横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の18 伏越を見てきました

 5月27日(日)、かねてより目を付けていた伏越(ふせこし)と思われる場所へ探索に出かけました。最寄駅のJR相模線相武台下駅下車。地図上では用水路と鳩川が立体交差しているように見えます。駅から歩いて10分位のところです。末尾に地図を付けました。

fc218-1
東の方へ歩き始めてすぐ、用水路に架かる橋に来ました。
橋から左へずれて下流方向を見たところです。田植時を控えて満々と水をたたえて勢いよく流れています。

fc218-2
橋上から下流方向を見る。右側が用水路です。左側は排水路ですぐ下流で鳩川に合流します。用水路に沿って歩きます。

fc218-3
名もない排水路が画面右奥から来た鳩川に合流するところです。

fc218-4
そのすぐ下流の鳩川に架かる六反橋から見た鳩川と用水路。用水路に架かる橋には「左岸用水路」、「相武台下橋」とありました。

fc218-5
そこから200mほど下流の平和橋から見た上流。
鳩川は左岸用水路より5m位低いところを流れています。

fc218-6
同じく下流側を見る。水道関係の施設でよく見かける青色の水門巻揚機が見えます。伏越っぽくなってきました。前方の左岸用水路に架かる小橋の辺りです。

fc218-7
小橋前の注意看板。神奈川県土地改良区の管理下にあるようです。

fc218-8
fc218-9
小橋の上からと、渡ってフェンス越しに撮りました。格子の間から大量の水が吸い込まれていきます。
やっぱり予想通り伏越でした。これは伏越の流入側というか入り口側です。凹字に鳩川を潜った水は対岸で湧き出てくるはずです。

fc218-10
真横から見たところです。右側は鳩川への放流用水門。
左側の格子の付いた機械はゴミを取り除く装置で除塵機と言います。あとで神奈川県相模川左岸土地改良区のHPを読んで知りました。

fc218-11
fc218-12
対岸から見た左岸用水路伏越(ふせこし)流入側。
開口部は鳩川への放流口。

fc218-13
対岸側(鳩川左岸)です。この奥から湧き出しています。
鳩川左岸沿いの道路から撮りました。

fc2-14
奥に回ってみました。格子の下辺りから大量の水が湧きだしています。何もないところからいきなり大量の水が。「ふむふむ、これが伏越か、すごい!」初めて見ました。

fc218-15
同じ地点の下流側です。下宿公民館前に架かる橋から撮りました。橋名は「三?河原橋」「昭和9年6月成」。

fc218-16
伏越の長さは50m位と思います。左側の水門の青い巻揚機から鳩川、道路を挟んで画像右端のフェンスまでの長さになります。

fc218-17
これは傍にあった「平和橋水位観測局」です。自動で鳩川の水位を観測する装置のようです。対岸(左岸用水路)側の目盛を読むと最高で4.5mとあります。伏越の立坑の深さは7、8m位はあるのでしょうか?

fc218-18
帰り道、座間2丁目付近堰の橋上流にて。用水取り入れ用の水門が見えます。

帰りは左岸用水路伝いにJR入谷駅まで歩きました。途中、今日のもう一つの伏越を探索するためです。
座間警察の信号の手前に細い水路があり、それが左岸用水路と立体交差し相模線の手前で開渠水路になって入谷駅の西側の方へ流れています。地図上ではそう読めたのですが・・・ 現地を探索しましたがこの水需要が旺盛な時期に水路には水の流れはなく淀んでいました。相模線の際(伏越であればその流出側)も同じく流れはなく廃止水路と判断しました。狙いは外れました。

fc218-19
堰の橋から下流を望む。管理人は5月4日に羽村の玉川上水取水堰の見学に行ったんですがそれに匹敵する水量だと思います。

fc218-20
その時の写真です。取水堰を背にして下流方向を望む。5月3日に相模原には大雨洪水警報がでて、その通り大雨になりました。4日の多摩川の水も濁っています。羽村取水堰の「投げ渡しの堰」を見るために大雨の翌日に見に行きました。玉川上水の起点です。取水量は9㎥/秒。

