横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の69 神奈川県営水道みちを歩く6

今回が神奈川県営水道みちの最終回です。
1月24日(金)晴れの日に探索しました。前回は八瀬川の桧橋際に架かるアーチ形水管橋を見て田んぼの中の道を昭和橋へ向かいました。今日はどんな道を通るのでしょうか。どんな施設が見れるでしょうか。バードウオッチングならぬ水道みちウオッチングに出発です。

相模川県道508号線昭和橋東詰
相模川に架かる昭和橋の北詰まで来ました。
相模川は北から南へ流下していると思い込んでいましたが、この辺りでは南東へ流れています。昭和橋は南北に架かっているので、ここに立つと逆光線になります。昭和橋は今は県道508号線の橋ですが上流にR129のバイパス新昭和橋が出来るまではこの道がR129でした。八王子街道と呼ばれています。

神奈川県営水道北相送水管・中津支管昭和橋水管橋
相模川を水管橋で渡る神奈川県営水道北相送水管・中津支管(以下県水中津支管)です。
この水管橋を初めて見たのは去年(平成24年)6月、ウォーキングで厚木市猿ケ島の相模川伏越吐口探索に向かう途中でした。車で通り過ぎるだけではなかなか気がつかないと思います。送水管は昭和橋の橋脚西側に添架されています。
水道局に照会して概要を教わりました。
口径はΦ800mm(内径)、鋼管製です。
添架されている管延長は362.4mです。
当初昭和41年に昭和橋に添架され、その後橋の拡幅工事に伴い一部取替えをして現在に至っているとのことです。

この度の神奈川県営水道みち探索を思い立ったのはこの水管橋を見たのが大きいと思います。他には谷ケ原浄水場を見学したり、大島の創設期の横浜水道みちで県水の露出した送水管を見たりしました。断片的な県水送水管施設の知識を一本に繋げたい気持ちが強かったのでしょう・・・。

昭和橋側道橋から相模川下流を望む
昭和橋側道橋を渡りました。側道橋から見た相模川下流です。神奈川県の母なる川と言われています。

昭和橋と昭和橋側道橋
相模川右岸から見た昭和橋と昭和橋側道橋。

神奈川県営水道・中津支管昭和橋水管橋
昭和橋南詰の県水中津支管昭和橋水管橋。

依知神社
昭和橋南詰、県道508号線沿いの依知神社。
県水中津支管は神社前の県道を南進します。

依知神社のイチョウ 依知神社のイチョウ説明看板 依知神社のイチョウ説明看板
県道東側の依知神社のイチョウです。↑クリックで拡大します。
厚木市指定天然記念物。かながわの名木100選に選ばれています。樹齢は500年以上だそうです。

南下する県道508号線・厚木市上依知
南下する県道508号線・八王子街道。前方の丘を上り台地上を通るR129に向かっています。ここは厚木市上依知です。

県道508号線・厚木市上依知
その先で右へ大きくカーブする県道508号線。県水中津支管はそのまま直進します。例の四角い空気弁マンホールがあるので辿れます。

県道508号線堂坂分岐点
その先です。県道と一般道がH型に結ばれています。
左側の道はカーブして坂を上ってきた県道508号線。右側の道は地図を見ると堂坂とあります。直進した県水中津支管は左からここへ出て来ます。県道に合流しないでその下を潜り、堂坂へ入り坂道を上ります。管理人も坂を上ります。

馬頭観世音の碑
堂坂左側にあった馬頭観世音の碑。説明看板によると高さが142cmもあり自然石では厚木市内最大だそうです。慶応3年(1867)に建てられました。
馬頭観世音説明看板クリックで拡大します。
馬頭観世音の説明看板です。

この堂坂は地図をよく見ると八王子街道です。この坂を上りきると県道508号線を横断し、R129の東側を山際、関口、中依知へ通じています。大昔からある街道のようです。

神奈川県営水道みち・厚木市上依知
八王子街道・堂坂を上り段丘上の台地まで来ました。
県道508号線手前のT字路を右折しました。西へ直進します。手前足元におなじみの県水の四角い空気弁マンホールが写っています。

神奈川県営水道みち・R129交差厚木市上依知
直進したら広い道に突き当たりました。R129厚相バイパスです。県水中津支管が見当たりません。足元には例の四角いマンホールがあります。
神奈川県水空気弁マンホールクリックで拡大します。
神奈川県営水道北相送水管・中津支管は水管橋ではなく伏越でR129を渡っているようです。一番目立たない地味な方法が採られたみたいです。このマンホールの辺りで真っすぐ地下へもぐり国道の下を潜り対岸で立ち上がって西へ向かっていると思われます。

R129厚木市上依知
水道みちの北70mに架かる1号橋から見たR129の南方向(厚木市中心)。県水中津支管は左(東)から右(西)へ渡っています。断面イメージは凹。こんな感じです。
相模川を水管橋で渡り段丘崖を上ってここまで来て、国道の路面下まで潜ってまた上る。前述のように谷ケ原浄水場から自然流下で中津配水池へ送水されています。標高差があるとはいえいつも不思議に思います。

R129厚木市上依知
同じく1号橋から見た北方向(相模原市方面)です。
相模川右岸の段丘を切り開いた切通しです。詳細は知りませんが相当な金と労力と時間をかけた思います。お蔭で昭和橋や上溝の交通渋滞が解消され利便性が格段に向上しました。
1号橋はR129に架かる橋で、橋長さ31.25m。
昭和49年に神奈川県が架けました。

神奈川県営水道みち・R129と交差厚木市上依知
R129の西側へ来ました。足元に県水の四角いマンホールがあります。国道東側の水道みち延長線上です。

神奈川県水給水口付空気弁マンホールクリックで拡大します。
神奈川県水マンホールフタ。給水口付空気弁と表示してあります。伏越で国道を潜った送水管はこの辺りで立ち上がっていると思われます。

ここでド素人管理人の素朴な疑問です。
前述のように県水中津支管は昭和41年には昭和橋を水管橋で渡っており愛川町の中津配水池へ送水していたと思われます。一方R129新昭和橋は昭和54年に竣工です。厚相バイパスもそのころ開通したはずです。すなわち平穏にこの辺りの地下1m位に敷設され中津配水池へ送水していた県水中津支管の下が厚相バイパス工事のために幅約32mに渡って開削されたわけです。そのままにしておけば送水管が宙ぶらりんになってしまいます。いかにして工事を進めたかその手順を知りたいですね~。仮設の鉄橋を架けて送水管を支えたのでしょうか? 中津配水池へ送水しながらの工事だったと思います。伏越配管への通水切り替えタイミングも絶妙だったと思います。いずれにしても管理人の見識では永久に謎のままです。

