横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の108 愛川第1発電所を訪ねる

 9月25日(水)小雨、神奈川県営愛川第1発電所を見学しました。愛川第1発電所見学会は宮ヶ瀬ダムの観光放流日に合わせ4月から11月の第4水曜日に行われています。

神奈川県営愛川第1発電所
宮ヶ瀬ダム直下にある愛川第1発電所です。宮ヶ瀬ダムで貯めた水を利用して発電しています。
奥の建物は国交省宮ヶ瀬ダム利水放流設備です。ここを経由して愛川第1発電へ送水されています。

初めに1階の会議室で職員さんから概要説明を受けました。
愛川第1発電所の概要(配布資料より)
・ピーク式の発電所 
 夏場は昼間のクーラーの需要時間帯に発電 13時~17時
 冬場は夕方の照明点灯時間帯に発電 17時~20時
・東電へ売電している。
・縦軸フランシス水車発電機 最大出力24,200kw 1台
・最大使用水量 22㎥/秒
・最大有効落差 129m
・平成24年度年間発電電力量 一般家庭約2万世帯分
・建設費 愛川第2発電所も合わせ全体で約140億円
・発電開始 平成9年4月

表に掲げてあった発電所の説明看板です。
愛川第1・第2発電所説明看板クリックで拡大します。

その後安全ヘルメットをかぶり見学開始です。
参考までに1FのELは(165.0m)でした。

愛川第1発電所
階段でB2階へ下り天井の高い部屋へ入りました。
これが発電機です。発電機の最上部励磁機部分です。
上を見上げると巨大なクレーンがあります。70t20tと表示されています。発電機の回転子重量だけでもなんと66トンもあるそうです。吊上げ能力70トンないとメンテが出来ません。12年に1回オーバーホールし部品交換を行うそうです。(B2階ELは148.5m)

愛川第1発電所発電機室
B3階の発電機室です。正面の各種パイプが配管してあるコンクリート内側に発電機固定子、回転子が納まっています。表からは見れません。(B3階のELは144.0m)

愛川第1発電所配電盤室
B3階の配電盤室。普段は発電所は無人で相模原市緑区の発電総合制御所から遠方監視制御されており、その信号を受けて発電機の制御を行う。また、現場の運転操作もこの配電盤で行う。配布資料より。

愛川第1発電所工具置場
発電機専用工具置場。

愛川第1発電所水圧鉄管と入口弁
B4階へ下りてきました。水圧鉄管と入口弁。
水圧鉄管の口径は1800mm。入口弁の構造は複葉弁と言い信頼性の高い方式だそうです。弁の開閉状態は全閉か全開かのいずれかで、水車への水量調節はガイドベーンの開閉で行うとのことでした。(B4階のELは140.0m)

愛川第1発電所水車室
水車上部です。下の方に見えるのはガイドベーンのロッドと思われます。ガイドベーンは20枚で同時に同じ開閉動作をする構造になっているそうです。中央は主軸で上の発電機と同一軸です。各階のELから推定すると全長9m位ありそうです。巨大クレーンの部屋の天井高さが高いはずです。

愛川第1発電所発電機主軸
主軸を見上げる。運転休止中で回っていません。この後13:00に運転するそうです。愛川第1発電所はピーク発電を行っています。

愛川第1発電所・発電機模型
これは「宮ヶ瀬ダム水とエネルギー館」に展示中の模型です。
回転子がクルクル回っていました。フランシス水車の裏側も見えるようになっています。水車部分は愛川第1発電所に据付けた実機の実験用に造られた模型で本物の約4分の1の大きさです。

11時開始の宮ヶ瀬ダム観光放流に間に合わせるため駆け足で見学を終えました。

宮ヶ瀬ダム観光放流
11時ピッタリに始まりました。もの凄い迫力です。アナウンスによると6分間の放流で、放水量は1条あたり15㎥/秒、合わせて30㎥/秒です。愛川第1発電所の最大使用水量は22㎥/秒でした。水圧鉄管の中をこんな勢いで流れているのでしょう。

宮ヶ瀬ダム観光放流案内看板
宮ヶ瀬ダム観光放流の案内看板です。開催日と時間割が書いてあります。

石小屋ダム
発電所の下流石小屋ダム(宮ヶ瀬ダムの副ダム)まで歩いてみました。愛川第1発電所の放流水を貯水しています。
ずいぶん減水しています。左側に取りついている施設は国交省水位観測所です。

