横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の61 横浜水道みちの粁杭と百米杭

前回で横須賀水道みち半原系統の探索探訪の旅を終えました。半原系統の水道みちでは海の杭(海軍境界杭)を多数見つけました。横浜水道みちにも境界杭は当然ありますが距離を示す旧い貴重な杭がまだ残っています。特に我が家の近くの水道みちにはそれらが多数連続して残っていますので今回は境界杭ではなく距離程杭について投稿いたします。

トロッコの看板・百米杭・粁杭、女子美大付近
これは横浜水道みち、女子美大付近のトロッコの看板と、百米杭(100m杭)と粁杭(km杭)です。(2012/5/7撮影)

百米杭と粁杭・女子美大付近
背の低い杭が百米杭で180Y.W.W背の高い方には十八粁横濱市水道局と刻まれています。
180Y.W.Wは180×100m=18,000m=18km。
Y.W.WはYOKOHAMA WATER WORKSの略。

トロッコの看板・女子美大付近クリックで拡大
トロッコの看板のアップ写真です。
「三井用水取入所からここまで18km
現在地:麻溝台」と書いてあります。
↓看板の説明文です。
この水道みちは、津久井郡三井村(現:相模原市津久井町)から横浜村の野毛山浄水場(横浜市西区)まで約44kmを、1887年(明治20年)我が国最初の近代水道として創設されました。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを使用し水道管を敷設しました。横浜市民への給水の一歩と近代消防の一歩を共に歩んだ道です。

この看板は横浜市水道局が近代水道創設120周年を記念し設置しました。設置場所は創設当時の路線上の26か所です。

上記のようにトロッコの看板も、百米杭も粁杭も三井用水取入所からの距離18kmを示しています。

粁杭と百米杭・相模原市上溝
これは2km上流の県道46号線との交差点際の百米杭と粁杭です。160Y.W.W、十六粁横濱市水道局と刻まれています。
相模原市中央区上溝にて。(2012/5/7撮影)

トロッコの看板NO.6上溝
県道を渡ったところにあったトロッコの看板。
NO.6 現在地:上溝 三井用水取入所から16km。
(2012/5/7撮影)

百米杭と粁杭杭・相模原市中央区田名
140Y.W.W百米杭
さらに2km上流の百米杭と粁杭。140Y.W.W、十四粁横濱市水道局とあります。ここからは12月19日(水)に探索した時に撮った写真です。ここは相模原市中央区田名です。

百米杭のサイズは16cm角で御影石製。
粁杭は20cm角、高さは72cmで御影石製。

水道みちの境界杭はこれより細めで10cm角コンクリート製や12.5cm角御影石製等があります。頭にYの字、百米杭と同じように水色のペンキが塗ってあります。良く目立ちます。

14粁杭から見た水道みち上流方面
14粁杭地点から見た横浜水道みちの上流(城山ダム)方面。
杭は水道みちの左側にありました。

137Y.W.W杭
137Y.W.W杭。139と138は見つからず。

137Y.W.W地点から上流を望む
137Y.W.W から水道みち上流を望む。2年位前に車止めの先左側に1500mm管敷設シールド工事の基地がありました。

133Y.W.W百米杭 131Y.W.W百米杭 127Y.W.W百米杭クリック拡大
133、131、127Y.W.W百米杭。欠番は見つからず。

ここからが今回の主題です。900mの間に10本の百米杭が連続して残っています。123→114Y.W.Wまで。

123Y.W.W
123Y.W.Wより横浜水道みち上流を望む
123Y.W.Wとそこから見た水道みちの上流方面。相模原市中央区田名北小付近。

122Y.W.W百米杭 121Y.W.W百米杭 120Y.W.W百米杭クリック拡大
122、121、120Y.W.W百米杭

120Y.W.W百米杭と十二粁杭
120Y.W.W百米杭と十二粁杭。相模原市中央区田名。

119Y.W.W百米杭 118Y.W.W百米杭 117Y.W.W百米杭クリック拡大
119、118、117Y.W.W百米杭。

トロッコの看板・相模原市中央区田名
117Y.W.Wの先にあったトロッコの看板。

トロッコの看板NO.5田名クリック拡大
トロッコの看板NO.5
「三井用水取入所から11km 現在地:田名」

トロッコの看板について詳しくは
導水路線「緑道プロムナード」の看板をご覧ください。
看板を辿ると創設時の横浜水道みちを旧野毛山浄水場まで行くことが出来ます。

116Y.W.W百米杭 115Y.W.W百米杭 114Y.W.W百米杭クリック拡大
116、115、114Y.W.W百米杭。

114Y.W.Wから横濱水道みち上流方面を望む
114Y.W.W地点から横浜水道みち上流方面を望む。
123~114Y.W.Wまで10本連続している百米杭を見て来ました。田名の水道みちは明治20年に完成した創設時の水道みちがそのまま残っている感がします。管理人は今日見た杭は125年前の創設時に打たれた杭であろうと想像していますが現在までこうして残っているのは凄いことだと思います。敬服!

