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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその取水源を探訪します。

其の636 麻生川源流を訪ねる①・川崎市麻生区

 前回の真光寺川旧河道は麻生川に合流していました。芋ずる式に麻生川源流探訪に行ってきました。

鶴見川・麻生川合流点
2月15日(土)、麻生川の河口にやって来ました。右側の川が一級河川・鶴見川に合流する麻生川です。


鶴見川に合流する麻生川
左岸から見た麻生川の合流です。中央の流れが速くなっている瀬の両側は草が生えて見づらいですが、よく見ると袋詰玉石工が並べてあります。その上流側は金網に石を詰め込んだ蛇篭護岸です。入れ物は違いますが機能的には似ていますね。


麻生川水位目盛り
新三輪橋付近の麻生川。河川改修で開削された掘込み式の深い川です。水位監視用の目盛りは最高4.4mまで刻んであります。


麻生川の袋詰玉石工
左岸沿いに設置された袋詰玉石工の上でカルガモが休憩中。河口で見た玉石工と同じです。上流から運ばれた砂が堆積し植物が生えています。津久井湖(城山ダム)で見た三井植物浄化施設では湖岸の棚田にポンプで湖水を送り、水生植物による窒素・リン等の栄養塩類の除去を行っていました。玉石工に生えた植物は同様の働きをすると思います。袋詰玉石工は河床の根固めプラス表流水の浄化効果を狙っているような気がします。


真光寺川旧河道が麻生川に合流
前回登場した右岸に合流する真光寺川旧河道河口です。


麻生水処理センター処理水の放流口
その上流、仲野橋で暗渠水路から合流しています。地図を見ても河川はなく右岸一帯に広がる麻生水処理センターの放流水と思われます。処理水といえども窒素・リン等はいくらか含んでいるはず。袋詰玉石工の働きに期待ですね。


仲村橋上流の麻生川
仲村橋上流の麻生川。


麻生川の袋詰玉石工
袋詰め玉石工がゴロゴロしていますよ。


麻生川
麻生川
河床の様子。岩を削って流れています。鶴見川でもよく見かけます。どのような地質でしょうか。袋詰玉石工も並べてありますね。


麻生川
小田急線を潜ります。左方向は鶴川駅、右手が柿生駅方面。


麻生川・津久井道北側
小田急線を抜け津久井道(県道3号線)から見た麻生川です。


麻生川に片平川が合流
その上流、右岸に片平川が合流します。赤い橋は天神橋です。


片平川
天神橋より片平川上流の眺め。片平川は真光寺川の東側を流れています。いつか源流まで探訪したいですね。(^σ^)


麻生川
蛇行する麻生川。ここは川崎市麻生区上麻生5丁目。


麻生川・麻生区上麻生5丁目
直線化した麻生川。前方に桜並木が見えます。


麻生川と桜並木
麻生川2号橋から見た麻生川。両岸が桜並木となり約1.5km上流まで続きます。ブロック護岸の下側は蛇篭護岸で固めています。


麻生川
河床に無数の石ころが埋め込んであり、その下流は河道を狭め流れが早くなっています。たぶん人工的なせせらぎで表流水に酸素を補給しているのでしょう。河川水浄化の手立ての一つのような気がします。


麻生川
河川敷の草地。人工的に置かれた蛇篭護岸に生えた草ですね。これも植物による河川水浄化手段の一つと思います。


麻生川をまたぐ小田急多摩線
小田急多摩線下を通りました。


麻生川に合流する清流
右岸に清流が合流していました。


共和橋より麻生川下流を望む
その上流、共和橋で長く続いた桜並木は終わりです。共和橋より下流を振り返りました。染井吉野の古木がずらり。花の時期にもう一度来ないといけませんね・・・。

途中ですが今回はここまでです。次回に続きます。


麻生川・鶴見川合流点の位置(中央十字線)です。


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其の635 真光寺川旧河道を歩く・東京都町田市

 真光寺川源流を探訪したときに真光寺川旧河道を見つけました。どのような川か知りたくなり、2月10日(月)に河口まで歩いてきました。

真光寺川の河川管理維持管理区分界
鶴見川に合流する真光寺川河口から150mほど遡ったところ、真光寺川左岸に立つ「河川管理維持管理区分界」標識です。
今も残る真光寺川旧河道はここから始まります。