津久井導水路取水口
石小屋橋(石小屋ダム堤体)から見た上流。正面の施設は津久井導水路の取水口です。放流口は青山の道志川でここからの送水により津久井湖の貯水量を増強します。
かながわの水がめを見ると9月26日現在の貯水率は宮ヶ瀬ダムが77%、城山ダム(津久井湖)95%です。
城山ダムは先日の台風18号のお蔭で貯水率は50%から一気に95%へ回復しました。現状では津久井湖へ増強どころではなく、逆に道志川上流の道志ダム(奥相模湖)から宮ヶ瀬湖へ(道志導水路で)増強しなければならない状況と思います。

愛川第2発電所
石小屋橋より中津川下流を望む。前方の橋、左岸側の建物が愛川第2発電所です。
概要(配布資料より)
・一定放流のベース発電所 最大出力1,200kw
・中津川下流で必要な流量を季節ごとに変え連続運転
 夏場は5㎥/秒、冬場は2㎥/秒、最大7㎥/秒
・横軸S型チュープラ水車発電機でランナピッチ可変タイプ
・石小屋ダムで貯めた水を利用して発電、最大有効落差22m

宮ヶ瀬ダム2013.9.25
貯水率77%の宮ヶ瀬ダム・宮ヶ瀬湖。この後宮ヶ瀬ダム右岸、
「宮ヶ瀬ダム水とエネルギー館」を見学し帰路につきました。

愛川第1発電所の地図です。

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其の107 酒匂左岸用水を歩く

 9月18日(水)晴れ、文命用水の起点から終点まで歩き、
「其の106 足柄平野の文命用水を歩く」で投稿しました。
帰り道は文命用水流末から始まる酒匂左岸用水沿いを、小田急線新松田駅まで歩きました。文命用水ウォーキングマップを見ると酒匂左岸用水は途中酒匂川を右岸から左岸へ横断しています。伏越(ふせこし)・サイフォンが見られそうです。それを楽しみにしながら歩きました。

酒匂左岸用水取水口
文命用水左岸から見た酒匂左岸用水取水口です。
すぐ右隣りには武永田用水の取水口があります。
ここは新遠藤島橋付近で文命用水の終点近くです。

酒匂左岸用水注意看板クリックで拡大します。
取水口フェンスに掲げてあった注意看板。
酒匂川左岸土地改良区と神奈川県足柄上地域県政総合センターの連名になっています。

酒匂左岸用水と武永田用水
文命用水から分水後の酒匂左岸用水。右側は武永田用水。
二つの水路が並行して流れています。

酒匂左岸用水と武永田用水
高台病院付近で武永田用水は右へ離れていきます。

酒匂左岸用水
流下する酒匂左岸用水。ここは足柄上郡開成町金井島。

酒匂川右岸松並木・開成町金井島
酒匂川右岸堤防上の松並木。この道路の逆方向は上流の新大口橋際の文命堤に至ります。この松は江戸時代の堤防築造時に植えられたのでしょう。
酒匂左岸用水はこの道路左側に沿って流下しています。

酒匂川へ向かう酒匂左岸用水・開成町金井島
その先で左へカーブし酒匂川へ向かう酒匂左岸用水。

酒匂川サイフォン呑口施設
酒匂川サイフォン(伏越)呑口施設に着きました。右へカーブし、その先に漂着ゴミ除けの格子が見えます。その奥が呑口桝です。そこから地下へ潜り酒匂川の川底を潜ります。
正面の左岸水路壁は越流堰と思われます。その奥の水色の樋門を経て酒匂川へ通じています。これらは余水吐施設と思われます。ここは足柄上郡開成町吉田島です。

酒匂川サイフォン呑口桝
酒匂川サイフォン呑口桝。左側の水門は分水門と思われます。近くの水路へ繋がっていました。排水も兼ねているようです。

酒匂川サイフォン説明看板クリックで拡大します。
神奈川県が設置した酒匂川サイフォンの説明看板。
サイフォン管横断の様子が図示してあります。
RC管(Φ1650mm)鉄筋コンクリート巻立。延長314.5m。

酒匂川サイフォン・原形の碑
原形の碑。

酒匂川農業用水の碑
酒匂川農業用水の碑。
裏面に刻まれた碑文を記します。
沿革
酒匂川左岸用排水改良事業による主要工事として建設された酒匂川を横断するサイホンは、昭和10年築造以来、毎秒6.23㎥の通水を続け食料の確保と農家の経営安定に貢献してきたが、昭和30年代砂利採取により年々川床が低下し、昭和50年代には管本体が川底に露出する異常な事態になった。このため洪水による災害を未然に防止するため、昭和54年度からサイホン改修事業に取り組み、6年の歳月と総事業費5億2千余万円をもって、昭和60年3月、関係者の待望久しかった事業が完成した。ここに碑を建立し、沃野を潤す水が末永く地域の発展に寄与することを願い後世に伝えるものである。
事業の概要
1.事業名 県営農業用河川工作物災害防止対策事業
1.地区名 酒匂川左岸地区(サイホン工事)
1.事業期間 昭和54年度~昭和59年度
1. 事業主体 神奈川県
1. 関係土地改良区 酒匂川左岸土地改良区
1. 関係戸数 1,908戸
1. 受益面積 664ha
1. 総事業費 524,945,000円也(国60%、県40%)
1. 送水管 内径1650mm RC2K管
  鉄筋コンクリート巻立 
延長390m(管本体315m 取付水路75m)
通水量6.23㎥/Sec
1. 付帯工 分水工および余水吐
昭和60年3月 題字 神奈川県知事 長洲一二


