゲートとあります。

飯泉取水堰・土砂吐、魚道
管理橋から見た土砂吐(左側)と魚道(右側)の下流方向。魚道はこの1条だけです。社家の相模大堰は左右2条ありました。こちらの設置実績を後年築造した相模大堰の魚道に活かしたそうです。

飯泉取水堰・洪水吐ローラーゲート
洪水吐ローラーゲート。全部で6門あります。

泉取水堰・洪水吐フラップゲート
管理橋下から見た洪水吐フラップゲート。左岸右岸に1門ずつあります。近くで見ると巨大で迫力があります。

飯泉取水堰管理橋
管理橋中央に準備された野鳥観察用の望遠鏡。カモメ、カモ、サギの仲間が観察できます。あいにくの天気でした。

飯泉取水堰・新型除塵機
沈砂池入り口の新型の除塵機。初めに見た赤い除塵機は1、2年後にこの新型に代わるそうです。

飯泉取水施設・排砂機
沈砂池4池をまたぐクレーンのような設備。池の底に溜まった砂を取り除く排砂機です。後ろの建物は管理棟とポンプ棟。

飯泉取水施設・吸水井
吸水井です。右側がポンプ棟。ポンプで約4.7km先の曽我接合井に揚水されます。

飯泉取水施設・導水管備蓄置場
構内の一角に白い筒状のものが並んでいます。内径3100mmの導水管です。これと同じものが曽我接合井まで敷設してあるそうです。いざという時のための備蓄用ですね。東日本大震災の際に活かされたそうです。

帰りにアンケートを提出し辞去。記念品を盛りだくさん頂きました。企業団の各種パンフレット(飯泉取水管理事務所、かながわの広域水道、みずき便りなど)、やまなみ五湖のブレンド水、ウォービーなどなど。私のようなものにとってはパンフが一番のお土産です。
お陰様で水道施設に間近に接することが出来、理解を深めることが出来ました。来年は青空の下じっくり水鳥を観察したいと思います。

神奈川県内広域水道企業団・やまなみ五湖のブレンド水
やまなみ五湖のブレンド水は容器とデザインが変更されました。ピンクリボンつきです。採水地は企業団相模原浄水場。右側は企業団キャラのウォービー。

今回は企業団パンフ「飯泉取水管理事務所」を参考にいたしました。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水施設の位置です。

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其の189 半原系統・馬渡橋水管橋撤去工事

 11月3日に横須賀水道半原系統・馬渡橋水管橋を探訪し「其の186 半原系統・馬渡橋水管橋を訪ねる」で撤去工事の予告をしました。今回はその続編です。
11月28日(金)曇り、撤去工事が行われ、その様子を見学しましたので短く投稿いたします。

愛川町・馬渡橋
まず現場の様子です。左側が仮設橋で歩道も併設してあります。11月18日に開通しました。代わりに馬渡橋とその周りは通行禁止になりました。

愛川町・馬渡橋
馬渡橋の側面にシートが掛けてあり目隠しされています。仮設橋の歩道から導水管の撤去工事の様子は撮り放題ともくろんでいたので少々がっかり。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
右岸から見た撤去工事の様子です。ガスバーナ(アセチレンと酸素)で切断作業中です。馬渡橋に添架の導水管は径500mmの鋳鉄管とここへ来るまで思い込んでいましたが、施工会社の大野建設(株)さんの話では鋼管だそうです。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
右岸の導水管支持部。朝10時過ぎに訪ねたのですがすでに切断済みでした。右岸から左岸に向けて作業進行中。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
1ピースが長さ3m位に切断され全てスクラップ業者行きだそうです。ただ1ピースのみ横須賀市上下水道局に引き取られるそうです。歴史的産業遺産としてどこかに展示されるのでしょうか。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
左岸から見た工事の様子。パワーショベルで鋼管を吊り上げています。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
左岸の導水管支持部。伸縮可とう管が見えます。

