横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の484 目黒川源流を訪ねる・神奈川県大和市

 前回「其の483」で探訪を終えた深堀川の下流部を歩いてきました。下流部とは深堀中央公園より南、大和市内を流れる目黒川です。深堀川は大和市に入ると河川名が目黒川に変わります。

境川に合流する目黒川
5月12日(土)、小田急江ノ島線鶴間駅下車。境川に架かるR246大和橋上流までやってきました。右岸に合流する川が今日の主役目黒川です。

目黒川管理橋
河口に架かる橋は目黒川管理橋と言います。

目黒川管理橋より目黒川上流を望む
目黒川管理橋より目黒川上流を望む。深い堀のような川です。今昔マップによると50年ほど昔は、河口はこれより100mほど南に位置し、もっと西側を流れていました。

目黒川沿いに咲く花
川縁でまたこの花を見かけました。名前は図鑑に載っていません。花径10~15mm位の可愛らしい花です。

目黒川
河口から200mほど上流の橋から見た目黒川。深堀川に比べ水量がありますが、すぐ上流の養魚場の排水が流れ込んでいるためです。

目黒川
その上流、下鶴間バス停付近より目黒川上流を見ました。3面はコンクリートやブロックでがっちり固めてあります。深堀川と同じように流れはほとんどありません。

目黒川
その上流、トンネルから出てきた目黒川。

目黒川
県道50号線、トンネル入り口から見た真っ直ぐな目黒川上流方向。河川改修により直線化されたのでしょう。

目黒川の雨水下水管吐口
つきみ野1丁目、右岸の雨水下水管吐口。深堀川同様目黒川も雨水下水道化した河川と思われます。

目黒川・つきみ野3丁目
つきみ野3丁目、目黒川上流を望む。

目黒川・つきみ野3丁目
同じく、つきみ野3丁目の目黒川上流方向です。住宅がびっしり建っているので大雨が降ると一気に増水するんでしょうね。

目黒川
前方の高架橋は東急田園都市線です。つっかい棒付きの川に変わりました。田園都市線をトンネルで潜ります。

一号公園野球場
田園都市線の北側は「一号公園野球場」です。トンネルは野球場地下を通っていると思われます。

目黒川つきみ野7丁目
野球場交差点を渡り、つきみ野7丁目です。道路右側ツツジの植栽下のトンネルを目黒川は流れています。

目黒川
ツツジ植栽の端から普通の川に戻った目黒川の上流方向です。

目黒川・つきみ野三号公園前
右側「つきみ野三号公園」前を流れる目黒川。目黒川を渡る大口径の水道管が見えます。「つきみ野三号公園」の北側を横浜水道みち(大和市・さくらの散歩道)が東西に横切っているので水道管と目黒川の立体交差です。

目黒川を渡る水管橋
目黒川を水管橋で渡る大口径の水道管。6年前に横浜水道みち(三井用水取入所・野毛山旧配水池間44km)を歩いた時にここを通りましたが、その時は見逃していました。嬉しいです・・・。思わぬ大発見です~。(^σ^)/

ここより東の境川を4本の大口径水管橋が渡っていますがその内の1本で、位置から推定すると企業団相模原浄水場系径1500送水管と思われます。他の3本(道志川系1本、相模湖系2本)は地上からは見えなかったですね。目黒川の川底より下を潜っているかも知れないですね。

さて、川らしい普通の目黒川を見たのはこれが最後です。今昔マップを参考資料として、以下、目に見えない目黒川を追いかけます。水路トンネルが上流からここまで続いているはずです。
深堀川源流探訪①で触れましたが、どこへたどり着くか予想はついています。今日の探訪行の最大の楽しみでした。

目黒川・つきみ野二号公園前
横浜水道みちに沿って西へ進み、道なりに北へ向かっています。ここは「つきみ野二号公園」前です。道なりと言っても意識して谷筋を選んで歩きました。

