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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の823 プランターでジャガイモ作り<水辺歩き番外編>

 今回は、いつもの水辺歩きからかけ離れたジャガイモ作りの話です。四月からプランターでジャガイモ作りにトライしています。

プランターでジャガイモ作り2022.05.10
種芋を植付けた4月9日からちょうど一か月5月10日現在の生育状況です。草丈50cm位まで成長しました。茎が細く少し徒長気味です。
プランターのサイズは直径40cm、深さ30cm位。用土は市販の「プランターの土」に用済みの鉢植えの土を加え深さ25cm位まで入れました。


プランターでジャガイモ作り2022.04.30
さかのぼって4月30日現在です。4月9日の種芋植付け後3週間、発芽してから1週間経ちました。


プランターでジャガイモ作り
プランター3鉢に植え付け。上が種芋一個丸ごと、下は種芋を半分に切った種芋使用。上の写真と同じ4月30日現在。


プランターでジャガイモ作り
さかのぼって4月23日現在の様子です。種芋を植付けた4月9日から2週間経ちようやく発芽したところです。正式な種芋でないのでやっぱり駄目かと半ば諦めていたので嬉しい発芽でしたね。種芋と書いていますが、実は食用の男爵芋2個を使いました。ちゃんとした種芋は数が多すぎて捨てることになり、もったいないですからね。この鉢は種芋一個丸ごと使用しましたが他の2鉢は種芋一個を半分にカット、丸一日陰干しして切り口を乾燥させたものを使用。切り口に病原菌予防のため草木灰を塗れと園芸書にありますが肝心の草木灰がないんですよね・・・。今のところ、この方法で上手くいっています。


プランターでジャガイモ作り・肥料
4月9日、元肥として有機肥料・骨粉入り油粕&牛糞堆肥をそれぞれスコップ2杯くらい施しました。本当は植付けの2週間くらい前によく耕し元肥を遣るのが良いんですけどね。植付けが遅れたので同じ日にやりました。追肥と土寄せは生育具合を見てやろうと思っています。


プランターでジャガイモ作り
種芋植付けから5週間経った最新の5月15日現在です。白くて小さな蕾が付きました。

これから花が咲き実をつけ茎がもっと太くがっちりして、やがて茶色くなって枯れた頃が収穫時期。6月末頃に掘ろうと考えています。真夏、冷えたビールの肴に丸ごと茹でた新ジャガを夢見ていますが、果たしてどうなることやら・・・。 


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其の822 田んぼの水はどこから・相模原市南区磯部の用水路

 今年四月初め、磯部八幡宮を訪ねた時に空堀の用水路を発見しました。どこから来てどこへ流れて行くのか興味があるので再訪しました。

相模川左岸幹線用水路・相模原市南区磯部
これは相模川左岸幹線用水路(以下左岸用水)です。今日は4月28日。左岸用水の起点、磯部頭首工の一部通水が始まったようで少量ですが流れがあります。ここは磯部頭首工の約400m下流の無名橋です。左岸に分水用ゲートがありますが転倒堰は倒伏したままです。


相模川左岸幹線用水路に合流する用水路
無名橋のたもとに用水が流れ込んでいます。発見した空堀用水路の下調べに磯部八幡宮付近を再訪したところ幸いにも通水あり。用水路を下流へたどったらここへ着きました。流れ込む用水はたどってきた用水路の終点です。利用した用水を無駄にしないで補給水として左岸用水に放流するのは理にかなっています。用水路の終点は分かりましたが、どこから来たかその取水源は?です。


磯部の用水路
ここから用水路を上流へたどり取水源を明らかにします。
用水は道路右側の暗渠を流れています。


相模原市南区磯部の用水路
歩き始めてすぐ、右側の田んぼ向け分水ゲートがありました。
時期が早いようで通水はまだです。


磯部の用水路・相模原市南区
道は緩やかな上り勾配でずうっと暗渠が続きます。ここは下磯部と言うところです。


石像物・相模原市南区磯部
道路沿いのお堂に不動明王像とお地蔵様。不動明王像は江戸時代に盛んであった大山詣での道沿いでよく見かけます。この像は弘化三年(1846年)の造立。


