横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の125 伊勢原浄水場を訪ねる

12月22日(日)晴れ、中井竪坑、震生湖を訪ねた後、神奈川県内広域水道企業団(以下企業団)伊勢原浄水場へ向かいました。伊勢原浄水場は昭和49年4月の酒匂川系施設の供用開始に遅れること2年、昭和51年7月に給水を開始しました。酒匂川導水路トンネルの上に建てられました。酒匂川導水路トンネルの地図をたどることなく誰でもわかる地上施設です。今日は日曜日、浄水場は休日です。どんな浄水場なのかぐるっと浄水場外周道を一周してきました。

伊勢原浄水場入口案内看板
R246を東進し伊勢原原市役所入口の信号を左折、県道63号線へ入り山の方へ向かいます。途中分かれ道の信号を左へ入り宮ヶ瀬湖へ向かう県道64号線へ入ります。薬師バス停付近でこの看板を見つけました。ペンキがはげかけていますが「神奈川県内広域水道企業団伊勢原浄水場入口」と読めます。

神奈川県内広域水道企業団伊勢原浄水場
入口案内看板付近から見た伊勢原浄水場遠景です。山の麓にあります。左に管理棟や右には鉄塔や給水塔が見えます。浄水場は給水圧を得るためどこも高台にあります。ここも同じくですね。マピオンで測ると着水井の辺りがEL119mでした。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場日向川水管橋
案内看板を左折ししばらく行くと左手に大口径の水管橋が。企業団日向川水管橋です。伊勢原浄水場で作った浄水を横須賀水道有馬浄水場や神奈川県営水道の伊勢原、平塚、海老名の拠点へ送る送水管です。内径1650mmの鋼管で自然流下で送っています。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
企業団伊勢原浄水場正門です。

伊勢原浄水場の概要
施設能力:220,000㎥/日、急速ろ過方式
給水開始:昭和51年7月
水源:酒匂川、相模川(社家ポンプ場経由)
供給先:神奈川県営水道、横須賀水道

(企業団HPから抜粋)

伊勢原浄水場の見所は個人的には二つあります。
一つは着水井で、浄水場の地下を通る酒匂川導水路トンネルからポンプ(伊勢原ポンプ場L.W.L62m)で汲み上げています。着水井のH.W.Lは117mでその差は55mもあります。もう一つは伊勢原接合井です。これは相模川系の相模大堰で取り入れた原水を社家ポンプ場から内径1650mmの導水管で導き酒匂川導水路トンネルに接続する施設です。伊勢原ポンプ場の上流側にあります。簡単に言うと酒匂川の水と相模川の水がここで合流するということです。「やまなみ五湖のブレンド水」の出来上がりです。
どちらの施設も地下55mの深いところにあるのが珍しく興味深いです。浄水場見学会があったとしても多分見せてもらえないでしょうね。
なお、社家ポンプ場から来ている導水管は伊勢原系といい逆送も可能だそうです。相模大堰が何らかの理由で取水不能に陥った時は酒匂川系の水を社家ポンプ場経由綾瀬浄水場へ送水可能というわけで、最悪のことを考慮した設計と造りになっています。素晴らしいですね。

やまなみ五湖のブレンド水
これが企業団謹製「やまなみ五湖のブレンド水」です。採水地は相模原浄水場です。やまなみ五湖とは相模川水系の相模湖、津久井湖、奥相模湖、宮ヶ瀬湖と酒匂川水系の丹沢湖です。確かに自然にブレンドされていますが9割以上が酒匂川の水です。

さて今日は表から眺めるだけです。以下その様子です。
神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
南西の角から見た伊勢原浄水場。正面は特殊な建物みたいです。地下は伊勢原接合井かな?ここまでは場内が良く見渡せます。西側に着水井がありますが生垣で目隠しされていて見えません。相模原浄水場の虹吹分水池(着水井)にかけてあった覆いと同じものが隙間からチラチラと見えました。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
これは沈澱池です。4池あります。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
北西の角から見た中の様子です。正面は唸り音が聞こえて来たので変電設備のようです。近くに東電の伊勢原浄水場専用線鉄塔が立っていました。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
東側から見た沈澱池。建屋が乗っかっています。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
逆光になりました。右側土手上が急速ろ過池で16池あります。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場給水塔
東側の給水塔。小規模です。浄水場内自家用のようです。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
南側から見た浄水場。芝生の広場地下は浄水を貯めておく施設(調整池)と思われます。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
東南の角の施設。池があり水色のゲート操作台が林立しています。この池はなんでしょうね。残るのは排水処理施設しか思い浮かびません。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
ぐるっと一回りして管理棟東側の施設の前に来ました。スケールホッパと書いてあります。多分排水処理工程で残った固形分を場外へ搬出するための施設と思われます。