水道みちウオッチングを楽しんでいる管理人の希望を言わせてもらうと水管橋にしてほしかったですね。出来ればアーチ形のパイプビームで。イメージとしては横浜水道境川水管橋です。ド派手でいいと思います。導水管路はその性格上地上にあまり姿を現さないのが特徴です。普段さりげなくひっそりと人のため役立っています。でもたまに姿を現したときはアピールした方が地域住民にも県民にも親しまれて良いと思うんですけどね~。でもよく観察するとここは水管橋を架ける用地がないですね。両岸にある程度の広さがないと橋は架けられません。やっぱり伏越しで渡るしかなかったようです。切り替え工事費、後の維持管理面もあるかと思います。

こんなことを素人が勝手に書けるのもブログならではで、あくまでも個人の感想意見です・・・。

とはいえこれからは水道施設ウオッチング対象が減っていくような気がします。と言いますのも幹線送水管はシールド工事で地下20mもの深いところを通すのが主流になっているからです。小河川やその他の立体交差は水管橋や伏越でなくとも深い地下を通過してしまえばいいのですから。水道みちを歩いても空気弁、仕切弁、バタフライ弁などのマンホールフタしか見られなくなるかも知れません。
横浜水道みちの堂山橋へ行くとシールド工事完成により廃止になった水管橋跡が見られます。導水管がカットされセメントで塞がれています。

公園前交差点
そのまま西へ進み藤塚公園前信号に来ました。
内陸中津工業団地入口です。西(左)へ直進します。

量水器のマンホール・厚木市上依知
内陸1丁目の次の信号南で見つけた量水器のマンホールです。サイズは700×900mm位で大き目。
その周り5m以内に仕切弁マンホールが6枚、空気弁マンホールが1枚とマンホールフタが群れていました。経路図を見るとこの辺りで厚木市内向けに分岐しています。そうかなるほどと、なんとなく納得しました。
量水器のマンホール・厚木市上依知クリックで拡大します。

南中央通りバス停
南中央通りバス停より来た道を振り返りました。
県水中津支管は南側歩道下に敷設されています。

愛川町中津横須賀水道みちと交差
愛川町中津の桜台団地入口交差点で横須賀水道みちと交差します。交差点より横須賀水道みち下流、厚木市下川入方面を望む。横須賀水道みちは去年10月にここを通りました。懐かしいです。
径500mmの鋳鉄管が通ってます。大正10年頃、敷設されました。県水中津支管は敬意を払ってその下を潜っていると思われます。

中津配水池正門
中津配水池中津配水池
その先、通りの右側に在りました。神奈川県企業庁中津配水池の正門です。神奈川県営水道北相送水管・中津支管の終点です。ここで一旦貯留された水はその後、愛川町の一部と厚木市の一部に給水されます。

なお谷ケ原浄水場のHPによると中津配水池内に小水力発電設備が設置され浄水場からの自然流下の有効落差(29m)を利用した発電が行われているそうです。
発電機出力 最大100kw
年間発電電力量 約32万kwh

中津配水池
中津配水池前の歩道と並木。

延べ3日かけて神奈川県営水道みちを歩きました。
一言で言うと大変楽しく面白い旅でした。管理人の好奇心を十分満たしてくれ大満足です。見つけた施設は本文で述べた通りです。車社会なので普段行き交っていながら気づかなった施設、表通りしか通らないので地元にありながら知らなかった施設、意外な道が水道みちであったりと新しい発見続出でした。相模原畑地かんがい用水路が相模原大島で水道みちと重なっていることも確認出来ました。

神奈川県企業庁のHPに県内を網の目のように走る県営水道送配水管の路線網が載っています。
北相送水管と中津支管はその極一部です。今回そこを歩き県営水道事業を垣間見た気がします。

お終いに相模川源流の写真で神奈川県営水道みち最終回を締めたいと思います。

山中湖・相模川源流
山梨県が建てた相模川源流の碑。
山梨県山中湖村山中湖湖畔にて。
↓説明看板です。クリックで拡大します。
相模川源流の碑説明看板

山中湖と桂川(相模川)本流
山中湖から流れ出る一級河川桂川(相模川)本流。
この右側に相模川源流の碑が立っています。

この写真は去年4月に道志川源流を訪ねたときに回り道をして撮りました。あいにく曇り空で富士山を仰ぐことは出来ませんでした。説明看板にあるように山中湖の湖水のもとは富士山です。忍野八海や河口湖も同様です。それらやその他支流を合わせて桂川は流れ下り神奈川県に入ると相模川に名前を変え相模ダムの貯水池である相模湖に至ります。その先は今年になって管理人が歩いて来た通りです。

そんなわけで我が家の水道の蛇口から出る水は富士山の恵みであることが分かります。富士山に感謝感謝です。それから相模ダム、沼本ダム、津久井導水路、津久井分水池、谷ケ原浄水場、送配水管路などのインフラを築いた先人に感謝の気持ちを忘れてはならないと思います。
「おいしい水をいつもありがとうございます」

今日のスタート地点昭和橋付近の地図です。

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其の68 神奈川県営水道みちを歩く5

前回の続きです。探索したのは1月20日(日)晴れの日です。前回は亀ヶ池八幡宮前の道を南下し県道52号線下原の交差点信号まで進みました。

姥川枡田橋水管橋
下原の信号を右折し県道52号線に入りました。
姥川に架かる枡田橋南側を水管橋で渡る神奈川県営水道北相送水管中津支管(以下県水北相送水管・中津支管)。車で通ると低い位置に架かっているため目に入らないと思います。管理人も今日初めて見ました。

経路図を見るとここからは管径がΦ800mmで管路の名前が北相送水管(中津支管)になっています。

枡田橋から姥川上流を望む
枡田橋から見た姥川の上流です。

鳩川を渡る県水北相送水管・中津支管
続いて西側を流れる鳩川を水管橋で渡ります。
この水管橋も車からは見えません。

鳩川水管橋より下流を望む
鳩川水管橋から見た下流の景色です。

JR相模線原当麻駅付近の踏切
JR相模線の踏切を渡ります。
左が海老名方面、右が原当麻駅で橋本方面。踏切を渡った左側が麻溝小。

神奈川県営水道みち・麻溝小付近
経路図を見ると県水北相送水管・中津支管は麻溝小の敷地に沿って県道を左折し細い路地に入ります。県道46号線と交差する麻溝小入口信号の手前です。

