1月24日(金)晴れの日に探索しました。前回は八瀬川の桧橋際に架かるアーチ形水管橋を見て田んぼの中の道を昭和橋へ向かいました。今日はどんな道を通るのでしょうか。どんな施設が見れるでしょうか。バードウオッチングならぬ水道みちウオッチングに出発です。

相模川に架かる昭和橋の北詰まで来ました。
相模川は北から南へ流下していると思い込んでいましたが、この辺りでは南東へ流れています。昭和橋は南北に架かっているので、ここに立つと逆光線になります。昭和橋は今は県道508号線の橋ですが上流にR129のバイパス新昭和橋が出来るまではこの道がR129でした。八王子街道と呼ばれています。

相模川を水管橋で渡る神奈川県営水道北相送水管・中津支管(以下県水中津支管)です。
この水管橋を初めて見たのは去年(平成24年)6月、ウォーキングで厚木市猿ケ島の相模川伏越吐口探索に向かう途中でした。車で通り過ぎるだけではなかなか気がつかないと思います。送水管は昭和橋の橋脚西側に添架されています。
水道局に照会して概要を教わりました。
口径はΦ800mm(内径)、鋼管製です。
添架されている管延長は362.4mです。
当初昭和41年に昭和橋に添架され、その後橋の拡幅工事に伴い一部取替えをして現在に至っているとのことです。
この度の神奈川県営水道みち探索を思い立ったのはこの水管橋を見たのが大きいと思います。他には谷ケ原浄水場を見学したり、大島の創設期の横浜水道みちで県水の露出した送水管を見たりしました。断片的な県水送水管施設の知識を一本に繋げたい気持ちが強かったのでしょう・・・。

昭和橋側道橋を渡りました。側道橋から見た相模川下流です。神奈川県の母なる川と言われています。

相模川右岸から見た昭和橋と昭和橋側道橋。

昭和橋南詰の県水中津支管昭和橋水管橋。

昭和橋南詰、県道508号線沿いの依知神社。
県水中津支管は神社前の県道を南進します。



県道東側の依知神社のイチョウです。↑クリックで拡大します。
厚木市指定天然記念物。かながわの名木100選に選ばれています。樹齢は500年以上だそうです。

南下する県道508号線・八王子街道。前方の丘を上り台地上を通るR129に向かっています。ここは厚木市上依知です。

その先で右へ大きくカーブする県道508号線。県水中津支管はそのまま直進します。例の四角い空気弁マンホールがあるので辿れます。

その先です。県道と一般道がH型に結ばれています。
左側の道はカーブして坂を上ってきた県道508号線。右側の道は地図を見ると堂坂とあります。直進した県水中津支管は左からここへ出て来ます。県道に合流しないでその下を潜り、堂坂へ入り坂道を上ります。管理人も坂を上ります。

堂坂左側にあった馬頭観世音の碑。説明看板によると高さが142cmもあり自然石では厚木市内最大だそうです。慶応3年(1867)に建てられました。

馬頭観世音の説明看板です。
この堂坂は地図をよく見ると八王子街道です。この坂を上りきると県道508号線を横断し、R129の東側を山際、関口、中依知へ通じています。大昔からある街道のようです。

八王子街道・堂坂を上り段丘上の台地まで来ました。
県道508号線手前のT字路を右折しました。西へ直進します。手前足元におなじみの県水の四角い空気弁マンホールが写っています。

直進したら広い道に突き当たりました。R129厚相バイパスです。県水中津支管が見当たりません。足元には例の四角いマンホールがあります。

神奈川県営水道北相送水管・中津支管は水管橋ではなく伏越でR129を渡っているようです。一番目立たない地味な方法が採られたみたいです。このマンホールの辺りで真っすぐ地下へもぐり国道の下を潜り対岸で立ち上がって西へ向かっていると思われます。

水道みちの北70mに架かる1号橋から見たR129の南方向(厚木市中心)。県水中津支管は左(東)から右(西)へ渡っています。断面イメージは凹。こんな感じです。
相模川を水管橋で渡り段丘崖を上ってここまで来て、国道の路面下まで潜ってまた上る。前述のように谷ケ原浄水場から自然流下で中津配水池へ送水されています。標高差があるとはいえいつも不思議に思います。

同じく1号橋から見た北方向(相模原市方面)です。
相模川右岸の段丘を切り開いた切通しです。詳細は知りませんが相当な金と労力と時間をかけた思います。お蔭で昭和橋や上溝の交通渋滞が解消され利便性が格段に向上しました。
1号橋はR129に架かる橋で、橋長さ31.25m。
昭和49年に神奈川県が架けました。