つきみ野8丁目  つきみ野8丁目
通りから西を向いても、東を向いても上り坂です。昔、目黒川が流れていた谷筋を歩いていることになります。

目黒川旧河道
北へそのまま歩くと正面は丘で上り坂になりました。左方向を見るとこんな風景です。いかにも蛇行する川っぽい道ですね・・・。
帰宅後地図で確認すると右側が相模原市南区上鶴間3丁目、左側は大和市つきみ野8丁目です。目黒川は両市の境になっていたんですね・・・。

目黒川旧河道
そのまま進むと行き止まりです。右側のブロック積みは深堀第2公園です。いよいよ深堀の文字が出ましたよ! (^σ^)

目黒川旧河道
行き止まりはこのようになっています。不自然でなんとなく怪しい雰囲気があります。これは間違いなく川の跡ですね。私には正面のコンクリートは目黒川が流れていた谷を埋める擁壁に見えます。擁壁の上には道があるみたいです。

目黒川旧河道
迂回して擁壁上の道に出ました。この道は旧河道を埋めたてた道と思われます。左側の擁壁は目黒川右岸の護岸のように見えます。そのまま進みます。

深堀中央公園
見覚えのあるところへ出てきましたよ! 深堀川源流探訪①で登場した深堀中央公園のグランド(調節池)です。照明塔の間に深堀川の越流堤が見えます。
撮影地点の前方下に深堀川源流探訪①で登場したグランド内排水路があります。↓この写真です。そのまま引用します。

深堀中央公園内調節池
グランド内の排水路上流側です。ゴミ除けスクリーンで覆われています。池の斜面のスクリーンの中を覗くと中にもスクリーンがあり落葉がいっぱい引っ掛かっています。ひょっとするとこちらからも排水しているのでしょうか? その行く先は? 深堀川旧河道? さっぱり分かりません。謎の施設です。

推測通りこの施設が目黒川の始まりだったんですね・・・。今日の探訪で確認できました。現在でもここから「つきみ野三号公園」の開渠の目黒川まで地下の水路トンネルで繋がっていると思います。昔の目黒川(深堀川)源流は相模原市の大沼でした。河川改修により分断されたので現在の源流はここです。ただし大水で調節池がいっぱいになった時限定ですね・・・。

今昔マップです。(今昔マップon the webより)

地図中央が目黒川・横浜水道みち交差点の位置です。目黒川の河道が鮮明に示されています。左上の「2画面表示」にチェックマークを入れると現在の地図が右半分に表示されます。
大きな地図は右欄サイドバーからリンクできます。

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其の483 深堀川源流を訪ねる②・相模原市南区

 前回の続きです。深堀川を遡り源流に到達しました。

深堀川
上鶴間3丁目4丁目に架かる無名橋。深堀川は下流と同様3面をコンクリートで固めた雨水下水道らしい川です。これ以上浸食される恐れはないですね。

相模原畑かん用水路の虹吹分水池の一角に「畑地かんがい事業の碑」が立っています。碑文にこのように書かれています。
神奈川県央相模原横山台地は、北は相模原市より南は藤沢市に至る「八里橋なし九里の土手」とも言われた丘陵で古くから水なき台地と言われた・・・。
「八里橋なし」と書いてありますが比喩で、実際にはこのように橋があったんですね・・・。私は頭から橋はないと信じ込んでいました。

深堀川・上鶴間2丁目
上鶴間2丁目付近の橋から上流を見ました。両岸の住宅から雨水管が川に下りています。谷戸を流れる川なので湧水もあると思うのですが、それらしきものは見当たらないですね。

深堀川
その上流、東林間橋より上流を望む。コンクリートとブロック積みの2段護岸の深い川です。右岸は緑地を保全するため「きづき公園」として整備されています。園内の案内板に参考になることが書いてあるので紹介します。
深堀川は、大沼を水源とし、境川へと流れ込む小さな川です。
かつてのきづき公園周辺は「上谷戸(かみやと)」と呼ばれる谷で、東林間橋の下流にはコンコンと湧水が溢れ、メダカが泳ぐ清らかな流れがありました。林間と言う地名の通りこの辺りはどこまでも続く林が広がっていました。 
(案内板より抜粋)

