横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の376 渋田川分水路の放水・神奈川県伊勢原市

 3月27日(月)雨、前日26日朝から一日中降り続いた雨が今日も朝からしとしと降っています。渋田川分水路の分水(放水)が見られるチャンス到来と期待半分車を駆って見に行きました。

渋田川分水路・分水堰
しとしと雨が現地へ着くころには上がってしまいました。水は濁っていますが渋田川分水堰の転倒堰は起立したままです。普段よりわずかに水位が上がり堰を越えて渋田川分水路へ流れ込んでいます。画像奥と左側が渋田川の流れです。

渋田川分水路・分水堰
転倒堰の開閉器側(ワイヤーで巻き上げています)堤体に水位目盛りが刻んであり、赤線が引かれています。私の推測ですが、土砂降りの雨で一気に赤線まで水位が上昇した時に転倒堰が自動的に転倒(倒伏)し分水路へ放水する仕組みになっていると思います。

渋田川分水路・分水堰
渋田新橋の下から見ました。ちょろちょろと越流しています。堰が転倒し大量の濁流が渋田川分水路へ流れ込むのを見たかったのですが残念。探訪は空振りでした。

渋田川分水路
渋田新橋から見た渋田川分水路の流れ。この先320m下流で歌川に合流します。

渋田川分水堰下流の渋田川
これは分水堰下流の渋田川の流れです。両岸が傾斜護岸です。ここから400mほど下流の西川橋上下流の右岸傾斜護岸に芝桜が植えられ観光名所になっています。

面白いことにせっかく分水堰で分水しても3kmほど下流、平塚市との境界付近で渋田川、歌川、笠張川の三川が合流し渋田川となってしまうんですよね・・・。渋田川はそのまた下流で金目川に合流し相模湾に注いでいます。

今日の思いつき探訪で、歌川への本格的分水(放水)は土砂降りの雨の最中か直後、あるいは局地的豪雨の翌日位に行けば見られるかもしれないと感じました。2年前の関東地方の大雨(鬼怒川左岸堤防が決壊したあの大雨です)の後、城山ダムのゲート放流、宮ヶ瀬ダムの洪水吐放流を見に行きましたが、その迫力に圧倒され命が縮む思いでした。ここはそれほどでもないと思いますが、そのような天候の時に行けば見られますね。放水の様子は大体想像がつきます。

渋田川分水路について神奈川県平塚土木事務所に照会し回答を頂戴しました。要点を記します。
河川名:二級河川 渋田川分水路  L=320m
河川管理者:神奈川県平塚土木事務所
完成年:昭和46年
概要:昭和41年の台風被害を契機に、渋田川、歌川で災害復旧助成事業により、渋田川分水路及び歌川の河川改修工事を行いました。
渋田川分水路は、大雨等により渋田川が増水した場合、渋田新橋の上流にある渋田川分水堰のゲートが転倒し、渋田川から歌川に水を流すための施設です。


初回探訪記事
「其の343 渋田川分水路を訪ねる」 (2016/11投稿)

城山ダムのゲート放流
おしまいに二年前(2015/09/11)の城山ダムのゲート放流の様子です。 「其の239」より。ゲート真上(城山大橋)から撮りました。濁水が轟々と流れる恐ろしい光景です。普段ダム直下は水溜まりのみで流れが全くない平穏なところです。
渋田川分水路もこんな流れになるのでしょうか?そうであれば決死の覚悟が必要です。

渋田川分水堰の位置です。

この地図で渋田川分水路の放水先が渋田川となっていますが、誤りです。正しくは歌川です。初回探訪記事「其の343」当時から気になっていましたがいまだに修正されていません。
スポンサーサイト

