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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の727 相模原幹線用水路(大堀)を歩く・相模原市中央区

 2月20日(土)、相模原幹線用水路(大堀)を歩いてきました。
ここは昔歩いたことがありますが「冬水田んぼ」を確認するための再訪です。

相模原幹線用水路(大堀)望地隧道出口
1月25日(月)、望地弁財天を訪ねた時、相模原幹線用水路(以下大堀)に用水が流れていました。望地弁財天南側、望地隧道から出てきた用水の流れ。例年今の時期は枯葉が積もる乾いた水路なのになぜ通水しているのだろう?

数年前に「冬みず田んぼ」(冬期湛水)といって非灌漑期に水を張った海老名市の田んぼを見に行ったことがあります。相模原でも冬水田んぼを始めたのかな?散歩がてら確かめることにしました。


相模原幹線用水路(大堀)分水施設
その下流、今日の大堀の分水施設の様子です。左側が幹線用水路で右側が望地河原の水田へ向かう支線用水路です。わずかですが支線にも用水を送っています。


相模原幹線用水路(大堀)分水施設
下流側から見た大堀の分水施設。後ろの赤い屋根は望地弁財天。清水下頭首工完成記念碑も見えます。


望地河原の田んぼ
分水施設下流、南側から見た望地河原の田んぼ。支線用水路に用水が流れていますが水を張った田んぼは無いですね。


望地河原の田んぼ
支線用水路西側の田んぼ。こちらも同じように水張りはなく稲刈り後の株がそのまま残っています。海老名市の冬水田んぼの狙いは冬場の除草作業の軽減や稲わらの分解促進のためでした。


陽原段丘崖沿いの大堀と望地河原の田んぼ
こちらは分水施設下流、陽原段丘崖沿いを流れる大堀(幹線用水路)です。こちら側から下流へたどり田んぼを観察しました。


陽原段丘崖沿いの大堀と望地河原の田んぼ
大堀に橋が架かっています。橋を渡ると道は段丘崖上の望地地区へ通じています。


望地の渡し地名標柱
橋のたもとの相模原市が立てた「望地の渡し」地名標柱。

この辺りは対岸の六倉とを結ぶ渡し場がありました。そのため「六倉の渡し」とも呼ばれていましたが、上流の「久所の渡し」が開かれる以前には大山参りの人々にもよく利用されていました。
(地名標柱より)

今まで気づかなかった初めて見る地名標柱です。この辺に「望地の渡し」があったんですねー。大山参りの人達も利用したとか。今日の収穫の一つです。


大堀の上当麻隧道入口・余水排水吐き施設
大堀の上当麻隧道入口・余水排水吐き施設
陽原段丘崖下を流れる大堀に沿って歩いて行くと塩田地区の田んぼ南端にあるこの施設に至ります。ここまで歩いて望地・塩田の田んぼで冬水田んぼを実施しているところは皆無でした。
左側の施設は上当麻隧道入口ゲート。右側は大堀の余水排水吐きゲートです。大堀は上当麻隧道を潜り当麻地区の田んぼへ向かっています。水の流れを観察すると上当麻隧道入口ゲートは閉じています。下流の当麻地区の田んぼでも冬水田んぼは実施していないことが分かりました。


大堀の余水排水吐き施設
余水吐き兼排水ゲート下流の状況を見に行きました。ゲートは開いているので用水は全量相模川へ向かっています。


相模川に合流直前の大堀
相模川に合流直前の大堀余水排水の急流。用水路の面影はなく大自然の中を流れる普通の河川のようですね。


相模川に合流する大堀
相模川に合流する大堀の余水排水。ここより約4km上流、相模川左岸の清水下頭首工で取り入れた用水は田んぼに入ることなく相模川に戻って行きます。


大堀沿いの注意看板
上当麻隧道入口付近にあった相模原市の注意看板。通水時期は5月~10月と書いてあります。これが例年の通水期間です。

初めに感じた疑問、冬場になぜ通水しているのか?
大堀を普通の河川と考えると、川沿いの動植物に配慮した河川維持水として通水しているような気がします。塩田地区の大堀沿いには6月上旬にゲンジボタルが飛び交います。ゲンジボタル保護はその一つかも知れないですね。