これより先の113Y.W.W以下は発見できず。この先で水道みちは県道48号線と交差し大島から小倉橋の方へ向かいます。管理人はこの後小倉橋の灌漑用水路橋の撤去状況を見に行きました。前回(11月21日)から大きな変化はなく後日、稿を改めてまとめて発表したいと思います。
 
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其の60 横須賀水道みち16・盛福寺管路隧道から逸見浄水場へ

いよいよ今日が最後の半原系統の横須賀水道みち探索です。延べにして9日目の探索、探索探訪記は16回目です。早いもんですね~~~。半原取水口、半原水源地を訪ねたのがついこの間のような気がします。
さて前回の続きです。12月12日(水)晴れの日に探索しました。今日のスタートは盛福寺管路隧道の出口側からです。

横須賀水道・盛福寺管路隧道出口
ぐるっと大きく迂回してJR横須賀駅から歩きました。順序立ててきちっと上流部から発表します。盛福寺管路隧道出口です。隧道の名前の由来は近くにある盛福寺から採っています。入口側は逗子市ですがここは横須賀市田浦町5丁目です。

横須賀水道・盛福寺管路隧道出口
隧道の内部はこんな風になっています。半原系のΦ500が敷設されていると思っていたのですがもっと大口径の導水管が埋まっていました。

田浦山隧道
半原系横須賀水道みちの田浦山隧道です。
旧海軍が水道専用隧道として建設。今は人も車も通れます。

京急本線と交差する横須賀水道みち
田浦山隧道を抜け京急本線と交差する横須賀水道みち。

東へ向かう横須賀水道みち・田浦5丁目
京急本線の下を抜け東のR16へ向かう横須賀水道みち。
ここは田浦町5丁目です。

この街並みで見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)です。
杭の場所は玄関先、階段下など様々です。クリックで拡大。
海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5

海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5

海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町5


横須賀水道みち小河川と交差・田浦4丁目
R16手前で右へ大きくカーブして小河川と交差する水道みち。

小河川と交差する横須賀水道みち・田浦町4
いつものように橋の下を覗いてみました。馬蹄型の開口部が2ヶ所あり、手前の開口部はセメントで塞がれています。半原系のΦ500mm管を撤去して塞ぎ工事をしたようです。残った開口部は予備のようです。半原の二つ目の隧道の手前にあった小河川との交差部と形状は同じです。

海の杭(海軍境界杭・波入り)田浦町4
小河川橋際にあった海の杭(海軍境界杭・波入り)。

横須賀線と交差する横須賀水道みち・田浦4
小河川の先でJR横須賀線と交差する横須賀水道みち。前方の道路はR16で、水道みちはR16に合流しその地下を逸見浄水場(へみじょうすいじょう)へ向かいます。

R16新田浦隧道
新田浦隧道です。R16に入ると隧道(トンネル)が連なります。

R16新吾妻隧道
二つ目の隧道、新吾妻隧道と入口付近にあった横須賀市の空気弁マンホールです。↓クリックで拡大します。
横須賀市空気弁マンホール・新吾妻隧道入口付近 横須賀市空気弁マンホール・新吾妻隧道入口付近

R16新長浦隧道
三つ目の隧道、新長浦隧道と入口付近の仕切弁と空気弁の
マンホール。↓クリックで拡大します。
横須賀市仕切弁マンホール・新長浦隧道入口付近 横須賀市空気弁マンホール・新長浦隧道入口付近

R16新吉浦隧道
四つ目の隧道、新吉浦隧道と入口付近の空気弁マンホール。
右側の隧道は吉浦隧道です。どの隧道も上り線下り線専用の一方通行になっています。
横須賀市空気弁マンホール・新吉浦隧道入口付近←クリックで拡大。