酒匂川サイフォン呑口から対岸を望む
酒匂川サイフォン呑口から対岸を望む。黄色の矢印が吐口桝の位置です。

酒匂川サイフォン吐口桝
新十文字橋を渡り吐口施設を見に行きました。左岸堤防下の酒匂川サイフォン吐口桝です。ここは足柄上郡松田町松田庶子です。ここからは用水の名前通り酒匂川左岸を流下します。

酒匂川サイフォン吐口桝銘板クリックで拡大します。
吐口桝に掲示の銘板です。

酒匂川サイフォン吐口桝直下
吐口桝直下の水流の様子です。怒涛の吹き上がりを期待したのですが、水音水流とも今一でした。残念!

酒匂左岸用水・定光沢手前
流下する酒匂左岸用水。前方で定光沢と立体交差しています。
定光沢の下を隧道で潜ります。

定光沢
酒匂左岸用水交差地点から定光沢上流を望む。

酒匂左岸用水・新十文字橋下流
酒匂左岸用水・新十文字橋下流付近。

酒匂川左岸用水・松田郵便局付近宮前橋
松田郵便局付近宮前橋より下流を望む。前方に小田急線の鉄橋が見えます。新松田駅の近くです。探索行はここで切り上げ新松田駅へ向かいました。多分9月下旬になると通水はストップすると思います。これより下流はいつかあらためて探訪したいと思います。

今回の参考資料は前回同様疎水名鑑の
「文命用水ウォーキングマップ」を使用いたしました。

今回のスタート地点、酒匂左岸用水取水口の地図です。
(緑色の矢印地点)

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其の106 足柄平野の文命用水を歩く

 9月18日(水)晴れ、神奈川県西部、足柄平野の文命用水を歩きました。いつも相模川水系を歩きまわっている管理人にしては珍しく遠出です。県が文命用水小水力発電の実証試験を始めたと聞きそれの見学を兼ねて行ってきました。

JR東海御殿場線東山北駅
JR東海御殿場線東山北駅下車。隣の松田駅から乗りました。
2両編成のワンマンカーで駅は無人駅です。
ここから酒匂川に架かる岩流瀬橋(がらぜばし)へ向かいます。

彼岸花・県道721号線ぐみの木公園付近
県道721号線を歩きました。今日は9月18日、早くも彼岸花が咲いていました。ぐみの木公園付近にて。

馬頭観音像・県道721号線ぐみの木公園付近
同じく付近の路傍で見た三面八臂の馬頭観音像。
こんな石仏が見られるのも探索行の楽しみの一つです。

岩流瀬橋
県道721号線から74号線に入り酒匂川に架かる岩流瀬橋を渡りました。右岸から見た岩流瀬橋。かながわの橋100選。

東京電力内山発電所放水路
岩流瀬橋を渡り、まず目に入るのがこの水路です。奥の建物が東電内山発電所でその放流水を手前の水門で堰き止めていま
す。堰き止めた放流水は矢印の方(南)へ流れて行きます。いつものように末尾に地図を付けましたので参照願います。

東電福沢第1発電所取水口
上記を北側から見たところです。3門の水門の向こう側に水路が見えます。文命用水の始まりです。この水門は下流にある東電福沢第1発電所の取水口でもあります。水門の傍らに水利使用標識が立っていました。最大取水量20.31㎥/S。

文命用水起点
同じく南側から見たところです。市販の一万分の一の地図には「東電放水路」と書いてあります。文命用水であり東電放水路でもある。二つの顔を持っているみたいです。
ここは南足柄市清掃工場の西側になります。

文命用水・南足柄市清掃工場西
南足柄市清掃工場西側から文命用水下流を望む。
前方の橋の名前は「文命橋」。橋の先から隧道になります。
内川と立体交差し前方の山を貫き新大口橋近くで開渠水路になります。

東電内山発電所
同じく東電内山発電所を望む。水圧鉄管が見えます。航空写真を見ると3条の鉄管が見えます。発電機は3台あるようです。
山の上に水槽(池)があるはずです。様子を見に行きましたが通行不可。代わりにその先の導水路の写真を撮りました。↓