神奈川県営水道みち・麻溝小付近
路地の突き当りを右折し県道46号線に出て来ました。
県水北相送水管・中津支管は県道を横断しその先の麻溝保育園付近を左に入り河岸段丘崖を下り八瀬川の桧橋へ向かっています。

県道46号線飄禄玉看板
崖を下る道はないので別ルートで追いかけました。
近くの県道46号線に掲げてあるこの看板が目印です。飄禄玉(ひょうろくだま)と読みます。鯉、ます、あゆ料理の店です。飄禄玉の先に桧橋が架かっています。

浅間神社
道なりに坂道を下ります。坂道途中の浅間神社。
飄禄玉の案内看板に従って下りていきます。

飄禄玉で昼ご飯
ここで時計を見たら13時30分を過ぎています。
飄禄玉へ入り遅めの食事です。店内は団体さんやら家族連れで混んでいました。田んぼが見渡せる窓際に案内されました。これが豪華?な昼食です。ますのからあげ、むぎとろめし、こいのみそしる、スーパードライ大瓶です。ますのからあげには大根おろしがたっぷり付いています。ますのからあげはお店の看板メニューで頭の先からしっぽまで食べられます。締めて1890円也。ご馳走様でした。
↓おしながきです。
飄禄玉おしながきクリックで拡大します。

八瀬川桧橋水管橋
坂道左側の飄禄玉で食事を終え桧橋を渡りました。八瀬川を渡るアーチ形の水管橋です。
県水北相送水管・中津支管Φ800mm。

桧橋より八瀬川下流を望む
桧橋より八瀬川下流を望む。左側の帯状の森は相模横山河岸段丘崖の一段下にある河岸段丘崖です。河岸段丘崖と相模川の間に広がるのが右側の田んぼです。

田んぼより河岸段丘崖を望む・相模原市南区当麻
田んぼから見た河岸段丘崖の森。
左側の建物が飄禄玉です。県水北相送水管・中津支管は田んぼの中の道を昭和橋の方へ向かっています。

神奈川県営水道みち・相模原市南区当麻
田んぼの中のこんな道です。逆光線になるので相模川を背に撮りました。

今回はここまでです。次回は昭和橋を渡り厚木から終点の中津配水池へ向かいます。

今回のスタート地点下原信号付近の地図です。

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其の67 神奈川県営水道みちを歩く4

神奈川県営水道みち探索の4回目です。
1月20日(日)晴れ、風もない穏やかな日に探索に行きました。今日はどんな施設が見れるでしょうか。いつも楽しみにしながら家を出ます。

亀ヶ池八幡宮
前回はここ亀ヶ池八幡宮前の信号まで来たところで日没になり探索を終えました。この先は県道52号線下原の交差点まで一本道で南下します。地図なしでも歩けます。

亀ヶ池八幡宮
北相模総守護社 亀ヶ池八幡宮前です。
水道みちは八幡宮の前を通っています。

神奈川県営水道・空気弁マンホール
四角い空気弁マンホールがありました。神奈川県営水道北相送水管(以下県水北相送水管)管路上の水道みちを歩いている証になります。大島の森の中のマンホールもこれと同じタイプでした。

神奈川県営水道・虹吹橋水管橋
今日見る最初の県水北相送水管施設です。
姥川(うばがわ)右岸から左岸へ渡る虹吹橋水管橋です。虹吹橋の東側にも細い水管橋が架かっていました。市内向け配水管と思われます。姥川が蛇行しているため姥川を渡るのはこれで3回目です。

水管橋に銘板が貼ってありました。
虹吹水管橋の銘板クリックで拡大します。
虹吹橋水管橋
管種管径 鋼管Φ1000
支間 23.000m
完成年月 昭和60年3月
施工 新日本製鐵株式会社
神奈川県企業庁水道局 
  銘板より

神奈川県営水道みち・虹吹バス停付近
虹吹バス停から見た水道みち上流方面。

神奈川県営水道みち・七曲り下交差点
その先の七曲り下交差点です。交差点の中に大きめのマンホールがあります。

バタ弁900マンホールクリックで拡大します。
バタ弁900とあります。県水北相送水管のバタフライ弁で管径900用と思われます。

この辺りでは水道みちは南下しています。この交差点の西200mのところに先ほど渡った姥川の下流にかじこ橋が架かっています。県水北相送水管は相模原市内のどこかで市内配水用に分岐しているはずです。そう思った管理人、それと以前通りがかった時にかじこ橋に水管橋が架かっていたのを思いだして確かめに行きました。

神奈川県水かじこ橋水管橋
かじこ橋の南に架かる水管橋。管径は虹吹より細め。
七曲り下で分岐していればかじこ橋を水管橋で渡ると推測しました。確かに水管橋があり県水のマンホールがフェンスで囲われた施設内にあったので県の施設と思われますが分岐はあくまで管理人の想像です。

神奈川県営水道みち・七曲下付近
七曲り下付近から見た東側の風景です。
奥の森は相模横山と呼ばれる相模川が作った河岸段丘崖です。段丘崖の上には横浜市水道局虹吹分水池や県の虹吹分水池跡、その南には横浜市水道局相模原沈澱池があります。この河岸段丘崖は南は座間、海老名の方まで伸びています。

当麻山道の道標
その先の上溝新開バス停付近で見つけた当麻山道と、その道標です。昭和63年に相模原市が建てました。
ここは相模原市中央区から南区下溝に入っています。

当麻山道の道標クリックで拡大します。
当麻山道
北東 淵野辺方面、 南西 当麻方面おもに当麻山無量光寺へお参りに行く人々が行き来した道なのでこの名があります。またこの道が村の境だったので「境道」または単に「おおみち」とも呼ばれていました。
道標より

神奈川県営水道みち・下古山バス停付近
下古山バス停から見た水道みち上流方面。

神奈川県営水道みち・横浜水道みちと交差
その先で横浜水道みち(道志川系)と交差します。
横浜水道みちの上流(城山ダム)方面です。遠くに見える円柱の塔は神奈川県内広域水道企業団相模原調圧水槽です。14日の成人の日に降った大雪がまだ残っています。

神奈川県水・量水器マンホール 神奈川県水・電気のマンホールクリックで拡大します。
横浜水道みちとの交差地点付近にあった県水のマンホール。量水器と電気と書いてあります。どちらも初めて見ました。