なんの予備知識もなく探訪を始めたのですが、このような案内板があるので助かります。

深堀川
東林間橋より深堀川下流を望む。昔コンコンと清水が湧き、メダカが泳いでいたそうです。

深堀川・きづき公園上流
きづき公園上流の深堀川です。川底に段差が付いています。

深堀川
深堀川下流を望む。上鶴間1丁目付近。

深堀川・美鶴橋上流
美鶴橋上流の深堀川。標高が上がり浅い川になりました。

深堀川・雨水下水管が合流
右岸に雨水下水管が合流。今日はお天気なのに流れがあります。湧水を集めているのでしょう。

深堀川・深堀橋付近
深堀橋付近の深堀川。わずかな流れがあり蛇行しています。

深堀川・雨水下水管吐口
その上流、相模大野9丁目です。暗渠の出口(相模原市の雨水下水道吐口)に到達しました。これが目視できた最後の深堀川です。これより上流は地図から消えています。

相模大野9丁目
暗渠出口延長線上の道路です。

相模大野9丁目
そのまま直進すると相模大野9丁目交差点付近のセブンイレブン横に出てきました。右折し通りを真っ直ぐ200mほど北に向かうと小田急線相模大野駅南口です。

これより上流は、きづき公園の案内板にあった写真と今昔マップ、地理院地図を資料として源流に迫ります。

「かつての深堀川水源地周辺の風景」
かつての深堀川水源地周辺の風景。(きづき公園案内板より)

深堀川の源流は大沼で、東隣の小沼に流れ相模大野駅の方へ流れていました。大沼、小沼は相模原台地のいわゆる宙水(ちゅうみず)の沼です。JR横浜線淵野辺駅近くの鹿沼公園にその面影を残す沼が今でも残っています。

今昔マップ(今昔マップon the webより)

相模大野駅を中心とした今昔マップ(明治39年測図)です。深堀川を上流(北西方向)へたどると小沼から大沼に至ります。今昔マップ左上の「2画面表示」チェックマークを外すと一画面になり、見やすいと思います。大きな地図は右欄サイドバーからリンクできます。



相模大野駅付近を中心とした地理院地図陰影起伏図です。上流(北西方向)へたどると市街化された大沼、小沼が浮かび上がります。地図を動かして試してください。大きな地図は右欄サイドバーからリンクできます。

 私は小田急線の北側、相模大野駅近くに9年ほど住んでいました。駅の南側とは言え深堀川は名前も存在も全く知らない川でした。地理院地図陰影起伏図のお陰で新たな発見をし、大沼が源流と言うことも初めて知り、河口近くの水路トンネル、調節池など私好みの治水施設を見学でき良かったです・・・。現在の深堀川は川そのものが治水施設と理解しました。今昔マップに陰影起伏図の組み合わせは水辺を歩く者にとっては最強最適な資料ですね・・・。(^σ^)/

其の482 深堀川源流を訪ねる①・相模原市南区

 国土地理院の陰影起伏図を眺めていて思わぬ発見をしました。なんと小田急線相模大野駅の南側から川が始まっています。相模原市に越して来て40数年、全くの初耳です。どのような川か見たくなり早速行ってきました。短い川ですが2回に分けて発表します。

境川に合流する深堀川
相模大野駅南を発したその川・深堀川は相模原市内を流下し都県境を流れる境川に合流しています。5月1日(火)、深堀川河口を見るためにJR町田駅から境川左岸沿い自転車歩行者専用道路を南下しました。この川が金田橋下流で境川に合流する深堀川です。

深堀川
河口から60m位上流の道正橋より深堀川上流を望む。

深堀川  道正橋
深堀川、道正橋の銘板。初めて目にする「深堀川」の文字!
ほんとうにあったんですね・・・。

上鶴間道正山雨水調整池

上鶴間道正山雨水調整池  上鶴間道正山雨水調整池
近くに雨水調整池があったので合わせて取り上げます。
この広場は道正橋・境川間、深堀川左岸にある雨水調整池です。地下に設置した調整池で「上鶴間道正山雨水調整池」と言います。逆J字型の空気抜き管が2本見えます。

