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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の700 中津川のカワラノギクと陸閘・神奈川県愛川町

 気になっていた中津川のカワラノギクの開花状況を見に行きました。結果は空振り。今回は代わりに見つけた陸閘についてお伝えします。

中津川河川敷・神奈川県愛川町田代
愛川町田代、中津川左岸河川敷です。今日は10月21日(水)、平日なのにこの込みよう。GoToの成果?無関係だと思います。


中津川河川敷・神奈川県愛川町田代
今年6月、武漢ウイルス感染対策で都県跨ぎの外出が制限されていた頃にここへ偵察に来ました。河川敷内の池の周りがカワラノギクの自生地です。おや?!先客がいますよ!


中津川河川敷・神奈川県愛川町田代
河川敷内のコンクリート管を並べた橋を渡り見に行きました。


中津川河川敷・神奈川県愛川町田代
茅やセイタカアワダチソウが繁る小道を上流へ進みます。


中津川河川敷カワラノギク自生地・愛川町田代
ロープで囲った自生地です。草そのものが生えていないです。残念ながら今年はだめですね。先客のお話によると昨年も台風19号のせいで見られなかったそうです。


中津川の河川敷・カワラノギク自生地
これは今年6月に来た時の同じ場所です。ロープで囲い荒れ放題ではないので期待したんですけどね。


中津川のカワラノギク自生地
こちらは小橋を渡ったところにある隣接の自生地です。荒れ放題ですね。宮ヶ瀬ダムの大量の維持水放流によりなぎ倒されています。8年前に訪れた時「其の47」は、石ころ河原として整備され、結構見事に咲いていました。物置やベンチはその名残です。


さて、カワラノギクは空振りだったので帰り道で偶然見つけた陸閘の話に移ります。
中津川左岸の陸閘・愛川町田代
カワラノギク自生地の近く中津川左岸の堤防です。コンクリートのかさ上げ護岸に切れ目(開口)があります。


中津川左岸の陸閘・神奈川県愛川町田代
近づくとコンクリート護岸に縦溝が切ってあります。


中津川左岸の陸閘・神奈川県愛川町田代
真上から見ると左右どちらも溝が切ってあります。角落し板をはめ込めば増水時のゲート(門扉)になりますね。これは立派な陸閘ですね。平常時に人が出入りするための開口と思うのですが、河川敷へ通じる階段も何もないですね。昔はあったのかな?


獲物を捕らえたカマキリ  獲物を捕らえたカマキリ
帰り道、堤防上で獰猛なハンター・カマキリさんを見つけました。


陸閘は、規模の大小はありますが、観察するといろんなところにあります。大磯港、須賀港、相模川河口、多摩川旧堤防、多摩川河口の赤レンガ陸閘などです。今回を機に右欄サイドバー・カテゴリに「陸閘」を新設し記事をまとめました。

陸閘の位置です。


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其の431 須賀港の陸閘を見てきました・神奈川県平塚市

 10月26日(木)晴れ、前回「其の430」で発表した相模川河口の陸閘を見たあと須賀港を訪ねました。

須賀港出入口
相模川右岸堤防上をそのまま北へ進むとここへ出てきます。
堤防が途切れています。相模川西側の入江を利用した須賀港の出入口です。上流の城山ダムがゲート放流中なので水が濁っています。

須賀周囲堤防
相模川堤防下道路から須賀港を見ました。須賀港は相模川右岸堤防から連続する堤防で囲われています。河川堤防の一部ですが「須賀周囲堤防」と呼ばれています。
右側堤防上は港稲荷神社、須賀港バス停前です。

須賀港
須賀周囲堤防天端から見た須賀港内です。漁船が多数係留中です。須賀港は漁港ですね。当然のことながら港内の水位は相模川と同じです。

須賀港周囲堤防開口部
堤防内(市街地)と港内を結ぶ連絡通路の開口部です。今は平常時なので自由に通行可能です。

須賀港1号ゲート(陸閘)
港内から開口部を見ました。開口部右側に須賀1号と書いたパネルが納まっています。これが陸閘のゲートです。相模川の洪水が堤防内に流れ出るのを防ぐためのゲートです。いざという時に電動式で左側へ引き出し堤防の役目を果たします。