帰宅してから相模川左岸土地改良区のサイトを見つけ、読んでみるとほかにも大蔵サイフォン、高田サイフォンなどの名前がありました。これからの探索の楽しみが増えました。今日見た伏越は座間サイフォンという名前になっていました。伏越は探せば身近なところにあることが分かりました。初の伏越探索で解りやすい伏越に出遭えてよかったと思います。

fc218-21今回の地図です。
下宿公民館、そのすぐ上流の平和橋が目標地点です。

次回も伏越の探索・探訪をする予定です。

続きを読む
スポンサーサイト

其の17 鶴ヶ峰から野毛山浄水場へ

 前回まで歩いてきた水道みちは鶴ヶ峰駅の踏切を越えて直進します。トロッコの看板=「緑道プロムナード」看板の設置場所は創設当時の路線上の26ヶ所です。本探訪記では創設路線を辿って野毛山浄水場を目指したいと思いますので踏切を渡ったところで左折し相鉄線沿いの道を進みます。

fc217-1
5月19日(土)鶴ヶ峰駅。ここから右手の方へ歩きます。

fc217-2
fc217-3
道幅3m位の道を進んでいくと公園の中に今日初めてのトロッコの看板が見えてきました。

fc217-4
NO.20 三反田 三井用水取入れ所からここまで36km
現在地:西川島町(西川島公園内)

fc217-5
直進して坂を下ったところで帷子川に架かる逆田橋に来ました。橋上から下流を望む。前方の高架橋は東海道新幹線で左が東京方面。

fc217-6
すぐ近くの田原橋公園。ちょっと中に入ってみました。

fc217-7
入り口は狭いのですが奥行きがありそうです。水辺をテーマにした公園のようで、案内看板によると観察デッキからさわがに、カワニナ、クチボソ、やご、湿生植物などの観察が出来るそうです。地元の人の話では昔は帷子川だったそうです。河川改修後に公園化したのでしょうか。

fc217-8
園内の水辺にて。水中の蕾も写っています。

fc217-9
帷子川沿いに学校橋まで下り、水道みちに戻りました。
道幅は3m位で進行方向に一方通行です。

fc217-10
環状2号線下の東川島水道みち公園に来ました。
今日二つ目のトロッコの看板です。

fc217-11
NO.21 上星川 三井用水取入れ所からここまで38km
現在地:東川島町 (東川島水道みち公園内)

fc217-12
帷子川に架かる両郡橋を渡りました。トロッコの看板の地図は創設期の地名を載せています。それを見ると当時の都筑郡と橘樹郡を分ける位置にあることが分かります。

fc217-13
fc217-14
蔵王神社前の交差点に横濱水道の石碑が立っていました。25cm角で高さは1m位の立派なものです。
建てたのは大正3年12月とありました。西谷浄水場ができる1年前です。この坂を上って西谷浄水場・水道記念館を訪ねます。

fc217-15
メモリアルポケットパーク(西谷浄水場旧計量器室跡)。
浄水場手前坂道の右側にありました。

fc217-17←説明看板(クリックで拡大)

fc217-18
メモリアルポケットパーク(西谷浄水場旧計量器室跡)は登録有形文化財になっています。
登録有形文化財
この建物は貴重な国民的財産です。文化庁
 看板より

fc217-21
メモリアルポケットパーク前にこんなマンホールがありました。カバが口をあけた絵が入っています。このデザインのマンホールは初めて見ました。

fc217-19
これは坂の途中にあった水道坂の碑です。

fc217-22
西谷浄水場と横浜水道記念館正門に到着しました。
坂下の水道局の石碑から15分位かかりました。

fc217-23
去年の12月27日以来2度目の見学です。
まだ先があるのでゆっくりできません。足早に済ませます。

fc217-24
水道記念館横にある水道創設記念噴水塔です。
「近代水道百選」に選定。

fc217-25 fc217-26←クリックで拡大

fc217-27
川尻隧道、太井隧道銘板と再会し、獅子頭共用栓の獅子の口から水が出ているところも撮りました。

fc217-28
構内にある水道技術資料館。

fc217-29
同館入り口に展示されている横浜水道で使われている水道管の口径比較。外から順に2000、1500、1100、36吋910、22吋560、18吋460mm。

fc217-30
fc217-32
ドイツのマンネスマン社製の鍛接鋼管と説明パネル。

fc217-33
創設当時の導水鉄管とトロッコとレール。
創設当時の導水鉄管
鋳鉄製で口径18吋(460mm)あり、水源の三井用水取入所から川井接合井の間で使用された。イギリスのアール・レイドロウ社から購入。

説明パネルより

fc217-34
記念館の1階で三井用水取入れ所のジオラマを撮りたかったのですがガラスケースに入っていて撮影に失敗。
3階で宮内庁書陵部の創設期工事の大判写真を見たあと展望室へ。3階にはこのほか全国各都市の水道の歴史書が棚に並べてありました。展望室から鶴ヶ峰方面を望む。遠くにココロットつるがみねが見えます。

fc217-35
fc217-36
帰りは憩いの広場を散策しながら東門へ向かいます。
憩いの広場内に36吋管が展示してありました。この管は我が家の近くで撤去工事の真最中です。拙ブログ其の1で登場しました。

fc217-37
こんな時代を感じさせる建物も間近に見られました。
門を出て坂を下っていくと来た時通ったメモリアルポケットパークへ出ました。さらに下って蔵王神社前の信号へ向かいます。

