横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の377 横須賀水道角田の導水管路隧道と八菅神社例大祭

 3月28日(火)晴れ、相模原市立博物館の民俗探訪会に参加し、愛川町の八菅神社例大祭を見学しました。帰り道、横須賀水道導水管路隧道前で珍しい物を見つけたので発表します。
普通の人には何でもないかもしれませんが、水道みちを歩く者には棚から牡丹餅が落ちてきたような嬉しい発見です。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口
これは5年前の10月に撮影した横須賀水道管路隧道入り口です。 「其の42 横須賀水道みち2・角田大橋の隧道」。
場所は中津川に架かる角田大橋たもと、角田大橋バス停前です。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口
5年前は草が茫々で中へ分け入ることは細長いヤツが棲んでいそうで躊躇したのですが、今日はこんな感じです。のどかな諸葛西の花畑です。バスの発車時刻には間があったのでゆっくり観察しました。

有馬浄水場の不法投棄警告看板
横須賀市上下水道局有馬浄水場の不法投棄禁止警告看板。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口
警告看板の奥に鋳鉄製のフタがあります。これが今日見つけたひとつめの牡丹餅です。よく見ると6枚組の鋳鉄製です。これとそっくり同じものを逗子市沼間の横須賀水道みちで見たことがあります。「其の59」。寸法を測ると寸分たがわず同サイズ(965×810×6枚)です。この地下に径500mmの鋳鉄管が敷設されていて、鋳鉄製のフタはその点検口でした。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口・鋳鉄製点検フタ
逗子市沼間の点検フタと同じく海軍の波マークと錨マークも入っています。これは貴重です。水道みちで見るのは二例目です。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口・大正10年当時
これは大正10年(1921)、完成当時の管路隧道の写真です。
(横須賀市水道局 昭和58年発行 「豊かな水へのあゆみ」)より。
今から100年ほど前ですが変わりないですね。隧道内に石垣が見えます。石垣は現在もそのまま残っています。

角田大橋前横須賀水道管路隧道入口内部
水道みちで出合った隧道はなるべく内部まで撮るようにしています。今日はお花畑の奥まで踏み込んで撮りましたよ! 今日二つ目の新発見です。石垣は奥まで続いています。石垣の役割は何でしょうかね?
三つ目の棚ぼたは田名バスセンター行きバスが来たので発見できなかったのですが、海の杭(海軍境界杭・海の文字入り)がきっとあるはずです。またの機会に。


さて、以下は今日の探訪会の目的、八菅神社の例大祭の模様です。

八菅神社例大祭
八菅神社参道です。八菅神社例大祭は毎年3月28日に行なわれます。

八菅神社参道
急な階段を上ると例大祭会場の広場でに出ます。

八菅神社例大祭
例大祭が行われる広場です。左側に祭壇、中央は採燈護摩。時刻は11時過ぎ、まだ人はまばらです。

八菅神社
例大祭広場から階段を上ったところが八菅神社社殿です。

八菅神社例大祭2017
正午ちょうどに、山伏たちがほら貝を吹きながら登場し貝の音をバックに各種儀式が執り行われます。これは白色の矢を放ったところです。時刻は採燈護摩に点火前、12時30分頃です。

八菅神社例大祭・採燈護摩の火焔
祭壇の灯明から火を採り採燈護摩に点火されました。採燈護摩の火中に護摩木を投げ入れることで無病息災長寿などの願い事が叶えられます。

八菅神社例大祭2017
採燈護摩が燃え尽きる頃に均し、護摩木を追加で投げ入れます。

八菅神社例大祭・火渡り2017
クライマックスは山伏による火渡りです。山伏たちの般若心経読経の中、素足で渡ります。観衆がどよめき、渡り終えると拍手が・・・。その後は一般参拝者も渡れるので希望者が素足になり順番待ちの行列を作っていました。

八菅神社の位置です。

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其の342 米海軍横須賀基地ドライドックを見学しました

 11月3日(木)文化の日、晴れ。米海軍横須賀基地内のドライドックを見学しました。横須賀と言えば拙ブログでは横須賀水道みちで浅からぬ縁があります。横須賀市主催の「ドライドック見学ツアー」、事前申込制ですが幸いにも抽選に当たり葉書の案内状が届きました。

