横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の24 中津川サイフォン探索

 梅雨の晴れ間、中津川サイフォンを探索しました。
地図は「其の21山際川伏越を見つけました」で登場した相模川右岸幹線用水路の下流です。関口山大信寺の南100m位のところで用水路が消えています。


fc224-1
今回もJR相模線を利用しました。6月24日(日)相武台下駅下車。時刻は12時頃。相模線は単線です。この駅は島型プラットフォームで上下線の列車交換が可能な駅です。

fc224-2
JR相武台下駅です。ここから県道42号線に出て座架依橋を厚木市側へ渡ります。

fc224-3
座架依橋から相模川上流を望む。19日の台風4号の影響がまだ残っているようで茶色く濁っています。

fc224-11
2週間前に来たときにはさがみ縦貫の県道42号線を跨ぐ橋は無かったのですが今はしっかり繋がっています。巨大クレーンが活躍したのでしょう。

fc224-4
「其の21山際川伏越を見つけました」で探索した御嶽神社東側の開渠になって出現した相模川右岸幹線用水路(以下右岸用水路)です。

fc224-5
下流はこのように暗渠になっています。今日はここから下流を探索します。

fc224-6
県道42号線高架橋下で再び開渠になった右岸用水路。

fc224-7
道路面より上を流れる右岸用水路。用水路沿いのフェンスが右側に見えます。

fc224-8
水路に「依知隧道」の銘板が貼ってあります。
隧道(トンネル)に潜るようです。

fc224-9
fc224-10
茶色く濁った水が隧道に吸い込まれていきます。ここは相模川右岸河岸段丘崖の縁になります。崖を潜って向こう側の中津川左岸河岸段丘崖に向かうようです。地図上ではここで用水路が消えています。

fc224-12
段丘崖を上り関口山大信寺の前を通って用水路を見下ろす地点に来ました。茶色の水が流れています。奥は工事中のさがみ縦貫橋梁工事で、巨大クレーンが見えます。

fc224-13
段丘崖上まで上がってきました。
R129関口中央付近の橋上から県道42号線座間方面を望む。これから反対方向の関口中央の信号を渡り中津川方面を目指して歩きます。

fc224-15
まだ時間は早く中津川右岸へ渡る前に善明川河口の樋門を見に行きました。途中長坂にあった寺道の碑。

長坂住民は元は殆ど関口(東)に居住していた。年代は明瞭ではないが、この長坂に耕地を求めて居住した。先祖の寺は大信寺であったので、墓参りや念仏講中など大信寺に行く機会も多くこの道を頻繁に往来したことから寺道と言うようになった。
碑文より

fc224-14
寺道と交差する横須賀水道みち。一直線の細い道ですぐ水道みちと分かりました。

fc224-16
段丘崖を下って一面に開けた田んぼの風景です。
左の森は中津川左岸河岸段丘崖で南に延びています。
高架橋は中津川に架かる中津川大橋です。左が今通ってきたR129関口中央方面です。

fc224-17
中津川左岸堤防に設けられた善明川樋門。堤防を挟んで河川敷側にも樋門がありました。

fc224-18
河川敷側の樋門です。夏草が強く近づくのはこれが精いっぱいです。樋門については「其の21山際川伏越を見つけました」で学習しました。

善明川のこれより上流の関口山の根水辺の広場付近に細い用水路との立体交差を地図上で見つけたので探索しました。が、実際には交差していませんでした。伏越は見られず。見事な空振りです。

fc224-19
中津川大橋長坂の信号から見た中津川左岸河岸段丘崖。関口の大信寺付近で潜った右岸用水路の出口を探索しました。

fc224-20
段丘の縁に沿って流れる用水路の際にありました。
中津川大橋の下流およそ600mの地点です。

fc224-21
銘板が貼ってありました。
中津川サイフォン 呑口桝
(中津川サイフォンΦ2400  L=330.089m)
2005年2月16日竣工
神奈川県県央地区農政事務所
施工:前田・勝村・肥後特定建設共同企業体
工法:泥土圧式シールド工
(鋼製セグメントコンクリート覆工)


関口で潜ってここまで来たようです。
依知隧道の出口と中津川サイフォンの呑口桝を兼ねているようです。ただコンクリート製の密閉された立方体に直に繋がっているので水音も無ければ流れを見ることもできません。伏越の長さが330.089mで中津川の川底を潜ることは分かりました。少し想像していた伏越の入口とは違っていました。呑口桝は(のみくちます)と読むのでしょうか。