其の362 環七の梅里換気塔を訪ねる・東京都杉並区

 前回の続きです。妙正寺川取水施設を訪ねたあと環七通りを南下、梅里換気塔を見に行きました。梅里換気塔では現地ならではの情報を得、収穫ありの探訪となりました。

梅里換気塔
中央の建物が梅里換気塔です。ビルのように見えますがこれが換気塔です。環七通り沿い、杉並区立梅里公園の一角にあります。

梅里換気塔
真下から見上げると塔らしく見えます。上部の黒色部はルーバー状の換気ガラリですね。

梅里換気塔表札
環七通り側にちゃんと表札がかかっています。
「神田川・環状七号線地下調節池 梅里換気塔 東京都建設局」

梅里換気施設案内板
傍らに案内板がありました。要点を記します。

神田川・環状七号線地下調節池
公園の地下には、調節池の立坑があります。
この地下調節池は、神田川の洪水を貯留し、水害を防止するためのトンネルで、環状七号線道路下(地下、約40m)にあります。地上にある梅里換気塔は、トンネル内の空気を換気するための施設です。
概要
1. 梅里換気施設:排気設備 脱臭設備
2. 地下調節池トンネル:内径12.5m 土被り平均40m
3. 一期事業:2.0km 24万㎥貯留 梅里換気施設から神田川取水施設まで
4. 二期事業:2.5km 30万㎥貯留 妙正寺川換気施設から梅里換気施設まで
5. 梅里立坑:内径25m 深さ55.4m

(東京都第三建設事務所案内板より抜粋)

梅里換気施設配置図
案内板に描かれた施設の配置図の部分拡大図です。画像をクリックすると拡大します。
中央の二重点線円形が内径25m、深さ55.4mの梅里立坑。
左へ伸びている点線が環状七号線地下調節池一期事業のトンネル。
梅里換気塔は一期事業2.0kmの最北端(最上流)にあります。
右へ伸びているのが二期事業のトンネル。北端は妙正寺川取水施設です。

一期事業と二期事業の境界である内径25mの梅里立坑。私の想像ですが、トンネル掘削工事の際、シールドマシンを梅里立坑から地下へ降ろし、掘削した土砂はここから場外へ搬出したトンネル工事の基地だったのではないかと思います。工事中はひっきりなしにダンプカーが出入りしていたと想像します。

梅里換気施設
梅里換気塔北側の施設。奥の建物は東京消防庁梅里取水施設(配置図の発電機室)です。案内板によると地下調節池(一期事業)内の水を消防隊が消防用水として使用するための施設。自家発電機により地下の揚水ポンプを運転します。
かまぼこ型の施設は(配置図の作業口)。ここに地下調節池へ下りる階段があると思います。善福寺川取水施設を見学した時長い階段を下りました。

妙正寺川取水施設
前回載せた妙正寺川取水施設の写真です。

上記案内板の概要に
4. 二期事業:2.5km 30万㎥貯留 妙正寺川換気施設から梅里換気施設まで
とありました。考えてみると延長4.5kmの地下調節池は北から南に1500分の一の勾配が付いていました。流入した洪水は(3か所いずれの取水施設から入っても)南端から順に貯留するので、梅里換気塔が一期事業2.0km用の換気施設とすれば二期事業2.5km用の換気施設があるはず。ないと空気の逃げ道がなく洪水貯留に支障が出ると思います。

写真をよく見ると中央に(換気ガラリと思われる)黒い窓付き建物があります。これが換気塔と思います。やはり妙正寺川取水施設内に換気塔がありました。

環状七号線地下調節池の参考記事です。
「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」
(2016/11投稿)

今日の探訪で「神田川・環状七号線地下調節池」の主だった施設をすべて見たことになります。次回は水道みちを歩く予定です。

梅里換気塔の位置です。



其の361 環七の妙正寺川取水施設を訪ねる・東京都中野区

 前回「其の360」で投稿した妙正寺川第一、第二調節池を見たあと環七の妙正寺川取水施設と梅里換気塔を探訪しました。両施設とも「神田川・環状七号線地下調節池」施設の一部です。
1月31日(火)晴れの日に探訪しました。梅里換気塔は次回「其の362」で発表します。