R16新逸見隧道
五つ目の隧道、新逸見隧道です。

R16汀橋交差点信号
新逸見隧道を抜け汀橋(なぎさばし)交差点まで来ました。
ここを右折し道なりに真っすぐ進むと逸見浄水場です。
手前の歩道脇に安針塚山の道標が立っています。

安針塚道標
安針塚山の道標。「安針塚山へ約十一町」
背面には「大正十年二月十五日」とありました。
大正10年といえば旧海軍による半原系統の全工事が
終了した年です。

海軍用地の杭・西逸見町2 海軍用地の杭・西逸見町2←クリックで拡大。
汀橋を右折し京急線を潜ったところで見つけた海軍用地の杭。
水道みちの両側にありました。藤沢、鎌倉に続いて3、4本目です。意外なところで嬉しい発見です。

逸見浄水場へ向かう半原系水道みち
逸見浄水場へ向かう半原系水道みち。逸見浄水場は丘の上です。地図を見ると右側の道は安針夫妻の供養塔がある塚山公園に通じています。目の前の建物の前で海の杭(海軍境界杭・波入り)を見つけました。
海の杭(海軍境界杭・波入り)西逸見町2←クリックで拡大します。

逸見浄水場へ向かう半原系水道みち
逸見浄水場直前、最後の上り坂です。半原の取水口の標高は130m、逸見浄水場の標高は60mで落差は70mあります。それを生かして自然流下でここまで送水していました。とはいえこんな急坂を水が上るのは不思議な気がします。

海の杭(海軍境界杭・波入り)逸見浄水場付近
水道みち左側で見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)。
逸見浄水場直前です。

海の杭(海軍境界杭・波入り)逸見浄水場付近
上記のアップです。半原系統水道みち最後の海の杭です。
愛川町中津で初めて海の杭(海軍境界杭)を見つけて以来119本目です。

振り返って数えてみました。
愛川町   4本  厚木市   7本
海老名市 10本  綾瀬市   4本
藤沢市  42本  鎌倉市  25本
逗子市  15本  横須賀市 12本 合計119本
※愛川町と厚木市の11本は波マークなしでそれ以外の108本は波マーク入りです。「海軍用地」の杭は藤沢市と鎌倉市で各1本、横須賀市で2本、計4本見つけました。

横須賀市上下水道局逸見浄水場
横須賀市上下水道局逸見浄水場正門前に到着しました。
延べ9日間に渡る水道みちを巡る旅の終着点です。

逸見浄水場から逸見の町を望む
帰路、逸見浄水場を背に逸見の町を望む。正面の高層ビルは帰宅後調べたら「ウエルシティ横須賀天空の街」でした。31階建で高さ113m。

これで横須賀水道半原系水道みちを巡る旅はお終いです。
この旅を始めたきっかけは歴史のある水道みち沿いに今も送水設備が点在していることを知ったからです。ウォーキングをしながらそれらを見て楽しむという事で始めました。角田の管路隧道通気塔のような珍しい施設、隧道に水管橋、各種杭からマンホール、海老名では排水路との交差で伏越も見つけました。藤沢では相模原畑地灌漑用水路の遺構を多数見ることが出来ました。毎回毎回何らかの発見があり興味が尽きない面白い旅でした。今はすべてを歩き終え達成感と満足感が入り混じってほっとしているところです。

本探索探訪記は下記図書を参考にしました。
・横須賀市上下水道局「水の旅―横須賀水道100年史―」
 平成20年(2008)12月25日発行
・横須賀市水道局「―豊かな水へのあゆみ―
 横須賀市水道施設写真集」 昭和58年3月31日発行

それから、逗子駅から逸見浄水場までの水道みちのルートが上記参考図書や市販の地図では分かりづらく、横須賀市上下水道局を訪ねご教示いただきました。お陰様で最終回を締めることが出来ました。ご支援ありがとうございました。

記念艦三笠を見学するため近くの三笠公園に寄りました。

記念艦「三笠」
東郷聯合艦隊司令長官の像と「皇国の興廃この一戦にあり」の碑。バックが記念艦「三笠」。艦首に日の丸、艦尾に軍艦旗(旭日旗)を掲げ、マストにはZ旗が翻っていました。

