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横浜水道みちを行く

横浜水道みちの事なら何でも知りたがり屋の管理人がその水源を探訪します。横須賀水道みち、県営水道、企業団、東京水道みちなども。

其の518 原宿用水を歩く・相模原市緑区広田~町屋~原宿

 9月28日(金)晴れ、その昔、旧城山町を流れていた原宿用水を探訪しました。

小松川に架かる原宿用水水路橋
これは平成27年11月に境川源流を探訪した際に撮影した水路橋です。小松川が境川に合流する直前に架かるいかにも歴史がありそうなコンクリート造りの水路橋です。どこからどこへ流れて行くのか、以来ずうっとこの橋のことが気になっていました。
ごく最近まで原宿用水の名前すら知らなかったのですが、小3になる孫の社会科副読本に詳しく紹介されていて、この水路橋が原宿用水と知りました。

境川・相模原市緑区広田
副読本を参考に原宿用水取入口へやってきました。左岸が東京都町田市で右岸は相模原市緑区(旧城山町川尻)広田です。取水堰の遺構らしきものは見当たりません。撮影地点に地名標柱が立っているので取入口と分かります。

境川の原宿用水取入口地名標柱
境川の原宿用水取入口地名標柱
平成5年に旧城山町が立てた原宿用水取入口の地名標柱。
江戸時代初期に境川の水をここから原宿まで引いたもの。県営水道が普及するまでの約四百年間大切にされてきた。 (地名標柱より)

原宿用水跡
取入口から南へ続く道路。この道沿いに用水路は流れていました。

増境橋
その先の境川に架かる増境橋へ出てきました。

増境橋より境川下流を望む
増境橋より境川下流を望む。50mほど下流右岸に小松川が合流しています。

増境橋たもとの道標
増境橋たもとに古そうな道標が立っていました。「御成婚記念 東 相原村相原を経て橋本」。

小松川に架かる原宿用水水路橋
小松川河口に架かる橋より小松川上流を望む。冒頭に載せた水路橋です。橋の側面に「御大典記念」と刻まれています。少し先の案内板によると昭和3年(1928年)昭和天皇の即位を祝った記念式典(御大典)の年に造られたものです。それまでは木の橋の上を流していたそうです。

小松川に架かる原宿用水水路橋
小松川左岸側から見た水路橋。右岸側は藪です。

原宿用水
迂回してその先を見つけました。東へ向かう原宿用水路跡。
入口に「原宿用水堀」の案内板が立っています。

原宿用水跡
そのまま進むと藪で通行不能になりますが、迂回するとここへ出てきます。用水路はT字路を右へ曲がっていました。ここは相模原市緑区町屋3丁目です。

原宿用水跡
東へ入る用水路っぽい道を発見。車止めがあるので間違いないですね。

原宿用水跡
道なりに南へ進むと、東西に走るバス通りへ出ました。バス通り南側を用水路は流れていました。用水路上を東へ進みます。

原宿用水跡
砂バス停手前を右折し一路南下します。この道は原宿自治会館に至る道です。右側歩道下が原宿用水路跡です。

原宿用水跡
川尻八幡宮の参道を渡ります。昔は用水路に丸太の橋が架けられていたそうです。東側はスーパーアルプス。

原宿堀公園
その先用水路跡右側は原宿自治会館北側の原宿堀公園です。
江戸時代初期(寛永年間1624~1643)、時の代官により、この地に市の町を開くように命じられ、出来たのが原宿の町と市です。市には水が欠かせないので境川から用水を引きました。これが原宿用水の始まりです。原宿用水は昭和の中ごろまでおよそ400年間原宿の人たちにより大切に守られてきました。(案内板より抜粋)

原宿市跡地名標柱
城山町教育委員会が立てた原宿自治会館前の「原宿市跡」の地名標柱。

大山みち道標  徳本念仏塔
左の写真は原宿自治会館内の上に不動明王坐像を戴いた大山みち道標です。近くにあったものをこちらに移転したそうです。
右は自治会館北側の徳本念仏塔です。

原宿用水跡
原宿用水は自治会館の辺りで四本に分水され原宿の町中を東へ流れ、生活用水として利用されていました。東原宿に今でも用水路跡が残っています。

原宿用水案内板
城山町教育委員会が立てた案内板です。
その中に全く想像もしなかったことが書いてありましたよ。
流れはこの辺りから南に向かい、一部は水田に利用され、山谷を経て鳩川の源流域(相模原市下九沢)に合流していきました。
今年一月に鳩川源流を探訪したので、この話はよく理解できます。それにしても境川水系の水が相模川水系鳩川の源流域に合流とは・・・いやあ~驚きました。完全な流域越えですね・・・。