下田橋より妙正寺川上流を望む
前回探訪した妙正寺川第二調節池上流、下田橋から見た妙正寺川の上流方向です。護岸は垂直に近く高さは5m位ありそうです。護岸は色違いで線が入っています。増水時に出来た水際跡か護岸を嵩上げした跡でしょうか?。

妙正寺川・江古田川合流点
下田橋の少し上流、左岸に江古田川が合流しています。川幅、深さの割にほとんど流れがありません。ちょっとした雨で一気に増水するのでしょう。

史蹟 江古田原・沼袋古戦場の碑
付近でこんな碑を見つけました。「史蹟 江古田原・沼袋 古戦場」とあります。中野区に古戦場!?・・・。案内板によるとこの辺り一帯は享徳の乱(1454~1482・室町時代)で太田道灌と豊島泰経らが激戦をしたところだそうです。

新昭栄橋より妙正寺川上流を望む
下田橋から2.6kmほど上流の妙正寺川取水施設に到着です。環七の新昭栄橋より妙正寺川上流を望む。左岸に洪水取入れ口の越流堰が見えます。

神田川・環七地下調整池位置図
参考に「其の339」で載せた神田川・環状七号線地下調節池位置図を再掲します。 クリックで拡大します。
(「神田川・環状七号線地下調節池」より)

南北に4.5km、北から南に1500分の1の勾配をつけている。
地下調整池天端から地上までの距離(土被り)は34~43m。
青色が第一期事業で神田川取水施設は平成9年4月取水開始。赤色が第二期事業で善福寺川取水施設が平成17年9月、妙法寺川取水施設は平成19年3月から取水開始。

妙正寺川取水施設は図のように環状七号線地下調節池の北端にある施設です。

妙正寺川取水施設
上流側から見ました。越流堰の長さは善福寺川取水施設や神田川取水施設に比べ小振りです。入り口にゴミ除けのスクリーンがあります。善福寺川取水施設同様、その奥に防音カーテンや管理ゲートがあるはずです。取水立坑から内径12.5mの巨大地下調節池へ流れ込みます。
護岸に黄色の目盛り、黄色のライン、越流堰の白色ポールにも黄色の表示があります。よく見ると黄色ラインにAP+35.3mと書いてあります。管理ゲートを開く(洪水を取り入れる)設定水位線と思われます。右端に監視カメラが見えます。

この写真には写っていないのですが新昭栄橋の上流側に施設からの排水口がありました。妙正寺川取水施設は専ら取水のみで排水は行っていないはずなのでちょっと意外な感じでした。多分、事業所内の排水なのでしょう。

妙正寺川取水施設・設定水位線
設定水位線AP+35.3mのアップです。
旧岩淵水門(赤水門)で見たAP水位がここでも使われています。妙正寺川は神田川から隅田川に注ぐ荒川水系の一級河川です。この場所からは想像もつかないのですが荒川水系の河川でした。だから水準にAPを用いているんですね・・・。

APとは
Arakawa Peilの略で、荒川水系における水準を表す単位です。中央区新川にある「霊岸島水位観測所」AP±0が定められ、現在全国の高さの基準であるTP(東京湾中等潮位=海抜)はAP+1.1344mと定められました。 (国交省旧岩淵水門付近案内板「荒川の洪水記録」より)

妙正寺川取水施設監視カメラ
右岸の監視カメラ。24時間体制で監視しているので照明付きです。情報は善福寺川取水施設の中央監視室に送られ、職員が目視で水位を確認し管理ゲートを開く操作を行います。昨年10月に見学した際モニター画面を見ました。

このあと環七を南下し梅里換気塔へ向かいました。次回投稿します。

環状七号線地下調節池の参考記事
「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」
(2016/11投稿)