神奈川県営水道みち・県道52号線下原交差点
県道52号線T字路の下原交差点まで来ました。県水北相送水管は交差点を右折し県道に合流し西へ向かいます。

今回はここまでです。続きは次回投稿いたします。

今回のスタート地点亀ヶ池八幡宮付近の地図です。

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其の66 神奈川県営水道みちを歩く3

県営水道みちと言う聞きなれない道の探索を始めた風変わりな管理人。脳は大丈夫?と言われそうですが、気持ちは至って健常です。さて前回の続きです。この先どんな道を通るのでしょうか。どんな施設が見られるでしょうか。楽しみですね~。探索したのは1月12日(土)晴れの日です。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区田名
相模原市緑区田名から中央区田名へ入りました。
水道みちらしく一直線に伸びています。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区田名
同じく住宅街を真っすぐ進む水道みち。この辺りはまだあの灌漑用水路隧道もこの地下を通っています。

金刀比羅神社
水道みち左側の金刀比羅神社。この付近で灌漑用水路隧道はサイフォン(伏越)となって鳩川を潜るため水道みちから離れていきますが、明確な場所は特定できません。地上に何かの施設が顔を出していれば良いのですが。今後調査してみます。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区田名葛輪
その先の5差路です。普通の十字路に取って付けたように斜めに左へ入って行く道があります。こんな道は何かの事情で作ったと分かります。県水北相送水管を通すために開いたのでしょう。

神奈川県営水道みち・県道508号線葛輪バス停前
斜めに左折し直進すると県道63号線葛輪バス停前に出て来ました。今度は県道を斜めに横断します。目の前の進入禁止の道は管理人が日頃抜け道として利用しています。やはり訳ありの道だったのです。ここが水道みちとは初めて知りました。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区上溝
そのまま直進するとまた5差路です。導水管路用に作った道でしょうか。例の四角い空気弁マンホールが所々にあるので道に迷うことはありません。素直に右斜めに進みます。だいぶ日が落ちてきました。ここは相模原市中央区上溝です。

神奈川県営水道みち・上三谷橋付近
上三谷橋付近の三差路に来ました。左前方に鳩川が流れてます。左折します。この辺りは隣町に住む管理人にとっても初めて通る道です。

鳩川・上三谷橋
鳩川に架かる上三谷橋。水管橋が見当たりません。
川底を伏越で潜っているようです。

谷ケ原浄水場のHPにこんな記事が載っています。
谷ケ原浄水場で作られた水道水は、浄水場から送水ポンプ又は自然流下で配水池等へ送られ、そこからお客様へお届けしています。愛川町に設置している中津配水池は、浄水場より標高が低い位置にあるため自然流下で送水しており・・・とあります。

マピオンで標高を調べました。
谷ケ原浄水場 143m、 渓松園 121m上三谷橋 104m、 中津配水池 87mでした。
高低差56mゆえに鳩川を伏越で潜れるわけです。

神奈川県営水道みち・上三谷橋付近
上三谷橋を渡り道なりに進むと県道508号線沿いのてるて幼稚園に突き当たります。水道みち上に四角い県水のマンホール見えます。

R129作ノ口信号
508号線に入りR129作ノ口高架橋下の交差点を潜ります。
標識にあるように左は八王子、右は厚木方面です。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区上溝
R129を横断し、ガソリンスタンドとセブンイレブンの間の道を南下しました。こんな住宅街を県水北相送水管は通っています。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区上溝
三差路へ出て来ました。途中右や左へ迂回しました。
マンホールを目印にします。ここへ出てくれば正解です。左側の道が水道みちです。時刻は16:00過ぎ、だいぶ日が落ちてきました。

神奈川県営水道みち・県道503号線オートバックス前
県道503号線オートバックス前の信号に出て来ました。
県道は左折するとJR横浜線相模原駅へ、右折すると県道54号線となり横須賀水道半原水源地のある半原に至ります。

神奈川県営水道みち・県道57号線相模原市中央区上溝
さらに進むと今度は県道57号線と交差します。県道を渡り、通って来た道を振り返って撮りました。画面右手の方がJR相模線上溝駅です。パチンコ屋の前が水道みちとは初めて知りました。30年も前からここから遠くない所に住んでいて意外な発見です。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区上溝
県道57号線の南です。表通りしか通らないのでこの道も初めてです。未舗装の砂利道です。

姥川を渡る県水北相送水管
姥川(うばがわ)右岸から左岸へ水管橋で渡る県水北相送水管。管径は1000mm。途中で分岐した関係で大島の露出した導水管より細くなっています。これも初めて見ました。管理人の生活圏とはいえこんな太い導水管が通っているとは。びっくりです。

姥川田中橋より見た県水北相送水管
田中橋から見た県水北相送水管の水管橋。

神奈川県営水道みち・JR相模線上溝田中ガード
その先のJR相模線のガードを潜ります。

神奈川県営水道みち・相模原市中央区上溝
JR相模線のガードを潜り道なりに直進しこのT字路を右折すると姥川に架かる藤橋に出ます。

姥川藤橋西側を渡る県水北相送水管
姥川左岸から右岸へ水管橋で渡る県水北相送水管。
相模原市中央区上溝 藤橋から撮影。藤橋の東側にも細い水管橋が架かっていました。市内向け配水管だと思われます。

亀ヶ池八幡宮前信号
その先の亀が池八幡宮前交差点へ来たところで一気に暗くなりました。腕時計を見ると時刻は16時51分。今日の探索はここまでです。

今日のスタート地点近くの地図です。

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其の65 神奈川県営水道みちを歩く2

前回からの続きです。前回は津久井分水池から大島坂まで歩きました。1月12日(土)晴れの日に探索探訪しました。

相模原市立渓松園
大島坂から拙ブログではおなじみの相模原市立老人福祉センター渓松園に到着しました。

渓松園入口のトロッコの看板クリックで拡大します。
渓松園入口のトロッコの看板のアップです。
「三井用水取入所からここまで7.5km 旧大島送水井」
看板を見るとここは横浜水道創設時の明治20年(1887)当時は大澤村でした。横浜村に向かって田名村、溝村、麻溝村と続いています。

渓松園から東方を望む
渓松園前を東方向へ左折しました。神奈川県営水道北相送水管(以下県水北相送水管と言う)はこの地下を東へ向かっています。この先のT字路を右折し県道48号線へ入って行きます。

この道はまだ横浜水道みちと重なっています。写真奥のT字路で左折し県道48号線上大島の方へ向かっています。その途中左側に横浜市水道局上大島接合井があります。
横浜水道100年の歩みを読むと昭和16年の上大島接合井完成当時、流出側は110cm管、800mm管2条に繋ぎ800mm管は途中から36吋管になって大島送水井(現渓松園)に連絡させたとあります。この道を2条の導水鉄管が通ったと管理人は想像しています。写真奥のT字路内にYの字入りの横浜水道局の金属製境界杭が西から北へ3個並んで打ってあるのを管理人は確認しています。