深堀川
河口から150mほど上流、トンネル出口です。前方の斜面は相模原台地の段丘崖です。自然な川が台地をトンネルで潜ることは有りえずこの辺りの深堀川(トンネル入り口から河口まで)は人工河川と分りますね・・・。
今昔マップで確認すると1975~1978年(昭和50~53)になって初めて地図上に表示された新河道です。

鎌倉道
迂回しトンネルの入口(トンネルの長さ約310m)を探しに行きました。これは境川右岸の段丘崖沿いの道です。「鎌倉道」の地名標柱が立っています。境川に沿って鎌倉へ向う道です。「北西 八王子方面 南東 鎌倉方面」。このあと坂を上り、相模原台地上を走るR16に向いました。

深堀中央公園
深堀川のトンネル水路はR16の下を横断しています。見当をつけR16西側の深堀中央公園内の散策路を下りました。

ここで地理院地図の「陰影起伏図」を参照ください。

中央十字線が深堀川とR16交差点です。これから上流へたどるわけですが、大昔に深堀川が相模原台地を削って造った谷の様子が良く分かります。水路トンネルができる以前の深堀川の川筋も浮かんできます。昔は大和市の下鶴間付近で境川に合流していました。今昔マップ(右欄サイドバーからリンク可)を合せて参照すると鬼に金棒ですね。(^σ^)

深堀中央公園内調節池
深堀中央公園内散策路を下ると広いグランドに出ました。照明塔の間の越流堤がまず目に入ります。深堀川に越流堤があると言うことはこのグランドの本来の役割は調節池ですね。面白そうです。

深堀川水路トンネル入口
越流堤の下流、鶴舞橋であっさりトンネル入り口を見つけました。地図で計測すると長さ約310mのトンネルです。右側に水色のゲート巻上機(開閉機)が見えます。調節池に貯留した水の排水施設と思われます。

深堀川の越流堤
鶴舞橋より深堀川上流を見ました。右岸の越流堤が見えます。

深堀中央公園調節池越流堤
グランド(調節池)側から見た越流堤です。越流の様子を見学したいですね・・・。

深堀中央公園調節池越流堤
越流堤の上流側、相模原市の花「アジサイ」の脇に水位目盛りが刻んであります。

深堀川右岸の越流堤
上流の下谷戸橋から見た深堀川右岸の越流堤。深堀川が造った谷戸地形が橋名になっています。

深堀中央公園内調節池
グランド(調節池)内の排水路。水路トンネル入り口の水色の排水ゲートに向っています。

深堀中央公園内調節池
グランド内の排水路上流側です。ゴミ除けスクリーンで覆われています。池の斜面のスクリーンの中を覗くと中にもスクリーンがあり落葉がいっぱい引っ掛かっています。ひょっとするとこちらからも排水しているのでしょうか? その行く先は? 深堀川旧河道? さっぱり分かりません。謎の施設です。

深堀川・相模原市南区上鶴間3丁目
下谷戸橋上流の深堀川。その名の通り深い堀のような川です。三面をコンクリートでしっかり固めています。申し訳程度に流れがあります。

深堀川管理者
管理者は相模原市南土木事務所です。相模原市のHPによると、深堀川は、河川課が管理する準用河川(鳩川、姥川、八瀬川の3川)に含まれていません。下水道管理課扱いの川(雨水下水道)と思われます。

