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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の735 大岡川分水路②大岡川取水庭・横浜市港南区

 大岡川分水路見学の2回目です。大岡川取水庭から下流の開水路まで見てきました。

県道17号線・港南ひまわりトンネル
県道17号線・港南ひまわりトンネルを東側へ潜り抜けました。


県道17号線・港南ひまわりトンネル
跨道橋よりトンネルを振り返りました。ひまわりトンネルがなければ山越えになるところでした。助かりました~。


大岡川
そのまま東へ進むと谷間を川が流れています。県道17号線近くの大岡川(笹下川)上流方向の眺めです。
*地理院地図では笹下川と書いてあります。下流で日野川と合流して大岡川となりますが、以下ここでは大岡川と記します。


大岡川
下流方向はこんな眺めです。前方の川島橋の向こう側で川幅が広がっています。大岡川分水路・大岡川取水庭です。


大岡川取水庭
川島橋から見た大岡川下流方向、大岡川取水庭です。水門や越流堤が見えます。ここは大岡川の洪水を100%流路変更し日野川トンネルから来た洪水と合流させ、大岡川トンネルへ流す施設です。


大岡川取水庭・大岡川水門
下流側正面の水門です。「大岡川水門」と言います。洪水になるとこの水門を閉じ流路変更して大岡川分水路に流します。水位目盛りは最高が5m。


大岡川取水庭・大岡川水門
下流側から見た大岡川水門。


大岡川水門銘板
大岡川水門の銘板です。
竣工:昭和56年1月
発注者:横浜市下水道局


大岡川水門下流の大岡川
大岡川水門から大岡川下流方向の眺めです。約1.3km下流で日野川と合流しています。


大岡川水門から見た大岡川取水庭
大岡川水門から見た上流の大岡川取水庭。


大岡川取水庭
大岡川水門を閉じると洪水は右岸の開口部二か所から越流し日野川トンネルを流れて来た日野川の洪水と合流し大岡川トンネルに入ります。

計画分水量
415㎥/秒(大岡川220㎥/秒、日野川195㎥/秒)

(神奈川県 大岡川分水路パンフより)


大岡川取水庭
開口部の奥に大岡川トンネルの入口が見えます。


大岡川トンネル入口
トンネル入口を拡大しました。


大岡川トンネル入口
管理橋から見ました。大岡川トンネルはここから始まります。


大岡川取水庭・日野川トンネル出口
東側のトンネル上から見るとこのようになっています。左右の開口部から落下した洪水は中央下の日野川トンネル出口からの日野川洪水と合流し大岡川トンネルを通って根岸湾へ流れて行きます。開口部直下は減勢池になっています。各地の遊水地越流堤下にも同様の施設がありますが同じ働きをしていると思います。日野川トンネル出口位置がここへ来るまで不明だったのですが見学して納得。良~く分かりましたよ!(^σ^)

大岡川トンネル 延長1,298m、内径10.6m
計画分水量 
415㎥/秒(大岡川220㎥/秒、日野川195㎥/秒)

(神奈川県 大岡川分水路パンフより)


大岡川分水路建設の碑
管理橋たもとの大岡川分水路建設の碑です。

大岡川は、その源を磯子区の円海山付近に発し、港南区、南区及び中区等、市の中心部を貫流して横浜港に流入している重要な河川であります。かつて大岡川の上流地域は、山林や田畑の多いのどかな丘陵地でありましたが、昭和三十年代後半からの高度経済成長に伴う都市への人口集中と、国鉄根岸線の開通によって洋光台及び港南台をはじめとして多くの宅地開発が活発に行われました。また、昭和三十六年六月の梅雨前線豪雨、昭和四十一年六月の台風四号による洪水のため大岡川は中下流域で氾濫し、共に数千戸が浸水するという大被害が発生しました。
そこで神奈川県と横浜市は、このような災害を防止するため、日野川と大岡川の洪水を直接根岸湾に放流する大岡川分水路計画を樹立し、昭和四十四年に着工いたしました。以来、家屋の移転、用地の提供など多くの市民の方々の絶大なるご協力のもとに十二年の歳月と百六十六億円余の事業費を投じ昭和五十六年三月ここに完成したものであります。