須賀周囲堤防ゲート設備(陸閘)銘板
陸閘ゲートの銘板です。
須賀周囲堤防ゲート設備
竣工年月:1989年8月 主材質:アルミニウム合金製
型式:横引き式ゲート(1号) 純径間×高さ:5.00×3.00
製作:日本軽金属株式会社  
(銘板より)

須賀周囲堤防
須賀1号ゲートから西方向を見ました。背の高い周囲堤防と非常階段。階段を上りましたが手すりがあっても怖いです。

須賀周囲堤防西側の須賀2号ゲート
須賀周囲堤防西側の須賀2号ゲートです。

須賀周囲堤防西側の須賀3号ゲート
同須賀3号ゲートです。

須賀港の陸閘・須賀3号ゲート
須賀3号ゲートを堤防内(市街地)から見ました。堤防内は漁業関連施設です。

須賀港
須賀周囲堤防須賀3号ゲート付近から見た須賀港の出入口。

須賀港の陸閘・須賀4号ゲート
須賀港の陸閘・須賀4号ゲート
須賀周囲堤防北側の須賀4号ゲートです。

須賀港の陸閘・須賀5号ゲート
相模川右岸堤防から見た周囲堤防須賀5号ゲートの開口部。

須賀港の陸閘・須賀5号ゲート
上記を南側から見ました。周囲堤防須賀5号ゲートです。

以上で須賀港のすべての陸閘を見ました。以下は5号ゲートの南側相模川右岸堤防上の各種記念碑などです。

湘南潮来の碑
「平塚八景 湘南潮来」の碑と「相模川八景 湘南潮来と河口」の碑。この辺りの相模川は川幅が700mもあり景観が水郷潮来に似ていることから名付けられたそうです。

須賀港・相州須賀湊の碑
昭和41年に建てられた「相州須賀湊の碑」。歴史は古く平安、鎌倉時代から港として利用されていたそうです。

須賀港・舟繋石(ふなつなぎいし)の碑
「舟繋石」。左側の石が舟繋石(ふなつなぎいし)です。

「平塚漁港周囲堤防 平成2年10月竣工」完成記念碑
「平塚漁港周囲堤防 平成2年10月竣工」の碑。
完成記念碑みたいです。

須賀港入口石造りの神社
おしまいに堤防南端の石造りの神社です。

陸閘の記事が続きました。陸閘はこの辺でひとまず終わりにしたいと思います。思いつくまま気の向くまま、次回もまた水辺の旅に出かけます。

須賀港の位置です。

其の430 相模川河口の陸閘を見てきました・神奈川県平塚市

 前回「其の429」で大磯港の陸閘を数多く見学しました。
今回はお隣の平塚市の陸閘(りっこう)を取り上げます。
10月26日(木)晴れの日に探訪しました。

平塚新港
今日は相模川河口近くの平塚新港駐車場からの歩きです。
始めにやって来たのが平塚新港です。相模川右岸堤防上から隣り合わせの平塚新港を見ました。

平塚新港
港の海側は防波堤、陸側はこのように堤防で囲われています。堤防には陸側と港側を往来するための通路があるはずです。

平塚新港
ぐるりと回ってその通路から平塚新港に入りました。上の写真を逆方向から見ました。左(北)側に開口部があります。開口部に陸閘が設置してあるのではと期待したのですが・・・。

平塚新港
開口部から通路北方向を見ました。スロープの上り坂があるのみで陸閘施設はなにもありません。台風や低気圧による高潮で開口部上まで海面水位が上昇すると通路上り坂の頂点まで海水が入り込むことになります。