今昔マップです。(今昔マップon the webより)

1896~1909年設定です。データ選択を1983~1987(昭和58~62)年に切り替えると鶴見川に合流する現在の新河道が表示されます。それまでは旧河道から麻生川を経由して鶴見川に合流していました。
クリックで今昔2画面に切り替え可能です。


真光寺川旧河道
「河川管理維持管理区分界」標識を背にここから始まる真光寺川旧河道を見ました。現在の真光寺川とは完全に断ち切られ水の流れはありません。延長約1.4kmの旧河道は麻生川合流点まで続いているのでたどります。


真光寺川旧河道
右岸沿いに歩行者用の道が通じているので河口に向けて出発進行です。川幅は約2m。緩くS字型に蛇行しています。地図にあるようにこんな蛇行はまだ序の口です。旧河道は都県境です。左岸側は町田市で右岸側が川崎市麻生区となっています。


真光寺川旧河道
護岸はコンクリート製で深さは2m位。河床もコンクリートと思われます。ここは直線なのでU字型カルバートかも知れないですね。細いパイプから湧水が流れ込んでいます。


真光寺川旧河道・町田市能ヶ谷
その先、近くを小田急線が走っています。この辺りは左右両岸が町田市能ヶ谷です。


真光寺川旧河道・町田市能ヶ谷
蛇行する真光寺川旧河道。両岸から流れ込む湧水を集めせせらぎとなっています。


真光寺川旧河道・町田市能ヶ谷
真光寺川旧河道・町田市能ヶ谷
蛇行する川沿いに下って行きます。


真光寺川旧河道・町田市能ヶ谷
右岸の桜並木に出てきました。ここは町田市能ヶ谷3丁目。


真光寺川旧河道
桜並木を下流側から見ました。すぐ下流でU字型に大蛇行します。右岸に歩行者用の道が通じているので追いかけました。


真光寺川旧河道の大蛇行
U字型蛇行の最下点に立ちました。左側は上流で右側が下流側です。道は狭いですがかろうじて同一画像に収まりました。この辺りから麻生川合流点まで左岸側は川崎市麻生区、右岸側が町田市となります。


真光寺川旧河道
雨水下水管から湧水の流入です。この辺りは鉄分を含んだ土質のせいでしょうか、赤さび色に染まっています。

真光寺川旧河道
ジグザグに蛇行する真光寺川旧河道。


真光寺川旧河道
真っすぐ流れる真光寺川旧河道。この先で大蛇行します。


真光寺川旧河道の大蛇行
鶴川幼稚園付近のV字型蛇行。左が上流側、右は下流側です。


真光寺川旧河道
鶴川高校付近で見た歩道上のコンクリート。河川改修前の旧護岸の跡かもしれませんね。


真光寺川旧河道
その先です。麻生川右岸ゴール寸前ですが、右岸の通路が狭くなったので迂回しました。左岸の2階建てアパートが目印です。


麻生川に合流する真光寺川旧河道
麻生川右岸に合流する真光寺川旧河道です。水門も何もなくフリーの状態です。真光寺川は元の水源が絶たれているので大雨でも洪水の恐れはないと思います。麻生川が大雨で増水すると真光寺川に逆流すると思うのですが、見てきたように深い掘り込式の川なので受け入れ余力は十分にあると思います。真光寺川旧河道を埋立てないで残したのは、麻生川が増水した際に調節池として機能させるためのような気がします。

鶴見川や境川の旧河道を何か所か探訪したことがあります。いずれも蛇行部の直線化工事により取り残された蛇行部分で、本川の調節池や親水公園として利用されていました。

スタート地点の位置(中央十字線)です。



其の634 真光寺川源流を訪ねる③・東京都町田市真光寺町

 今回はもう一本の真光寺川源流探訪記です。

真光寺川
2月10日(月)、前回訪ねた飯守神社南の無名橋にやって来ました。無名橋より真光寺川下流の眺めです。今回はこれより下流で合流しているもう一本の真光寺川源流を探訪します。