神奈川県内広域水道企業団・伊勢原浄水場
外周道東側の巨大な施設。調整池と思います。最近になって新設したようです。googleマップにまだ載っていません。

小田原の曽我接合井から酒匂川導水路トンネルの地上施設をたどって来ました。延べ4日かけてここまでやって来ました。相模川右岸の導水路トンネル終点はまだこの先です。この続きは年明け後に探索探訪したいと思います。

今回の資料は企業団HPを参考にしました。

伊勢原浄水場の地図です。

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其の124 中井竪坑・震生湖を訪ねる

12月22日(日)晴れ、中井竪坑を訪ねました。
前々回訪ねた神奈川県内広域水道企業団(以下企業団)秦野サイフォン・下口接合井から酒匂川導水路トンネルを地図上で上流へたどり、「中井竪坑」を見つけました。位置は秦野サイフォン・下口接合井の南西方向約3.7km先です。早速探索に行って来ました。

圏央道相模原愛川IC・相模川水路橋
今日は車で出かけました。これは圏央道相模原愛川ICです。料金所手前を左右に横切っているのは企業団・相模川水路橋です。右が相模川左岸の相模原ポンプ場へ、左は相模川右岸から導水路トンネルとなり曽我接合井に至ります。中井竪坑は秦野中井ICの近くです。

弘法山
相模原愛川ICを出て35分位で山の上の震生湖駐車場へ到着。
これは震生湖駐車場から見た前々回訪ねた弘法山です。黄色の矢印が弘法山の西の山裾の秦野サイホン・下口接合井の位置です。酒匂川導水路トンネルは手前の秦野市街をサイフォンで潜っています。下口接合井の先は山の中を企業団伊勢原浄水場の方向へ向かっています。

中井竪坑付近東名高速際
震生湖駐車場から山を越え東名高速道路と並行に走る市道へ下りてきました。大型ダンプが十分通行できる道幅があります。左側が東名高速です。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
上記から100m程先の右側に在りました。周りの景色に全くそぐわないポツンとした存在です。googleマップには「神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑」とあります。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
右側の門柱に「中井竪坑」、左側の門柱には「神奈川県内広域水道企業団」。別の看板には連絡先「飯泉取水管理事務所」とあり、管轄は小田原のようです。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
西側から見た中井竪坑。鉄筋コンクリート製円柱形で直径10m位ありそうです。高さは2.5m位、換気ガラリが4ケ所と頑丈そうな扉が1枚付いています。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
上から見るとこんな感じです。上面はフタで覆われています。フタの上の金網で囲われた施設はなんでしょう。通気塔?しか思い浮かびません。奥はゴルフ場レインボーCCのコースです。プレーヤーはこの施設を毎回見ていて珍しくもなんとも思わないでしょう。私は今日初めて見ました。竪坑の中はどんな風になっているのでしょう。企業団HPには所在地、概要についての記述はありません。管理人なりに感じたことを記します。
1.この竪穴は何のために掘られたのでしょう。馬蹄型トンネルから円型トンネルに変更するためとトンネル内空気抜きのためと思います。企業団HPには導水路トンネルは内径3800mm馬蹄型と内径4000mm円型トンネルの二通りがあると書いてあり断面図も載っています。どのように使い分けているのか興味がありました。ここがまさにその場所かと思います。
2.工事施工時には発進竪坑としてここからシールド機を下ろし内径4000mmの円型トンネル(セグメント・コンクリート管)を秦野サイフォン・上口接合井(延長約3.2km)まで敷設したと思われます。
3.この場所はシールド工事の発進基地として十分な広さがあり、工事用の資機材や掘削土の搬出入道路(ダンプなど大型車が通れる道路)が備わっています。
4.シールド工事完成後の中井竪坑(所在地の標高100m、深さは30m位?)は曽我接合井から来た原水の水槽で馬蹄型トンネルと円型トンネルをつなぐ接合井の役割をはたしてると思います。

などと素人なりに色々愚考するのですが本当はどうなんでしょうか。少し気になります。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
中井竪坑の一段上の敷地に何やら円柱状のものがあります。

