横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の399 城島用水路を歩く・神奈川県伊勢原市、平塚市

 6月17日(土)晴れ、「其の397」で発表した歌川のゴム堰頭首工・大堰から始まる城島用水路を終点まで歩きました。見どころは三つの排水路との立体交差です。探訪前から楽しみにしていたのですが、それ以上に面白かったのは用水路終点でした。

城島用水路・伊勢原市
大堰から用水路に入り歌川沿いに流下する城島用水。右側の田んぼはパイプライン化した大田地区エリアの田んぼなので、城島用水は素通りです。ここは神奈川県伊勢原市沖小稲葉。

伊勢原市沖小稲葉の田んぼ
同じ沖小稲葉地区の田んぼですが、この田んぼだけは城島用水から引いています。用水路が2水路に仕切ってある理由はこのためでした。右側が堰上げ給水用で左側は下流へ通水用と言うことでしょう。

歌川
大田橋より歌川下流を望む。大堰下流の歌川はこんな表情の川です。いま歌川右岸堤防天端の道を歩いています。

パイプライン化した用水路の田んぼ・伊勢原市沖小稲葉
沖小稲葉のパイプライン化給水の田んぼ。黒色の給水栓があるのでそれと分かります。手前の城島用水路は通過するだけです。

神奈川県営ほ場事業大田地区の揚水機場位置図
参考のため大田地区位置図を再掲します。「神奈川県営ほ場整備事業大田地区」案内板より。

城島用水・伊勢原市
城島用水は源氏橋下流で歌川から離れ仕切りのない普通の用水路になります。小稲葉排水路交差点より上流を見ました。周りの田んぼはパイプライン給水エリアです。

小稲葉排水路・伊勢原市
小稲葉排水路上流を見ました。城島用水路は水路橋で渡っています。伏越を期待したのですが普通に水路橋でした。

城島用水路・伊勢原市
次は高沢排水路との立体交差です。交差点より城島用水上流を望む。

高沢排水路
高沢排水路下流を見ました。こちらは高沢排水路が伏越(ふせこし・サイフォン)で城島用水路の下を潜り抜けています。
ここは伊勢原市と平塚市の境界です。左(北)側がパイプライン化給水の田んぼで伊勢原市、右(南)側は平塚市大島で城島用水の給水エリアです。城島用水は大島地区の田んぼへ用水を引くための用水路でした。

城島用水から分水
その下流で左岸から東の方向へ分水していました。

城島用水・平塚市大島枝
城島用水路下流を望む。平塚市大島枝付近。前方の山は大磯の高麗山でよく目立ち方角の目印になります。

下谷東排水路
三つ目の立体交差はこの下谷東排水路です。城島用水路はここ新田橋の100mほど上流で下谷東排水路と立体交差しています。

城島用水路
下谷東排水路左岸より城島用水路上流を見る。城島用水路はここが行き止まりで私の後ろ側は下谷東排水路です。溢れた水(余水排水)は左岸上部の切欠き(越流堰)から流出しています。

下谷東排水路
後ろ側はこのようになっています。余水排水を下谷東排水路へ放流しています。右側のパイプは何でしょう。用水を送る水管橋です。
下谷東排水路は300mほど下流で歌川に合流しています。

城島用水路
下谷東排水路の南側に田んぼが見えます。余水排水は100%放流しないで一部を南側の田んぼ向けに水管橋で送っています。水管橋から田んぼへ向かう細い用水路が見えます。その奥は右から左に渋田川が流れています。

渋田川
新田橋から南へ入ると渋田川左岸の堤防に出られます。堤防上から渋田川上流を望む。

城島用水終点
上流へ少し歩き北方向を見ました。ちょうど水管橋先の細い用水路を逆方向から見たことになります。私の足元、ここが城島用水の終点です。途中まで用水が流れていますが、足元付近は乾いています。絶妙な用水量のコントロールです!凄いですね・・・。見たところ渋田川への排水樋管ゲートはなく、私の足元で城島用水は自然消滅しています。余水排水は元の取水した河川に戻すのが普通ですが自然消滅とは・・・こうした終わり方もあるんですね。面白いです。もっとも事実上の終点は下谷東排水路への余水吐施設なんですけどね。