真光寺川合流点・町田市真光寺町
T字型の合流点です。左側が前回たどった真光寺川で、右岸へ流入する川が今回歩く真光寺川です。



ここ(中央十字線)が合流点です。北から来る真光寺川は前回「其の633」で発表しました。


真光寺川
合流点から見た上流方向です。


真光寺川・町田市真光寺町
東流する真光寺川を遡ります。


真光寺川・町田市真光寺町
左岸沿いの道はここまで。これより上流は迂回します。


真光寺川・町田市真光寺町
市道沿いを流れる真光寺川。


真光寺川・町田市真光寺町
その上流で短いトンネルに入ります。


真光寺川・町田市真光寺町
その先は様相ががらりと変わります。左岸はコンクリ壁、右岸は頭が黄色の杭で支えた護岸で、溝のような川に変わります。右岸沿いに小道が通じているので遡りました。


真光寺川・町田市真光寺町
真光寺川と畑の間を通る小道は境界があいまいになり通行はちょっと憚ります。右側の丘から見ました。溝のような真光寺川は谷戸の奥へ続いています。


真光寺川・町田市真光寺町
いったん迂回してその上流の川沿いへ出ました。ささやかですが、ちゃんとした流れがありますよ。


真光寺川源流部・町田市真光寺町
その上流、くぼ地を流れる真光寺川。谷戸の最深部、泉が湧きだす谷頭はすぐ近くと思われます。


真光寺川源流部・町田市真光寺町
上記の木の下から奥を見ました。丘の縁に沿って細い流れは奥から続いています。


真光寺川源流部・町田市真光寺町
真光寺川源流部・町田市真光寺町
上記の木を中心とした遠景写真です。谷戸の奥深いところまで耕作していることが分かります。今日は中央の木の下まで遡りました。ゴム長を履き、じゃぶじゃぶと進めば湧き出す泉を見られるかもしれないです。しかし今日の探訪はここで撤収することにしました。


飯守神社・町田市真光寺町
帰りに寄った飯守神社です。
祭神は農業神の興津彦命、保食神(うけもちのかみ)。本殿は文化7(1810)年創建。鳥居前の大ケヤキは、樹齢300年余、町田市名木100選に選ばれている。
(町田市観光ガイドブックより)


飯守神社前から真光寺交差点へ至る市道
飯守神社前の鶴川街道真光寺交差点へ至る道です。暗渠の上が歩道になっています。実はこの暗渠も真光寺川の支流です。前回探訪の、つるかわ学園前の源流近くでV字型に分岐していたもう一方の川の下流になります。一万分の一の地図に水色の河川表示があります。帰り道なのでたどってみました。


真光寺川
真光寺交差点を東へ横断し鶴川街道と並行して南流する開渠の真光寺川。前方の建物(鶴川設備さん)の手前で右カーブした直後に、前回たどった真光寺川に合流しています。

これで真光寺川源流探訪は終わりです。同じ真光寺川でも三通りの真光寺川を歩いたことになります。次回も真光寺がらみの探訪記です。

其の633 真光寺川源流を訪ねる②・東京都町田市

 前回の続きです。前回は神明橋前の水路トンネルまで進みました。

広袴公園調整池
広袴公園調整池
水路トンネルの向こう側は広袴公園調整池です。池の縁から展望デッキが突き出て、その先端は放流塔となっています。

真光寺川広袴公園前の河川管理者標識
広袴公園前に立つ河川管理者標識です。広袴公園調整池より下流、ここは、東京都が管理する一級河川真光寺川上流端でした。調整池を含む上流は町田市が管理する河川になります。


広袴公園調整池放流塔下の放流口
放流塔の下、放流口です。案内板に説明がないので自分なりに、調整池に水が溜まる仕組みを考えてみました。三面の固定堰はスクリーンで囲われ、堰を越流した水が川下へ流れていきます。平常時は、流入量=放流量なので池の水位は一定しています。真光寺川が洪水になると流入量>>>放流量の関係になり池に水が溜まります。固定堰がオリフィスの働きをするわけですね。形は違いますが来る途中で見た雨水調整池と同じ仕組みです。

参考記事 「其の584 新戸雨水調整池を訪ねる」

広袴公園調整池へ流入する真光寺川
これは調整池南西の隅にある池へ流入する真光寺川です。池の周りの散策路から撮りましたが、真光寺川が洪水になると撮影地点は水没する恐れがあります。