神奈川県内広域水道企業団・中井竪坑
上はこんな風になっています。ジャバラのような鉄製のパイプとコンクリートの構築物。工事をやりかけて途中で放棄したような感じです。パイプの中は土で埋まっていました。中井竪坑との関係の有無は?いったいなんでしょうね?。ジャバラ状のパイプと言えば相模原畑かんの専用隧道に採用されたコルゲートパイプ(内径1930mm)を思い出します。

この後震生湖駐車場へ戻り、湖畔を歩きました。
震生湖道標案内看板
震生湖道標
震生湖駐車場付近の案内看板と道標。

震生湖湖畔
震生湖湖畔。湖の最北端です。ブラックバスやヘラブナ狙いの釣り人が多かったです。

震生湖湖畔
こちらはヘラブナ釣り。カワセミを撮りたかったのですが見かけませんでした。

震生湖説明パネル秦野市が設置した震生湖の説明パネル。
震生湖
この湖は1923年(大正12年)9月1日の関東大震災の時、渋沢丘陵の一部が崩壊し、その土砂が谷川を堰き止めてできた堰止湖で、自然湖では日本で最も新しい湖であるといわれ北西部の主湖盆と南東部の副湖盆の二つから形成されている。
説明パネルより。

浅間山駐車場付近より富士山を望む 震生湖駐車場より大山を望む
晴天に恵まれたので今日も富士山と大山を撮りました。
富士山は浅間山駐車場付近より、大山は震生湖駐車場より。

今回の参考資料:企業団HP「施設と仕事」より。

中井竪坑の地図です。

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其の123 秦野サイフォン・上口接合井を訪ねる

前回の続きです。12月24日(火)晴れ、前回訪ねた秦野サイフォン・下口接合井の上流側の施設を見つけましたので投稿いたします。googleマップには載っていない施設です。前回訪ねた秦野サイフォン下口接合井の「下口」の意味が今一分からず気になっていました。それは実際に歩けば分かることで水無川右岸、新常盤橋付近に狙いをつけ探索しました。あっさり見つけました。

水無川・新常盤橋
水無川・新常盤橋付近です。前回同様小田急線秦野駅から歩きました。

秦野サイフォン・上口接合井
新常盤橋の手前を右折し、室川右岸沿いの秦野サイフォン・上口接合井を見つけました。フェンスの中に下口接合井と同じ施設が見えます。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン・上口接合井
室川に架かる根下橋を渡り正門前に来ました。正面の山は弘法山です。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン・上口接合井
左側の門柱に「上口接合井」、右側の門柱には「神奈川県内広域水道企業団」。前回見た下口接合井に対して上口接合井。ようやく意味が分かりました。サイフォンの呑口(入口)の意です。

神奈川県内広域水道企業団秦野サイフォン・上口接合井
フェンスの中は下口接合井と同じ形状です。長辺側は6、7mあるでしょうか。側面地下で曽我接合井から来た導水路トンネル(内径4000mmの円型トンネル)が繋がっていると思います。出口側は接合井内を真下に向かい推進工部分が室川、水無川、金目川の地下を横断し下口接合井の真下で立ち上がり吹き上がっていると推測します。下口接合井の隣にあった「秦野サイフォン」の標札が掲げてあった三角形の用地はただの広場のような気がします。サイフォン管部(発進立坑、到達立坑、推進工部分)はどんな管が使われたのでしょう?距離が短く(約500m)案外内径3100mmの鋼管が敷設されたかもしれません。前回推測したシールド工法の円型トンネルは?です。はたして真相はどうなんでしょう。
正門前に立ち耳を澄ますと「ざわっ~ざわ~ざわ~~」と18.1㎥/秒の流水音が漏れ伝わって来ました。

神奈川県内広域水道企業団秦野サイフォン・上口接合井
秦野サイフォン・上口接合井全景です。左側は室川。

この近辺の人々は日常的にこの施設を見ているわけです。が、見ているだけでその働きを世間の人々は私を含めて知らない人ばかりです。水道施設は日々人知れず大事な働きをさりげなく務めています。縁の下の力持ち的存在です。それを素人目で思考し解き明かすのが施設ウォッチングの面白いところだと思います。

弘法山
秦野サイフォン・上口接合井の背後、南東の丘の上から見た弘法山です。手前の秦野市街をサイフォンで潜って西の山裾の下口接合井に至ります。下口接合井の先は内径3800mmの馬蹄型トンネルで山の中を企業団伊勢原浄水場の方向へ向かっています。