記念艦三笠の由来書き←クリックで拡大
記念艦「三笠」の由来が書かれたパネルです。

記念艦「三笠」左舷
左舷の15cm砲。

記念艦「三笠」艦橋
艦橋から見た艦首と30cm主砲。最上部の艦橋です。
東郷司令長官はこの艦橋で日本海海戦の指揮を執りました。

「三笠」艦橋の図という絵画には日本海海戦で指揮を執る東郷司令長官並びに幹部、ハンモックでガードした羅針儀、Z旗などが描かれています。

横須賀には半原系より旧い明治9年に完成した走水系統(はしりみずけいとう)の導水管路があります。日を改めて探訪したいと思います。

今回のスタート地点付近の地図です。

大きな地図で見る

其の59 横須賀水道みち15・逗子から盛福寺管路隧道まで

横須賀水道みち半原系統の水道みちを巡る旅は大詰めを迎えました。前回はJR横須賀線逗子駅まで歩きました。12月13日(木)晴れ。その先の田浦配水場と少し先の盛福寺管路隧道入口までを探索しました。

JR横須賀線逗子駅前の横須賀水道みち
逗子駅前バスロータリーから見た横須賀水道みちの下流(横須賀逸見浄水場)方向です。前回探索を終えた逗子駅前道路の延長線上にあります。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 逗子駅付近 海の杭(海軍境界杭・波入り) 逗子駅付近 海の杭(海軍境界杭・波入り) 逗子駅付近←クリックで拡大
水道みちに入り早速見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)。
水道みちを歩いている証です。

横須賀水道田越川水管橋(下田橋)
田越川に架かる下田橋の南側を水管橋で渡る有馬系Φ1000。

横須賀水道田越川水管橋(下田橋)
これは下田橋北側に沿って架けられた橋を渡る細めの導水管。
半原系統のΦ500mm導水管です。

赤い郵便ポスト・逗子市桜山1
珍しい赤い郵便ポスト。収集時刻表が貼ってあります。
現役の郵便ポストです。鎌倉の材木座でも見ました。
逗子市桜山1にて。

今日も海の杭(海軍境界杭・波入り)をいっぱい見つけました。
下田橋とこの先の蓮沼橋間で見つけた海の杭8本です。
クリックで拡大します。
海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山 海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山 海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山

海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山 海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山 海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山

海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山 海の杭(海軍境界杭・波入り)逗子市桜山


横須賀水道みち・逗子警察署前
東へ向かう横須賀水道みち。逗子警察署前。

田越川水管橋(蓮沼橋)
田越川に架かる蓮沼橋南側を水管橋で渡る有馬系Φ1000と半原系Φ500導水管。ステンレス管で被覆されています。

田越川台橋
田越川に架かる台橋。田越川は蛇行しているためたびたび登場します。いつものように橋の下を覗いてみました。導水管は確認できませんでした。伏越で川底を潜っているようです。伏越を選択したのは地盤とか地質によるのでしょうか。

台橋手前にあった横須賀市の空気弁、仕切弁マンホールです。水道みちの上を歩いている良い目印になります。クリックで拡大します。
空気弁マンホール 横須賀市空気弁マンホール 横須賀市仕切弁マンホール

横須賀水道みち県道24号線手前
水道みちは台橋の先で県道24号線に合流します。合流直前にも空気弁、仕切弁マンホールの群れがありました。

海の杭(海軍境界杭・波入り)沼間交番信号付近
県道沿いの道端に放置された海の杭(海軍境界杭・波入り)。長期間この状態だったらしくすっかり周りの景色に溶けこんでいます。関心のない通行人は何も感じないでしょう。転がっているフルサイズの海の杭は綾瀬以来2本目です。せっかくなので寸法を測りました。20cm角で高さは99cm、頭から34cmは白く化粧が施されています。これが地上部分なのでしょう。ここは沼間交番前信号付近です。見つけてしまったので放りっぱなしにして置く訳にもいきません。横須賀市上下水道局へ一報を入れておきました。

アーデンヒル入口交差点信号
県道24号線アーデンヒル入口交差点まで来ました。
直進が24号線で、右折がアーデンヒル方面です。水道みちは横断歩道を渡って右側の門の中へ入っていきます。水道みちが分かりづらいという意味で最大の難所です。半原から藤沢・鎌倉にかけての真っすぐに進む水道みちとは大違いです。

沼間公民館付近の水道みち
門の中の水道みち。沼間公民館付近です。水道みちが駐車場として貸し出されています。道の両側には水道局の境界杭が打ってあります。

六反目橋信号付近の水道みち
駐車場の出口です。24号線六反目橋信号付近へ出ます。
水道みちは24号線に合流しないで県道を横断します。

田越川・六反目橋付近
県道24号線沿いに流れる田越川。駐車場を出た水道みちは24号線とこの川を潜り田越川の対岸(右岸)へ渡ります。
Φ1000、Φ500の水管橋が見当たりません。伏越でこの川の下を潜っているようです。