横須賀水道半原系統導水管路・馬渡橋
おしまいにこれは創設時の馬渡橋水管橋です。大正時代の撮影と思われます。両岸の導水管支持部にレンガ造りの小さな建物が見えます。
昭和58年 横須賀市水道局発行(現横須賀市上下水道局)
「豊かな水への歩み-横須賀市水道施設写真集-」より。

今回は11月3日以来の探訪です。思いのほか工事の進捗が早く、現況はご覧の通りです。3日に記念写真のつもりで撮影したのは好判断でした。
横須賀市逸見浄水場への送水量は0.115㎥/秒と少量とはいえ、ポンプを使わない自然流下導水は炭酸ガスを排出しない環境にやさしい方式と思います。半原系統の廃止により神奈川県内で自然流下式の導水を実施しているのは横浜水道の道志川系、相模湖系と川崎水道の第1第2導水隧道くらいしか思い浮かびません。いずれも相模川水系上流域取水です。相模川上流域の水開発はもう目一杯なのでしょうか・・・。上流域取水をもっと増やすべきと思います。

馬渡橋の位置です。


其の188 横須賀水道半原水源地・半原取水口を訪ねる

 11月14日(金)晴れ、横須賀水道半原水源地・半原取水口を探訪しました。ここは2年前の平成24年10月に一度訪ねたことがあります。その時は取水口・水源地間は対岸から眺めただけでした。今回は水源地の外周道をひと回りしたあと取水口まで歩くことにしました。びっくりするような新発見があり、訪ねた甲斐がありました。

横須賀水道半原水源地
半原水源地全景です。R412愛川大橋より中津川右岸の半原水源地を望む。

横須賀水道半原水源地正門
半原水源地正門。正面の小さな建物はベンチュリーメーター室。

横須賀市水道局半原水源地正門の門札
半原水源地正門門札。「横須賀市水道局半原水源地 横須賀市長横山和夫書」。

半原水源地・水利使用標識
構内の水利使用標識。
河川名:一級河川相模川水系中津川
許可年月日:平成18年4月4日
許可期間:平成27年3月31日
取水量:0.115㎥/S  
(水利使用標識から抜粋)

ここで半原系統の存続廃止について調べましたので触れておきます。
上記のように水利使用許可期間が平成26年度末(平成27年3月31日)で切れます。
半原系統は現在、施設の老朽化や原水水質の変化などを理由に、平成19年(2007年)4月から半原での取水を停止しています。
それに加え水需要の減少があり、更新存続と廃止の場合の費用比較などを検討した結果、横須賀市上下水道局は水利使用許可期間が切れる平成26年度末をもって廃止を決定したようです。
水道みちを歩く者にとっては寂しいのですが、これも世の流れで致し方ありません。馬渡橋の水管橋は年内に撤去されるそうです。相模川を渡る上郷水管橋や半原水源地や取水口などはどのようになるのでしょう。気になります。歴史的産業遺産として後世に伝えてほしいと思います。

横須賀水道半原水源地外周の石垣
半原水源地の周りをぐるりと一回りしました。中津川沿い西側の石垣です。半原系統は明治45年(1912)2月着工しました。その当時に積んだ石でしょうね。風格と歴史の重みを感じます。

横須賀水道半原水源地
南西の角から見た半原水源地。奥の池は沈澱池で4池あります。右側はジグザグの水路、排砂池と思われます。

横須賀水道半原水源地
南門から見た半原水源地。手前に水色の操作台が見えます。上流の取水口から来た原水はここへ入るのでしょうか?