R129の西側へ来ました。足元に県水の四角いマンホールがあります。国道東側の水道みち延長線上です。

神奈川県水マンホールフタ。給水口付空気弁と表示してあります。伏越で国道を潜った送水管はこの辺りで立ち上がっていると思われます。
ここでド素人管理人の素朴な疑問です。
前述のように県水中津支管は昭和41年には昭和橋を水管橋で渡っており愛川町の中津配水池へ送水していたと思われます。一方R129新昭和橋は昭和54年に竣工です。厚相バイパスもそのころ開通したはずです。すなわち平穏にこの辺りの地下1m位に敷設され中津配水池へ送水していた県水中津支管の下が厚相バイパス工事のために幅約32mに渡って開削されたわけです。そのままにしておけば送水管が宙ぶらりんになってしまいます。いかにして工事を進めたかその手順を知りたいですね~。仮設の鉄橋を架けて送水管を支えたのでしょうか? 中津配水池へ送水しながらの工事だったと思います。伏越配管への通水切り替えタイミングも絶妙だったと思います。いずれにしても管理人の見識では永久に謎のままです。
水道みちウオッチングを楽しんでいる管理人の希望を言わせてもらうと水管橋にしてほしかったですね。出来ればアーチ形のパイプビームで。イメージとしては横浜水道境川水管橋です。ド派手でいいと思います。導水管路はその性格上地上にあまり姿を現さないのが特徴です。普段さりげなくひっそりと人のため役立っています。でもたまに姿を現したときはアピールした方が地域住民にも県民にも親しまれて良いと思うんですけどね~。でもよく観察するとここは水管橋を架ける用地がないですね。両岸にある程度の広さがないと橋は架けられません。やっぱり伏越しで渡るしかなかったようです。切り替え工事費、後の維持管理面もあるかと思います。
こんなことを素人が勝手に書けるのもブログならではで、あくまでも個人の感想意見です・・・。
とはいえこれからは水道施設ウオッチング対象が減っていくような気がします。と言いますのも幹線送水管はシールド工事で地下20mもの深いところを通すのが主流になっているからです。小河川やその他の立体交差は水管橋や伏越でなくとも深い地下を通過してしまえばいいのですから。水道みちを歩いても空気弁、仕切弁、バタフライ弁などのマンホールフタしか見られなくなるかも知れません。
横浜水道みちの堂山橋へ行くとシールド工事完成により廃止になった水管橋跡が見られます。導水管がカットされセメントで塞がれています。

そのまま西へ進み藤塚公園前信号に来ました。
内陸中津工業団地入口です。西(左)へ直進します。

内陸1丁目の次の信号南で見つけた量水器のマンホールです。サイズは700×900mm位で大き目。
その周り5m以内に仕切弁マンホールが6枚、空気弁マンホールが1枚とマンホールフタが群れていました。経路図を見るとこの辺りで厚木市内向けに分岐しています。そうかなるほどと、なんとなく納得しました。


南中央通りバス停より来た道を振り返りました。
県水中津支管は南側歩道下に敷設されています。

愛川町中津の桜台団地入口交差点で横須賀水道みちと交差します。交差点より横須賀水道みち下流、厚木市下川入方面を望む。横須賀水道みちは去年10月にここを通りました。懐かしいです。
径500mmの鋳鉄管が通ってます。大正10年頃、敷設されました。県水中津支管は敬意を払ってその下を潜っていると思われます。


その先、通りの右側に在りました。神奈川県企業庁中津配水池の正門です。神奈川県営水道北相送水管・中津支管の終点です。ここで一旦貯留された水はその後、愛川町の一部と厚木市の一部に給水されます。
なお谷ケ原浄水場のHPによると中津配水池内に小水力発電設備が設置され浄水場からの自然流下の有効落差(29m)を利用した発電が行われているそうです。
発電機出力 最大100kw
年間発電電力量 約32万kwh

中津配水池前の歩道と並木。
延べ3日かけて神奈川県営水道みちを歩きました。
一言で言うと大変楽しく面白い旅でした。管理人の好奇心を十分満たしてくれ大満足です。見つけた施設は本文で述べた通りです。車社会なので普段行き交っていながら気づかなった施設、表通りしか通らないので地元にありながら知らなかった施設、意外な道が水道みちであったりと新しい発見続出でした。相模原畑地かんがい用水路が相模原大島で水道みちと重なっていることも確認出来ました。
神奈川県企業庁のHPに県内を網の目のように走る県営水道送配水管の路線網が載っています。
北相送水管と中津支管はその極一部です。今回そこを歩き県営水道事業を垣間見た気がします。
お終いに相模川源流の写真で神奈川県営水道みち最終回を締めたいと思います。

山梨県が建てた相模川源流の碑。
山梨県山中湖村山中湖湖畔にて。
↓説明看板です。クリックで拡大します。


山中湖から流れ出る一級河川桂川(相模川)本流。
この右側に相模川源流の碑が立っています。
この写真は去年4月に道志川源流を訪ねたときに回り道をして撮りました。あいにく曇り空で富士山を仰ぐことは出来ませんでした。説明看板にあるように山中湖の湖水のもとは富士山です。忍野八海や河口湖も同様です。それらやその他支流を合わせて桂川は流れ下り神奈川県に入ると相模川に名前を変え相模ダムの貯水池である相模湖に至ります。その先は今年になって管理人が歩いて来た通りです。
そんなわけで我が家の水道の蛇口から出る水は富士山の恵みであることが分かります。富士山に感謝感謝です。それから相模ダム、沼本ダム、津久井導水路、津久井分水池、谷ケ原浄水場、送配水管路などのインフラを築いた先人に感謝の気持ちを忘れてはならないと思います。
「おいしい水をいつもありがとうございます」
今日のスタート地点昭和橋付近の地図です。
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