平塚新港
西側にもうひとつ開口部があります。ちょうど消防車が通行中です。

平塚新港
スロープ坂でまったく同じ状況です。高潮までは対応できたとしても防波堤を乗り越えて押し寄せる津波には無抵抗です。開口部入り口に暫定的なゲート(陸閘)があればいくらかでも遮ることができるような気がします。

平塚新港フィシャリーナの浮桟橋
これは平塚新港の西半分、フィシャリーナの浮桟橋です。浮桟橋を見るのは初めてです。

須賀大浜第一排水路
次に相模川堤防下で気になるものを見つけました。上部にグレーチングのフタがしてありごぼごぼと水音が聞こえてきます。これは専有標識によると「須賀大浜第一排水路」とあり、平塚市の下水道整備課の施設です。雨水下水を相模川へ排水する施設と思われます。

須賀大浜第一排水路
堤防上から相模川を見下ろすと排水施設はこのようになっています。樋管で堤防を潜った雨水下水の排水口です。

須賀大浜第一排水路
間近から見ました。写真では分りませんが、グレーチング越しに先日沼津港で見た排水樋管フラップゲートとそっくり同じような重り付きのフラップゲートが見え、波に揺れて擦るような音を発していました。今は晴天、大雨が降ればきちんと排水すると思います。

相模川防潮堤の階段
防潮堤開口部から川へ下りるための階段です。防潮堤の高さは堤防天端から1.5m位あるので階段で上り下りします。防潮堤に開口部があり通行できるようになっていますが、階段とL字型コンクリート壁が防潮堤の役割を果たしているのでこれは陸閘ではありません。

トラスコ湘南大橋上流の桟橋
トラスコ湘南大橋の上流側に桟橋があり釣り人がいます。23日に通過した台風21号の影響で相模川上流の城山ダムがゲート放流を行っています。そのため水が濁っています。

千石河岸防潮ゲート設備(陸閘)
堤防から桟橋へ下りる通路入口の陸閘を見つけました。平常時なので人や車が通路を利用して桟橋へ下りています。

千石河岸防潮ゲート設備(陸閘)
電動式片開きゲートです。波浪警報、洪水警報などが発令されるとゲートを閉じ防潮堤の役目を果たします。非常階段も設置してあります。先ほどのコンクリート階段とは違い防潮堤を跨ぐ形式です。

千石河岸防潮ゲート設備の銘板
陸閘の銘板です。千石河岸防潮ゲート設備と言います。
千石河岸防潮ゲート設備
竣工年月:1990年7月 主材質:アルミニウム合金製
型式:片開き式 純径間×有効高:3.00×1.607
製作:日本軽金属株式会社  
(銘板より)

千石河岸防潮ゲート設備(北側陸閘)
千石河岸防潮ゲート設備(北側陸閘)
120m位上流で逆向きの(南向きに下る)陸閘を見つけました。先日の台風21号通過の際に流れてきた浮遊ゴミの残骸が生々しいです。多分警報が発令されゲートは閉じたのでしょう。ここにも非常階段が設置されています。陸閘とセットで設置されるようです。ゲートが閉じた直後、桟橋に取り残された人にとっては非常階段が命綱になりますね。
銘板によるとこの施設は南側陸閘より2年遅く1992年3月に設置されました。片開き式でほぼ同仕様です。

このあと近くの須賀港を訪ねました。陸閘が5か所もありました。次回「其の431」で発表します。

平塚新港駐車場の位置です。


其の429 大磯港の陸閘を見てきました・神奈川県大磯町

 10月18日(水)久しぶりに晴れたので近場の大磯港の陸閘(りっこう)を見に行きました。4年前に圏央道が開通したので相模原愛川ICから半時間ほどの道のりです。湘南は大変近くなりました。

大磯港
広い県営駐車場に駐車し探訪開始です。まず始めに大磯港の様子です。漁船が停泊しています。奥を横切っているのはR1・西湘バイパスです。陸閘は西湘バイパスの陸側に並行する堤防に設置してあります。

