横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の86 畑かん西幹線用水路を歩く3・新磯野から行幸道路


 相模原畑地かんがい用水路西幹線探索の3回目です。
前回は新磯野へ入り村富線(県道507号線)を渡ったところまで進みました。

磯野逆サイフォン呑口桝
その先のレンガ巻の施設跡です。下り坂の始まり付近に造られています。磯野逆サイフォン工の呑口桝です。
「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」(以下技術誌図面編)の「磯野逆サイフォン工構造図」に側面図、断面図、平面図が載っています。

磯野逆サイフォン呑口桝
側面から見た磯野逆サイフォン工の呑口桝です。
ここから下り坂になります。技術誌図面編にはこの辺りに余水吐と水路右側に排水桝が描いてあります。探しましたが確認できませんでした。

下降するサイフォン導水管
下降するサイフォン導水管。堀の中を半地下式で緩やかな勾配で下っています。導水管の内径はΦ1200です。方向は西から東向きです。

磯野逆サイフォンと交差する市道
磯野逆サイフォンと南北に交差する市道。
ここは相模原市南区相模台5丁目です。道路の東西が丘で雨水が溜まりやすいところです。
サイフォン導水管を通す堀が今は雨水調整池として利用されています。

雨水調整池看板クリックで拡大します。
相模原市が掲げた雨水調整池の看板。

丘を上る磯野逆サイフォン導水管
道路を潜り丘を上る磯野逆サイフォン導水管。

磯野逆サイフォン吐口桝
東の丘の上で見つけたサイフォン吐口桝。
サイズは2m角位です。現役で通水していた頃にここに立つと吹き上がる凄まじい水音を聞くことが出来たかも知れません。

技術誌図面編によると磯野逆サイフォン工の延長は180.45mで呑口桝と吐口桝間は159.8mとなっています。
残念ながら呑口、吐口それぞれの管底ELの記載はありませんでした。

西幹線用水路(さがみの仲よし小道)
磯野逆サイフォンを過ぎ向きを変え南進する西幹線用水路(さがみの仲よし小道)。村富線から東のさがみの仲よし小道はそれまでと違って暗渠フタタイプになります。このように点検口が設けてあります。中にはシダの仲間と思われる植物が茂っていました。逞しいですね~。フタの上端から水路底までの寸法を測りました。90cmでした。思ったより浅かったです。

西幹線用水路(さがみの仲よし小道)相模台4丁目
南下する西幹線用水路(さがみの仲よし小道)。
相模台4丁目さくら通り交差点付近。両側は植込みと住宅街がずうっと続きます。きれいに手入れの行き届いた遊歩道です。道幅は約3.2mです。

西幹線用水路の支線
そんな中、西へ向かう細い道を発見しました。
道幅約1.5m程です。少し歩いてみました。

西幹線用水路の支線
更にその先です。ずうっと西へ続いています。
行幸通りまでにこんな細い道があと2本ありました。
西幹線の支線跡と見たのですが、どうでしょうか?今は住宅がびっしり立ち並んでいますが、昭和30年代当時は農地が広がっていたのでしょう。幹線用水路から支線へ、団体営と言われるそのまた支線へと配水されたと思われます。

西幹線用水路(さがみの仲よし小道)座間市相模が丘
行幸道路直前の西幹線用水路。いつの間にか座間市に入っていました。ここは座間市相模が丘です。

行幸道路横断サイフォン呑口桝
行幸道路(県道51号線)をサイフォン(伏越)で北西から南東へ横断します。行幸道路から見たサイフォン呑口桝。

行幸道路(県道51号線)
行幸道路(県道51号線)小田急相模原方面を望む。前回見た村富線(県道507号線)横断と同じように凹字型に道路を潜ります。

行幸道路横断サイフォン吐口桝
行幸道路南側のサイフォン吐口桝。サツキとサツキの間のレンガ色の施設。

小田急線横断サイフォン呑口桝
近くなのでその先の小田急線まで行きました。小田急線をサイフォン(伏越・ふせこし)で横断します。
線路直前にある呑口桝です。

小田急線横断サイフォン吐口桝
呑口桝側から見た吐口桝。線路際、白杭の向こう側です。線路の地下を推進工で横断しています。

この続きは6月に投稿いたします。今回はスケールの大きい磯野逆サイフォン、県道や小田急横断サイフォン(伏越)を見ました。想像以上にいろいろな遺構が残っています。
楽しいですね~~。この先どんな道を通り、何が見つかるか楽しみです。

今回の探索探訪記は以下の文献を参考にしました。
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課

村富線と西幹線用水路の交差点付近の地図です。

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其の85 畑かん西幹線用水路を歩く2・麻溝台から新磯野へ