米海軍横須賀基地
JR横須賀駅から集合場所のイオン前まで歩きました。対岸のヴェルニー公園から見た米海軍横須賀基地です。今日見学する右から第2号、第3号ドックが写っています。第1号ドックは右端。

米海軍横須賀基地
集合場所イオン前から見た横須賀基地。海自も共同使用しているのでヴェルニー公園から艦尾に旭日旗を掲げた係留中の潜水艦なども眺望できます。対岸の一番手前が第1号ドライドックです。

ドライドック見学ツアー受付
イオン前の受付風景です。身分を証明するものとして運転免許証と本籍地入りの住民票を提示。日本国籍を有する14歳以上480名(40名×12組)限定ツアーです。参加費用として100円を支払い岸壁沿いに奥へ進みます。基地ゲート前で金属探知機や持ち物検査を受けいよいよ見学開始です。ツアー所要時間は約1時間。

横須賀基地第1号ドライドック
第1号ドックから見学開始です。英文の案内板です。
ドライドックとは艦船を修理するために使う施設です。今日見学の三つのドック(1,2,3号ドック)はいずれも現役で使われています。見学対象外の4,5,6号ドックも現役です。
第1号ドックは慶応2年(1866)起工、明治4年(1871)完成。日本最古の石造りのドック。ヴェルニーを含むフランス人技師が設計。長さ134.5m×幅29.0m×深さ9.0m。

第1号ドックが造られた横須賀製鉄所は、その後横須賀造船所(明治4年4月)、横須賀海軍工廠とその名前を変え、横須賀のみならず近代日本発展の礎として、我が国の近代化をリードした屈指の工業施設であり、同時に横須賀が都市として発展する基礎となりました。
今は艦船修理施設ですが当初から軍艦を作る造船所であり様々な機械も作る日本初の近代的な総合工場でした。

横須賀基地第1号ドライドック
第1号ドライドック内は海水で満たされています。奥が海側。

横須賀基地第1号ドライドック
第1号ドライドック、入渠した艦船の船首側です。

横須賀基地第2号ドライドック
次いで第2号ドックです。海水が抜かれた巨大なドライドック。
本ツアーの目玉です。近々修理艦船を迎えるのでしょうか、積み木のような物(盤木)が多数準備してあります。入渠した船を支える台です。

横須賀基地第2号ドライドック
海とドックの間はゲートのようなもので遮断されています。ツアー係員に尋ねると扉船(とせん)と言うそうです。

横須賀基地第2号ドライドック
艦首側です。建物前に日米両国の国旗が掲揚してあります。

横須賀基地第2号ドライドック・扉船
海との仕切り、扉船です。船と言っても自力で航行する能力はなくタグボートに引かれて移動します。
現状から海水を満たすには?逆に排水はどうするか?艦船の出入り手順は?一連の流れをあれこれ考えると面白いですね。こちらのサイト「ドック扉船の紹介」に分かりやすく解説してあります。

横須賀基地第2号ドライドック
扉船を渡りました。扉船より第2号ドライドックを望む。今日見たドライドックの中で最大のドックです。明治13年(1880)起工、明治17年完成の石造り。長さ153.0m×幅32.0m×深さ11.5mもあります。
今日の見学対象ではありませんが昭和時代に建造された第6号ドックは全長337mもあり当時日本最大でした。旧海軍の戦艦「大和」型3番艦の航空母艦「信濃」はここで造られました。

横須賀基地第3号ドライドック
第3号ドライドックです。海側も撮りたかったのですがツアー係員に制止されました。右側に海自の潜水艦が係留中だからだそうです。

先の大戦では横須賀の軍事施設も米軍の空襲に遇ったはずです。六つのドライドックは幸いにも生き残り今でも現役で使われています。来年は平成29年ですが明治にすると明治150年です。凄いことですね・・・。私は米軍が日本占領後に自らの基地として使用するため意図的に攻撃を控えたような気がしてなりません。