大磯町漁業協同組合
大磯町漁業協同組合の建屋と手前は魚市場です。

大磯港中央岸壁
こちらは西側の大磯港中央岸壁です。真っ黒に日焼けした太公望が大勢釣り糸を垂れています。水面にはボラの群れが泳いでいるのでボラ釣りかと思ったらクロダイ釣りだそうです。

大磯港案内図
歩き始めてすぐ陸閘は簡単に見つかりましたが、分かりやすい大磯港案内図看板を見つけたのでそれを資料にします。(画像クリックで拡大します) 図中青色●マークが陸閘の位置です。「防潮堤門扉」とあるのがそれです。全部で11か所あります。

陸閘(りっこう)とは日常あまり聞かない言葉です。
wikipediaより引用します。
陸閘とは、河川等の堤防を通常時は生活のため通行出来るよう途切れさせてあり、増水時にはそれをゲート等により塞いで暫定的に堤防の役割を果たす目的で設置された施設。
漢字辞典によると陸閘の閘は「ひのくち」とか「水門」の意だそうです。陸のゲートといった意味でしょうか。
上記案内図に「地震だ、津波だ、門扉から高台へすぐ避難」と書いてあります。陸閘は避難口であり避難が終われば堤防になるわけですね。

大磯港の陸閘・1号門扉
11か所の陸閘には西から順に番号が振ってあります。西の端にある1号門扉(陸閘のゲート)です。今は平常時なので横引式のゲートは堤防右側に収納してあります。いざという時は左へ引き出し堤防の役割をします。ここは車が通行可能な陸閘です。車が通行可能な陸閘は東にもう一か所ありますが後述します。

1号門扉銘板より引用します。(2号以下の門扉も同内容です)
大磯港港湾海岸高潮対策工事 アルミ合金製ゲート(横引式)
有効幅:4.8m 有効高:4.0m
製作年月:昭和56年3月 事業主体:神奈川県


大磯港の陸閘・1号門扉
横引式ゲートを見上げました。1号門扉、銘板、津波避難マークなどの表示があります。上部に操作盤が見えます。このゲートは電動式です。

ここ大磯には三年前(平成26年7月)高来神社御船祭りの御神輿を見に来たことがあります。この坂道に立ち御神輿が下るのを見ました。当時は陸閘の知識がなく何も感じなかったのですが今日はゆっくり見学でき良かったです。

小淘綾ノ浜
1号門扉付近海岸から見た西方向の小淘綾ノ浜です。

照ケ崎
近くのアオバトの群れが海水を飲みに来る岩場です。あいにく一羽も見かけなかったですね。地図には照ケ崎とあります。

大磯港の陸閘・2号門扉
東隣の2号門扉です。こちらは人道用の陸閘です。仕様は1号と同じ電動式門扉の陸閘です。

大磯港の陸閘・2号門扉、階段上の旧陸閘
階段上に昔の角落し用縦溝がそっくり残っていました。昭和56年以前、現在の陸閘が完成するまで使われていたのでしょう。

双体道祖神・大磯港堤防上
堤防脇で双体道祖神を見つけました。右側石祠の中。

熊野神社の庚申塔
こちらは近くの熊野神社境内の庚申塔です。下の方にお猿さんが三匹彫られています。天保十二年造立。

大磯港の陸閘・3号門扉
三番目の陸閘です。背景はR1・西湘バイパスです。

大磯港の陸閘・3号門扉
引戸式で手動です。ゲートは堤防右側に収納してあります。幅:3m、高さ:1mの3号アルミ合金製ゲートです。

大磯港の陸閘・3号門扉避難階段
陸閘から階段下を見ました。いざという時はこの階段を駆け上がり高台へ避難します。

「緊急避難口 大磯町」看板
階段の下の案内看板です。「緊急避難口 大磯町」。親切ですね。

大磯港・4号門扉
こんなタイプの陸閘もありました。これは堤防内(人が住む地域)から堤防をトンネルで潜り、撮影地点道路下をトンネルで潜り大磯漁港へ通じる道路です(車は通行止め)。出入り口にゲートが見えます。そばまで見に行きました。

