横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を目指して探索探訪をします。時には独りよがりな感想意見を述べます。

其の479 あつぎつつじの丘公園の遊水池を訪ねる・厚木市上古沢

 4月19日(木)晴れ、読者の地元ティー!さんお薦めの、あつぎつつじの丘公園のツツジを愛でながら遊水池を見学し、そのあと恩曽川源流探訪に行ってきました。

あつぎつつじの丘公園
あつぎつつじの丘公園は相模原から片道20kmほどのところです。色とりどりのツツジを集めた広大な園内には駐車場が3か所あります。私の場合「花より団子」でまずは遊水池(雨水調整池)を目指しました。と言っても行く途中はツツジだらけ(オオムラサキ・ヒラドツツジ赤・白等々)なのでごく自然に花見となります。

あつぎつつじの丘公園遊水池
坂道を下って行くとありましたよ。谷間にある遊水池です。雨水を貯留する池なので調整池とも呼ばれますが、現地案内板に「遊水池」とあるのでここでは以下遊水池と記します。

あつぎつつじの丘公園遊水池
更に接近。ツツジの花畑に囲われた遊水池です。右奥の人が歩いている土手は、谷を横断する堰堤(ダム)ですね。谷間の地形を上手く利用した遊水池です。

地理院地図「陰影起伏図」↓を見ると分かりやすいです。

中心十字線が遊水池の位置です。「情報」ボタンをクリックし「選択中の情報」の中の「陰影起伏図」をクリックすると標準図になり、再度クリックすると陰影起伏図に戻ります。

あつぎつつじの丘公園遊水池
私の関心は雨水がどこから遊水池に入り、どこから出ていきどこへ流れて行くかです。施設を観察してみました。
①は雨水下水管の吐口、②は排水施設、③が洪水吐です。
以下個々の施設の様子です。

あつぎつつじの丘公園遊水池・雨水下水管吐口
階段状の水路の一番上に①雨水下水管吐口があります。今日は好天なので水路は乾いています。大雨が降ると濁流はここから遊水池に流れ込むので恐ろしい光景になると思います。管底ELは③の洪水吐と同じレベルに見えます。

あつぎつつじの丘公園遊水池・排水施設
②の排水施設です。コの字型フェンス横のスクリーンで囲われた堰を越えた水が排水路へ流れて行くようになっています。池の水位は排水がオーバーフロー式なのでお天気であれば常に一定に保たれています。今日は平常時ですが越流しています。池の周りから湧き出した湧水と思われます。
大雨で大量の雨水が流れ込んだ時はどのようにして貯留するのでしょう。表から見たところゲートも何も見当たらないです。多分排水施設の中に流水量を自動制御する装置があり、流量を大きく絞っているのではないかと想像します。そうしないと底が抜けた池になり本来の役目を果たせないですからね・・・。

あつぎつつじの丘公園遊水池
堰堤下から③の洪水吐を見ました。大量の雨水がどんどん流入すると私が立っているところは水没しますね。あっぷあっぷ。

あつぎつつじの丘公園遊水池・洪水吐
管理橋から見た洪水吐です。HWLに達すると自然越流し排水路に流れて行きます。大雨が収まると②の排水施設から少しずつ排水するわけですがやはり自動制御なんでしょうね。排水施設の内部が分らないので想像なんですが、その仕組みを調べてみたいですね・・・。

あつぎつつじの丘公園遊水池・洪水吐
洪水吐と排水路の下流方向です。

あつぎつつじの丘公園遊水池・洪水吐排水路
堰堤天端の管理橋から見た洪水吐排水路下流方向。

あつぎつつじの丘公園遊水池・排水路
管理橋下流から排水路上流を見ました。右側のコンクリート管から水が流れ落ちています。②の排水施設を越流した水です。左側の洪水吐排水路とここで合流しています。

あつぎつつじの丘公園遊水池・排水路
排水路下流方向です。排水路沿いにガードレールが設置してあります。地図によるとすぐ近くの恩曽川に合流しています。恩曽川までたどりました。