田越川右岸から見た水道みち下流方向
六反目橋を渡り田越川右岸へ来ました。川を背に水道みち下流を見たところです。正面の山裾を東西に横須賀線が通っています。道路右側石垣下に海の杭(海軍境界杭・波入り)や道路にはマンホールが見えます。水道みちの生き証人です。
海の杭(海軍境界杭・波入り)六反目橋付近 500仕切弁マンホール・六反目橋付近←クリックで拡大

富士山・横須賀線ろくたん踏切付近
JR横須賀線ろくたん踏切付近で見た富士山。

海の杭(海軍境界杭・波入り)ろくたん踏切付近
横須賀線のろくたん踏切を渡って見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)。横須賀線を潜る前の水道みちの延長線上にありまた。ここからは横須賀線の北側沿いの道を進みます。

沼間6 横須賀水道みち謎の水道施設
これはなんでしょう。水道みち沿い左側にありました。
鋳鉄製のフタ(965×810mm)が6枚。
フタにはこんなマークが↓。
鋳鉄製のフタ 海の杭(海軍境界杭・波入り)沼間6←クリックで拡大
海の杭の波マークと同じです。下に錨のマークも入っています。
海軍の水道施設に違いないと思いますが役割が分かりません。
隣はその奥にあった海の杭(海軍境界杭・波入り)です。

小河川を渡る水管橋・横横道路下
その先のR16横浜横須賀道路下で見つけた水管橋。
管に白ペンキで小雀系などと書いてありました。
この小河川を渡ると上り坂になります。

橋で渡る半原系・横横道路下
これは上記の右側道路橋の下に架けられた鉄橋に添架された導水管です。サイズから半原系のΦ500mm管と思われます。

横須賀水道・田浦配水場
坂道の頂上近くの横須賀市上下水道局田浦配水場です。
有馬系統(29.0km)の終着点です。半原系統はこの前を通る水道みちを逸見浄水場へ向かいます。

盛福寺管路隧道入口
盛福寺管路隧道入口
田浦配水場前の水道みちをさらに進み盛福寺管路隧道入口まで来ました。地図を見るとこの山の尾根を逗子市と横須賀市の境界線が通っています。隧道の長さは約170mです。ここより先は迂回路がなく来た道を引き返します。

田浦配水場から見た水道みち上流方面
帰路、田浦配水場前から見た水道みち上流方面です。
横切っているのはR16横浜横須賀道路、その下を通るのがJR横須賀線です。はるかかなたの山並みは丹沢山地で、もしかして宮ヶ瀬ダムや半原が写っているかも知れません。

次回は横須賀水道みちの最終回です。
今日のスタート地点JR逗子駅付近の地図です。

大きな地図で見る

其の58 横須賀水道みち14・深沢から逗子へ

横須賀水道みちを巡る探索探訪記の14回目です。
前回は湘南モノレール線下まで歩きました。12月5日(水)晴れ、そこからJR横須賀線逗子駅まで横須賀水道みちを辿りました。

横須賀水道みち・県道32号線バス停梶原口付近
横須賀水道みちは湘南モノレール線を潜り深沢の交差点で県道32号線になります。水道みちの延長線上の32号線左側歩道上を歩きました。バス停梶原口付近の水道みちです。上流の藤沢・綾瀬方面を望む。今までの住宅街の水道みちが交通量の多いこんな道に変わります。

横須賀水道みち・殿入川
バス停火の見下付近で小河川(殿入川)を渡ります。
いつものように橋の下を覗いてみました。Φ500の導水鉄管が見えません。伏越で潜っているのでしょうか。

大仏隧道(トンネル)
上り坂を大仏隧道までやって来ました。右側(南側)の隧道は案内看板によると藤沢方面行で昭和32年完成。左側は明治40年頃素掘り隧道として掘られ、大正10年煉瓦積覆工。平成21年道幅拡幅と煉瓦覆工からコンクリート覆工へ改修。
横須賀水道みちのΦ500導水管は左側の隧道を通っていることになります。