水道局災害用備蓄倉庫
上記のT字路の右側角にあった水道局災害用備蓄倉庫。

水道局災害用備蓄倉庫
水道局災害用備蓄倉庫の敷地の中です。
手前のマンホールには仕切弁と書いてあります。神奈川県水のマークが入っています。奥にもマンホールがあります。県水北相送水管はこの敷地内を通っているようです。

送水管布設(シールド)工事
付近で送水管布設(シールド)工事NO.3到達立坑関連工事が始まっていました。管理人が今歩いている県水北相送水管路のバックアップ路線で北相送水管2号(仮称)と言います。谷ケ原浄水場から県道48号線の地下を潜り付近の工事NO.3到達立坑に至ります。

県道48号線大島北信号
県道48号線に入り南下しました。県水北相送水管はこの大島北交差点を左折します。

神奈川県営水道みち・大島北信号付近
信号を左折しました。横浜水道みちとは水道局災害用備蓄倉庫のT字路で別れているので純粋の神奈川県営水道みちです。

神奈川県水空気弁マンホール
水道みち上の県水空気弁マンホール。この先もこれが水道みちの目印になります。

法性寺付近の3差路・相模原市緑区中ノ郷
法性寺の先の三差路。右の道へ進みます。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区大島
幹線道路と交差します。左は県道508号線六地蔵、右は県道48号線大島の信号方面。この先は未舗装の砂利道です。

神奈川県営水道みち・相模原市大島
舗装道路へ出て来ました。

神奈川県水制水弁マンホールクリックで拡大します。
舗装道路上にあった神奈川県水制水弁マンホール。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区大島
車幅制限1.7mの交通標識と車止めの杭が立っています。これも水道みちの良い目印になります。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区大島
農地の中を通る神奈川県営水道みち。

県営水道みちから橋本方面を望む
周りは畑です。水道みちから橋本方面を望む。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区田名
JA営農センター付近。バタ弁が3カ所にかたまっています。左手の車止めの立っている道へ進みます。ここは相模原市緑区大島から緑区田名に入っています。

神奈川県営水道みち・バタ弁マンホールクリックで拡大します。
バタ弁(バタフライ弁のことだと思います)です。マンホールの中にマンホールが埋め込んであります。面白い形です。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区田名
田園地帯を進む神奈川県営水道みち。
ここで探索前から気になっていることがありましたので農作業中の人に声をかけました。えっ、どんなこと?
実は神奈川県営水道みち経路図と相模原畑地灌漑地区一般平面図がそっくりなんですね~。その結果は管理人の推測通りでした。この下に灌漑用水路が通っているそうです。隧道ですね。津久井分水池に小倉橋の撤去工事中の水路橋、今分かった用水路の経路と断片的な知識がだんだん繋がってきました。もっと調べれば虹吹分水池までその道を歩けるかも知れません。楽しみが増えました。
どちらも県の施設ですから同じ道を利用しているのは普通にあり得ることです。この道を畑地灌漑用水路が通っていることが分かり気分がすっきりしました。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区田名
田園地帯を抜け住宅街にさしかかりました。道路を渡ると相模原市中央区田名です。

神奈川県営水道みち・相模原市緑区田名
上の写真から道を渡り今歩いて来た水道みちを振り返って撮りました。正面の山は城山でしょうか。山の右手の方からここまで歩いてきました。今回はここまでとします。続きは次回投稿いたします。

今回のスタート地点渓松園付近の地図です。

大きな地図で見る

其の64 神奈川県営水道みちを歩く1

管理人の今年のウォーキング初めは相模ダムから沼本ダム、三井用水取入所跡、名手橋でした。
今回は沼本調整池と津久井導水路(隧道)で繋がっている津久井分水池をまず初めに訪ねました。今月はここを起点に神奈川県営水道みちを歩きます。えっ、神奈川県営水道みち?聞いたことがないな~。たった今管理人が名付けたばかりの仮称です。

管理人はこの一年横浜水道みちや横須賀水道みちを歩いてきました。相模原市中央区の住人ですが実は最近まで我が家の水道の蛇口から出る水がどこから来ているかはっきり知らなかったのです。相模川から来ているらしい位の認識でした。水道みちを歩くようになってから関心を持つようになり分かった次第で・・・長年住んでいながら本当に恥ずかしいです。

答えは津久井分水池の隣にある神奈川県企業庁谷ケ原浄水場です。相模原市、厚木市、愛川町の一部の45万人に日量15万5千立方メートルの水道水を供給しています。

去年の暮れに谷ケ原浄水場から相模原市、厚木市を経て終点の愛川町の中津配水池に至る幹線送水管経路図を入手しました。5万分の1の地図に落とした経路図です。市販の1万分の1の地図と合わせて参考にしながら歩きたいと思います。

横浜水道みちの道志川系、相模湖系や横須賀水道みち半原系のように上水道用の原水を浄水場へ送る導水管路ではなく浄水した飲める水を配水池へ送る管路です。横須賀水道みちの有馬系と同じですね。

なおこの幹線配水管路は正式名「北相送水管」と言います。

津久井発電所入り口案内看板
1月12日(土)晴れの日に探索探訪しました。
JR横浜線橋本駅から神奈中バス三ケ木行に乗りバス停谷ケ原下車。R413沿いの案内看板です。相模川発電管理事務所と津久井発電所の入口です。

神奈川県企業庁相模川発電管理事務所
神奈川県企業庁相模川発電管理事務所です。
県営全発電所を遠隔で運転監視制御する発電総合制御、相模川水系の10発電所の維持管理と発電施設の改造事業などをやっているそうです。

庭に展示してあるのは津久井発電所で昭和18年から40年間にわたり回り続けた水車ランナーです。フランシス型で回転数は毎分214回転、使用水量は毎秒32立方米、出力12000kw。
(説明看板より)

津久井分水池はこの建物の裏にあります。いつものように末尾に地図を付けましたので参照願います。

津久井分水池
津久井分水池です。いつもの佇まいです。
左(東)側の池がこの直下にある津久井発電所2号機の水槽です。いつ来ても奥の水門ゲートと手前の3門のゲートは上に上がっています。右(西)側の池は1号機の水槽でしたが昭和40年城山ダムが完成し津久井湖からの取水に切り替え、今は使われていません。奥と手前の水門はいつも閉まっています。
城山ダム際の取水塔で取水した津久井湖の水は津久井分水池西の円形の調圧水槽に送られそこから1号機の上の地点へ導かれます。発電機の水車ランナーを回して相模川へ放流されます。