望地・塩田田んぼの南端
おしまいにこの写真は上当麻隧道入口ゲート付近から見た下流方向です。望地・塩田地区田んぼの南端に当たるところです。大堀の余水排水は左側崖下を流れています。
大堀に気を取られていたのですが、写真をよく見ると右側から土手が伸びています。土手は望地・塩田の田んぼを守る相模川左岸堤防の南端になります。端っこと言うことは堤防の途切れ。堤防の途切れ=霞堤ですね!今頃になって気づきました。別途あらためてレポしたいと思います。


関連過去記事です。

其の266 冬の左岸用水と冬水田んぼ(2016/01投稿)
其の137 相模原幹線用水路を訪ねる①(2014/03投稿)


望地弁財天南側、望地隧道出口の位置です。



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其の709 相原町の丸山開田記念碑・東京都町田市

 11月30日(月)、相模原駅ホームの31kmキロポストを取材した後、横浜線に乗車し二つ先の駅、相原駅で降りました。

JR横浜線相原駅
JR横浜線相原駅です。武蔵国・相模国を分ける境川を渡るとそこは東京都町田市相原町です。今日は相原町の町歩きです。


コンクリートスラブ積載のユニック車
丸山開田記念碑は西の方向なのでぶらぶらと歩いて行きます。道端にコンクリートスラブを積んだユニック車が止まっていました。側面に「都型円形用人孔中間スラブ2200用Φ600 H=300」など製品仕様らしきメモが記してあります。これは何でしょうかね。書かれている内容に興味を覚えますね・・・。


雨水下水管新設工事現場・東京都町田市相原町
雨水下水管新設工事現場・東京都町田市相原町
そこから50mほど先の交差点で交通規制をやっていました。
東京都都市づくり公社 南多摩下水道事務所の雨水下水管新設工事現場でした。むむっ!これでコンクリートスラブの意味が解りました。スラブをユニックで吊り上げ、下ろせば工事完了です。近頃はコンクリの現場打をやらないで、ボックスカルバートなどと同様工場生産品を使うのですね。眼前のコンクリート管も工場生産品みたいです。


諏訪神社・東京都町田市相原町
工事現場の北側、相原町の鎮守諏訪神社です。


諏訪神社の由緒書き案内板
養和元年(1181年)3月23日別当高岳坊長温が氏子と共に信州(長野県)下諏訪大社を丸山の地に勧請し相原山大明神と称した。
例大祭(8月第3日曜日)にはお囃子・獅子舞奉納が行われる。
丸山獅子舞は町田市指定無形民俗文化財である。

(諏訪神社の由緒、掲示板、案内板より抜粋)


丸山公会堂・町田市相原町
諏訪神社前を西へ向かい丸山公会堂に到着です。敷地の一角に立派な記念碑が立っています。


丸山開田記念碑・町田市相原町丸山公会堂内
丸山開田記念碑です。北向きに立っているのでもろに逆光です。碑に向き合ってメモしたところ、おおよそ次のようなことが刻まれています。

丸山開田記念碑
堺地区第一の耕作面積を誇りながら水田を有するもの五指にすぎず、陸稲を作っていった。昭和28年8月28日塩沢与助他廿名相計り丸山及び中村の一部約四町歩の開田を決意。同年9月東京多摩土地改良事務所、東京都農地改良課へ事業の認可伺い。昭和29年下測量、水利権を得るための活動。8月本調査、水路決定。11月12日丸山土地改良区設立認可。昭和30年1月15日丸山土地改良区設立総会。昭和30年5月4日通水、美田を開く。  
昭和38年11月吉日建立

用水の取水源、用水路経路などは刻まれてないです。参考にした「町田観光ガイドブック」117pに「真米川を堰き止め用水を造り、最盛期には開都地区の境川からもポンプで揚水して水田に供した」の記述あり、真米川が取水源と分かりました。真米川はここより西方約1km、二国橋付近で境川左岸に合流する小河川です。

町田市相原町・相原小付近の水路
丸山公会堂前の道をさらに西へ歩いていくと、右手山の方から来る水路を発見しましたよ。この辺は東西に流れる境川の左岸台地南斜面になります。昔の丸山地区向け用水路の遺構か否かは不明です。堰上げすれば東側の田んぼへ用水を送ることは可能に見えます。