国宝 鎌倉大仏
水道みち沿いの国宝鎌倉の大仏さまにお参りしました。

国宝 鎌倉大仏 高徳院山門前の庚申塔 高徳院山門前庚申供養塔クリックで拡大
中と右の写真は庚申塔です。鎌倉大仏殿高徳院山門前に祀ってありました。

横須賀水道みち県道311号線文学館入口信号前
大仏前の長谷通りを南下し長谷観音前の信号を左折し県道311号線に入りました。横須賀水道みちで直角に左折したのは初めてです。水道みちは文学館前信号を斜めに右折し写真中央の細い道になります。

横須賀水道みち・江ノ電由比ヶ浜駅
江ノ電由比ヶ浜駅前の踏切を潜り抜けます。

由比ヶ浜3、4丁目の街並み
由比ヶ浜3、4丁目の街並みです。今日は不思議なことに海の杭(海軍境界杭)を一本も見ていません。スタート地点の深沢から3、4kmは歩いているはずなのに・・・。

海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋信号付近
などと思いながら海岸橋の信号を渡った若宮大路沿いのマンションの塀際で見つけました。海の杭(海軍境界杭・波入り)です。この付近で5本見つけました。

海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋 海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋 海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋

海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋 海の杭(海軍境界杭・波入り)海岸橋クリックで拡大

横須賀水道・滑川水管橋
すぐ先の滑川水管橋です。左側(北側)にも似たサイズの水管橋があります。

横須賀水道・滑川水管橋 鎌倉市材木座
海岸橋から見た滑川水管橋。

横須賀水道・滑川水管橋
滑川左岸から見た北側の水管橋です。南側より古びています。

赤い郵便ポスト・鎌倉市材木座
水道みちの北側にあった珍しい赤い郵便ポスト。懐かしい!
集配時刻表が貼ってあります。現役のポストです。
電柱にあるようにここは鎌倉市材木座一丁目12です。

水道みち交差点信号
「水道みち」の交差点です。ここで再び画面左(北側)から来た有馬系Φ1000導水管が加わり半原系のΦ500と並行して2条の導水管が逗子方面へ向かいます。

海の杭と道標・鎌倉市材木座2
道標と隣り合わせに並んだ海の杭(海軍境界杭・波入り)。
道標には「右大師道」側面には「大正二年四月吉日」。
半原系統の工事着工は明治45年ですから年代は近いです。
材木座2丁目にて。

以下の海の杭(海軍境界杭・波入り)は滑川左岸から県道311号線長勝寺交差点(材木座1、2、3丁目)間で見つけた海の杭です。
海の杭(海軍境界杭・波入り)材木座 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座

海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座

海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市材木座クリックで拡大

県道311号線長勝寺前交差点
文学館前で分かれた県道311号線と再びここで合流です。
右側が長勝寺、左折すると横須賀線の踏切です。水道みちはこのまま直進し311号線に沿って逗子方面へ向かいます。

海軍用地の杭

海軍用地の杭・鎌倉市大町5丁目クリックで拡大
名越切通へ向かう上り坂の途中で見つけた海軍用地の杭。
16.5cm角で御影石製。背面、右側面とも文字は無し。左側面は板が貼ってあり判読できず。前回に続いて二つ目の発見です。

名越隧道
県道311号線名越隧道入口まで上ってきました。
左端が横須賀水道みちです。駐車場として貸し出しているようです。

名越送水管路隧道・横須賀市水道局
駐車場の奥、横須賀市水道局 名越送水管路隧道の上流側入口です。

名越送水管路隧道 横須賀市水道局
内部はこんな風になっています。出口が白い点となって見えます。敷設の管は有馬系統のΦ1000管のようです。半原系統のΦ500は見えません。

海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市大町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市大町5 海の杭(海軍境界杭・波入り)鎌倉市大町5
上り坂の途中、名越隧道までの間にあった海の杭(海軍境界杭・波入り)です。クリックで拡大します。

県道311号線小坪隧道
名越切通しには三つの隧道が連なっています。名越、逗子、小坪の順です。これは三つ目の小坪隧道です。隧道の出口に土木学会選奨土木遺産認定銘板が掲示してありました。↓
小坪隧道・土木学会選奨土木遺産認定証 小坪隧道土木学会選奨土木遺産認定証 小坪隧道土木学会選奨土木遺産認定証クリックで拡大

受賞理由 小坪隧道・名越隧道 
明治16年地元の有志により掘られて以来、大正年間の拡幅・煉瓦巻を経て現在に至る。優美な意匠の坑門がその歴史の重さを伝える。竣工:大正年間   平成21年(2009)認定