fc217-38
fc217-39
水道みちに戻りました。バス停仏向町と水道みち。トロッコの看板は水道局の施設前にありました。
NO.22 坂本 三井用水取入れ所からここまで39km
現在地:仏向町(仏向給水車両ステーション前)

fc217-40
この辺りは水道みち商店街といいます。左側のそば屋さんで1時半過ぎ遅めの食事をとりました。割りばしの袋に「水道道商店街 征月」。

fc217-42
和田駅商店街を過ぎ、星川3丁目付近の水道みちの道標。この辺りはR16・八王子街道、帷子川、相鉄線、水道みちが並行して南東方向に向かっています。

fc217-41
相鉄線はただ今高架化工事中。

fc217-43
帷子川に架かる横浜市水道局宮川橋水管橋。

fc217-44
保土ヶ谷区役所の辺りでカバさんのマンホールです。
4つか5つ連続でありました。この辺では珍しくないのかも。

fc217-45
カバさんのマンホールを数えていたら水道局前の
トロッコの看板です。
NO.23 下星川 三井用水取入れ所から41km
現在地:川辺町 (水道局中部第二給水維持課前)

fc217-46←クリックで拡大
野毛山まであと3kmです。先ほど通った両郡橋の位置、都筑郡と橘樹郡も確認できます。

fc217-47
これは社宮司公園内のトロッコの看板です。
NO.24 帷子 三井用水取入れ所からここまで42km
現在地:南浅間町(社宮司公園内)

fc217-48
fc217-49
帷子川に架かる水道橋に来ました。獅子頭共用栓をモチーフにした欄干にご注目を。こちら側だけで14~15本ありました。水道みちに水道橋に獅子頭共用栓。三点セットで揃っています。さすが横浜!本家本元です。源流近くから付き合ってきた帷子川とはこの橋を渡ってお別れです。

fc217-50
水道みちが相鉄線、東海道線にぶつかりました。右側の跨道橋を渡って、さらにR1・国道1号線を渡ります。

fc217-51
水道みちに戻りました。バス停の水道道。

fc217-52
fc217-53
藤棚交番に着きました。交番前のトロッコの看板です。
NO.25 芝生 三井用水取入れ所からここまで43km
現在地:藤棚町1丁目(藤棚交番前)

fc217-54
藤棚交番前から野毛山方面を望む。急勾配の坂を上ります。

fc217-55
二つ目の坂。坂上直前です。午前中蔵王神社前から水道坂を上っていたので結構こたえました。

fc217-56
再び下ってまた上ってようやく野毛山公園入口にたどり着きました。

fc217-57
階段を上がったところにありました。トロッコの看板です。

c217-58
fc217-59
トロッコの看板NO.26 戸部 三井用水取入れ所から44km
現在地:老松町 (野毛山旧配水池入口)

fc217-60
野毛山配水池入口。中には入れません。

fc217-61
東側にも門がありました。

fc217-62
fc217-63
fc217-64
公園内一角にあるヘンリー・スペンサー・パーマーの像。

fc217-65←クリックで拡大
銅像下の碑文。
近代水道発祥の地(野毛山貯水場跡)明治20年(1887年)10月、日本最初の近代水道は横浜に誕生した。当時の横浜は、埋立地が多く良い水が得られないため、長い間飲み水や伝染病に苦しみ、また大火事にも悩まされていた。いつでもどこでも安全で良い水が欲しいという人々の夢は、この近代水道の完成によって実現された。横浜の水道は、英国人H・S・パーマーの設計・監督によるものであるが、沖守固県知事をはじめ三橋信方(後に市長となる)、三田善太郎など多くの日本人の努力も忘れることはできない。パーマーは、横浜のほかにも大阪・神戸・函館・東京などの水道計画に貢献した。さらに、横浜築港工事や横浜ドックの設計など港湾整備の面でも業績を残したほか、天文台の建言やロンドンタイムズへの寄稿など広い分野で活躍し、明治26年(1893年)54才で没し東京青山墓地に眠る。横浜水道創設100周年を迎えるにあたり、パーマー像をこの地に建て、先人の業績を讃え、明日への発展を願いたいと思う。  
昭和62年4月 横浜市長 細郷道一
碑文より

fc217-66
野毛山遊園地展望台から野毛山浄水場跡を望む。
「パーマーさん、日本のためにありがとう!」

fc217-68
同じくランドマークタワーを望む。これで横浜水道みちの探索・探訪は終わりです。田名から下流方面は上流部に比べ水道局の「緑道プロムナード」の看板設置概要図をガイドにしたこともあり大して迷うことも探すこともなく3回で終えることができました。
今後、何か新しい発見(多分上流部になると思います)があった時は随時投稿したいと思います。