町田市相原町・相原小付近の水路
同地点から見た下流方向です。町田街道を潜り境川に合流しています。左側は相原小学校。


町田市相原町の水路・相原小付近
真米川から来た用水路の遺構かも知れないので、水路を上流へ少し追いかけてみました。相原小の先を右折し山の方へ向かう道です。


相原小付近の水路・町田市相原町
右手畑の中を東へ向けて流れる水路を発見。先ほど見た水路の上流部です。相原駅からここまで田んぼや畑はなく住宅がびっしりでしたが、ここにきて畑が残っていました。


町田市相原町の水路・相原小付近
水路は北の方から来て道路を潜っています。眼前の桝と北の方から続く暗渠水路。


町田市相原町の水路・相原小付近
すぐ先で水路は西へ曲がっています。西から流れてくる水路。


町田市相原町の水路・町田市子どもセンターぱお付近
水路沿いに追いかけます。
奥の建物は町田市子どもセンターぱお。


町田市子どもセンターぱお北側の水路
ぱおの北側を流れる水路。右側にコンクリートの桝が見えます。ぱおの右側(山側)は町田市スポーツ広場です。水源はスポーツ広場地下からの湧き水と思われます。追いかけた結果、真米川から来た用水路ではないことが分かりました。内心期待したんですけどね・・・。

碑文にあるように丸山地区へ通水する以前、五軒の農家が水田耕作をしていたので、その水源は今たどった水路かも知れないですね。


境川・町田街道開都バス停付近
境川・町田街道開都バス停付近
これは町田街道開都バス停付近の大きく蛇行する境川です。
資料に「最盛期には開都地区の境川からもポンプで揚水して水田に供した」とあるのでこの近辺の境川から取水していたと思われます。

次回は真米川を歩く予定です。

丸山公会堂の位置です。(地理院地図より)


其の703 花川用水と庚申塔・神奈川県寒川町一之宮

 今回は寒川町の小動神社がらみで、花川用水(はなかわようすい)の話です。来季の用水路歩きに備え下調べに行きました。

「其の699」で小動神社の庚申塔を発表したところ地理系女子階段派のチャコさんから用水路について耳寄りな情報をいただきました。その名は「花川用水」。花川用水は小動神社付近で相模川左岸用水路から取水し西へ伸びている用水路です。

相模川左岸用水の花川用水分水ゲート
前回「其の702」で発表した相模川左岸用水の分水施設です。花川用水はここから始まります。ここは神奈川県高座郡寒川町小谷(こやと)3丁目。


花川用水・寒川町一之宮
10月27日(火)、ここは寒川町一之宮です。花川用水の資料を求めてやってきました。南部文化福祉会館の南、北から来た追分です。歩道下の暗渠の花川用水路はここで開渠になります。水路脇に案内板が立っています。


花川用水案内板・寒川町一之宮
案内板です。タイトルは花川用水(はなかわようすい)
だいぶ色あせていますが、左側に説明文があり、ピンク色の地図は江戸時代のものと思われる「花川用水絵図」です。絵図は残念ながら判読できず。説明文の内容を記します。参考になることが書いてあれば良いのですが・・・。

花川用水(はなかわようすい)
花川用水は、基幹用水路として、江戸時代から利用されています。当時は、宮山村地内に設けられた大柳堰(現在のクリーンセンター付近と考えられている)から目久尻川の水を取り、宮山村以下、小谷村、大蔵村、岡田村、中瀬村、大曲村、一之宮村、田端村と茅ヶ崎市内の萩園村の九か村に供給していました。
用水を利用するにあたって、施設の管理・運営、利害を調整した用水組合があり、江戸時代では用水を分流する堰をめぐって用水組合内部で争いが多く起こっています。当時、用水の確保がいかに重要であったかがうかがえます。
その後、昭和15年(1940)に相模川左岸用水路の一部として再編されましたが、現在も基幹用水路として利用されており、町内の多くの水田に用水を供給しています。
平成16年3月 寒川町教育委員会
 (案内板より)