土木学会選奨土木遺産選考委員会HPより

横浜水道・川尻隧道
いきなりで大変申し訳ありません。これは横浜水道道志川系の遺構、川尻隧道です。小坪隧道とは異なり管路隧道ですが明治45年完成で時代は近くほぼ同年代です。煉瓦巻、坑口の両脇にピラスターと呼ばれる飾り柱など共通点があります。管理人はこれが明治末から大正期の隧道の標準的意匠ではないかと想像しております。

横須賀水道みち上流方面を望む・逗子市久木5
さて、話が脇道へそれそうです。小坪隧道の出口付近に横須賀水道名越送水管路隧道の出口らしきフェンス囲いがありましたが注意看板を見ながら通過。表から中の様子を窺い知ることは全くできません。坂を下って逗子市久木まで来ました。久木5丁目付近の水道みちです。上流の鎌倉・藤沢方面を望む。

横須賀水道みち・川間川と交差
その先で川間川と交差します。例によって橋の下を観察しました。Φ1000管もΦ500管も見当たりません。この深い堀のような川を伏越で潜っているのでしょうか?

横須賀水道空気弁マンホール・川間川付近 横須賀水道空気弁マンホール・川間川付近クリックで拡大
川間川を渡ったところにあったマンホール2枚。Φ500と1000用でしょうか。小坪隧道からここまで横須賀水道みちを示すものが
何もなく少し不安でした。これで一安心。

海の杭(海軍境界杭・波入り)池田通り信号
JR横須賀線逗子駅近くの池田通りの信号で見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)。逗子市に入って初めての海の杭です。これでさらに一安心です。

JR横須賀線逗子駅前
JR横須賀線逗子駅前に到着しました。この左側の歩道か右側の車道の下を導水管は通っています。今日の探索はここまでです。次回は終点の逸見浄水場まで行けそうです。

今日のスタート地点深沢付近の地図です。

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其の57 横須賀水道みち13・境川から深沢へ

横須賀水道みち探索探訪記の13回目です。
前回は境川右岸まで歩きました。11月29日(木)晴れ、境川左岸から鎌倉市深沢まで横須賀水道みちを歩きました。

境川左岸より横須賀水道みち下流方向を望む
境川水管橋を背に横須賀水道みち下流(鎌倉・横須賀)方向を望む。水道みちは前方のR1湘南バイパスを潜り、真っすぐ南東へ伸びています。

境川の水位目盛
大清水橋付近で見た境川右岸の水位目盛。
下から3.9m 水防団待機水位(通報水位) 青色文字4.5m 氾濫注意水位(警戒水位) 黄色文字4.95m 避難判断水位(特別警戒水位) 赤色文字と表示してあります。神奈川県が設置したのでしょうか。

横須賀水道みち上流を望む。藤沢市西富
大清水浄化センター付近から横須賀水道みち上流方向を望む。奥の坂上は前回通った立石2丁目信号付近で、丘を下ったら境川があり、また上り坂になるいつものパターンです。

R1藤沢バイパス
R1藤沢バイパスの直前まで来ました。国道の下を潜ります。

横須賀水道みち・西富の上り坂
R1藤沢バイパスを潜った後の上り坂。藤沢市西富。
見た目以上に勾配のあるきつい上り坂です。

海の杭(海軍境界杭・波入り)
上り坂の頂上付近で見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)。
このほかに切通しの崖の上にもあり、この付近でぞろぞろと9本も見つけました。クリックで拡大します。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)
こうして見ると波入りの海軍境界杭が海老名の上郷からは普通に見られるようになりました。愛川町から厚木にかけて見た波マーク無しの海軍境界杭が貴重な存在に思えてきました。

横須賀水道弁室・藤沢市西富
坂道の頂上にあった弁室。丘の上にあるので空気弁の弁室と思われます。

横須賀水道みち水道部の境界杭
弁室の付近にあった水道部の境界杭。頭はYの字、裏面には横須賀、右側面に12と刻んであります。数字入りの杭は有馬系道みちで2本(数字2.5と3)見つけました。有馬浄水場からの粁程を表示しています。帰宅後地図で測ったらここまで12kmでした。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)クリック拡大
東海道(県道30号線)を挟んで西富から大鋸で見つけた海の杭(海軍境界杭・波入り)です。

横須賀水道みち下り坂・藤沢市大鋸
東海道(県道30号線)を渡って今度は下り坂です。
下ったところには川が流れています。

横須賀水道みち・柄沢橋
坂を下って柄沢橋の信号まで来ました。画面奥が今歩いて来た水道みちの上流方面です。ここまで半原系と並列で来た有馬系Φ1,000管はここで分かれしばらく別ルートで田浦配水場を目指します。上流から見たらここで左折です。滝ノ川に架かる橋の欄干が信号機の電柱の下にわずかに見えます。