マピオンで標高を調べてみました。
依知隧道入口 34m
依知隧道出口・中津川サイフォン呑口桝 33m
段丘上を縦断しているR129関口中央信号付近 60m

依知隧道の長さは1万分の1の地図で測るとおよそ600mでした。


fc224-22
中津川大橋から上流を望む。曇天で水は濁っています。

fc224-23
橋を渡って下流方面へ歩いていくと中津川の堤防下にこんなコンクリートの施設が。水色の水門巻揚機が見えます。

fc224-24
堤防の上から見るとこんな感じです。

fc224-25
入り口側と同じく銘板が貼ってありました。
中津川サイフォン 吐口桝(はけくちます?)
呑口桝と同じでコンクリート製の密閉された四角い箱です。
伏越出口の吹き上がりを期待していた管理人、目隠しがされていてがっくりです。マピオンで標高を見ると32mでした。

竣工は2005年2月16日(平成17年)。わりと最近に完成しています。右岸用水路の着工は昭和24年、延長20kmの全線が開通したのが昭和33年ですから、おそらく2代目の伏越施設だと思います。初代の伏越は猿ケ島の伏越のように地下から吹き上がるような怒涛の水流を見せていたのでしょう。見られなくて残念。

それにしても右岸用水路は驚きの連続です。相模川を潜る相模川伏越を手始めに、山際川伏越、開渠から依知隧道、隧道を出たらすぐまた中津川を伏越で潜る。管理人には想像すらできないこのルートを考えた先人の知恵には頭が下がります。

fc224-26
奥の吐口桝の下流で開渠となった相模川右岸幹線用水路。
この場所に立ち用水の流れを眺めて、はたして何人の人がこの水は磯部頭首工の左岸取水口から取り入れた相模川の水だと分かるでしょうか?

fc224-27
その200mほど下流、右側の細い用水路から水が流れ込んでいます。幹線用水路だから配るだけかと思ったら他の用水路の余った水をしっかり回収しているいるようです。

fc224-28
これは簡易型の除塵機でしょうか。ここから暗渠になるようです。ここは厚木市三田、屋際の信号の600m位手前です。これから先は日を改めて探索したいと思います。

実は、この地点から中津川大橋を渡り左岸に逆戻りして中津川サイフォン呑口桝の探索に行きました。説明上、上流部から順に発表しましたが見つけたのは呑口桝が一番最後です。
帰りは段丘崖を上る細い道を見つけダイアパレスMの脇に出、R129蓮正寺バス停からバスで本厚木に出て本厚木から小田急、厚木でJR相模線に乗り換え帰宅しました。時計を見たら18時過ぎ、疲れました。

スポンサーサイト

其の23 菖蒲園と相模原沈澱池②

 前回からの続きです。多種多様な花菖蒲を愛でた後、相模原公園を突っ切り近くの横浜水道相模原沈澱池へ向かいました。


fc223-1
相模原公園内、北のはずれに横浜水道局の施設がありました。手前は1500mmのエアバルブ弁室。この先に相模原沈澱池の取水塔があります。そこで取り入れた水はこの辺りの地下に埋設の1500mmの導水管で女子美大付近に導かれ、道志川系の水道みちに入り川井浄水場へ送られます。それをコントロールするための施設と思われます。

fc223-2
fc223-3
近くにはバタフライ弁、空気弁のマンホールがあちらこちらにありました。

fc223-4
県道52号線を渡り、南西側から見た相模原沈澱池の堰堤です。

fc223-5
スロープ状の道を堰堤上に上り、南端から見た南北に走る堰堤。厳重な警戒ぶりです。監視カメラに、看板には警察に通報などと書いてあります。上水道の施設だから当然と言えば当然です。

fc223-6
東西に走る堰堤です。

fc223-7
同じくその南側法面です。法面保護のため進入禁止です。右側の道路は県道52号線。
「ダム便覧」によると相模原沈澱池はアース型のダムに分類されています。へえ~相模原市南区にダムがあったんだ・・・
相模横山という名の相模川河岸段丘崖の地形をうまく利用して造った大きな貯水池だと私は思っています。

fc223-8
正面から見た取水塔です。監視カメラが窺っているようで気色が悪い。足早に移動します。

fc223-9
アングルを変えた取水塔です。昨日の台風4号の影響か水が濁っています。春に来たときはコガモ、オナガガモ、キンクロハジロ、マガモなどが遊んでいたのに今は一羽もいません。