昭和五十六年三月
神奈川県知事 長洲一二
横浜市長 細郷道一 
 (碑文より)


R16屛風ヶ浦交差点付近
一通り見学したので県道17号線に戻り、道なりに東へ進むとR16に突き当たりました。左折しR16を川崎・関内方面へ。前方の高架橋下に開渠の大岡川分水路が流れています。


大岡川トンネル出口・大岡川分水路
大岡川トンネル出口
大岡川トンネル出口と開渠の大岡川分水路です。開渠は根岸湾河口まで続きます。

大岡川分水路(開渠部)
開渠延長825m 幅19.2m 深さ7.3m

(神奈川県 大岡川分水路パンフより)


大岡川分水路
湾岸線新中原橋から見た大岡川分水路下流方向です。


大岡川分水路
新中原橋下流左岸から見た大岡川分水路です。約300m先が根岸湾河口です。


大岡川分水路大岡川付近に咲くスミレ
おしまいに今日の探訪記念です。分水路につながる水路沿いに咲くスミレ。コンクリとアスファルトのわずかな隙間に生えています。可憐な花に似合わず強かな生命力ですね・・・。


大岡川取水庭の位置です。(今昔マップon the webより)

昭和59年修正版地図です。地図を動かすと日野川取水庭、大岡川トンネル出口、分水路河口の位置を確認できます。

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其の734 大岡川分水路①日野川日野取水庭・横浜市港南区

 3月23日(火)、横浜市港南区の大岡川分水路を歩き、日野川を堰き止める水門、取水庭や水路トンネルなどを見学してきました。下流の開渠分水路まで2回に分けて発表します。


位置関係の説明は解りやすい今昔マップを参照します。
(今昔マップon the webより)

昭和59年修正版地図です。昭和56年に完成した大岡川分水路が図示されています。地図を東へ動かすと大岡川分水路の放流先・根岸湾河口まで確認できます。日野川は北流して横浜港に注いでいます。


日野川・港南橋
今日は横浜市営地下鉄・港南中央駅から探訪開始です。駅近くを大岡川支流の日野川が流れています。港南橋から日野川上流の眺めです。「大岡川分水路・日野川日野取水庭」はこの上流に在ります。


日野川・吉原橋より下流を望む
県道21号線(鎌倉街道)を南下します。その上流、吉原橋から下流の眺めです。日野川は900mほど下流で大岡川(笹下川)に合流し横浜港に注いでいます。


日野川・新吉原橋より上流を望む
その上流、新吉原橋より上流の眺めです。今日は花見を兼ねた散歩になりました。


日野川の日野水門
県道17号線高架橋を潜り寺北橋から上流を見ると水門があります。水門は今回のテーマ「日野川日野取水庭」を構成する重要な施設です。


日野川の日野水門
水門は「日野川水門」と言います。間近で見るとゲートは平常時の日野川の流れを妨げない程度まで上げてあります。大雨で日野川が洪水になるとゲートを完全に閉じ大岡川分水路へ流路変更を行います。


日野川の日野川水門
日野川水門の銘板
日野川水門と銘板です。
昭和55年11月竣工、発注者は横浜市下水道局。


日野川取水庭
日野川水門管理橋・川渡橋から見た日野川の上流です。川幅が広くなっています。大岡川分水路「日野川日野取水庭」です。


日野川・日吉橋より上流を望む
日野川水門の約150m上流の日吉橋から見た日野川上流方向です。


日野川の河川標識
神奈川県が立てた日野川の河川標識です。

二級河川 大岡川水系 ひの川  河口から9.1km
 


日野川日野取水庭
大岡川分水路・日野川取水庭
大岡川分水路・日野川取水庭
日吉橋から見た下流方向「日野川日野取水庭」です。日吉橋~日野川トンネル入口までの川幅の広い所を取水庭と呼んでいます。左側が日野川水門、右側は日野川トンネル入口方向です。大雨になり日野川水門を閉じると洪水は右側の人工河川・大岡川分水路へ流れていきます。