内山発電所導水路
内山発電所導水路。下流の内山発電所方向を望む。地図で上流へたどると足柄橋付近の酒匂川で取水しているようです。
ここは南足柄市内山です。

文命隧道下口
さて文命用水に戻ります。これは県道74号線新大口橋南で顔を出した文命用水(文命隧道下流側出口)です。隧道入口側から山越えをし、南足柄市運動公園へ下り県道沿いのコンビニ店の隣で見つけました。
隧道銘板には右書きで「文命隧道」とあります。

福沢第1発電所除塵機
その先福沢第1発電所除塵機。

福沢第1発電所
上記の下流側から見た福沢第1発電所。発電所正門は福沢神社前で、セメント製の蒼然とした門柱が立っています。

小松原橋より文命用水下流を望む
福沢第1発電所を背に小松原橋から文命用水下流を望む。
小松原橋際右岸に農業用水の取水口がありました。

文命堤の碑
発電所の北側、福沢神社付近の文命堤の碑。
「市指定文化財 文命堤」。

文命堤説明看板クリックで拡大。
福沢神社前にあった文命堤の説明看板です。
以下にその内容を記します。
文命堤
酒匂川はかって暴れ川と呼ばれ、大口付近でしばしば氾濫し流路を変えていました。しかし文禄から慶長年間に大口堤と岩流瀬堤が築かれ、ほぼ現在の流路に定まり、足柄平野は水田が発達したと言われています。
 宝永4(1707)年に富士山が噴火し大量の火山灰(黒色で多孔質な降砂)が降り積もり、酒匂川の川床は浅くなりました。そのため宝永5(1708)年と正徳元(1711)年に大口堤と岩流瀬堤は決壊し、下流の村々は大きな被害を受け、その後の復旧は困難を極めました。そこで、江戸幕府八代将軍徳川吉宗は、享保8(1723)年に、南町奉行大岡越前守に命じて、治水、利水事業に詳しい、川崎宿の名主田中丘隅(休愚)を遣わして、享保11(1726)年に大口、岩流瀬堤の復旧工事を完成させました。
 丘隅は大口、岩流瀬堤の上に、治水、護岸を祈願し、中国の治水の神ともいわれる禹(称号は文命)を祀った文命宮を作り、大口堤を文命東堤、岩流瀬堤を文命西堤として、両堤を文命堤と名付けました。
 享保19(1734)年に、文命堤は再び決壊し、丘隅の娘婿の代官の蓑笠之助が復旧しましたが、本格的な復旧ができたのは明治時代に入ってからでした。
 江戸時代を通じ、酒匂川の治水は、流域に暮らす人々にとって悲願ともいえることでしたが、その成否を担う場所として文命堤はありました。
平成21年3月 南足柄市教育委員会


文命用水取水門・相生橋付近
文命用水右岸の取水門です。相生橋付近。
右岸取水門は他にも2、3カ所ありました。


文命用水・相生橋付近支線用水路
上記取水門で分水を受け流下する支線用水路。

文命用水と田んぼの風景・遠藤島橋付近
実りの秋の田んぼの風景です。遠藤島橋付近にて。
左側フェンスは文命用水。

福沢第2発電所
福沢第2発電所除塵機です。水利使用標識が立っていました。
最大取水量18.09㎥/S。文命用水の始まりの水門にあった水利使用標識は最大取水量20.31㎥/Sでした。その差は2.22㎥/Sです。これが文命用水への分水量と言うことでしょうか?

文命用水・新遠藤島橋
発電所を過ぎ、東進していた文命用水が大きくカーブして酒匂川へ向かっています。前方の橋は新遠藤島橋。

文命用水小水力発電
酒匂川右岸の放流口直前にあった文命用水小水力発電。
右側ゲートの下の方に水車や発電機があるようですが、ここからは見れません。下流側にはネットがかけてあり、残念ながら鮮明な写真は撮れませんでした。傍に詳細な説明パネル(神奈川県県西地域県政総合センター農政部作成)が立っていました。
説明パネルと同一の「文命用水小水力発電の概要」を見つけましたのでご覧ください。

文命用水・酒匂川放流口
文命用水小水力発電を過ぎ酒匂川へ戻って行く文命用水。
「文命用水ウォーキングマップ」ではここが終点になっています。 
なお新遠藤島橋を過ぎた辺り、文命用水右岸に二つの農業用水取水口が並んで在ります。武永田用水ともう一つは酒匂左岸用水です。この後管理人は酒匂左岸用水路沿いに小田急新松田駅まで歩きました。次回はそれについて投稿する予定です。