大磯港陸閘・4号門扉
両開き式の幅3m、高さ2.5mの4号アルミ合金製ゲートです。波浪警報が出ると手動で閉じられます。人が通行するためのトンネルですが、仮に水路であれば排水樋管ゲートといったところでしょうか。

大磯港陸閘・7号門扉
5号6号8号は4号と同じタイプでした。これは7号です。引戸式ではなく片開き式アルミ合金製ゲートです。

大磯港陸閘・7号門扉
上記7号陸閘を堤防下の道路(大磯港臨港道路)から見ました。

大磯港陸閘・9号門扉
9番目の陸閘です。今は平常時、大形門扉は左側の堤防に収納されていますがいざとなれば右端を支点に90度回し道路を塞ぐ堤防になります。ここはR134から大磯漁港へ通じる道路(大磯港臨港道路)の入り口になります。大きなゲートなので電動式と思われます。

大磯港陸閘・9号門扉
反対側のR134側から見ました。堤防は向かって右側から左側へ移ります。波浪警報によりゲートは閉じるので通行止めになります。

大磯港陸閘・10号門扉
10番目の陸閘です。注意書きに「波浪警報発令時にこの門扉は閉鎖します」とあります。気象庁HPによると「波浪警報は、高波による遭難や沿岸施設の被害など、重大な災害が発生するおそれがあると予想したときに発表します。」とありました。波浪注意報の上の段階で発令されます。

大磯港陸閘・11号門扉
10番目11番目共に片開き式ゲートです。これは11番ですが西湘バイパスの真下にあります。

大磯海水浴場
その東側大磯海水浴場です。延々と続く堤防と砂防林。

大磯港臨港道路の陸閘
大磯漁港へ通じる道路(大磯港臨港道路)で見つけた陸閘です。道路右側に今日見た通りの堤防があるので道路浸水を避けるための陸閘でしょうか。私が過去に見た陸閘はこの角落し式が多かったですね。

参考までに陸閘の過去記事です。
「其の294 多摩川旧堤の陸閘・世田谷区二子玉川」
「其の295 多摩川の陸閘・調布市」
「其の303 多摩川旧堤の陸閘・大田区羽田」
「其の413 相模川旧堤防の陸閘を見つけました・神奈川県寒川町」
「其の427 沼津港大型展望水門「びゅうお」を訪ねる」

大磯港1号陸閘の位置です。

其の413 相模川旧堤防の陸閘を見つけました・神奈川県寒川町

 今年三月、水道記念館や西寒川駅跡地を訪ねたときに意外なところで陸閘(りっこう)の遺構を見つけました。
8月17日(木)曇り、改めて訪れ合わせて三つの陸閘遺構を見つけたので発表します。

はじめに
陸閘とは、河川等の堤防を通常時は生活のため通行出来るよう途切れさせてあり、増水時にはそれをゲート等により塞いで暫定的に堤防の役割を果たす目的で設置された施設。 (wikipediaより)

相模川旧堤防・寒川取水事務所付近
この写真は県道47号線神山橋東詰め200mほど東側から北へ伸びる道路です。寒川浄水場の東側外周道に至ります。ご覧のように土手道です。後述しますがこの土手は相模川の旧堤防です。土手の下の施設は横浜水道・横須賀水道共同施設の寒川取水事務所です。取水した原水を小雀浄水場へ送っています。

相模川旧堤防・寒川浄水場付近
道路は少し先で左カーブし浄水場の東側沿いに北へ向かっています。土手はそのまままっすぐ進みこんもりとした緑の土手になります。
あいにくの曇天で見映えがよくありません。東京地方は八月に入り40年ぶり20日連続の降雨です。水辺を歩く者にはありがたくないですね・・・。