庚申塔群・相模原市南区磯部
お堂の右側の庚申塔群です。正面に「庚申塔」右側面に「明治五年壬申」と刻まれています。ここから近い県道新磯小交差点を西に入ったところに34基の庚申塔群があります。養蚕の守り神青面金剛像が祀られた勝源寺の大きな祭り「明治五年壬申春祭」に造られた庚申塔群です。この庚申塔はそれらと同じ文字塔でサイズも似ています。同時期に造られたものと思われます。明治五年壬申(みずのえさる)は1872年、今から150年前です。


大山道道標・相模原市南区磯部
道路西側にあった「右大山道」と刻まれた道標。この道は大山道なんですね。ここより西に相模川が流れています。現在の磯部頭首工がある辺りに大山参りの人々が利用した「磯部の渡し」があり対岸の猿ヶ島(厚木市)へ渡りました。


磯部の用水路・相模原市南区磯部
暗渠水路は進行方向左側へ移りました。


磯部八幡宮参道の鳥居
先日訪ねた磯部八幡宮の参道入口です。石の鳥居を右手に見ながら直進します。


石像物・相模原市南区磯部
その先T字路角の石像物です。左から不動尊の文字塔。「東 木曽 南 大山 北 八王子」とあり道標を兼ねています。木曽とは府中通り大山道に通じる町田市の木曽を指していると思います。道祖神を挟んで右側は不動明王座像です。いかにも大山道らしいですね。


磯部の用水路・相模原市南区
T字路を右折、東へ向かいます。暗渠用水路は道路左側沿いです。前方の森は磯部八幡宮が鎮座する河岸段丘崖の森です。


磯部の用水路・相模原市南区
ここまで田んぼは少なく住宅ばかりでしたが、道路左(北)側に田んぼがありました。用水路は開渠になりました。


磯部の用水路・相模原市南区
田んぼ隅の取水用の設備です。鉄製の縦溝に角落し板を差し込んで堰上げし、エルボパイプから取り入れると思います。


磯部の用水路・相模原市南区
住宅街を流れる開渠用水路。


磯部の用水路・相模原市南区
その先で左から来た支線用水路が合流しています。まだ水は流れていないです。後で分かりますが、たどっている用水路と水源は同じです。


磯部地区の田んぼ・相模原市南区
支線用水路を上流へたどると水張り前の田んぼが広がっています。


磯部の用水路・相模原市南区
下磯部からたどってきた用水路に戻りました。段丘崖の森に近づき上り坂がきついです。


磯部の用水路・相模原市南区
前方の信号は磯部八幡宮前交差点です。四月初めに磯部八幡宮を訪ねた時この用水路は空堀でした。用水はどこから来るのか?近くの磯部頭首工からは逆勾配でここへ送ることは不可。河岸段丘崖沿いに川はなし。用水の水源がどこなのか私の中では謎だったんですね・・・。


磯部の用水路水門・相模原市南区
磯部八幡宮前交差点付近で見つけた水門です。響き渡る流水音ですぐ分かりました。崖下のまさかこんなところに水門とは・・・磯部八幡宮を訪ねた時はまだ通水していなかったんですね。
水門は二門あり向かって右側は今日たどってきた用水路向けで流れがあります。左側は先ほど見た支線用水路向けでゲートは閉じています。

磯部の用水路・段丘崖のトンネル出口
水門奥、段丘崖中腹にある水路トンネル出口です。


磯部八幡宮前交差点
水門の位置は磯部八幡宮前交差点のすぐそば、赤丸の位置で道路から見えます。右手、段丘崖上へ通じる道は八幡坂と言います。正面は段丘崖下の道で鳩川分水路の方へ通じています。


磯部の用水路・相模原市南区
支線用水路は段丘崖下の道路沿いを北向きに流れ、途中左折し先ほど見た田んぼに至ります。写真左側フェンス下が支線用水路です。


水門を見つけた時に取水源は段丘崖上の台地(田名原段丘面)を流れる鳩川に違いないと直感。八幡坂を上って確かめに行きました。

磯部八幡宮境外社 厳島神社
八幡坂途中の磯部八幡宮の境外社 厳島神社です。案内板にこの神社は水の神様ですとあり、まさにふさわしい所に鎮座しています。


段丘崖の森を流れる磯部の用水路
厳島神社の崖下に水路トンネルを出た用水路が流れています。写真中央の黒っぽく見えるのがそれです。


磯部の用水路・鳩川取水施設
JR相模線の踏切、県道46号線を越え鳩川右岸の取水口を見つけました。玉石を並べて堰上げしています。

四年ほど前に鳩川の河口から源流までたどったことがあります。当時はこの取水施設に気づかず通過していました。

今日見たように取水場所は鳩川ですが、その水源は道保川です。鳩川は鳩川分水路で分断されているので鳩川分水路南側の鳩川は、維持水として道保川から水を引いています。
参考記事「其の386」。
道保川が磯部の田んぼを潤し、その余水排水は相模川左岸幹線用水路の補給水となっていることが分かりました。