コガモ カワセミ
水無川の野鳥です。思い出に貼っておきます。

今回の参考資料:企業団HP「施設と仕事」より。

秦野サイフォン・上口接合井の地図です。(緑色の矢印)

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其の122 秦野サイフォン・下口接合井を訪ねる

前回の続きです。曽我接合井から相模川右岸まで地上施設をたどろうと思います。
小田原市上曽我の神奈川県内広域水道企業団(以下企業団)曽我接合井を出た酒匂川導水路トンネルは大井町、中井町、秦野市、伊勢原市、愛川町、厚木市を経て相模川右岸へ至ります。導水路内の原水は相模川を水路橋で渡り相模原ポンプ場吸水池へ流入しポンプで相模原浄水場へ揚水されます。地形的には小田原市上曽我から丹沢山塊の南麓を縫って北東へ向かっています。
いかに好事家の管理人といえども丹沢山塊の山中をたどるわけには行きません。幸いなことに国土地理院「地図閲覧サービス」を開くと青色の波線でそのルートが示してあります。この地図とgoogleマップを併用して酒匂川導水路トンネルの地上設備を探し出しました。
12月14日(土)晴れ、そのうちの一つ 秦野サイフォン・下口接合井を探訪しました。

水無川
小田急線秦野駅下車。駅前を流れる水無川。前方の橋はまほろば大橋です。名前の通りまほろば大橋より上流を眺めると流れはありません。川の中の遊歩道を下流へ歩きました。国土地理院の地図によると1kmほど下流の新常盤橋付近の川底を酒匂川導水路トンネルが横断しています。

カワセミ・水無川
常盤橋付近でカワセミを見つけました。この後ポチャンと水中に飛び込み魚を捕らえました。

河原町交差点
新常盤橋を左折し河原町交差点から見た弘法山。目的地は弘法山の西の山裾です。

金目川と弘法山
金目川に架かる弘法橋から見た弘法山。地図によると眼下の金目川の川底を酒匂川導水路トンネルが横断しています。金目川は下流の平塚の田んぼを潤す重要な水源です。各所に取水口があり、いつか探索して見たいと思っています。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン
弘法橋を渡ってすぐ、歩道の右側にフェンスで囲われた一角があります。門柱に「秦野サイフォン」、片方の門柱には「神奈川県内広域水道企業団」。googleマップには「秦野サイフォン下口接合井」と表示してあります。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン
中の様子です。地形は三角形です。左側の道路は県道71号線。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン
構内の片隅にマンホールが2ヶ所、点検口でしょうかフタが付いています。企業団HPを見ても秦野サイフォン・下口接合井や曽我接合井について所在地の記載や概要説明はありません。

そんなわけで、以下に管理人の私見(個人的な感想)を述べます。いったい何のための施設でしょうか?
秦野サイフォンと言うからにはサイフォンの呑口(入口、発進立坑)か吐口(出口、到達立坑)のいずれかです。地形的に見ると秦野は盆地で、この付近(河原町交差点)の標高はおよそ75mです。起点の曽我接合井のH.W.Lが77m、終点の相模原ポンプ場のL.W.Lが52.7mで高低差24.3mを自然流下で送水しています。秦野盆地を横断するためにサイフォンにせざるを得なかった。と言うことでしょうか?そうしないと水無川や金目川を横断できません。ひょとすると導水路トンネルが地上に出てきてしまうところがあるかも知れません。
と言うわけでこの場所はサイフォンの吐口(到達立坑)と推測します。この上流部にサイフォンの呑口があるはずです。なお深い地下で呑口と吐口をつなぐ推進工部分はシールド工法が採られたと思います。酒匂川導水路トンネルは 内径3800mmの馬蹄型又は内径4000mmの円型トンネル(セグメント・コンクリート管)の二通りがあります。シールド工法の内径4000mm円型トンネルが敷設されていると思います。

神奈川県内広域水道企業団・秦野サイフォン下口接合井
弘法山登山道から見た秦野サイフォン全景です。小河川を挟んだ手前の施設が下口接合井です。

神奈川県内広域水道企業団・下口接合井
秦野サイフォンから見た下口接合井。

神奈川県内広域水道企業団・下口接合井
正門の拡大画像です。門柱に「下口接合井」、立入禁止看板には企業団伊勢原浄水場とあります。看板にあるようにここは弘法山登山道の上り口です。

神奈川県内広域水道企業団・下口接合井
南側から見た下口接合井。到達立坑からの横引き管(材質は?)は小河川を潜り下口接合井に接続されていると思われます。なお下口とは地名なのかあるいは秦野サイフォンの出口の意味なのか今一分かりません。

神奈川県内広域水道企業団・下口接合井
フェンス内はこんな風になっています。地上部は2m足らずですが深さは相当あると思われます。北側面が内径3800mm馬蹄型導水路トンネルの入口(下口接合井の出口)と思われます。

この後、弘法山登山道に入り尾根道を歩き鶴巻温泉駅へ下山しました。弘法の里湯で温泉に浸かりその後の大山豆腐の冷奴と味噌おでんで生ビールをぐぃと一杯。その美味さは格別でした。最高です!