fc223-10
相模原沈澱池の東側から大山を望む。15時50分撮影。
大山を撮影するといつも稜線がぼやけてしまうのですが今日は割とうまくいきました。

fc223-11
東側の外周道沿いフェンスの看板。車はそんなことにはお構いなしに駐車したり、行きかっていました。

fc223-12
沈澱池の北端です。以前来たときは中央の黒色の辺りで水の噴き上がりが見られたのですが今日は見えません。

fc223-13
外周道路だけでなく貯水池本体も国有地を借り受けて設置した施設のようです。

fc223-14
北側にある横浜市水道局相模原沈でん事務所正門。
今日は表から眺めただけですが出来れば一度中を見学してみたいものです。

相模原沈澱池は相模湖系の導水施設で、元を辿れば相模湖に至ります。
相模ダムでせき止められた相模湖→相模発電所で放流→沼本ダムでせき止めた沼本調整池→津久井隧道→津久井分水池→相模隧道→下九沢分水池→横浜隧道→虹吹分水池→相模原沈澱池の流れです。

道志川系に比べて隧道ばかりで地下に隠れている施設が多く水道みちを探索探訪する管理人のような者にとっては今一面白味に欠けます。

相模原沈澱池
一池 貯水量883,000㎥ 土堰堤式貯水池 
湛水面積 120,000㎡ 周長1,415m
水深 8.5m H.W.L 103.50m
着工 昭和23年10月 竣工昭和29年11月
水源は相模湖系で取水量 4.55㎥/秒

(横浜市HP水道施設の紹介より)

ここから1km程上流に虹吹分水池がありますので足を延ばします。

fc223-15
相模原沈でん事務所から虹吹分水池へ通じる道です。
水道局の用地で立ち入り禁止になっています。
奥が沈でん事務所。振り返って撮りました。

fc223-16
途中にあったエア抜き管。ここも立ち入り禁止区域です。
水道局の水道施設フローシートによるとこの区間はΦ2200の導水管が通っているはずです。

fc223-17
陽光台7丁目信号付近の虹吹分水地に通じる水道みち。
右側の看板には ここは水道用地で重要な水道管が埋設されています。大型車通行止め、全車両駐車禁止、横浜市水道局相模原沈殿事務所 とありました。
この奥、突き当りが虹吹分水池です。

fc223-18
fc223-19
虹吹分水池です。場所は陽光台7丁目です。
虹吹という名前の由来は段丘崖下にある近くの虹吹からとったと思われます。そこには虹吹というバス停もあります。
分水池の由来は横浜水道が東隣にある県の施設に灌漑用水として分水する役割もあるからだと思います。

fc223-20
fc223-21
中はこんな佇まいです。道路面から下がったところに施設があります。虹吹分水池より上流は一部暗渠を経て高さ2.6mの馬蹄型隧道(小型・横浜隧道)で六地蔵信号近くの下九沢分水池に至ります。

fc223-22
東側から見た虹吹分水池。手前が神奈川県、フェンスの向こう側が横浜市水道局の施設です。
県の方は今は使われてなく草が茂り放題で荒れています。

fc223-23
県の施設の東の端に錆びた水門巻上機が見えます。
これは私の想像ですがこの施設の完成時にはこの水門を経て東西分水から西幹線、大野分水から東幹線へと灌漑用水を送り出していたと思われます。

fc223-24
fc223-25
fc223-26
県の施設の東隣に「畑地かんがい事業の碑」がありました。
内山岩太郎書(元神奈川県知事)
概要
神奈川県央相模横山台地は、北は相模原市より南は藤沢市に至る「八里橋なし九里の土手」ともいわれた丘陵で古くから水なき台地と呼ばれた。作物は天水に頼るのみで、ひとたび日照りが続けば年々干魃の被害を受けること多く、その生産性は極めて低かった。このようなことから地域農民の「この農地に水あれば」の声に先覚者たちによって相模原開田開発が叫ばれたが、経済的、土木技術的に相模川よりの取水は困難視されて実現に至らなかった。たまたま横浜、川崎両市における上水道、工業用水の増加計画に伴って昭和十五年に相模原開田開発の水利用とを調整して相模川河水統制事業に着工し、ここに相模ダムが建設された。県営相模原畑地かんがい土地改良事業は、相模ダムを水源として、三市三町二、七〇〇ヘクタールの畑地にかん水し、地域農民の経営を改善すると共に時代の要請であった食糧の増産に寄与するため昭和二十三年に起工された。本事業は県営事業の共用導水路、東西幹支線、排水路の工事、総事業費九三三〇〇余米、総額十億六、四〇〇余万円、更に団体営事業の支線水路工事に延長七一、二〇〇余米、総額八八五〇余万円を投じ、十六ヶ年の長年月をかけて、昭和三十八年度に完成をみた。顧みるに、この事業は我が国初めての大規模な工事で高度の技術を必要とし、かつ戦後の苦難な時期をも克服して完遂したことは、農林省及県当局関係者の指導援助ならびに土地改良区関係各位の熱意によるものである。而しながら今日の相模台地は経済の高度成長に伴い首都圏の一環として、環境は目覚しく発展しつつありこの台地に導入された水並びに、本事業施設の利用については、今後地域農政のみならず県政伸展の上からも一層活用されることを望むものである。
  碑文より