 相模原畑地かんがい用水路西幹線探索の2回目です。
前回は麻溝台の横浜水道みちとの交差地点まで進みました。早々にセグメントパイプや西幹線用水路の遺構も見られて出足は好調です。今回はどんな施設が見られるでしょうか?楽しみです。

クレマチス・相模原麻溝公園
今回は初っ端から花です。
相模原麻溝公園の東側の道路沿いに南下しました。
公園のフェンスに咲いていたクレマチスです。
この季節園内のいたるところで見られる公園の名物です。
種類が多く開花時期がずれるため長い間楽しめます。
同じ道沿いにこんなクレマチスも咲いていました。
クレマチス・相模原麻溝公園 クレマチス・相模原麻溝公園クリックで拡大します。


畑かん西幹線用水路・相模原麻溝公園東交差点付近
相模原麻溝公園東交差点付近の畑かん西幹線用水路。
東西に走る道路上から用水路の上流を見たところです。
水路に水が溜まっています。手前のコンクリート施設は伏越(ふせこし・サイフォン)の呑口桝(入口側の桝)です。

畑かん西幹線用水路・相模原麻溝公園東交差点付近
これは道路南から見た上流方向です。手前のコンクリートは伏越の吐口桝。道路の下を伏越で潜ってここで吹き上がっていました。

畑かん西幹線用水路・相模原麻溝公園東交差点付近
南側から見た伏越吐口桝(下流側の出口の桝)。
通水が止まって43年間そのまま放置されているようです。荒れています。

畑かん西幹線用水路セグメントパイプ・相模原麻溝公園東交差点付近
上記のすぐ下流で見つけたセグメントパイプの支線用水路。下流方向を見たところです。道の右側、濃い緑の草が茂っている所が西幹線用水路です。
セグメントパイプの寸法を測りました。
 長さ約4m、外径約40cm。
 上部に長さ1.45mの長円形開口が2ヶ所。
 パイプの本数は21本ありました。延長84mになります。
前回旧南清掃工場で見たセグメントパイプは外径約46cmでした。こちらは一回り細いパイプです。

畑かん西幹線用水路・相模原麻溝公園南
相模原麻溝公園から南へ続いている森沿いの道です。
道路沿いに南下する畑かん西幹線用水路。

畑かん西幹線用水路落差工・南区麻溝台
その先で見た畑かん西幹線用水路落差工です。
水路に高さ0.5m位の段差が付いています。右岸側(向かって左側)に水門の跡が見えます。上部に水門巻き上げ機の固定ボルトと軸穴が残っていました。
ここは相模原市南区麻溝台です。少し先へ行くと南区新磯野になります。

畑かん西幹線用水路落差工・南区麻溝台
用水路の中へ下りて内側から水門を撮りました。
ゲートが見えません。下の方に隠れているのかな?水路壁の高さは1mほどです。それより下にあるとすると畑のレベルより下になります。かんすい不可です。この水門は何のためにあるのでしょうか?

「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」の一般平面図を見るとこの辺りから麻溝排水という線が西の方に向けて描かれています。もしかしてそれかも知れませんが良く分かりません。謎のままにしておきしょう。
↓一般平面図の一部分です。クリックで拡大します。
畑かん一般平面図

さがみの仲よし小道・南区新磯野
その先で再びさがみの仲よし小道になります。中央のコンクリートは伏越の吐口桝と思われます。ここは南区新磯野、小松会病院前通りの西方です。

セグメントパイプ畑かん西幹線用水路・小松会病院西
さがみの仲よし小道入り口付近で見つけたセグメントパイプ。草に隠れていますが奥まで続いています。

畑かん西幹線用水路水門跡
西側に水門の遺構がありました。水路壁も当時そのままの状態で遺されているようです。

畑かん西幹線用水路水門跡
正面から見たところです。木製のゲートがそのまま残っています。

畑かん西幹線用水路・南区新磯野
道路を横断する畑かん西幹線用水路。道路の前後に伏越呑口桝、吐口桝と思われるコンクリートの施設が残っています。ここは相模原市南区新磯野です。

畑かん西幹線用水路・新磯野バス停前
こちらは新磯野バス停前の伏越(ふせこし・サイフォン)呑口桝と思われるコンクリート施設。

畑かん西幹線伏越呑口・村富線と交差
その先で村富線(県道507号線)と立体交差します。手前の一部赤レンガ張りの施設が伏越(サイフォン)呑口桝です。

畑かん西幹線伏越吐口・村富線と交差
こちらは村富線を渡ったところにある伏越吐口桝です。
「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」を読むとサイフォン工の項で
「県道、鉄道横断等の個所は通行量著しく交通止めが出来ないので推進工法を採用」と記述があります。
西幹線用水路の県道横断の様子を県道側から断面図で見るとちょうど凹字型に潜っていると思います。