道中の写真です。
弘法山
紅葉がまだ残っていました。

権現山展望台
権現山展望台。最後の上りで、弘法山で一番きついところです。

権現山から大山を望む
権現山から見た雨乞い信仰で有名な大山です。標高1251.7m。相模原市からもよく見えます。

権現山から富士山を望む
権現山から富士山を望む。あいにく雲がかかっていました。盆地内の秦野市街の様子が分かります。

弘法山の釈迦堂 吾妻神社
弘法山の釈迦堂(しゃかんどう)。吾妻山の吾妻神社。

弘法山登山道 弘法山登山道
こんな道を歩きました。

今回の参考資料:企業団HP「施設と仕事」より。

秦野サイフォン・下口接合井の地図です。

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其の121 飯泉取水堰を訪ねる

12月11日(水)晴れ、神奈川県内広域水道企業団(以下企業団)飯泉取水堰を訪ねました。飯泉取水堰は企業団、酒匂川系の起点です。ついでに足を延ばし隣接する飯泉ポンプ場の先の地上施設、曽我接合井の探索にも行って来ました。お天気は晴れ、風もなく気持ちよくウォーキングと施設ウオッチングを楽しむことが出来ました。欲を言うともう少し雲が取れて真っ青な空が欲しかったですね。師走とはいえウォーキングにはもってこいの一日でした。

大雄山線・小田原駅
伊豆箱根鉄道大雄山線小田原駅プラットホームです。大雄山線が小田原から出ているのを初めて知りました。電車は3両編成の単線です。三つ目の五百羅漢駅下車、飯泉取水堰へ向かいました。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水堰
酒匂川右岸から見た企業団・飯泉取水堰です。ゲート操作室は1番から9番まであります。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水堰
下流から見た飯泉取水堰。オレンジ色の洪水吐ゲートが見えます。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水堰
管理橋下から見た洪水吐ゲート。シリンダー3本でゲートを支えています。多分油圧シリンダーと思いますがシリンダーの伸縮でゲートの高さを調節しています。左岸側にも1門ありました。いわゆる転倒ゲートで今年5月相模川の小沢頭首工で初めて見ました。

飯泉取水施設
・飯泉取水堰
 取水量:最大1,564,300㎥/日
 位置:酒匂川河口から2.3km上流
 型式:全面可動堰
 長さ:342.5m
 放流設備:洪水吐ゲート8門、土砂吐ゲート1門、魚道1条
・取水口 8門 
・沈砂池 4槽
供用開始 昭和49年4月
(企業団HPより)

水利使用標識
神奈川県企業庁酒匂川水系ダム管理事務所構内(三保ダム左岸)に掲示の水利使用標識。
水利使用者名:神奈川県内広域水道企業団
水利使用の目的:上水道
取水量:20.95㎥/秒(一日最大取水量1,809,500㎥/日)

小田原市水道部の取水量245,200㎥/日も飯泉取水堰で同時に取水しています。合算すると1,809,500㎥/日になります。

酒匂川左岸飯泉取水堰付近より飯泉橋を望む
R255飯泉橋を渡り左岸に来ました。取水口付近に設けた護岸より飯泉橋を望む。左岸堤防に並行して築造された蛇籠の護岸。洪水時に取水口を護るためと思われます。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水施設取水口
上記より左岸取水口を望む。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水堰
酒匂川左岸から見た飯泉取水堰。右端が1番ゲート操作室。
2番と3番の間が魚道です。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水堰
上記の拡大画像です。1番と2番の間が土砂吐ゲートと思われます。右端は洪水吐転倒ゲート。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水施設
南側から見た飯泉取水施設。今日は見学会ではないので表から眺めるだけです。中央右寄り白い建物が飯泉ポンプ場・ポンプ棟と思われます。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水施設
神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水管理事務所
東側正門付近。高圧線鉄塔は東電「飯泉ポンプ線」と言い専用線を構内に引き込んでいます。取水した原水は沈砂池、吸水池を経て飯泉ポンプ場のポンプ(6,500kw/台)3台により小田原市上曽我の高台にある曽我接合井へ揚水されています。