半原水源地付近・海の杭(海軍境界杭)
これは外周道付近で見つけた海の杭(海軍境界杭・波なし)。上の方に「海」と一文字。こんなところで出遭うとは全く想定外です。愛川町中津や厚木市下川入で見つけた境界杭と同じタイプです。相模川以西は全てこのタイプです。寸法は15cm角。

半原水源地外周道の海の杭(海軍境界杭・波入り)
これは外周道東側の民家のブロック塀の下にあった海の杭(海軍境界杭・波入り)です。フェンスで囲われた半原水源地敷地内だけでなく外周道も含めて海軍用地だったことが分かります。寸法は20cm角。相模川以東の海の杭(海軍境界杭・波入り)は全てこのタイプです。相模川以西では初めて見ました。貴重です。

横須賀水道半原水源地
東側から見た半原水源地。桜の巨木が多いです。

半原水源地・取水口間導水路
半原水源地南門から南に延びている道路地下に取水口からの導水管が通っています。たどってみました。これは南門方向を見た写真です。左側に境界杭が見えます。

「海軍用地」境界杭
道端の海軍境界杭です。今日の探訪でとびきり一番の収穫です。2年前に半原系統を逸見浄水場まで約53kmを歩き、海の杭(海軍境界杭・波入り、波なし)を119本見つけましたがこんな杭は初めて見ました。「海軍用」まで読めますがたぶん「海軍用地」と書かれていると思います。びっくりして寸法を測るのを忘れました。書体は海の杭(海軍境界杭・波なし)と同じです。寸法も同じ15cm角と思います。

参考までに今まで見た中で写りの良い3種類の杭を再掲します。
海の杭(海軍境界杭・波なし)
厚木市下川入。 海の杭(海軍境界杭・波なし)15cm角。

海の杭(海軍境界杭・波入り)
逸見浄水場正門付近。 海の杭(海軍境界杭・波入り)20cm角。

海軍用地の杭
藤沢市弥勒寺 海軍用地の杭。御影石製で海の杭(海軍境界杭・波なし)より細めです。

横須賀水道半原水源地・半原取水口
その先二つ目の沢の直前の門扉です。この先は通行止めです。この辺りまで来ると取水堰を落下する水音が絶え間なく聞こえてきます。

半原水源地・取水口付近の沢
沢に架かる橋の下を観察しました。導水管は川底の下を通っているようです。

横須賀水道半原取水口
門扉の中の様子です。水色の操作台の先にトンネル入り口と門扉が見えます。厳重な警戒ぶりです。

横須賀水道半原取水口
トンネル入り口のアップ写真です。日が差し中の通路が見えます。短いトンネルを出たところが取水口と思われます。

横須賀水道半原取水口
これは2年前に中津川左岸から撮った取水口です。

半原水源地付近・海の杭(海軍境界杭・波なし)
帰り道、南門付近でとんでもないものを見つけました。画面中央横倒しになった境界杭です。
私の鑑定ではこれは海の杭(海軍境界杭・波なし)です。上部が15cm角で長さが45cm、下部が18cm角で長さ46cm、全長(高さ)は91cmあり、尺貫法でいえば3尺丁度です。正面を向いていれば「海」が見えると思います。

2年前の探訪記です。横須賀水道みちの第1回目の記事です。
「其の40 横須賀水道みち・半原から角田へ」

今回は以下の文献を参考にしました。
「水の旅横須賀水道100年史」 横須賀市上下水道局
平成20年12月25日発行
「豊かな水への歩み―横須賀市水道施設写真集―」
 横須賀市水道局 昭和58年3月31日発行

横須賀市上下水道局半原水源地の位置です。


其の187 愛川町田代の農業用水路を歩く

 前回は横須賀水道の馬渡橋水管橋を探訪しました。その帰り道で思いがけず農業用水の取水口を発見しました。この夏に探訪した仙台下頭首工の上流の取水施設です。知ったからには用水路の終点まで確かめたくなります。お天気が良かったので愛川町田代の街並み探訪を兼ね、用水路歩きをしました。
探訪したのは11月3日(月)晴れ、文化の日です。

中津川・田代取水口
馬渡橋の下流約300m、中津川左岸の取水施設です。固定堰や可動堰はなく大きな石を積んだだけの簡単な堰です。これなら魚道も要らないですね。
あとで愛川町のHPで調べると施設の名称は「田代取水口」、施設の維持管理者は「田代水利組合」とありました。