今日はJR横須賀駅と会場間を往復しました。ヴェルニー公園内を通ったので以下園内の施設展示物です。

ヴェルニー記念館・スチームハンマー
ヴェルニー記念館に展示のスチームハンマー。横須賀製鉄所(横須賀造船所)で稼働していた3トンのスチームハンマー。慶応元年(1865)オランダ製。0.5トンと共に国指定重要文化財。
オランダはチュウリップや風車など、のどかな国と言った印象を持っていましたがその昔は列強だったんですね・・・。こんな機械を作る先進国でした。

戦艦陸奥主砲・ヴェルニ―公園
ヴェルニー記念館前の戦艦陸奥の主砲です。只今移設工事中です。完成すれば案内板が立つと思います。

軍艦長門碑・ヴェルニー公園
こちらは園内の軍艦長門碑です。
「ありし日の聯合艦隊旗艦長門の姿をここに留めて昭和激動の時代を偲ぶよすがとする 政一書」 (碑文より)

逸見波止場衛門・ヴェルニー公園
逸見波止場衛門です。
旧横須賀軍港逸見門の衛兵詰所。左右二棟あり、左側には「逸見上陸場」、右側には「軍港逸見門」と表示されている。建築年代は明治末から大正初期と思われる。(案内板より)

海軍の碑・ヴェルニー公園
旭日旗に錨をあしらった海軍の碑です。80年の伝統ある旧海軍関係者が戦後50年経った平成7年に建立しました。

子規の文学碑・ヴェルニー公園
生涯二万句を詠んだと言われる子規の文学碑です。
「横須賀や 只帆檣の 冬木立 」
横須賀港内に連なる帆檣(はんしょう・ほばしら)の印象を詠んだ句。(碑文より)
病弱と言われた子規、あちこち出歩いていたんですね。多摩川河口近く川崎の若宮八幡宮にこんな句碑があります。
「六郷の 橋まで来たり 春の風」

横須賀基地・海自の潜水艦
おしまいに基地に係留中の海自潜水艦です。艦尾に旭日旗を掲げています。舵の形からそうりゅう型です。基地内では撮影厳禁でしたが対岸からはこのように眺望できます。

先週の環七巨大地下トンネル見学から二週連続で巨大な非日常を実体験し感銘を受けながら帰路に着きました。

今回はカテゴリ「横須賀水道みち」に入れました。横須賀製鉄所(造船所)が横須賀水道発祥の地でもあるからです。明治9年12月造船所内「水溜」に走水水源地から水道管を通したのが横須賀初の水道です。後の横須賀水道になります。横須賀製鉄所(造船所)建設主任フランス人技師ヴェルニーの偉大な功績です。

参考資料
当日配布のパンフ「近代日本のルーツ横須賀製鉄所」
関連記事 「其の226 走水水源地を訪ねる」 (2015/6投稿)

ヴェルニー公園の対岸が今日見学したドライドックです。

其の226 走水水源地を訪ねる

 「よこすか京急沿線ウォーク」で走水水源地が特別公開されると聞き行ってきました。開催日は6月6日(土)晴れの日でその名も「ヴェルニー水道ウォーク」といいます。京急汐入駅近くのヴェルニー公園をスタートし、どぶ板通り、赤門、春日神社、走水水源地経由ゴール地点は観音崎京急ホテルまで約9.5kmで行われました。

走水水源地(はしりみずすいげんち)はこんなところです。当日頂いた横須賀市上下水道局のパンフからそのあらましを抜粋引用します。
明治9年(1876年)、横須賀造船所の所長であったフランス人技師のヴェルニーが土管を布設し、自然流下により造船所に通水したのが走水水源地の始まりです。ヴェルニーは江戸幕府により建設された横須賀製鉄所(のちの造船所)の用水を確保するため、水源を探していたところ、明治6年(1873年)、製鉄所から約7km離れた走水に湧水を見つけました。
その後、走水水源地は軍港水道となり、大正8年(1919年)、市に貸与され、昭和29年(1954年)、正式に無償譲渡されました。
走水水源地は、関東大震災の時でも涸れることなく、いまなお、1日1,000立方メートルの良質な地下水を湧出しています。また、市内唯一の水源地であるため、災害時には、応急給水の拠点となります。 
(横須賀市上下水道局のパンフより) 
なお横須賀製鉄所(造船所)は慶応元年(1865年)に鍬入れ式(起工式)が行われ今年11月15日に150周年を迎えます。横須賀製鉄所(造船所)のドライドックは150年を経た現在も米海軍横須賀基地の中で現役として稼働、艦船の修理に使われています。(横須賀市上下水道局当日配布資料より要旨)