管理人が今立っている地下に沼本調整池の取水口から来た津久井導水路が通っています。目の前の津久井分水池に繋がっています。

津久井導水路は相模川河水統制事業計画平面図を見ると(計画時の名称は津久井隧道でした)
津久井隧道 自然流下式 内径6m 馬蹄形延長6250m   
とあります。内径6mとはでかいです。一方通行の国道並みの幅だと思います。
津久井導水路は国土地理院の2万5千分1地図情報閲覧サービスで見ることが出来ます。沼本ダム際から青色の点線で表示してあります。終点が津久井分水池の西でなぜかT字になっています。


津久井発電所の看板クリックで拡大
津久井発電所の看板です。
最大出力 25000キロワット
     (12500キロワット×2台)
使用水量 毎秒65.14立方メートル
有効落差 45.4メートル
発電開始 昭和18年12月


津久井分水池取水口
これは津久井分水池2号機水槽の東側です。
いつもは木が茂っていて見れないのですが、隙間があったのでズームアップで撮りました。こちらは発電機用の水槽に比べ狭いながらも激しい流れがあり水音が聞こえてきます。この池がいわゆる分水池でここから水道事業者が分水を受けています。管理人が知る限りここから三つの隧道が出ているはずです。
・相模原畑地灌漑用水の隧道(廃止で通水はなし)。
 計画時の水量は3.75㎥/秒
・横浜市、川崎市共用の相模隧道→下九沢分水池
 で分水しそれぞれの専用隧道へ。
 横浜市、川崎市各5.55㎥/秒
・川崎市の専用隧道 4.78㎥/秒
隣の谷ケ原浄水場がポンプアップで2.09㎥/秒取水。

廃止の相模原畑地灌漑用水を除くと17.97㎥/秒の水をここで取水していることになります。
日量155万2600立方メートル。155万トンです。
凄いですね~。沼本ダムとこの津久井分水池は目立たない施設ですがしっかりと仕事をしています。津久井分水池は利水上の影の中核的存在だと管理人は思っております。

津久井導水路改修工事
相模川発電管理事務所の北側で津久井導水路の改修工事をやっていました。
津久井導水路改修工事看板クリック拡大
工事の看板です。

神奈川県企業庁谷ケ原浄水場
神奈川県企業庁谷ケ原浄水場正門です。
昭和17年8月に給水を開始しました。取水量は前述の津久井分水池から2.09㎥/秒の他に崖下の伏流水0.085㎥/秒を加えおよそ187,000㎥/日になっています。
給水地域は前述の通りです。管理人は去年6月の浄水場開放見学会に参加し一通り見せてもらいました。

谷ケ原浄水場外周道
近道をするため浄水場外周道を歩きました。
谷ケ原浄水場の本館です。

横浜水道・久保沢隧道水路橋
「其の7小倉橋から谷ケ原浄水場外周道」でも載せましたが、横浜水道の久保沢隧道水路橋です。下の道路は県道510号線。

清水の石碑
県道510号線まで下りてきました。清水の石碑です。

横浜水道・久保沢隧道水路橋
先ほど上から見た横浜水道久保沢隧道水路橋を通過。県道510号線を下ります。

谷津川を渡る水管橋
灌漑用水路橋撤去工事現場を通過し、新小倉橋の下あたりです。谷津川を渡る水管橋。谷ケ原浄水場の方から南へ向かっています。

谷津川河口の水管橋
この写真はちょうど1年前に撮りました。上の写真の下流に別の導水管が谷津川を水管橋で渡っています。それがこの水管橋です。手元の経路図は5万分の1の地図でどちらが愛川町へ向かう北相送水管か判断が付きかねます。多分こちらだろうと思っています。

県道510号線小倉橋バス停付近
県道510号線小倉橋バス停付近まで下ってきました。ヘアピンカーブしているところです。

県道510号線小倉橋バス停付近
上の写真から南を見たところです。県営水道みち北相送水管は画面中央のハイキング道へ入って行きます。なぁーんだ横浜水道みちじゃないの?と思った方はこの先は飛ばしてください。「其の5大島から小倉橋へ」を逆から歩くことになりますので。

横浜水道・トロッコの看板
ハイキング道に入ってすぐ左側のトロッコの看板。
NO.2大島(1)三井用水取入所からここまで
6.0km 現在地:向原2丁目
↓アップ写真です。
横浜水道・トロッコの看板クリックで拡大
横浜水道みちを歩き始めたころはまずトロッコの看板を全て(全部で26本立っています)見つけようと探したものです。この看板は25番目に見つけました。本当にわかりづらいところに立っています。

倒木危険通行止め看板
その先にロープが張ってあります。ロープには「倒木危険のため通行止め横浜市水道局」の看板がぶら下がっています。
去年9月26日に通った時にはなかったのに。

神奈川県水空気弁マンホール
状況は承知しているので、自己責任で通過させてもらいました。その先にあった神奈川県営水道(以下県水という)の空気弁マンホールです。この道は横浜水道みちですが今日は県水の水道みちとして歩いています。こういった証しがないと管理人としても困るわけでして・・・。マンホールはハイキング道内で3枚見つけました。

この創設期の横浜水道みちにはかって18吋(460mm)、22吋(560mm)、36吋(910mm)管3条が並列で敷設されていました。その後昭和16年第3回拡張工事(中沢接合井、久保沢隧道、上大島接合井等)の完成により廃止路線となり、導水鉄管は掘り起こされ撤去されました。撤去された鉄管は横浜市内の配水管として転用されました。なんせ当時鉄管は貴重品でした。

その後年に出来たのが谷ケ原浄水場です。これは管理人の想像ですが神奈川県が横浜市から管路用地として借り受けて使っているのではないか?そうでないと通行止めの看板が横浜市水道局で実際に敷設されているのが県水の導水管という説明が付かないですよね~。

横浜水道みち大島倒木
倒木がありました。平成23年9月の台風の被害です。

横浜水道みち・大島
「其の56隠れ水道みちを歩く田名・大島」で取り上げたスロープ状の道の上り口です。左側の道でスロープを上ると横浜水道局の用地に出ます。スロープの長さは歩測で140歩(約105m)でした。

神奈川県営水道導水管1100mm大島
その先にあった地上に露出した導水管。
県水北相送水管の1100mm導水管です。

神奈川県営水道導水管1100mm大島
同じく導水管とハイキングコースの道標です。

大島の水道みちより相模川を望む
近くの展望台より相模川を望む。建物は相模川ビレッジ若あゆ。

横浜水道みち・大島
崖の中腹を縫うように抜ける水道みち。カサコソと落ち葉を踏みしめて気持ち良く歩きました。

トロッコの看板・大島(2)
トロッコの看板NO.3大島(2)
三井用水取入所から7.0km。ハイキング道の出口付近です。

大島坂
ハイキング道を抜け大島坂の上まで上ってきました。
今日のタイトルは県営水道みちでしたが中身は横浜水道みちになってしまいました。理由は本文で述べた通りです。今回はここまでです。次回は横浜水道みちから離れ本当の県営水道みちをご紹介できると思います。