あつぎつつじの丘公園遊水池・排水路
流下する排水路。恩曽川右岸に合流直前です。

恩曽川
合流点より恩曽川下流を望む。恩曽川はこの先、厚木市酒井で玉川に合流し最後は相模川に注いでいます。

このあと恩曽川を源流まで探訪しました。次回発表します。

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其の474 引地川の下土棚遊水地を訪ねる③

 3月31日(土)晴れ、久しぶりに引地川の下土棚遊水地を訪ねました。前回探訪は平成28年11月なので一年以上間が開きました。

下土棚遊水地D池
今回も小田急江ノ島線長後駅からの歩きです。長後街道を西進しました。六会橋東の長後街道から見た下土棚遊水地D池です。前回と全く変わっていません。D池は引地川左岸の遊水地で、越流堤から入った水は隣り合わせのC池、B池へと流れB池囲繞堤(遊水地と川の間にある堤防=引地川左岸堤防)から引地川へ放流されます。

各池の配置図は「下土棚遊水地パンフレット」を参照ください。

下土棚遊水地D池
六会橋下流の人道橋から見たD池。この辺りに越流堤が設置されます。3年前の初探訪時と少しも変わっていないです。

下土棚遊水地D池
人道橋下流の県道22号線下土棚大橋から見たD池。

下土棚遊水地C池
県道22号線南側は下土棚遊水地C池です。下土棚大橋から見たC池です。クレーンや重機が見えます。大きく進展ありです!

下土棚遊水地C池
下土棚大橋から県道を東へ進むとC池の東端に見たこともない重機が・・・。今日は土曜日で休工日です。機械が稼働中の様子を見たかったですね。

下土棚遊水地C池のTRD重機
チェンソーのようなものが見えます。車体にはTRDⅢの文字。

下土棚遊水地C池
東側道路(周囲堤)から見たC池。敷鉄板や重機、残土や種々の材料が置いてあります。工事が進捗しています。

下土棚遊水地C池
下土棚大橋の一つ下流の橋・中村橋から見たC池。左岸の護岸改修工事中です。

下土棚遊水地C池
参考までに前回(2016/11)見たC池はこんな状況でした。

中村橋より引地川下流を望む
中村橋より引地川下流を望む。左岸のB池囲繞堤(=引地川左岸護岸)は前回訪ねたときには現在のように新護岸に改修されていました。手付かずであった右岸の越流堤工事が始まっています。

下土棚遊水地B池排水ゲート
前回訪ねたときにはなかったB池の排水ゲート(写真中央)が完成していました。洪水が収まった後このゲートを開け引地川に排水します。

下土棚遊水地B池
下土棚遊水地B池
下流側から見たB池。一次池二次池の区別がなく未完成です。

下土棚遊水地B池排水ゲート
B池外周道(周囲堤)から見た排水ゲート(吐口管)。洪水はD池越流堤からD池→C池→B池と流れ、洪水が収まった後ここから引地川に排水されます。

下土棚遊水地A池
下土棚遊水地A池
引地川右岸側の遊水地A池と越流堤工事の様子。

下土棚遊水地A池・護岸用コンクリート部材
護岸用コンクリート部材が置いてあります。現場でブロックを積むかと思ったら、工場で一体化生産なんですね・・・。初めて見ました。

引地川河川改修工事案内板 引地川河川改修工事案内板
引地川河川改修工事の案内板。川底に堆積した土砂を取り除く工事だそうです。

下土棚遊水地A池
湘南台大橋から見たA池上流方向。囲繞堤寄りの深い池が一次池で周囲堤寄りの浅い池が二次池ですが、今の段階では明確でないですね。

下土棚遊水地A池
湘南台大橋より下流を見ました。南端のコーナー近くにA池の排水ゲートがあります。

下土棚遊水地A池・排水ゲート
前回撮影したA池排水ゲートです。初回探訪時に既に完成していました。

引地川
おしまいに引地川左岸から見た上流方向です。今季最後の花見をしました。

参考にした神奈川県発行の「下土棚遊水地パンフレット」によると工期は平成18年度~32年度まで、15年間に渡る長丁場の工事です。あと丸3年かかります。年に一回は工事の進捗状況を見学し、工事完成まで見届けたいですね。(^σ^)