昨年見学した帷子川分水路には日野川水門に相当する水門はなく越流堤から洪水の約70%を分水路へ分水していました。こちらは分水路へ100%送り込んでいます。自然な河川の完全な流路変更です。途方もないことを考え実行しましたね!!驚きです。大岡川分水路は今から40年前の昭和56年に完成しました。


大岡川分水路・日野川取水庭
日野川トンネル(分水路)入口方向。分水路に架かる橋は新川渡橋。日野川水門前に水位目盛りが刻んであります。


日野川取水庭の水位目盛り
日野川水門上流側の水位目盛り。最高水位6m。


日野川取水庭
新川渡橋から見た「日野川日野取水庭」上流方向。日吉橋が見えます。


大岡川分水路・日野川トンネル入口
新川渡橋から見た大岡川分水路下流方向。日陰で見にくいですが日野川トンネルの入口が黒い口を開けています。


大岡川分水路・日野川トンネル入口
大岡川分水路日野川トンネル入口です。入口上部に「大岡川分水路日野川トンネル」の銘板が貼ってあります。

延長:1,269m 内径:8.9m  
断面図によると馬蹄型隧道です。
計画分水流量:195㎥/秒 
大岡川分水路の延長(日野川取水庭~根岸湾河口)は3,637mです。
ちなみに帷子川分水路の計画分水量は350㎥/秒でした。
(神奈川県 大岡川分水路パンフより)


大岡川分水路河川標識
日野川トンネル入口付近の大岡川分水路河川標識。

二級河川 大岡川水系 大岡川分水路  河口から3.5km

日吉橋から河口までが9.1kmでした。大岡川分水路から直接根岸湾放流により5.6kmもショートカットすることになります。


県道17号線・港南ひまわりトンネル
一通り見学したので次の施設・大岡川分水路「大岡川取水庭」を見に行きました。県道17号線・港南ひまわりトンネルを潜り東へ向かいます。次回、大岡川分水路②に続きます。

其の707 帷子川分水路を見てきました②・横浜市西区

 帷子川分水路トンネル入口に続いて出口側を探訪しました。

帷子川分水路
相鉄線西谷駅から横浜行きに乗り終点下車。北幸橋までやってきました。北幸橋から見た帷子川分水路下流方向です。流れはなく運河のような川です。上を走るのは首都高三ツ沢線です。
帷子川分水路建設工事は平成9年3月(1997年3月)に完成しました。(帷子川分水路パンフより)


北幸橋の親柱・帷子川分水路
北幸橋親柱に河川名・帷子川分水路。昔は派新田間川(はあらたまがわ)と呼ばれていたようですが現在の名前は帷子川分水路です。


帷子川分水路河川標識・北幸橋たもと
北幸橋たもとで帷子川分水路の河川標識を見つけました。
二級河川 帷子川水系 帷子川分水路 
河口から1.3km 神奈川県



帷子川分水路・北幸橋
北幸橋から見た帷子川分水路上流方向です。上流の旭区辺りで帷子川が洪水になると最大350㎥/秒が流れます。怖ろしいですね・・・。


帷子川分水路
左岸沿いに上流へ進むとトンネル出口が見えてきましたよ。
首都高が邪魔をしているので全体を見渡せないです。


帷子川分水路トンネル出口
首都高の橋脚を避けました。出口は水門となっています。水門全景は水面に写っています。ゲートは引き上げた開の状態です。あとで分かりますが分水路トンネル出口は水門奥にあります。


帷子川分水路トンネル出口の水門
その上流を見るため迂回して追いかけました。首都高料金所上の跨線橋から見た水門施設です。紅白の電波塔?下がそれです。


帷子川分水路トンネル上の楠町公園
その先、楠町公園入口です。あとで地図を読んで分かったのですが、帷子川分水路トンネルはこの公園地下を通っています。地下トンネルの上を公園にしたわけです。


帷子川分水路トンネル出口の水門
楠町公園から見た帷子川分水路出口の水門です。ゲートは上に引き上げてあります。私が立っているところがちょうどトンネル出口になりますね。(位置関係は下のグーグルマップが参考になります)