今日は用水路と排水路の立体交差(水路橋・伏越・水管橋)を見ました。

城島用水路終点の位置です。

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其の398 パイプライン化した用水路を歩く・神奈川県伊勢原市

 前回「其の397」は歌川のゴム堰頭首工・大堰とそこから取水した用水をパイプラインで田んぼへ送る揚水機場の話でした。
6月17日(土)晴れ、あらためて訪れ、伊勢原市大田地区の田んぼを広範囲にわたって歩いてきました。第2工区揚水機場、農道に敷設のパイプライン、田んぼへの給水、開渠排水路など、ほ場整備事業でパイプライン化した田んぼを見てきました。

神奈川県営ほ場事業大田地区の揚水機場位置図
はじめに「神奈川県営ほ場整備事業大田地区」の位置図です。
左の現在地が前回訪ねた揚水機場です。歌川のゴム堰頭首工・大堰の堤防下にあります。今回はそこから南の方にある揚水機場と第2工区、第3工区の田んぼと排水路を見てきました。

「ほ場」とは普段あまり聞かない言葉ですが漢字で「圃場」と書き「ほじょう」とか「ほば」と読みます。農産物を育てる場所=田んぼ、畑、果樹園のことです。

伊勢原市大田地区用水路
前回見たように大堰で取り入れた用水は①城島用水②用水路③揚水機場の3か所へ流れて行きます。まず揚水機場前の道路沿いを流れる②の用水路を南へたどりました。幅60cm位の普通の用水路で西側の田んぼに給水しています。

伊勢原市大田地区・小稲葉排水路
上記で配り終えた用水の余水は西側を流れるこの排水路に流れ込んでいます。この排水路は揚水機場西隣のあやめの里の方から来ています。両側の田んぼからの排水を集めた南向きの流れです。

第2工区揚水機場・伊勢原市大田地区
南流した排水路が東向きに流れを変える地点にある揚水機場です。位置図の第2工区にある揚水機場でこの排水路は小稲葉排水路と言います。
地上にある設備はポンプ操作盤と物置のみです。吸水池やポンプ設備は農道地下に設置してあるみたいです。

第2工区揚水機場取水口
小稲葉排水路右岸に設置の取水口。ゴミ除けスクリーン付きで取水口と分かります。当初、「神奈川県営ほ場整備事業大田地区」案内板を見た時は地下水をポンプ揚水する施設と思ったのですが今日の探訪で取水源は小稲葉排水路と判明しました。
農道地下に吸水池があると思われます。

小稲葉排水路・第2工区揚水機場付近
取水口下流に水色の転倒堰開閉器が残されていました。昔ここに転倒堰があった痕跡ですね。普通に開渠の用水路が走っていたのでしょう。それにしてもパイプライン化切替工事はごく短期間(10月から翌年5月までの間)に行われたのでしょうが凄いことをやりましたね・・・。
小稲葉排水路はこの先田んぼの排水を集めて東流し歌川に合流しています。

パイプライン用水路・伊勢原市大田地区
第2工区揚水機場の下流、小稲葉排水路を越え田んぼへ向かうパイプライン。管径は30cm位、幹線と思われます。前方の田んぼに黒い給水栓が見えます。

パイプライン用水路・伊勢原市大田地区
横から見たパイプライン。ハンドルはバルブの開閉用。300×75の数字が読み取れます。

大田地区土地改良区の看板
付近の大田地区土地改良区の「水田通水実施のお知らせ」看板です。

小稲葉排水路・伊勢原市大田地区
これは下流の城島用水路交差点付近から見た小稲葉排水路の上流方向です。背景の一番高い山は大山です。富士山は左にちょっとだけ顔をのぞかせています。