今回のスタート地点、左岸用水の無名橋です。


其の821 干無川取水の用水路を歩く②・厚木市妻田北2丁目

 前回に続いて干無川取水の用水路を歩きます。今回は妻田北3丁目から2丁目に向かう用水路です。

干無川・厚木市妻田北3
前回スタート地点の干無川の水門から干無川を上流へたどります。この辺りの干無川は暗渠となっています。


干無川の取水ゲート
200mほど進むともう一つ水門があります。


DSCF3828.jpg
左岸から見たところですが、河川水を堰き止めるためのゲートは上がったままです。今は4月下旬、田んぼに水を送るのはまだ早いようです。


干無川の取水口
左岸側に取水口があります。堰上げしていないので通水はまだです。


干無川取水の用水路
左岸取水口から暗渠で東へ向かう用水路。フェンスの住居表示によるとここは厚木市妻田北3丁目26です。


干無川取水の用水路
迂回して追いかけます。東側の道路で開渠のままこちらへ向かう用水路を発見。


干無川取水の用水路
下流の方を見ると古びた水門がありました。


干無川取水の用水路・水門の遺構
干無川取水の用水路・水門の遺構
古びた水門遺構をその下流側道路から見ました。今は住宅街に変遷していますがかつてはこの水門で堰上し田んぼへ水を入れていたと思います。


干無川取水の用水路と並行する排水路
上記地点から下流側を見ると景色が一変します。広くて深い排水路のような川になり流れがあります。干無川の取水口で取水していないのに変ですね・・・。


厚木市妻田北3の排水路
下流側から見るとこのようになっています。用水路下流側にあるので同じ水路と思いがちですが、ここは北の方から来た別の暗渠水路が開渠になるところです。添付の地理院地図でも干無川取水の用水路が真っすぐ流れているように見えます。
では、たどってきた用水路はどこへ行ったのか??私が今立っているコンクリフタの下が用水路です。地図ではここまで読み取れないですね。私もうっかり騙されるところでしたよ!^^。


干無川取水の用水路と排水路
地図上では一本の川として表示されていますが、このように用水路と排水路が並行しています。用水路は田んぼへ送水するので標高を維持しながら地表近くを通し、用水を深い排水路に落とすことはありません。


干無川取水の用水路
コンクリフタの暗渠用水路をたどります。今回も用水路名が分からないので単に用水路と呼びます。昔の妻田村反田に向かっているので私的には「反田用水」がふさわしいと思うのですが・・・。


干無川取水の用水路と排水路・厚木市妻田北3
並行する開渠排水路はここで地下に潜ります。

ここで排水路がどこから来たか調べてみました。
厚木市三田地区の田んぼ
これは妻田北3丁目の北隣、三田地区の田んぼです。
「其の572三田用水を歩く①」より。

厚木市三田土地改良区・土地改良完成記念碑
田んぼの一角に土地改良完成記念碑が立っています。
碑文によると37.2haの区画整理と7.73haの湿田解消のための暗渠排水事業の完成を記念して昭和45年3月31日に厚木市三田土地改良区が建立しました。とあり、排水路はその頃に事業の一環として完成したと思われます。今昔マップを開くと(1975~1978年)水色表示の排水路を確認できます。


干無川取水の用水路・ちどりこどもクリニック前
さて、暗渠フタをたどり右側の「ちどりこどもクリニック」前まで来ました。


妻田北3暗渠排水路上の道
ちどりこどもクリニック角から南へ向かう道です。
地理院地図を参照すると南へ向かうこの通りに切れぎれの水色水路表示があるので、ちどりこどもクリニック角を右折しました。実際に反田ハイツ辺りまで歩きましたが用水路の雰囲気(グレーチングフタ、コンクリフタなど)が全くなかったですね。そんなわけで、この道の地下には地上付近を流れる用水路ではなく先ほど地下に潜った排水路が通じていると判断しました。前回見たトイザらス南の排水路はこの排水路の下流部にあたると思います。