ところでトンネル出口に何故ゲートがあるのでしょうか?どのような状況下でゲートを閉じるのか不思議ですね~。
ブラタモリのようにピコッ!と閃かないし・・・。公園内にさりげなく作業をしている怪しいおじさんもいないし、援軍がいないので困りました。
津波や高潮が発生すると海水が河川を逆流して押し寄せることがあります。そんな際にゲートを閉じるのかな~と想像したのですが、真相はどうなんでしょうか。調べたので後述します。


楠ポンプ場
これは水路トンネル西側にある楠ポンプ場です。関連施設と思ったのですが横浜市の下水道施設でした。帷子川分水路トンネルとは無関係の施設です。


新田間川緑地
楠ポンプ場西側、いかにも旧河道っぽい広場があります。地図によると新田間川(あらたまがわ)緑地とあります。帷子川分水路の西側に位置するので派新田間川を埋め立てたものと思われます。帰りはこの道をたどって相鉄線横浜駅まで散策します。


新田間川緑地
新田間川緑地
旧河道跡はビルや駐車場になっています。それを抜けるとこのような散策路です。散策路は左へカーブしています。


新田間川緑地・新田間川終(起)点
やがて新田間橋際の新田間川に突き当たりました。埋め立て前はここで分派していたので派新田間川上流端になります。
末尾に載せた今昔マップが参考になります。


新田間川河川標識
新田間川の河川標識です。
二級河川 帷子川水系 新田間川
河口から2.0km 神奈川県



新田間橋
新田間橋です。左が下流ですが水は上流へ流れていました。海に近いのでこの辺りは感潮河川なんですね。


新田間川・旧派新田間川分派点
新田間橋から見た新田間緑道の終点。左岸に開口が見えます。派新田間川のわずかに残る痕跡です。


新田間橋下流の新田間川
新田間川
新田間橋下流の新田間川です。突き当りで右折し幸川と名前を変え400mほど先で帷子川に合流しています。高島屋の辺りが相鉄線横浜駅です。


さて、謎の分水路トンネル出口水門なんですが、
河川管理者に照会し水門の役割を教えてもらいました。帷子川分水路トンネルの維持管理用ゲートだそうです。分水路トンネル内の点検時に、ゲートを閉めることで水の流入を防ぎます。点検以外でこのゲートを使うことはないそうです。
成程ね・・・まったく思いつかなかったです。専門家は素人には想像もつかないことに配慮して設計するんですね・・・。


帷子川分水路トンネル出口水門の位置です。



今昔マップです。(今昔マップon the webより)

帰り道で歩いた埋め立て前の派新田間川(新田間川緑地)が見られます。2画面表示、年代変更ができます。帷子川分水路の完成は平成9年(1997)です。


其の706 帷子川分水路を見てきました①・横浜市旭区白根

 久し振りに横浜へ出かけ、帷子川の治水施設・帷子川分水路を見てきました。

相鉄線海老名駅・JR埼京線直通新宿行特急
11月18日(水)、相鉄線海老名駅です。おや?見かけない電車が止まっていますよ。行先表示は「特急 JR埼京線 直通」。表示はやがて「特急 新宿」に切り替わりました。えっ!?埼京線が海老名まで乗り入れているとは・・・。ちっとも知らなかったなぁ~。駅の案内ポスターによると2020.11.30に相鉄・JR直通線開通1周年を迎えるそうです。武漢ウイルスで引きこもりがちだったので世の中の流れに後れを取りました。海老名から武蔵小杉、渋谷方面なら便利かもしれないですね。


帷子川の学校橋
さて、本題に入ります。最寄り駅は相鉄線西谷駅です。駅から南へ道なりに坂道を下ると帷子川に出ます。帷子川に架かる学校橋です。


帷子川・学校橋より下流を望む
帷子川はこんな川です。学校橋より帷子川下流を見ました。
JR横浜駅東方1.5km位のところで横浜港に注いでいます。


帷子川・学校橋より上流を望む
同、上流の様子です。今日は好天、穏やかな流れです。帷子川分水路はこの上流に在るので川を眺めながら遡ります。


帷子川旧河道・逆田橋公園付近
左岸沿いの逆田橋公園奥に続く緑地帯です。見るからに旧河道っぽいですね。地図で確認すると帷子川の旧河道でした。旧河道は保土ヶ谷区と旭区の境界線になっています。