パイプライン用水路・伊勢原市大田地区
先ほど見たパイプラインより細めの送水管です。農道から小稲葉排水路を渡っています。管径は75mm位でしょうか。

パイプライン用水路の給水栓
その先でフタを取ったまま給水中の給水栓を見つけました。

小稲葉排水路
前方の歌川右岸堤防へ向かう小稲葉排水路。排水路なので当然ですが田んぼより低い位置を流れています。

小稲葉排水路・歌川に合流
排水樋管ゲートから歌川へ放流中の小稲葉排水路流末。

ほ場整備事業大田地区の田んぼ
ほ場整備事業大田地区の田んぼ。黒い給水栓が並んでいます。

パイプライン用水路の給水栓
中にはこんなタイプの給水栓もありました。

いせはらし・用水制水弁マンホールフタ
高沢排水路へ向かう途中の農道で見つけた「いせはらし 用水制水弁」と表示のマンホールフタ。

高沢排水路
城島用水路交差点付近から見た高沢排水路の上流方向です。

高沢排水路・歌川に合流
排水樋管ゲートから歌川へ放流中の高沢排水路流末。

あやめの里・伊勢原市大田地区
おしまいにあやめの里の菖蒲です。まだ花見に間に合いました。あやめの里は今年度(平成29年度)で終了するそうです。

次回は城島用水を終点まで歩いたのでその様子を発表します。見どころは排水路との立体交差です。

第2工区揚水機場の位置です。



其の389 昭和用水田村支線(田村用水)を歩く・厚木市、平塚市

 5月18日(木)曇り、昭和用水田村支線がこの日に通水と聞き早速行ってきました。この用水路は下流で歌川分流排水路となり最後は相模川に合流しています。昨年11月、歌川分流排水路を歩いたので上流部の田村支線(田村用水)がどこを流れるか気になっていました。

新八木間橋の昭和用水余水吐
恩曽川左岸へ放流中の昭和用水(幹線用水路)の余水吐。ここは厚木市船子 新八木間橋下流です。

昭和用水・新八木間橋下流
余水吐の先、恩曽川左岸沿いに流下する昭和用水(幹線用水路)。

玉川・恩曽川合流
玉川(右側)に合流する恩曽川(左側)です。昭和用水は合流直後の玉川の川底を伏越(ふせこし・サイフォンとも言う)で右岸に渡ります。右側の大きな建物(神奈川食肉センター)の北側に伏越の吐口があります。

昭和用水玉川伏越吐口
玉川右岸の伏越吐口です。5年ぶりにやってきました。懐かしいですね・・・。手前のコンクリート板の下で吹き上がっています。奥(西方向)へ向かうのが昭和用水(幹線用水路)で5年前に終点まで探訪しました。
昭和用水は中津川の昭和用水頭首工が起点です。5年前に投稿した参考記事です。
其の32 昭和用水探索② (2012/08投稿)
其の31 昭和用水探索① (2012/08投稿)

左側の水門は平塚市の大神、田村へ向かう支線の分水ゲートです。支線はまだ歩いたことがありません。

昭和用水田村支川分水ゲート
分水ゲートから下流を見ました。流れがあります。支線用水路は予定通り今日18日に通水したばかりです。農作業に合わせて順次通水しているようです。神奈川食肉センター、小田厚道路の地下をトンネルで抜けます。今日はこの昭和用水の支線(以下田村支線)を終点まで歩きます。
田村用水の碑や案内板などによると昭和用水は元々田村用水(田村堀とも)呼ばれ、室町時代にすでに開削された歴史ある用水路です。厚木消防署付近に立つ碑から引用します。
田村用水の碑  
室町時代に灌漑用に造られた用水路で小鮎川より水を取り入れて厚木-岡田-酒井-戸田-大神-田村に流れていたため「田村用水」と呼んだが、通称「田村堀」として知られている。その後昭和初年に改修され「昭和用水」となる。   (碑文より)