最後に畑地かんがい事業の碑に出くわし勉強になりました。
ここから西へ進むと相模横山河岸段丘崖上に出ます。帰りは段丘崖上に沿った道を北上し丸崎から亀が池八幡宮を経由して帰宅しました。時刻は17時半ごろ、3時間半の散策でした。

其の22 菖蒲園と相模原沈澱池①

 台風一過の20日、相模原公園の花菖蒲を見に行きました。2時ころ自宅を出発、時おり強風が吹く中久しぶりの横浜水道みち散策です。地図にあるように菖蒲園は女子美大の少し手前の水道みち沿い左側にあります。




fc222-1
fc222-2
相模原市の花・アジサイが丁度見ごろでした。田名、田名塩田付近。

fc222-3
fc222-4
上溝付近にて。花菖蒲の前にアジサイを楽しみながら歩きました。

fc222-5
fc222-6
おなじみのトロッコの看板です。
NO.6 上溝 三井用水取入れ所からここまで16km
現在地:上溝

この看板は横浜市水道局が近代水道創設120周年を記念し平成19年(2007)に設置しました。設置場所は創設当時の路線上の26カ所です。

詳しくは導水線路「緑道プロムナード」の看板概要図をどうぞ。この看板を辿れば終点の横浜・野毛山浄水場跡まで行けます。

fc222-7
県道46号線を渡ったところにあった百米杭と粁杭。
水色の百米杭には160YWW、背の高い杭には十六粁横濱市水道局とあります。

fc222-8
fc222-9
水道みち沿いにこんなアジサイも咲いていました。

fc222-10
横浜水道みち沿いのアジサイ。鳩川の水管橋を渡ったあたりです。

fc222-12
道保川に架かる堂山橋まで来ました。
トロッコの看板NO.8 堂山橋 三井用水取入れ所からここまで
17.5km 電気溶接水管橋跡(日本初)
水管橋跡については「其の15 田名から東林間へ」で触れました。

fc222-14
菖蒲園にやってまいりました。正式名「しょうぶ田水無月園」です。
田は3枚に分かれています。江戸系、肥後系、伊勢系です。

fc222-15案内看板がありました。

fc222-16
入って正面の肥後系。

fc222-17
fc222-18
fc222-19
この3枚も肥後系です。肥後系はなんとなく花が大ぶりな感じです。

fc222-20
fc222-21
fc222-22
fc222-13
江戸系です。昨日の台風にもめげず見事に咲いています。
江戸系の「清少納言」、「夏姿」など初めの内は品種名をメモったのですが、すぐ諦めました。花の種類が多すぎです。

fc222-24
紫や白色系が多い花菖蒲の中で珍しい黄色です。これはしっかりメモりました。伊勢系の「愛知の輝」です。

今日はいつもと違って花の横浜水道みち散策になりました。管理人はこの後、相模原公園を横切り横浜水道相模原沈澱池から虹吹分水池まで足を延ばしましたが、それについては次回投稿します。



其の21 山際川伏越を見つけました

 前回の続きです。地図上の北から来ている細い線が相模川右岸幹線用水路(以下右岸用水路)で、北西から来た山際川の手前で途切れています。ここから北へおよそ2km辿れば猿ケ島の相模川伏越流出側に至ります。山際川の手前で消えているという事は伏越の可能性が高いはずで管理人が目を付けました。
以下猿ケ島の伏越から右岸用水路に沿って歩きます。



fc221-1
猿ケ島の伏越から200m位下流の橋上から右岸用水路の下流方向を望む。横浜水道みちと同じで直線的です。

fc221-2
これは右岸用水路の右後方(北西)から来た別のやや細めの用水路です。

fc221-3
右岸用水路の手前の枡にごうごうたる水音と共に消えていきます。右岸用水路を立体交差で潜るようです。

fc221-4
その流末がこれです。右岸用水路と相模川右岸堤防を潜った水の出口です。相模川河川敷に流れ込んでいました。出口付近の水音は入り口と同じように聞こえてきます。水門は当然開の状態です。水門の開閉作業は堤防上の道路から張り出した橋上で行うようになっています。このような水門を樋門と言うそうです。(後述)