深堀川
上鶴間4丁目で右岸の水位計?を見つけました。何のために?
右岸の丘を見上げると雨水調整池があります。

上鶴間第2雨水調整池
急階段を上り丘の上から見た調整池。道路側溝から直接流入させています。

上鶴間第2雨水調整池標識
調整池の標識です。「上鶴間第2雨水調整池」容量は210㎥。
ミニサイズですが下流の洪水を抑制するためなんですね・・・。

本日二つ目の雨水調整池を見たところですが続きは次回に。

おしまいに今回の探訪記念は境川の草花と野鳥です。
境川沿いに咲く草花  境川のカワウ
境川自転車歩行者専用道路沿いの可憐な花と昼寝中のカワウです。川縁を歩くと良く見かける花ですが図鑑に載っていないですね・・・。

其の480 恩曽川源流を訪ねる・神奈川県厚木市上古沢

 前回「其の479」で発表したあつぎつつじの丘公園内の遊水池を訪ねたあと、恩曽川源流を探訪しました。

恩曽川・厚木市上古沢
遊水池排水路の合流点より恩曽川上流を望む。ホタルが出そうな川ですね。川沿いを遡ります。

恩曽川沿いの棚田
野竹沢橋上流、恩曽川と市道の間の棚田です。写真左側丘の縁に沿って恩曽川は流れています。これから緩い上り勾配の道を谷頭目指して歩きます。
野竹沢橋欄干の銘板によると間違いなく恩曽川です。平仮名表示は「おんぞがわ」とありました。

棚田の取水施設・厚木市上古沢
道沿いの棚田の取水施設です。上流側から見ましたが、水路は右折して恩曽川へそのまま流しています。田んぼに水を張る頃、角落し板を嵌め込めば堰となり、直進の角落し板を外すと用水は田んぼへ流れてゆきます。水源は山側の湧水みたいです。

恩曽川・厚木市上古沢
恩曽川・厚木市上古沢
丘の縁に沿って流れる恩曽川。丘の上の台地は厚木森の里住宅街です。

恩曽川
流路工が連続しています。徐々に標高が高くなっている証です。

恩曽川・厚木市上古沢
トンネルから出て階段を下る恩曽川の流れ。トンネルで市道を横断しています。

恩曽川・地下トンネル
市道を右折しトンネルの恩曽川を追いかけます。道路左側の地下を恩曽川は流れています。

恩曽川・地下水路
目の前の桝の中を覗きこむと流れを確認できます。

シャガ  シャガ
半日影の道端にはシャガが群生しています。シャガは、じめじめしたところに咲きます。こんなところではヤマビルに要注意です。

ヤマビルについて注意看板と手当方法
これはあつぎつつじの丘公園内のヤマビルについての看板です。ヤマビル予防と吸血された時の対処法が書いてあります。ナメクジと同じで塩が効くみたいです。

恩曽川
恩曽川・厚木市上古沢
トンネルを抜け普通の川に戻りました。

鳥獣除け電気柵・厚木市上古沢
フェンスには電気柵が張り巡らしてあります。猪、鹿、猿が出没するようです。熊は出ないのかな。

道祖神・厚木市上古沢  双体道祖神・厚木市上古沢
その付近道端の道祖神です。右側は双体道祖神です。

恩曽川の廃橋
その上流です。川沿いの道がないので一旦市道に出て再び川沿いに出る道を発見。遡りました。恩曽川に架かる廃橋です。車は通行止めになっています。上の赤い橋は厚木霊園に通じています。

恩曽川・厚木霊園付近
廃橋より恩曽川上流を望む。ブロック積みの護岸です。

まったく関係ない話ですが、この付近地下を南北に神流川県内広域水道企業団の酒匂川系導水路(隧道)が通っています。地理院地図には青色破線で表示してあります。酒匂川で取水した水道原水を伊勢原浄水場、相模原浄水場、川崎の西長沢浄水場へ送っています。

恩曽川・厚木霊園付近
恩曽川左岸沿いの杉並木。並木の崖下を恩曽川は流れています。寂しそうな道ですね。アオちゃんやヤマちゃんが出てきてもおかしくないところです。

恩曽川の砂防堰堤・厚木霊園付近
杉並木の間から砂防堰堤がちらちら見えたので決死の思いで枯葉が積もった崖に踏み込みました! 転落はもちろん怖いのですがマムちゃんが一番恐ろしいです。だから決死です(汗)。

厚木霊園
人気のある道に出てきました。多分厚木霊園に通じる道と思われます。道際には大きな受水槽が2基設置してありました。

恩曽川の砂防堰堤・野竹沢1号ダム
左岸に沿ってそのまま進むとなんと砂防堰堤が見えてきました!