川尻八幡宮
帰りに川尻八幡宮に参拝しました。

川尻八幡宮前の大山みち道標
川尻八幡宮二の鳥居前の大山みち道標です。

ツリフネソウ
おしまいにツリフネソウです。穴川林道わきの湿地に群生していました。ツリフネソウをじっくり観るのは蓼科湖円筒分水工以来二年振りです。(^σ^)

原宿用水取入口の位置(中央十字線)です。


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其の517 赤祖父ため池を訪ねる・富山県南砺市

 前回発表した赤祖父円筒分水槽に続いて赤祖父ため池を訪ねました。

赤祖父ため池
赤祖父円筒分水槽の南側に位置する赤祖父ため池です。
赤祖父川を長さ200.2mの中央コア型アースダムで堰き止めています。

赤祖父ため池
正面が長さ200.2mの堰堤です。左岸には洪水吐があります。

赤祖父ため池
赤祖父ため池概要図です(案内板より)。アースダムのコア部は刃金土を使っています。

赤祖父ため池(あかそぶためいけ)の概要です。
昭和7年9月着工 昭和20年6月完成
河川名:一級河川小矢部川水系赤祖父川
管理者:庄川上流用水土地改良区  受益面積:441ha
堤形式:中央コア型アースダム   堤頂長さ:200.2m 
最大取水量:0.95㎥/秒  取水トンネル:延長336m
平成22年農林水産省ため池百選に選定。
ヘラブナ釣りが盛ん。 
(赤祖父ため池案内板より抜粋)

赤祖父円筒分水槽付近の景色
ため池は赤祖父円筒分水槽前の坂道を上ったところにあります。円筒分槽付近から南方向の眺めです。中央に黄緑色の堰堤が見えます。

赤祖父ため池
左岸からの眺めです。

赤祖父ため池
左岸の建物は取水管理塔です。取水施設の一部が見えます。
取水した用水(最大取水量:0.95㎥/秒)は延長336mの水路トンネルで赤祖父円筒分水槽へ送っています。

赤祖父ため池・女人夫
案内板に興味深い写真が載っていました。
堰堤の築造には堤体の搗き固め作業に女人夫7,800人が動員されました。 (案内板より)
昭和17年と言えば先の大戦の最中です。男手がないので農家の婦女まで駆り出されたのでしょう。女人夫が手にしている道具は「タコ」ですね。適当な長さに切断した丸太の両側に柄をつけ両手で持ち上げドスンと落して搗き固めたんでしょう・・・。重労働です。水不足解消のため地域が一丸となって取り組んだことがよく分かります。


この日は魚津駅前のアパホテルを出発。R8を金沢方面へ走り高岡市内で左折し赤祖父円筒分水槽へ向かいました。高岡市内で懐かしい路面電車に出遭ったので車窓から撮りました。あとで調べたら万葉線の電車でした。

高岡市万葉線の路面電車
丸ごとコカコーラ塗装ワンマンカー。

高岡市・万葉線の路面電車  高岡市・万葉線の路面電車
右は坂下町に停車中の高岡行き電車。

高岡市・万葉線の路面電車  高岡市・万葉線の路面電車
2両連結車も走っていました。

いやあ懐かしかったですね・・・。子供のころ名古屋にも路面電車が走っていました。2両連結車やワンマンカーも走っていました。ワンマンカーは上部がクリーム色、下部が濃緑色の標準塗装の間に赤色ラインが入っていました。近くの電車の車庫は今でも覚えています。自転車で行ける範囲では池下、大久手、安田に車庫がありました。

赤祖父ため池の位置です。


其の516 赤祖父円筒分水槽を訪ねる・富山県南砺市川上中

 9月14日(金)、富山県の円筒分水工巡り二日目です。南砺市の赤祖父円筒分水槽を訪ねました。

赤祖父円筒分水槽・富山県南砺市
赤祖父円筒分水槽(あかそぶえんとうぶんすいそう)です。清らかな水が中央から吹き上がっています。
案内板によると待望の赤祖父ため池が昭和20年6月に完成し、4年後の昭和24年赤祖父円筒分水槽が完成。これにより赤祖父12ヵ村で長年続いた水争いは解消したそうです。
あとで見学する赤祖父ため池から用水を引き3方向に分水しています。この写真は東側からみたところですが、左奥のゲートが「一の用水」向けです。