昭和用水・田村支線
小田厚道路を抜け開渠となり玉川右岸沿いを南へ向かう田村支線。

昭和用水・田村支線
南下する田村支線。左前方の橋は玉川に架かる新宿橋です。

玉川新宿橋の双体道祖神
新宿橋たもとの双体道祖神。仲睦まじく可愛らしい神様です。銘板に「道祖神移転記念 平成18年1月14日」。画像をクリックすると拡大します。

屯原橋西を流れる田村支線
玉川の屯原橋西を流れる田村支線。上流を望む。

昭和用水・田村支線の取水施設
その先の今日初めて見る用水の取水施設です。左側が転倒堰ゲートの巻上機(開閉機)、右側が機器操作盤。

昭和用水・田村支線の取水施設銘板
機器銘板によると「1号堰ゲート巻上機」とあります。下流にも多数あり全部で10か所くらいあったと思います。

昭和用水・田村支線暗渠
その先で暗渠になりました。前方はR129を潜るトンネル。

昭和用水・田村支線
R129を潜り開渠になった田村支線。雲行きがおかしくなりました。R129東側に沿って歌川分流排水路が南へ流れています。その始まりはこの辺りと想像したのですが見当たらなかったですね。田村支線と歌川分流排水路との接点はありません。もう少し南の方から始まっているかもしれません。

昭和用水・田村支線
八王子街道、愛坪バス停付近で暗渠になった田村支線。しばらく暗渠が続くので地図から消えます。

昭和用水・田村支線
愛川中学前を流れる田村支線暗渠。

昭和用水・田村支線
交差する県道22号線を渡りました。突然の雷雨で路面が濡れています。

昭和用水・田村支線取水施設
取水施設です。機器工事銘板によると「5号堰ゲート巻上機」。

昭和用水・田村支線取水施設
開渠に戻った田村支線。取水堰は倒伏したままです。

昭和用水・田村支線・厚木市戸田
左右両岸が田んぼ地帯です。ここは厚木市戸田中戸田。

昭和用水・田村支線
平塚市大神に入りました。水路沿いの道路は車両通行止めです。

昭和用水・田村支線
田村支線右岸沿いの道路を進みます。

昭和用水・田村支線
右岸で分水し二本の用水路が並行して流れています。

昭和用水・田村支線
暗渠上の道路を進む。

昭和用水・田村支線取水施設
暗渠に設けた取水施設。グレーチング・鉄板点検フタの下に転倒堰と堰巻上機が納まっています。

昭和用水・田村支線
R129交差点まで来ました。交差点からたどって来た暗渠を振り返りました。この地点でR129東側沿いに流れてきた歌川分流排水路に合流しています。

歌川分流排水路
交差点より歌川分流排水路上流を望む。上流は昨秋歩きました。田村支線右岸一帯の田んぼは田村支線から用水を引き田んぼを潤した後、西側を流れる歌川分流排水路へ排水しているものと思われます。

昭和用水・田村支線取水施設
R129を横断し南下する田村支線。眼前に取水施設があります。先ほど見たのと同じ形状です。前方は新幹線です。
新幹線を潜ると右手に神田幼稚園があります。神田幼稚園北側に同様の取水施設があり右岸側の田んぼに用水を送っています。これが田村支線最後の取水施設です。「其の340」で触れました。

神田暗渠排水完成記念碑
神田幼稚園前の「神田暗渠排水完成記念碑」。昭和32年に建てられました。
これより下流に取水施設はなく深い開渠排水路(歌川分流排水路)になります。事実上の昭和用水田村支線の終点です。ここから相模川合流点まではその「其の340 歌川分流排水路を歩く・・」で発表しました。今日の探訪で神田幼稚園付近の歌川分流排水路には昭和用水田村支線の余水排水も流入していることが分かりました。

田村用水の案内板
神田幼稚園南の田村けやき公園に田村用水と六兵衛土手の案内板が立っているので紹介します。画像をクリックすると拡大します。
田村けやき公園の東側を流れている暗渠排水はかつて田村用水(田村堀)と呼ばれていました。小鮎川から水を引き、江戸時代には岡田村・戸田村(厚木市)と大神村・田村(横内も含む)の四か村で使用されていました。江戸時代前期にはすでに開削されており、江戸時代を通じて様々な水争いが起きています。

今日のスタート昭和用水玉川伏越吐口の位置です。

其の379 妻田用水を歩く②・神奈川県厚木市妻田

 前回「其の378」の続きです。4月10日(月)に探訪しました。

妻田用水・厚木市妻田西2
南へ向かう妻田用水暗渠水路。厚木市妻田西二丁目。

妻田用水
小鮎川に架かる林妻橋東の交差点を渡ると南流から南東に向きを変えます。暗渠水路です。グレーチングフタのサイズは70×140cm位。フタ越しに用水の流れを確認できます。