的確で至近な例があります。今月2013/5投稿の「其の82横浜水道みち短信・鳩川水管橋が撤去・・」で投稿した概略縦断図を再掲します。↓
概略縦断図
用水路と水道導水管の違いはありますがどちらも伏越(サイフォン)で立体交差をしています。

今回も色々な遺構を見ることが出来ました。
セグメントパイプや伏越(サイフォン)に水門跡等です。伏越が意外に多く採用されていました。
やはり上流部(津久井分水池から虹吹分水池)の専用隧道とは違って地上施設が多く楽しませてくれました。
今回はここまでです。次回はこの先から行幸通り小田急線の手前までを投稿する予定です。

今回の探索探訪記は以下の文献を参考にしました。
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課

今回のスタート地点
横浜水道みちとの交差地点付近の地図です。

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其の84 畑かん西幹線用水路を歩く1・北里から麻溝台

 3月から4月にかけて相模原畑地かんがい用水路の専用導水路(津久井分水池から虹吹分水池に至る専用隧道)約10kmを辿り、数少ない地上施設を見つけたりして畑かん用水路についての理解と知識を深めました。「其の75~80相模原畑地かんがい用水路1~6」(2013/4-5投稿)。

虹吹分水池の先は相模原ゴルフクラブ内に現存する東西分水工に至りそこで東幹線、西幹線に分水されました。東西の幹線は現在それぞれ「相模緑道緑地」や「さがみの仲よし小道」として部分的に遊歩道として整備されています。

5月18日と21日、2日間かけて「さがみの仲よし小道」の起点から行幸道路まで歩きました。どのような地上施設が残っているか楽しみにしながら歩きました。その探索探訪記を今回から3回くらいに分けて投稿いたします。
市販の一万分の一の地図を使用しましたがいつものように末尾に地図を付けましたので参照願います。

北里大学病院前の県道52号線(北里けやき通り)の神奈中バス友愛病院前バス停下車。バスを降りたところがさがみの仲よし小道で県道と交差しています。

さがみの仲よし小道・北里大グランド付近
さがみの仲よし小道の起点に向けて北上しました。これは北里大グランド前付近のさがみの仲よし小道。きれいに整備されています。

相模原ゴルフクラブ・さがみの仲よし小道の起点
相模原ゴルフクラブに突き当たりました。
この奥のどこかに東西分水工があるはずです。
ここがさがみの仲よし小道の起点になります。

神奈川県内広域水道企業団相模原浄水場
相模原ゴルフクラブと相模原浄水場の間の道に入り東西分水工を探しに行きましたが表通りからは見つかるはずもなく、代わりに神奈川県内広域水道企業団相模原浄水場の巨大な高架調整池を撮りました。浄水した水を一時的に貯める施設です。でかいですね~。

さがみの仲よし小道・県道52号線南
さがみの仲よし小道に戻り南下しました。
県道52号線南のさがみの仲よし小道。前方の塔は旧南清掃工場の煙突です。

巨大な桑の木
県道507号線直前のさがみの仲よし小道にあった巨大な桑の木。高さは優に5mはありそうです。遠目には桜の木かと思いました。桑の木ってこんなに大きくなるんだ~。町中では珍しいです。

桑の実←クリックで拡大します。
桑の実がたわわに実っていました。都会では見たことがないという人が多いと思います。こんなところで見られるとは・・・。

さがみの仲よし小道・県道507号線と交差
県道507号線(村富線)と斜めに交差します。
遠くにとんがり帽子のグリーンタワーが見えます。

相模原畑かん用水路支線と西幹線
村富線を横断したその先はさがみの仲よし小道の計画用地になります。今回の探索で初めて目にする畑かん用水路の遺構です。左側の細い水路が支線用水路で西幹線用水路はその右側の草むらになります。相模原市公園課の計画用地で埋め立てまたはフタがしてあると思われます。左側の支線用水路は幅が60cm、深さ50cm位の細い水路です。

「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」の一般平面図を見るとこの辺りでは西幹線用水路と並行に麻溝四号の一という支線が描かれています。もしかしてこの細い水路が麻溝四号の一支線かも知れません。

畑かん西幹線支線用水路
その下流です。水路が10cm位下がり、両側の水路壁に角落とし用の縦溝が切ってあります。板を差し込んで東側(左側)の畑へかん水したと思われます。