どぶ板通り
ヴェルニー公園内横須賀上下水道局汐入ポンプ場前で受付をすませ参加者は随時スタート。有名などぶ板通りを通りました。明治時代、通りの真ん中に溝があり、板で溝をふさいでいたのでこの名がついたそうです。DOBUITA STREETの案内板があります。

永嶋家長屋門(赤門)
江戸時代に名主を務めた永嶋家の長屋門(通称赤門)前を通過。横須賀風物百選選定。

走水水源地
春日神社に参拝し堀ノ内駅、京急大津駅、馬堀海岸駅前を通過し東京湾走水海岸沿いに出てきました。これはR16から見た走水水源地です。右手の山と海の間が走水水源地です。

ヴェルニーの水案内板
上記付近の「横須賀水道発祥の水 ヴェルニーの水」の案内板。

走水水源地管理センター
R16沿い海側の横須賀市上下水道局「走水水源地管理センターに到着しました。特別公開なので門が開いています。R16を挟んで山側にも走水水源地の施設があります。

「横須賀水道発祥の地」記念碑
入場してまず目についたのが立派な記念碑です。
「横須賀水道発祥の地 市営水道創設80周年記念 昭和63年12月25日建立」

横須賀最古の水道管(陶管)
横須賀最古の水道管が展示してありました。
これは明治9年12月横須賀造船所~走水間の約7kmにわたって布設された口径5インチ(12.5cm)の水道管です。愛知県常滑産の陶管。
当時は約7kmの区間を電力もポンプもない自然流下で送水していました。高低差はわずかに10m足らずで落差を保つためトンネルが掘り抜かれたそうです。明治初めの測量技術、施工能力は凄いですね。驚きです。

走水水源地・膜ろ過装置
膜ろ過装置です。集めた湧水を膜ろ過装置に通し次亜塩素酸ソーダを注入し、水道水の出来上がりです。元々湧水の水質が良好で、昔は塩素消毒のみで給水していたそうです。これから先は場内の走水浄水池と「ヴェルニーの水」へ送られます。
処理水の量は公称1,000㎥/日。湧水量は季節により変動があるそうです。

走水浄水地
走水浄水池です。わが国の鉄筋コンクリート技術の黎明期に建設された施設です。容量は1,470立方メートル、明治41年(1908年)完成。(国登録有形文化財)
ここから先は送水ポンプで防大配水池、鴨居配水池へ送られます。

走水浄水地銘板
走水浄水池の壁にはめ込まれた銘板です。「横須賀軍港水道 浄水池 明治四拾壹年九月竣工」とあり、文字は鮮明で歴史の重みを感じさせます。

走水水源地駐車場・ヴェルニーの水
走水水源地駐車場わきの無料の水飲み場「ヴェルニーの水」。ペットボトルやポリタンクを手に順番待ちするほどの人だかりで人気でした。

走水水源地・貯水池
R16沿い山側に設置の走水水源地レンガ造り貯水池です。明治35年(1902年)完成。容量は142立方メートル、内部天井はアーチ型の「ヴォ-ルト屋根」が特徴。(国登録有形文化財)
R16山裾沿いに貯水池を中心に東へ250m、西へ96mにわたってレンガ造りのかまぼこ型の集水埋渠が設置してあり、この貯水池に湧水が集まるようになっています。ここから膜ろ過装置へ流れて行きます。

アクアンの消火栓マンホールフタ
本日の探訪記念は横須賀水道イメージキャラ「アクアンの消火栓マンホールフタ」です。ヴェルニー水道ウォークの道すがら何枚も見かけました。