妙正寺川取水施設の位置です。


其の360 妙正寺川の治水施設を訪ねる・東京都新宿区・中野区

 哲学堂公園近くの野方配水塔を探訪した帰りに妙正寺川の治水施設・妙正寺川第一、第二調節池に出くわしました。
「おや、こんなところに越流堤が・・・」といった感じで嬉しくなりましたね・・・。
妙正寺川と言えば環状七号線地下調節池「其の339 環七の巨大地下空間を訪ねる・東京都杉並区」で登場した神田川水系一級河川です。
1月31日(火)晴れ、改めて探訪しました。JR中野駅からバスで哲学堂公園入り口へ。

哲学堂・哲理門(妖怪門)
哲学堂公園内、哲理門(妖怪門)を潜り、広場を横切り階段を下ります。

妙正寺川第一調節池越流堤
園内南端を西から東へ流れる妙正寺川右岸の越流堤です。

妙正寺川第一調節池越流堤
「妙正寺川第一調節池」と大書してあります。ここは新宿区西落合。

妙正寺川第一調節池
越流堤の内側、妙正寺川第一調節池です。左側白い円柱より下流が越流堤です。越流堤を越えた洪水は左側の中間調節池に入り、満杯になると右側隔壁を越流し多目的運動広場に流れて行きます。

妙正寺川第一調節池
上記を下流側から見たところです。左側の多目的運動広場の方がいくらか高い位置にあるように見えます。

妙正寺川第一調節池
中間調節池と多目的運動広場境界に設置のスライドゲート。
上下スライドではなく横スライドです。なんか陸閘みたいですね・・・。これは洪水が終わった後、中間調節池に残った水を排水するためのゲートと思われます。

妙正寺川第一調節池案内板
排水口付近の案内板によると多目的運動広場の奥は平常時の休憩コーナーで池や水路が設けてあります。

妙正寺川第一調節池
排水口付近から見た休憩コーナーや池。右手前の配管はポンプ排水施設と思われます。中間調整池の残り水はこの地下へ送られているかも知れません。正面の水路は排水口に繋がっています。

妙正寺川第一調節池
マンションの地階部分にも洪水を貯留するのでこのように鉄格子が嵌めこんであります。多分流入した大形ごみ除けを兼ねていると思います。

妙正寺川第一調節池排水口
これは越流堤下流の排水口です。妙正寺川の洪水が治まると調節池に溜めた洪水はここから排水されます。内側から観察したところフラップゲート×2枚で妙正寺川と調節池の水圧差により自動的に排水されると思われます。右端の狭い排水口は何のためにあるのでしょうか。ポンプ排水口かも知れないですね。

妙正寺川第二調節池
こちらは妙正寺川第一調節池上流側に隣接の妙正寺川第二調節池越流堤です。第二調節池は平成7年6月完成。最大貯留量は10万㎥。名前から第一調節池(貯留量3万㎥)より後年に完成した施設と思われます。ここは中野区松が丘です。

妙正寺川第二調節池
第二調節池は地下調節池で地上からは見えません。図のように3層構造で、溜めた洪水は川の水位が下がってからポンプで排水されます。画像をクリックすると拡大します。
(東京都建設局第三建設事務所現地案内板より)

妙正寺川第二調節池排水口
越流堤下流、赤い水位目盛り脇の開口が排水口と思われます。

下田橋より妙正寺川下流を望む
中野通り下田橋より妙正寺川下流を望む。調節池はこの下流右岸側に第二調節池、第一調節池と並んで設置されています。

以上、詳細な案内板がなく見たまま感じたまま推定を交えて記しました。私の思い込みで間違いがあると思います。ご批判ご意見いただければ幸いです。

この後、まだ行ったことがない環状七号線地下調節池・妙正寺川取水施設、梅里換気施設まで足を延ばしたので次回はそれについて投稿します。

哲学堂公園の位置です。


其の358 荒川の赤水門、青水門を訪ねる・東京都北区

 1月17日(火)晴れ、今日はJR赤羽駅から歩きました。
本題に入る前に隅田川浄化用水について触れておきます。行田市の利根大堰から流れを追っかけてきたので気になります。