花川用水・寒川町一之宮
案内板脇、花川用水下流方向です。現在は空堀ですが代掻きの頃に通水するはず。


花川用水脇の庚申塔・道祖神
案内板の裏側に嬉しいものがありましたよ!!思いもしなかった贈り物です。


花川用水脇の庚申塔
今まで見たこともないデザインの庚申塔です。大きなお猿さん(見ざる聞かざる言わざる)が並んでいます。三猿の上に文字が刻んでありますが風化していて読めません。右端の文字はかろうじて「寛文四甲辰」と読めました。家綱の治世1664年造立ですね。たぶん私が今まで水辺歩きで見た中で一番古い庚申塔だと思います。ちなみに相模原市でもっとも古い庚申塔は延宝三(1675)年造立の笠付角柱三猿像です。

花川用水のあらましが分かったので早く茅ヶ崎市萩園の終点まで歩きたいですね。今から楽しみです。通水すれば何とかたどれると思います。

花川用水案内板・庚申塔の位置です。



其の702 小動田んぼの排水路・神奈川県高座郡寒川町小動

 10月11日、小動(こゆるぎ)神社へ庚申塔を見に行った際、妙な川に出くわしました。気になるので実際の状況を確かめに行きました。

寒川町小動の排水路
10月11日に撮影したこれがその川です。地図に河川名は載っていません。深い川なのでここでは排水路としておきます。川の水は写真奥の北東方向へ流れています。以下の写真も同じ日に撮った写真です。


上の排水路画像の撮影位置です。(地理院地図より)

東側の神社は小動神社です。


相模川左岸幹線用水路
状況説明のため上記から上流方向南西へたどると相模川左岸用水が北から南へ流れています。今は通水が止まり流れはありません。ここは高座郡寒川町小谷三丁目。


相模川左岸用水の花川用水分水ゲート
相模川左岸用水の支線用水路・花川用水(はなかわようすい)への分水施設です。花川用水はここから始まります。


花川用水・寒川町小谷3丁目
分水ゲートから西へ向かう花川用水。通水は止まっています。
当然ながら北側の田んぼより高位置にあります。


寒川町小谷3丁目付近の排水路
花川用水の北側を並行して流れる深い排水路。冒頭写真の上流部です。田んぼより低位置を北東向きに流れています。左岸用水を背に撮影しました。排水路は左岸用水路と立体交差しています。断面は伏越のU字型でなくストレートに北東へ抜けています。伏越の吹き上がりを見るのが楽しみで用水路歩きを始めたのですが、ここは残念ながら伏越ではありません。位置は地理院地図を参照ください。

さて、妙な川と感じた訳及び今回の再探訪の目的は
(1)北側を並行して流れる目久尻川は南西方向に流れている。対して排水路は逆方向の北東方向(目久尻川の上流方向)へ流れている。地図でたどると最後はクリーンセンター西側で目久尻川に合流している。
(2)地図だけ眺めると目久尻川左岸で取水して南西方向に流れる用水路のように見える。
(3)冒頭写真の流れの向きを再確認する。
歩けばわかることなので10月27日に散歩がてら行ってきました。


排水路・寒川町小動
小動神社の北側から見た排水路上流方向。間違いなく北向きに流れていますよ。外来種のセイタカアワダチソウが繁る中、茅は負けずに頑張っています。


寒川町小動の排水路
同下流方向です。排水路らしい深い川です。


寒川町小動の田んぼ
収穫を終えたばかりの小動田んぼの風景。


寒川町小動の排水路
少し下ったところから上流方向の眺めです。深い川なのでフェンスで囲ってあります。遠くに小動神社が見えます。


小動土地改良完成記念碑
田んぼの一角に建つ小動土地改良完成記念碑。白い建物はクリーンセンターです。


寒川町小動の排水路
方向転換した排水路上流方向です。クリーンセンター付近。


寒川町小動の排水路
東から来た細い排水路。すぐ下流で追っかけて来た排水路に合流しています。左側はクリーンセンター。


寒川町小動の排水路
これは西の方から来た細い排水路。同じように排水路に合流しています。写真をクリック拡大すると相模川左岸用水が横断しているのが見えます。
地図を見ると排水路同士が十字に交差するように見えますが実態は合流です。