今回の探訪記の用水路とその名称は疎水名鑑の「文命用水ウォーキングマップ」から引用させていただきました。

今回のスタート地点東山北駅の地図です。


其の105 高田サイフォンから室田へ

 9月10日(火)晴れ、大蔵サイフォンを訪ねた後、その足で相模川左岸幹線用水路(以下左岸用水路)の終点室田まで歩きました。1年前にも探訪しましたが、あいにく通水が終った直後で満足にその流れや施設を見られなかったことと、室田の終点の様子を見るためです。
1年前の探訪記は(2012/9/25)に
其の37 左岸用水路を歩く・才戸から室田へ②で投稿しましたので参照願います。

相模川左岸幹線用水路・茅ヶ崎市行谷
水量豊かに流下する左岸用水路。茅ヶ崎市行谷にて。
水路の中をカルガモが泳いでいました。

駒寄川を水路橋で渡る相模川左岸幹線用水路
駒寄川を水路橋(掛樋)で渡る左岸用水路。茅ヶ崎市みずき3丁目付近。橋の中央に排水門が見えます。用水路が河川と立体交差するときは例外なくこうした排水設備が設置してあります。

水と花と緑のこみち標準断面図クリックで拡大します。
松風台で見た「花と水と緑のこみち」の標準断面図の看板。
左岸用水路はボックスカルバートで地下を通ります。

相模川左岸幹線用水路・茅ヶ崎市甘沼
普通の開渠水路はここまでで地下に潜ります。これをボックスカルバートと言うのかな? ここは茅ヶ崎市甘沼です。

相模川左岸幹線用水路・茅ヶ崎市甘沼
傍らにあった水深目盛です。40cmあります。去年通った時は10cm足らずでした。

相模川左岸幹線用水路・茅ヶ崎市赤羽
R1新湘南バイパスを潜り抜け開渠水路になり流下する左岸用水路。県道404号線高田信号西より上流を望む。

相模川左岸幹線用水路・高田サイフォン呑口
その先の高田サイフォン呑口に到着です。まずまずの水量で見ごたえがあります。右岸排水門のゲートは少し開けてあり、排水路へ放流中でした。

相模川左岸幹線用水路・高田サイフォン呑口
漂着ゴミが山のように積んであります。こちらは大蔵サイフォンとは違って手動式除塵施設です。除去用の道具が立てかけてあります。

相模川左岸幹線用水路・高田サイフォン
高田サイフォン呑口を過ぎ振り返って撮りました。
正面ブロックの裏に漂着ゴミが積んであります。こちらから見ると呑口施設は一段高い位置にあります。この道の下をサイフォン管が通っています。

相模川左岸幹線用水路・高田サイフォン
高田サイフォンを背に進行方向(下流方向)を見たところです。
真っすぐ南東へ向かっています。横切っているのは県道404号線です。この区間をサイフォンにした理由は県道を含むこの地域のEL(標高)が呑口側に比べて低いためサイフォンにしないと用水路が地上に出てきてしまうためと思われます・・・。
これは管理人の見た目の推測です。相模原畑かんの上溝サイフォンと似たようなケースですね。
マピオンでELを調べてみました。
R1新湘南バイパス南 13m、呑口北付近 11m、
県道404号線 9m、 吐口付近 10m。

相模川左岸幹線用水路・高田サイフォン吐口
その先で見つけた左岸用水路の排水門。水門ゲートは全閉でした。この地下に広い排水路が流れています。そこへ排水するための施設と思われます。この水門のすぐ左手にコンクリートのサイフォン吐口桝らしきものがありました。
サイフォン管延長は一万分の一の地図で約200mです。
電信柱にあるように、ここは茅ヶ崎市高田1-10です。

相模川左岸幹線用水路・高田1,2丁目
東進する左岸用水路。暗渠フタ(サイズは約1.2×1.0m)の上を歩いています。高田1、2丁目付近。
南側の高田2丁目は水路より低地です。水路がここを通っているのは昔は南側が田んぼで、水を配っていたという事でしょうか?

相模川左岸幹線用水路・高田
高田と室田の境界T字路です。水路の暗渠フタはここまでです。去年は右折しましたが直進が正解です。

相模川左岸幹線用水路・室田
永昌寺手前のグレーチング点検口。音を立てて勢いよく流れています。去年の探索では通水が終ったあとで水流を見ることが出来ず終点の探索に失敗しました。

相模川左岸幹線用水路・室田終点
地図上で千ノ川が始まる交差点まで来ました。右側ガードレールとフェンスで囲われたところが千ノ川の始まりです。
これより上流は写真のように暗渠フタで道路になっています。

相模川左岸幹線用水路・室田終点
上記交差点を渡りました。今歩いて来た道を振り返りました。
千ノ川を右岸から左岸へ渡ったことになります。
なんと右側のフェンス内が左岸用水路室田終点でした。
去年はなかった土地改良区の注意看板がかかっています。
去年もこの施設に気づいたのですが通水がなく改良区の看板も無く千ノ川左岸にあることからまったくそこまで思い至らなかったです。