下土棚遊水地の過去記事です。
「其の243 引地川の下土棚遊水地を訪ねる①」 (2015/9)
「其の344 引地川の下土棚遊水地を訪ねる②」 (2016/11)

六会橋の位置です。


其の469 滝川分水路を訪ねる・神奈川県藤沢市柄沢橋

 4年ほど前に横須賀水道みちを歩いた時に見つけた柄沢橋の滝川分水路をあらためて探訪しました。3月2日(金)晴れの日に行ってきました。

境川の遊行寺橋(旧大鋸橋)
小田急江ノ島線藤沢本町駅から旧東海道を歩いて境川に架かる遊行寺橋(旧大鋸橋)にやってきました。昔、江戸を発った旅人は鎌倉郡と高座郡の境界・境川に架かる遊行寺橋を渡り藤沢宿へ入りました。ここがその場所です。

広重の東海道五十三次藤澤遊行寺
広重の東海道五十三次藤澤遊行寺
(読売新聞 歌川広重東海道五十三次上巻より)
同じ場所を広重が描いていました。大鋸橋を渡る旅人。背景の山は遊行寺。大鋸橋を渡り左へ曲がり江の島弁財天一の鳥居をくぐると江の島道です。座頭の一行は江の島へ向かっています。

江の島道道標
遊行寺橋下流の藤沢橋たもとの藤沢市指定重要文化財・江の島弁財天道標です。「江の島道」と刻まれています。

藤沢橋より遊行寺橋を望む
藤沢橋より遊行寺橋を望む。現在の境川はこんな川です。

境川に合流する滝川
さて、今回のテーマ滝川です。滝川の読みは手元の地図には滝ノ川とあるので(たきのがわ)と思われます。藤沢橋のすぐ下流で境川左岸に合流しています。滝川分水路の分水施設は0.8kmほど上流の柄沢橋にあります。

滝川
滝川はまだ歩いたことがないので柄沢橋まで川沿いに歩きました。感応院付近から滝川下流を望む。両岸、川底ともコンクリートで固めた掘込式の川です。

滝川
御幣公園前を流れる滝川。雨水側溝はなく路面に降った雨は護岸上部の開口から直接滝川へ流れ込むようになっています。

滝川
石端橋より滝川上流を望む。両岸は住宅密集地帯です。今日はお天気なので何ら問題はないのですが、滝川分水路完成前は大雨が降ると忽ち溢れ出たそうです。

滝川
ほどなく暗渠出口に到着。

横須賀水道みち・柄沢橋
そのまま直進すると横須賀水道みちに出てきました。

柄沢橋
横須賀水道みちを横断し北方向を見ると柄沢橋の欄干があります。欄干のこちら側は暗渠のため滝川の流れは見られません。

柄沢橋より滝川上流を望む
柄沢橋より開渠の滝川上流を望む。右岸側(向かって左側)が分水施設です。

滝川分水路分水施設
少し上流から見るとこのようになっています。見るからに興味をそそる施設です。右岸の護岸がずいぶんと低くなっています。
滝川が大雨で増水したときの越流堤ですね。
横須賀水道みちを探訪した時にこの施設に気づいたのですが当時は通りがかりなので河川名や誰がいつ築造しどこへ流れてくのか等詳細は全く不明でした。今回は藤沢市HPであらかじめ調べた上での探訪です。車で水道みちを歩く?人もいるようですが、車窓からは見えず水道みちを歩く者しか気づかないと思います。