中津川・田代取水口、用水路
堤防の内側へ回り込むとこのようになっています。トンネルを出た用水は2方向へ分岐しています。

中津川・田代取水口、用水路
左の水量が少ない方が田代の町中へ、右が中津川左岸堤防の内側沿いに流下しています。

「用水路 ここからどこへ 行くのだろう」  doushigawa

というわけで、左右どちらの水路も歩きましたが、下流で再び合流しています。

田代取水口から始まる用水路
まず左ルートの水路を下流へたどりました。水路に錦鯉を放しています。

田代取水口から始まる用水路
ミニ水車。回っていません。鯉や水車のある風景は潤いと風情があって良いですね。愛川町の下谷地区に「かながわのまちなみ100選 しょうぶの里 愛川町」に選定された用水路があります。それを思い出しました。

愛川町消火栓マンホールフタ
愛川町の町章入り消火栓マンホールフタを見つけました。水道みち歩きをしているのでついつい視線が行きます。

用水路沿いの田んぼ・愛川町田代
田んぼ脇を流れる用水路。農閑期で田んぼに配水用の100mm塩ビパイプは上向きに振ってありました。

田代取水口から始まる用水路・田代小付近
ずっと下って県道54号線沿い田代小付近。水の流れがある風景は良いですね。この下流中津神社参道入り口を過ぎたあたりで右ルートの用水路と合流します。

田代取水口から始まる用水路
いったん戻ってここからは右ルートの用水路です。中津川左岸堤防内側沿いに流下する用水路。上流を見る。田代運動公園の西の端になります。

田代取水口から始まる用水路・田代運動公園付近
田代運動公園北側。暗渠水路です。

田代取水口から始まる用水路・田代運動公園付近
暗渠水路北側の田んぼと支線用水路。宅地化が進み田んぼは散在しています。

田代取水口から始まる用水路・中津神社前
中津神社前を流下する用水路。用水路に参道の石橋が架かっています。

田代取水口から始まる用水路・中津神社下流
その下流、住宅の間を流れる用水路。上流を見る。この下流で左ルート用水路と合流します。

田代取水口から始まる用水路・田代バス停前
県道54号線田代交差点、田代バス停前を流れる用水路。水門の間から撮りました。

田代取水口から始まる用水路・愛川町田代
県道54号線を西から東へ横断し町中を流れる用水路。上流を見る。

田代取水口から始まる用水路・愛川町田代
その先、中津川の北側を東進する用水路。暗渠水路です。点検口から覗くと地上から2m位の深いところを流れています。

戸倉水路組合分水堰・愛川町
その先の水門がある施設です。2m角位の大きな桝です。水門は開いているので用水は2m位下を通過しています。観察したところこの施設は分水堰と思われます。田んぼへ水を送るころに水門を閉じ水位を上げ2方向へ分水するようになっています。

戸倉水利組合・愛川町の注意看板
施設フェンスの戸倉水利組合と愛川町の注意看板(入らない、ごみ捨て禁止)。
私の推測ですが、ここが田代水利組合の用水路終点で、分水堰とここから始まる用水路は戸倉水利組合の管理と思われます。地図を見るとここは愛川町田代と戸倉の境界付近です。

戸倉水利組合用水路
分水堰から東の戸倉地区の田んぼへ向かう用水路。今は農閑期で通水していません。

いま分水堰の下を通過している用水はどこへ流れていくのでしょう。南側に中津川が流れているので中津川と思われますがここより下流の道路には点検口がなく未確認です。

ここから少し下流に角田大橋が架かっています。その下流にこの夏に探訪した仙台下頭首工があります。さらに下流には坂本頭首工があります。田代取水口は中津川左岸の最も上流の農業用水取水施設といえます。田代取水口の偶然の発見が幸いし今回探訪することが出来ました。来年の通水時期に戸倉水利組合の用水路を歩きたいと思います。