相模川旧堤防・寒川浄水場東側
寒川浄水場東側外周道から北方向を見ました。西側が寒川浄水場で外周道沿いに土手が続いています。この土手は何だろうと昔から気になっていました。
今年三月に近くの水道記念館や西寒川駅跡地を訪ねたときにここを通り今日のテーマ陸閘(りっこう)を見つけました。陸閘の発見で土手が相模川旧堤防であることが分かりました。旧堤防は今昔マップで確認できます。明治39年測図の地図に現在と全く変わらぬ形で表示されます。驚くべきことにほんとうに変わっていません。

現在のJR相模線宮山駅を中心にした「今昔マップ」です。
1896~1909年(明治29~42年)にセットしました。

「今昔マップ on the web」より

(1) 旧堤防の外側(河川水の流れがあるところ)高水敷は桑畑として利用されていました。
(2) 旧堤防の内側(人家があるところ)と外側を結ぶ連絡道路が3カ所あり。その道は現在もそのまま残っています。
(3) 相模線や寒川浄水場、寒川取水事務所はまだありません。
今昔マップで以上のことが分かります。大きな地図は右欄サイドバーからリンク可。検索窓に宮山駅と入力すると開きます。

今年三月に私が初めて見た陸閘は北から二番目の連絡道路ですが今日は南側から北へ順に追ってみます。

相模川旧堤防の陸閘
一つ目の陸閘です。寒川浄水場南の端にあり、明治時代にはなかった道路です。縦溝が切ってあり角落しゲート三枚を嵌め込むようになっています。細長い建物は寒川浄水場の活性炭注入設備です。

相模川旧堤防の陸閘
同じ陸閘を西側から見ました。道路をこのまま進むと目久尻川に架かるいこい橋に至ります。

相模川旧堤防の陸閘
相模川旧堤防の陸閘
二つ目の陸閘です。上記今昔マップ明治時代の南側の連絡道路に該当。目久尻川の端午橋に通じる道です。

相模川旧堤防
相模川旧堤防
あらたに造られた旧堤防内側の耕作地(果樹園と思われます)への連絡道路が数か所ありました。増水の恐れはなく陸閘の設置はありません。

相模川旧堤防の陸閘
相模川旧堤防の陸閘
三つ目の陸閘です。冒頭で述べた「意外なところで見つけた陸閘」です。明治時代の真ん中の連絡道路です。JR相模線宮山駅から寒川浄水場へ向かう人は必ずこの道を通ります。私も昔から通っていたのですが今年三月まで陸閘と気づかなかったです。「おやまぁ!こんなところに陸閘が・・・」といった感じの発見でした。去年四月に多摩川旧堤防の陸閘を見学したので気づきましたが、それがなければ知ることもなかったと思います。

相模川旧堤防・宮山駅付近
更に北側の相模川旧堤防です。前方を横切る緑の土手がそれです。

相模川旧堤防・宮山駅付近
JR相模線宮山駅西側の相模川旧堤防。プラットホームが見えます。

相模川旧堤防・宮山駅付近
今昔マップで最も北に位置する連絡道路。陸閘はありません。

相模川旧堤防・宮山駅付近
相模川旧堤防の北の端です。これより先は行き止まりです。前方の高架橋は圏央道寒川北ICです。

陸閘は日常の往来で堤防の上り下りが大変なので堤防を削り通行できるようにした施設です。増水時にはゲートで締め切り堤防内側を守りました。
今日見た陸閘はいつ頃まで機能していたのでしょうか。
関連施設の完成年を調べると以下のようになっています。
寒川浄水場:昭和11年4月完成(旧堤防外側の施設)
寒川取水事務所:昭和39年頃完成(旧堤防外側の施設)
相模ダム:昭和22年完成
城山ダム:昭和40年完成
多目的ダムの相模ダム、城山ダム完成の頃まで使われていたのでは・・・と想像します。

陸閘の過去記事
「其の294 多摩川旧堤の陸閘・世田谷区二子玉川」
「其の295 多摩川の陸閘・調布市」
「其の303 多摩川旧堤の陸閘・大田区羽田」

今回のスタート寒川取水事務所前旧堤防の位置です。

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