今回の探訪記の参考資料です。

横須賀市上下水道局パンフ「走水水源地」、当日配布資料、説明パネル及び横須賀市上下水道局 「横須賀水道100年史」

走水水源地の位置です。




其の219 半原系統・馬渡橋水管橋撤去工事その後

 平成26年11月に横須賀水道半原系統・馬渡橋水管橋撤去工事が行われ、その様子を「其の189」で投稿しました。あれからおよそ半年たちその後の様子を見てきましたので短く投稿いたします。探訪したのは5月8日(金)晴れの日です。

中津川・馬渡橋仮設橋
向かって右側にあった馬渡橋は撤去され、仮設橋がそのまま使われています。

中津川・旧馬渡橋橋台
仮設橋の人道橋から見た旧馬渡橋左岸橋台。

中津川・旧馬渡橋橋台
同右岸の橋台。

横須賀水道馬渡橋水管橋支持部
左岸側のレンガ造り馬渡橋水管橋支持部と切断された内径500mm導水管が残っています。

横須賀水道馬渡橋水管橋支持部
こちらは右岸側支持部です。レンガ造りの水管橋支持部と伸縮可とう管が残っています。

馬渡橋人道橋より中津川上流を望む
仮設の馬渡橋人道橋より中津川上流を望む。八十八夜から一週間、野にも山にも若葉が茂り・・・日本には四季があって良いですね~癒されます。

馬渡橋水管橋撤去工事と在りし日の馬渡橋水管橋の記事です。
「其の189 半原系統・馬渡橋水管橋撤去工事」
(2014/11投稿)
「其の186 半原系統・馬渡橋水管橋を訪ねる」
(2014/11投稿)

馬渡橋の位置です。


其の189 半原系統・馬渡橋水管橋撤去工事

 11月3日に横須賀水道半原系統・馬渡橋水管橋を探訪し「其の186 半原系統・馬渡橋水管橋を訪ねる」で撤去工事の予告をしました。今回はその続編です。
11月28日(金)曇り、撤去工事が行われ、その様子を見学しましたので短く投稿いたします。

愛川町・馬渡橋
まず現場の様子です。左側が仮設橋で歩道も併設してあります。11月18日に開通しました。代わりに馬渡橋とその周りは通行禁止になりました。

愛川町・馬渡橋
馬渡橋の側面にシートが掛けてあり目隠しされています。仮設橋の歩道から導水管の撤去工事の様子は撮り放題ともくろんでいたので少々がっかり。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
右岸から見た撤去工事の様子です。ガスバーナ(アセチレンと酸素)で切断作業中です。馬渡橋に添架の導水管は径500mmの鋳鉄管とここへ来るまで思い込んでいましたが、施工会社の大野建設(株)さんの話では鋼管だそうです。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
右岸の導水管支持部。朝10時過ぎに訪ねたのですがすでに切断済みでした。右岸から左岸に向けて作業進行中。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
1ピースが長さ3m位に切断され全てスクラップ業者行きだそうです。ただ1ピースのみ横須賀市上下水道局に引き取られるそうです。歴史的産業遺産としてどこかに展示されるのでしょうか。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
左岸から見た工事の様子。パワーショベルで鋼管を吊り上げています。

横須賀水道・馬渡橋水管橋撤去工事
左岸の導水管支持部。伸縮可とう管が見えます。

横須賀水道半原系統導水管路・馬渡橋
おしまいにこれは創設時の馬渡橋水管橋です。大正時代の撮影と思われます。両岸の導水管支持部にレンガ造りの小さな建物が見えます。
昭和58年 横須賀市水道局発行(現横須賀市上下水道局)
「豊かな水への歩み-横須賀市水道施設写真集-」より。

今回は11月3日以来の探訪です。思いのほか工事の進捗が早く、現況はご覧の通りです。3日に記念写真のつもりで撮影したのは好判断でした。
横須賀市逸見浄水場への送水量は0.115㎥/秒と少量とはいえ、ポンプを使わない自然流下導水は炭酸ガスを排出しない環境にやさしい方式と思います。半原系統の廃止により神奈川県内で自然流下式の導水を実施しているのは横浜水道の道志川系、相模湖系と川崎水道の第1第2導水隧道くらいしか思い浮かびません。いずれも相模川水系上流域取水です。相模川上流域の水開発はもう目一杯なのでしょうか・・・。上流域取水をもっと増やすべきと思います。

馬渡橋の位置です。


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