fc221-5
相模川本流へ向かう用水の流れです。樋門を背に撮りました。用水と用水の立体交差で伏越を期待したのですが、素直に相模川に流れ込んでいました。残念でした。

fc2216
右岸用水路から見た田んぼの風景です。遠くの段丘崖沿いに工事中のさがみ縦貫道が見えます。

fc221-7
さらに進むと左側にさがみ縦貫の工事現場が見えてきました。

fc221-8
右岸用水路に架かる橋を東に渡りました。前方に赤色の除塵機や水門巻き上げ機が見えます。除塵機があるということは伏越があるという証しです。

fc221-9
排水用の水門が見えます。右側の細長い開口は溢流水用と思われます。用水路壁よりやや低くなっています。

fc221-10
fc221-11
除塵機とその背後の様子です。除塵機の下を潜った後、右へ向きを変え河岸段丘崖の方へ向かっています。

fc221-12
西側から見た除塵機。

fc221-14
同じ地点の田んぼ脇の用水路で見つけた簡易除塵機? 
これは管理人のような素人でも理解できます。水路にかけてある右側の錆びた鉄棒を取り払へば格子が水中に落ちて完成です。かなりの水量があります。当然山際川に流れ込んでいると思ったのですが、川の直前で枡にごうごうと音を立てて流れ込んだままです。山際川の護岸を調べたのですがどこにも流れ込んでいません。静かなものです。大量の水が搔き消えてしまいました。

fc221-15
これが答えです。除塵機の後ろで右岸用水路に合流していました。手前の桝の左側で吹き上がって右へ流れているように見えましたが、フェンスがありこれ以上近づくことが出来ず確認できていませんが、ミニ伏越と思われます。水音は入り口側と同じでした。

fc221-13
山際川です。山際川に架かる小平橋から撮りました。
左側の赤いのが除塵機で伏越でこの川を潜ります。
護岸の下の方の開口は位置から右岸用水路の排水と溢流水の放流口と思われます。

fc221-17
山際川を渡ったところです。さがみ縦貫の工事が真っ盛りで地形が分かりません。前方の逆三角形の橋脚際に伏越の吹き出し口がありました。

fc221-16
小平橋を渡って東の山際川河口方面を望む。相模川の堤防上に水門が見えます。帰路途中に探索します。

fc221-17
目の前のコンクリートの方形が伏越の吹き出し口です。
鉄板で蓋がしてありますが、毎秒5㎥で吹き上がるすさまじい水音で分かりました。右奥に赤色の除塵機が見えます。
犬も歩けば棒にあたる。徒歩の探索だから見つかりました。伏越の吹き上がりを見るのを楽しみに探索している管理人、直接見られなくて少し残念です。

fc221-18
fc221-19
道なりに進むとこんな工事をやっておりました。
壁面を施工しています。平成24年6月11日まで首都圏中央連絡自動車道山際地区のり面対策工事  看板より
この写真を撮影したのが6月10日です。翌日に工事は終了です。

fc221-20
fc221-21
のり面対策工事現場を左折した地点の工事風景です。
首都圏中央連絡自動車道の(さがみ縦貫道路)橋を造っています  平成24年10月17日まで 関口高架橋他4橋(PC上部工)北工事 看板より

fc221-22
道なりにそのまま進むとお目当ての右岸用水路がありました。地図上では御嶽神社の東側です。
吹き出し口から暗渠か隧道でここまで来て開渠になって出現しました。

fc221-23
南側から撮りました。右側の水門はこの南側に開けた田んぼに水を配るための取水口です。

fc221-24
同じ地点から南を見ると水路に蓋がしてあります。地図上は開渠水路になっていますが、実際には暗渠水路です。
今日の伏越探索はここまでです。帰路、目に止まるものを観察・見学しながら帰りました。

fc221-25
開渠水路を背に東の方向のさがみ縦貫の工事風景。

fc21-26
同じく目の前に広がる田んぼとさがみ縦貫の工事風景です。
この田んぼに張られている水は背後の用水路から取り入れています。

fc221-28

fc221-27
田んぼの北側に記念碑と水天宮が祀られていました。
碑文によると記念碑は九十余年前にこの南に広がる水田耕地整理をした証としてここより北百米に建立され、さがみ縦貫工事によりここへ移設したとあります。水天宮は其の19で磯部頭首工を訪ねた時に見た豊受水神社とよく似ています。

fc221-31
今度の看板は橋梁上部工事で関口橋(鋼上部工)工事と書いてあります。

fc221-29
これが橋梁上部?