其の16 東林間から鶴ヶ峰へ

前回の続きです。5月12日、暑からず寒からずの絶好の散策日和に、いつものように一人旅です。野毛山を目指して東林間をスタートしました。野毛山まであと21kmです。

fc216-1
東林間から間もなく。水道みちが遊園地として使われています。

fc216-2
相模原市はここまで。ここから大和市に入ります。

fc216-3
今日初めてのトロッコの看板です。
NO.12 下鶴間 三井用水取入れ所から24km
現在地:下鶴間 さくらの散歩道内

fc216-4
fc216-5
トロッコの看板の傍らに36吋(910mm)、イギリス製の仕切弁が飾ってあります。

fc216-
さくらの散歩道の説明看板。

fc216-7
fc216-8
fc216-9
さくらの散歩道へ入ってから雰囲気が一変しました。樹木が多くなり花壇もよく手入れがされていて公園のようです。薫風の5月、新緑が美しい気持ちのいい散策です。桜の木が多かったので来年の花の季節に再訪したいと思います。

fc216-10
R16を横切り、田園都市線をくぐり抜け境川に突き当りました。境川に架かる横浜市水道局のアーチ形水管橋です。

横浜水道局 境川水管橋
呼び径 1500mm 3条
橋長  56m
竣工  昭和49年3月
施工  日本鋼管株式会社

銘板より

fc216-11
境川を渡って町田市側から見たアーチ形水管橋です。
右から道志川系、相模湖系が2条。左端は神奈川県内広域水道企業団の水管橋です。

fc216-12
今日二つ目のトロッコの看板。
NO.13 鶴間(1) 三井用水取入れ所から25.5km
現在地:鶴間公園

turumakouenn
鶴間公園内の水道みちに架かるパイプビーム形式のアーチ形水管橋。市内の配水管と思います。大口径の水管橋を見た後だけに可愛らしく見えます。

fc216-13
公園を抜け長い上り坂です。

fc216-15
R246際に本日三つ目のトロッコの看板です。
NO.14 鶴間(2) 三井用水取入れ所から26km
現在地:鶴間

fc216-16
トロッコの看板のとなりに口径18吋、長さ4mの鋳鉄管を利用したベンチが設置してありました。

近代水道創設時の鉄管
この鉄管は1887年(明治20年)日本で最初の近代水道が横浜に創設された時、英国から輸入されて当時(津久井郡三井村から横浜村までの44km)に敷設された18吋(460mm)鉄管です。その後、横浜港や京浜地区の急激な発展と共に水需要を確保するため幾多の拡張工事によって水道みちも広げられ、現在では1500mm管が3条埋設されています。

町田市設置の説明看板より

fc216-17
R246に架かる銀河歩道橋から渋谷方面を望む。

fc216-18
銀河歩道橋を渡ったところに獅子頭共用栓が飾ってありました。道志村役場前に立っていたのと同じです。

fc216-19
平成17年町田市が設置した説明看板。(クリックで拡大)
看板には「獅子頭共用栓に並ぶ人々」の写真が入っています。葉っぱに隠れていますが撮影は1945年(昭和20年頃撮影)とあります。獅子頭共用栓が設置されて60年近く経っても使われていたようです。驚きです。

fc216-20
相模原市の田名にあったエアバルブ弁室と同じ弁室です。懐かしい。こんな使い方をすると見栄えがします。
マンホールには75mmAIR VALVE Y.W.W
田名の弁室は7月中に取り壊されますがこんな風に遺してほしいものです。

fc216-21
今日四つ目のトロッコの看板です。
NO.15 瀬谷 三井用水取入れ所から27km
現在地:鶴間 (鶴間三角公園)

fc216-22
前方は東名高速道路です。右手草むらが水道みち。直進して東名をくぐります。

fc216-23
fc216-24
東名の下をくぐり抜けてこんな道を直進するとフェンスに突き当たりました。この辺りはもう町田市から横浜市に入っているはずです。川井浄水場は目と鼻の先です。20m位右へ迂回すると前を横切っている道に出ます。