鶴川台せせらぎ緑道
広袴公園調整池南西隅から地上に出ました。町田市公園緑地課が管理する鶴川台せせらぎ緑道の終点(起点)です。せせらぎは左側の桝から地下に落下し、調整池に流れていきます。案内板によると延長890m、幅は5~10mあるそうです。

せせらぎ緑道は真光寺川河道にボックスカルバートを並べ暗渠化し、その上にせせらぎを通した2層構造の川と想像します。厚木市の蟹渕川「三田せせらぎの小道」、山際川上流部で同様の事例を見たことがあります。

以下せせらぎ緑道を上流へたどります。せせらぎは途中で消えますが緑道は終点(起点)まで整備されています。
鶴川台せせらぎ緑道  鶴川台せせらぎ緑道

鶴川台せせらぎ緑道  鶴川台せせらぎ緑道案内板


開渠になった真光寺川。
真光寺川・鶴川街道真光寺十字路北側
鶴川街道真光寺十字路北側でせせらぎ緑道は終わり、真光寺川が姿を現しました。上流方向を見たところですが、川沿いに道はありません。迂回して追いかけます。


真光寺川・鶴川街道真光寺十字路付近
鶴川街道から見た真光寺川上流方向です。ここも川沿いに道はありません。


真光寺川・町田市真光寺町
その上流です。鶴川街道真光寺交差点から飯守神社へ向かう道に入り、コの字迂回しました。正面の丘陵に沿って右から左へ流れています。


真光寺川・町田市真光寺町
谷戸の丘陵縁を流れる真光寺川。下流方向です。

真光寺川・町田市真光寺町
同、上流方向です。


真光寺川・町田市真光寺町
その上流、スポーツ広場南側を流れる真光寺川の上流方向。


真光寺川・町田市真光寺町
その上流、飯守神社南側の無名橋から見た真光寺川下流方向です。地図を見るとこの下流で西から来た別の支流(本流かも知れません)と合流しています。

真光寺川・町田市真光寺町
同、上流方向です。今回はこの川筋を源流までたどります。


真光寺川・町田市真光寺町つるかわ学園前
その先、つるかわ学園前で暗渠になった真光寺川。奥の民家わきで開渠になりますが、川沿いに道がなく迂回しました。


真光寺川・町田市真光寺町つるかわ学園前
つるかわ学園前を開渠で流れる真光寺川。上流の丘側から見ましたが光っているのが追っかけてきた真光寺川です。ここから見るとV字型に分岐しているのが見えます。


真光寺川・つるかわ学園前
暗渠となり、つるかわ学園建物に沿って崖を上っています。地形的にここは谷の一番奥、谷頭に当たります。


真光寺町つるかわ学園前
崖の中腹にあるコンクリート桝から暗渠は始まっているみたいです。桝の上部はよく見えませんが、丘の上部から来た排水路のような感じですね。
谷頭から湧き出す泉を想像していたのですが、少々期待外れの結末でしたね・・・残念でした。

次回は前述のもう一本の真光寺川源流を探訪します。

広袴公園調整池の位置(中央十字線)です。


其の632 真光寺川源流を訪ねる①・東京都町田市

 鶴見川の支流、真光寺川の源流を探訪しました。源流はどんなところか、また治水利水施設に注目しながら歩いてきました。

真光寺川・鶴見川合流点
1月30日(木)、最寄り駅小田急線鶴川駅からの歩きです。駅南の鶴見川沿いを下流へ下り真光寺川河口へやって来ました。左側が鶴見川で右側は合流する真光寺川です。ここは川崎市麻生区です。


真光寺川・鶴見川合流点
合流点から見た真光寺川です。真光寺川は掘込み式の深い川です。今昔マップで確認すると昔は現在とは別ルートを流れ、河川改修で開削された新河道と分かります。


真光寺川の袋詰玉石工
河口近くの川内橋上流でこんなものを見つけました。礫を詰め込んだ網袋が8個川底に沈めてあり、お互いをロープで括り付けてあります。大雨で増水した時に川底が削られないように置いているのでしょう。多摩川支流の平瀬川を歩いた時にも見かけました。境川などでは床固めブロックを敷き詰めていました。礫入りの袋から河川水の浄化装置・礫間接触酸化法を連想させます。表流水の浄化を狙っているかもしれないですね。