妻田用水
南東向きの流れがここで南向きに変わります。上流の北西方向を見ました。グレーチングフタから中を覗くとコンクリートの柱が立っていました。柱に角落板を落とし込むための溝が切ってあったので、かつてここで堰上げし東側へ分水していたと思われます。右側の道は児童館、妻田神社方面からの道です。

「明治天皇妻田行在所附御膳水」記念碑
「明治天皇妻田行在所附御膳水」記念碑←画像クリックで拡大 
妻田用水路沿い立派な門構えの屋敷の一角に記念碑が建っています。「明治天皇妻田行在所附御膳水」と刻まれています。行在所(あんざいしょ)とは天皇が行幸された時の宿泊所。


妻田用水暗渠・厚木市妻田西1-3
南下する妻田用水暗渠。歩道になっているので分りやすいです。ここは妻田西1-3。

妻田用水
R246、R129直前まで来ました。この辺りでは南東へ向かっています。

R246、129厚木市
国道跨線橋より南方を望む。妻田用水は国道地下を右から左へ渡っています。

妻田用水・厚木市妻田南
国道を渡りました。妻田用水路の上は歩道として利用されています。眼前に厚木市のマンホールフタがあります。

厚木市都市下水マンホールフタ
厚木市の都市下水マンホールフタでした。都市下水とは雨水排水路のことなのでこの辺りでは厚木市役所下水道局管理になっているようです。

妻田用水
南東へ向かう妻田用水。暗渠水路なので車は規制されています。

妻田用水
前方に見覚えのある景色が・・・。小鮎川左岸堤防です。昭和用水路が伏越で小鮎川を渡る呑口付近です。

妻田用水
小鮎川左岸堤防沿いの道路を左折します。道路舗装がはっきりそれを示しています。

妻田用水
堤防沿いの道に入りました。妻田用水は緩い下り勾配のこの道の地下を東へ向かっていると思われます。右側遊歩道地下を昭和用水が西向きに流れています。妻田用水とは逆方向の流れです。

青松寺
その先青松寺前。青松寺の東側を北から来た干無川が小鮎川に合流しています。妻田用水流末のゴールは直前です。

干無川河口付近・妻田用水が合流
干無川に到着しました。干無川右岸から下流方向を見ました。右側が青松寺です。右岸に追いかけてきた妻田用水が合流しています。ほんとうは干無川左岸から撮りたかったのですがフェンスがあり撮影不可。幸い妻田用水の流れがあったのでこのように確認することができました。

干無川河口付近・妻田用水が合流
合流部のアップです。荻野川で取水された用水が干無川を経由し荻野川下流の小鮎川へ戻って行きます。
干無川を渡る昭和用水水路橋が見えます。その奥干無川樋管ゲートの下の水面に、小鮎川からの日が差しています。

今昔マップ(1896~1909)によると今日たどった妻田用水路沿いは明治の昔からある古い道で、用水路東側に田んぼがあったこと、今は都市化によりそれが全くなくなってしまったことが分かります。そんな中、今に残る貴重な田んぼを見ることができました。
県の資料によると白根堰の管理者は白根・中村・木売場自治会とあります。正に今日歩いた用水路沿いにある地区で、かつて用水の恩恵を受けていた旧妻田村の字名と一致します。


妻田用水の始まり、白根堰付近の地図です。(今昔マップ on the webより)
設定は1896~1909年(明治29~42年)。
大きな地図は右欄サイドバーからリンクできます。検索窓に「厚木市妻田村」と入力すると開きます。

干無川河口付近、妻田用水流末の位置です。


其の378 妻田用水を歩く①・神奈川県厚木市妻田

 4月10日(月)花曇り、厚木市在住の地元ティーさんおすすめの荻野川から始まる用水路・妻田用水を歩いてきました。2回に分けて発表します。

妻田薬師
小田急線本厚木駅からバスで妻田薬師下車。妻田薬師前を通り荻野川に架かる白根橋へ向かいます。

妻田薬師の楠木
妻田薬師境内の巨木「妻田の楠」です。でか過ぎで吃驚仰天!
神奈川県下有数の太さを誇る巨木・古木で県指定天然記念物、「かながわの銘木100選」に選定。
樹高22m、胸高周囲11m、 樹齢約800年(伝承)。