畑かん西幹線支線・南清掃工場付近
その下流、旧南清掃工場あたりで角型の水路が丸型の水路に変わります。丸型はセグメントパイプと言います。
外径約46cm、内径約40cmで独特の形です。
白い塀の左側は旧南清掃工場でただ今解体工事中です。

旧南清掃工場煙突
旧南清掃工場。この煙突も工場と共に今年10月か11月頃に解体されます。

さがみの仲よし小道・南清掃工場付近
その先で計画地から再びさがみの仲よし小道に戻ります。
左側が南清掃工場、右側が市民健康文化センター。ガードレールは西幹線用水路に架かっていた橋の名残りと思われます。
橋の長さ(水路幅)は約3m。

畑かん西幹線用水路・総合体育館西側
南下するさがみの仲よし小道(畑かん西幹線用水路)。
道幅3m位で暗渠フタがしてあります。総合体育館西側、バス停総合体育館前。

グリーンタワー
総合体育館連絡橋から見たグリーンタワー。

畑かん西幹線用水路・総合体育館南
総合体育館南で開渠水路になった西幹線用水路。
道路をトンネルで潜って出て来ました。初めて目にする幹線用水路です。用水路がそのまま残っていました。感動!

畑かん西幹線用水路・横浜水道と交差
その先で横浜水道みちと立体交差します。
暗渠フタの上、右から左へ横切っているのが水道みちです。

横浜水道みちより畑かん西幹線用水路上流を望む
横浜水道みちより畑かん西幹線用水路上流を望む。
草が茫々とはいえこのように用水路の遺構を目にすることが出来ました。畑かんの通水が終ったのが昭和45年です。43年も経っています。まだまだこのように残っているんですね~。素晴らしい!

畑かん西幹線交差点より横浜水道下流方向を望む
畑かん西幹線と交差する横浜水道みち下流方向(東林間、川井浄水場方向)。手前の白い円形の構築物は横浜水道空気弁弁室です。その向こう側左右に横切っているコンクリートが西幹線用水路の暗渠フタです。

東西の幹線用水路、支線が完成したのは昭和34年度です。その当時、この横浜水道みちには左から道志川系のΦ1100、36吋管(Φ900)と相模湖系のΦ1500の計3条の導水管が通っていました。
用水路と水道管の立体交差です。交差の仕方は水道管の上を用水路が通過しています。水路の荷重が水道管にかからない様に暗渠受台(橋の橋脚のようなもの)5ヶ所が水道管を挟むように築造されています。

「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」に「幹線用水路横浜水道横断暗渠工構造図」として図面が残っています。場所が特定されていませんが寸法形状からみてここに違いないと思います。

このほかにもう1ヶ所横浜水道と交差しています。
東幹線(相模緑道緑地)東林間4丁目の林間第4公園です。
このことは昨年(平成24年)1月に相模原博物館民俗調査会Bグループのフィールドワークに初参加した時に学芸員の先生に教えていただきました。当時は水道みちを歩き始めたばかりで水道みちを完歩することに精いっぱいでした。意表を突かれて驚いたのを覚えています。
その後横浜水道みち探訪記「其の15田名から東林間へ」で林間第4公園について触れました。(2012/5投稿)。
その中で管理人は想像力たくましく伏越で交差と記述しました。本当の交差の仕方については今後調べてみます。

ジャーマンアイリス・横浜水道みちにて
今日の花ジャーマンアイリスです。きれいですね~。
美しいですね~。近くの横浜水道みちにて。

長くなりますので今回はここまでです。

今回の探索探訪記は以下の文献を参考にしました。
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」
 1965年3月 神奈川県農政部耕地課
・「横浜水道百年の歩み」横浜市水道局
  昭和62年(1987)10月17日

今回のスタートさがみの仲よし小道の起点付近の地図
です。

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其の83 横浜水道みち鳩川水管橋撤去 

前回、横浜水道みち道志川系統鳩川水管橋撤去について投稿しました。取り急ぎまずその概要だけを投稿しましたが他に工事の様子なども撮りましたので今回はそれについて投稿いたします。撮影したのは5月7日(火)です。