干無川取水の用水路
ちどりこどもクリニック角へ戻りました。南東へ向かう暗渠用水路です。グレーチングフタでそれと分かります。


干無川取水の用水路
前方で交差する道は市道妻田三田幹線です。


干無川取水の用水路
市道妻田三田幹線直前です。市道を潜り抜けるみたいです。通水がないので確信を持てないですが伏越(逆サイフォン)で渡っているかも知れないですね。


干無川取水の用水路
市道を横断し妻田北2丁目に入りました。右へカーブしながら南へ向かっています。グレーチングの点検フタが目印です。


干無川取水の用水路
ここまでたどり「あれっ、この道は以前歩いたことがあるな」と気づきました。この用水路は三田用水です。たどってきた用水路は市道を横断後三田用水に合流していました。合流点には桝があるはずですが全く気付かなかったですね。



当日気づかなかったのでストリートビューで確認します。右側歩道がたどってきた干無川取水の用水路です。交差点左側角に三田地区から来た三田用水のグレーチングフタが見えます。その延長線上の右側歩道電柱下の桝が合流点と思われます。


三田用水
ここまでくると三田用水と確定ですね。今までに二、三回通ったことがあります。三田用水はこの先で開渠水路となります。


三田用水・厚木市妻田北2
開渠となった三田用水。流れはありません。左側の田んぼは三田用水から分水した水路から用水を引いています。こうしてみると干無川取水の用水は三田用水の補給水として現在も利用されていることになります。通水期に歩けば確認できるのですが・・・。


三田用水・R246・129南
その下流、R246・129を横断した三田用水は国道南側の桝に入ります。三田用水はまだ通水がなく流れがありません。
これより下流の三田用水は「其の177 三田頭首工を訪ねる②」と重なるので省略します。


干無川左岸、三田用水の終点
おしまいに三田用水の終点、干無川左岸のフラップゲートです。前回紹介した排水路が干無川に合流する地点のすぐ下流です。干無川は小鮎川に合流し最後は相模川へ合流しています。
今回、干無川取水の用水路二本を歩きました。どちらも結局は干無川に戻って行きます。用水路を流れた水は昨年歩いた府中用水のように取水した元の川へ戻るパターンが多いですね。


今回のスタート地点です。(地理院地図より)


其の820 干無川取水の用水路を歩く①・厚木市妻田北1丁目

 地元ティーさんお勧めの干無川取水の用水路を歩いてきました。今回は妻田北3丁目から1丁目へ向かう用水路です。

干無川の
バス停妻田薬師下車、近くを流れる干無川を上流へたどって行くと水門があります。10年前、相模川右岸幹線用水路を探訪した際にここを通ったので私にはおなじみの水門です。


干無川
水門からたどってきた干無川の下流方向を振り返りました。干無川はこんな川です。水門付近から上流は暗渠になります。


干無川の取水ゲート
昭和感たっぷりのスライド式水門です。ゲートは引き揚げた状態。銘板等はなく名称築造年等は不明です。


干無川の取水ゲート
左岸に取水口があります。堰上げを行っていないので通水はなし。今は4月下旬、用水路沿いに田んぼがあればこれから堰上げを行うと思います。ここは厚木市妻田北3丁目5付近です。


干無川取水の用水路
取水口から暗渠水路で南東の方へ向かっています。目印のグレーチングフタをたどります。用水路名が不明につきここではたんに用水路と呼びます。昔の妻田村白根を流れているので「白根用水」としてもいいのですが個人の感想で決めてはいけないですね^^。