帷子川に合流するくぬぎ台川
新幹線手前、右岸に合流する河川があります。くぬぎ台川と言います。この川も区の境界線になっています。


帷子川の流路工・魚道
新幹線を潜り抜けたあたりの帷子川。三面をがっちりコンクリートで固めています。段々の床固工に両側は魚道でしょうか。礫を埋め込みせせらぎを作るのは酸素補給のためかも知れませんね。ヒメツルソバがコンクリの隙間で頑張っています。


帷子川ふれあい橋
その上流です。小さな堰で流れを堰き止めています。その上流及び左岸の施設が帷子川分水路の分水施設(帷子川分水路取水庭)です。上に架かる橋はふれあい橋です。


帷子川河川標識
ふれあい橋下流、左岸の帷子川河川標識。神奈川県が管理する二級河川です。
二級河川 帷子川水系 かたびらがわ
河口から8.8km 神奈川県


帷子川分水路取水庭
ふれあい橋より上流の眺め。川幅が広がり池になっています。
左岸側にコンクリートの棒(スクリーン)が行儀よく並んでいます。


帷子川分水路取水庭
帷子川分水路取水庭
帷子川分水路取水庭
右岸からの眺め。スクリーンは直径が500mmくらいありそうです。根っこや枝付きの流木、その他大型ゴミが分水路トンネル内に流入するのを防ぐためと思います。鶴見川の川和遊水地内部を見学した時に同様のスクリーンを見ました。トンネル内にゴミが詰まると分水路の役目を果たせなくなりますからね。


帷子川分水路取水庭
右岸から下流方向の眺め。ふれあい橋が見えます。川幅を広げて池にしたため相対的にふれあい橋で川幅が狭くなり、流れにくくなった洪水は左岸の越流堤(分流堰)から分水路へ流れ込むしかない・・・こんな仕掛けだと思います。

資料(帷子川分水路パンフ)によると洪水時流量配分は、510㎥/秒の洪水を分水路へ350㎥/秒、帷子川へ160㎥/秒に分けて流す(時間当たり82.1mm降水量対応)。とあります。洪水の約70%を分水路へ流し、下流域を氾濫浸水被害から守るための施設であることが分かります。
町中でよく見かける雨水調整池は時間当たり降水量50~60mmを想定した造りになっています。時間当たり82.1mm降水量は、それをはるかに上回るおそらく50年に一度あるかないかのゲリラ豪雨または台風豪雨だと思います。


帷子川分水路取水庭
ふれあい橋から見たスクリーンと分流堰ゲート。ただいま工事中です。分流堰とはいわゆる越流提のことですね。ここでは分流堰と呼んでいます。


帷子川分水路取水庭越流部改修工事
越流部を新しくする工事だそうです。(国土強靭化対策工事)


帷子川分水路河川標識
分流堰を越えた洪水は帷子川分水路に入ります。
水路沿いの河川標識です。
二級河川 帷子川水系 帷子川分水路
河口から7.2km  神奈川県



帷子川分水路・分流堰ゲート
分水路下流のR16下白根橋から見た帷子川分流堰ゲート。

帷子川分流堰ゲート
純径間:6.5m 扉高:5.2m 門数:3門
製作年月:平成3年3月
 (銘板より抜粋)

分流堰ゲートの役割は何でしょうかね。流量調節のためと想像するのですが、後述の分水路下流の水位目盛にヒントが書いてありましたよ。


帷子川分水路
R16下白根橋から見た帷子川分水路下流方向。新井川がコンクリート製の水路橋で分水路を渡っています。


新井川と帷子川分水路の立体交差
水路橋で帷子川分水路を渡る新井川です。人工河川と自然な河川の立体交差です。分水路に合流させないところが面白いです。


新井川
帷子川分水路を渡り東へ向かう新井川。この先で右カーブし帷子川に合流しています。


帷子川分水路トンネル入口
帷子川分水路トンネル入口
その下流、帷子川分水路トンネル入口です。出口は横浜駅西口近くにあります。資料(帷子川分水路パンフ)によると
トンネル延長5,320m、トンネルの形状は偏平馬蹄型、底部幅内径11.2m、高さ内径9mとなっています。