相模川左岸幹線用水路・千ノ川終点
フェンスの中の様子です。南側から撮りました。中は桝になっています。正面が千ノ川を水路橋で渡った左岸用水路の用水です。東側の開口へ流れ込んでいます。その先は千ノ川左岸へ放流していると思われます。
西側にも開口あり。板がはめ込まれ水流を止めています。

相模川左岸幹線用水路・室田終点
東側から見た西側の開口。板がはめ込んであります。

相模川左岸幹線用水路・室田終点
西側開口から南を見たところです。水路が続いています。
グレーチングフタの中を覗くとゆったりとした水流がありました。
今でも水の需要があるみたいです。昔は田んぼへ水を配るため本格的にに通水していたのでしょう。恐らく。
千ノ川左岸に終点の桝を設けた訳がこれで解りました。

千ノ川と相模川左岸幹線用水路室田終点
最後に千ノ川から見た左岸用水路室田終点施設です。
地図で千ノ川を下流へ辿ると小出川へ合流し最後は馬入川(相模川)へ流れ込んでいます。

いやあ~驚きました。左岸用水路は磯部頭首工が起点でその終点は千ノ川=千ノ川右岸という固定観念を持っていました。
今日ここへ来るまで終点は千ノ川暗渠下右岸とばかり思い込んでいました。まさか千ノ川を水路橋で渡り左岸側に放流してい
るとは・・・。意表を突かれました。思い込みは怖いですね~。
今日、本格通水中に探訪し、その様子を知ることが出来、納得しました。モヤモヤ感が解消しました。やれやれ・・・です。

アカボシゴマダラクリックで拡大します。
今日の生き物は前回に続きアカボシゴマダラです。
左岸用水路室田終点施設傍らの道路で撮りました。
大蔵サイフォン近く湘風園とここと一日で2匹目です。
この辺では珍しくないかも。しかし不思議な縁です。

今回のスタート地点大蔵サイフォン吐口付近の地図です。

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其の104 大蔵サイフォンを訪ねる

 9月10日(火)晴れ、相模川左岸幹線用水路(以下左岸用水路)の大蔵サイフォン(おおぞうサイフォン)を訪ねました。
大蔵サイフォンは去年(平成24年)の9月にも探訪しました。
その時は稲穂が黄金色に染まる頃で大蔵サイフォンから先は通水がストップし、用水がサイフォンで横断する様子を残念ながら見ることが出来ませんでした。
その模様は其の36 左岸用水路を歩く・才戸から室田へ①(2012/9/23投稿)で投稿しましたので参照願います。

1年前から気がかりだったので、9月に入り涼しい日を選んで行って来ました。大蔵サイフォンについては今回が2度目の投稿になります。

相模川左岸幹線用水路・寒川町湘風園付近
老人ホーム湘風園付近を流下する左岸用水。森を抜けると田園地帯です。この景色は私のお気に入りです。
今回はJR相模線寒川駅近くのバス停から小谷(こやと)行のバスに乗り終点下車。下りたところが中原街道(県道45号線)です。少し戻って御所見変電所沿いに歩くとここへ出て来ます。
いつものように末尾に地図を付けましたので参照願います。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
上記の森から5分ほどで大蔵サイフォンに到着です。
去年は9月20日に探訪しました。今年は10日早めました。
まだ茅ヶ崎方面へ本格通水しています。狙い通り正解でした。
正面が除塵機です。この施設がサイフォンの呑口になります。
ここは神奈川県高座郡寒川町大蔵です。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
上流側を見たところです。左手前は余水吐です。角落し堰で通水量の調整をしています。今は最高水位みたいです。
ここであと1本角材を追加したらどうなるでしょう?
おそらく下流の水路から用水が溢れ出ると思います。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
これは本格通水が始まった直後5月27日の様子です。
角材が3本台上に置かれています。その分、堰が低くなり余水として多く排水されています。角材1本で微妙な水位調整をやっているみたいです。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
参考までにこれは5月9日(8日に大蔵サイフォンまで通水)朝8時半頃の様子です。当然余水はゼロで水路は乾いています。左側の細い水路の役割はなんでしょう。分かりません。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
これは5月9日大蔵サイフォンから下流への通水作業の様子です。5月8日にここまで通水し全量小出川へ放流していました。職員さんが制水門(排水門)の閉め切り操作中です。水門は全閉ではなく少量排水していました。土砂吐けのためと思われます。