fc221-30
田んぼの脇に部材が保管してあります。

fc221-32
巨大なクレーンが鎮座しております。今日は日曜日で作業は休みのようです。標識を見ると「最大吊上荷重650ton」とあります。ぶったまげました。(←死語?)いやはや大変驚きました。でか過ぎて画像が納まりません。田んぼ脇の部材をこれで吊上げるのでしょうか?

fc221-33
天を突く高さです。

fc221-34
最後に山際川河口の水門を探索しました。
相模川堤防に築造された水門です。

fc221-35
相模川河川敷側から見た水門。
銘板が貼ってありました。
形式 鋼製ローラーゲート
純径間×呑口高×門数 6.0m×2.9m×2門
開閉方式 電動ラック式(2本吊)
施工 豊国工業(株)

先ほどの細い用水路の樋門の開閉方式は手動でハンドル式。
こちらは電動式です。

fc221-36
水門から下流を見る。水門は開いているので相模川本流に向けて流れていきます。
ここで私の素朴な疑問です。何のためにここに水門があるの?山際川の水をせき止めて灌漑用水を取るにしてもすでに立派な用水路が通っているし・・・
素人でこの方面に無知な管理人には分かりません。
先ほどの用水路の立体交差で見た水門と同じでこのような水門を樋門(ひもん)と言います。役割としては、洪水で相模川の水位が上昇し、支流の山際川に本川の水が逆流する恐れのあるときに、この水門を閉めます。
帰って調べてみたらこんなことが分かりました。お陰様で一つ賢くなりました。
こんなサイトを見つけましたので貼っておきます。
国土交通省樋門操作

fc221-37
帰りは座架依橋を渡りました。

fc221-38
座架依橋から相模川上流を望む。梅雨空のせいか画像が今一ぱっとしません。ここからJR相模線相武台下駅まで歩き無事番田駅に着きました。狙い通り伏越も見つけたし、樋門も巨大クレーンも見られたし大満足な一日でした。

其の20 相模川伏越を訪ねる

 前回の続きです。6月10日(日)、相模川右岸にある相模川伏越の流出側を見に行きました。今回はJR相模線に頼ることなく自宅から散歩を兼ねてぶらぶらと、あっちこっちを見聞しながら向かいました。地図にあるように目的地は厚木市の猿ケ島スポーツセンターの西側です。


fc220-2
相模川左岸、県道48号線沿いに南下します。
これは神奈川の橋100選に選ばれている相模川水路橋です。神奈川県内広域水道企業団の施設で酒匂川水系の水をこの東にあるポンプ場を経て企業団相模原浄水場へ送っています。

fc220-4
ポンプ場の方向ですが、東電の鉄塔が水路橋をまたいでいます。形が面白いので撮りました。標識には中津線8。

fc220-6
昭和橋手前の県道48号線の道端に咲くススキのような花。
帰って図鑑で調べてみたらチガヤのようです。花期4~6月。
この辺りは歩道がないので歩くのは命がけです。遠くの橋は新昭和橋と相模川水路橋。

fc220-7
チガヤの辺りで昭和橋を見たら橋脚に水道管らしきものが添わせてあります。橋のたもとから下へ降りて観察すると口径は900位、表面はエポキシ系塗料で塗装されています。横浜水道みちの探索癖で、すぐこういうものに目が行きます。
谷ケ原浄水場から厚木市内への配水用と見たのですが調査してみないと分かりません。

fc220-8
昭和橋側道橋を厚木市側へ渡ります。

fc220-9
側道橋から相模川下流を望む。どんよりしています。

fc220-10
fc220-11←クリックで拡大
相模川右岸橋際から河川敷に下り、下流へ歩きます。時々オフロードバイクが行きかったりします。これは松林の水防林と注意看板です。

fc220-12
磯部頭首工の堰までやってまいりました。
堰によってせき止められた相模川。堰の上に釣り人がいます。このほかリールでブラックバスを狙う人、ヘラブナを釣る人、その近所ではラジコンで船を走らせる人、遠くの方では水上オートバイで走り回る人など、それぞれ休日を楽しんでいました。