(案内板より)

荻野川
白根橋から上流を見ると取水堰があります。今日歩く妻田用水はこの堰から取水しています。県の資料によると堰の名前は白根堰と言います。明治時代の今昔マップを見るとこの辺りは妻田村白根となっています。

荻野川の白根堰・妻田用水取水口
白根橋を渡り右岸から見ました。堰はコンクリートの固定堰です。取水口はスライド式樋管ゲートです。堰下流にもフラップ式樋管ゲートが見えます。雨水排水樋管ゲートと思われます。

荻野川・妻田用水取水口
取水口のアップです。二段構えのスクリーンを通過した水は樋管ゲートから用水路へ入りますが、通水の有無はここからは分りません。

荻野川・妻田用水取水口
取水口から見た荻野川。荻野川が大きく右(南)へカーブする地点に取水口は設置されています。

妻田用水
堤防を潜った妻田用水の始まり。荻野川左岸堤防内側沿いを流下しています。流れの有無が気になっていました。幸いに通水しています。探訪しやすくて助かります。手前を水路橋が左右に渡っています。先ほど見た雨水排水路です。
この先で妻田用水路と相模川右岸幹線用水路(西部用水)が立体交差しています。

相模川右岸幹線用水路(西部用水)
荻野川左岸堤防から見た西部用水路です。三田スポーツ広場付近で開渠水路から地下(暗渠と隧道)を流れた西部用水がこの地点(出口)で開渠となり姿を現したところです。出たあと左カーブし荻野川左岸沿いに流下します。
妻田用水は西部用水隧道の上を通過していると思われます。(末尾の地図参照)。

西部用水路と妻田用水路
白根橋左岸堤防内側沿いを並行して流れる西部用水路(左側)と妻田用水路(右側)。上流を望む。

西部用水路と妻田用水路
同下流を望む。左側の暗渠水路が妻田用水。駐車場を挟んで堤防内側沿いを流れるのが西部用水路です。

西部用水路と妻田用水路
駐車場のはずれで両用水路は急接近して並んで流れます。左側暗渠水路が妻田用水。右が西部用水路。西部用水はまだ通水していません。通水すれば水路から溢れんばかりに(相模川左岸磯部頭首工で取水した)用水が流れます。 「其の25 小鮎川サイフォンを見つけました」。

西部用水路と妻田用水路
その先で妻田用水路は左へ離れていきます。

荻野川左岸の桜並木
花を見るために荻野川堤防に上がってみました。花曇りで日差しが桜に届きません。せっかくの満開の桜は見映えが今一といったところです。

妻田用水
妻田用水です。用水の流れがあるのでたどりやすいですね。
「用水路 ここからどこへ 行くのだろう」   doushigawa
最終の流末まで追いかけます。

妻田用水
その先で暗渠になります。簡易除塵機をロープで吊り上げています。

妻田用水
一般道を進んでいくと交差点角で開渠水路となって出現。

妻田用水
このように断続的に暗渠開渠を繰り返します。

妻田用水
生垣・桃の花・用水路のせせらぎがある風景。町に潤いがあって良い感じですね・・・。

下小鮎橋たもとの双体道祖神
これは妻田用水路西の下小鮎橋たもとの双体道祖神です。
新しい方は平成九年十一月吉日再建。男女仲睦まじい道祖神です。片隅にごろ石が保管してあります。

妻田用水
妻田用水路へ戻りました。左岸(東側)で分水しています。ここは妻田西一丁目31。東の方に田んぼがあるようです。振り返ると開渠の妻田用水を見たのはこれが最後でした。

妻田用水を引く田んぼ
細い分水路をたどるとやはり田んぼがありました。ここは電柱の住居表示では妻田西二丁目6です。

干無川・厚木市妻田西
この田んぼは北から流れてきた干無川が東に向きを変える地点にあり、田んぼの余水排水は(今は田んぼに用水を引いていないのでそのまま)干無川へ排水していました。

途中ですが田んぼを見たところで続きは次回に。追っかけ発表します。

荻野川の取水口の位置です。

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