新宮戸橋より新河岸川下流を望む
これは朝霞市の新宮戸橋から新河岸川下流を見たところです。左側から水路が合流しています。利根大堰で取り入れた隅田川浄化用水は水資源機構・朝霞浄化用水機場からここで新河岸川に放流(注水)されます。「其の356」で投稿。

新志茂橋より新河岸川下流を望む
今日見た新河岸川です。ここは東京都北区志茂、新志茂橋から見た新河岸川下流方向で隅田川に合流直前です。正面突き当りが隅田川左岸堤防です。
隅田川浄化用水は導水量8.146㎥/秒でした。緊急かつ暫定的に流すそうですが、効果のほどは? 下記のように改善されています。
武蔵水路供用開始当時の隅田川のBODは約40mg/Lであったものが、浄化用水の導水と隅田川流域の下水道整備と相まって、近年は基準値の5mg/L程度まで水質が改善されている。
月刊ダム日本 No.854 別冊「生まれ変わる武蔵水路(武蔵水路改築事業)」より。

旧岩淵水門(赤水門)
本日のテーマ、旧岩淵水門(赤水門)です。大正13年完成。

赤水門、青水門の位置
赤水門、青水門の位置です。荒川の左側を並行して流れるのが新河岸川です。
(国土交通省・荒川下流河川事務所設置の現地案内板より)

築造の経緯概要など詳細は現地案内板から引用します。
●旧岩淵水門のあらまし
昔、荒川下流部分は現在の隅田川の部分を流れていましたが、川幅が狭く、堤防も低かったので大雨や台風の洪水被害をたびたび受けていました。そのため、明治44年から昭和5年にかけて新しく河口まで約22kmの区間に人工的に掘られた川(放水路)を造り、洪水をこの幅の広い放水路(現在の荒川)から流すことにしました。
現在の荒川と隅田川の分れる地点に、大正5年から13年にかけて造られたのがこの旧岩淵水門(赤水門)です。その後旧岩淵水門の老朽化などにともない、昭和50年から新しい水門(旧岩淵水門の下流に作られた青い水門)の工事が進められ、昭和57年に完成し、旧岩淵水門の役割は新しい岩淵水門(青水門)に引き継がれました。
長年、地域の人々を洪水から守り、地元の人たちに親しまれた旧岩淵水門は現在子供たちの学習の場や、人々の憩いの場として保存されています。

(国土交通省荒川下流河川事務所設置の現地案内板より抜粋)

こちらは東京都設置現地案内板からの引用です。
●旧岩淵水門は明治43年、内務省が荒川放水路事業の一部として隅田川の分派点に設けた。
●大正5年(1916)着工、同13年(1924)竣工。
水門はローラーゲート構造、門扉は幅約9m×5。袖壁部も含む長さは約103m。当時としては珍しい鉄筋コンクリート造り。
●昭和22年(1947)のカスリーン台風、昭和33年(1958)の狩野川台風の大出水の際にも機能を十分に果たした。
●昭和20年代、東京東部地域一帯の地盤沈下により本水門も沈下。昭和35年(1960)に門扉の継ぎ足し、開閉装置の改修工事施工。現在の旧岩淵水門(赤水門)となった。
●昭和57年(1982)約300m下流に新たな岩淵水門(青水門)が整備されその役目を終えることになった。

(東京都設置の現地案内板「東京都選定歴史的建造物」より要旨)