帷子川分水路の水位目盛
分水路内に刻まれた水位目盛を見つけました。最高位15mまで刻んであります。下の方7.2mに「ゲート閉水位」の文字有り。7.2mに達したら分流堰ゲートを閉じるという意味でしょうね。いずれにしても分流堰ゲートは流量調節の働きをしています。


今回はここまでです。皆さんはどのような感想を持たれたでしょうか。同日、帷子川分水路トンネル出口も見に行きました。次回「其の707」で発表します。

お知らせ
本記事を機に放水路・分水路がらみの過去記事を新カテゴリ「放水路・分水路」として括りました。ささやかなグランドオープンです。(^σ^♪ 

帷子川分水路取水庭の位置です。(地理院地図より)

帷子川分水路トンネルは水色破線で表示してあります。

其の528 冬の海老名分水路・神奈川県海老名市上郷

 前回、ナベトロ線軌道跡をたどり相模川の砂利河原まで見届けました。帰り道、鳩川の海老名分水路などを見ながらJR相模線入谷駅まで歩きました。

海老名分水路排水樋管吐口
座間市四ツ谷の砂利河原の下流です。相模川左岸堤防を貫いた海老名分水路排水樋管吐口の上に立ちました。前方の本流へ向かう流れがまったくありません。右側は神奈川県厚木事務所東部センターの監視カメラです。

鳩川の海老名分水路
吐口から320m上流にある海老名分水路です。以前来たときと様子が違いますね・・・。越流していません。

海老名分水路転倒堰
転倒堰を拡大しました。油圧シリンダーが丸見えです。鳩川の水位が30cm位下がっています。ここのところ雨が降らないせいでしょうかね。鳩川の源流、道保川の流量減や農業用水路から余水排水流入がないせいかもしれないですね。

鳩川放水路
今年1月に来たときはこのように越流していました。

海老名分水路施設内容
神奈川県厚木土木事務所東部センターが立てた海老名分水路施設内容看板です。施設の役割とその内容が書いてあります。

海老名分水路は大雨が降った時、下流域の水害を防ぐため分水路により雨水を相模川に放流し、流域の安全を図るための施設です。
計画放流量:120㎥/秒 
分水路構造:ボックスカルバート(6.45×4.70m×2連)
分水路延長:320m 


海老名分水路
大雨になると海老名分水路はこんな恐ろしい光景になります。倒伏した転倒堰と分水路へ流れ込む洪水。

海老名分水路下流の鳩川
今日の海老名分水路下流、鳩川の様子です。流量不足のため流れはありません。上流からの水圧がないと流れないみたいです。大雨の日に来たときは、分水路から放流のため水位が下がり、珍しい鳩川の逆流現象を見ることが出来ました。

アカバナユウゲショウ・海老名市鳩川沿い
今日(11月21日)もこの花を見ましたよ!♪ 鳩川沿いにたくましく咲くアカバナユウゲショウ。私が注目する花期の長い花です。

日枝大神・座間市四ッ谷
座間市四ツ谷の日枝大神に参拝しました。
創建は元亀年間(1570~1573)。創建者は織田信長に敗れた美濃国(岐阜県)の斉藤龍興(道三の孫)の遺臣四名で、この地を開拓し祭神大山咋命を四ツ谷の氏神として祀ったと伝えられています。 (案内板より抜粋)

日枝大神の庚申塔
日枝大神境内の庚申塔です。文政十?年造立。

相模川左岸幹線用水路・入谷駅付近
入谷駅近くまで来ました。JR相模線沿いの相模川左岸幹線用水路です。あれっ!? 季節外れなのにとうとうと流れていますよ。海老名市の冬みず田んぼへ用水を送り始めたようです。

関連記事です。

其の451 鳩川源流を訪ねる② (2018.01投稿)
其の491 大雨の海老名分水路 (2018.06投稿)
其の267 冬みず田んぼを訪ねる・海老名市下今泉 (2016.01投稿)
其の266 冬の左岸用水と冬みず田んぼ (2016.01投稿)

今回のスタート海老名分水路排水樋管吐口の位置です。


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