CIMG1532_convert_20120514151008.jpg
fc216-26
前を横切っている道に出ました。道路が仕切られ中に大口径の水道管が置いてあります。横浜市水道局の環状4号線口径1200mm配水管新設工事現場でした。
今歩いてきた延長線上には水道みちがありません。歩道に上がって左手のファミリーマート方面へ迂回します。

fc216-27
ファミリーマート付近で右の方へ行く道を見つけ神奈川県産業会館前の道を南へ入るとここへ出ました。
水道局の施設らしい雰囲気があります。フェンス沿いに左へ向かいます。

fc216-28
横浜水道局川井浄水場正門です。今日は土曜日で休みです。

fc216-29
南側より。今日は見学予約もなくただ表から眺めるだけです。このあと横浜水道みちはR16を亀甲山から上川井の信号まで進みそこで右折します。その前に見たいものがありますので寄り道をします。

fc216-30
fc216-31
fc216-32
亀甲山信号を左に入り若葉台団地入口信号の方へ向かうと左手に見えてきました。壮大な風景で圧倒されそうです。川井浄水場と鶴ヶ峰浄水場を結ぶ導水路(幅2.2m 深さ2.4m 長さ7152m)の一部大貫水路橋です。
川井~鶴ヶ峰間高台の稜線を縫って延々7Km余の水路は開渠・暗渠・隧道・コンクリート水路橋・鋼構水路橋を織り交ぜて昭和27年9月完成。
「横浜水道百年の歩み」より抜粋

前回鳩川に架かる水管橋でも話しましたが、水道施設はその性格上どうしても地下に隠れていてなかなかその存在を目にすることが出来ません。このような派手な施設は私のような知りたがり屋にとってはありがたい存在です。私の横浜水道みち探索探訪記
其の1から前回の其の15まで何が見られたか書き出してみました。

其の1 36吋鋳鉄管 田名の導水管保全工事現場にて
其の2 エアバルブ弁室、粁杭と百米杭
其の3 流量計変換器収納盤
其の4 大島送水井、上大島接合井
其の5 創設路線 大島から小倉橋まで
其の6 小倉水管橋跡
其の7 久保沢隧道水路橋
其の8 津久井分水池、川尻隧道下口
其の9 川尻隧道上口、中沢接合井、城山ダム水管橋
    第3接合井、謎の逆J字管
其の10 第2接合井、城山隧道下口、太井隧道上口、
    第1接合井
其の11 城山隧道上口、青山隧道、旧青山取水口、
     旧青山沈澱池、青山沈澱池
其の12 鮑子取入れ所
其の13 道志村役場の獅子頭共用栓、道志水源林の
    碑と道志川源流、道志ダム
其の14 三井用水取入所沈澄池、沼本ダム
其の15 鳩川水管橋、姥川に架かる水管橋、堂山橋
     の水管橋跡
こんなところです。杭から隧道までいろいろ見てきました。それにプラス、トロッコの看板も。

fc216-33
水道みちと全く関係ないのですが大貫水路橋を撮った近くに今時珍しい半鐘がありましたので撮りました。
 
fc216-34
大貫水路橋を見た後、身代わり不動尊のわき道をR16へ戻ります。前方の橋(ナカイ橋)を渡るとR16・八王子街道です。左の小川は亀甲山からR16沿いに流れてきた帷子川です。

fc216-35
上川井の信号を渡ったところにあった旭区グリーンロード帷子川ルートの道標。鶴ヶ峰駅から帷子川源流へとあります。私は矢印とちょうど反対方向へ歩きます。ここから先横浜水道みちはR16・八王子街道と帷子川と付かず離れずの関係になります。

fc216-37
上川井の信号を右折し、八王子街道から水道みちに入りました。

fc216-39
fc216-36
相模原・清水の先で見たのと同じYの字水色杭やエアバルブ Y.W.Wマンホールが目印です。75mmのエアバルブをよく見かけますがこれは100mmです。はじめてお目にかかりました。

fc216-38
水道道沿いに咲いていたクレマチス。

fc216-40
八王子街道上川井交番前信号近くの帷子川にて。

fc216-41
蛇行する帷子川に架かる橋をいくつか渡ります。これが明神橋の次の五反田橋。

fc216-42
トロッコの看板が見えてきました。
NO.16 川井 三井用水取入れ所から31km
現在地:川井本町 バス停福泉時前
左側はR16・八王子街道

fc216-44
野毛山まであと13kmです。

fc216-45
帷子川に架かる橋上に敷かれたトロッコのレール。
川井本町歩道橋付近。

fc216-46
その近くにある平成13年に旭区役所と水道局が設置した「水道みちトロッコの歴史」看板です。

fc216-47
八王子街道川井宿の信号を渡ったところにあった旭区グリーンロード帷子川ルートの道標です。

fc216-48
都岡町内会館前のトロッコの看板。
NO.17 下川井 三井用水取入れ所から32km
現在地:都岡町

fc216-49
R16・八王子街道築池の信号までこんな道が続きます。

fc216-51
fc216-50
八王子街道築池の信号を斜めにわたり今宿橋に来ました。去年12月に通りがかった時にあった導水管が撤去されていました。道路拡張工事のためと思います。モニュメントとして遺してあったのでしょうが残念です。