横浜水道鳩川水管橋布設替え工事
あざみがや交差点近くの道志川系統横浜水道みち。分厚い鉄板が敷き詰めてあります。大型クレーンも入っています。

横浜水道鳩川水管橋布設替え工事発進立坑
鳩川右岸、発進立坑付近の様子です。工事のお知らせ看板によるとクレーンの前に小判型で深さ17mの発進立坑が掘られています。

概略縦断図
前回も載せましたが、工事の概略縦断図です。
水管橋で鳩川を渡っている導水管が川底を潜る伏越(ふせこし・サイフォン)に変わります。

横浜水道鳩川水管橋布設替え工事
工事待ちの1500mm導水管。発進立坑付近。
推進工と呼ばれる伏越(サイフォン)の横引き管79mの挿入は終わっているそうです。

横浜水道鳩川水管橋布設替え工事
T字型の導水管継手。どの部分に使うのでしょう?
発進立坑付近にて。

横浜水道鳩川水管橋布設替え工事到達立坑付近
こちらは鳩川左岸側の到達立坑の前です。工事待ちの1500mm導水管が見えます。到達立坑内に布設するようです。
その様子を是非見学したいものです。この右側(今は鉄板が敷いてあります)が到達立坑で工事のお知らせ看板によると深さ17m、円型です。

Φ1500鋼管
上記のアップです。1500mm鋼管です。内面に何かコーティングが施されています。無機質系のように見えましたが樹脂系でしょうね。

鳩川右岸より水道みち下流を望む
鳩川右岸より水道みち下流を望む。
右側が鳩川水管橋です。7月ごろ撤去工事が始まります。
工事の日時はまだ分かりません。この水管橋は昭和50年に完成したそうです。まだ38年しか経っていません。工事の狙いは老朽化による取り替えよりも看板にあるように耐震化工事の意味合いが強いと思います。

この先に姥川が流れていてやはり水管橋で渡っています。
中の沢水道橋と言い径1500mmのパイプビーム形式です。延長25.68mで昭和61年3月に竣工。鳩川水管橋より11年新しいですが耐震化ならばこちらも近い将来撤去されるかもしれません。来年かな?再来年かな?

水道橋から鳩川下流を望む
水道橋より鳩川下流を望む。工事看板によると既設水管橋撤去(直径100cm)48.8mとあります。

鳩川左岸から水道みち上流を望む
鳩川左岸より水道みち上流を望む。
横浜水道みちを楽しんでいる管理人の希望を述べます。「水管橋はこのままモニュメントとして残してください!以上。」

前から感じているんですが、上水道施設は地下に潜っている性格上、普段さりげなくひっそりと存在していて人の役に立つ大きな仕事をしています。たまに地上に出た時はド派手にアピールした方が地域住民に親しまれて良いと思うのですが・・・。境川水管橋や大貫水路橋のように。まあいままで水道みちファンの目を楽しませてくれ、その役目を終えるわけです。これも世の常で致し方のないことです。なんとなく寂しいですね~。

管理人がこの一年水道みちを歩いて目にした撤去された地上施設を思い出して書き記します。
1.相模原市中央区田名 田名北小学校付近
  空気弁(エアバルブ)弁室(1.6×2.4×0.8mH)が2ヶ所
2.相模原市中央区田名 田名中付近
  空気弁(エアバルブ)弁室(1.6×2.4×0.8mH)が2ヶ所
3.相模原市緑区水場ほか 仕切弁空気弁弁室多数
4.横浜市旭区今宿南町 今宿橋水管橋
5.神奈川県が作った施設ですが県、横浜市、横須賀市と
  共有の小倉橋の相模原畑地かんがい水路橋

投稿した記事は多いのですが4.の今宿橋水管橋は通りがかった時にちょうど掘りだした古い導水管をトラックに積み込むところでした。「其の16東林間から鶴ヶ峰へ」でその模様を投稿しました。(2012/5投稿)

写真の右奥に円筒形の塔が見えます。
あざみがや交差点のすぐそばに立っています。
神奈川県内広域水道企業団・相模原調圧水槽
ちょっと古いですが2011/12/11に撮った全景です。
これは神奈川県内広域水道企業団の相模原調圧水槽と言います。酒匂川系統の相模原ポンプ場と相模原浄水場を結ぶ導水管上に設置されています。派手ですね~。
直径8.0m、高さ49.4mの大気解放された円筒です。
相模原ポンプ場が何らかの原因で急停止した際、逆流した溢れる水を塔(水槽)の中で一時的に吸収し、急激な水圧変化などによる管やポンプの損傷を防止します。(企業団HPなどdoushigawa調べ)

あざみがや交差点の地図です。

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其の82 横浜水道みち短信・鳩川水管橋が撤去されます

 5月6日晴れ。所用があり自転車で横浜水道みちを走りました。相模田名高校から相模原公園を抜け相模台までです。直線で最短距離になるので水道みちを選びました。
それが幸いし思わぬ情報を得ました。鳩川水管橋の撤去工事情報です。今日7日、カメラ片手に再訪しました。
横浜水道みちを歩く人々に親しまれている水管橋が撤去されてしまいます。それを見ると水道みちを歩いているんだな~と実感するあの水色の水管橋です。