この後約4.7km先にある曽我接合井の探索に行きました。近くのR255に入り国道に沿って北上しました。

R255小田厚小田原東IC
小田原厚木道路・小田原東IC付近。

R255案内標識、桑原信号付近桑原信号手前の案内標識。

桑原信号付近より曽我方面を望む
桑原信号を右折しました。桑原信号付近より曽我方面を望む。
小田原市水道部の中河原配水池2基が見えます。山に向かって直進です。

鬼柳堰付近より富士山を望む
途中、鬼柳堰、酒匂堰などの用水路を横断しました。鬼柳堰付近で富士山を撮りました。

神奈川県内広域水道企業団・マンホールフタ
道路の真ん中に大小3枚のマンホールフタがあります。
神奈川県内広域水道企業団・マンホールフタ「空気弁室・広水企」とあります。
飯泉ポンプ場からΦ3100の鋼管で曽我接合井へ送水しています。その導水管の空気弁と思われます。ここは上り坂の途中です。

県道72号線中河原信号
県道72号線中河原信号まで来ました。目の前に配水池が迫っています。配水池を目指します。

神奈川県内広域水道企業団・曽我ポンプ所
信号を渡ったところにあった企業団・曽我ポンプ所。ここでもう一度加圧すると言うことでしょうか。

神奈川県内広域水道企業団・マンホールフタ
曽我ポンプ所前道路上のマンホールフタ。「仕切弁室・水道企業団」とあります。今年8月に城山発電所を見学しました。水圧鉄管の内径はΦ3000で、入口弁はバタフライ弁でした。こちらはΦ3100です。多分強力なバタフライ弁で制御しているのでしょう。

神奈川県内広域水道企業団・曽我接合井
小田原市水道部中河原配水池の急坂を上りその東側で見つけた企業団曽我接合井です。右手前の影は中河原配水池の影です。流量1,564,300㎥/日(18.1㎥/秒)の割にはこじんまりとした雰囲気です。意外でした。実はここへ来るまで中河原配水池のどちらか1基が企業団の曽我接合井ではないかと睨んでいたのですが推測が外れました。と言うのは企業団淵野辺接合井のイメージがありました。どちらも大口径の鋼管から隧道に接続という共通点があり、中河原配水池程度の規模があっても不思議ではないと思ったからです。

神奈川県内広域水道企業団・曽我接合井
これは上記の拡大画像です。馬蹄型の隧道が見えます。その下にコンクリートのステージがあります。5m四方位です。これが曽我接合井で飯泉ポンプ場から来たΦ3100鋼管が接続されていると思います。上のフェンスでしっかりガードされた施設は通気塔ではないかと思います。銀色の円柱状の設備の近くに立つと18.1㎥/秒の凄まじい水流音が絶え間なく聞こえてきました。
隧道の上に銘板がはめ込んでありました。
酒匂川導水トンネル起点の銘板
「酒匂川導水路トンネル起点 昭和49年3月1日竣工 神奈川県内広域水道企業団」
トンネルは内径3,800mmの馬蹄型または内径4,000mmの円型の二通りがあります。ここは馬蹄型のようです。使い分けはこれからの探索で見極めたいと思います。

ここがまさしく企業団相模原ポンプ場へ至る起点です。ここからは自然流下で大量の水道用原水が延々30.7kmに渡って送水されます。凄いですね~~感動しました。企業団の設立は昭和44年5月です。酒匂川系(飯泉取水堰、飯泉ポンプ場、曽我接合井、導水路トンネル、相模川水路橋、相模原ポンプ場、相模原浄水場、淵野辺接合井、西長沢浄水場)は昭和49年4月に供用開始しました。短期間でこれだけの大事業をよくやり遂げました。驚きです。素晴らしいことです。これから先相模川水路橋南詰(相模川右岸)まで導水路トンネルが続くわけですが地上施設がきっとあるはずです。年を越すかもしれませんが探索したいと思っています。

中河原配水池より富士山を仰ぐ
中河原配水池より富士山を仰ぐ。中河原配水池からの小田原市、相模湾、箱根の山々の眺望は素晴らしかったのですがあいにく逆光でうまく撮れませんでした。