恩曽川の砂防堰堤・野竹沢1号ダム
立派な砂防堰堤です。銘板によると神奈川県土木部が築造した施設で「野竹沢1号ダム」と言います。平成6年度通常砂防工事により平成7年10月完成。H:9m L:28.5m。

管理橋の上に立ち上流を眺めると左右から来た二つの沢が合流しています。撮影しましたが画像では樹林におおわれて流れはほとんど見えません。

恩曽川源流・野竹沢
野竹沢1号ダム左岸側上流でかろうじて右側から流れてくる沢を確認できます。これが野竹沢でしょうか。

恩曽川源流・野竹沢
同地点より野竹沢の上流を見ました。奥深い原始の森で沢沿いの道はありません。恩曽川源流探訪はここまでです。


綾瀬市の比留川源流探訪以来、地理院地図の「陰影起伏図」を利用しています。恩曽川の源流についても同図を見るとその様子がよく分かります。今回は「色別標高図」を載せます。

中央十字線が野竹沢1号ダムの位置です。二つの沢がY字型に合流する地点に私は立ったんですね・・・(^σ^)/

標準図を開き左上の「情報」ボタン、「起伏を示した地図」、「色別標高図」の順にクリックすると色別標高図に切替わります。「選択中の情報」の中の「色別標高図」を再度クリックすると標準図に戻ります。
大きい標準図は右欄サイドバーからリンクできます。

其の477 比留川源流を訪ねる③・神奈川県綾瀬市

 比留川源流探訪の3回目でその最終回です。前回は観音橋手前まで進みました。探訪二日目は4月13日(金)晴れの日に行ってきました。

綾瀬市内を流れる河川図
これは綾瀬市役所庁舎屋上の市内を流れる河川図です。西から目久尻川、比留川、蓼川の三川と東側(藤沢市・大和市)を流れるのが引地川です。屋上展望台からは大山の左に富士山が並んで望めるので市役所へ寄ったのですが残念ながら雲に隠れていました。

比留川に架かる観音橋
市役所から坂道を下り観音橋へやってきました。流路工で三面をしっかり固めています。手前のコンクリート製の床固めブロックが捲れて立っています。水の力は恐ろしいですね・・・。

比留川の芝桜
芝桜を眺めながら上流へ歩きました。今年はどの花も開花が早いですね。

子育て観音
比留川橋上流の子育て観音です。ここは以前、相模原市立博物館の民俗探訪会で来たことがあります。本尊は十一面観音坐像です。毎年、お釈迦様の誕生日である4月8日に開帳されるそうです。

子育て観音前の庚申塔
子育て観音前の庚申塔です。造立は寛政四年(1792)と読み取れました。三猿に主尊の青面金剛は六臂で日輪、月輪、武器を持ちショケラをぶら下げています。鶏や邪鬼が配してあれば完璧ですね。