小田急線を潜る真光寺川
小田急線下を潜ります。この辺りで東京都町田市に入ります。この手前右側に真光寺川旧河道と思われるフェンス囲いがありました。


真光寺川・新矢崎橋
都道3号線(津久井道)上流、新矢崎橋より真光寺川上流を見ました。真っすぐに改修された川です。


真光寺川・下堰親水
親水護岸を通過。下堰親水の看板がかかっていました。昔、農業用の取水堰があったかも知れないですね。


真光寺川・能ヶ谷橋
能ヶ谷橋から上流の眺め。落差工があり、三面を流路工で固めています。住宅がびっしりです。


真光寺川・左岸の雨水調整池
左岸の雨水調整池。放流口付近は床固ブロックで固めています。


真光寺川・カワセミ
冬枯れの中、雌のカワセミちゃんの艶姿。思いがけない遭遇でびっくり!豊かな自然が残る証明ですね。


真光寺川下田橋前・雨水調整池
下田橋前右岸に雨水調整池がありました。放流口周りに床固めブロックが敷き詰めてあります。


真光寺川下田橋前・雨水調整池
町田市雨水調整池案内板
雨水調整池の中の様子と案内板。雨水を下水管で調整池に導き側壁部の四角いコンクリートの中のオリフィスで流出を抑制し雨水を貯留しています。昨年、相模原市のあざみがや雨水調整池で学びました。


真光寺川・ゴム堰跡
その上流にゴム堰を取り付けた跡がありましたよ。ゴム堰そのものは外してあります。現役か遺構か今年の田植え時に再訪して確認したいと思います。


真光寺川・ゴム堰上流の取水口
上流側左右両岸の取水口ゲートです。ゲートは新しいのでまだ現役かも知れませんね。


真光寺川取水の用水路・町田市広袴町
右岸取水口から田んぼへ向かう用水路。右側の田んぼは別系統の用水路から水を引いています。


真光寺川右岸の田んぼ
右岸の田んぼ。ここは町田市広袴町。


真光寺川右岸の調節池
その上流平成橋付近に変わった池がありました。右岸の護岸下に隙間(開口)があり、川が増水すると池に水が入り込むようになっています。堤防すれすれまで増水したら池の水位も連動しますね。


真光寺川右岸の調節池
左岸から見ると開口がよく見えます。真光寺川が洪水になると下部開口から水が自由に入り込むので洪水を一時的に溜める調節池のような役割を持たせているのでしょう。


真光寺川右岸の田畑・町田市広袴
平成橋上流の右岸の景色です。周りは住宅ですが田んぼや畑が残っています。


真光寺川右岸の田んぼ・用水路
田んぼの隅に用水路の端が顔を出していました。今の季節にわずかに流れがあるので湧水を利用した用水路のようです。


真光寺川・神明橋
神明橋まで遡ってきました。これより上流はトンネルです。


真光寺川・神明橋
トンネルの中に焦点を合わせるとこんな風になっています。トンネルの向こう側は広袴公園調整池です。


広袴公園調整池の前に珍しい庚申塔を拝観するため神明社へ寄り道しました。
神明社参道入口の庚申塔
まずは神明社参道入口の庚申供養塔です。道標を兼ね右側面に「右神奈川道 安永元年」と刻まれています。


神明社参道・町田市広袴町
急階段の参道。山登りです。神明社は丘陵の頂に在ります。


神明社・町田市広袴町
神明社です。創建年代は不詳。現在の社殿は昭和25年に再建されたもの。祭神は天照大神、総本社は伊勢神宮。
(町田観光ガイドブックより)


神明社の五猿庚申塔
お目当ての境内の珍しい五猿を刻んだ庚申塔です。下に三猿、青面金剛の両隣に二猿。
延宝7(1672)年に寄進されたものである。
(町田観光ガイドブックより)


神明時付近尾根道から西方向の眺め
神明社裏の尾根道から西方の眺望です。左端に大山がくっきり。中央やや右寄りに富士山が頭をのぞかせています。

次回は広袴公園から源流を目指します。

今回のスタート真光寺川河口です。


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