いつものように生き物を撮りました。
野ブドウ サネカズラ(ビナンカズラ)
野ブドウは飯泉橋付近でサネカズラは中河原配水池付近で撮影。野ブドウは一粒ずつ色合いの変化が微妙でカラフルです。前からカメラに収めたかったので良い記念になりました。

今回の探訪記は神奈川県内広域水道企業HPを参考にいたしました。

神奈川県内広域水道企業団・飯泉取水施設の地図です。

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其の120 三ケ木発電所跡を訪ねる

11月28日(木)晴れ、横浜水道三ケ木発電所跡の探索に行って来ました。この4ケ月、水力発電所巡りを続けている管理人ですが、「横浜水道百年の歩み」に城山隧道築造時に工期の短縮を図るため急きょ発電所を建設し電力を利用して工事を進めたと書かれていたのを思い出しました。
そこで、調べたところ三ケ木水力発電所の遺構がまだ存在していることが分かり、早速行って来ました。およそ百年前の遺構です。胸がわくわくしますね~。
所在地はいつものように末尾に地図を付けましたので参照願います。

道志川公園・相模原市緑区三ケ木
ちょうどモミジの紅葉が見ごろでした。三ケ木発電所の遺構は道志川公園内にあります。場所は分かりやすいところでR412道志川に架かる道志橋南詰を上流側へ折れた崖の中腹にあります。この道は昨年青山沈澱池を訪ねた時に通りました。水道橋を渡りぐるっと回って水道橋を潜るあの道です。駐車場はありません。
写真の白いガードレールが切れたところに崖下へ下りる階段があります。

道志川公園看板
園内の看板です。

三ケ木発電所の遺構
三ケ木発電所の遺構です。これが全景です。バックの水色は道志川(津久井湖)の水面です。遺構は道志川右岸の崖の中腹にあります。水力発電所の上池水槽と思われます。11月に見学した津久井発電所と津久井分水池の関係と同じですね。

三ケ木発電所遺構説明看板
傍らに立っていた説明看板です。
三ケ木発電所の遺構
横浜水道第2期拡張工事の中でも最大な難工事として城山隧道(4358.5m)が掘られました。この隧道工事でトンネル内部の送気、排水ポンプ、電燈、コンクリートミキサー、坑内自動車の動力電源として明治44年ごろに建設されたものです。工事完成後も相甲電気に受け継がれ大正末年頃まで発電が続けられたと伝えられております。
説明看板より

参考までに「横浜水道百年の歩み」にはこんなことが書かれています。要約して記します。
・地質の関係上第2横坑と下口方面は手掘り、上口と第1横坑方面は機械掘り。坑内の照明はカンテラ。 
・掘削した土石や材料の運搬には坑内に軌条を敷設し、逆勾配には牛を使役、その他は人力によった。
・通風用空気圧搾機や削岩機の動力には当初石油発動機を据え付けた。工事が進むにつれ運搬や通風に大きな動力が必要になったので道志川の水力を利用した発電所を建設した。この電力を各所に配電した。 
・照明は電灯に、牛車は時速16kmの15馬力電動車に、石油発動機は電動機に、排水には電動ポンプが 採用されるなど新技術が採用された。


三ケ木発電所遺構
上池水槽の出口側です。水圧鉄管の丸い開口が見えます。その前の一段高い仕切は土砂流入除けでしょうか。その右下奥に開口があります。排水兼土砂吐と思われます。斜めは多分鉄格子の除塵機が付いていたのでしょう。右側上部に切欠きがありますがこれは越流堰(オーバーフロー)ですね。ざっとここ1、2ケ月の管理人の付け焼刃的水力発電所の知識で眺めたところ水門以外の機能は備えています。流量調整は大元の水源池(青山沈澱池と思われます。)で行ったのでしょうか?

三ケ木発電所遺構
外側から見た水圧鉄管接続口。この直下に発電所建屋がありました。何メートルくらい下でしょう。

三ケ木発電所遺構
上池水槽の入口です。黒い穴が開いていて網で塞がれています。どこからどのようにしてここまで送水されたのでしょう?「横浜水道百年の歩み」の発電所に関する記述は上記の「動力が必要になったので道志川の水力を利用した発電所を建設した」の一行だけです。発電所の出力、使用水量、有効落差なども皆目分かりません。