今季の左岸用水の通水は5月7日に永池川制水門まで、5月8日に大蔵サイフォンまで通水しました。大蔵サイフォンから下流は5月9日でした。朝9時過ぎに通水すると聞き、見学に行きました。

大蔵サイフォン・相模川左岸幹線用水路
東側から見た大蔵サイフォン・制水門。今日見たらゲートは全閉状態でした。この水門は通水量コントロールの他に排水、土砂吐けの役割も果たしていると思います。

大蔵サイフォン・除塵機
自動除塵機
設置基数:2基
形式:ロータリーチェーンスクリーン
水路幅:1700mm
水路高:1200mm 
完成:2012年3月 
除塵機銘板より

大蔵サイフォン呑口より吐口を望む
大蔵サイフォン呑口より吐口を望む。除塵機を通過した用水は田んぼと小出川の下をサイフォン管で横断して吐口側で吹き上がります。延長は約270m。

大蔵サイフォン・排水路
大蔵サイフォンの西を小出川へ向かう排水路。

大蔵サイフォン付近の田んぼの稲穂
大蔵サイフォン付近田んぼの稲穂。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」・・・つい先だって田植えが終わったと思ったらもう実りの秋、まもなく収穫ですね。

追出橋より小出川上流を望む
追出橋より小出川上流を望む。右岸側が寒川町大蔵、左岸側が茅ヶ崎市芹沢です。

大蔵サイフォン・小出川放流口
追出橋際で小出川に放流される左岸用水の余水排水。
小出川を下流へ辿ると馬入川(相模川)へ合流しています。
はるか上流の磯部頭首工で取水され結局相模川へ戻って行きます。その水の旅が面白いですね~。

大蔵サイフォン・吐口
こちらは大蔵サイフォン吐口です。座間サイフォンの吐口のような吹き上がりを期待したのですが水流も水音も今一迫力不足でした。到達立坑がなだらかなせいかな?
ここは茅ヶ崎市芹沢臼久保です。

大蔵サイフォン・吐口
これは5月9日、通水前の写真です。水際線跡から推測すると通水すると50cmくらい水位が上がるみたいです。
ここで冬を越した30cm位の痩せた鯉がじっとしていたり、ウシガエルが2、3匹バシャバシャ暴れていました。

JR相模線入谷駅前に[相模川左岸幹線用水路について]の説明看板が立っています。参考のため以下に記します。
用水路説明看板←クリックで拡大
[相模川左岸幹線用水路について]
この水路は、相模原市磯部から茅ヶ崎市室田までの20kmに及ぶ農業用水路で、昭和の初期に先人たちが築き上げた歴史のある水路です。この水は田植えの時期の4月から9月まで相模川の磯部頭首工から取水して、田んぼを潤すため水を送っています。また、灌漑用水としての目的以外にも、地下水への涵養や地域用水として、私たちの生活環境を守ってくれる重要な働きをしています。   
説明看板より


アカボシゴマダラ アカボシゴマダラクリックで拡大します。
今日の生き物は蝶です。図鑑を見たら「アカボシゴマダラ」でした。どちらも湘風園付近で撮りました。
(左が2013/5/9、右側は2013/9/10撮影。)
相模原では見かけない蝶です。この辺りでは繁殖しているようです。

御所見変電所付近の地図です。

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其の103 城山隧道の竪坑を訪ねる

 9月3日(火)晴れ、城山隧道の竪坑を訪ねました。
竪坑については過去記事ですでに触れていますが、異常渇水がらみの話や珍しい写真を発見しましたのであらためて投稿いたします。

横浜市中区馬車道
いつも相模川水系を歩いている管理人にしては珍しい横浜の風景です。去年8月7日にここを歩きました。馬車道です。

横浜市・開港記念会館
馬車道近くの神奈川県立歴史博物館で「ペリーの顔・貌・カオ」を観た後、横浜市開港記念会館へやってまいりました。
現役の頃横浜に勤めたことがありますがここは初めてです。
この建物は大正時代に建てられ、国の重要文化財に指定されています。
開港記念会館説明パネルクリックで拡大します。
横浜開港記念会館説明パネルです。

ここへ来たのは横浜市水道局主催125年記念講演会を聴くためです。(平成24年8月7日(火)1時30分開演)
近代水道創設125年記念講演会
近代水道125年の歴史と市民生活の関わり ちょっと大人の歴史散歩 ~もうひとつの横浜物語~
第1部 「横浜をめぐる水道遺産の見方・楽しみ方」
講師 堀勇良氏
第2部「水道がつくった町・横浜」
講師 宮村忠氏


管理人のような水道みち知りたがり屋のための講演会のようでありがたいです。第1部は特に興味をそそる内容です。
平日にもかかわらず定員300名の会場は満席です。
管理人のような横浜水道ファンが多いことに驚きました。