赤祖父円筒分水槽
西側から見ました。北側にゲートが2門あります。「二の用水」、「大川筋用水」へ流れて行きます。

赤祖父円筒分水槽・断面図平面図
平面図・断面図です。(赤祖父円筒分水槽案内板より)
内槽:φ3,050   外槽:φ5,150
内槽外層間の仕切板位置で分水比を決めています。
通水量の記載がありませんが水源の赤祖父ため池の最大取水量は0.95㎥/秒となっています。

赤祖父円筒分水槽・一の用水
赤祖父円筒分水槽・一の用水
いつものように用水路を下流へたどってみました。これは西方の田んぼへ向かう一の用水幹線水路です。橋の手前で早速右へ分水しています。直進する幹線水路は北から来た用水路の下を潜り西の方へ向かっています。用水路同士の立体交差です。

並行して流れる用水路
茶色に濁った北から来た用水路がこちらの方に流れています(南流)。一の用水から分水した右側の細い支線水路は北へ流れています(北流)。並行する用水路が逆方向へ流れる面白い風景です。

一の用水支線用水路
一の用水支線水路をさらに下流へたどると管路になります。

水管橋で赤祖父川を渡る一の用水支線用水路
その先です。完全に管路となり、水管橋で赤祖父川を渡っています。赤祖父円筒分水槽を発した用水の一部は右岸地区の田んぼへ向かっていることが分りました。隣りの大口径の赤い管橋は何でしょう。

赤祖父川水管橋
実は赤い管橋も水管橋です。茶色に濁った用水はこの中を流れています。農作業中の方にたずねると庄川で取水した用水だそうです。面白いですね~。農業用水の水管橋はめったに見られないです。それも逆方向に流れる水管橋が並列している風景はとても珍しく貴重な存在です。今探訪で最大の収穫です。おまけですね。(^σ^)

赤い水管橋は銘板によると「赤祖父川水管橋」と言います。県営南砺山麓用水補給事業により昭和48年3月に架橋されました。
管内径1.197m 有効径間:30.0m 2径間連続ビーム


並行する用水路・赤祖父円筒分水槽付近
並行して逆方向へ流れる一の用水支線水路と南砺山麓用水補給事業用水路。赤祖父円筒分水槽のゲート開閉器が正面に見えます。

南砺山麓用水補給事業用水路
赤祖父円筒分水槽付近で川上中トンネルへ入る県営南砺山麓用水補給事業用水路。

赤祖父川水管橋たもとの記念碑
おしまいに赤祖父川水管橋たもとの記念碑です。「水到渠成」と大きな文字が刻まれています。胸像は南砺山麓用水補給事業実現に功労のあった故伊東米次郎氏の像。平成6年3月庄川上流用水土地改良区が建立。

次回は水源の赤祖父ため池を訪ねます。

赤祖父円筒分水槽の位置です。


其の515 上市町釈泉寺円筒分水槽を訪ねる・富山県上市町

 9月13日(木)、東山円筒分水槽を見学したあと上市町釈泉寺円筒分水槽を訪ねました。

上市町釈泉寺円筒分水槽
上市川左岸沿いにある上市町釈泉寺円筒分水槽です。
この写真は東側(上流側)から見たところです。撮影地点背後から地下水路で導かれた用水が円筒分水槽中央真下から吹き上がっています。階段下は分水用仕切壁になっています。

上市町釈泉寺円筒分水槽へ流入する用水
円筒分水槽東側で地下に潜る用水。前方は円筒分水槽です。

上市町釈泉寺円筒分水槽へ流入する用水
同地点から見た上流側の開水路(共通幹線水路)。近くの頭首工から取水した流れです。頭首工はあとで見に行きます。

上市町釈泉寺円筒分水槽
北側から見ました。階段下は仕切壁になっています。こちら側へ落下した用水は、右岸幹線水路へ流れて行きます。

上市町釈泉寺円筒分水槽
南側から見た円筒分水槽。左岸幹線水路へ流れていきます。

上市町釈泉寺円筒分水槽
西側から見た円筒分水槽。右岸幹線水路と左岸幹線水路。どちらもここから地下に潜り地下水路になります。右岸幹線水路にゴミ除けスクリーンが写っています。右岸幹線水路は伏越で上市川を潜り右岸の田んぼへ向かいます。