相模川左岸用水路・寒川水路橋
目久尻川左岸堤防から見た低地の小動田んぼを水路橋(寒川掛樋)で横断する相模川左岸用水路。上記の西から来た細い排水路は目の前の田んぼの排水施設です。


寒川町小動の排水路
目久尻川左岸堤防から見た排水路上流方向です。左側はクリーンセンター。


小動樋管ゲート
排水路の終点、小動樋管ゲートです。寒川町下水道課が管理しています。


小動樋管
小動樋管
目久尻川に合流する排水路。これで排水路の流末を確認できました。小谷三丁目から確実に勾配が取れていたんですね。目久尻川が洪水になったときは排水路への逆流回避のためゲートは閉じられると思います。絶妙のタイミングで操作するんでしょうね。


目久尻川・寒川町クリーンセンター付近
小動樋管から見た目久尻川上流と親水護岸です。


おしまいに小動土地改良完成記念碑を簡単に紹介します。
●小動土地改良完成記念碑
当地において相模川左岸用水の完成以前は用水排水問題が農業の最重要課題であった。花川用水の大柳堰は干天続きや雨期の時には水争いがあった。水田は湿田で大小不整形地が多く道路がなく農作業は困難を極めていた。昭和48年、地権者、県、町の協力により小動土地改良区が設立され、県、町などの行政機関の指導により区画整理事業に着手。
平成2年1月 面積13.8haの土地改良事業が完成した。 
(碑文より要旨)

今日歩いた排水路は湿田改良のため平成2年1月に同時に完成したと思います。専門家が測量、設計施工して今の形になったんですね。それにしても目久尻川と並行する排水路が目久尻川の上流方向へ流れそこで合流するとは・・・。今日の歩きで実際の状況が分かりすっきりしましたね。(^σ^)

似た話が厚木市にもあります。厚木市金田の牛久保用水は、一部区間が中津川に並行して中津川の上流方向へ流れています。
田んぼの区画整理、湿田解消の土地改良は厚木市三田土地改良区でも行っていて田んぼの一角に記念碑が建っています。「其の572」


今日の探訪記念です。
マルバルコウ  マルバルコウ
排水路沿いに咲いていたマルバルコウ。

アカバナユウゲショウ
排水路沿いのアカバナユウゲショウ?春はもっとピンクが強かったような気がします。

其の694 中野棚田&平岡棚田を訪ねる・山梨県南アルプス市

 平林桜池の後、中野の棚田と平岡の棚田を訪ねました。

中野の棚田
(画像をクリックすると拡大します)
中野の棚田・山梨県南アルプス市
中野の棚田・山梨県南アルプス市
中野の棚田・山梨県南アルプス市
曲がりくねった農道を上り中野棚田のてっぺんまで来ました。
農作業の邪魔にならないところに駐車し、見晴らしの良いところから眺めました。収穫作業はほぼ終わっていました。訪れるのが一週間ほど遅かったですねー。


中野の棚田・案内板
南アルプスユネスコエコパークが作った中野棚田の看板です。


中野の棚田用水路・山梨県南アルプス市
棚田の背後、山側道路沿いの用水路です。幸いまだ通水中なので上流へたどってみました。


中野の棚田・山梨県南アルプス市
道の両側に用水路が流れています。山側にはゲートがあります。その奥にも棚田がありました。


中野の棚田用水路・山梨県南アルプス市
山から来た用水の流れと制水ゲート。用水路は二方向に分けています。害獣除けの電気柵が物々しいです。


中野の棚田用水路・山梨県南アルプス市
右手奥の棚田沿いにも用水が流れています。豊富な水量です。おそらく山間から自然に湧き出る沢水と思われますが、どこかに温水池でもあるんでしょうか。


平岡の棚田
平岡の棚田・山梨県南アルプス市
平岡の棚田・山梨県南アルプス市
これは少し下ったところにある平岡の棚田です。観賞には一足遅かったです。


平岡の棚田・山梨県南アルプス市
西側、山の方から来た用水路は通水が止まり乾いています。


3回にわたって発表した甲府盆地周りの棚田シリーズはこれでおしまいです。青い空を映した田植え時の棚田も見てみたいですね・・・。


中野の棚田・平岡の棚田の位置です。





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