田代取水口の位置です。

其の186 半原系統・馬渡橋水管橋を訪ねる

 前回「其の185」で探訪した中津川のカワラノギク群生地の上流約400mに馬渡橋が架かっています。そこでは現在橋の架け替え工事が行われていて、仮設橋がほぼ完成し間もなく現在使われている古い橋の取壊しと撤去工事が始まります。
普通の橋なら格別な感慨はないのですが、この橋には横須賀水道半原系統径500mm鋳鉄製導水管が添架されており、半原系統を終点の逸見浄水場まで歩いたことがある私にとってはその結末が非常に気になります。馬渡橋の架け替え工事は10月28日にカワラノギクを見、愛川町郷土資料館を見学した日に車で通りがかり知りました。
詳細を知りたくなり11月3日(月)晴れ、文化の日に探訪しました。

愛川町田代・馬渡橋
中津川左岸、県道54号線から見た現場の状況です。左が仮設橋、右が馬渡橋。
ここは愛甲郡愛川町田代で対岸が愛川町半原です。

愛川町田代・馬渡橋
仮設橋が未完成で取り壊し工事は未着手です。いつも通り車が行き交っています。水色の水道管が半原系統径500mm鋳鉄製導水管です。

馬渡橋架け替え工事案内看板・愛川町田代クリック拡大
馬渡橋架け替え工事の案内看板。
馬渡橋は大正15(1926)年に架設された橋。
新しい橋は橋長L=61m 有効幅員W=9.5~11.0m
別の看板によると工事期間は平成27年3月13日までとあります。完成予想図に導水管は描かれていません。
撤去されるみたいです。

横須賀市上下水道局HPに半原系統についてこのように書いてあります。「施設の老朽化や原水水質の変化などを理由に、平成19年(2007年)4月から半原での取水を停止しています。」廃止とは書いてありませんが、最近になって半原系統の廃止を正式決定したようです。

横須賀水道・境川水管橋
これは境川を水管橋で渡る有馬系統の径1000mm送水管です。2年前に横須賀水道みちを歩いた時に撮りました。径1000mm送水管の左隣(昇降階段の左側)がスペースになっています。本来はここに半原系統の径500mm鋳鉄製導水管が並行して添架されていました。水管橋の更新時に半原系統だけ除かれたようです。これで分かるように半原系統の取水停止から廃止は既定路線だったようです。

馬渡橋水管橋は近々、「中津川を渡る在りし日の半原系統導水管・愛川町馬渡橋」と過去形になりそうです。
いつ撤去工事が始まるかわかりません。せっかくの機会なので角度を変えていろいろ撮影しました。その一部を発表いたします。記念写真になれば良いと思います。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
中津川左岸から見た馬渡橋に添架された径500mm導水管。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
中津川左岸のレンガ造りの導水管の支持部。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
同逆方向から見た左岸のレンガ造りの導水管の支持部。伸縮可とう管が見えます。気温変化による管の伸縮、地震の振動などから管路を保護するためと思われます。 写真では分かりづらいですが接続部はコンクリート製で全体はレンガ造りになっています。
創設時の写真を見るとこの位置に高さが3m位の レンガ造りの建物が建っています。広さはこのスペースで対岸にも同様に建っています。今あるこれは当時の名残ですね。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
中津川右岸の導水管支持部。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
同右岸側の導水管と支持部。下から見上げました。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
右岸河原より馬渡橋を望む。

横須賀水道半原系統導水管・愛川町馬渡橋
同右岸河原より馬渡橋を望む。

馬渡人道橋より中津川を望む
おしまいに馬渡人道橋から見た中津川の風景です。紅葉はちょっと早い感じです。

今回の参考文献です。
「水の旅横須賀水道100年史」 横須賀市上下水道局
平成20年12月25日発行
「豊かな水への歩み―横須賀市水道施設写真集―」
 横須賀市水道局 昭和58年3月31日発行

馬渡橋の位置です。


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