今日のスタート地点津久井分水池付近の地図です。

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其の63 小倉橋の灌漑用水路橋2

1月12日(土)晴れ、小倉橋を通りました。今回は灌漑用水路橋撤去工事のその後の様子について投稿いたします。前回は11月21日に探訪しました。その時の様子は(其の55 小倉橋の灌漑用水路橋)で投稿しましたので参照願います。右欄のブログ内検索で語句を入力すると関係する過去記事が一覧で表示されます。

小倉橋・灌漑用水路橋久保沢隧道
県道510号線東側の久保澤隧道入口です。前回(11月21日)見たときはカットされた水路橋が残っていました。それも取り壊されて隧道の開口部はコンクリートで塞がれています。

小倉橋・灌漑用水路橋久保澤隧道
ドアが取り付けてあります。隧道のメンテナンスの際に利用するのでしょうか。このままの状態で残れば貴重なモニュメントになります。隧道銘板の右端には「昭和三十六年三月竣工」と書いてあります。

小倉橋・灌漑用水路橋久保沢隧道
これは12月19日に撮りました。水路橋は取り除かれています。コンクリートを打った後でしょうか。

小倉橋灌漑用水路橋撤去工事
県道西側の残された灌漑用水路橋です。右側の廃橋の久保沢橋との間に新たに橋が架けられています。工事用クレーンやトラックが出入りするためと思われますがそれにしても大変なことです。

小倉橋・灌漑用水路橋撤去工事
水路橋の下にも支持用鉄骨が組んであります。この工事は平成25年3月15日までです。間もなく残された水路橋の撤去作業が始まると思います。

この工事の発注者は神奈川県企業庁相模川水系ダム管理事務所です。県の単独工事かと思っていたのですが横浜市水道局、横須賀市上下水道局も関わっていることが分かりました。意外や意外ですね~。相模川高度利用事業の水利権比率で工事費の負担をしているそうです。神奈川県のHPにそんなことが書いてありました。

この後管理人は目的地に向けて歩を進めました。それについては次回投稿いたします。

其の62 相模ダムから名手橋へ

 皆さま新年おめでとうございます。
管理人の今年のウォーキング初めは相模ダムを選びました。去年3月に清水の舞台から飛び降りるような気持ちでブログを始めました。早くも2年目を迎えました。横浜水道みちを終えたらそれで止めにしようと思っていたのですがよく61回も続いたものだと我ながら感心しております。

発表した探索探訪記をあらためて眺めて気づいたことがあります。1篇を除いて全て相模川水系ゆかりの道を歩いたという事です。書き出してみました。
・横浜水道みち(道志川系は相模川の支流道志川か
 ら取水、相模湖系は沼本調整池で相模川本川から取水)
・横須賀水道みち(半原系は相模川支流の中津川か
 ら取水、有馬系は相模川本川から取水)
・相模川右岸幹線用水路・西部用水路
 (相模川本川磯部頭首工から取水)
・昭和用水路(相模川支流の中津川から取水)
・相模川左岸幹線用水路(相模川本川磯部頭首工から取水)

去年は相模川水系を歩き回っていたわけです。
そんなわけでまだ管理人が訪ねたことがない神奈川県の母なる川と言われる相模川の中でも利水上の中核的施設の相模ダムを選んだ次第です。そこから下流の沼本ダム、三井用水取入所、名手橋へとウォーキングを兼ねた探索探訪に行って来ました。

1月5日(土)いつものように気楽な一人旅です。
JR中央線相模湖駅からスタートしました。駅前の信号はR20(甲州街道)で中央線に並行して通っています。その信号は厚木へ向かうR412の起点にもなっています。

相模湖
R412に沿って相模湖岸まで下りてきました。

相模湖大橋
相模湖に架かるR412相模湖大橋です。

相模ダム
相模湖大橋より相模ダムを望む。
R412は車で長野、名古屋方面へ行く時に利用します。中央道相模湖ICへ向かう時に何度も通っています。相模ダムの存在は知っていましたがこうして写真を撮るのは初めてです。

R412嵐山洞門
相模湖大橋よりR412嵐山洞門を望む。国道なのに嵐山洞門は2003年(平成15年)10月に神奈川県が造りました。延長290m、幅10.5m、高さ4.7m。画面奥は厚木市に通じています。

神奈川県相模ダム
相模湖右岸から見た相模ダムです。
手前2門は発電所の取水口のようです。
ダムの概要を記します。出典:神奈川県営電気事業より。
型式 重力式コンクリートダム
高さ 58.4m
長さ 196.0m
完成年月日 昭和22年(1947)6月14日
貯水池・調整池 相模貯水池(相模湖)
総貯水容量 6,320万㎥
これにより神奈川県初の大規模人口湖である相模湖が誕生しました。相模湖の貯水容量を利用し、相模発電所を経由して下流の沼本ダムから水道用水などを安定的に供給するなど、相模川の水を多目的に利用しています。


神奈川県相模ダム
ダムの背面(下流側)です。脇に工事看板があり。
「相模ダム管理橋新設工事」平成25年7月19日までとありました。橋が完成すると左岸へ渡ることが出来ます。

神奈川県営相模発電所
神奈川県営相模発電所入口。発電所の建屋は崖下の水面近くに建っているためここからは見られません。ダム直下にありますので相模ダム管理橋が完成すればそこから見渡せると思います。

神奈川県企業庁相模発電所看板クリックで拡大
神奈川県企業庁相模発電所の看板。
発電機は2台で、発電型式はピーク式です。
ピーク式とは1日の中で電気の必要な時間に発電する運用形態。それにしても毎秒85.0㎥の水を流すとは凄い!