fc220-13
左岸を望む。遠くに前回訪ねた磯部頭首工の10門の取水口が見えます。

fc220-14
河川敷の道から右岸堤防上の道に上がりました。猿ケ島入口の道標。もうすぐ伏越の吹き上がりが見られます。

fc220-15
右折して、道の右側にあった厚木市が建てた「猿ケ島の渡し」の碑
江戸時代から昭和初期までこの地に渡船場があった。
猿ケ島村民は相模川の中州の耕作地に通うため利用した。また対岸磯部村とを結ぶ大山道の渡しでもあり、大山参りの旅人に利用されたという。昭和の初期まで、相模川を往来する物資運搬の帆かけ船の発着地でもあった。
碑文より

fc220-16
fc220-17
その先の交差点を左折したところにありました。
相模川伏越の出口です。何もないところからいきなり水が吹き上がっています。ごぼごぼ音を立てて、鳴門の渦潮のようです。理屈は分かっているのですが、不思議です。

fc220-18
fc220-19
内側からと、外側から見た水門です。

fc220-20
下流を望む。この用水路は「相模川右岸幹線用水路」と言います。厚木市中町の神奈川県西部土地改良区の管理下にあります。

管理人はこの先にある伏越らしきものを地図上で見つけています。探索結果は次回投稿いたします。

其の19 磯部頭首工を訪ねる

 前回、初の伏越探索で見事、生まれて初めて伏越を見つけて感激した管理人、気分を良くして再び動き始めました。
今回は前回見つけた座間サイフォン・相模川左岸用水路の起点にあたる磯部頭首工を訪ねます。

fc219-1
今回もJR相模線を利用します。6月4日(月)番田駅で茅ヶ崎行に乗車し、二つ目の下溝駅で降りました。ご覧のように相模線は単線です。

fc219-2
駅を出るとすぐに相模川と並行に走る県道46号線に突き当ります。眼下に相模川を望む。右手が上流です。

fc219-3
県道脇の三段の滝展望広場の門をくぐり相模川沿いに散策しながら磯部頭首工へ向かいます。約1.3kmです。

fc219-4
新三段の滝橋から見た鳩川分水路・新三段の滝。
すぐ近くの上流で姥川と合流した鳩川と道保川が相模川へ流れ込んでいます。

fc219-5
三段の滝橋から見た鳩川隧道分水路・三段の滝。
水は枯れていて流れていませんでした。鳩川分水路が出来てこちらは役目が終ったようです。

fc219-6
三段の滝を最上部まで上ってみました。やはり水の流れはありません。隧道がありました。
右書きで「鳩川隧道」昭和7年2月着工 昭和7年6月竣工。

fc219-7
相模川沿いの相模川散策路を歩きます。

fc219-8
磯部頭首工に着きました。

fc219-10
下流側から見た磯部頭首工。

fc219-11
取水口近くの注意看板です。神奈川県県央地域県政総合センターと相模川磯部堰土地改良区連合の連名になっています。

今日の目的は相模川左岸用水路と右岸用水路の起点の様子と伏越の探索探訪です。順に追ってみます。

fc219-12
これは頭首工左側にある施設で上流からの丸太などの大型ごみを阻止するためのものだと思われます。

ところで頭首工(とうしゅこう)は耳慣れない言葉です。辞書を引いてみると「河川などから用水路へ必要な灌漑水を取り入れるための施設、一般に取水堰と取入口とから成る」(広辞苑第6版)とあります。
英語のhead worksを直訳したのが語源のようです。

fc219-13
その左にある10連の水門です。手前6門が相模川左岸用水路、奥4門が相模川西部土地改良区(相模川右岸)の取水口になっています。

fc219-15
横から見た水門です。奥の建物は磯部頭首工操作管理室です。傍らに水門の銘板が貼ってありました。
磯部取水門
型式 ステンレス鋼製スライドゲート
経径間×呑口高 1.5m×1.6m
設置数 10門
開閉方式 電動ラック式
竣工年月 平成12年3月
製作 ㈱栗本鐵工所

fc219-14
磯部頭首工操作管理室の建物です。相模川磯部堰土地改良区連合が管理者となっています。

fc219-16
磯部頭首工操作管理室に隣接する磯部頭首工公園です。
この下に用水路が通っています。

fc219-18
公園のはずれから開渠になって出現した相模川左岸用水路。暗渠の出口上から下流を望む。右岸用水路はすぐ右側を流れています。

fc219-19
同じく右岸用水路です。左岸に比べて細めです。
相模川伏越を見るため、この水路を辿ります。

fc219-20
fc219-21
水門が見えてきました。

fc219-22
水門を潜った水は奥の鉄格子から地下に吸い込まれます。
伏越の入口です。開渠水路はここまでです。鉄格子の奥は相模川の堤防上の道路です。伏越で相模川を潜った水は対岸の厚木市猿ケ島辺りで吹き上がります。