滝川分水路分水施設
滝川分水路分水施設
分水施設を上流から見ました。越流した濁流は地下深く入って行きます。越流堤入口に大物ごみ除けスクリーンが見えないですね。中の様子は分りませんがゲートや除塵施設があるのでしょうか。

滝川・柄沢橋付近
分水施設から見た滝川上流方向です。

滝川分水路分水施設
横須賀水道みち沿い歩道にある大形の点検口と右岸の施設制御装置。
この地下に分水施設があり管径Φ3600mmの分水路トンネルが始まっていると思われます。
滝川分水路は藤沢市が平成21年度に築造した延長0.98kmの地下河川です。河川の流水量を増やすには河道断面を広げればいいのですが住宅密集地のためそれが不可能なため止むを得ず地下分水路トンネルを通したんですね・・・。放流先は藤沢橋より下流の御所ヶ谷橋付近の境川です。あとで見に行きました。

横須賀水道みちの海の杭(海軍境界杭・波入り) 海の杭(海軍境界杭・波入り)
これは何でしょう。せっかく横須賀水道みちに来たので少し道草をして海の杭(海軍境界杭・波入り)を探しに行きました。4年前と同じところにありましたよ。ほとんど埋もれていますが波マークがかろうじて見えます。
右側の写真は以前撮影した引地川付近の状態の良い海の杭(海軍境界杭・波入り)です。


滝川分水路放流口
御所ヶ谷橋上流、境川左岸の滝川分水路放流口です。スムースに合流させるためY字型合流です。境川の護岸は鋼矢板とブロック積の二段護岸です。

境川のオオバン
鋼矢板護岸でくつろぐオオバンです。指の形状が独特ですね。初めて見ました。水かきはないみたいです。

御所ヶ谷橋たもとの庚申塔
これは滝川分水路上の石像群の一部、庚申塔三体です。中央の像は主尊が青面金剛、三猿、日月も刻まれています。造立は元禄拾丁丑年と読取れました。1697年なので321年前です。

境川の堰跡橋
おしまいに帰り道で出合った堰跡橋(えんせきばし)です。「せきあとばし」と思ったのですが「えんせきばし」でした。

堰跡橋たもとの奥田堰碑
堰跡橋たもとの「奥田堰碑」。
碑文によると昔ここに農業用取水堰があり、その変遷は大正13年に木造の堰が造られ、昭和29年には愛知用水を見本としたコンクリート、鉄製の永久堰が造られたが昭和35年に周辺の市街化により農業用水としての使命を終えたそうです。
今昔マップで確認できます。昭和29年当時は水田マークが点在しています。都市化の波により短命に終わった相模原畑かん用水路とよく似た話ですね・・・。

柄沢橋の位置です。


其の447 真名倉沢の砂防ダムとお猿さん・相模原市緑区

 皆さま明けましておめでとうございます。
暮れに中津川の霞堤を取り上げました。新年もまた中津川です。12月に中津川の支流、真名倉沢で珍しいタイプの砂防ダム(透過型砂防堰堤)を通りがかりに偶然見つけました。
今年の十二支は戌(犬)、十干と組み合わせると戊戌(つちのえいぬ)です。今年の十二支が申(猿)ならタイムリーですが、犬猿の仲のお猿さんが拙ブログでは初めて登場します。

真名倉沢2号堰堤
愛川町郷土資料館へ向かうためR412を走りました。国道を左折したところで砂防ダムを見つけました。頑丈そうな鉄格子が組んであります。昨年西丹沢の玄倉川沿いを歩き砂防ダムを飽きるほど見ましたが、間近でこんなタイプの砂防ダムを見るのは初めてです。

調べたらこのタイプの砂防ダムは「透過型砂防堰堤」と言うそうです。国土交通省HPによると
普段は流れてくる土砂を捕捉することなく下流へ流し、土石流が起きた場合にだけ一時的に土砂などを止める働きを持つ砂防堰堤だそうです。