CIMG0397_convert_20120517124050.jpg
この1枚は去年12月に撮った写真です。同じ場所ですが当時も何かの工事中でした。こんな導水管を見ることが出来ました。

fc216-52
取り壊した導水管の積み込みが始まったので撮りました。

fc216-53
工事現場のはずれにありました。トロッコの看板。
NO.18 今宿 三井用水取入れ所から33km
現在地:今宿南町(水道みち今宿橋付近)

fc216-54
水道みちと書かれた道標。
帷子川沿いの旭区今宿南町の水道みちにて。

fc216-55
高山人道橋から帷子川上流を望む。左岸沿いが水道
みちです。

fc216-56
水道みち今宿東町付近から帷子川下流を望む。水道みちはここから帷子川を離れて鶴ヶ峰へ向かいます。

fc216-57
厚木街道との交差点、鶴ヶ峰駅入り口の信号まで来ました。前方の高層ビルは駅前のCOCOLOTつるがみねです。

fc216-58
鶴ヶ峰駅直前左側に今日最後のトロッコの看板です。
NO.19 川島 三井用水取入れ所から35km
現在地:鶴ヶ峰2丁目(鎧橋際)

fc216-59
旭区役所が設置した鎧橋と帷子川についての説明看板です。
目の前の水道みちに鎧橋は架かっていました。よく見ると当時の橋の位置に欄干の親柱(御影石製)4本が建ててありそれぞれに当時の築造年、橋名を彫り刻んた銘板がはめ込まれていることに気づきました。芸が細かいというか遺産を大切にし、守りたいという姿勢がうかがえます。以下に欄干の親柱4本を並べます。

fc216-61 fc216-62
左岸下流側。「鎧橋」
左岸の上流側。「昭和二十四年一月横濱市水道局」

fc216-60 fc216-63

右岸の下流側。「昭和二十四年一月横濱市水道局」
右岸の上流側。「よろいばし」

最後に付かず離れずの帷子川の写真3枚です。
眺望が良かったので撮りました。

CIMG1588_convert_20120517172631.jpg
鶴ヶ峰駅入り口の信号下でトンネルに入る帷子川。

CIMG1596_convert_20120517172721.jpg
CIMG1597_convert_20120517172902.jpg
鎧橋下流側奥にある鶴嶺橋から帷子川の上流、下流を望む。


今回、予定通り鶴ヶ峰まで来ました。次回はここから野毛山浄水場を目指します。あと9kmです。

其の15 田名から東林間へ

 GW明けの7日、相模田名高校から東林間まで久々に水道みちを散策しました。上流部は前回、前々回で道志川源流、三井用水取入所を探索し、全て終えた感がします。何か新しい発見があった時はその時に投稿する事とし、予定通り下流方面を歩きます。


15-1
これは其の1のスタート地点です。ここから水源を目指しました。あれから二月がたち緑が色濃くなってきました。

15-2
同じ地点の横浜方面はこんな景色です。1年位前まで右手後方にに1500mm管敷設シールド工事の基地がありこの道を大型ダンプが出入りしていました。まだ道が荒れています。ここから旧野毛山浄水場を目指します。

15-3
ほどなくレンガブロックで舗装された道になります。


15-4
三井用水取入所からの距離程。百米杭と粁杭。水色杭140YWW、背の高い杭には十四粁横濱市水道局と記してあります。

15-7
可及的直線の横浜水道みち。「相模原台地を縦断する横浜水道みち」という表現がぴったりです。

15-5
15-6
水道みちの中にこんな器具が設置してありました。
これは「背のばしベンチ」。ほかに「あしのばし」「わき腹のばし」「ぶらさがり」「上体ひねり」「お腹ひねり」など全部で6種類ありました。相模原市が設置したようです。

CIMG1387_convert_20120508125515.jpg
R129を横断しました。レンガブロック舗装はここまでです。画面奥が横浜水道みちの上流(城山ダム・津久井湖)方面です。

15-9
15-10
こんな道を歩いて行くと今日初めてのトロッコの看板です。
NO.6 上溝 三井用水取入れ所から16km。

看板の説明文を記します。どの看板も同じ内容です。
この水道みちは、津久井郡三井村(現:相模原市津久井町)から横浜村の野毛山浄水場(横浜市西区)まで約44kmを、1887年(明治20年)我が国最初の近代水道として創設されました。運搬手段のなかった当時、鉄管や資機材の運搬用としてレールを敷き、トロッコを使用し水道管を敷設しました。横浜市民への給水の一歩と近代消防の一歩を共に歩んだ道です。