fc219-23
これは相模川の堤防側から見た伏越の入口です。

fc219-25
これはその傍にある「相模川伏越」の記念碑です。
碑文が刻まれていましたので記します。( )内は管理人注。

相模川伏越の誌
相模川右岸に位する愛甲郡依知村 厚木町 南毛利村 中郡成瀬村 伊勢原村 太田村 相川村 神田村 大野町 城島村 岡崎村 豊田村の水田二千余町に灌漑するため相模川左岸頭首工より取水し此処に伏越を設けて対岸に渡した。この河床は深い砂利層で水替えが困難なので鉄筋コンクリートの井筒を連続して沈めその中に内径一米五〇糎(1m50Cm)のヒューム管を二本並列し玉石コンクリートで被覆した。深さは左岸側河心の最も深い河床より二米(2m)下に埋設した。ここに川底深く築造された伏越の原型を作りこれに概要を示す。
        記
一、工事費 壱億参千八百拾参万円
一、起工期日 昭和二十七年九月
一、完成期日 昭和二十九年九月
一、伏越の延長 六一二米
一、通水量 毎秒五立方米
一、井筒の形状 長一一米五〇 巾六米 高六米五〇
        四五基
一、樋体 ヒューム管内径一米五〇 二瓩(キログラム)管二連 
一、工事に要した主な資材 セメント六一二三〇袋
             鉄筋 一七七屯(トン)
             ヒューム管 五〇四米


取水量は5㎥/秒とあります。水門4門で5㎥/秒ですから、6門の相模川左岸用水路の取水量はは7.5㎥/秒になります。

fc219-26
伏越の記念碑から対岸を望む。ズームアップで撮りました。
建物は猿ケ島スポーツセンターかと思います。その西側に伏越は吹き上げています。見るには対岸に渡らねばなりません。上流の昭和橋か下流の座架依橋になりますがどちらを利用しても片道5、6kmはありそうです。日を改めて探索探訪します。
今回はせっかくここまで来たので周りを少し眺めながら左岸用水路沿いをJR相模線相武台下駅まで歩きます。

fc219-27
これは磯部頭首工公園内で見つけた蛇と弁天さま?の像です。階段を降りたところに祀ってありました。
公園を作る前からあったようです。元々の位置を変えないためわざわざ階段を作ったのでしょう。

fc219-28
これは園内の一角にあった「磯部の渡し」の碑です。
このあたりは対岸の猿が島とを結ぶ渡し場がありました。そのため「猿が島の渡し」とも呼ばれていましたが、大山参りの人々にもよく利用されていました。    
碑文より

fc219-29
公園北側にあった「五ヶ村用水」の碑
この用水は江戸時代後半に磯部村、新戸村など五ヶ村の水田に水を引くために造られました。また、その用水の取水口があるこのあたりは「すいどうくち」と呼ばれています。碑文より

fc219-30
その隣にあった豊受水神社です。

fc219-32
公園の南のはずれに戻ってきました。相模川左岸用水が取水口から公園の下を潜って流れて来て、出口で開渠水路になったところです。下流側から望む。右岸用水路は左側を並行して流れています。

fc219-31
その下流の四ッ谷橋から下流を望む。毎秒7.5㎥の水流です。
早くも右の水門で分水し、支水路へ取り込んでいます。

fc219-33
少し下流です。浄水場へ送れば水道水として使えそうです。
前回触れましたが、玉川上水が毎秒9.0㎥ですから遜色ありません。

fc219-34
左岸用水路から取水するための水門です。

fc219-35
田んぼ脇の細い水路に引き込んだ水は10Cm位のパイプを通して田んぼに入ります。田んぼ側のパイプに差し込まれたエルボ継手とそれに差し込まれたパイプを上下に振ることで水量を調節しています。この田んぼは田植が終わりパイプを上に振り、抑え気味に水を取り入れています。

fc219-36
用水路から見た田んぼの風景です。9割方田植は終わっているようです。下磯部のあたりにて。


fc219-37
新戸まで下ってきました。この下流に前回見た座間サイフォンがあります。JR相模線の踏切を渡って右折すれば相武台下駅です。

次回は猿ケ島の伏越出口他を探索探訪します。
続きを読む

FC2Ad