いろいろと面白い話が聴けて良かったのですが第1部の中で城山隧道の竪坑(たてこう)が大きなスライド写真で
「町中に残っている竪坑」と紹介されたことです。
他には
創設路線の左岸4号隧道の写真
 (城山ダム完成により水没。今は見られない)
②H・S・パーマーさん設計の兵庫県三木市御坂サイフォン
に興味を持ちました。

翌日、一番身近な城山隧道竪坑を探しに行きましたが失敗。
今年2月に再度探訪して見つけました。
今日、9月3日は3度目の探訪です。

城山隧道・竪坑
R413沿いにあります。左側フェンスに囲われた一角が竪坑。
交通標識には相模湖10km、三ケ木3kmとあります。
花の苑地第2駐車場から約1.2km。
ここは相模原市緑区太井(おおい)です。

城山隧道・竪坑
広さは2.3m×2.7m、グレーチングフタでガードしてあります。

城山隧道・竪坑
中は直径2m位のレンガ巻で井戸のようです。

城山隧道・竪坑
北側から見たところです。確かに町中にあります。
看板が掲げてあります。
城山隧道・竪坑クリックで拡大します。

城山隧道は現役の管路隧道です。今も青山沈澱池から川井浄水場へ水を送り続けています。今年2月に訪ねた時はもっと古い注意看板がかかっていました。新しい看板に取り替えたようです。
この施設は横浜市管理の城山ずい道換気孔です。
地下24mに水道管を布設してありますので、ゴミや石等を投げ捨てないで下さい。又落下の危険がありますのでフェンス内には絶対に立ち入らないで下さい。
連絡先 横浜市水道局青山水源事務所
0427-84-0633
  古い注意看板より。

城山隧道・竪坑
南側から見たところです。

城山隧道・竪坑
これが冒頭で述べた珍しい写真です。上の写真と同じ南側からの撮影ですね。「横浜水道導水管空気取り入口津久井町太井付近」とあります。(相模原市津久井郷土資料室蔵)
8月21日、三ケ木側から三井用水取入所や沼本ダムを探訪した時に津久井郷土資料室を訪ね展示中の写真を見つけカメラに収めました。

城山隧道の概要を記します。
断面形状 内法拱径間 3.03m 中央高さ2.42m 馬蹄形
延長   4358.5m
その他  横穴2延長226.3m 竪穴延長26.7m
      第1横坑169.1m 第2横坑57.3m 
着工   明治44年(1911)2月27日
      上口、下口、第1第2の横坑4カ所から導坑
      の掘削を開始
完成   大正3年(1914)4月4日

横浜市水道局「横浜水道百年の歩み」より抜粋


城山ダム・津久井湖
帰路、城山ダムへ寄りました。

津久井発電所1号機取水塔
城山大橋から見た津久井発電所1号機取水塔です。
一段と水位が下がりました。
9月3日現在の水位情報です。
-15.58m=標高108.42m 貯水率50%
流入量:27.11㎥/秒 流出量:23.24㎥/秒

9月4日「かながわの水がめ」より。
今までで最低の水位です。貯水率は50%を切りそうです。

川尻隧道上口
津久井発電所取水塔の隣が横浜水道川尻隧道の遺構です。
相模川左岸の創設路線迂回部を直線に貫通して築造されました。明治45年(1912)5月完成の管路隧道です。
渇水で管底ELは明らかに水面より上にあることが分かります。

横浜水道「創設水道の導水隧道跡」
これは横浜水道「創設水道の導水隧道跡」の写真です。
「横浜水道百年の歩み」81Pより。
所在は三井用水取入所から下流の相模川左岸川尻隧道までのどこかです。隧道は24ヵ所造られました。
創設路線の三井・中沢・川尻・大島間11,640m(第1区工事区間)には24の隧道があり、うち鉄管を布設したものは5ヶ所で、残り19ヶ所は水路隧道であった。
「横浜水道百年の歩み」より抜粋。

前述の①創設路線の左岸4号隧道は大画面のスライド写真で紹介されましたがこの写真と同じような気がします。
つまり津久井湖の水位が大きく下がった今、水上から津久井湖左岸を観察すればこのような遺構が見られるかも知れないという話です。24ヶ所も隧道が造られたのでこの写真以外の隧道を発見できるかも知れません。
津久井発電所取水塔の前にモーターボートが係留されています。モーターボートなら是非行って見たいですね。

今回の探訪記の参考文献です。
「横浜水道百年の歩み」横浜市水道局
昭和62年(1987)10月17日発行

関連記事
其の30城山隧道・横坑を見つけました(2012/8/14投稿) 
其の73城山隧道・竪坑と横坑を見つけました(2013/3/1投稿) 

城山ダムの地図です。

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