旧岩淵水門(赤水門)
上流側から見た赤水門。

旧岩淵水門(赤水門)
下流側、中の島から見た赤水門。

旧岩淵水門(赤水門)
東側、青水門から見た赤水門遠景。

荒川の洪水記録表示ポール
荒川の洪水記録(1位~6位)を示したポールです。
荒川の洪水記録表示ポール←クリックで拡大します。

観測期間:昭和2年~平成12年まで74年間。
1位はAP8.60m 昭和22年のカスリーン台風
2位はAP8.27m 昭和16年の台風
3位はAP7.48m 昭和33年狩野川台風


6位はAP6.30m 平成11年熱帯低気圧豪雨
ポールのてっぺんはAP10.0m、荒川右岸堤防高さはAP12.5m。
 (国土交通省現地案内板「荒川の洪水記録」より)

こうして水位を見ると恐ろしいですね・・・。赤水門はこれらの大洪水にも耐え機能を発揮しました。当時の土木技術は大したもんです。

APとは
Arakawa Peilの略で、荒川水系における水準を表す単位です。中央区新川にある「霊岸島水位観測所」でAP±0が定められ、現在全国の高さの基準であるTP(東京湾中等潮位=海抜)はAP+1.1344mと定められました。

(国土交通省現地案内板「荒川の洪水記録」より)

岩淵リバーステーション
赤水門上流の岩淵リバーステーション。国交省の浮桟橋型施設で平常時は河川巡視、水上バスの着岸に、非常時は食糧や薬の受け入れに使われます。

国土交通省・岩淵水位観測所
その上流の国交省荒川下流河川事務所・岩淵水位観測所です。

岩淵水門(青水門)
300mほど下流の岩淵水門(青水門)です。この画像はクリックすると拡大します。

岩淵水門(青水門)
西側から見た岩淵水門(青水門)。先日朝霞水門を見て驚いたのですがそれ以上あります。

岩淵水門(青水門)
今は平常時なのでゲートは開の状態です。船が通航していました。それにしても巨大です。手前から3号、2号、1号ゲート。

岩淵水門(青水門)ゲート銘板
2号ゲートの銘板です。1号、3号も同仕様です。
岩淵水門門扉 1979年9月 関東地方建設局
純径間×扉高: 20.0m×16.17m
扉体重量:214ton

ゲート面積を比較すると朝霞水門の1.4倍あります。

岩淵水門(青水門)
隅田川左岸から見ら岩淵水門(青水門)。青水門にも案内板があったので要点を記します。
●平常時は水門を開放し船の通航を確保するとともに、隅田川の水質浄化のために荒川の水を流下させています。
●増水時には水門を閉めて隅田川への流入を食い止め、首都東京を水害から守る大切な役割を担っています。
●操作水位:荒川水位AP+4.00mで隅田川に流入した時。

(国土交通省荒川下流河川事務所案内板より抜粋)

「隅田川の水質浄化のために荒川の水を流下させる」とあります。うーん・・・まあこれが自然ですよね。利根大堰で取り入れた隅田川浄化用水は新河岸川に注水し隅田川に流入させていました。まず新河岸川を浄化することで結果的に隅田川をきれいにすると解釈すれば良いのでしょうか?

岩淵水門(青水門)付近のヘリポート
付近にヘリポートが設置してあります。ドクターヘリ、消防ヘリ、防災ヘリなど緊急時用です。

岩淵水門(青水門)より隅田川を望む
岩淵水門(青水門)から隅田川下流を望む。右岸に新河岸川河口が見えます。この画像はクリックすると拡大します。


行田市の利根大堰探訪がきっかけで武蔵水路や秋ヶ瀬取水堰、朝霞水路、朝霞浄化用水機場、朝霞水門まで探訪しました。いわば利根大堰で取り入れた都市用水や隅田川浄化用水の流れを追っかける形になりました。今日は荒川放水路についても学び、暮れに利根大堰をひとり見学して良かったと思っています。今回で利根大堰シリーズに一区切りをつけます。

旧岩淵水門(赤水門)の位置です。

次のページ

FC2Ad