この看板は横浜市水道局が近代水道創設120周年を記念し設置しました。設置場所は創設当時の路線上の26か所です。

詳しくは導水線路「緑道プロムナード」の看板概要図」
ご覧ください。

15-12
県道46号線手前のマンホールの群れ。
手前と奥が空気弁、中が仕切弁とバタフライ弁。

CIMG1396_convert_20120508141155.jpg
県道を渡ったところに16km杭がありました。
JR相模線のガードをくぐります。

15-14
水道みち沿いの桑の木。昭和の初め頃の相模原の地図を見るといたるところ桑の木マークで埋め尽くされています。当時の名残でしょうか。

15-15
相模原市の水道みち緑道の看板。周りは畑が多いです。

15-16
あざみがや交差点のトロッコの看板。
NO.7 当麻 三井用水取入れ所から17km。

15-17
神奈川県内広域水道企業団 相模原調圧水槽。
トロッコの看板の近くにそびえ立っています。

15-48

15-19
CIMG1404_convert_20120508145102.jpg
鳩川に架かるパイプビーム形式の水管橋。
黒いパイプは排水ドレンと思われます。両岸にあり。下は右岸の支持部。左岸は固定されています。管径1000、1100位でしょうか。
水道みちを歩いていても水道の性格上なかなかその施設や管そのものを目で見ることが出来ません。こうしてたまに顔を出してくれるので楽しみです。それにしても排水ドレンを使うのはいったいどんな時なんでしょう? 管の交換時? メンテナンスの時?これより上流部の管内の水を空っぽにしなければならない時? こんなところでしょうか・・・

CIMG1409_convert_20120508152506.jpg
鳩川に架かる水道橋を渡って下流(横浜)方面を望む。
前方の森は相模横山と呼ばれる河岸段丘崖です。

CIMG1411_convert_20120508153551.jpg
姥川に架かる中の沢水道橋。やはり鳩川と同じように両岸にドレン管があります。左岸側に銘板が貼ってありましたので記します。

横浜市水道局 中の沢水道橋
橋長 25.68m 支間長22.0m
型式 パイプビーム形式
管径 1500A
しゅん功 昭和61年3月
請負者 三菱重工株式会社

CIMG1415_convert_20120508154828.jpg
中ノ沢水道橋のとなりの下原橋から姥川上流を望む。

CIMG1418_convert_20120508155310.jpg
段丘崖の下に来ました。段丘崖沿いに道保川が流れています。

CIMG1419_convert_20120508160159.jpg
CIMG1420_convert_20120508160359.jpg
道保川の堂山橋上フェンスに貼ってある看板。
川床下をΦ1500mmのダクタイル鋳鉄管が通っています。コンクリート管と二重構造になっているようです。

douhogawa
堂山橋から右岸を撮りました。昔のパイプビーム形式水管橋の跡が2ヶ所。セメントで塞がれています。

CIMG1422_convert_20120508161359.jpg
堂山橋を渡ってすぐ左側にあるトロッコの看板です。
NO.8 堂山橋 三井用水取入れ所から17.5km。

CIMG1423_convert_20120508162007.jpg
段丘崖を上っていきます。昔、この右手にフィッシングセンターがありました。子供を連れてよく釣りに来ました。

CIMG1426_convert_20120508162433.jpg
途中、県立相模原公園のクヌギゲートを抜け、だらだら坂を上っていきます。マピオンで見ると堂山橋で標高74m、崖上が95m。高低差が21mあります。

「水道みち 自然流下で 崖上る」  doushigawa


CIMG1429_convert_20120508163502.jpg
崖を上りきったら左手に菖蒲園がありました。まだ花期には早いようです。

CIMG1432_convert_20120508163913.jpg
女子美大手前右手のテニスクラブ。3、4年前までこの辺りに横浜水道局麻溝減圧水槽が建っていました。
2年前に跡地が貸し出され今はテニスクラブになっています。残念ながら私はそれ(直径16m、高さ16mの円筒形の水槽)を見ていません。今ならgoogleマップの航空写真で見られますので所在地を書きます。航空写真が更新されたら見られません。見るなら今のうちです。

相模原市南区下溝4121 横浜市水道局 麻溝減圧水槽

更新後で見られない時はこれを見てください。
こんな形をしています。
asamizogennatu1 asamizogennatu



CIMG1433_convert_20120508164106.jpg

CIMG1434_convert_20120508171517.jpg
水道みちのど真ん中にある施設。これまで道志川系の水道みちを歩いてきました。このあたりで相模原沈澱池を経由した相模湖系の導水管が水道みちに加わるのでそれに関係する施設かも知れません。

CIMG1438_convert_20120509112303.jpg
CIMG1440_convert_20120509112548.jpg
トロッコの看板NO.9 下溝 三井用水取入れ所から18km。現在地:女子美術大学近辺。トロッコの看板と百米杭、粁杭が3点セットで並んでいます。

CIMG1441_convert_20120509113325.jpg
CIMG1442_convert_20120509113453.jpg
女子美術大学とその前を通る横浜水道みち。
左側に水道みちの説明看板が立っています。