ここからすぐ近くの水道橋を潜って南へ伸びている一本道があります。横浜水道青山沈澱池に至る道です。この道は今でもそうですが横浜市が所有する水道みちです。かってこの道に18吋、22吋2条の導水管が敷設されていました。青山沈澱池から水道橋付近を通り、相模橋を渡って相模川左岸の旧三井用水取入所下流の創設路線に接続され野毛山浄水場に送水されていました。大正4年に城山隧道、鮑子取入所、青山沈澱池など第2回拡張工事完成までこのルートが使われました。つまり三ケ木発電所上池水槽付近を2条の導水管が通っていたわけです。管理人の推測を述べると、青山沈澱池から発電用導水路(管路か開渠水路延長約1.3km)を既設の2条の導水管沿いに突貫工事で敷設したのでは・・・と思うのですが如何でしょう。てっとり早く既設導水管から分岐する手もあります。横浜への送水量を増やすために城山隧道ほかの拡張工事を行っているのでこれは少々乱暴な方法と思います。

R412道志橋
水道橋付近から見た道志川(津久井湖)に架かる道志橋。

お終いに城山隧道と鮑子(あびこ)取入所の珍しい写真を見つけましたので発表いたします。どちらも工事完成間近の記念写真で、絵葉書の写真です。
城山隧道下口工事完成記念写真
右書きで「横濱水道城山隧道下口坑門工事 市川写真館撮影」工事関係者30人が写っています。軌条が敷かれています。大正3年頃の撮影と思われます。(津久井郷土資料室蔵)

横浜水道・城山隧道下口
現在の城山隧道下口です。今でも現役で川井浄水場へ水を送り続けています。

鮑子取入所工事写真
これは青山沈澱池上流の鮑子取入所の工事写真です。工事関係者が写っています。これも大正3年頃の撮影と思われます。(津久井郷土資料室蔵)

「道志川 流域越えて 野毛山へ」  doushigawa

鮑子(あびこ)取入所も現役で青山隧道、青山沈澱池、城山隧道を経て横浜市旭区の川井浄水場へ水を送り続けています。それも延々約30kmを自然流下で送っています。凄いですね~。
鮑子取入所は大正3年3月着工、大正4年3月に完成しました。
これら2枚の写真は津久井郷土資料室様の承認をいただき掲載しました。


参考までに城山隧道について過去記事から再掲します。
横浜水道・城山隧道上口説明パネル
城山隧道上口の傍らに立っている説明パネルです。
城山ずい道
高さ2.80m×巾3.04m×延長4,358m
レンガ巻 馬蹄型 管路ずい道
道志川の水を横浜まで送るため大正3年(1914年)に
設けられた管路ずい道で、当時わが国では2番目に長い
トンネルでした。
内部には内径900mmと1,050mmの管が布設されていま
す。1,050mmの鍛接鋼管(ドイツマンネスマン社製)は、
わが国で初めて使用されたもので、現在も水を送り続けて
います。(近代水道百選施設)

城山隧道説明パネルより


城山隧道の概要を記します。
断面形状 内法拱径間 3.03m 中央高さ2.42m
       馬蹄形
延長   4358.5m
その他  横穴2延長226.3m 竪穴延長26.7m
      第1横坑169.1m 第2横坑57.3m 
着工   明治44年(1911)2月27日
      上口、下口、第1第2の横坑4カ所から導坑
      の掘削を開始
完成   大正3年(1914)4月4日

横浜市水道局「横浜水道百年の歩み」より抜粋



第2回拡張工事(大正4年3月完成)により最大給水量は24,520㎥/日から89,000㎥/日と約3.6倍に増強されました。当時の横浜市の計画給水人口は80万人でした。
(横浜市水道局HPより)

「港町の 発展ささえた 道志川」 doushigawa

開港以来、急激に発展した港横浜。生活用水、船舶用水、工業用水と水需要は急増しました。それをささえたのが「赤道を越えても腐らない」と賞賛された道志川の清澄な流れでした。
今回の探訪で城山隧道の築造時、牛まで使役されたことを初めて知りました。当時青山沈澱池から野毛山浄水場まで高低差を利用した自然流下で送水していました。CO2削減が叫ばれている現在、ポンプを使わない自然流下は素晴らしいことだと思います。

今回の探訪記の参考文献等は本文に記載の通りです。合わせて横浜市水道局青山水源事務所のパンフレット「道志川水源・青山沈でん池」を参考にしました。

関連記事
其の11 青山沈澱池を訪ねる(2012/4投稿)
其の12 鮑子取入所を訪ねる(2012/4投稿)

三ケ木発電所遺構付近の地図です。(緑色の矢印)

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