上市町釈泉寺円筒分水槽案内板
上市川沿岸土地改良区が立てた上市町釈泉寺円筒分水槽案内板です。要点を抜粋します。
事業年度:昭和26年度~34年度
受益面積:542ha
頭首工:一か所
用水路:7,045.62m  
円筒分水槽:直径9.3mの同心溢流円筒型槽により、水を右岸幹線水路、左岸幹線水路へ配分する。分水比:右岸0.49左岸0.51 

通水量:記載なし(後述の上市川第一発電所の最大使用水量は8.0㎥/秒)

上市町釈泉寺円筒分水槽前を流れる上市川
上市町釈泉寺円筒分水槽付近より上市川下流を望む。前方の橋は釈泉寺橋です。ここへ来るときこの橋を左岸から右岸へ渡りました。

上市川第一発電所案内標識
進入路が分りにくいので簡単に説明すると、釈泉寺橋を渡ってすぐ、この標識が目印です。上市川右岸沿いに上流へ、頭首工手前の橋を渡り、左岸沿いの農道のような狭い道を下ると円筒分水槽です。

上市川第一発電所下流の頭首工
円筒分水槽前の道は袋小路なので来た道を引き返します。
上市川に架かる橋から見た頭首工です。奥の建物は富山県企業局上市川第一発電所です。

上市川第一発電所
富山県企業局上市川第一発電所です。これより約1km上流の上市川ダムで取水し管路で導水しています。
昭和39年(1964年)運用開始、最大使用水量は8.0㎥/秒。 
水力ドットコムより)

上市川・上市川第一発電所前
発電所前の上市川に放流しています。下から吹き上がる放流水。上市川ダムから河川維持用放流はないようで、上流からの流れはありません。

上市川第一発電所下流の頭首工
発電所前から見た頭首工取水施設です。2門ある可動堰上流、左岸の赤いゲート2門が取水施設です。取水後は地下水路から開渠、地下水路となり上市町釈泉寺円筒分水槽中央から吹き上がります。

上市町釈泉寺円筒分水槽の位置です。


其の514 東山円筒分水槽を訪ねる・富山県魚津市東山

 9月13日(木)、前回の貝田新円筒分水に続いて東山円筒分水槽を訪ねました。

東山円筒分水槽・富山県魚津市東山
片貝川右岸側にある東山円筒分水槽です。3方向に分水しています。左側が東山用水、右側は青柳用水。

東山円筒分水槽・富山県魚津市東山
東側から見ました。右端は天神野用水。青空であれば水面が映えるんですが・・・少し残念です。

前回見たように片貝谷発電所の発電機水車を回した放流水は貝田新円筒分水以下の分水施設でかんがい用水と放流水に分水されました。かんがい用水の一部(2.05㎥/秒)は片貝川右岸側の水田向けとして片貝川を伏越で横断しています。前回「其の513」で貝田川左岸の伏越呑口施設まで探訪しましたが、伏越吐口がこの東山円筒分水槽です。直径9.12mの円筒分水槽中央から吹き上がっています。

東山円筒分水槽・富山県魚津市東山
西側から見た円筒分水槽と天神野用水。ビヤ樽のような形ですね。ゲートは地下水路トンネルの制水門と思われます。
用水路が河川を伏越で潜り対岸に設けた円筒分水で吹きあがる事例は、川崎の二ヶ領用水久地円筒分水とそっくりですね。

魚津市水循環遺産 東山円筒分水槽
東山円筒分水槽地名標柱。魚津市の水循環遺産だそうです。

東山円筒分水槽案内板
構内の案内板です。要点を抜粋します。
事業年度:昭和25年~30年度
受益面積:1,800ha  水路延長:10,374m
通水量:最大2.05㎥/秒


東山円筒分水槽案内板
同概要です。

東山円筒分水槽から始まる用水路
東山円筒分水槽から田んぼへ向かう東山用水(右側)と青柳用水(左側)。

東山円筒分水槽付近の片貝川
円筒分水槽前はこんな風景です。片貝川右岸より片貝川上流を望む。あいにくの天気です。

東山橋より片貝川上流を望む
帰り道、片貝川を渡り次の目的地上市町の円筒分水槽へ向いました。東山橋より片貝川上流を望む。

東山円筒分水槽の位置です。


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