鈴川の透過型砂防堰堤
3年前に鈴川源流を訪ねたときに男坂から眺めた谷底に設置した透過型砂防堰堤です。「其の198」より。

真名倉沢2号堰堤銘板
ダム堤体に貼付けの銘板です。
真名倉沢2号堰堤と言います。
平成28年度通常砂防工事により神奈川県県土整備局が築造。
平成29年5月完成ですから出来たてほやほやの砂防ダムです。

藤木沢の姥石・緑区葉山島
話は飛びますがこの写真は相模原市緑区葉山島を流れる藤木沢の姥石(うばいし)です。河道内に落ちてきた巨石です。こんな石を透過型砂防堰堤は捕捉してしまうんでしょうね。こんな巨石がごろごろと転がって来たら下流では堪ったもんじゃないですからね・・・。ヘンな話、透過型の鉄格子を見て小池さんの排除発言が頭に浮かびました。格子の目を途中から広げたのはまずかったですね・・・。

さてお猿さんですが4日後の12月22日に同じところを通りがかったら、一枚目の写真のダム堤体、向かって左側に一匹の猿がちょこんと座っているのが目に入りました。
真名倉沢2号堰堤
急いで車から降りて撮ったのがこの写真です。堤体上の猿は逃げてしまい写っていません。昨年あちこちで話題になった放れ猿かと思ったのですが野生の本物の日本猿の群れでした。写真中央の蛇腹管の上に猿が3匹写っています。

真名倉沢2号堰堤と日本猿
あわててズームアップで撮りました。4匹の日本猿を捉えました。

真名倉沢2号堰堤と日本猿
上記静止画をズームアップ。手前から二頭目がひと回り大きくボス猿と思われます。後ろから見ても貫録十分、立派な拵えです。

真名倉沢2号堰堤と日本猿の群れ
山の中へ移動する日本猿の群れ。この沢は神奈川県相模原市緑区と愛川町の境界を流れています。猿の群れは真名倉沢右岸から左岸に渡っていたんですね。猿の群れが山の恵みを求めて移動中に遭遇しました。これらの写真は1分に満たない間に撮りました。あっという間の出来事でラッキーでしたね・・・。
犬も歩けば棒に当たるです。(^σ^)/

不動沢の治山施設
おしまいに愛川町郷土資料館付近でみた治山施設です。真名倉沢とは別の不動沢と言う沢ですが急斜面を下る沢を流路工(護岸工や床固工)で固め斜面の崩落を防いでいます。銘板によると神奈川県林務課が昭和58年度に造りました。

参考サイトです。分かりやすい砂防堰堤の種類と効果の話が載っています。
国土交通省 中部地方整備局 天竜川上流河川事務所

真名倉沢2号堰堤の位置です。

其の446 中津川の霞堤を訪ねる・神奈川県厚木市

 読者の地元ティー!さんの情報により中津川の霞堤を見に行ってきました。季節風が強く吹いた12月17日(日)に探訪しました。

鮎津橋より大山を望む
鮎津橋より大山を望む。中津川に架かる鮎津橋を渡りました。北風が強くくっきりとした今日の大山です。大山信仰で有名な大山は鳥取県の「伯耆大山」に対して「相州大山」とも呼ばれるそうです。
前回までの愛川町角田の中津川探訪では車を利用しましたが、今日は金田下宿バス停からの歩きです。

中津川
中津川右岸堤防上の道を上流に向かって歩きます。自動車は通行止めなので散策にはうってつけの道です。

中津川・神奈川県厚木市
上流にR246・129中津川橋が見えます。堤防下に川の流れが現れました。中津川本流ではなく中津川橋付近で合流した小河川です。

中津川
堤防は中津川橋手前から大きく左カーブし中津川から西へ逸れて行きます。右側河川敷内は草木が生い茂りジャングルのようです。

中津川橋西詰
中津川橋西詰めまで来ました。堤防はまだ先まで続いています。この堤防はいつのまにか小河川の堤防になっています。
上流の中津川右岸堤防から見れば二重堤防に見えますね。