比留川・比留川橋上流
その上流です。相変わらず右岸側は丘陵地帯です。

比留川の雨水調整池・市民スポーツセンター付近
比留川源流探訪で三つ目の雨水調整池です。比留川の右岸側にありますが、普段は駐車場として利用されています。

比留川・代官橋付近
寺尾小付近の代官橋で右岸に河川が合流しています。ブロック積み護岸はここまでです。

代官橋より比留川上流を望む
代官橋の上流は鋼矢板護岸でつっかい棒付きの排水路のような川に変わります。川底は岩盤のように見えます。

比留川・綾瀬高校付近
綾瀬高校付近の比留川。コンクリート板の護岸に変わり、つっかい棒はなくなりました。

比留川・綾瀬高校付近
川底の様子。自然な岩盤のようであり、人工的なようにも見えるのですがよく分かりません。多摩川水系の平瀬川を歩いた時にも見かけました。

比留川・寺尾南3丁目
ゴルフ練習場前を流れる比留川。川幅の半分ほどが歩道になっています。ゴルフ練習場のはずれで暗渠になります。

比留川・東名高速と交差
その上流、暗渠で東名高速を潜ります。

比留川から見た東名高速南側の風景
これは東名高速手前の道路(暗渠の比留川)から東方向を見たところです。ここからは上り坂です。

比留川から見た東名高速南側の風景
こちらは東名高速手前の道路(暗渠の比留川)から西方向を見ました。やはり上り坂です。
川を遡っているので当たり前の話ですが進行方向左右は丘で、その谷間を谷頭目指して歩いていることになります。
地理院地図の「陰影起伏図」↓を参照すると分かりやすいです。


東名高速と比留川交差点の位置(中心十字線)です。


比留川・東名高速北側
東名高速の北側で開渠に戻ります。川幅の半分は遊歩道化されています。

比留川・寺尾本町共同住宅間前
寺尾本町共同住宅前を流れる比留川。護岸はコンクリート板です。

比留川・厚木街道南側
県道40号線・厚木街道を南側に潜り抜けた比留川。綾瀬消防署北分署前です。

比留川・厚木街道北側
厚木街道より比留川上流を望む。川沿いの道がありません。

比留川・県営寺尾団地
迂回し県営寺尾団地東側沿い中橋より比留川下流を望む。

比留川・県営寺尾団地中橋
同じく中橋より比留川上流を望む。川幅の半分以上が歩道になっています。

比留川・県営寺尾団地
県営寺尾団地3号棟付近を流れる比留川。表通りから離れていきます。

比留川・県営寺尾団地
県営寺尾団地北端1号棟付近です。径1.5m位のコンクリート管から流れが始まっています。これは雨水下水管の吐口ですね。川らしい比留川を見たのはこれが最後です。
手元の一万分の一の地図では水色の比留川表示はここで消えています。しかし500mほど北の寺尾北2丁目に水色の水路があります。谷頭の比留川源流かも知れませんね。(^σ^)
区切りをつけて現在地を源流としても良いのですが、谷間の最深部を目指して追いかけました。

比留川・旧河道  比留川・旧河道
いかにも河道跡らしい道がずうっと北の方に続いています。周りはびっしり住宅が建っています。マンホールフタは綾瀬市の雨水マンホールフタです。道路側溝があり、道路地下には雨水下水管が通っています。

比留川・旧河道
途中行き止まりがありましたがコの字型迂回を繰り返し、延長線上で見つけたのがこの暗渠水路です。グレーチングフタの中を覗くと比留川源流部の流れがありましたよ! (^σ^)/ 

比留川・旧河道
その上流、マンション前の暗渠水路。手元の地図にある水色表示の川と一致します。以前は開渠だったと分ります。

比留川・旧河道
その上流です。「立入禁止 綾瀬市」の張り紙が。

比留川・旧河道
中を覗くと暗渠フタが続いています。住宅からの雨水管が繋がっています。
たどれないので迂回し暗渠フタの上流を確かめました。上流は暗渠が路地に変わり路地は突き当りの住宅前で終わっています。周りを見ると前方も右も左も丘です。谷の最深部へ到達したことになります。

比留川源流探訪はここまでです。珍しく源流まで迫ることが出来ました。主な治水施設は雨水調整池が3か所、洪水対策用の調節池が1か所、新幹線を潜る分水路がありました。利水施設は取水用と思われる施設1か所を見つけました。

このあとは西側の表通りに出て坂道を上りきり馬の背中のような道に出、その道から北側に下る道に入り相鉄線かしわ台駅に出ました。ついでながら、かしわ台駅からさらに急坂を下るとそこには目久尻川が流れています。産川橋のコウホネの花を見たかったのですがそのうちに。

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