横浜水道みち・あざみがや交差点付近
相模原市南区当麻あざみがや交差点付近の横浜水道みち。通行止めで迂回案内表示があります。道の両側に工事のお知らせ看板が立っています。

工事のお知らせ看板
水道みち左側の看板です。
導水管布設替工事のお知らせこの工事は、老朽化した水管橋を地下15mにトンネルを掘削し、耐震性に優れた水道管に更新するための工事です。
工事件名:水場から減圧水槽口径1500mm導水管
       布設替工事(その16)
工事期間:平成24年7月下旬から平成25年8月下旬ごろ
工事概要:既設水管橋撤去(100cm)48.8m他。

看板より。

工事場所案内地図クリックで拡大します。
工事場所案内図です。工事区間は鳩川を挟んで147m。
鳩川を挟んで発進立坑、到達立坑があります。

概略縦断図
これは概略縦断図のアップです。既設水管橋を撤去して鳩川を潜らせることが一目瞭然です。典型的な伏越(ふせこし・サイフォン)です。めったに見られない場面に立ち会えてラッキーでした。
工事の進捗は推進工(79m)を終えて、立坑に伏越管を布設する段階のようです。

工事案内看板
水道みち右側の看板です。こちらの工期は平成25年9月24日までとなっています。

以上が現場で得た工事の概要です。肝心の水管橋は今どうなっているのでしょう。
横浜水道・鳩川水管橋
横浜水道・鳩川水管橋
まだ無事でした。ばっちり撮ってきました。
上の写真は鳩川右岸水道橋から、下は鳩川左岸から撮りました。
それにしても情報入手が遅すぎと言われそうです。撤去までに間に合ってよかった。やれやれ・・・。油断しているとあっという間に工期が来ます。早めの探訪をお勧めします。小倉橋の畑地かんがい水路橋の時と同じ心境です。まあこれも世の習いでしょうがないか。残念ですね~。

横浜水道みち・JR相模線と交差
帰路、JR相模線茅ヶ崎行の列車がちょうど通過しました。
ガード下が横浜水道みちで、田名から城山ダム方面。

水道みちに山羊・相模原市中央区田名
これは往路でしたが水道みちで山羊が食事中でした。奥では子山羊がくつろいでいます。相模原市中央区田名にて。

あざみがや交差点の地図です。
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其の81 横須賀水道社家取水口を訪ねる

 去年(平成24年)11月に横須賀水道みち有馬系統(藤沢の葛原から海老名の有馬浄水場及び社家まで)を歩きました。横須賀市上下水道局社家導水ポンプ所前に着いたときは日没ぎりぎりで辺りは夕闇に包まれていました。「其の51横須賀水道みち9・・」(2012/11投稿)。
相模原畑地かんがい用水路探索を終えたところで、4月22日その続きを探索してきましたので投稿いたします。

横須賀水道みち・社家
JR相模線社家駅下車。駅前の道を南下しました。
一つ目の信号サークルK前交差点です。これは交差点から東を見たところです。
前方の丘の上、紅白の鉄塔の右側の建物が横須賀水道有馬浄水場管理棟です。この道は社家(しゃけ)導水ポンプ所と有馬浄水場をつなぐ導水管が通る横須賀水道みちです。

横須賀水道みち・海老名市社家
信号を右折しました。社家導水ポンプ所へ向かう横須賀水道みち。手前の線路はJR相模線です。

横須賀水道境界杭
上記写真、歩道の右側にあった珍しい鉄製の境界杭。
道路左側の歩道にもあり、全部で5ヶ所見つけました。
この道路は歩道も含めて所有者は横須賀市という事になりますね。管理人は半原系統水道みちを一から十まで歩きましたがこの手の境界杭は初めて見ました。サイズは10cm角でした。

横須賀水道みち・社家
その先です。社家導水ポンプ所の直前です。
足元のマンホールは横須賀水道空気弁マンホールフタ。
近くの歩道にも空気弁マンホールがありました。
横須賀水道・空気弁マンホールフタ←クリックで拡大。
上記のアップです。
横須賀水道・空気弁マンホールフタ←クリックで拡大。
歩道上の空気弁マンホールフタ。

神奈川県内広域水道企業団社家管理事務所
その先右側の神奈川県内広域水道企業団社家管理事務所。
(以下企業団という)。入口の案内看板によると管理棟、ポンプ棟、沈澱池などの施設があります。

横須賀水道局社家導水ポンプ所
その西隣が横須賀市上下水道局社家導水ポンプ所です。
左上は工事中のさがみ縦貫道。構内の一画に水利使用標識が掲げてありました。取水量0.916㎥/sとあります。
日量では79,000㎥になります。日々これだけの水を有馬浄水場へ送り続けていることになります。
平成10年(1998)7月竣工。