CIMG1443_convert_20120509113833.jpg

CIMG1443_convert_20120509115119.jpg
説明看板の一部をアップしました。
現在この道の下には直径1.5mの水道管が通っています。
青山沈澱池   標高143m
相模原(ここ)   標高103m
川井浄水場   標高93m
西谷浄水場   標高72m

青山から川井・西谷浄水場まで自然流下で水が送られている事が良く分かります。

CIMG1445_convert_20120509121425.jpg
CIMG1447_convert_20120509121638.jpg
CIMG1448_convert_20120509121809.jpg
CIMG1449_convert_20120509122011.jpg
横浜水道みちは相模原市立麻溝公園内を横切ります。
右手の塔はグリーンタワーです。高さ35mの展望台からの眺望は素晴らしい!です。入場無料。ちょうどクレマチスが見ごろでした。

CIMG1451_convert_20120509123556.jpg
CIMG1455_convert_20120509123801.jpg
CIMG1458_convert_20120509123944.jpg
CIMG1459_convert_20120509124129.jpg
相模原麻溝公園を過ぎこんな風景の中を黙々と歩くうちにトロッコの看板が見えてきました。
NO.10 磯部 三井用水取入れ所から20km。
現在地:双葉付近

この先で水道みちは在日米国陸軍相模原住宅地内を直進します。人は直進できません。遠回りですが西方向へ迂回し、米軍住宅地を囲うフェンス沿いに進みます。

CIMG1461_convert_20120509141819.jpg
米国陸軍相模原住宅ゲート1。水道みちに戻るにはあと400m位歩かなければなりません。

CIMG1462_convert_20120509142515.jpg
水道みちへ戻りました。画面奥の突き当りが米軍住宅のフェンスです。

CIMG1463_convert_20120509143025.jpg
行幸道路・県道51号線を渡り、小田急小田原本線の踏切まで来ました。

CIMG1465_convert_20120509144127.jpg
CIMG1467_convert_20120509144317.jpg
広々として公園のように整備された横浜水道みち。

CIMG1470_convert_20120509144606.jpg
これは東林間4丁目で横浜水道みちと交差する相模緑道緑地です。

CIMG1471_convert_20120509150218.jpg
水道みち緑道と相模緑道緑地との交差点は林間第四公園になっています。

相模緑道緑地は「相模原開発畑地灌漑(かんがい)事業計画」の一般平面図を見ると虹吹分水から大野分水を経た東幹線の跡地を利用していることが分かります。
灌漑事業は昭和38年に完成して間もなく都市化の進行、工場の進出などで当初の目的を果たさないまま終わったようです。私が相模原の上鶴間・谷口に越してきたのが昭和49年。当時、すでに近所には鵜野森方面からの緑道が整備されていました。実質10年も稼働しなかったという事です。はかない事業でした。

さて、はかない事業の完成時、この交差点はどんな風景だったでしょうか? 私なりに想像してみます。

片や横浜水道みちで、地下には口径1500mm、1100mm36吋の導水管が通っています。明治20年からこの道を使っています。
片や灌漑用水路。昭和38年完成。水道管と用水路の立体交差です。どのように立体交差をしたか。興味津々です。

多分用水路が伏越(ふせこし)で水道管の下を潜ったのだと思います。ちょうど凹の字のように。用水路が暗渠か開渠かが分からないのですが、開渠であれば伏越の出口側を見ると地下から湧き上がるような水流を見ることが出来たと思います。

私は伏越をまだ見たことがありません。水道みちの探索探訪が終わったらどこか探索したいと思っています。

CIMG1472_convert_20120509165403.jpg
相模原市が建てた水道みちの碑。
明治20年に完成した横浜水道はそのまま「水道みち」と呼ばれて人々に利用されました。またこの道に沿って「水道新開」「中村新開」が開かれています。西 津久井方面  東 横浜方面 
碑文より

CIMG1478_convert_20120509170617.jpg
東林間駅近くの相模原水道遊園に着きました。
トロッコの看板NO.11 上鶴間 三井用水取入れ所から23km。現在地:東林間
野毛山まであと21kmです。

CIMG1476_convert_20120509172633.jpg
園内にある「手づくり郷土賞」の碑
この賞は昭和59年から相模原市が進めている緑道整備とこの事業に対する地域ぐるみの取り組みが高い評価を受け昭和63年度国土建設週間に際し贈られたものです。 碑文より

CIMG1477_convert_20120510080724.jpg
園内にある「拓殖碑」
水道みち沿いに開かれた中村新開50年を記念して昭和12年5月に建てられました。

今回は予定通り東林間まで来ました。
次回はここから鶴ヶ峰まで散策する予定です。
続きを読む

FC2Ad