横須賀水道みち・上り坂柄沢橋
有馬系と別れ真っすぐ進む半原系統の水道みち。
川を渡ったら上り坂。毎度おなじみのパターンです。

横須賀水道みち・下り坂藤沢団地前
坂を上りきってまた下り坂です。藤沢団地信号南。

横須賀水道みち・弥勒寺1付近
村岡の信号を過ぎて弥勒寺1、2丁目付近。南東へ向かう横須賀水道みち。歩道の左側に海の杭が見えます。町中で状態の良い海の杭が見られる宝庫のようなところです。8本見つけました。クリックで拡大します。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

「海軍用地」境界杭
東海道線近くで見つけた海軍用地と書かれた境界杭。こんな杭は初めて見ました。超珍しい杭だと思います。海の杭や水道部の杭のようにコンクリート製ではなく御影石製です。サイズは海の杭より細めで15cm角位でしょうか。冷静さを欠いてつい測るの忘れてしまいました。まあいずれにしても本日の探索で最高の収穫でした。

東海道線南の横須賀水道みち
東海道線を潜り南東へ向かう横須賀水道みち。手前の電柱の足元近くに海の杭が見えます。水道みちはこの先でゆるやかに東へ向きを変え柏尾川へ向かいます。

海の杭(海軍境界杭・波入り)
柏尾川への途中、工場の塀沿いにあった海の杭。
全部で4本ありました。クリックで拡大します。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)


横須賀水道・柏尾川水管橋
柏尾川右岸まで来ました。水管橋で渡る半原系Φ500導水管。

横須賀水道柏尾川水管橋
横須賀水道柏尾川水管橋。柏尾川は境川に比べ川幅が広くゆったりとした感じです。地図を見るとすぐ下流で境川と合流しています。

柏尾川左岸より横須賀水道みち下流を望む
柏尾川左岸、水管橋を背に横須賀水道みち下流方向を望む。ここは鎌倉市笛田1丁目です。川を渡ったら鎌倉市でした。

海の杭(海軍境界杭・波入り)
海の杭(海軍境界杭・波入り)
これは海の杭を正面と上から見た写真です。
杭の上面に「境界 横須賀市 上下水道局」と赤色に印刷された5cm角位の金属製プレートが貼り付けてあります。笛田1丁目にて。

海の杭(海軍境界杭・波入り)
これは横須賀に向かって左側にあった海の杭です。
面白いですねー。半原の方を向いています。普通は水道みちのどちら側にあっても内側を向いているんですが。杭を打つ時に90度間違えたようです。こんな杭も初めて見ました。明治生まれの人も愛嬌が有っていいです。笛田1丁目にて。

横須賀水道みち・笛田1丁目
東へ向かう横須賀水道みち。鎌倉市笛田1丁目。

以下の海の杭(海軍境界杭・波入り)は柏尾川水管橋から湘南モノレール間で見つけました。クリックで拡大。

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)

横須賀水道みち・湘南モノレール付近
湘南モノレール線下まで来ました。横須賀水道みちはまだ東へ向かっていますが今日の探索は帰りの足のことも考えここまでといたします。半原以来ここまですべてが未知の世界で面白く興味が尽きません。今日は海の杭をこれでもかというくらい満喫し堪能しました。これだけ多くの杭が残っているとは町中に近づいただけに少々意外でした。本日は特に珍しい海軍用地の杭を発見できて良かったと思っています。満足満足・・・。今日で全53kmの内三分の二くらいは歩いたと思います。残りは年内に歩き終えたいですね~~~。

帰路は湘南モノレール深沢駅から江ノ電江ノ島経由小田急藤沢経由で帰りました。モノレールと江ノ電に乗りたくてわざわざ大回りをしました。

湘南モノレール・湘南深沢駅付近
深沢駅から江ノ島駅まで乗りました。初めて乗りました。

江ノ島電鉄江ノ島駅
江ノ電江ノ島駅から藤沢駅まで乗りました。
運転席の後ろでしたが、最高時速は45km/hまで行きました。
快調に飛ばしていると思ったらAメータが100から0に、後は惰力走行です。Aメータが200に上がって藤沢駅ホームに無事すべり込みました。

今日のスタート地点境川付近の地図です。

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