中津川橋と中津川右岸堤防
中津川橋を潜り北側堤防上から東の方向を見ました。中津川橋より上流は河川敷を埋立て畑や乗馬クラブとして利用しています。乗馬クラブの東側に南北に延びる中津川右岸堤防が見えます。距離はここから100mほどでしょうか。歩いているうちにいつの間にか100mも離れてしまいました。霞んで見えます。正に霞堤ですね。(^σ^)

中津川橋北の蟹渕川堤防
上記地点から北方向を見ました。地図によると小河川の堤防はこのまま反田信号東付近まで続いています。

中津川右岸堤防
乗馬クラブ東側、中津川橋北側の中津川右岸堤防です。
「一級河川中津川 神奈川県」の河川標識が立っています。

中津川右岸堤防
中津川橋南から見た中津川右岸堤防。写真右側が堤防です。

中津川右岸堤防
更にその南、右側の小山が中津川右岸堤防の南端です。小河川が中津川に合流するため中津川右岸堤防はいわゆる「堤防の不連続・霞堤」になっています。

中津川に合流する蟹渕川
これは途中見た中津川へ合流する小河川です。中津川橋の南側暗渠出口から河川敷内に合流したところです。

中津川に合流する蟹渕川
暗渠出口の上に立ち小河川下流を見ました。中津川が大雨で洪水になればこれより下流の河川敷は本川からの逆流により水に浸かると思いますが、実際には上流の多目的ダム・宮ヶ瀬ダムが機能するのでその心配は無用と思われます。
宮ヶ瀬ダムがなかった時代(開渠で埋立てもされていなかった時代)は霞堤から逆流した流れを溜める調節池になっていたかもしれませんね・・・。

厚木市のお知らせ看板・蟹渕川河口
暗渠出口の厚木市河川課のお知らせ看板です。河川名を知りたかったのですが普通河川としか書いてないです。この川を上流へたどったのでのちほど河川名は蟹渕川と判明します。


1975~1978年にセットした今昔マップです。(今昔マップon the webより)

二重堤防の様子がよく分かります。年代を切替えれば河川や道路の変遷が分かります。大きなサイズのマップは右欄サイドバーからリンク可。検索窓に「厚木市中津川橋」で開きます。

蟹渕川暗渠
暗渠出口から見た上流方向。上流へたどってみることにしました。

蟹渕川暗渠
畑の中を進みます。右の方にリバーサイド乗馬クラブがあります。

蟹渕川暗渠
反田交差点東側の暗渠。前方は袋小路で行き止まりです。

蟹渕川暗渠
妻田北2丁目の暗渠水路と思われる道。目の前に厚木市の都市下水マンホールがあります。

蟹渕川暗渠
睦合東中前です。厚木市の都市下水マンホールがあります。

蟹渕川暗渠のマンホールフタ
上記の厚木市都市下水マンホールフタです。

蟹渕川
睦合東中グランド付近で開渠になりました。

蟹渕川
150mくらい進むとまた暗渠になります。暗渠出口より小河川下流を望む。おやぁ~どこかで見た風景ですね・・・。それもそのはず3年前に才戸橋の三田頭首工から三田用水をたどった時にここまで来たことがあります。「其の177」

蟹渕川
近くの暗渠入口より小河川上流を望む。この川は「三田せせらぎの小道」の流末で、蟹渕川と三田用水から引いたせせらぎが合わさった川です。これより上流「三田せせらぎの小道」の起点からここまでは歩いたことがあるので本日の探訪はここで打ち切りました。

三田せせらぎの小道
「三田せせらぎの小道」の案内板です。下部はボックスカルバート製で蟹渕川が流れ、上部は三田用水から引いたせせらぎになっています。今日たどった小河川は蟹渕川でした。

関連記事
「其の176 三田頭首工を訪ねる①」 (2014/09投稿)
「其の177 三田頭首工を訪ねる②」 (2014/09投稿)

今年最後の投稿です。皆さま良いお年をお迎えください。
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