相模川・弁天橋
相模発電所を通過しその先の津久井養護学校を左折し相模川右岸の急な崖を下りました。相模川に架かる弁天橋です。東海自然歩道のコースのようで途中数組のハイカーとすれ違いました。弁天橋は吊り橋で橋長72m、かながわの橋100選に選ばれています。

弁天橋より相模川上流を望む
弁天橋より相模川上流を望む。流れを感じません。
川というよりまるで湖のようです。下流の沼本ダム、城山ダムの影響でしょうか。沼本ダムより上流は沼本調整池と言います。

相模川左岸より弁天橋を望む
弁天橋を渡り相模川左岸崖上から見た弁天橋。

溝口桂巖ゆかりの地
相模原市登録遺跡 溝口桂巖(みぞぐちけいがん)
ゆかりの地。

溝口桂巖ゆかりの地案内看板クリックで拡大します
崖を上りきり、県道515線を沼本ダム方面へ歩きました。途中、いちげさわ橋付近で見つけた看板です。お城のような立派な石垣が続いています。相模原市教育委員会が建てた看板には
溝口桂巖の屋敷の一角と伝えられるこの場所は旧甲州街道沿いにあり当時を偲ぶ延々たる石垣が残されています・・・。とありました。

県道515号線通行止めの標識
県道515号線通行止めの標識。

県道517号線桂橋より相模川上流を望む
素直に県道515号線を右折し県道517号線の桂橋へやってまいりました。相模川を見るためです。桂橋より相模川上流を望む。

県道515号線全面通行止めの看板
撮影後県道515号線へ戻り直進しました。
落石危険全面通行止めの看板が3本も。信号機?も。
自動車やバイクや自転車など車両対象の看板と解釈して管理人は前へ進みました。

県道515号線通行禁止柵
5、6分歩いたところで通行止めの柵が。これと同じ柵を去年2月に横浜水道三井用水取入所を探索した時に見ております。
道交法で言ういわゆる車両はこれでは通行できません。

県道515号線・千木良
透明人間になって通過しました。左手には落石除けの金網が張ってあります。右手崖下は相模川(沼本調整池)です。

沼本ダム
見晴らしのいいところへ出て来ました。沼本ダムです。
実はこの写真を撮りたくてこの道を選びました。1年前の1月に対岸の三ケ木(みかげ)から沼本ダムの正面の写真を撮りました。(其の14三井用水取入所を訪ねるで投稿済み)。左側の取水口の様子はこちら側から見ないと分かりません。
ダムの向こう側は津久井湖です。右手奥からは道志川が津久井湖へ流入しています。正面崖上は三ケ木の町です。城山ダムは左手ずうっと奥の方です。

沼本ダム取水口
取水口付近のアップです。それにしても沼本ダムはへんてこりんなダムですね~~~。ダムの内側と外側共に水位が同じです。ダムの役目をはたしていないじゃないの~?と思います。
5門あるゲートは手持無沙汰で上に引き揚げられています。

ダムの概要です。出典:神奈川県営電気事業より
型式 重力式コンクリートダム
高さ 34.5m
長さ 126.0m
完成年月日 昭和18年(1943)12月31日
貯水池・調整池 沼本調整池
総貯水容量 233万㎥
沼本ダムから取水された水は、津久井分水池で、県営水道、横浜市、川崎市の水道用水などに分水された後、津久井発電所2号機を通して、下流で取水する水道事業者の水道用水や下流の河川維持流量などとして放流されています。


これより下流の城山ダム・津久井湖が完成したのが昭和40年(1965)ですから、それより22年も前からその役目を立派に果たして来ました。横浜水道相模湖系の水源(取水口)になっています。沼本調整池と津久井分水池は津久井導水路(隧道)で結ばれています。

県道515号線県立陣馬相模湖自然公園案内標識
二つ目の通行止め柵を通過後にこんな案内標識が立っていました。「県立陣馬相模湖自然公園」なんだかうら寂しいですね~~。

三井用水取入所跡入口看板
右手崖下の木々の間にちらちら見える沼本ダムの堤体を見ながら通過し、横浜水道三井用水取入所跡入口まで来ました。去年の2月には反対方向からここへ来ました。
三井用水取入口跡看板
たびたび来れるところではないので、湖岸まで下りることにしました。

横浜水道三井用水取入れ所跡
津久井湖岸へ下りる階段が整備されています。

本邦水道創設之處の碑
「本邦水道創設之處」の碑 横濱市 青木周三書
裏面の碑文末尾に昭和12年10月(1937)とありました。明治20年(1887)から50年を記念して建てられました。 
記念碑周りの状況は1年前と同じです。平成23年9月の台風による被害です。

横浜水道三井用水取入れ所跡
「本邦水道創設之處」の碑を過ぎ階段を下りたところが湖岸です。説明看板が立ってます。

横浜水道三井用水取入れ所跡説明看板クリックで拡大します
ここは、明治20年に完成したわが国で初の近代水道である横浜水道創設時の取入れ所跡です。建設時は道志川と相模川の合流する地点に2個の突堤で小湾口を設け、一日最大5,720㎥の水を鉄管2条で抽水井に導き、そこからポンプで沈澄池に揚水していました。沈澄池からは、隧道と導水管により自然流下で約44km離れた横浜市内の野毛山浄水場に送水していたもので、明治30年には道志川の青山に移されたことにより廃止されました。またこの取入れ所跡は、昭和60年5月に日本の近代水道発祥の史跡として「近代水道百選」に選定されました。 説明看板より

三井用水取入れ所沈澄池
沈澄池流入側を望む。

三井用水取入れ所沈澄池流出側
同流出側(野毛山浄水場方向)です。

三井用水取入れ所沈澄池
沈澄池から見た津久井湖の湖面です。城山ダムの非洪水期の水位設定は124mです。あと3m高く設定されたらこの沈澄池も水没するところでした。

三井用水取入口跡看板
湖面に向けて建てられた三井用水取入口跡の看板。
看板の足元にも何か書いてあります。

三井用水取入口跡看板クリックで拡大します。
このレンガは、三井用水取入れ所の建物に
使用されたものです。  
看板より

県道515号線
帰路見た左側の斜面からの落石で塞がれた県道515号線。
右側ガードレールで支えています。

県道515号線相模原市緑区三井
同帰路、こんな穏やかな道の方が多かったです。

県道515号線通行止めの柵
三つ目の通行止めの柵を通過しました。
通行止め区間ですれ違った人は犬の散歩中が2組、管理人のような単身の散歩者が一人で、計3人と犬3匹でした。地元の人たちは日常的に利用しているようです。危険個所もあり人様にはあまりお勧めしたくありません。この先のT字路を右折し県道515号線と別れ名手橋へ向かいます。

名手橋
津久井湖に架かる名手橋です。この橋もかながわの橋100選に選ばれています。
橋長180m、幅3.5mの吊り橋。

この後管理人は尾崎咢堂記念館前を通りR413に出て神奈中バスでJR横浜線橋本駅経由帰宅しました。

今回のスタート地点JR相模湖駅付近の地図です。

大きな地図で見る

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