企業団前の横須賀水道みち
ポンプ所前の横須賀水道みち。有馬系統の起点です。
横切っているのは工事中のさがみ縦貫道。
水管橋は企業団酒匂川系統で、相模川水管橋と言います。
内径1350mm。昭和50年(1975)8月竣工。
企業団伊勢原浄水場から藤沢調整池へ向かっています。
横須賀水道も関係があります。
途中、横須賀水道有馬浄水場の調整池へ18,600㎥/日の浄水を送り込んでいます。

企業団相模大堰
相模川左岸堤防上に出て来ました。
企業団相模取水施設のメイン、相模大堰です。
相模川河口から12km上流に位置し、対岸は厚木市岡田で堰の長さは495mあります。
取水した原水は企業団綾瀬浄水場、相模原浄水場へ送られます。平成10年(1998)7月に供用開始。

企業団・相模大堰
同相模大堰です。少し接近して撮りました。

相模大堰取水門
相模川左岸堤防から見た取水門。
傍らに水利使用標識が掲げてありました。
毎秒7.190㎥とありました。日量621,000㎥です。
横須賀水道分も合わせて取水しているので
毎秒8.106㎥、日量約700,000㎥になります。凄い!

相模大堰取水口
取水口です。手前は呼び水水路でゴミ除けブイの左側が取水口です。

相模大堰取水門
取水口側から見た取水門。堤防の向こうに沈澱池があります。相模川が洪水の時は当然締め切られるのでしょう。

相模川左岸・東名高速北側
「豊かな水へのあゆみ」ー横須賀市水道施設写真集ーに昭和36年完成の横須賀水道社家取入口の写真が載っています。有馬浄水場の取水施設です。
場所は相模大堰の約400m上流、東名高速の北側と見当を付けました。近くなので探してみました。結果はこんな感じでそれらしきものは見つからず。空振りでした。平成10年に現施設に移転したようです。

相模川左岸・東名高速北側
こちらは同地点の川縁の様子です。
鯉釣りの竿が列をなしていました。ブラックバスを狙う釣り人もいました。
岸から突き出した石積みや水面から出ている無数の杭は何のためでしょう?50年以上前の完成時とは川の相がすっかり変わっています。

今回の探索で壮大な水管橋や取水堰をウォッチングすることが出来て良かったです。もっと良かったのは鉄製の横須賀水道境界杭を見つけたことです。超珍しいと思います。

今回の探索探訪記は以下の文献等を参考にしました。
・「豊かな水へのあゆみー横須賀市水道施設写真集ー」
  横須賀市水道局 昭和53年3月
・「水の旅 横須賀水道100年史」
  横須賀市上下水道局 平成20年12月
・神奈川県内広域水道企業団HP

JR相模線社家駅の地図です。


其の80 相模原畑地かんがい用水路6 鳩川サイフォンは水路橋!?

 前回までの投稿で相模原畑地かんがい用水路の専用隧道部分(津久井分水池から虹吹分水池まで)の探索探訪記をどうにかこうにか終えました。
その中で管理人が重大なミスショットをしましたので、訂正を兼ねこの稿で改めて記述いたします。

それはタイトルにあるように鳩川サイフォンのことです。
「其の76相模原畑地かんがい用水路2」で鳩川の底をサイフォン(伏越・ふせこし)で潜ると記述しましたが、実際には水路橋で鳩川を渡っていたことが判明しました。
えっ、何それ!?と感じる人がいるかも知れません。サイフォン(伏越)は用水路などが河川やその他障害物などと立体交差する際にその下を潜ると思い込んでいました。
管理人は去年一年相模川右岸の西部用水、中津川から取水の昭和用水や相模川左岸用水路などを歩き伏越を20個位見て来ました。皆それに該当しています。
そして今回、図面でよく確認しないまま記事にしました。いわゆる固定観念というやつです。

正解は拙ブログによく来訪される読者の方に教えていただきました。かんがい用水路を研究している方です。
知っている人はちゃんと知っているんですね~。
四ッ谷さくら橋は元は畑灌水路橋と言って橋の下にサイフォン管が渡っていたそうです。Sさんありがとうございました。

冷や汗をかきながら再取材をしました。図書館や博物館、現地にも再度行って来ました。

鳩川・四ッ谷さくら橋
説明上写真を再掲します。四ッ谷さくら橋です。
鳩川を渡った専用隧道は正面の相模横山河岸段丘を中腹まで駆け上がり段丘を貫いて上溝サイフォンに至ります。突き当りの信号は県道508号線交差点。