干無川取水の用水路
上の写真のゴミ収集車が止まっていた辺りです。


干無川取水の用水路
ゴミ集積所の先に暗渠水路が出現。


干無川取水の用水路
用地内に入りました。その昔、現役の頃は小川のようにさらさらと流れていたんでしょね。地図を見ると南南東へ向かっています。


干無川取水の用水路
ところどころに点検用グレーチングフタがあります。


干無川取水の用水路
市道と交差。


干無川取水の用水路
市道を渡ったところの看板。用水路は排水路の扱いで厚木市の下水道施設課の管理です。多分雨水を流していると思います。


干無川取水の用水路・白根憩の道
その先、水路沿いは手入れされた遊歩道に変わりました。


干無川取水の用水路・白根憩の道
お花畑が続きます。白根自治会の案内板あり、この遊歩道は「白根憩の道」と言います。


干無川取水の用水路・白根憩の道
白根憩の道はここまでです。


干無川取水の用水路
その先も暗渠水路(車道沿いの歩道)が続きます。


干無川取水の用水路
アカバナユウゲショウ
今年も水辺歩きのお友達、アカバナユウゲショウが咲く季節になりました。


干無川取水の用水路
その先の市道から開渠の用水路になります。


干無川取水の用水路
その下流です。雨水の水溜まりのような感じで流れはなかったですね。開渠は前方のR246・129を水路トンネルで横断し、トイザらスの方へ向かっています。ここは厚木市妻田北1丁目です。ここまで用水路沿いに田んぼは見かけなかったですね。現在は雨水排水路化していると思います。


トイザらスの排水路水門
トイザらスの一角、暗渠排水路の出口に水門がありました。


トイザらス下流の排水路
水門の下流方向です。流れのない用水路をたどってきましたが、水路幅が広がり深さも増し流れがあります。用水路はトイザらス地下で規模の大きい排水路に合流したと思われます。この排水路は三田地区の田んぼの排水路と推測しますが次回の「干無川取水の用水路を歩く②」で詳述したいと思います。


トイザらス南の排水路
排水路を下流へたどります。


  トイザらス南の排水路  トイザらス南の排水路沿いスイバ
排水路沿いのスイバ(すかんぽ)です。茶色っぽい花をつけています。葉っぱは茎を抱いています。


トイザらス南の排水路
前方の突き当りは干無川です。排水路終点間近です。


排水路・干無川合流
中央は干無川左岸に合流する排水路です。今昔マップを開き年代を1975~1978年(昭和50~53年)にセットすると今日歩いた用水路を見ることができます。用水路沿い一帯は水田マークで白根地区が水田地帯であったことが分かります。余水排水は排水路を経由して元の干無川に戻って行きます。現在地は厚木市妻田東2丁目です。

白根地区を流れる用水路探訪はここまでです。次回は妻田北2丁目へ向かう用水路を歩きます。


今回のスタート地点です。(地理院地図より)


其の819 西福寺の徳本念仏塔・神奈川県厚木市妻田東

 久し振りに厚木の町を歩いてきました。用水路を探訪したのですが、先に西福寺の徳本念仏塔について発表します。


西福寺のタブノキ地蔵
西福寺のタブの巨木前にやってきました。


西福寺のタブノキ地蔵
根元の洞の中にお地蔵様が祀ってあります。


西福寺のタブノキ
洞は上の方まで達しています。にもかかわらず葉っぱは旺盛に繁り元気いっぱい、凄い生命力ですね。

ここは厚木市妻田東3丁目、西福寺境内の一角です。3年ほど前に三田用水を探訪した際に通りがかり、探訪記にタブの木地蔵の写真を載せました。後になり読者の地元ティーさんから西福寺に徳本念仏塔があると教わり機会があれば拝見したいと思っていました。


西福寺山号寺号標
タブの木地蔵から北側の山門の方へ回りました。門前の山号寺号標に「浄土宗 宝亀山往生院 西福寺」。上部の精巧な彫物は龍?でしょうかね。寺号標の後ろ側にひっそりと角柱が立っています。これが徳本念仏塔です。


西福寺山門
西福寺山門です。右端に徳本念仏塔が写っています。


西福寺の徳本念仏塔
徳本念仏塔です。角柱の四面に六字名号「南無阿弥陀仏」が刻まれています。


西福寺の徳本念仏塔
山門側から見ると独特の書体「南無阿弥陀仏」がよく観察できます。その下には小さく「徳本」の文字と◯と十の字を組み合わせたような花押が刻まれています。

私が今までに見た徳本念仏塔は主に相模原市内です。市のHPや現地案内板におおよそこんなことが書かれています。
徳本上人は、宝暦8(1758)年、紀州に生まれ、江戸時代後期に伊豆や関東の各地に念仏を広めた僧です。村の念仏講中は徳本の書を求め、念仏塔を建てました。地域の念仏講や村の生活史を知る上で貴重な資料です。


西福寺の徳本念仏塔
これは残る一面、背面に刻まれた六字名号です。

念願の拝観が実現しました。厚木市在住の地元ティーさんが由来や建立年などを調査されています。コメントの形で教示いただければ幸いです。

西福寺の位置はこちらです。


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