四ッ谷さくら橋から鳩川上流を望む
四ッ谷さくら橋から鳩川上流を望む。
左岸土手沿いは県道508号線・八王子街道です。

四ッ谷さくら橋から鳩川下流を望む
四ッ谷さくら橋から鳩川下流を望む。
専用隧道(コルゲートパイプ)の水の流れは右から左です。

四ッ谷さくら橋・鳩川左岸より
これは鳩川左岸から見た四ッ谷さくら橋です。
この時期になぜか鳩川の流れがありません。

相模原市立博物館で決定的な写真を見つけました。
第6工区鳩川コルゲート横断工
これは鳩川コルゲート横断工の写真です。
鳩川に架かる橋桁と右奥の黒い管がコルゲートパイプ。
位置関係は上の現在の四ッ谷さくら橋と同じと思います。

第6工区鳩川サイフォン工の一部
これは完成後の写真です。コンクリート製の橋桁と添架されたコルゲートパイプが見えます。
その上は畑灌水路橋の農道橋です。
鳩川サイフォンの延長は882.5mでサイフォン部にはコルゲートパイプが使われました。内径Φ1930。
この2枚の写真は「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」84P掲載写真から拝借しました。

それから土砂吐(どしゃばけ)について「其の76」で鳩川左岸と記述しましたが「相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」(以下技術誌図面編という)を見るとその排水管はサイフォン管中心から鳩川右岸に向けて描かれています。

四ッ谷さくら橋
位置から推定すると写真正面の逆流防止フタ付の排水口(フラップゲートΦ800)がそれと思われます。

四ッ谷さくら橋・県道508号線交差点
四ッ谷さくら橋を渡った県道508号線の交差点です。
この先は住宅地になります。鳩川を渡ったサイフォン管(コルゲートパイプ)はこの先で急激に立ち上がり鳩川サイフォン工流出口につながり暗渠、小型隧道となって上溝サイフォンに向かっています。

今回の再取材で技術誌図面編を見ているうちにあることに気づきました。側面図にEL数字が記してあることです。(ELとは標高のことです)
虫眼鏡で見ないと分かりませんがmm単位まで記されています。これを見ると地形の高低がよく理解できると思います。
各地点の管底ELをメモしましたので記します。

鳩川サイフォン工流入口(金刀比羅神社前)
        入口側 109.633m 
        出口側 107.400
鳩川サイフォン工水路橋 102.250
鳩川サイフォン工流出口(四ッ谷さくら橋東)
        出口側 108.225 
上溝サイフォン工流入口
        入口側 106.937
上溝サイフォン工流出口
        出口側 106.540
こんな風になっています。
技術誌図面編によると水路橋と流出口間は約50m~60mです。わずか50m~60mほどの間を約6mもサイフォンで駆けがっていることが分かります。
「其の77」でJR相模線下の原第2踏切の辺りで地表の標高差を比較しましたが、意味のない比較でした。とはいえ地表から何m下の地下を通過しているかが分かりますね。意味がないこともないかな・・・。
しかしもっと早くELに気づけよ!とも思います・・・。

この後県道508号線を渡り鳩川サイフォン工流出口の遺構を探索しました。技術誌図面編には地上露出部があるように描かれていたからです。
見当をつけた辺りを歩いていると「何か探しているんですか?」とどこからか声をかけられました。
不審者と思われたかも知れません。事情を明かすとなんとそのお宅の駐車場が流出口の跡地であることが分かりました。平成18年頃に住宅の建て替え工事の際に神奈川県と相談して取り壊して撤去したそうです。地上部分が高さ1.5m位のコンクリートの構築物だったそうです。

それからこんな珍しい逸話を伺うことも出来ました。
いつかは聞きもらしましたが、ある日コンクリートの構築物のマンホールフタが開いて中から中学生が7人もぞろぞろと出て来たそうです。聞けば上溝から隧道の中を伝って来たとのことでびっくりしたそうです。管理人もびっくりしました。
おそらく上溝中学の上溝サイフォン工流入口から入り込んだと思います。勇気ある中学生です。大冒険をしました。管理人も歩いてみたいです。上溝サイフォン工流入口が後から塞ぎ工事がなされたのはこの事件のせいかもしれません。
上溝サイフォンについては「其の78」2013/4に投稿しましたので参照ください。

今回の探索探訪記の参考文献です。
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術誌図面編」
  1965年5月 神奈川県農政部耕地課
・「神奈川県相模原開発畑地かんがい技術史」
  1965年5月 神奈川県農政部耕地課

四ッ谷さくら橋の東にある作の口小学校の地図です。

大きな地図で見る

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